2017年01月29日
医学部(正月廿六日)
オロモウツにあるパラツキー大学では、チェコ人だけではなくスロバキア人もたくさん勉強している。これは、チェコスロバキアが分離した際に、お互いの国民を自国民と同じように扱うという協定を結んだことによるらしい。つまり、チェコでは、チェコ人の学生が学費無料で勉強できるので、スロバキア人も無料で、スロバキアではスロバキア人が学費を払う必要があるので、チェコ人も学費を払わなければならないのである。その結果、チェコで大学教育を受けるスロバキア人の数は多いが逆は少ないということになっている。
パラツキー大学の外国人学生はスロバキア人だけではなく、世界各地から留学生がやってきている。この手のエラスムスだか何だかいう名称の留学プログラムでやってくる留学生の多くは、特に西ヨーロッパやアメリカから半年の予定で留学してくる連中の多くは、オロモウツで単位を取って帰る必要がなく、バカンス気分で来ているのが問題だとかつて師匠がぼやいていた。本人たちが遊びほうけておばかになっていくのはいいけど、英語を使いたくて仕方がないチェコ人学生がそれに巻き込まれて勉強しなくなるのが困るのだと。そう言えば、日本から来ていた留学生に、留学生との付き合いが忙しくて勉強する暇がないとぼやかれたことがある。そんな連中には、付き合わなければいいだけだろとは、言えたか言えなかったか覚えていない。
そんないい加減な留学生とは別に、本気で真面目に勉強している人たちもいる。それが、医学部で英語で医学を勉強している人たちである。共産主義の時代から、チェコスロバキアではアフリカやアラブ諸国などの医学教育のまだ発達していなかった地域からの留学生を受け入れていた。医学部の学生を主人公にした人気映画の主要登場人物にチェコ語がぺらぺらのアフリカ人が出てくるぐらいである。
我がチェコ語の師匠はかつて医学部で外国人学生のためにチェコ語を基礎から教える仕事をしていたので、この外国人向けのコースについて、いろいろ楽しい話を聞かせてもらったのだが、最も衝撃的で、最も共感できた話は、アフリカの熱帯地方から、九月にチェコにやってきて勉強を始めた学生の話である。
その学生は少しずつ寒くなっていくチェコの冬になれた頃に、クリスマス休暇でアフリカに一時帰国してしまった。ちょうどその年は、年内はそれほど雪が降らず、年が明けて急に冷え込んで大雪に襲われた年だったらしい。その学生が戻ってくる予定の日に、師匠のところに電話がかかってきた。
「先生、駄目です。私には耐えられそうにありません。国に帰ります」
アフリカの暑さに慣れた体でチェコの雪が降り積もり気温も氷点下から出てこない飛行場に到着した瞬間に、ここでは生きていけないと、こんな寒い国では生きていけないと確信してしまったらしい。それで、お世話になった師匠に電話をかけ、航空券を手配してそのままアフリカに帰ってしまったのだと、師匠はちょっとさびしそうに語ってくれた。例によって我がチェコ語のできの悪さによる補正が入っているかもしれないが、当時は厳しい冬が多かっただけに、心の底からこのアフリカの医学部生に共感してしまったのだった。今にして一年目の冬に日本に一時帰国しなくてよかったと思う。多分そこが頑張れるかどうかの分水嶺なのだ。チェコの嫌なところに慣れ始めた状態で母国の快適さを知ってしまうと、チェコに戻ってこられなくなる。いや、この断定はちょっと無理があるかな。
とまれ、この外国人向けの医学教育は現在も続いており、最近はアフリカよりもアジアから来る人が増えているようで、マレーシアだったか、シンガポールだったかでは、チェコの大学の医学部を卒業して医師免許を取れば、それがそのまま国内でも使える医師免許になるのだという。国内の医師免許に書き換えができるだったかもしれない。
シンガポール人やマレーシア人、中国人とはいっても台湾の人かな、に混じって日本人が勉強し始めたのは、すでに十年近く前のことになる。もともとはハンガリーの地方都市の大学と提携して、さまざまな理由で日本では医学部に通えなかった医師志望の学生たちにハンガリーで医学を学ぶ機会を与えていたエージェントがあって、そこがチェコにも学生を送り出すことにしようと決めて、選ばれたのがパラツキー大学だったと聞いている。
オロモウツで日本人の学生が医学の勉強を始めた当時、ハンガリーでは一期生がもうすぐ卒業という時期だったようだ。ハンガリーの医学部を卒業して医師資格を取った後、日本で医師になるために何をする必要があるのかがまだ明確になっていなかったらしく、チェコの大学を卒業して本当に日本で医者になれるのか不安だったと一期生から聞いたことがある。
その後、ハンガリーの大学の卒業者からは、無事に日本で医師になった人が出、パラツキー大学でもすでに二人卒業して、こちらの医師資格を取った人がいるらしい。ただ、日本で医師になるためには、改めて日本で国家医師試験に合格する必要があるのだという。
チェコで医師の資格を持っていれば、原則としてEU内であれば、問題なく医師として仕事ができるはずである。それが、チェコの医療制度の現状に飽き足らない若手医師たちが、こちらも医師不足らしいドイツに流出している理由の一つである。
そこで、疑問が一つ、そんな奇特な人がいるのかどうかは知らない。知らないけれども、仮にドイツや、イギリス、アメリカなどの日本では先進国だと思われている国のお医者さんが、日本で医師として働きたいと言い出した場合に、日本で国家試験を受けて医師免許を取ることを求めるのだろうか。もし、外国人医師には求めないというのであれば、外国で医学を修め医師となった日本人に対して、改めて医師試験を求めるのはどうなのだろうという気がしてしまう。他人の命を預かる仕事だけに、できるだけ慎重に、丁寧にというのは分かるのだけど。
またまた、枕にするつもりの部分が長くなりすぎて、ほとんど枕だけで終ってしまった。
1月27日16時30分。
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