2020年07月17日
ミロシュ・ヤケシュ(七月十四日)
1989年にいわゆるビロード革命が始まったときにチェコスロバキア共産党の第一書記として指導者の立場にあったミロシュ・ヤケシュが亡くなった。68年のプラハの春がワルシャワ条約機構加盟国軍の侵攻で弾圧された後の正常化の時代の指導者、グスタフ・フサークの後継者として、1987年に党の第一書記に就任したこの人物の存在は、共産党政権が共産党に都合の悪い人物を排除し、指導部、特にフサークの言うことを聞く人間だけが出世できるようになっていた結果、人材が払底していたことを象徴していると見られている。つまりは、政治家としては無能だったと考えられているのである。
ビロード革命に先立つ、学生を中心とするデモが各地で発生するようになってからも、教条主義的な強硬な態度を変えることなく、反政府側との交渉を拒否した。より正確には有効な手を何一つ打つことができなかった。それ以前の反政府デモにつながる社会不安、民衆の不満に対しても、俳優などの芸術家の給料を明かして高給取りだから不満は漏らさないなんて現実を見ない失言をしたのがビデオでリークされ、社会の反発を買い共産党の立場を悪化させていた。
その結果、ゴルバチョフのペレストロイカの影響受けて共産党内にも、比較的現実を見つめられる改革派が増え、反政府勢力との交渉の妨げになりかねないヤケシュは、共産党からも追放された。それでも本人は共産主義のイデオロギーから離れることはなく、ゴルバチョフのペレストロイカや、市場経済の導入に対して反対の意見を表明し続けたという。
ビロード革命後は政治の表舞台に戻ってくることはなかったが、ヤケシュやフサークのような共産党政権の指導者で、民衆弾圧の責任者だった人たちが暴力的な報復を受けなかったのが、チェコスロバキアの民主化革命が、ビロードと名付けられた所以なのだろう。ただし、ヤケシュは後に国境地帯で亡命しようとした人々が国境警備隊員によって射殺された件について、責任者だったとして裁判を起こされている。
簡単に経歴を紹介すると、生まれたのは1922年で場所は南ボヘミアのチェスキー・クルムロフの近く。1937年にからはズリーンに移って、バテャの工場で働きながら、バテャの設立した大学を卒業している。共産党に入党したのは1945年のことで、党の幹部候補生として1950年にはモスクワの共産党の大学に送られている。留学生の同期にはプラハの春を主導するアレクサンデル・ドゥプチェクがいたというから、その後の歴史を考えると皮肉である。
1968年のプラハの春に際しては、当初はドゥプチェクなどの改革派に賛同していたため、代表団の一員としてモスクワに連れ去られ、ワルシャワ条約機構との協定にサインさせられた。この時点では、いわゆる救援をソ連に対して求める手紙には署名しておらず、この時点では特にプラハの春の理念を裏切ったとは思われていなかったのではないだろうか。モスクワでの署名は、確か時のスボボダ大統領や、ドゥプチェク第一書記など、代表団のほとんども署名を余儀なくされたわけだし。
その後、正常化をすすめるフサークの下で、出世を遂げ、フサークが独占していた大統領と共産党の第一書記の二つの地位のうち、第一書記を譲られることで実質的な後継者となったのだが、この選択は当時の共産党幹部にとっても驚きだったようだ。国や共産党にとってではなく、院政をもくろむフサークにとって一番いい選択がヤケシュだったのだろう。
実際どんな人物なのかは知らないが、共産主義を強く信じていたというよりは、どんな政治体制にも自らを合わせていける優秀な官僚タイプ、悪い言い方をすれば有力者にすりよるコバンザメのような人物だったのではないかと勝手に想像している。そんな人物が最高権力者になった結果、ビロード革命の政治体制の変化には対応できなかったということだろうか。自分自身の存在が反政府デモと革命の原因になっていたわけだから。
そんなチェコスロバキア共産党最後の権力者が亡くなったというのは、一つの時代の終わりでもあるのだろう。いわゆるポスト共産主義の時代の終わりがまた一歩近づいてきた。クラウス、ゼマンというビロード革命の民主化を私物化し首相、大統領を歴任した大物が二人残っているから完全に終わったとは言い切れない。いや、この二人が創設、もしくは再建し、クライアント主義と呼ばれる利益誘導型の政治をチェコに定着させた市民民主党と社会民主党が活動を続ける限り終わらないといったほうがいいのかもしれない。いろいろと批判されているバビシュ首相もクライアント主義が存在しなければ、首相になんてならなかっただろうし。
2020年7月15日14時。
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