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2018年07月05日

『済時記』を読む一(七月五日)



 チェコ語で論文を書いて、それに『済時記』を引用するとか、寝ぼけた非現実的なことをわめく前に、ちゃんと読んで内容を理解しておく必要がある。わかる部分とわからない部分を確実なものにするために、まず日本語で『済時記』の内容について書いておこう。『小右記』と書き振りが違うから少しばかり読みにくいのである。
 天禄三年の十月と十一月の記事しか残っていないのだが、一番古い記事は、十月廿一日条である。このとき済時は三十二歳で参議、左兵衛督と讃岐守を兼任していた。後者は遥任だろうけど。

原文
天禄三年十月廿一日丁未、伝聞、大丞相依痾恙重、上辞摂籙、返随身表畢、


書下文
伝へ聞く、大丞相痾恙の重きに依り、上して摂籙を辞す。随身の表を返し畢んぬ、と、


 大丞相は、太政大臣のことだから、摂政を兼任していた藤原伊尹。済時とは従兄弟の関係になる。「痾恙」はあまり聞く言葉ではないが病気のこと。病気が重いことを理由に摂政を辞する辞表を提出したということである。
「摂籙」は、関白も指すともいうが、摂政の異称と考えて問題はあるまい。ここの書下しは「摂籙を辞するを上す」と読んだ方がいいかもしれない。「上して摂籙を辞す」だとすでに辞任が認められているような印象も受けるし。
 末尾の「返随身表畢」の訓読は一応こう読んでおく。与えられていた随身を返却する手続きをしたということであろう。もしくは随身を与えられたときの書類を返却したと理解してもいいかもしれない。
 この時点では済時は聞いたことを書きとめただけで、特に批判はしていない。


 次は廿二日条である。

原文
廿二日戊申、蔵人為長来云、太相府辞表事、右大将・藤納言共候 龍顔、皆奏可被停由、然後互争可承行此事執論之間、已及罵詈云々、


書下し
廿二日戊申、蔵人為長来りて云ふ、太相府の辞表の事、右大将・藤納言共に 龍顔に候ず、皆な停めらるべき由を奏す、然る後、此の事を承行すべきを互ひに争ひ、執論の間、已に罵詈に及ぶ、と云々、


 蔵人為長は詳細は不明だが藤原為長であろうか。『小右記』天元五年二月四日条には左衛門尉として登場し検非違使への補任の候補者となっている。その為長の報告では、太政大臣伊尹が摂政を辞任するということについて、右大将で大納言だった兼家と中納言の兼通の兄弟が円融天皇の御前に候じて、二人とも辞任を認めるべきだという奏上をしたということらしい。
 それで済んでいればよかったのだが、この二人、そのあと誰が伊尹の後を襲うかという問題について互いに争い、議論は罵言の投げ合いになったというのである。後に長徳元年の道隆没後に伊周と道長が陣の座で公卿たちの面前でやらかして実資に批判されたのと同じようなことを、この二人は天皇の前でやらかしたらしい。特に批判の言葉がないのは、あきれてものも言えないということだろうか。
2018年7月5日23時









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