2017年11月06日
2017年下院総選挙ODS(十一月三日)
かつて、チェコ語を勉強している理由を問われると、「毒を食らわば皿まで」と答えていたのだが、今回の選挙についてもやはりそうであろう。ということで、政治ネタに戻る。昨日のは政治ネタというよりは、お前ら何もわかってねえよというマスコミの報道批判ね。
2013年の下院選挙で結党以来最低の結果に終わり、これは解党の危機かとまで言われていた市民民主党が、今回の選挙では第二党になった。党首のフィアラ氏など指導部は、この結果を高く評価して大喜びしているようだが、この結果が前回に次ぐ、史上二番目に悪い結果だということと、ANOに大きな差を付けられたことには目をつぶりたがっているようだ。
ただ、ほとんどの既存政党が前回から大きく得票を減らしたことを考えると市民民主党の選挙は成功だったと評価してもいい。ほとんど失いかけていた有権者の支持をある程度取り戻すことができたのである。フィアラ氏などの口から聞こえてくる支持を増やせた理由の分析には全く納得できないので、個人的な見解を記しておく。
前回の選挙で市民民主党が支持を大きく減らした理由は、ネチャス首相が女性問題で政権を投げ出してしまったことにある。ただし、重要なのは、日本と違ってネチャス首相が当時は部下であった現在の奥さんといわゆる不倫の関係にあったことを批判するマスコミも政党も存在しなかったことである。もちろんゴシップ誌は盛んに報道していたし、美味しいネタだったのだろうけれども、まっとうなマスコミはゴシップ誌が報道するようなことには手を出さないというプライドがあるし、政治家たちもそんな政治に関係のない、政治家としての能力には関係のないことを大声で批判するなんてみっともないことはしないのである。この点はチェコのほうが日本よりもずっとずっとましである。
ネチャス首相が追い込まれたのは、今の奥さんが内閣の役所の長であったという権力を乱用して、前の奥さんを軍の情報部に監視させ離婚の材料を探させていたのではないかという疑惑と、ネチャス政権の安定のために市民民主党内の反ネチャス派の国会議員に対して、議員を辞職する代わりに国営企業の役員の座を提供するというバーターを持ちかけたという疑惑によってである。ネチャス氏の関与も疑われ盛んに報道されたため、追い詰められたネチャス氏は、自分の恋人を守るためにも辞職したのである。
問題にしなければならないのは二つ目の疑惑で、日本だと選挙に落ちればただの人と言われる政治家が、チェコでは議員を辞めても国営企業に天下りできるという認識が、政治家の間にあることである。以前現職の大臣でありながら落選した人が、落選した後に大臣を務めた省の相談役に任命されなかったことに不満を漏らしていたけれども、こんな選挙に落選しても、議員を辞めても国営企業や省庁で割のいい役職につくのが当然だという政治家たちの特権意識に、有権者が愛想を尽かせ始めたのが前回の選挙で最初の犠牲者が市民民主党だったのである。
仮に民主主義の危機というものがあるとすれば、それは政治家の職業化である。本来誰でも何をしている人でも選挙で選ばれれば議員という役職につき、その間だけ政治家で、任期が終わってしまえばまたもとの職業に戻るというのが代議制民主主義の姿だったはずである。それなのに、日本の自民党よりはましだけれども、チェコでも政治家という職業、身分の固定化が進みつつあった。選挙に落ちても特権的に割のいい仕事を与えられて次の選挙の準備をすることができたのだから。
市民民主党がこの手の有権者たちの反感に気づいていたのかどうかはわからない。前回の選挙で惨敗した後に、非党員でありながら市民民主党から立候補して当選した元大学教員のフィアラ氏を入党させて党首に選出したのが一つ目の当たりだった。市民民主党における政治家という立場の流動性を目に見える形で提示することができたのだから。今はまだビロード革命以前に別の仕事をしていたという人が結構残っているけれども、今後政治家以外の仕事をしたことがないという政治家ばかりが幅をきかせているようでは、その党に未来はない。
二つ目の当たりは、プラハの市民民主党をほとんど解体するような改革を行ったことである。もともとプラハは、市民民主党の牙城であった。それが人気者のシュバルツェンベルク氏を擁するTOP09に奪われてしまったのは、プラハの市民民主党が疑惑のデパートとも言うべき元プラハ市長のベーム氏に牛耳られて続けていたからである。ブランカというトンネルの建設費が予定の何倍にも増加したのも、鳴り物入りで始まったオープンカードという地下鉄やトラムの乗車のためのカードを導入するプロジェクトが、導入はされたものの大失敗に終わって恥をさらしたのも、あれもこれもプラハで政治家と業界の癒着のせいで失敗したプロジェクトがあれば必ず名前が出てくるのがベーム市長だったのだ。
オープンカードの件では、うまく後任の市長たちに罪を押し付けて裁判を逃れ、国会議員になっていたベーム氏の党員資格を停止し、ベーム氏と結びつきが強かったプラハ市内の支部を解体し、プラハの市民民主党と怪しい実業家やロビイストと称する連中との関係を切り落とすことに成功した。これが市民民主党が党勢を回復させることができた一番の大きな理由である。それを実行できたのは、党人政治家ではないフィアラ氏が党首の座についていたからである。
今後もこの路線を継続していくことができれば、具体的な誰か、つまりクライアントのための政治ではなく有権者全体のための政治を志向し続けていくことができれば、市民民主党の将来は明るい。問題はそのことに本人たちが気付いているかどうかである。どうかなあ。
さて、現在のANOが少数与党でバビシュ内閣を成立させるしかなく、成立しても国会で信任が得られず再選挙になりかねない状況では、市民民主党としては、泥をかぶる覚悟でANOと連立するのが一番いいと思うのだけど。誰も、面白がり屋を除いては再選挙なんて望んでいないのだしさ。有権者にANOとは連立しないという公約を破ることをわびた上で、ANOの暴走を防ぐためには市民民主党が内閣に入るしかないのだとか何とか言えば、納得してくれる支持者は多いはずである。
既存の政党が、非政治家集団のANOを排斥するような行動を繰り返すと、戻りつつある支持が離れていく可能性もある。勝手な思い込みなので、この観測が当たっているとは限らないのだけど。とまれ、以前の市民民主党は全く支持のしようもない政党だったが、党内改革を経て既存の政党の中で一番ましになったかな。フィアラ氏には、お前らの党が過去にやらかしてきたことをもう少し反省して発言しようねと言いたくなることもあるけどさ。それでも他よりはましである。
2017年11月3日23時。
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