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2019年11月12日
歴史を知らない若者達(十一月十日)
毎年、11月になってしばらくすると、ビロード革命の発端となった学生デモの行なわれた17日に向けて、過去を振り返るニュースが増える。革命以来30年の記念の年となる今年は、例年に増して詳しい報道がなされているような気がする。憲章77の関係者でも、これまであまり表に出てこなかった人たちのインタビューが流れたり、ビロード革命の陰で制作されながら、放送されなかった番組が紹介されたりしている。
そんなニュースの中で、気になったのが、最近の、特に若い人たちに、ビロード革命に関して、陰謀史観とでも言うべきものを信じている人が多いというニュースだった。それによれば、ビロード革命というものは、1968年のプラハの春の時点で計画されていたものだったとか、裏にはアメリカや西側の諜報機関がいたとか、アメリカのエージェントとして動いたのが憲章77関係者だったのだとかいうことになるらしい。
この手の陰謀史観というのは、特に現代が、いわゆるフェイクニュースで満ちているからということもなく、以前から機会あるごとに生まれては消えていくものだ。チェコの歴史については知らないが、日本の歴史に関してなら、うまくやれば小説になりそうというか、小説になってしまったものから、聞いただけでありえないと思うようなものまで、いろいろな説を見聞きしてきた。
だいたい、アメリカの諜報機関が、CIAをさしているのだろうけど、旧東側の国にエージェントを送り込んでいないわけがない。それは認めるにしても、そのエージェントの存在が、革命運動につながるかというと全く別の問題である。実は、師匠から、あるアメリカ人のことを、あの人は人畜無害な顔をしているけど、CIAのエージェントなんだよと教えられたことがある。チェコに住むことでしか手に入らない情報を集めて、それをアメリカに送っていたのだとか。この手の人たちが反政府運動の支援をしていたとは思えない。それに、ソ連ならともかく、ソ連の属国に直接手を出すかなあ。あったとしても多少の資金援助とか、そのぐらいじゃないだろうか。
まあ、陰謀史観であっても、それを信じている人たちは、歴史上の出来事について、自分なりの知識があって、いつ何が起こったというのだけはわかっているから、まだましなのだ。最悪なのは、歴史について何も知らない若者たちの存在で、ニュースでは、ビロード革命のことを聞かれて、1968年に起こったとか、マサリクが大統領に就任したとか、外国人でも知っているようなことを答えられない若者たちが登場した。ビロード革命前にチェコを強権的に支配していた政党を問われて、市民民主党をと答えた人もいたなあ。
この問題について、専門家はチェコの高校までの歴史教育がよくないと言っていた。古代史に時間をかけすぎて、現代史を扱う時間が足りなくなるという日本でもよく聞く問題がチェコでも発生しているらしいのだ。チェコの歴史教育については詳しいことは知らないが、これを歴史の授業、歴史の先生のせいにしたのでは、何の解決にもつながらないということだけは断言できる。現代史を知らないだけではなく、近代史、いやそれ以前のことも知らないのである。
問題は、この手の若者たちの歴史の勉強の仕方が間違っていることでも、歴史に興味を持っていないことでもない。自分たちが生きている社会に興味を持っていないことだ。普通にチェコ社会の中で生活していれば、いろいろなニュースが目や耳に入ってくるもので、毎年8月になればプラハの春の出来事について、11月になればビロード革命について繰り返し放送され、記事にもされているから、これらの出来事についての知識は蓄積されていく。チェコ語が完璧ではない日本人でも、かなりの知識を物することができたのだから、チェコ人なら当然はるかに多くのことを知っているはずである。
それなのに何も知らないのは、自分のことしか考えていない証拠に他ならない。それも一つの生き方ではあるのだろうけど、反ゼマンのデモの中にも、ゼマン信者の中にも、そういう人たちがいるのだろうと考えると、暗澹たる気分になってくる。日本でもこの手の人たちが、政治家になって、東日本大震災の原因は米軍の兵器だとか、自然への敬意を忘れた日本人への警告だとか、頭おかしいとしか思えないことをわめいていたんだよなあ。民主主義ってこれでいいのか。
2019年11月10日24時。