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2016年03月21日
夏時間(三月十八日)
ヨーロッパには、サマータイムというものが存在して、冬と夏とでは時間が一時間変わるということは、日本にいるときから知っていた。日本とチェコでは、普段は時差が八時間なのに、夏時間の時期は七時間になる。しかし、廿年以上前に初めてチェコに来たときも、十年以上前に始めてサマースクールに参加したときも、夏時間というものを意識することはなかった。日本に電話することもなかったし、後者の時代でもまだインターネットを使ってはいなかったので、時差そのものを意識する必要がなかった。それに滞在中はずっとサマータイムが適用されていたので時間が変わるという体験をすることもなかった。
ただ、今思い返すと、サマータイムの弊害だったのかなと思うことが一つある。それは、最初にチェコに来たときに、夕食を食べるのが遅くなったり、食べそびれたりすることがあったことだ。当時は、何故だか覚えていないのだが、お天道さんの出ているうちは酒は飲めねえなんて、ことを考えていたので、日没まで歩き回ってから食事に向かうことにしていた。サマータイムの期間なので、日没が、本来は夕方の七時であっても、サマータイム上は八時になってしまう。当時こちらに来たのが五月だったこともあって、日に日に日が長くなっていき、夕食前に疲れ果てて食べる気すら起こらなくなって、結局は意味不明のモットーを破棄することになるのだが、チェコが緯度が高いところにあるとはいえ、夏時間になっていなかったらこんな苦労はしなかったと思いたい。
では、最初にいつサマータイム制度の洗礼を受けたかというと、留学のためにチェコに来て一年目の十月末のことである。チェコ語の師匠からも事前に説明を受けていたので、土曜の深夜、もしくは日曜の未明の、午前二時が三時になるというのはわかっていた。日曜は特に何も感じなかったのだが、月曜日の授業の開始が、実質一時間遅くなるのは非常に嬉しかった。師匠の授業の関係で、毎日午前八時からという拷問のような時間割だったのだ。
しかし、人間というのは慣れる生き物で、一週間もすると朝が一時間遅くなった効果は消えてしまう。また早起きに苦しみながら、夕方の日の入りが早くなっていることに気づいた。これには、参った。だんだん日が短くなって日没も早くなっていたところに、一時間分一気に早まったのだから。それでも、自分の精神状態が普通だったら、そこまで辛いと思うことはなかっただろう。
九月の半ばから、外国人のためのチェコ語のコースで勉強を始めて一ヶ月ちょっと、二回目のサマースクールを経て、多少大きくなっていた自信が完全に打ち砕かれたころだったのだ。勉強すればするほどわからないこと、できないことが増えていくような気がして、師匠にも授業中に泣き言をこぼしたりした。わからないということが、わかるようになった分だけ出来るようになっているのだという師匠の最初の慰めの言葉は、あまり心に響かなかったが、そのあと「勉強すればするほど出来なくなる」というのが言えるようになったのは成長じゃないのと言われたのには、なるほどと思った。
それでも、朝起きて、授業に行って、図書館で夕方まで勉強して、外を見ると薄暗くなっているのに憂鬱になるのを禁じえなかった。それで、毎日夕方の五時ぐらいになると勉強をやめて、夕食がてら飲みに行くようになった。素面では夜勉強する気力が湧かないから、酒の力を借りて、お酒を飲みながら、飲み屋で宿題をやっていたのだ。酔っ払って書いた答には間違いが多く、師匠に笑われてしまっていたが、このころ飲んだくれていたのは、腎臓結石で救急車を呼ばれたときに医者に言われたことだけが原因ではない。
長く辛い冬を乗り越えて、初めて迎える三月の終わりに、夜が短くなったのも辛かった。秋に起きる時間が一時間早くなったのにはすぐ慣れたのに、一時間早く起きるのにはなかなか慣れなかった。電力の節約につながるとか、仕事が終わった後の時間を家庭での仕事に使えるとか、いろいろサマータイムが導入された理由はあるみたいだけれども、早起きが苦手な人間には、一時間長く眠れたほうがありがたい。
秋の日が短くなっていく際の憂鬱さは、今でも感じるが、以前ほどではないし、インターネットの発達で、世界中が二十四時間何らかの形でつながっている現在、サマータイムなんかやめてしまって、毎年一時間ずつ時間を遅らせて行くというのはどうだろう。夜が一時間長くなり、一時間長く眠れる日が年に一回あるのは、なかなかのご褒美のような気がするのだけど。昼夜逆転なんてことにもなるから、実現は無理だろうなあ。
サマータイムのせいで、年に二回時計を進めたり遅らせたりする必要があるのは、チェコ人でも困ることがあるらしい。ある年、友人がサマータームが始まったのに気づかないで、待ち合わせの時間に一時間遅れて、相手に死ぬほど怒られたと言っていた。そんなことを考えると、制服に夏服と冬服があるように、時計の針は動かさないで、夏の始業時間と冬の始業時間とか、夏のダイヤと冬のダイヤという形で、一時間ずらすようにしたほうが効率がいいような気がする。
とまれ、今週末にサマータイムが始まると思い込んでいたので、こんな記事を書いてしまったが、実は来週末だった。まあ、アメリカではすでにサマータイムが始まっているらしいから、ヨーロッパとアメリカの中間を取って、この週末に書いたということに、アメリカなんか行ったことも、これから行く気も全くないけれども、しておこう。
3月19日21時30分。
サマータイムに関係あるのかな? 3月20日追記。