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2017年06月27日

釣船町 つりふねまち


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釣船町 つりふねまち

南本町の西に位置し、かつては海沿いで西堀川まで連なる町並。
町名は船持猟師が集住したことに由来する。
そのため網屋、狩網など漁業に関連する屋号を持つ人たちが多く住んでいた。

天保八年(一八三七)の家数七九戸・人数三二五人



2017年06月26日

宮前町 みやまえまち

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宮前町 みやまえまち

町名は江戸時代後期に開かれた宮前新田に由来する。
宮前新田は文政三年(一八二〇)印南郡大国村の木綿商岸本十右衛門が開いていたもので八町八反余りあった。
昭和十一年に宮前新田のほとんどは隣接する工楽新田とともに鐘淵紡績の人絹工場(現株式会社カネカ 高砂工業所)の敷地になった。

町名の制定は昭和二十七年である。

2017年06月24日

狩網町 かりあみまち

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狩網町 かりあみまち

町場の南端に位置し、かつては海沿いで東は南本町から西は南渡海町まで連なる町並。
町名は猟師が集住したことに由来する。
隣接する釣船町や猟師町などと共に漁業の盛んな町であった。
天保九年(一八三八)の家数五二戸・人数一八二人


2017年06月21日

猟師町 りょうしまち

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猟師町 りょうしまち

東は西宮町から南は南本町まで東西に連なる町並。
町名の由来は猟師(漁師)が集住したことによる。
かつて、高砂周辺は御厨庄と呼ばれて供物として朝廷に魚介類を納めていた。
このことから高砂の海岸部は古くからの漁村であったことがわかる。

天保九年(一八三八)の家数四一戸・人数一四六人

2017年06月18日

藍屋町 あいやまち

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藍屋町 あいやまち

北堀川の北岸沿いに東西に連なる町並。
町名は藍(紺)屋が集住したことに由来する。
町大年寄炭屋玖左衛門は大蔵元であった。
町の東には百闡と呼ばれた姫路藩の蔵米の倉庫が南北二棟あり、加古川上流から物資を運搬する高瀬舟の検閲のため津留穀留番所が置かれていた。

天保八年(一八三七)の家数八三戸・人数三九〇人

2017年06月13日

東浜町 ひがしはままち

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東浜町 ひがしはままち

北は高勢町、南は材木町まで南北に連なる町並。
町名の由来は町場の東端で現在の堀川である高砂川沿いに位置したことによる。
船着場はあり問屋の蔵が建並んでいた。
壺屋長左衛門・小間物屋儀兵衛・米屋清兵衛は大蔵元で塩座薬でもあった。

天保九年(一八三八)の家数十三戸・人数五四人

2017年06月12日

南浜町 みなみはままち

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南浜町 みなみはままち

町場の南東部、現在の堀川である高砂川河口に位置し今津町から南へ連なる町並。
町名は町場の南の浜であったことに由来する。
船着場があり、問屋の蔵が建並びにぎわった町であった。
柴屋七大太夫・塩屋次右衛門は幕末頃の高砂町の大年寄であり、大蔵元でもあった。
また、儒学者三浦迂斎の生誕地である。
川口番所・塩座会所・川方会所・浦高札場があった。

安永二年(一七七三)の家数三四戸・人数一五五人

2017年06月10日

田町 たまち

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田町 たまち

南堀川から南へ二筋目の道路沿いに連なる町並。
町名の由来は砂浜や高洲でであった当地の開発にあたらせるために、加古川対岸の養田・池田・長田村などの農民を移住させて町を形成したことによる。

天保九年(一八三八)の家数六三戸・人数二四〇人





2017年06月08日

材木町 ざいもくまち

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材木町 ざいもくまち

南堀川の北岸沿いに東西に連なる町並。
町名の由来は加古川上流から運ばれる材木の集散地であったことによる。
御用達大年寄松浦長兵衛、米屋又右衛門ほか四人の大蔵元がいた。
儒学者で申義堂の教授であった三浦松石・憲法学者の美濃部秋芳や俳人田中布舟は当町の出身である。
天保十三年(一八四二)の家数一三戸・人数五二人

場所はサイドの地図す。






2017年06月05日

戎町 えびすまち

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戎町
町場の南端に位置し、かつては海沿いで漁師が集住した町である。
町名の由来は高砂町成立期に阿美仁平ら漁師たちによって摂津西宮戎社を勧請して戎社を建立し、漁業の守護神にしたことによる。
釣屋の屋号を持つ家が多かった。
天保十年(一八三九)家数一五〇戸・人数六〇八人



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画像は高砂市観光協会より
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八ちゃん
脚が痺れるおっさんが散歩を始めました、続けるためブログを作成しました。
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