2020年02月15日
チャペクの児童文学(二月十二日)
カレル・チャペクが日本で高く評価されている分野に、もう一つ児童文学がある。それほど児童文学的な作品が多いというわけではないのだが、とくに『Devatero pohádek』は、中野好夫訳で岩波書店から1952年に刊行され名訳の評判も高かったと聞く。中野訳以後、個々の短編の部分的な翻訳発表はあっても、長らく全訳が刊行されることがなかったのもその事実を裏付ける。
また、単なる翻訳ではなく、絵本作家や、童話作家がチャペクの作品を語りなおす形で作られたものもかなりの数に上る。それらの作家たちの全員が、チャペクのチェコ語の原作を目にしているとも思えず、下手をすると英語訳すら使わず、中野訳をもとにしているものもあるのではないかという疑いさえ持ってしまう。
➀中野好夫訳『長い長いお医者さんの話』(岩波書店、1952)
本の題名として、収録されているお話のひとつの題名を選んだのは、直訳では内容がわかりにくく、魅力に欠けると思われたのだろうか。「長い長いお医者さんの話」はこの作品集の中でも、最も面白いお話で、もう一つの盗賊の息子が主人公のお話と共に、傑作子供向けミュージカル映画「ロトランドとズベイダ」の原作となっている。
この本は、小学校の図書館や、町の図書館の児童室に入っていたと記憶するのだが、なぜか当時は読まなかった。チェコ語を始めた後に、チャペクの作品だということで読んでみて、何で子供のころに読まなかったんだろうと不思議に思ったものだ。小学校では低学年のころから図書室の常連で、あれこれ借り出して読んでいたのだけど。
当時読んだ本で、明確に覚えているのが、いぬいとみこ作の『北極のムーシカミーシカ』と『ながいながいペンギンの話』なのだけど、後者なんて題名からして『長い長いお医者さんの話』を意識しているのは明確なのだから、手を伸ばしていてもおかしくないのだけど、外国の作品を読むのを嫌うようなガキだったのかなあ。
翻訳物の子供向けの作品で読んだのは、高学年に入ってから、子供向けに書き直されたクリスティの推理小説が最初だっただろうか。『ABC殺人事件』は子供向けも、普通の翻訳も読んだことがあるはずだ。いや、その前に、作家の名前も、どこの国のものかも覚えていないが、『少年探偵なんとか』のシリーズを何冊も読んだか。
そのうちの一冊に「コケモモ」というものが出てきて、コケモモのパイだったかな、自分なりに想像して理解していたのだけど、後にコケモモの写真を見て唖然としてしまったのだった。このころ、推理小説もどきを読み始めたころには、いぬいとみこのような完全な子供向けの作品には目を向けなくなっていたから、『長い長いお医者さんの話』にも手を出さなかったのだろうなあ。
中野訳の『長い長いお医者さんの話』は、その後も何度も新版が刊行され、現在でも2000年に改版刊行されたものが入手可能なようである。中野がチャペクの作品を翻訳したのは、1936年に新潮社の『世界名作選』第2巻に寄せた「郵便配達の話」が最初のようだが、この作品も「郵便屋さんの話」と改題して本書に収録されている。
A栗栖茜訳『長い長い郵便屋さんのお話』(海山社、2018)
本のタイトルが別の短編の題名に変わっているが、こちらも全訳であることには変わりはない。訳者の父親である栗栖継訳も、いくつかの短編が、いろいろなアンソロジーに収められているが、意外なことに全訳して一冊にまとめたものはない。
参考
牧ひでを編著『ながいながい話』(ポプラ社、1964)
これはチャペクの作品を、章立てなどを改変して再構成したもののようである。国会図書館の目録でも「訳」ではなく、「著」になっているから、中野訳をもとに著者が書き上げたものかもしれない。
個々の短編の翻訳の中では、千野栄一訳「ソリマンのおひめさま」が注目に値するだろうか。「長い長いお医者さんの話」に登場する病気のお姫さまに焦点を当てて題名が変えられている。確認できる初出は集英社刊の『こどものための世界名作童話』第21巻(1980)。この巻に収録されているのはこの作品だけのようである。
その後90年代に入るとチャペクブームとでも呼ぶべきものが起こって、さまざまな作品が日本語に翻訳されるようになるのだが、その一端を担ったのが、写真入りの『Dášeňka čili život štěněte』である。この作品は、すでに1958年に小松太郎が「ダーシェンカ ある子犬の生いたちのお話」として訳出し、東京創元社の『世界少年少女文学全集』に収録されているが、1981年の小川浩一訳『ダアシェンカ : ある子犬のくらしから』(講談社)を経て、新潮社が1995年に伴田良輔監訳『ダーシェンカ』を刊行したことで、チャペクの犬をめぐる作品に大きな注目が集まるようになった。
伴田訳はチェコ語からではないが、チェコ語からの翻訳である保川亜矢子訳『ダーシェンカ : あるいは小犬の生活』(SEG出版、1996)が出版されただけでなく、石川達夫訳『チャペックの犬と猫のお話』(河出書房新社、1996)や、兄ヨゼフ・チャペク作のいぬいとみこ・井出弘子訳『こいぬとこねこは愉快な仲間 : なかよしのふたりがどんなおもしろいことをしたか』(河出書房新社、1996)などが相次いで刊行された。文庫化されているものも多いので、売行きも悪くはなかったのだろう。
90年代のチャペクブームの出版ラッシュについては、稿を改める。
2020年2月13日19時。
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