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2016年12月30日

『Another Archive Online〜ハハッワロス〜』 第三話【ケンタウロスと少女】

ん〜、眠いな。
 目を閉じたまま手探りで布団を探すが見つからない。見つからないどころか草と土のようなものに触れている感触がある。何が起こった……。
 ……!思考が追いつき、覚醒する。即座に目を開け、体を起こし、辺りを確認する。地面に寝ていた自分、木に体を預けて寝ているジョーカーさん。となると、昨日の出来事は夢ではなく現実……か。ひんやりとした固い地面に寝たせいで体中が固まっているようだ。遠い過去のおぼろげな記憶にそって準備体操をし、凝った体をほぐす。ポキポキという音を出しながら、ちょっとしたすっきり感が味わえる。結構この一時は好きな人がいるんじゃないかと思う。俺は好きだ。

 「ハハッワロス(ポキポキやな)」
 「……むぐぐ。……早起きだな」
 「(意外とぐっすり寝れました)」

 自然と地面に落ちている木の棒を拾い、挨拶をし返す。むぐぐとは朝の挨拶だろうか、とりあえずむぐぐ返しをする。

 「(むぐぐ。)」
 「むぐぐ?」
 「(むぐぐ。)」
 「?」
 「(?)」
 「どうやら意思の疎通ができてないようだぜ」
 「(俺の勘違いのようです。気にしないで下さい。)」
 「お……おう」

 ですよね。寝ぼけてむぐぐってでちゃっただけですよね。異世界だからといって気を配りすぎか?……今思えば寝る前におやすみって普通に言ってたな。となると朝の挨拶は……。

 「(おはよう!)」
 「あぁ……、おはよう。ったー。体中カチコチだぜ。だから森の中で寝るのは嫌なんだよな。早いとこふかふかのベッドに飛び込みたいぜ!」
 「(今日中につけますかね?)」
 「たぶん大丈夫だろ。この川超えてにもう30キロほど進めばルキス町につくはずだぜ」

 太陽の位置的に西のほうを指さすジョーカーさん。……当たり前すぎて気づきが遅れたが、太陽……普通にあるな……。

 朝食に再びウッドボアの肉を食べ、川を超え、ルキス町という町を目指して進んでいく。川はジョーカーさんが魔法で一部凍らせて、橋を作ってくれました。まじ魔法便利。剣とはいったいなんなんだ。そんなこんなでジョーカーさんと雑談?をしながら進んでいくと変な石を突き出してプルプル震えている女の子に遭遇しました。

 「全身黒……。あ、あなたたちがアーカム港で何か盗んだ人たちで……すか?」
 「くははっ。そいつは悪い冗談だ。いきなりそんなことを言われるとお姉さん傷ついちゃうぜ」
 「う……あう。ごめんなさい。神父さんが言ってたんです。全身黒ずくめの方が隣町のアーカム港で盗みを働いたから注意しなさいって……」

 おいおい、はた迷惑な盗人がちょうどよくいるもんなんだな。全身黒というスタイルは分からないでもないが、盗みはよくないぞ。しかし、この子も一人で森の中に入ってきているようだ。見た目とは裏腹に強いのだろうか。 

 「なるほどなるほど。全身黒づくめのやつらが襲ったのか」
 「はい。しかもものすごく変態で、近づくことすら危険であると…」
 「誰が変態だ!…………ぁ」

 へ?

 「……え?え?や……やっぱりあなたたちが盗賊さんだったんですね!」
 「いやいやいや、待て待てお嬢ちゃん。冷静になれ。上を見て深呼吸だ。綺麗な空を見て落ち着け」
 「……空曇ってます」
 「かぁー。お前からもなんか言ってやれ!みりん!」
 「ハハッワロス(深呼吸だ!)」
 「何言ってんだバカ!」
 「うう……二人して馬鹿にして!二人とも捕まえて自衛団に突き出します!」

 ぐおお。ハハッワロスになってしまう事をすぐ忘れてしまう。っていうかさっきジョーカーさん。変人に反応してなかったか。だぁあああああ。いったいどういうことだ。全身黒ってもしかして、本当にジョーカーさんが盗賊なのか?それとも勘違い?分からないが、ここまで良くしてくれたジョーカーさんを疑いたくない。

 「来て、アザルド!」
 「ちっ、やるしかないか……お!」

 女の子の手に持っていた石が紫の光を帯びる。光が魔方陣を描き、その魔方陣から巨体が現れる。馬の脚、大きな石の槍を持った人間の上半身。まさにその姿はケンタウロスそのものだ。石でできた槍を此方に向け、ものすごく威嚇している。能力的には俺より遥かに下だと思うのだが怖すぎる。俺がプレイしていたAAOにはなかったが、どうやらあれは所謂召喚石のようなもので、召喚獣を召喚できる石の様だ。

 「まさかケンタウロスを召喚するとはな。クヒヒッ、良い召喚獣持ってんじゃねーか!」
 「その通りです!アザルドは強いです。変態さんに負けません」
 「まだ言うかちびっこ!」

 なんという展開。つまりこれはどういうことだ。信じたくはないが、話の流れ的にジョーカーさんは隣町とやらのアーセム港で何かを盗んだ。そしてジョーカーさんと一緒にいる俺はその仲間だと思われている。何かを盗んだとしても変態に反応してばれるってどうなんだ。しかもケンタウロス召喚されてから顔色変わってるぞ。めっちゃ笑顔だ。

 「みりん。あっちはやる気みたいだぜ。このままだと俺たちは冤罪でとっ捕まっちまうってわけだ。お相手してあげなきゃな!」

 その言葉を信じていいのか分からないが、俺は間違いなく何も盗んじゃいない。一度捕まってしまうと冤罪コースまっしぐらにいってしまう可能性は十分にある。まずまともに話を聞いてもらえる状況にもっていかねばなるまい。つまり、こちらが優位な状況に!

 もしジョーカーさんが盗賊だったらそれはそれでショックだが、俺の守備範囲は広いうえにゲーム中では女盗賊というのはよくある設定だ。すんなり受け止めてしまいそうな自分がいる。

 「いってアザルド!」

 日本で生活していれば暴力沙汰なんてめったに起こらない。精々口げんかで終わるのが大半だ。ゲームの中では無双していた俺も現実じゃそうはいかない。森の移動の中でこの俺のアバターみたいなのに体がなじんではきたが、イノシシもどきを殺したとしても戦闘に慣れた訳じゃない。ステータスとスキルに頼った攻撃で殺しただけだ。
 女の子たちの手前、顔に出さないようにしているが、恐怖心が隠し切れない。しかし、恐怖心のほかに不思議な高揚感もある。心象が動作に影響を出す。自由に体を動かすことができるかどうか分からない。攻撃は余裕を持って対処しよう。
それはそうとしてジョーカーさん。物凄く嬉しそうな笑みを浮かべているが、何故この場面でそんないい顔してるんだ。

 「あの人達を捕まえるから動けなくして!」

 おおおおおおお!と雄たけびを上げながら突進してくるケンタウロス。巨体の突進は圧迫感がやばいな。とか考えてる暇はない。明らかに捕まえる気ないだろ!これは死ねる。いや、スペック的に死なないと思うが、一般人だと絶対死ぬ。体がでかいだけあって迫りくる圧迫感というものは恐怖心を駆り立てる。迫りくる問題はどう対応するかだ。

 相手が捕まえると宣言している以上、死に至るような過剰な攻撃はしてこないはずだ。
 それにいざとなれば木々に囲まれている場所に逃げればケンタウロスさんは動けないはずだ。

 さすがにジョーカーさんにケンタウロスと戦わせるわけにはいかないだろう。俺が相手をしなければ。そして、ケンタウロスを足止めしている間にジョーカーさんがあの女の子を封じ込めてくれれば、ケンタウロスも攻撃をやめるはずだ。俺はケンタウロスの石の槍に対応するために剣を抜き、防御と回避に専念することにした。こちらの意図を書いて説明している暇はない。剣を抜き、ジョーカーさんに目で訴える。

 「ハハッ!やる気だなぁ、みりん!いいぜ。お前の戦い見せてくれ!」

 ―――ちげーよ!

 時間は待ってくれない。雄叫びを上げてこちらに向かってくるケンタウロスは右手で石の槍を持ち、前に突き出している。

 ―――とりあえず防御に専念する!

 向かってくるケンタウロスの石の槍による突きを持っている剣で横から弾き、同時に『ステップ』を使い余裕を持って槍を持っている手とは逆の位置に移動し、巨体を使った『突進』を回避する。
 避けられたケンタウロスはそのまま体を横に向けながら石の槍を横に一閃してきた。その攻撃も視覚できた俺はしゃがみこんで石の槍を避け、さらに折り返して迫りくる石の槍を斜めに剣を構えることで上に受け流す。
 体をうまく回転させながら石の槍で攻撃してきたケンタウロスは俺に後ろを見せていた。
 相手の隙なのかと思ったのは一瞬、ケンタウロスは体を一瞬屈め、地面が抉れるほどに前足で強く地面を蹴り、後ろ足で蹴り飛ばそうとしてきた。ドッ!という音とともに強力な蹴りが向かってきたが、流れに逆らわず後ろに跳びながら何とか剣の腹で蹴りを受け止め、吹き飛ばされながら相手との距離を確保した。
 強力な蹴りだったと思うのだが蹴りを受け止めた手にたいした痛みはない。

 「うそ……!」
 「こいつはぁ予想以上だぜ。たまらないなァ!」

 この間何秒だ!とツッコミを入れる間もなく、身体が自ずと反応する。格段に上昇している動体視力のお蔭で、相手の攻撃も良く見えるためか対処できる。恐怖心よりも先に体が興奮しているのが分かる。あんなでかぶつ相手に対処できているという結果が何とも言えない興奮を産んでいるようだ。

 ケンタウロスが姿勢を正し俺と睨みあうこと数秒、再びケンタウロスが突進してきた。
 今度は先ほどよりも走ってくるスピードが遅い。
 ゲームとしてプレイしてた頃と同様に、攻撃は横から剣を割り込ませるようにして弾く。弾き、避ける。この動作を繰り返す。そして再び弾く。何度目だろうか。自分の動きとゲーム中の動きがマッチし始める。弾くたびに、避けるたびに体がなじんでくる。体が、頭が熱くなってくる。高揚が止まらない。自ずと言葉が出てくる。たしかに―――

 「ハハッワロス(たまらない!)」 

 再び石の槍を横に薙ぎ払い攻撃してくる。今度は敢えて真正面から石の槍受け止めた。一瞬火花が散り、手に衝撃が走るが、受け止めることができた。
 鍔迫り合いの様な状況が続いたが、全く力負けをしていない。押し返そうと思えばいつでも押し返し、攻撃に転じることだって可能だ。
 力では勝てないと悟ったのか、今度はケンタウロスが後ろに跳び距離をとった。敢えて俺は追撃をせず、相手の動向を見守った。

 「アザルド!……負けないで!」
 「クハハッ!」

 女の子の声援を受けたケンタウロスは体を少し屈め、左手を前少し突出し、石の槍を持った右手を後ろに引き、攻撃体制を作っていた。明らかに『突進』と突きによる攻撃だ。それとも突き系のスキルだろうか。
 ケンタウロス系が持つ攻撃スキルで思い出せるのは『オーラストローク』名前の通りオーラを纏った突きだ。ゲーム内では威力もそこそこ高く、範囲攻撃だったため使い勝手が良かった。そして、発動後は相手の後ろに回り込んでいるというスキルだった。範囲攻撃の欠点としてありがちなクールタイムはもちろん長い。そのため連発することはできないが、かなり優秀なスキルだったはずだ。俺もまだレベルはそれほど高くないが覚えている。
 ケンタウロスが突進し始めた瞬間、右手に持つ槍全体を白色の光のエフェクトが覆っていた。

 ――やはりスキルか!

 通常攻撃や『突進』スキルならなんの問題もなく対処できそうだが、完全な攻撃スキルとなると未知数だ。
 ケンタウロスが使うスキルなので『オーラストローク』の可能性が高い。しかし、実際どんな攻撃なのか分からないので防御するより避けに徹するほうがいいだろう。
 足に力を籠め、いつでも『ステップ』が使えるよう身構えた。

 ケンタウロスが向かってくる。何も真正面から迎え撃つことはないのでケンタウロスの動きに注意しながら横に移動した。
 しかし槍から出る白いエフェクトが強くなったと思った瞬間、向きを完全に此方に変えたケンタウロスが槍を突出し目の前に移動していた。

 ――予想以上に速い!

 俺は『ステップ』を使用し、攻撃を避けようとしたが、ケンタウロスは上半身だけをうねり、右手を更に突出し、光のエフェクトが発生している石の槍を突きだしてきた。

 『ステップ』は高速で移動できるスキルだが、一直線に大股で2歩分程度しか移動できず、更にスキルに1秒ほどのクールタイムがあるせいか、連続使用はできなかった。そのため、『ステップ』を使用し攻撃を避けることはできなかった。
 これ以上下手に避けても戦闘慣れしていない俺では攻撃を食らうと判断し、ケンタウロスではなく石の槍を標的とし、攻撃することを選んだ。
 『スラッシュ!』
 頭に移るのは相手の石の槍に対し、真正面から斜め下に断ち切るイメージだ。
 俺はイメージを体でなぞった。右手に持った剣を左肩に乗せるように引き、そのまま石の槍の先とぶつかるように右斜め下に振り下ろした。
 青いエフェクトがヴォータルソードを纏い、白いエフェクトを纏う石の槍にガンッ!という音とともにぶつかった。
 拮抗は一瞬……ヴォータルソードが石の槍を粉砕した。

 「うそ……」

 ケンタウロスはスキルの反動のためか俺の前を通り過ぎ、そのまま呆然としている女の子の元に駆けて行った。どうするつもりかと思った直後、ケンタウロスは女の子を抱え、森の中へ消えて行った。

 「ハハッワロス(ちょっと待った!)」
 「あ〜あ、逃げられちまったぜ。残念残念。だがいいさ。アレもなかなか良かったが、お前はもっと良い!」

 もちろん俺の言葉で止まってくれるはずもなく。ジョーカーさんに至ってはもうどうでもいい感じだ。
 ひとまず昂ぶった体を鎮めるために大きく息を吐きながら剣を収めた。
 最初は恐怖と興奮が入り混じっていたが今は不思議な昂揚感しか残っていない。SRを初めてプレイした時のような感覚だ。それに……身体が勝手に反応してくれる。そして身体に思考がついてくる。ゲームでの戦闘経験が無駄になっていない。さすがSRゲーム。ゲーム内の立ち回りで、ここまで戦えるとは思わなかった。どう考えてもゲームと現実じゃ違いが出る。が、身体機能、スキルという概念さえ加われば現実でもゲームと同様の動きができるということだろうか。
 それに、武器破壊ができた。ゲーム中では武器の耐久度はあまり重要視されていなかったが、この世界では重要かもしれない。
 しかし間違いない。もしかしてというレベルじゃないだろう。さっきの発言といい、ジョーカーさんは盗賊だ。というかもう隠す気ないだろう。あの子には誤解されたままだし前途多難だ。

 「全く。みりんのせいで昂ぶりすぎたぜ。……ふぅ。もうわかっちゃいると思うが俺はあのちびっこの言う通り盗賊だ。で、どうする?」

 単刀直入だな!確かにそんな性格をしていそうだが、どうするか。ジョーカーさんが盗賊ということは分かった。だが、嫌いになれない。可愛いからか?まだ出会って一日も経っていないが、心細い中一緒にいてくれたからか?もしかして惚れてしまった?……分からん。

 「おいおいそんなに悩むなよ。ジョーカーさん困っちゃうぜ。敵となるか味方となるか。2択だ。簡単だろ?」

 やれやれだぜみたいなポーズはやめてくれ。
 急展開についていけないんだよ!しかしどうしてこんな時期早々にカミングアウトした。ごまかし続けていれば、疑念は残るが先ほどまでの関係を続けていられただろう。少なくとも町に着くまでは……。
 ジョーカーさんを嫌いになれない。つまり、敵になりたくない。これは間違いない。かといって盗賊の仲間入りなんてするのも嫌だ。それに何を盗んだんだ。いや、そもそも何故盗んだんだ?

 「お?何だ何だ?」
 「(いくつか聞きたい。何を何故盗んだんだ?そして、どうして俺を仲間に入れようと思ったんだ?)」
 「質問に質問で返すのはマナー違反だぜ。まぁいい。いきなりだしな。盗んだのはラヴァーの指輪。理由は持ち主が気に食わなかったから。仲間に入れようと思ったのはみりんが気に入ったから。これでいいか?」

 気に入ったとか言ってくれるのは正直照れるな。可愛い子に必要とされるのはぐっとくるものがある。持ち主が気に食わなかったから指輪を盗んだか。何故指輪を……ファンタジー世界特有の特殊効果でも指輪についているのか?

 「(指輪に何か効果でもあるのか?)」
 「よく気づいたな。あぁ……、あるぜ。志向性を定め、特定の異性を魅了するって効果がな。こいつの持ち主。あのくそデブが俺様に使ってきやがったからな。イラついて盗んできたぜ」

 おいおい。それ盗まれて文句言えないんじゃないか。指輪で無理やり惚れさせて手籠めにしようってしたってわけか。そのデブ死んだほうがいいんじゃないか。それにしても魅了か。確か、一部の女性型モンスターは魅了スキルを使ってきたな。サキュバスとかサキュバスとかサキュバスとか。AAOではプレイヤーはもちろん女性型モンスターに対してエロいことができないようになっていた。触ろうとすると謎の障壁で阻まれるのだ。攻撃は通るが触れない。きっと多くの男が運営に対して何かしら理由をつけて触れるようにするべきだと要望を送ったに違いない。別にエロい事したいわけじゃないが、現実性を出すためにいたしかたなく触れるようにするべきだ……とかな!しかし、相手の攻撃でこちらを触ってくるのは問題ないようで、防御をがちがちに固めた多くの人間が、サキュバスに殴られにいっていた。今日もサキュバスにいじめてもらうスレとかいうのもあったはずだ。

 「だからあのちびっこも知らなかったろ?何を盗まれたか。どんな指輪が盗まれたか大っぴらにできるもんじゃない」
 「(そのデブは偉い人なのか?)」
 「アーセム港、港を牛耳るお偉いさんの一人さ。この指輪で今まで何人も女を使っていっただろうぜ」

 なんというデブ。死んだがいいデブ。ああくそ。自分には関係ないことだったのに無性にそのデブにイラついてきた。

 「いつもなら気づかれずに盗むんだがな。デブをぼこぼこにしてたらなかなか凄腕の警護隊が来てな。今に至るわけだぜ」

 すっきりしたぜとでも言いたげな顔をするジョーカーさん。デブをぼこぼこにしたのか。それはすっきりする展開だな。思わずグッジョブ!と手で合図を送る。そしてそれに答えるジョーカーさん。まさかグッジョブも通じるとは思わなかったが、今ここに友情は作られた。ん……?志向性を持たせて、異性を魅了する?

 「(もしかしてその指輪今俺に使ってたりします?)」
 「だめだろうか?」

 キリッとした顔でだめだろうか?なんて言ってもだめに決まってんだろ!だああああああ。もしかして俺がジョーカーさんを嫌いになれないのはこの指輪のせいなのか?

 「まぁ安心しろ。俺と一緒でみりんも魅了に対して抵抗があるみたいだからな。本当にこの指輪が効いてるなら今頃俺様の椅子になってるぜ」

 女王様プレイ!?いや、冗談は後にして、言われてみればそうなのかもしれない。しかし、ジョーカーさんに対して気持ちが揺れてるのは間違いない。だが、この気持ちが魅了のせいなのかどうなのか。俺では判断がつかない。

 「別にいらないが、せっかく盗んだんだから使ってみようと思ってな?使ってみたわけだぜ。ここまで効果がないとは、やっぱり欲しいものはこの手で手に入れろってことかね」

 使っちゃだめだろう。俺が手に入れても使わない……と思います。俺を欲しいとか言いながら流し目で俺を見るのはやめてくれ。すげードキドキします。
 俺の気持ちはどうであれジョーカーさん的には俺が欲しいということか。お…………仲間として!
 冷静に考えてまだ会って半日程度の中だしな。戦闘能力目当てくらいしかピンと来るものはないし、仲間だよな……。別に悔しくなんてないぜ。

 「(盗賊の仲間にはならないけど、敵になるつもりはありません)」
 「2択って言ったんだがなぁ。残念だぜ。本当はもう少し一緒にいたかったんだが、そろそろ時間の様だぜ」

 時間……?ジョーカーさんがそのまま口笛を吹くと足に手紙を付けた青い小鳥がジョーカーさんの肩に降りてきた。手紙を読むとジョーカーさんは俺に背を向けた。俺の答えはNoだが、Yesではない。どう受け取ったのだろうか。どっちにしろお別れか。なんだか寂しくなるな。もうどこかに行かなきゃいけないというのが分かっていたから、自分の正体をばらして仲間に引き入れようとしたってとこなのか。

 「みりん、お前のことは保留にしとく。次会うときはいい返事を期待してるぜ?そういうわけでここらでお暇させてもらう。またな、みりん」
 「ハハッワロス(期待しないでくれ)」
 「次会う時までにちゃんと喋れるようになっとけよ!」

 そう言うとそのまま肩にとまった青い小鳥をなでながら森の中へと入っていった。またなと言ってくれたことが何故かすごくうれしい。これがカリスマってやつか……!?……ん?はらりと手紙のようなものが一枚目の前に落ちてきた。
 すぐさま拾い、確認する。……手紙だな。いったいいつ書いたんだ。

 ―――みりん、お前が「ハハッワロス」しか喋れないことは可能な限り誰にも言うな。いっその事喋れない振りをしておけ。以上。 ジョーカー様より

 女の子らしい丸文字だな……。ニルマ語と言っていたがどう見ても日本語だ。それにどうせなら肝心の理由を書いて欲しかった。
 盗賊だから良い人とは言えないが、俺に害があることをわざわざ書かないだろう。
 それに間違いない。彼女たちはプレイヤーでもNPCでもない。自分と同じでスキルなんてものが使えるが人間だ。AIでもあそこまで自然と行動する人格を形成するのはたぶんまだ不可能だろう。ここ30年で月に移住まで成し遂げるほどの急激な技術革新も起きているし、裏では作られてるかもしれないが……。

 ふぅ。ジョーカーさんも行ったことだしルキス町を目指すとするか。……ん。やべえ。あの女の子どうなったよ。町に帰ったらたぶん、いや間違いなく警察的な人たちに伝えるだろう。誤解うまく解けるだろうか。……悩んでいても変わらないし進むしかないか。




 ……1時間くらいたっただろうか。迷った。見事に道に迷った。ケンタウロスと戦闘した後ちょっと道があやふやになったんだ。かといって去りゆくジョーカーさんを引き留めるのはカッコ悪いと思い、おぼろげな記憶をもとに進んでるんだが、迷った。変な意地を張るんじゃなかった。太陽の位置的に西の方だったはずなんだが、太陽が大分真上に来ていて西がどっちかわからない。
 そのまま時の経過とともに日が傾き、ようやく西の方角が分かった。分かったところで西に歩を進める。

 この辺の敵なら後手になってもなんとかなるだろうと考え、あまりMAPを注視せずに進む。何度もちら見るのは意外と疲れるんだ。そして今後の事を考える。
 あり得ない話なんだがこの世界に俺は生きている。ウッドボアと戦った後も直感でそう感じたがもう間違いない。ログインしているとかじゃなく生きている。まだ1日も経ってないが強制ログアウトも起きなければ、SR-Watchもついていない。知覚できる情報は現実と言って間違いない。さらには出会った女の子たちの反応も人間の反応だ。もう、なんて言ったらいいか。何度も何度も同じことを考えてしまうが、最後にはこの思考に辿り着く。この世界は現実だ。
 となるとこの世界で生きていく、か……現実ではどうしてたっけ。会社に行って、帰って来たらAAOにログイン。休みの日はぶっ続けでログイン。たまの祝日は親父の顔見に行って一緒に酒飲み。……ダメ人間じゃねえか。女の子が登場してないって言うのはどういう事だ。現実のこと考えるのはやめよう。つらくなるっ。むしろこの世界に来てよかったとか考えてしまったわ。

 その後も、たまにMAPをちら見ながら進んでいた。変な植物やもっふもふのたぬきみたいな動物に気を取られていたため、進行ペースはだいぶ遅かった。もっふもふのたぬきみたいな動物はMAP上で青色の友好マーカーを出していたので近づいてみたが、あっさり逃げられてしまった。
 そしてふとMAPを見ると、今度は赤い草のようなマークが映っているのに気付いた。こんなマークはゲームにはなかったけどどうしたものか。赤色はモンスターの色だが草のマークというのが気になり、MAPを頼りに草のマークの場所に近づいてみた。

 進んでみると赤い草が生えているのが見えた。
 これは……薬草(赤)か?
 このゲームには『薬草学』というパッシブスキルがあり、スキルレベルを上げることでどの草が薬草として利用できるのかが一目でわかるスキルだった。もしかして『薬草学』スキルを上げていることでレーダーに赤い草のマークが映ったのかもしれない。

 試しに赤い草に触ってみると『薬草(赤)を収納しますか? はい/いいえ』という選択儀が出てきた。ビンゴだな。すぐさま『はい』を選び『薬草(赤)』を収納した。
 『薬草(赤)』は生命力系のポーションを調合する際に必要な材料アイテムだ。

 俺は手当たり次第に『薬草(赤)』を触っては収納し、触っては収納した。
 回復魔法が使えない今、これはありがたい。町でポーションを買うにしても町によっては『ポーション(小)』しか買えない町もあったし、会話ができない状態では筆談で店主と交渉するしかない。

 ゲームでは薬草は抜いてから1日経過することで生える設定になっていた。ゲーム内では1日の設定は3時間だったが、この世界ではどうなっているだろうか。
 ポーションはいくつあっても困ることはない。そう考えた俺は剣で木に目印をつけながら、MAP頼りに辺りを捜索した。そして、順調に『薬草(赤)』を収納していった。その後も採取し続け、……日が暮れ始めたころにはアイテム欄に『薬草(赤)×27』とあった。
 ルキス町を目指していたはずがいつの間にか薬草採取に目的が入れ替わってしまった。もうちょっとだけ採取、もうちょっとだけ……のつもりだったんだが、過ぎたことはいたしかたあるまい。
 ゲーム内で簡単に手に入るものは現実だと手に入れにくかったりもするだろうし、薬草抜き職人としてだけでも最悪生活していけるかもしれんな。

 今日はこの辺りで野宿しよう。といっても今度はジョーカーさんがいないため、『オートクレイム』という辺りを警戒してくれる便利な魔法がない。そのため、何か対抗策はないかとアイテムをいろいろ取り出して考える。
 結果、『大きな黒檀テーブル』を5つ取出し、自分を囲う様に縦に並べ、その中で夜を明かすことにした。AAOでは自分の家をもつことができる。このテーブルは本来家に設置するための家具アイテムだ。本来家の中と一部の場所でしか取り出せないはずだが、この場でも取り出すことができた。
 日の落ちた森の中でできることと言ったら思考することくらいだが、頭も大分疲れていたため、真ん中で暖を取り寝ることにした。

 ――――明日こそはルキス町に!




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小説まとめ





posted by あまちゃ at 16:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説

2016年12月29日

『Another Archive Online〜ハハッワロス〜』 第二話【黒衣の少女】

 森の中を歩き続けて数分が経っただろうか、太陽が真上から西に傾き始めている。良く分からない森の中で野宿なんていう事はできるだけ避けたいところなのだが……。
 歩きながら考える。
 ポーションの効果を検証した時に剣で指を少し切ったが、血も出ていて中の肉も少し見えていた。
 つまりゲームのように生命力が減ろうと全力で戦えるなんていうのは無理な話だということだ。現実世界と同じように怪我をする。生命力だけ減るなんてことは起こらないのだ。

 モンスターと戦うことになったとして俺はそいつを殺せるのだろうか、間違いなくグロ注意な光景になってしまう。
 それ以前にいくらモンスターとはいえ生き物を殺すことができるのかということだ。頭に血が上って興奮しているときなら問題ないだろうが、ある程度平静を保っている状態で殺すことができるだろうか。こればかりは一度モンスターと相対してみないと分かりそうにない。

 剣での素振りやスキルを使ってみた感じからすると、現実世界の熊とかライオンとかなら襲いかかってきても一撃で殺すことができると思う。
 問題は俺がそのグロ注意に耐えられるかどうかということだ。俺の攻撃方法は剣、つまり近接攻撃だ。相手を切る感触が手を通して伝わってくるに違いない。

 ゲームの中では敵を倒すと数秒後、少しの黒い光のエフェクトとともに消えていき、ドロップアイテムをランダムで落としていった。
 それと同様にモンスターを殺したとしても数秒後には死体も返り血も消えてなくなればいいのだが、遺体そのまんま、返り血そのまんま、ドロップアイテムを手に入れるには遺体から剥ぎ取ってねという展開はご遠慮したい。

 こればっかりは実戦あるのみで考えていても仕方ない。俺は『マップ』をイメージし、レーダーを注意深く確認しながら進むことにした。
 さらに森の中を歩き続けて数分、レーダーに赤い点が映った。初戦闘になるかもしれない、どんな相手が出てくるか分からないが最悪逃げよう。

 自分に活を入れ、ヴォータルソードを鞘から抜き、森の中を注意深く見まわした。
 森の一点に黒い体毛が見えている。距離は大体30mといったところだろうか、つまりレーダーの感知できる範囲は半径30m程度ということだろうか。
 モンスターを殺すか殺さないかの瀬戸際なのにえらく落ち着いて思考することができる。自分が死ぬイメージがわかないからだろうか。
 これなら躊躇なくモンスターを殺すことができるかもしれない。

 襲ってくる気配はない。此方に気付いてないのだろうか。ゆっくりと近づいてみることにした。しかしなかなかでかい。頭隠して尻隠さずという状態だが2m位はありそうだ。
 徐々に距離を詰めていくと、相手がこちらに気付いたようで姿を現した。
 ゲームでは相手の名前と生命力ゲージを見ることができたのだが、見ることはできないようだ。出てきたモンスターはイノシシっぽい奴、ゲームの中ではなんとかボアという名前だった気がする。

 ボア系のモンスターは初心者や魔法使い泣かせと言われている。
 ボア系モンスターは『突進』スキルと通常攻撃でしゃくりあげのような攻撃しか使ってこないが、突進し始めたボアを殺しても、死体が数秒残るように、当たり判定も数秒残っている場合があるのだ。そのため、敏捷をあげていないプレイヤーや魔法使い特化のプレイヤーは移動速度が遅いので避けきれず、殺したのにダメージを食らって死ぬことがある。

 攻撃を受けずに済む倒し方は、相手が突進してきたら左右どちらかに避け、スキルを叩き込むことだ。
 お見合いしたかの状況が数秒続いたが、イノシシもどきが耐えきれなくなったのか予想通り突進してきた。
 『突進』し始めると小回りは効かないと思うので、ある程度近づかれたら左右どちらかに避けスキルを叩き込む。この距離とスピードならステップのスキルを使う必要はない。
 ブヒィ!という雄叫びとともに突進してきたイノシシもどきを左に余裕を持って避け、相手の後ろを追いかけるようにして『スラッシュ』を放った。
 イメージの通りに右手に持ったヴォータルソードを左肘に引き付け、遠心力を使いながら切り払う。
 同時に青いエフェクトが発動し、イノシシもどきをまるで鋏みで紙を切るかのように綺麗に横に両断した。
 吹き出る血、なんか色々臓器のようなものも見えるが、剣圧のお蔭かあまり返り血はかからなかった。

 「ハハッワロス(気持ち悪い)」

 げんなりしながらグロ注意のイノシシもどきを眺めていると、黒いエフェクトと共にイノシシもどきの死骸は消え去った。消え去ると同時に返り血も綺麗さっぱり消えていた。消え去った場所には、お肉ですよ♪といわんばかりのスイカくらいはありそうな生のお肉が転がっている。
 モンスターを殺しても死体はちゃんと消えることに安堵しながらドロップアイテムであろうお肉を触ってみた。
 触ってみると『ウッドボアのお肉を収納しますか?はい/いいえ』というディスプレイが表示された。イノシシもどきの正式名称はウッドボアという名前のようだ。『はい』を選択すると、白い光のエフェクトと共に目の前にあったお肉はなくなった。『アイテム』を見てみると、たしかに『ウッドボアのお肉』が追加されていた。

 初戦闘を無事に切り抜け、少し気持ちが楽になった。
 意外なことにモンスターを殺したことによる罪悪感なんてものは欠片もわかなかった。
 見た目はイノシシだったのだし、多少はあるかと思っていたが時間が少し経った今でも特に罪悪感はわいてこない。

 分かったことは、モンスターは死亡するとゲーム同様消えてなくなる。でも消えるまではグロ注意。
 モンスターのドロップアイテムに触るとアイテムとして収納するかどうかの選択肢がでてくる。といったところだろうか。
 そしてもう一つ理解したこと、それは―――

 ―――ここはAAOの世界の概念がある現実だ。

 直感的にそう思った。起こっている現象の中に否定する材料はない。
 だからと言って今すぐ何かが変わるわけでもないが、ここは現実で、俺は今ここに生きているということだけ心の奥にしまっておこう。 

 ウッドボアがどれだけの強さに位置するのか覚えていないが、強さの違いすぎる敵がぽんぽんでてくるなんてことはまずないのでこの森の中では戦闘になっても問題ないだろう。
 中にはボスモンスターやユニークモンスターと言った同じマップの中でも飛びぬけて強い敵というのもいるが、先ほどのウッドボアの雑魚さ位からすると出てきたとしても問題ないと思われる。

 グロ注意の光景で少し気分が悪くなったが、実際モンスターを殺しても特に罪悪感が湧かなかった事や、この身体スペックならそう簡単に死ぬなんてことはないだろうという考えから気持ちは少し楽になった。
 一通り思考を終えると、歩きから走りに変更し、森の中を駆けていくことにした。

 適当に動いても迷ってしまうので、小道を優先して歩き、ある程度進んだら剣で木に傷を作ることにした。
 『マップ』を出し、時々確認しながら進む。
 この世界でのモンスターとの遭遇は未だにウッドボアのみ、そこそこ移動した様な気はするんだが……。
 そこはゲームと違うと言うべきか、ゲームでは倒しても倒しても一定時間ごとに敵がポップしていた。
 しかし、この世界でそんな気配はない。
 モンスターはいったいどうやって生まれているのだろうか。
 普通の動物と変わらず、オスとメスがいて初めて子を産むのだろうか。
 分からないことだらけだ。

 『マップ』に赤いマーカーが映ったので剣を抜き、身構えた。
 再びウッドボアが登場するのだろうか。強いモンスターが出て殺されそうになったらどうするか。
 死んでしまったとしても課金アイテムであった『復活の羽』を使えば、ゲーム同様全回復して復活する可能性はある。
 『復活の羽』は死亡した時に使うことができるアイテムで、経験値−5%のデスペナルティーなしで5秒間の無敵時間と共に全回復して復活するアイテムだった。
 この『復活の羽』を使うことができれば、確かに死亡を回避することができるかもしれない。しかし、普通に考えると死亡したらアイテム使えないだろう。 

 俺は念のためにアイテム欄でいつでもポーションを取り出せるようにした。
 またウッドボアのようなら、わざと攻撃を受けてみてダメージの減り具合を見てみよう。

 『マップ』に映る赤いマークの方向に歩を進めると、そこには再びウッドボアが草をもぐもぐしていた。
 今度の奴は前の奴より大分小さい。検証にはうってつけだろう。
 『ステータス』を呼び出し、自分の生命力を確認する。満タンの698/698だ。相手の攻撃でどこまで減るのか。
 俺はウッドボアに聞こえるように叫んだ。

 「ハハッワロス(かかってこいよ!)」

 まぁ、分かっていたんだけどね。

 ウッドボアは俺に気付き、朝食の邪魔をされたことを怒っているのか、ブヒィ!ブヒィ!とその場で鳴いている。
 来ないのならこちらから切りかかってもいいのだが、それだとまた一刀の元に切り捨ててしまう。攻撃するにしても別のスキルを試してみよう。

 ウッドボアは警戒しているのか、なかなか襲いかかってこなかった。
 仕方なく隙を見せるためにその場に座り込んでみると、ウッドボアはブヒィ!と言いながら『突進』してきた。
 俺はすぐさま立ち上がって、剣を鞘におさめた。
 両手をクロスし、真正面から『突進』を食らってみることにした。
 痛いかもしれないというのに、大型犬ほどの大きさのあるウッドボアが迫ってきているというのに、恐怖心はあまり湧かなかった。
 そして―――ドシン!という音とともにウッドボアの『突進』を受け止めた。
 やはり色々おかしい、『突進』を受け止めたというのに俺はその場から少し後ろに押されただけだ。
 痛みはほとんどない。少し衝撃があったくらいだ。 
 突進を受け止めた状態で『ステータス』を頭に浮かべ、生命力を確認する。生命力を確認すると696/698と、わずか2しか減少していなかった。
 これなら何発くらおうと大した痛手じゃない!

 実際攻撃を食らってみて、大したことなかったことが俺を安心させた。
 そのまま暴れるウッドボアを軽々と持ち上げ、少し離れたところに放り投げた。
 345という力でこれほどの事ができるのか。
 人間の初期ステータスはALL10から始まる事を考えるとありえないことじゃない……のかな?

 放り投げたウッドボアはブッヒュイ!と鳴き、再び『突進』してきた。
 さっきは両腕をクロスして防御する形でウッドボアの『突進』をくらった。だから、今度は無防備な状態で突進をくらってみることにした。
 しかし、今度は怖い。
 受けるダメージ的には問題ないと思うのだが、無防備で攻撃を受けるという事に体が恐怖する。
 無意識に反応してしまいそうになる体を、拳を強く握りしめることで抑えた。
 そして再び―――

 ドン!という音とともに俺は数歩仰け反った。
 これもまた予想外だ。
 さすがに小柄とは言え『突進』を何の構えもせずに受ければ吹き飛ばされると思ったが。
 ウッドボアはそのまま俺の脇下を通り抜け、今度は自ら距離をとった。
 改めて『ステータス』から生命力を確認してみると、692/698とさきほどより2多いダメージをくらっていた。

 無防備で攻撃を受けてもどうという事はなかったため、その後も何度か攻撃を食らってみた。 
 クリティカルとかそういう感じはなかった。
 やはり攻撃を受ける場所や体勢によってダメージは変動するようだ。
 手をクロスして防御するようにして攻撃を受けると、ダメージは2~3。
 無防備で攻撃を受けると4~6のダメージをくらっていた。

 スタミナがなくなったのか、その場で荒い息をしているウッドボアを倒すことにした。
 大分検証も進んだことだしな。
 剣を抜き、今度は俺がウッドボアに対して『突進』する。
 しかし『突進』は移動のみに使い、攻撃は別のスキルで行うことにした。

 『バニシングストローク!』
 頭に浮かぶイメージは上半身を右にひねり、左手を突出し、剣をウッドボアに向けながら、剣を持った右手を後ろに引く。
 そして攻撃の瞬間にウッドボアに捩じりこむように剣を突き刺し、逆再生のように剣を引き戻す自分。
 最後にはウッドボアを突き刺した後、ウッドボアの後ろにたたずんでいる自分が見える。
 イメージをなぞるように体を動かす。
 俺が左手を前に突き出した時点で、ヴォータルソードが白い光のエフェクトを放っていた。
 かっこいい演出に、胸がドキドキと高鳴る。
 そして白い光のエフェクトを纏った剣が、ウッドボアの体をかき回すように突き刺さり、一瞬でウッドボアに大穴を開けた。
 そしてスキルが完全に発動し終わると、体に大穴があき一瞬で絶命したウッドボアの後ろに佇んでいた。

 ゲームの『バニシングストローク』には無敵時間があったはずだけど、無敵になっているような感じは受けれなかった。
 やはりゲームとこの世界じゃ色々と違う点があるようだ。 

 再びグロテスクなシーンを見せられたが、これに慣れなきゃいけないと思いウッドボアの死体を凝視し続けた。
 数秒するとウッドボアの死体から黒い光のエフェクトが発生し、死んだ場所には再び『ウッドボアのお肉』が残っていた。
 俺は『ウッドボアのお肉』を回収し、攻撃を受け減った生命力を回復するために『生命力ポーション(小)』を2瓶ほど頭から被った。
 ゲーム内じゃポーションを多様しながら戦う人も多くいた。この世界では取り出すまでに大分ラグがある。敵が速ければ速いほど戦闘しながら取り出すのは難しくなりそうだ。
 戦闘が終わり、一考察終えた俺は再び近辺を把握することにした。

 1時間ほど歩き回っただろうか、時計がないから太陽の位置で時間を把握するしかないが、まだ正午にはなっていないようだ。
 その間ウッドボア5匹を倒し、『ウッドボアのお肉』を3つ手に入れた。
 ゲームの中ではアイテムは一定確率でしかドロップしなかったが、それはこの世界でも変わらないようだ。

 そうこうしているうちに川の流れる音が聞こえたので、そちらに向かってみた。
 道が開けたところには2mほどの幅で、深さは50cm程度の川が流れていた。
 森の中だからというべきか、綺麗に透き通っており変わった色の魚やエビみたいなの泳いでいるのが見える。
 寄生虫といった言葉が頭をよぎったが、見る分では透き通るほど綺麗だという事と自分のハイスペックボディを当てにして水を手ですくい飲んでみた。

 ――ひんやりしてうまい!

 ポーションの様なほんの少し甘い味でなく生ぬるくもなかった。
 ミネラルウォーターを飲んでいるかのような味だった。
 俺は全ての『空瓶』を取出し、川の水をくみ、収納した。アイテム一覧を見ると『空瓶』から『水の入った瓶』に名称が変わっていた。

 最悪野宿することになったらこの川の近くですることにしよう。
 体も洗えるし、ここなら『釣り』スキルで魚を釣り上げることも可能かもしれない。
 何かの動画では魚を木の棒で突き刺し、塩を振りかけ、火で炙っておいしそうに食べていた。AAOには『料理』スキルがあるためか、日本で使われている料理器具や調味料はほとんど存在している。
 『バナナ』ばかりというのも飽きるし、何かしら料理してみるのもいいかもしれない。

 もう4,5時間もすれば日が沈むだろう。それまでに人気のある場所には行ける気がしない。
 人の集落と言うものは川沿いにできるのが人の世だ。このまま川沿いに下って行き、日が沈んだ時はそのまま川沿いで一晩明かそう。日の光以外に光源がない分、暗くなるのは早いだろう。

 そのまま川を下って行くと赤いウッドボアがいた。川の水をがぶがぶ飲んでいる。……これは明らかにウッドボアより強い。見た目が赤いだけでなく、先ほどまでのウッドボアより一回りも二回りもデカい。
 『マップ』で確認するまでもなく、遠目からその巨体が確認可能だ。人間もモンスターも同じで水源は大事。川沿いに下るという事はその分モンスターと遭遇する可能性は高いという事だ。その点もしっかり考慮すべきだった。
 それにしてもこの赤いボア、ユニークモンスターかボスモンスターのどちらかだろう。赤いボアを倒すか倒さないか。倒すを選び無事倒せた場合、その経験は間違いなく役に立つだろう。が、殺される可能性もある。先ほどまでのウッドボアを思い返す限り、その可能性は低いが……。
 木の陰に隠れ、赤いボアを見ながら迷っていると、いつの間にか赤いボアさんがこちらを凝視していた。

 ――こっちは風上か!
 人差し指を舌でなめ、指を立てて風を感じてみると微弱ながら風が吹いていることが分かる。
 漫画でありがちな木の枝を踏んで気づかれるなんてことがないよう用心していたが、気づかれてしまえばどちらも同じだ。

 剣を抜き、赤いボアと相対する。既にあちらは臨戦態勢に入っている。前蹄で土を掻き、体を震わせ、こちらを威嚇しているようだ。
 すると突然ブッヒュイイイイイイイ!と雄叫びをあげた。嫌な予感がした。『マップ』に視線を移すとその予感が的中したことが分かる。赤い点が4つ近づいてきている。
 あの赤いボアがウッドボアのボスだとすると現れるのはやはり――――予想通りに4体のウッドボアが姿を現した。
 5対1、誰だか忘れたがどこかの戦闘の達人はこう言った。

 ―――1対多数、大いに結構!近接戦では1対1が連続で起きているに過ぎない。常に相手の懐で戦闘に挑むべし。

 そんな言葉が思い浮かんだが、相手はイノシシ型で人間と違う。さらに言えばこちらはスペックは高くゲームで鍛えたプレイヤースキルはあるが、実際の戦闘は素人だ。
 思考する時間を与えてくれるわけもなく、ウッドボア4体が此処に『突進』し始めた。赤いボアは様子を見ているようだ。
 そう。確かに戦闘の素人だが――――ウッドボア相手ならスペックでゴリ押しできる!
 敢えて1匹目のウッドボアの『突進』を避けずに、腕を組んで受け止める。するとこちらに突進してきていた残り3匹のウッドボアは、急ブレーキをかけ必死に止まろうとしている。
 そんなチャンスを見逃すわけにはいかない。受け止めていたウッドボアをひっくり返し、そのまま『スラッシュ』を放ち、一刀の元両断した。
 そのまま追い打ちをかけるように、止まりかけのウッドボアに対し、スキルを放つ。

 『オーバーライブ』
 右手で持った剣を左肩にのせ、右足を前に出しながら少しかがむ。
 剣が白い光のエフェクトを纏うのが分かる。エフェクトの発生を確認し、剣を横一閃に振るう。
 剣から三日月の様に伸びた白い剣戟が、2体のウッドボアを両断し、残る1体にも大きな切り傷を与えた。

 3体のウッドボアが黒いエフェクトと共に消えていこうとした瞬間。地面が振動した。
 ボオオオオオオオ!先ほどの雄叫びの比ではない。レベルが違う。これはもはやバウンドボイスだ。
 ダメージを与えたウッドボアが赤いボアに近づき、鼻と鼻を合わせた。

 ―――いったい何をする気だ?

 動くに動くことができず、様子をうかがっていると、ウッドボアは黒いエフェクトの発生と共に消え、それと同時に赤いボアを赤いエフェクトが包み込んだ。
 これは明らかに攻撃力が上がったようなエフェクトだ……。
 仲間をやられて激高したという奴なのだろうか、剣を構え、出方をうかがっているとそのまま『突進』してきた。

 ―――速い!

 思わず『ステップ』を使い突進を躱すが、躱した次の瞬間には攻撃範囲外にいる。重心が乗らない分威力は格段に減るだろうが、躱すと同時に攻撃を当てることはできないことはない。少しずつ削っていくほうがいいだろうか。削ることで相手の能力も下がっていくだろう。そこにスキルを叩き込めば安全に倒せる。
 それとも、削らずに真正面からスキルを放つか。ここにきて後者の方に惹かれてしまう自分がいる。安全策で言えば避けながら地道に削るべきだ。
 しかし――

 『バニシングストローク』
 赤いボアの纏う赤いエフェクトと剣の纏う白いエフェクトがぶつかる。拮抗は一瞬。『突進』してきた赤いボアの鼻から捩じりこむように剣を突き刺し、逆再生のように剣を引き戻す。
 赤いエフェクトを白い光のエフェクトがかき乱す。赤いボアの体に突き刺した剣の斬撃が一直線に回転しながら進んでいく、そしてそのまま赤いボアに大穴を開けた。

 上手く赤いボアの『突進』にスキルを合わせた自分を褒めてあげたい。自分の右腕にもまだ衝撃が残っているが、相手が高速で移動している分ダメージは倍増と言ったところだろう。ボスモンスター的な存在だからといって強いと言うわけではない。それはウッドボアの攻撃力からして予想のついたことがついたことだ。一息つきながら赤いボアの死骸を見ていると死骸を黒いエフェクトが包み込み、赤いボアの尻尾がドロップアイテムとして残った。
 ゲームでは同じモンスターから0~3種類のドロップアイテムがあったが、この世界ではどうなんだろう。金貨に関してはゲームと同じ部分ではドロップ・自分で生産したアイテムを売る。現実としてここにいる以上何かしら仕事をするといったことだろうか。ドロップアイテムを回収しようと一歩踏み出した所でパチパチパチと拍手が聞こえてきた。

 ―――誰かいる!?

 急いで『マップ』を出し、確認するとプレイヤーもしくはこの世界の人を表すであろう青いアイコンが表示されていた。
 マップを確認しながら音のする方向に視線を移すと、腰に黒い鞘の片手剣、肩にかかる程度の黒髪、黒目、黒服の女性が笑みを浮かべ拍手をしながら近づいてきた。
 人の事言えた義理じゃないが、なんという黒比率。いや、そんなことより、プレイヤーかこの世界の人かどっちだ……?

 「くはは、同郷の人よ!なかなかやってくれるぜ!ウッドボアだけに留まらずレッドモールまで一撃で殺すとは!」

 日本語で話している!しかも同郷の人ということは……プレイヤー?しかし、黒髪黒目だからそう思われているだけか?
 とりあえずジェスチャーで話せないアピールをし、変な人でなければしばらく協力してもらおう。アイテムはそこそこある。報酬は十二分に出せるはずだ。



 ――――――結論から言うと『ハハッワロス』しか話せない事分かってもらえました。
 地面に文字を書いて話しているが、プレイヤーでなはなくこの世界の人間のようだ。しかし――いくらゲームの世界に似通っているからと言って日本語通じる異世界ってどんな異世界なんだろう。さらに、文字に関してものすごく驚かれたことから、識字率はそこまで高くないようだ。
 うむん。それにしてもこの女性、えらく男勝りで不思議な魅力がある。出会って間もないというのに警戒心があまり湧いてこない。あっという間に此方の懐に潜り込まれた気分だ。

 「自己紹介が遅れたね。私の名前はクウネル・ジョーカー。んーーー、気軽にジョーカーとでも呼んでくれ!」

 人差し指を顎に当てながら悩むのが似合う女の人というのは意外となかなかいないが、すごく似合っている。
 それにしても名前か……。今の今まであまり疑問に思わなかったが、みりんという名前がしっくりくる。生まれた時に名づけられた名前があるはずなんだが……全然思い出せないどころか、みりんこそが本名と思ってしまう……。えーい、あまり時間をかけると不審がられてしまう。記憶が曖昧という事を加えた上でみりんでいこう!

 「(記憶が曖昧で本名かどうか分からないんですが、みりんって言います。)」
 「笑う事しかできず記憶が曖昧って……なんか呪われてんじゃね?しかも……その、なんだ……みりんって言うのか。いや、いい名前だな!美味そうだぜ!」
 「(ありがとうございます?……それにしてもジョーカーさんはどうして森の中に?)」

 名前の事はもういいんだ!精神的ダメージが増える前に話題を変えねばならまい。
 そう!女性が森の中に一人ってどうなんだろう。日本は性犯罪率も低いが、この世界じゃ分からない。こうして女性一人が森の中で歩いているという事は治安はそこそこいいのか?モンスターは出るが……。

 「そうくるか!私は……そうだな。精霊の森にあると言われている『クリア』って言う木の実を探しに来たんだぜ。知ってるか?」

 『クリア』か……知らないアイテムだ。首を横に振った。アイテムの話となり、なんとなく先ほど咄嗟にポケットに入れた赤いボア、ジョーカーさん曰くレッドモールの尻尾取り出した。

 「それにしても人のこと言えた義理じゃぁないが、随分軽装だな!……因みにその尻尾どうするんだ?」
 「(……いります?)」
 「いいのか!?私は遠慮を知らないからな。貰える物は何でも貰うぜ!」

 渡した尻尾を猫じゃらしの様に振り振りするジョーカーさん。可愛いけど俺は猫じゃないっす。
 まぁ、喜んでもらえたようで何よりだ。これで少しばかり親近感が高まったかもしれない。

 「……なかなかかかるな」

 何かつぶやかれたような気がしてジョーカーさんを見るが、相変わらず猫じゃらししている。
 気のせいか?

 「んん!そこで物は相談なんだが、もうすぐ夜も暮れる。一緒に野宿しないか?食料もそこにウッドボアの肉があるしな。簡単な調理なら任せろ!」
 「(此方も助かります。調理のほう期待しますね。)」
 「あっさりくるな。分かってると思うが……変なことしたらぶっ殺すぜ?」
 「(了解であります!)」
 「へへっ。まぁ調味料も少ししかないからな。調理っつってもたかが知れるから期待すんなよ!」

 ジョーカーさんは笑いながら魔法を唱え、木の枝を集め、あっさりとそれに火をつけた。

 「私が作る以上どんなものでも美味くなるんだがな!」

 魔法が使えるとこんなこともできるのか!くそう!羨ましい。この分だと掃除洗濯家事親父、全てに役に立ちそうだな。コントロールが難しいのかどうか分からないが……。魔法のレベルの判断材料がジョーカーさんしかいない以上仕方ない。

 そのままジョーカーさんと共に食事をし、焚火の周りで寝ることになった。お肉はおいしかったです。
 たまたま言わなかっただけなのかは分からないが、いただきます。ごちそうさま。と言うことははなかった。しかし、調味料と言いほんとゲームの世界そっくりだ。

 「(見張りはどうします?)」
 「……ん?あぁ、今『オートクレイム』使ったから朝までは大丈夫だと思うぜ!」
 「『オートクレイム』?」
 「そう言えば記憶喪失だったな。あんだけ強いのにこんなことまで忘れるとは難儀なもんだぜ。大体半径15mに敵意が近づいた場合、精霊が教えてくれるって感じの魔法だぜ」

 長さの単位はメートルを使うのか。そして知らない魔法だ。ゲームで覚える魔法は攻撃、戦闘補助、回復の3つが主体だし、この分だと他にもたくさんありそうだな。
 そんなこんなで雑談……と言ってもお互い横になっているから文字を書かず、ジョーカーさんの話に俺がジェスチャーや相槌で答える方式だが。徐々にジョーカーさんの話からこの世界の世界観を想像し、そのうち互いに眠りにつくことになった。

 「ふぁー。さすがにもう眠い。寝るぜっ!おやすみみりん」

 俺も相槌を打ち、瞼を閉じた。不思議なくらいあっという間に魅かれてしまった。やばいぞこれは……一目惚れか?それとも吊り橋効果ってやつか?
 明日何が起こるか分からないし、今日の所はとにかく寝よう。



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小説まとめ






posted by あまちゃ at 17:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説

『Another Archive Online〜ハハッワロス〜』 第一話【ハハッワロス】

 2033年、エデルトルート・アルムスが医療用目的としてVR技術をもとにSR技術を確立し、世界に打ち出した。その技術の凄さ、彼女が日系ドイツ人であり、美女であるという事もあり当時のメディアやネットはこのネタで白熱したようだ。
 SRとは、現実性をシミュレートできるとするという考え方で、現実と仮想現実の区別がつかないレベルでシュミレートされることだ。そして、2070年現在、世界はSR技術で成り立っており、学業や娯楽、仕事の場でも大いに使われてた。のちに仮想現実世界で現実以上の動きができるゲームが発売され、SRMMORPGと言う世界中のプレイヤーが仮想現実世界で戦闘・生産・生活を行うゲームに人気が集まっていった。

 そんな中、自分が勤めている会社でもあるライルハント社がサービスを行っているSRMMORPG、AAOを毎日やりこんでいる。
 MMORPGである以上、プレイする人の大部分は人と接しながらプレイする事を楽しみながらやっている。が、俺は例外にあたる人の一人で、戦闘はほぼソロ、装備やアイテムの売り買い、雑談くらいしか人と接することはない。

 俺が知っているMMORPGでは戦士、弓使い、僧侶、魔法使いなど始める時や、ある程度進めた地点で職業を選んで、その職業に特化したスキルやステータスを上げていくものばかりだが、AAOは違った。
 最初に選ぶ種族『人間・妖精・魔族』によって種族ステータスボーナスや種族パッシブ、スキルの得手不得手があるものの、最終的には全てのスキルを上げることができるのだ。簡単に言うと一人で戦士、弓使い、僧侶、魔法使いの役割をすることができるのだ。
 ただし、装備品を戦闘中に変更するのは難しいこともあり、ほとんどのプレイヤーが剣で戦いながら弓で攻撃するといったことはしない。弓や魔法でターゲットを取り、おびき寄せ、近接戦闘に持ち込むということもあるが、基本的に敵によって剣や弓、魔法を使い分けると言ったがいいだろう。

 俺は最初に人間の男を種族に選び、3年間、飲み会などで家に帰れない日は除きプレイし続けた。
 このゲームを始めたきっかけは自分の就職する会社のことを少しでも知っておくべきだと思ったことと大学から付き合っていた彼女に振られたことという不純な理由だが、彼女に振られて以来ずっとやり続けたものだ。今では本当にもう一つの人生と言ってもいい。

 そんな中第4期テスター募集に合格し、ライルハント社で2週間のテストを受けることになった。ライルハント社は1年に1度の大型アップデートの前に必ずテスターを募集しており、テスターになるには履歴書及びSR適性診断書の書類選考を通過したうえでライルハント社独自の検査に合格しなければならない。また、ライルハント社自体が社員にテスター検査を推奨し、テスターに採用された人間が出た部署には特別賞与が追加されるため社員のほぼ全員がテスターに募集していた。OBT時は1000人の採用だったが、2期テスター以降の採用人数は100人で、2期以降連続でテスターに採用された俺は部長から無駄に可愛がられている。

 いつもは仕事が終わり、食事とお風呂も済ませてSR世界にダイブしている。ドラム缶を2個重ねたくらいの大きさの筒状のSRプラグに入り、SR世界にダイブするのだが……。
 頭の中がぼやけている。4期テスターになって……どうしたんだっけか。記憶が曖昧だ。特に最近の記憶が思い出せない。
 そして心を落ち着かせてくれるこの穏やかな香りは―――森の香りだ。

 「ハハッワロス(どういうことなんだ)」
 「ハハッワロス(は?)」

 冷静になって考えてみよう。目を開けてみるとそこは一面緑に溢れている森の中だ。しかもAAOの自分のアバターとそっくりな服装と剣を持って、何をしゃべっても口から出る言葉は決まって『ハハッワロス』。
 さらにSR世界では誰もが右手か左手に着けているはずのSR-Watchがなくなっている。SR-Watchは、ゲームごとの機能だけではなく現実世界との情報交換やログアウト等の機能の付いた時計で、AAOのゲームに限らずSR世界に入ると強制的に装着されるものだ。それが装着されていないという事は何らかのバグなのか……?しかし、SR技術が進歩していると言っても現実と仮想現実の区別位はつくのだ。視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚、それらすべての五感が、ここは現実だと告げている。

 慌てながらも試行錯誤しているとステータスが表示された。これは確かに……自分のアバターのステータスだ。
 3年間プレイし続けたこともあり、ステータス、スキル共にネトゲ廃人には及ばないが上位プレイヤーに入るのではないかという位までキャラを育てていた。キャラクターカードには以下の能力が表示されている。

 キャラクター名 みりん レベル126
 生命力 698/698
 マナ 437/437
 スタミナ 876/978(1287)
 力 345
 器用 423
 知能 235
 敏捷 645
 体力 323
 攻撃力 445
 防御力 403

 生命力は0になれば死亡で経験値-5%のデスペナルティーがある。
 マナは魔法を使うために必要、これが0になると何故か状態異常にかかりやすくなる。
 スタミナは全てのスキルを使うときに消費される。空腹状態になると最大スタミナが減るが、食べ物を食べることで回復する。また、走りではスタミナが消費されるが、歩きと休憩中はスタミナが回復し、街中では何をしてもスタミナが減ることはなかった。
 力は剣や拳、弓の攻撃力に影響する。
 器用さは命中力、集中力に影響する。
 知能は魔法の強さに影響する。
 敏捷は移動速度に影響する。
 体力は防御力に影響する。
 攻撃力は力の数値+武器攻撃力、防御力は体力+防具防御力で表される。他にも魔法攻撃力や攻撃速度など表示されない数値が存在している。

 ステータスを見てもらえれば分かるかもしれないが、敏捷とスタミナ優先でスキルを上げている。
 敏捷の移動力上昇のお蔭で敵に素早く近づき、剣で攻撃する。敵が攻撃モーションに移ると素早く範囲外に移動して避ける。敵はヒット&アウェイで倒すのが俺のプレイスタイルという理由だ。

 どうやら『ステータス』と強く意識することで目の前に以前と同様タッチパネル式で表示されるようだ。この調子で現状把握に努めるしかない。
 ゲームでしかありえない現象が起きているが、ここがSR世界の中だとどうやっても思うことができない。俺自身の理解が及ばないため上手く言えないが、AAOによく似た世界に来てしまったような――――そんな気がする。何より、『システム』にあるはずの『ログアウト』と言うコマンドが存在していないのだ。泣こうが喚こうがしばらくはこの世界にいるしかない。不安もあるが、一度は夢にまで見たゲームの中の世界に入り込んでいるのだ。生と死と隣り合わせかもしれない―――と言っても実感がわかないが、色々やってみるしかない。
 他にも思いつく限りのコマンドを意識してみると『アイテム』、『スキル』、『マップ』、『オプション』に反応があった。『フレンド』や『ギルド』といった他のコマンドはダメのようだ。ここで焦っても仕方がないんだ。順番に検証していこう。
 今直面している現実問題としてお腹がすいてきている。ステータスを見てみるとスタミナが876/978(1287)、スタミナ最大値が1287から978に減っているのでステータス的にもお腹がすいているということだろう。

 そうと決まればまずはアイテムだ。『アイテム』を頭に思い浮かべるとまた目の前にアイテム一覧のようなものができた。ゲームの中では食べ物を食べることでスタミナ最大値を回復することができた。そのため、食べ物を食べることができれば空腹をしのげるのではないかと思い、アイテム名『バナナ』を指で触ってみる。

 するとこのアイテムを取り出しますか?『はい/いいえ』という画面がさらにできたので迷わず『はい』を選んだ。直後に目の前に光の粉のようなエフェクトが起こり、光がなくなると同時に『バナナ』が1本現れた。手に取ってみると本物のバナナと代わり映えしていなかった。
 さっそく皮をむいて食べてみると・・・バナナの味がした。バナナ1本を食べ終わり、ステータスを見てみるとスタミナが976/1078(1287)と現在・最大スタミナ共に100回復していた。やはりこのステータス表示は俺の体とリンクしているようだった。
 食べ物はなんとかなるとして次は装備品だ。
 このゲームではスキルを上げることでステータスが上昇し、レベルアップでは一切ステータスが上昇しない。なんのためにレベルがあるのかというとスキルキャップ解放(上限突破)と一部レベル制限のあるダンジョンのためだけにある。また、ソロプレイでは生命力が減っても自分で回復するしかない為、いかに回復を少なく、生命力を減らさずに敵を倒すかが必要となってくる。つまり、相手の攻撃に当たってはならない。攻撃を避けやすくするためには、俊敏を上げる必要が出てくるが、俊敏をメインで上げていくと自ずと剣スキルが充実してくる。俊敏を上げていくうちに近接戦の極限のスリルにはまってしまい、弓や魔法スキルも上げているがメインの戦闘は剣で、メインの装備品も剣特化の装備となっている。
 装備品を確認してみると

 武器 ヴォータルソード+10
 頭 黒のハチマキ+10
 体 ヴォータルスーツ
 手 ヴォータルグローブ
 足 ヴォータルブーツ
 アクセサリ たぬたぬウサギのお守り

 見た目通りまさしく俺がプレイしていた時の装備だ。
 +10というのは装備の強化回数で、1回強化するごとに武器なら攻撃力が+2、アクセサリ以外の防具なら防御力が+1増加していき、最大強化値は+10である。一重に剣と言っても短剣、片手剣、両手剣があり、攻撃力では両手剣>片手剣>短剣、攻撃速度では短剣>片手剣>両手剣となっている。しかし、このゲームの魅力であると同時におかしな点としてリーチや耐久には差が出てくるが、同じ武器種の中では攻撃力にほとんど差が生じていない。つまり、鉄の短剣とオリハルコンの短剣で比べるとどちらが強いかと聞くと百人中百人がオリハルコンの短剣が強いと言うだろうが、このゲームで攻撃力的にはあまり変わらない。極端な話、100円均一で買ったナイフと軍様式のナイフ、切れ味や頑丈さ、耐久性で言えば明らかに軍様式のナイフが勝るだろう。しかし、使用回数を限定し、生物相手に対しては殺傷目的で刺すとなるとどちらで刺しても致命傷に至ることを考えると分からない話ではない。耐久値は、武器を使用するたびに減少していき耐久値が0になった時点で武器攻撃力が半減となるシステムで、耐久値の低い安い武器で戦闘していても、戦闘が一区切りしたところで別の武器に変えればよかった。そのため、耐久度の高いレアな武器でなければとダメということはなかった。課金やゲーム内イベントの参加でインベントリを拡張する必要はあるが、拡張したインベントリは手にいれられるアイテムより遥かに空きが存在するため、掲示板を見る限り耐久力の低い武器でも使い回しすることで補う人が多くいたようだ。
 強化にはそれぞれの装備に応じたアイテムとお金が必要で、強化に失敗する可能性はない。そのため、最初は他の事は気にせず、強化しやすい武具をどんどん強化していき、その武器で世界を周り、自分の気に入った武具を選んでいくプレイスタイルが多かった。また、武器で上昇する攻撃力よりもスキルアップで上昇する攻撃力が高いため、廃人や効率厨、見た目を気にしない人以外では、最終的な装備品はリーチと見た目で選ぶ人が大多数であった。

 このネットゲームが流行った理由もここにある。見た目が初心者丸出しの装備だからと言ってそのプレイヤーが弱いとは限らない。
 +10以降の強化先として失敗判定有の強化が実装されるのではないかという噂もあったが、現在に至っても失敗判定有の強化、いわゆる過剰強化と言ったシステムは実装されなかった。
 一定の強化値までは成功や失敗を繰り返しながらも強化することができるが、ある一定の強化値を超えると、強化に成功すれば今までよりはるかに武器が強化されると同時に、強化に失敗すると武器が消滅してくるという栄光と絶望と嫉妬がにじみ出てくるシステムがないのだ。
 過剰強化に失敗することを武器が折れると表現し、武器が折れたら引退しますと言う人も多く存在していたらしい。

 といっても今いる世界でそんなことを考えても時間の無駄だ。

 ヴォータルソードを鞘から抜き素振りをしてみる。
 ヴォンという音とともに空気を切るような音がする。
 視覚することはできるが、ものすごく速い。 力はもちろんの事、ステータスの何かが動体視力に影響しているのようだ。中学生時代にアニメや漫画を真似して鉄の棒を振り回していたことがあったが、それより圧倒的に早く、切り替えしまでもができる。
 重い鉄の棒を振り下ろし、途中で止めたとすると腕にすごく負担がかかるが、全く負担がかからない。

 体がものすごく軽いので軽くジャンプしたり全力でジャンプしたりしてみると、明らかに4~5mは垂直跳びができている。有り得ない高さまで飛び上がり、落下することは怖いが、着地しても足は大して痛くならない。それだけではなく、森の小道を少し全力で走ってみると、まるでジェットコースターに乗っているかのような風を受け、すさまじいスピードで動くことができる。今までやっていたゲームの世界でさえもここまで人間をやめた行動はできなかった。
 こんな非現実があっていいのだろうか、しかしながらたまらない。興奮が体を支配し、他の感情を奥に押し込めてしまう。

 「ハハッワロス(たまらん!)」
 「ハハッワロス(これさえなければ・・・・)」

 ある程度現状把握できたとして次はスキルを確認してみることにした。スキルレベルを上げる方法は大きく分けて2つある。スキルを使い続けることとスキル修練をすることだ。この二つがどう違うのかというと例えとして初期に覚えることができる近接スキル『スラッシュ』を例に挙げよう。スキル欄の『スラッシュ』をクリックすると
 『スラッシュ』Lv1では

 『スラッシュ』Lv1 近くの敵1体に110%のダメージを与える。
 スタミナ消費 11
 合計修練値 0
 力ボーナス+1
 スラッシュ使用回数 +1
 スラッシュで敵を倒す0/10 +10

 という画面が出てくる。
 この場合スラッシュを1回使用すると修練値が1貯まり、0/10と10回の制限付きだが、スラッシュで敵を倒すと修練値が10貯まる。この修練値が100を超えるとスキルのレベルが上がるというシステムだ。
 スキル使用するだけでスキルレベル上がるのならスキルのレベル上げ簡単なんじゃないだろうか?と思う人もいるだろうがそうはいかない。
 『スラッシュ』Lv1では1回使用するごとに+1の修練値がたまるが、レベルが上がるにつれスキル使用による修練値の増加は減っていく。

 とは言ってもスキルは敵がいなくても発動させることができるため、プレイヤーが一列に並んで皆同一のスキルを使い続けるといった面白い現象も起きていた。単にスキルを上げるだけでなく雑談までできると言うすぐれものだ。そして、特定の目立ちたがりのプレイヤーは一人だけ前に出て来てスキルを使い続け、時には晒され、時には師範と呼ばれていた。ただし街中では特定の場所でしか攻撃スキルを使うことはできかったため、町のすぐ外で修練する人が多く見られた。

 OBTでは何の制限もなしにスキルを上げることができたが、廃人マンセーゲーになるのではないかという多くの苦情から、正式サービスからは1日に上げることができる修練値に制限がかかり、制限を超えての修練は修練増加値が1//1000になった。これに関しては休日位しかプレイできない社会人対策を兼ね、ログアウト時間に応じて1週間の使用期間と時間制限付きの修練値制限突破アイテムが配布され、未だに最善とは言い難いものの事なきを得ている。

 という詳細は置いておいて実際スキルを使ってみないと何とも言えない。
 どうやってスキルを発動すればいいのかだが、恐らく『アイテム』や『ステータス』と同じように頭の中で目的のスキルを強く思えばいいのではないかということだ。

 俺はヴォータルソードを鞘から抜き、息を整えた。
 『スラッシュ』
 浮かびこんだモーションは3つ、上段、中段、下段で攻撃するイメージが浮かぶ。
 上段で攻撃することを選び、そのモーションをなぞるように体を動かす。
 俺は右手で持った片手剣のヴォータルソードを肩の上に乗せるように引き、そこから目の前の空間を上から叩き切るように振り下ろした。
 スキルが発動したと感じると同時に剣に青いエフェクトが宿り、目の前の何もない空間を切り裂いた。

 やばい……これはものすごくかっこいい。
 想像できるだろうか、例えると何の変哲のない棒を頭に浮かんだモーションの通りに動かしたらスキル発動中のみ棒が交通整理に使われている光る棒に変身しました。というくらいかっこいい。
 この例えでは伝わりにくいかもしれないが、とにかくこの感動をみんなに届けたい。
 俺はその後も剣士にでもなった気分でスキルを連発し優越感に浸っていた。

 覚えている剣スキルを片っ端から使用していくとだるさが体を包み始めた。ステータスを見るとスタミナが減っていたので、先ほどスタミナを回復した『バナナ』を数本食べてみると、スタミナが回復し体のだるさも少しばかりよくなった。他にも疲労感とも言うべきか、ステータスに表示されない能力があるようだった。

 そして次は魔法だ。魔法は剣とは違う。完全にロマンだ。剣に関しては剣道やフェンシングと言うスポーツもある様に、現実世界でルールに法った形式で存在しているが、魔法は違う。完全なる未知、起こりうることのない現象の具現、これで興奮しないやつはどうかしてると言いたい。
 魔法は初級・中級・上級・最上級の4つに別れ、上級以上の魔法を使う場合は杖を装備しなくてはならず、上級以上の魔法を使用する場合は詠唱中その場から動けないという制限があった。この制限もあり俺が使っていた魔法は初級・中級魔法ばかりだった。
 敵のターゲット取りやけん制、際どく生き残った敵への止めによく使用していた初級魔法の『サンダーボルト』を使ってみることにした。

 『サンダーボルト』
 頭の中に浮かぶモーションは左手を突出し、サンダーボルトと唱える自分。
 俺はその通りに左手を突出し、サンダーボルトと唱えた。

 「ハハッワロス(サンダーボルト!)」

 俺の左手からは何の魔法も発現せず、何とも言えない空気だけが漂った。その後何度もポーズを変え、魔法を変え、武器を変え試してみたが、魔法を使う事はできなかった。

 魔法使う事はできないのか……
 恐らくだが、魔法を使うためには魔法名を唱えなければいけないのではないだろうか。剣に関するスキルは使う事が出来た。この可能性は高い。

 魔法の中にはゲームでは必ずあると言っていいほどの回復魔法をいうものがある。
 ソロプレイで突き進んできたため、初級回復魔法『ヒール』はなかなかレベルが高めだ。つまりヒールを使わざるを得ない状況にたびたび追い込まれていたということだ。その『ヒール』を使うことができないというのは結構痛い。
 自身のレベル的に回復が必要となるモンスターが出てくるMAPはゲームの全域MAP中では3割以下位だと思うが、MAP帯によってはその3割以下に当たる可能性も十分ある。それにこれは今までやっていたゲームとは違う。今いる場所さえ安全かどうかは分からない。
 これは結構まずい事ではないだろうか。

 町の外で生命力の回復方法は大きく分けて休憩する、ポーションを使う、回復魔法を使う、の3つがある。
 残った回復法は休憩とポーションだけだ。休憩で回復する生命力は3秒当たり1%だったはずだ。ゲーム内の3秒なので実際はどうかわからない。
 余裕ができたら検証する必要がある。

 残った回復法としてはポーションだ。ポーションの使用法はどうなのだろうか、食べ物のように飲み干せばいいのだろうか、それとも傷口に垂らせばいいのだろうか。
 俺は『アイテム』を頭に思い浮かべ、そこからから『生命力ポーション(小)』を1個取り出した。このポーションは市販品で使用すると生命力を30回復する。皮膚も頑丈と言うべきか弾力があると言うべきか、なかなか傷ができなかったが、刃を我慢しながら触り、少しの痛みと共に生命力を減らした。『ステータス』を見てみると1減少し、697/698となっていた。
 さっそく取り出した生命力ポーション(小)を少し飲んでみた。が、体力は697/698のままで回復していなかった。次に傷口に振りかけてみると体に赤いエフェクトが起こり698/698と生命力が回復した。赤いエフェクトの消失と共に傷口も薄らと跡は残っているが治っていた。
 失った血がどうなっているのかはわからないが、ポーション万能すぎた。

 使っていないスキルは多々あるが、ある程度予測はできるので、『マップ』と『オプション』を使ってみることにした。
 『マップ』を思い浮かべると自分を起点とした半透明の円状のレーダーのようなものが目の前に現れた。
 これはゲームで画面右上にあったモンスターレーダーのようなものだと思う。ゲーム内では味方プレイヤーは青、モンスターは赤、PKプレイヤーは黄色で表示されていた。
 ゲームと同じ性能だとすると、これはものすごく便利な能力だ。現実で目に映るものしか分からない人間にとって、どこにモンスターがいるか一目で把握できるというのはものすごくありがたい。
 続いて『オプション』を思い浮かべると『タッチパネル表示 ON』という画面が表示された。指でタッチパネルを触ると、他人にタッチパネルを見せるか見せないかを選べるということが頭に浮かんだ。
 このAAOのような世界で生きている人が俺と同じように能力やアイテムをタッチパネルに表示することができるか分からない以上、他人には見せないようにしておいた方がいいだろう。
 俺は迷わずOFFにし、タッチパネルを自分にだけ見えるようにした。

 他には何かあっただろうか……
 そう言えば自分の顔がどうなっているかを全く把握していなかった。
 しかし、アイテムに鏡なんてものがちょうど良くあるはずもないので、アイテム名的に鏡の役割を果たしてくれそうな銀鏡石を取り出した。拳大の大きさで、特定の武器や防具を強化するアイテムとして使われている。
 予想通りに反射によって鏡の役割を果たしてくれたので顔を傾けながら自分の顔を覗き見た。

 ゲーム内のアバターと同様、少しばかり荒れていた肌はシミそばかすの一切ない綺麗な肌をし、少しばかり白髪交じりの髪は漆黒で染まり、短かった髪も伸び、フェレットの尻尾の様に後ろで縛っている。身長もわずかばかり高い。
 気持ちばかり身長を+5cmほどし、後は肌や髪を多少弄ったゲームのアバターそのもののようだ。
 ゲーム内のアバターの身長、体重は弄る事の出来る範囲に制限が設けられてはいるが顔や肌、髪に関しては特に制限が設けられておらず自由にクリエイトできた。過去、SR世界で身長体重を自由に弄ることができたが、現実とのギャップが原因とみられるによる事故死が多発し、制限がついた。
 自分の体を確認しているうちにゲーム内のファッションショーで幾度となく優勝していたゴスロリピンク頭のピンクちゃんをふと思い出した。
 千人近いファンがいるとも言われていたピンクちゃんは今頃どうしているのだろうかと思いながら、これからどうするかを思考した。

 一通り確認をしてみたが、やはりこの世界は現実だ。それも俺の知るAAOによく似た世界。当分は夢物語気分が抜けないかもしれないが、そのうち自覚も出てくるだろう。人間とは慣れる生き物だ。
 まずは人と接触したいが、迂闊に言葉を話すと『ハハッワロス』と言ってしまう。予備知識なしに初めてこの言葉を聞いて笑ってるんだなと思った自分と同様に、笑ってると直感で分かってしまう人は少なからずいるだろう。
 ここが異世界として日本語が通じるかはわからないが、いきなり笑われて不愉快と感じる人もいるだろうからできるだけ気をつけねばならない。
 この世界がどこまでAAOの世界と同じかどうかは分からないが、泊まる場所、宿屋位はあるだろうからお金さえどうにかなればそこに拠点を置いこう。そして、今後長期的にどうするかを考えることにしよう。こんな森の中ではなく、ゆっくりできる場所に行けば、落ち着いてもっとまともな思考ができるだろう。
 とにかく、この森からでて人と接触しよう。コミュニケーションに関しては紙もペンも持っていないが筆談とジェスチャーでなんとかするしかないだろう。全ては日本語が通じる前提だが、通じなかった時は……結局ジャスチャーだな。学生時代パントマイムの達人とまで言われたほどの腕だ。なんとかならなくてもなんとかするしかないだろう。
 一人でも理解者ができ、協力してくれればれば非常に助かるが……。

 辺りを観察すると、草があまり生えていない小道がある。草が生えていないという事は生物の行き来があるという事だ。人が通る可能性は十分ある。無意識に組んでいた腕をほどき、ここから見える崖とは反対側に続く小道を進んでいくことにした。

 「ハハッワロス(気合い入れていくぞ!)」
 「ハハッワロス(……気合い抜けるわ)」


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posted by あまちゃ at 16:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説
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