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2016年10月12日

選挙結果(十月九日)



 チェコの人が選挙が好きだとは言っても、日本のように民放までもが選挙のための特別番組を組むほどではない。ただ、同時に上院の選挙が国内の三分の一の地方で行なわれるとはいえ、地方議会の選挙で全国放送で選挙の特別番組が放送されるという点では、日本よりも上なのかとも思える。チェコの上院は日本の参議院以上に軽視されているのか、今回の選挙に関する報道でも、地方議会よりも扱いが下だった。いや、日本では地方議会の勢力分布が国政に影響を与えることはほぼないが、チェコでは、地方知事の選定にもかかわるので、影響力が大きいと考えたほうがいいのか。
 その理由のひとつとして、日本から来てはじめて知ったときには、開いた口がふさがらなかったというか、理解できなかったのだが、日本では確か公務員が選挙に立候補するときには、辞職した上でなければできないことになっているはずなのに対して、チェコにそんなルールはない。だから、落選すればそのままもとの公務員としての仕事を続けるし、当選しても本人が兼職できると考えれば、特に辞職の必要もない。

 これは、選挙で選ばれる議員職、地方議会の話し合いで選ばれる地方公共団体の首長職に関しても同様で、かつてオロモウツの市長は、同時に上院議員を兼ねていたし、前回の地方議会選挙と下院選挙で社会民主党が圧勝した後には、下院議員と地方の知事を兼職するものが複数誕生していた。これには、さすがに批判も多く、社会民主党では知事兼国会議員たちに、どちらかの役職を選んで、選ばなかったほうは辞職するように指示を出したのだが、地方のボス化しつつあった連中の中には、その指令になかなか従わなかったものたちがいた。
 かつてチェコの政界に大きな力を振るったのがバーツラフ・クラウスが設立した市民民主党だった。当初から、地方の政財界のボスたちが党内を牛耳って好き勝手なことをしているという批判を受けていたようだが、クラウスが党と決別した後、党は求心力を失い地方のボスたちの専横をますます許すようになり、ネチャスが政権を放り出した後は、党勢は一気に凋落した。社会民主党も対応を誤れば、この市民民主党に続きかねない爆弾を抱えているのだ。この辺の、既存の大政党のていたらくが、次々とポッと出の新政党が意外なほどに票を集めてしまう原因になっているのだが、本人たち、特に90年代にクラウスの取り巻きとして政治の世界に出てきた連中に、それを反省する様子はない。

 選挙の結果は、ANO、別名バビシュ党の圧勝に終わった。今回選挙の行なわれた13の地方議会のうち9の地方で第一党の座を確保した。これがそのまま地方知事の座を約束するわけではないのが、チェコの地方自治の複雑なところだが、選挙後の交渉で有利な立場を確保したのは間違いない。27の選挙区で改選が行われた上院議員の選挙でも、14の選挙区で決選投票に進んでおり、最終的にどれだけの議席を確保できるかはともかくとして、他の政党が多くとも一桁に終わったことを考えれば圧勝といってもよさそうだ。
 ANOと連立与党を組む社会民主党の結果は惨敗と評価できるものだった。合計ではANOに次ぐ第二党に留まったとは言え、これまで確か11の地方で第一党、もしくは地方知事の座を確保していたのに較べれば、今回第一党の座を確保できたのは、南ボヘミア地方とビソチナ地方の二つに過ぎない。交渉に長けた正当なので知事はもう少し増えるかもしれないが、地方のボス政治家たちの行動に嫌気が差した有権者が増えつつあるという証拠であろう。
 同じく与党のキリスト教民主同盟は、ズリーン地方で第一党の座を確保した。2000年前後には存在感を失い単独では下院の選挙に立候補できないところまで党勢は落ちていたのだが、その後、上下動はあるものの、次第に勢力を拡大しつつあると考えてよさそうだ。

 伝統的に問っていいのかどうかはわからないが、地域政党の勢力が強いような印象のあるリベレツ地方では、以前はTOP09と共同で候補者名簿を作っていたリベレツ地方のための市長連合(ちょっと違うけど、こう訳しておく)が第一党となった。ほかの地方でも単独で、あるいは別な党と連合を組んで議席を確保していたが、各地の市長達が中心となって作った市長無所属連合という政治団体の発祥の地は、ズリーン地方でそれが、全国的な組織に成長したようだが、各地方の独自性を示して、それぞれ微妙に違った名称で選挙に候補者を立てていた。
 全体的に右よりの政党の退潮は明らかで、市民民主党は前回の下院選挙よりはマシになっているとはいえ、議席を取れなかった地方があるなど以前では予想もされなかったような結果になったし、下院選挙では右派最大の勢力となったTOP09も市民民主党の後塵を拝する結果に終わった地方が多かった。特にTOP09の党首カロウセクは、バビシュとの同属嫌悪からポピュリストだと言って批判するけれども、人気取りの政党という意味ではこの二つの政党のほうが先輩である。クラウス人気と、シュバルツェンベルク人気に胡坐をかいて、好き勝手にやってきた結果がこれなのだから。

 個人的な最大の勝者は、ズリーン地方でキリスト教民主同盟を率いたイジー・チュネクだろう。フセティーンの市長として、ロマ人問題を解決するために取った過激な手法で話題を集め、上院議員にまで選出され、一時は党首を務めて国政の舞台でも活躍していたのだが、市内から移住させたロマ人に訴えられたとか、元秘書の女性に訴えられたなどのスキャンダルをいくつも起こして、市長と上院議員の座に逼塞していたのだが、今回の選挙の結果を受けてズリーン地方の知事に就任しそうである。その場合、さすがに三職兼務は無理だということで、フセティーンの市長職は辞任することが予想されている。ちなみに名簿の順位を上げるための「○」印を、全国で一番たくさん獲得したらしい。その数一万五千近くというから、フセティーンも含まれるズリーン地方での人気にはゆるぎないものがある。

 一方で、最大の敗者は、南モラビア地方の社会民主党のリーダー、ミハル・ハシェクである。地方閥化しつつある社会民主党の地方組織の欠点を体現したようなこの人物は、2013年の下院選挙の後、取り巻き連中と組んで、大統領のミロシュ・ゼマンと秘密の会合を持ち、党首のソボトカではなく、当時は下院議員でもあったハシェクに組閣の命令が出るように画策するという事件を起こしている。最悪なのは、そのことが報道された後も、そんな会合はなかったと否定し続け反省の色も見せなかったことだ。
 また最近は、南モラビア地方庁が大金を払って契約している広報担当の女性が、実在しなかったというスキャンダルも起こしている。謝礼と称したお金は実際に支払われているらしいのだが、実際に誰にお金が流れたのかなどについては、ハシェクはまともに説明をしていない。こんなでたらめな人物をそのまま選挙後の知事候補として担ぐ社会民主党の南モラビア支部も腐敗の巣窟と言えそうだ。
 その結果、ANOだけではなくキリスト教民主同盟にまで先を越されて社会民主党は、南モラビア地区で第三党に転落してしまった。ハシェクは、自分自身の責任を棚に上げて、ネガティブキャンペーンにやられたと、自分が犠牲者であるかのようなコメントを出していたが、こんな人物は、オロモウツ地方の市民民主党のボス、ラングルとともに、とっとと政界から消えてほしいものである。

 結局、ANOが勝ったというよりは、他の政党が負けたというのが正しいのかもしれない。ここ何回かの選挙で、議席を確保したポッと出政党の中では例外的に、ANOはうまく専門家を取り込んで活用することで、既存の大政党と同程度には有能であることを示した。バビシュのスキャンダルも他の政党がこれまでにやらかしてきたことと比べれば、同等以下のものでしかないし、新政党ということでチェコの悪しき財政官の癒着とも比較的無縁である。だから、ANO自体が強く支持された結果ではなく、消去法で選ばれた面があると考えたほうがよさそうだ。
 次の下院選挙で、ANOが本当に有権者に支持されて、政界に確固たる地位を築いていけるかどうかが決まるのだろう。特にバビシュを支持するつもりはないけれども、少なくともTOP09のカロウセクよりはましなようだから、社会民主党が一部の地方支部の癌と化している幹部を摘出することができなかったら、スロバキア出身で、共産主義時代に秘密警察に協力していた過去を疑われている首相が誕生することになるだろう。
10月9日23時。



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