2016年11月22日
チェコにはまれなフェアプレー(十一月十九日)
チェコの、しかもサッカー選手と言うと、ペナルティエリア内では、相手と接触しそうになると自分から倒れて大げさに痛がり、審判にPKを取るように訴え、反則をしても、両手を挙げて自分は何もしていないと必死で主張する。あるいは、ディフェンスの選手が手を挙げてオフサイドであることを主張し、少しでも相手の腕の近くに当たるとハンドだと叫ぶ。
ゴールに向かうボールに手を突き出して止めた挙句に、自分は触っていないなどとこいていたバカもいたなあ。ボールのないところで相手にひじうちかまして退場を宣告されて、ショックを受けた振りをするなんてのも見苦しいことこの上ない。ハンドボールの選手なら粛々と判定を受け入れて退場するぞ。皮肉な笑みを浮かべることで、判定に賛成できないことを示すことはあるけれども。ハンドボールで審判に対する抗議で処罰されることが多いのは、ベンチの監督やコーチか。
まあ、チェコに限らずサッカー選手というものは、多かれ少なかれこんなもので、自分たちの求める判定が出ないと、審判に詰め寄って暴言を吐いたりするのだから、サッカーの審判というのも大変な職業である。去年のワールドカップでは、ラグビー選手の中にもサッカーの悪影響を受けている選手がちらほら見られたが、それを許さない厳しさがラグビー界にはある。サッカーにも見習ってほしいものである。
そんなサッカー界でも、たまに自ら反則を認めるなんてフェアプレイを見かけることがあるのだが、イフラバとズリーンの試合で、チェコには、チェコのサッカー界にはまれなフェアプレイが生まれた。主人公はイフラバのセンターバックのアントニーン・ロサである。
イフラバが先制したものの同点に追いつかれて迎えた後半開始から10分ぐらいのこと、ズリーンのフナニーチェクが遠目から打ったシュートは、ペナルティエリア内にいた選手に当たってイフラバのゴールに飛び込んだ。スリーンの選手たちは勝ち越しゴールだと大喜びしていたのだが、審判はオフサイドの判定でゴールだと認めなかった。オフサイドの位置にいたズリーンの選手ディオプに当たったと判断したようだ。
もちろん、当人のディオプを初め、ズリーンの選手たちは審判に抗議し、イフラバのキーパーにも、お前見てただろと証言を求めて拒否されるなど、ただならぬ様相を見せ始めた。そのとき、イフラバのロサが意を決したように審判の許に向かい、ボールが当たったのは自分だと証言することで、騒ぎを収めると同時に、ズリーンの得点を認めさせたのだった。
その行動に感動したのか、ズリーンの選手たちが何人かロサに握手を求めていたが、ロサ本人は憮然とした表情で、手を取られるに任せていたのが印象的だった。本人の頭の中をどんな考えがよぎっていたものか。試合後の話では、ボールが自分に当たったのは、ビデオを見れば誰にでもわかってしまう。それなのに自分には当たっていないと主張するのは、おこの沙汰だというようなことを語っていた。
イフラバは、今シーズン開幕以来勝ちに恵まれず、前節の13節で初めて勝ったのだ。引き分けが多い分、2勝のプシーブラムよりも勝ち点を稼いで、最下位には落ちていないが、このまま行けば、降格間違いなしの位置にいる。既に監督も交代して、現在は以前の代表監督のビーレクが務めている。監督が代わってからも急激に成績が向上したというわけでもないので、あせりもあるのだろう。ビーレクは、認めないで審判の判定に任せるべきだったのにとかなんとか言っていたらしい。
あるイフラバの選手は、みんながみんなロサのようなフェアプレーをしてくれるなら問題はないのだけどといいつつ、イフラバとの試合でオフサイドの位置からゴールを決めた選手もそれを認めてくれていればなんていっていたけど、ボールが当たったのと違って、オフサイドは本人にはわからない場合もあるだろうに。
対戦相手のズリーンはもちろんのこと、ロサにはあちこちからフェアプレー精神を褒め称える声が寄せられている。それはそのままチェコのサッカー界においてこのてのフェアプレーがほとんど存在しないことを示しているのだろう。嘘をついてでも勝ったほうがいい、気づかない審判が悪いという考えが蔓延しているのだ。
ロサ本人は、称賛されていることに戸惑っている面もあるようで、自分にとってはあれは自分の存在にかかわる決断であって、ある意味当然の行為だから、フェアプレーとか言って褒められても、正直困るというようなコメントをしていた。うーん、爪の垢をせんじて飲ませてやりたい奴らが多すぎるなどというと、本人の気持ちに反することになるのか。
これが原因でイフラバがシーズン終了後に降格するなんてことのないように祈っておこう。イタリアでプレーしたこともあるラブシッツが爆発すれば何とかなるはずである。
11月20日23時。
ズリーンの選手たち、あるいはチームの関係者は、まとめて「シェフツィ」と呼ばれていた。これは靴屋、いや正確には靴職人を指す言葉である。そう、ズリーンはかのバテャの靴工場の発祥の地なのである。それを記念?して、靴職人たちと呼ばれているのだろう。11月21日追記。
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