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2017年01月07日

『Another Archive Online〜ハハッワロス〜』第六話【下準備と名前変更】

―――食堂
 「はいはーい!どんどん運んでくださいね!今日はアグロのパンとルルさん特製シェチューと山野菜のサラダです!」
 「はーい!」

 ルルさんの呼びかけに答えてシンク君(仮)が食事を並べていく。自分より小さい子が準備しているのにぼさっと座っているのが心苦しく、手伝おうとするも、シンク君(仮)にこれは俺の仕事なんでダメです!と注意されてしまった。軽くしょんぼりしつつも食事を配られていく様を眺めているだけである。

 「うーむ。おう、おはよう諸君」
 「ボス!おはようございます!」
 「おはようございます。ボス!ってあー、また寝巻のまま来て、みりんさんもいるんですよ!」
 「えー、いいじゃねーか、減るものもないし。着替えるのめんどくさいし…」
 「またそんなこと言って!シンクがボスみたいになったらどうするんですか!」
 「………なんか心にグサッと来たぜ…」

 考えながらやってきたのか腕を組みながらやってきたのはジョーカーさんだった。寝間着姿のままでしっかり頭の帽子まで被っているのが可愛らしい。こんな風景を現実世界で見ることは間違いなくなかっただろう。こういうのなんか良いな…。

 「(おはようございます。なんか考え中ですかね)」

 紙にささっと挨拶を書いてジョーカーさんに見せると、ジョーカーさんはそのまま俺の席の横に座った。

 「いやー、みりんの状態のこと色々考えてたんだが、うーむ。言っていいものか悪いものか。悩みどころだぜ…」
 「(それを本人の前で言うなら言ってくださいよ…)」
 「それがなー、半信半疑のところもあるし考えもまとまってないからな。まとまったら伝えるぜ!」
 「(非常に聞きたいところですが、分かりました。)」

 そのまま4人が席に着き食事をとる。 
 6人掛けの大テーブルが3つ、テーブルも椅子も一つ一つつやがあり、コーティングされていることが分かる。ナイフにフォークも形が均一で現実世界で生きていた時と食事のとり方に違和感がない。これだけのものが作れて何故紙が高価なのか、電子ネットワーク文化がないのか。残念である。

 ギルドへの潜入は準備に7日ほどかかるとのことから、その間に自身の戦闘力の加減を調べるために、訓練用スペースを借り、思いつく限りのことを試してみた。
 それにしてもこのアジト広すぎる…。以前一度野球を見に行った福岡ドームくらいの広さはあるのではないだろうか。訓練スペース自体がサッカーグラウンド位の広さがある。
 地面は土。入り口から入って右手を見れば弓か何かの的のようなものが見える。この広さの中、一人で訓練は寂しい気もするが、いろいろ試すには一人のほうがやり易いからありがたくはある。

―――訓練場
―――1日目―――
 体力の続く限り、黒の木刀を振り続ける。
 一に素振り、二に素振り、三四も素振りで五も素振り。
 仮想敵はおらず、ただただ上段から下段に、下段から上段に振り続ける。
 全力で振り続けてなお、スタミナがなくなるまでに3時間ほどの時間を費やした。最大スタミナが多いため、それに比例して回復するスタミナ量も多く、減っていくそばからスタミナが回復するため、スキルを使いまくらない限りはスタミナ切れになることはなさそうである。
 昼食をとり、再び体力が回復すると今度は緩急をつけたり、飛び跳ねたり、自身の移動速度を試してみた。
 走るのが楽しくなってきたので途中から『縮地』のものまねなどもやってみた。慣れてくると1歩で5mほど進むことができた。『スリップ』を使わずとも前に進むだけなら『縮地(仮)』が一番早く動けそうである。
 最後に全力疾走で体力が尽きるまで訓練場を走ってみることにした。途中から砂埃が舞い始めたがそのまま続行。やっている途中に目を開けていられなくなったので、隅っこに避難していると様子を見に来たルルさんが扉を開けてすぐなんですかこれはー!と言いながら咳込み始めた。

 「ハハッワロス(なんかごめん)」

―――2日目―――
 仮想敵をイメージし、スキルを交えて戦ってみる。
 イメージがうまくできず、スキルのぶっ放しになってしまった。やはり実戦経験不足だろう。ゲームの中ではいくらでもイメージが出来ていたのだが、実際の自分の動きと全くもってかみ合わない。しかし、実際戦闘で使いやすいスキルを言うものがある程度理解できた。
 予想通り、出の早く隙の小さいスキルがやはり一番使いやすい。
 攻撃にスキルを組み合わせ動いていると、さすがに昨日より早くで疲れてしまった。
 途中様子を見に来たジョーカーさんが食べ物の差し入れを持ってきてくれて感動した。良く分からないパンを俺に渡すとすぐにどこかへ行ってしまった。女の子の差し入れは実際されるとものすごく嬉しい。ハイテンションで剣戟を飛ばすスキルを使っていると、加減を間違え壁に大穴を空けてしまった。音を聞きつけてやってきたルルさんに怒られた。
 
 「ハハッワロス(ごめんなさい)」

更に怒られた。

―――3日目―――
 戦闘系以外のスキルを色々試してみた。
 結果として魔法系は使えるスキルなし。錬金術スキルは使えたため、『ゴーレム錬成』し、戦闘相手にすることにした。どうやってゴーレムを錬成しているのか分からないが、なんかイメージしながら地面にマナを送るとできた。
 ゴーレムを操るならゴーレムに意識を向け続けないと動かせなかったため、ただの的にしかならなかった。しかし、剣戟と飛ばすスキルの的になってくれたため、錬成しまくって的にした。
 全力の『エアスラッシュ』でも3体重なっていれば防ぎきれるため、いざと言うときの壁にはなりそうである。ゲームでは同時に錬成できるゴーレムは1体だけだったが、この世界ではマナのある限り錬成できそうである。これなら壁を壊すこともないと、昨日怒られて辞めてしまった剣戟飛ばしを再開した。

 「ハハッワロス(剣戟を飛ばすの楽しすぎ)」

 ゴーレムを錬成しまくり、地形がでこぼこになってしまったため、ルルに怒られた。

―――4日目―――
 地形を戻すために試行錯誤。つぎ込むマナの量を多めにするとそれにつれて錬成できるゴーレムの大きさも大きくなるようである。結果、3〜4m位の天井ぎりぎりの巨大ゴーレムを錬成することができた。今度は意識して操ってみた。
 穴が開いているところには土を被せ、デコボコのところは通称『ゴーレムローリングアタック』でごろごろして綺麗にした。残ったゴーレムを錬成解除すると土の山が出来た。これではまた怒られると思い、さらに試行錯誤。30cmほどのミニゴーレムを大量に錬成し、移動させて錬成を解除した。この位の大きさのミニゴーレムだと操りやすく、移動だけなら同時に10体くらい行けた。これは訓練すると見せかけの兵士軍団が作れそうである。
均等に小さな土のもっこりが大量にでき、畑を耕したみたいになった。

 「ハハッワロス(畑耕しに使えるな)」

 やってきたルルさんになんで畑にしているのかと怒られた。その後、足場がふわふわしてるのも逆に訓練になるかもですねとの判断から畑は放置で良いことになった。
 
―――5日目―――
 弓系スキルを使ってみることにした。
 『アイテムボックス』を使えるのは俺だけのようなので自前の弓と矢を出すわけにはいかず、ジョーカーさんに借りてやってみた。
 スキルレベル自体はかなり高いほうではあるのだが、弓を扱うというのが実際非常に難しく、何度やっても狙ったところにとんでくれなかった。命中率が死んでおり、使い物にならない。弓の狙いに関してはエイムアシスト機能も働かない模様である。
 止まっているゴーレムにさえなかなか当てられず、高威力スキルを使った際、見事にゴーレムの横を通り抜けて壁に大穴を開けた。音を聞きつけてやってきたルルさんに怒られた。本格的に使うなら反復練習が必要である。
 
 「ハハッワロス(アーチャーにはなれなかったよ)」
 
―――6日目―――
 ジョーカーさんがどこにいるか分からなかったため、ルルさんに頼んで魔法を自分めがけて撃ってもらった。ルルさんはサポート魔法メインで攻撃魔法は中級クラスまでを納めていたため、初級と中級の魔法をルルのマナが尽きるまで撃ってもらった。まず初級から始まり、初級魔法の『ファイアボルト』は熱いですんだ。『アイスボルト』は冷たいピンポン玉あてられた感じ。『サンダーボルト』は静電気でビリッとした感じだった。やはり魔法耐性のようなものがあるようだ。でないと『ファイアボルト』―――炎の塊を当てられて熱いで済むわけない。
 次に中級魔法に移る。ルルさんの様子がおかしかったが続行。中級も同様に受けてみようとも思ったが、痛いのはやっぱりやめておこうとの判断で、全て剣の一振りで無効化してしまった。ルルさんがどうせ私は一生サポート役なのですと涙目でいじけてしまった。

 「ハハッワロス(ものすごくごめん)」

 泣いて訓練場から飛び出し、ジョーカーさんがブチ切れて登場。ひたすら謝った。結局事情をすべて説明し、何とかおさまった。シンク君の咎めるような目線が痛かったが、事情を説明したところ。頭をなでてくれた。シンクちゃんは女の子でした。何故女の子と分かったかは察してほしい。
 落ち着いたルルさんとお話をしていると、まだちょっと目の奥に涙も見えるのに笑いながら

 「毎回ルルさんルルさん書くのもなんかこそばゆいですし、ルルでいいですよ!」

 なんだこの女神は―――料理もできて可愛い。ユーモアもある。もう結婚してください。なんて馬鹿な事考えながらルルと呼ぶことになった。口に出して呼べないのが悲しい。

―――6日目夜―――
 俺はジョーカーさんに魔法に関する本を1冊借りて、寝る前に読んでいた。そして何故軽装の人が多いのかを理解した。そもそもジョーカーさんやルル、ギルマスのおっさんにローザは『魔力障壁』と言うものを張れるのだ。
本で読む限りでは薄い膜状のもので、達人になると目には見えないらしい。ただ、『魔力障壁』は使う人間次第で鋼よりも固い壁になるようで、戦闘中は『魔力障壁』を展開し、素早く移動するのが主流という事が分かった。
 シルバーレギンとの戦闘中は俺も『魔力障壁』を張っていたと思われているんだろうか。でないとこんな軽装であんなバカでかいライオンのひっかきを受け止めるなんて考えないよな。俺の素の防御力と物理耐性という謎のものが高かっため防げたなんて言えない。
 布団の中で『魔力障壁』の張り方を練習するも使えず。練習が必要のようである。

―――7日目―――
 昨夜『魔力障壁』が張れないことが分かったが、張らなくてもそこまで大きなダメージを受ける気がしない。しかし、不意を突かれたり急所攻撃の場合もあることから対策を考えることにした。
 対策としていざと言うときの防御をどうするか悩んでいたところ、『気功』スキルがかなりよさそうなことが分かった。ゲーム中では、気功使用中はのけぞり効果減少、スタミナ1秒間に1使用、被クリティカル攻撃率減少といったスキルだった。
 しかし、実際に使ってみると中々応用法があり、ゴーレムに近づいた状態で『気功』スキルを内から外に放出するイメージで使ってみるとゴーレムを吹っ飛ばすことができた。緊急時の危機一髪などなど色々な用途に使えそうである。エフェクトが何故か黒かったため、闇落ちした剣士みたいで中二病心をくすぐられた。威力が上がるわけではないが、『エアスラッシュ』に黒いエフェクトを纏わせることもできた。

 「ハハッワロス(闇の炎に抱かれて消えな)」

 途中からシンクちゃんがこっちを見ており、ものすごくかっこよかったです。と目をキラキラさせながら近づいてきた。思わず頭に手を載せてみると気持ちよさそうな顔をするため、なでなでしてみた。抱きしめたい衝動にかられたが、さすがに自重した。


 7日間で色々あったが、自分の居場所的なものを確保でき、精神的にもかなり助かったというのが本音だ。葛藤もあったが、やはり盗賊団に入ってよかった。特に仲良くなったのはルルだろう。なんか毎日怒られてばかりで肩身が狭いが、楽しいと本気で思っている自分がいる。今が楽しくて元の世界に帰らなくてもいいかなとも思い始めた。住めば都ということだろうか。
 訓練の合間に色々調べてみたが、俺は世界屈指の実力者であることを理解した。問題は戦闘経験だけである。多少の手加減はできるようになったが、いざと言うとき10全の力を発揮し、過剰攻撃をしてしまいそうである。後、気を付けるのは人質や毒などの搦め手位なものだろうか。いや、虫系のモンスターとかも無理だな。
 突然割って拭いた圧倒的な力。他者と一線を画した力を持つことによる優越感。このように考えている時点で慢心しているのかもしれないが、慢心せずに、上から目線にならずに生きていきたいものである。
 まだ早い時間ではあるが、明日に備えてそろそろ寝ようとしていると部屋をノックする音が聞こえた。

 「みりんさん、ちょっといいですか?」
 「ハハッワロス(どうぞ)」
 「うーん…入っていいのかどうなのか分かりにくいですね。入ります!」
 
 現在俺がハハッワロスとしか喋れないことを知っているのはジョーカーさん、ルル、シンクちゃんの3人である。ルルは俺の「ハハッワロス」が蔑笑ではなく、別の意味の言葉を喋ったものだとしてあとの言葉を続けてくれた。本当にありがたいものである。
 普通なら「ハハッワロス」しか喋れませんなんて信じないだろうが、少なくともこの3人は信じてくれている。ファングさんは出会ったその日のうちに『ルーラン』の調査に行ってしまったようで全く話していない。

 「おじゃましまーす!」
 「邪魔するぜ」
 「ひゃっ」

 ルルの後ろからジョーカーさんがぬるっと現れたため、ルルが吃驚している。顔を赤くしてジョーカーさんに怒る姿は何とも可愛らしい。そしてジョーカーさんも寝巻も相変わらず恰好可愛らしい。つまり両手に花である。

 「(お二人とも、今日はどうしたのですか?)」
 「いやー、俺はただルルがいたんでからかいに来ただけだぜ」
 「もう!…んん、私は明後日からのギルドでの打ち合わせに来ました」
 「龍殺し自体には俺も参加すると思うがそれまではよろしく頼むぜ!」

 冗談を交えながら今後の対応を決めていく。

 「まず当日ですが、精霊の森の比較的町から近い場所に『ゲート』を開いて転移します。町に着いたらみりんさんに冒険者としての手続きをし、私とパーティーを組み、早い段階でランクが上がるように仕事を選びながら行動していきます。後は山狩りが開始されるまで普通に働くだけですね!」
 「メインとしてはみりんのギルドランク上げとお金稼ぎだな。ルルは冒険者としてはルイス・ルーカスで登録してある。さすがにみりんをみりんとして登録するわけにはいかないからな。何か名前を考えなきゃいけないが、何か名前あるか?」
 「ふっふっふ、私考えておきました!黒くて強いのでブラック・ディザスターとかどうでしょうか?」
 「…え?本気で言ってんのか?」
「な、なんですかその憐れむような目線は!」

 あれにしようこれにしようとルルとジョーカーさんで話しているが、決まりそうにないな。うーむ。この世界でも一般的な名前が分からん。ゲームの登場人物的な名前ばっかりだから何かのゲームのキャラ名にしておけば違和感もないだろうか。AAOが出る10年ほど前にAAOと同じ世界観を共有していたゲーム―――ゼロの迷宮の隠しボスの名前で行ってみますか。
 
 「(ケイオス・クロウとかどうでしょうか(`・ω・´)ドヤッ)」
 「「!!!!!」」
 「こ…この顔は…!」
 「な、なんだかすごく使ってみたいです!」
 「(注目してほしいのは名前なんですが(ノД`)・゜・。)」
 「あ、あぁ、悪いみりん」
 「ごめんなさい。あまりにも斬新過ぎて…」 

 ただ文で会話するのは感情が伝わりにくいかなと思い、顔文字で心境を表現してみたが、どうやら顔文字という文化?がないため、いつも何気なしに使っている顔文字が魅力的に感じるようである。女の子とチャットするときも、2,3文に1回は顔文字を入れていたからな。俺の顔文字レパートリーは軽く1000を超える。
 くっくっく、なんか女の子二人が興味津々で身を乗り出してくるのは非常に楽しい!ただのエロオヤジな感じもするが、俺はそんな男である。

 「(これは顔文字と言いまして…(*‘ω‘ *))」
 
 その後顔文字トークで盛り上がり、名前そっちのけになったので俺の提案したケイオス・クロウで決定した。

 「あとこの腕輪使ってみて下さね。みりんさん用に大きさを調節してみました」
 「(ありがとうございます。どうやって使ったらよいので(´・ω・`)?)」
 「実際付けて、マナを流し込みながら相手に見せたい自分を想像することだな。後顔文字使うと話し進まなくなるから禁止な」
 「(なんかすいません。ではやってみます!)」

 さっきまでノリノリだった顔文字も禁止されてしまった。今度シンクちゃんと話すときに使ってみよう。話も進まないと時間も時間なのでさっくり変身してみますか!
 いくぞ―――装着!

 「………」
 「………」
 「(何も起こらないですね)」
 「うーむ。みりん、ちょっと貸してみてくれ………っと、俺だと普通に変身できているということはみりん自体に何か問題ありということか。魔法耐性がありすぎるのか?」
 「どうしましょうか………」
 「こうなっちゃ仕方ない。フルプレートの鎧でもつけるか」
 「そうですね!みりんさんなら多少重量のある鎧でも関係なしに動けそうですし、武器庫に行きましょう」
 
 ―――武器庫
 
 フルプレートの鎧を装備することになり、武器庫に移動することになった。壁には剣と斧と槍がずらりとかけられており、パッと見て30近くのフルプレートの鎧が見える。このアジトはやはりおかしい。俺含めてメンバーは10人とか言っていたが、資金源は一体どうなっているのか。盗賊団だけに盗みだろうか。

 「この鎧なんてどうでしょうか?」
 「いーや、甘いなルル、鎧なんてものは相手を威圧してなんぼだぜ。つまりだ。この全身トゲトゲしているこの鎧が一番いい!」
 「(さすがにトゲトゲしすぎな気がします)」
 「そうか?普通だと思うんだが」

鎧と言っても色々あったので、できるだけ黒い鎧を選び、マントも折角なので黒色のマントを選んだ。ジョーカーさんにそれを選ぶのか?みたいな目線で見られたが、ルルも大賛成だったのでとりあえず装備してみることにした。
 頭から首周りを完全に覆う狼をイメージした兜。肩の可動域を残しつつしっかりと腰まで覆う胴鎧。腕部と脚部においては、膝と肘の部分だけわざと外し、動きやすさを重視した装備としてみた。視界が狭いのが難点である。

「なかなかかっこいいですね!ボス!」
 「うーむ。折角だからこっちのもう少しトゲトゲした感じの方が強そうじゃないか?」
 「あんまりトゲトゲして不用意に転んだら大変じゃないですか?」
 「(この鎧で良いと思います!)」
 
 俺はそう即答した。
 転ばないけどジョーカーさんの趣味の鎧はいやだ。そう―――ジョーカーさんが選んだ鎧は頭に大きな一本角、膝と肘にもトゲ、肩にも胸にもトゲトゲ、とにかく全身がトゲトゲしい装備だった。最後までトゲトゲしい鎧を進めてくるジョーカーさんだったが最後には俺とルルで選んだ鎧に決まった。
 かくしてフルプレートの鎧を纏ったみりん改め―――ケイオス・クロウがここに誕生した。料金は出世払いにしてもらった。
 
 「よし!これで準備は整ったな!」
 「(ありがとうございます。ルル、よろしくお願いします!)」
 「かぁー!俺様を仲間はずれにするなんて…泣いちゃうぜ…」
 「ハハッワロス(いやーそんなつもりは)」
 「みりんさん、じゃなかったケイオスさん、それはひどいと思いますよ」
 「(すいません。違うんです!)」
 「くっくっく。分かってるよ。まぁ、しばらく会えなくなるが、ルルを頼むぜ」
 「(分かりました)」
 「ふふっ、ケイオスさん、よろしくお願いしますね!」

 お二人とも俺の「ハハッワロス」にある程度慣れてくれたようだ。ありがたい限りである。
 鎧も本当は暑苦しいので装備したくはないが、下手にギルマスのおっさんやローザさんにばれると厄介ごとに成りかねないから仕方がない。

 日は巡り、ついにギルドへと潜入する日が訪れた。
 実は冒険者としてギルドで働くのが楽しみでしょうがなかったんだぜ。
 うっきうっきしながら布団にもぐっているとジョーカーさんがやってきて、頼みごとをされた。そんなことがおこるのかと疑問に思いつつも引き受け、再び布団にもぐって眠ることにした。
 ジョーカーさんとシンクちゃんにしばらく会えないのは寂しいが、みりん改め、ケイオス・クロウ頑張りますよ!

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第五話【選択】
小説まとめ



posted by あまちゃ at 21:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説

2017年01月03日

『Another Archive Online〜ハハッワロス〜』第五話【選択】

 俺は…………ジョーカーさん側につく事を選んだ。
 盗みなんてするつもりはないが、ここで捕まりたくはない。はっきり言ってしまえば弁明できる自信がない。ゆっくり考える時間が欲しいのだ。単純にジョーカーさんに愛着が出てきているというのもあるが。
 だからこそ、捕まりたくはない。仮にお尋ね者として登録されようとも、この身体スペックがあれば、顔を隠すなり、服装を変えるなりしてどうとでもなるだろう。ゲームやアニメの中のお尋ね者たちのように年がら年中同じ髪型、同じ服装でいる必要なんてないしな。
 一人で逃げると言う選択もあるが、それはできない。善でも悪でもいい。いざと言うときの後ろ盾が欲しい。利己的な考えとは分かっているが、その対象にジョーカーさんを選んだ。それに、ジョーカーさんに出会わなければ……いや、この思考は無意味だ。結局は俺の選択の結果が今の状況だ。
 一つ目標は決まった。ここからジョーカーさん達と共に逃げる!それに二人とも可愛いしな。上手くいけばおいしいお礼があるかもしれん。

 俺がどう選択をするか、声で表明することはできない。故に、剣を抜き、ジョーカーさんたちの前に立ち、刃先を相手に向ける。『パリィ』は武器を装備することで強制的に解除されただろうが、もう不意打ちはないだろうし大丈夫だろう。しかし――――お二人さんは俺が剣を抜いたことに反応し、『ファイアボルト』と『エアスラッシュ』を放ってくる。避ける方向に注意しながら『スリップ』とステップでスキルを避ける。
 剣を抜いたからっていきなり攻撃してくるか!?……不意打ちもしてきたし、そういう世界なんだろうか。それだけ警戒されてるって事だろうか。しかし、また膠着状態に戻ってしまった。いや、違うな、ジョーカーさんが戦闘態勢を解いている。……相手は警戒しているようだ。

 「みりん……いいのか?」
 「?」

 ルルさん……そのクエスチョンは俺の事同業者か何かだと思っていそうだな。
 俺はジョーカーさんの問いに頷きで答える。

 「クヒックヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!―――さいっこうだぜ」
 「ル……ジョーカー?」
 「……お前さんのボスは薬でもやっているのか?」
 「いえ、高位の魔導書の読み過ぎで、頭のねじが吹っ飛んでるだけです」
 「ルル……何気にひどいこと言ってないか?」

 腹を抱えて笑いだすジョーカーさん。高位の魔導書を読むと頭のねじが吹っ飛ぶのか……。というかそこまで俺がジョーカーさん側につくのが嬉しいのか?さっき知らない人が見れば明らかに仲間だぜ!的な発言してたよね?
 遊びは終わりだと言わんばかりに、おっさんの手に持つ剣に力が込められる。つられてローザさんの周囲に小型の青い魔方陣が展開される。集中しろ。相手の動きを見逃すな―――――。

 「おっと……戦闘を続ける前に俺様の話を聞いておかないか?」
 「マスター」
 「…………はぁ、言ってみろ」
 「ギルマス、あんたは言ったな『シルバーレギンとの敵対は法で禁止されている』と」
 「ああ」
 「そしてこうも言った『……先ほどの戦い見させてもらった。』と……あんたほどの地位にある人間が敵対を放置していたと言う訳なんだが、それはもう共犯と言っていいんじゃないか?」
 「それはただ!」
 「ローザ、まだ話は終わっちゃいないぜ。さらに不意打ちによる戦闘を仕掛け、今なおこの場で戦おうとしている。これはそこで倒れているシルバーレギンも巻き込む可能性がでてくるよなぁ」

 相手の立場を利用して戦闘を回避する算段か。全く思いつかなかったぜ。……さっきの俺の行動もしかして意味なかった?むしろ立場を悪化させただけな様な……。いや、俺が立場をはっきりさせたからこそ言えたのか?

 「お前たちを捕まえれば話は変わらん。犯罪者とギルドマスター……どちらの証言を信じるか、答えは決まっている。まぁ、生き残っていればだがな」
 「クヒヒヒヒヒ!しかし……シルバーレギンが人語を理解しているとしたら?」
 「なんだと……?」
 「そこのシルバーレギンは既に人語を理解している。そしてこの会話を聞いている。……さて、お前の返答をどう解釈するかな?聖獣がなぜ敵対を禁止されているか……分かっているだろ?」
 「……」
 「それに俺たちは見ての通り、戦闘後の疲れで弱っている」

 一体何を言うつもりなんだ?この場合疲れは隠しておくものじゃないのか?

 「いざ戦闘となれば手加減する余裕がなくなるわけだが……。私の実力は知ってるよな?なぁ、ローザ」
 「!!?」
 「私と―――殺し合いがしたいか?」
 「ぁ……ぅ」

 ……なにこの人怖い。事実と度胸、はったり?を加えて立場を逆転させている。俺と私を使い分けることでローザさん相手に学生時代を思い出させているのか?相手の敵意の様なものがなくなっていくような感じがする。

 「はぁ……この女狐が」
 「クヒヒヒヒ!なんとでも言え」

 おっさんが剣を収め、クレーターの中心にいるシルバーレギンへと向かっていく。

 「シルバーレギン。我が身に受けた依頼を優先してしまった。申し訳ない。お詫びと言ってはんだが、高純度のマナの結晶体を用意する。許してもらえるだろうか?」
 「guooon!」
 「ちょっと待て……単純すぎないか」

 どうやらシルバーレギンは餌付けされてしまったようだ。ジョーカーさんもルルさんも呆れている。なんとしまりのない展開だ。
 しかし、言葉だけで戦闘を回避してしまうとは、なんかゾクって来たわ。これがカリスマってやつなのか?いや、いきなり戦う気満々だった俺の思考がやばいのか?

 「ジョーカー、ルル……それに……みりん……本名か?」
 「ハハッワロス(笑えることに)」
 「嫌味な奴だ―――だが、中々の体術だった。いくぞ、クィンエル」

 あんなへんてこな体術で褒められるとは。
 動きはぎこちないが、スペックのお蔭で動きが早いし、スキル発動中は自分の意思で動いている訳じゃないからか。……!いつの間にか『ハハッワロス』で会話している。相手によって受け取り方は変わるだろうが、何とか会話の間に挟み込め……厳しいな。

 「―――ジョーカー、一緒に……」
 「ローザ、犯罪者として捕まれと言いたいのか?あぁ、こいつを渡しておくぜ。お前たちに依頼を出した議員が使っていたものだ。こいつを持ちかえればどうとでもなるだろ」

 ジョーカーさんは懐から例の相手を惚れさせる指輪を取出し、親指でローザさんに対して弾いた。
 ローザさんってジョーカーさんにすごく執着してるな……ヤンデレ予備軍だろうか。 

 「これは……?」
 「俺様が盗んだラーヴァの指輪だ。効果は分かるだろ?」
 「―――催眠系のアイテムは使用禁止されているはずだが」

 あの時の指輪か。もう俺に使った効果は消えてるのか?昨日の夜ほどジョーカーさんに対して気持ちが傾いている訳ではない。消えてるよな。

 「ガンガン使ってたみたいだぜ?事実確認として今まで議員を囲んでいた女がどうなっているか見てみたらどうだ?」
 「ふむ……。有効に使わせてもらうとしよう。クィンエル。いくぞ」
 「ジョーカー!今度は違う形で!」
 「あーはいはい。機会があればな」

 お二人さんは回れ右をして帰ってゆく。無事戦闘を切り抜けたようだ。俺の行動ほんと無意味だったんだな。あぁすごい凹む。ルルさんやジョーカーさんに脳筋とか思われてるかもしれないな。

 「うっし、メンドクサイのは去った。帰るとしようぜ!」
 「言い回しはさすがですが、やっぱりボスは敵に回したくないです」
 「ルル、それは褒めてるのか?」
 「もちろんですよ!」
 「まぁいいか。さすがに疲れたぜ。ルル、最後の仕事だ。ゲートを開け」
 「了解です」

 ゲートを開く?ゲーム中では各町に設置してあるゲートをくぐることで、行ったことのある町に自由に行き来ができた。開くとは、良くある転移魔法的なものだろうか。

 「『ベースゲート オープン』」

 空中に青い魔方陣が浮き出る。その魔方陣の中心はさながら門のような形をしており、門の入口部分だけ半透明な膜で覆われている。なんか分からんが……かっこいい……。

 「みりん。最後に聞くぞ。ここから先は俺様たちのアジトだ。一緒に来るなら仲間になるしかない。ならないならここでお別れだ。さっきの行動からして仲間になる―――でいいんだな?」

 お尋ね者確定だろうし、仲間にはなるしかないと思う。ただ、盗みはなぁ……。うん。いや……まてよ。ジョーカーさんは単独の盗賊ではない。話を聞く限り組織を作っている。組織という事は何も盗みだけをやっている訳ではあるまい。これだな……!

 「(仲間になる。が、盗みをするつもりはない。他の事をまかせてくれ)」

 資材調達とかな!『アイテム』機能や身体スペックを有効活用すればほとんどのことがごり押しで可能な気がせんでもない。実際は単に自分が盗みをしたくないだけだ。日本人として生きてきた感性が盗みを否定する。大きな心境の変化でもない限り変わらないだろう。

 「盗賊団に入るのに盗みはしない…….か。まぁいい、団員のすべてがすべて盗みをやっているわけじゃないしな。俺様は戦闘要員としてお前を買っているんだ。裏切らないのであればそれでいい。―――その言葉に二言はないな?」

 ジョーカーさんの目つきがやばい。冗談交じりの目ではない。ここは頷きではなくちゃんと文字で書こう。……喋れたらいいんだがな。なんて書くか……「俺を信じろ?」なんか安っぽいな。そのまま「ない」って書くのもな。

 「(口じゃ証明できないからな。行動で示す)」
 「なるほど―――行動か。……いいぜ。みりん。俺たちはお前を歓迎する!」
 「こんな強い人が仲間になってくれるとは!心強いです!………それにしてもボス、前々から勧誘してたんですね」
 「あーったりまえだろ。こんな面白い男なかなかいないぜ。―――出会ったの昨日だがな」
 「えええええええ!それでいいんですかボス!身辺情報とか。あっ、いえ、別にみりんさんが怪しい人だなんて思ってるわけじゃないんですよ!」

 明らかに怪しいと思ってるよね。分かりますぜ。ルルさんの言うとおり、出会った早々に盗賊団に勧誘するとかおかしいよな。俺が裏切る可能性だって向こうからしてみれば十二分にあるだろうに。なぜ俺を受け入れようとしたのか……ジョーカーさんの顔からは読み取ることができない。

 「ほらほら、帰るぞ!時間は有限。今は急ぐ時だぜ」
 「そうですね……。早くシンクを助けてあげないと―――みりんさん!これからよろしくお願いします!」

 二人と握手を交わし、ゲートとやらをくぐる。なんかこの感覚……どこかで……まるでSR世界にダイブした時のような感覚だ。一瞬視界が歪み、辿り着いた場所は大きな洞窟のような場所の中だった。

 「ルル、俺は治療薬の作成に取り掛かる。みりんを部屋に案内しておいてくれ。ひとまずは客人として持て成してくれ。みりん、今から作業に入るため、俺様が持成す暇はないが、ゆっくり疲れを癒してくれ」

 これから作業か……。休む間もなく。シンクという子のためとは言え、盗賊団って感じがしないよな。だからこそ入るときに抵抗が少なかったのかもしれないな。

 「みりんさん!行きますよ!……大丈夫ですよ。ボスは体力ゲールですから」
 「その胸引きちぎるぞ」

 キャッキャワイワイと騒ぐジョーカーさんとルルさん。はたから見るとコスプレした女子高生みたいな感じだな。今思えば俺がこの中で一番年上なんだろうな、たぶん。……ゲールって何だ。





 ―――2日目
 部屋に連れられて2日が経った。もちろんその間何もせず寝ていたわけではない。きっちりばっちり調べさせてもらいました。
 部屋に来る道中、及び部屋の中、中世チックな飾り具合だ。
 おいてあった3冊の本はすべて日本語……見なれない単語もあるが大体読める。残念ながら魔法に関する本はないが、やはり驚くべきは日本語で書かれているという点だろう。文法もほとんど日本語と言っていい、問題なくすらすら読める。ゲームと似通っているとはいえ異世界で日本語が使われているってどうなんだよ。いや、日本語が使われてなかったら積んでいるが……。
 そしてお風呂!いや、お風呂が実際にあるのかどうか多少不安もあったが、普通にあった。それもシャワー付きで。まさにゲームの中と同じだった。しかし残念なことに、食事の主食は米ではなくパンやスープ、肉がメインだった。懐かしきかなつやつやの白米。数日食べていないだけでここまで食べたくなるとは……!箸はないがスプーンとフォークが準備されたため、食事に苦戦することはなかった。
 ……もしかして俺達がゲームとしてプレイしていたのは別世界の現実だった?別世界に分身体アバターを創造し、それにログインして現実をゲームとして遊ぶ。………んなわけないか。なんだよ分身体って。
 考えれば考えるほど分からなくなるな。歴史が載っている本も読んでみたい。後で聞いてみるか。
 しかし……暇だ。考える時間が欲しかったが、判断材料が少なすぎる。思考ループに陥るだけで進展しない。進展がない以上ベッドの上でゴロゴロするしかない。次ルルさんが来たとき聞いてみるか。

 「(魔法や歴史が載ってる本が読みたいのだけど、あるでしょうか?)」
 「……はい?」
 「(実は記憶が曖昧でして……本を読んでるうちに思い出すかもしれないと!)」
 「な……なるほど!って頭でも打ったんですか!?」
 「(打ったのかもしれません……)」
 「……わっかりました!お任せください。ボスももう少し時間がかかるようですし……んーどうせなら書庫に行っちゃいましょうか?1万冊を超える本がありますし、ここにずっと居るのも退屈でしょう?」
 「(ぜひお願いします!)」

 そして今に至る。ルルさんは俺を案内してまたどこかにいってしまった。此方としては好都合。ゆっくり読ませてもらうとしよう。お……『精霊の森』ってタイトルがあるな。何々……精霊の森は出会いと別れの場所です。相手探しは慎重に。……何の相手だ。
 タイトルを斜め読みしてめぼしい本だけ読んでいったが、魔法関係の本置いてないな。歴史と地理情報が分かるだけ十分か。最近の歴史は……魔族の襲来とか書いてあるな。ルルさんからもらった紙にめぼしい歴史だけメモっておくか。
 500年ほど前に魔族との戦争があったが、9人の英雄の活躍により人間・ドワーフ・エルフ側の勝利で終わった……か。そしてニルマ語が公用語となったのが450年前か。それ以前の言語は国々によって違うな。
 そして今がAL(Ark Low)1901年。英雄なんてやつらがほんとに実在する世界なんだな。しかも9人で戦争終わらせたみたいに書いてあるが……さすがに誇張表現だよな。他には…………。

 ……。いつの間にか眠ってしまったようだ。頭の中に全部が全部入ったわけではないが、この世界についてなんとなく理解したといったところか。後はこの世界で行動するうちに本の内容を理解していくだろう。
 その後ルルさんが戻ってきて、雑談(筆談)をしながら食事をとり、眠りについた。

 ―――3日目
 ついにジョーカーさんの薬づくり?が終わったようだ。ルルさんに呼ばれ、ランナーに向かっている。ランナーと言うのは日本語で言う会議室の様なもののようだ。

 「来たか、みりん」
 「この人が……!」
 「ほぉ……」

 ジョーカーさん以外に二人いるな。茶髪で長髪の渋いおっさんと緑色の髪の少年?だ。もしかしてこの子供がシンクと言う子なのだろうか。

 「ささっ、みりんさん此方にお座りください」

 促されるようにジョーカーさんの真正面のイスに座る。ルルさんはそのままジョーカーさんの隣に行き、立っている。まるでメイドさんのようだ。

 「うっし、それじゃ……自己紹介といくか。まずファングのおっさん」
 「……まだ33なんだがな」
 「十分おっさんです」
 「……あぁ、俺はファング・ランダルトと言う、気軽にファングと呼んでくれ。君の事は聞いている。これからよろしく頼む」

 自分より年下の子におっさん、おっさん言われると傷つくよな……。近年は盆や正月に親戚の子供に会う度に言われてたからな。
 ルルさんからもらった紙にもう書くスペースがないので会釈であいさつをする。あまり良い意識はされないだろうが仕方ない。そして次に……。

 「あ……あの!俺……俺!シンクって言います!ボスとルルから聞きました。助けてくれてありがとうございました!」

 やはりこの子がシンクと言う子のようだ。……男だろうか、女だろうか。俺って言ってることからして男……いや、ジョーカーさんと言う例外が目の前にいるしな。声が高く、顔も美少年でも美少女でも通用する。髪の長さも中途半端で余計わからん。助かってよかったな。しかしながら……目がキラキラしている。ものすごく尊敬しているような目が俺に向けられている。……シンク君(仮)になんて説明したのだろうか。

 「改めまして、私はルカ・ルーカスです。ルルって呼んで下さいね!」

 再び会釈。今思えば何かのゲームで聞いたような声だ。何だっただろうか。立ち位置的にはジョーカーさんの補佐なのだろうか。

 「最後に俺様だな。クウネル・ジョーカーだ。ボスでもジョーカーでも好きに呼んでくれていいぜ。他の奴らの自己紹介もしたいところだが、居ないやつ紹介しても顔と名前が一致しないしな。居る時に紹介するぜ。内部構成員は9、いや、みりんを入れて10人だな」

 ジョーカーさんと出会った結果が今に至るんだよな。出会っていなかったら今頃どうなっていたのだろうか。今頃ルキス町でギルドに入っていたかもしれないな。

 「そして、こいつがみりんだ。天性の才能と言うべきか、動きがおかしい時もあるが、圧倒的な近接戦闘能力を誇る期待の星だぜ。ただし、障害持ちのため、ほとんど喋れない。会話をするとなると本人は筆談が主体になるが、よろしくしてやってくれ」

 各自よろしくとあいさつ。まぁ、『ハハッワロス』と喋ってしまう時があるから、単純に喋れない設定じゃいけないんだがな……。

 「顔合わせはこれで終わりだな。それじゃいったん解散とする。ルル、悪いがみりんに部屋の案内してやってくれ」
 「……んー、一通り……案内すればよろしいでしょうか?」
 「あぁ、一通り頼むぜ」

 斯くしてファングのおっさんとシンク君(仮)、ルルさんの3人でアジトの中を回ることになった。


 しかし――――広いな。
 寝泊りする小部屋に案内された時から思っていたが、広い。これで俺を含め10人しかいないのか。……どんな規模の組織なんだ。
 3人にあっちこっち案内されながら問いに答えていく。親睦を含めるのが目的って感じかな。

 「みりん君は近接戦闘のスペシャリストとのことだが――――どこかで師事していたのか?」
 「(あっちこっちから見よう見まねで技を取り入れているので、我流と言っていいでしょうか)」

 嘘は言ってないぜ!多くの漫画やアニメに登場する見た目かっこいい戦闘術を取り入れている。

 「我流でボスにあそこまで言わせるか……後で手合せしてみないか?互いの実力を知っておいた方が今後組みやすい」
 「(こちらこそお願いします)」

 可能性としては考えていたけど、まさか本当に手合せを頼まれるとは……。断るのも変なので了承する。腰に剣を刺してるってことは剣で勝負だろうか。さすがに真剣では戦わないよな……?

 「あのっ!みりんさん、俺ともお手合せお願いします!」
 「し〜ん〜く〜、まだ病み上がりなんだからダメです!あなたに何かあったら……ううっ」
 「うっ……分かりました。でもいつかお願いします!」
 「(体調が万全な時にやろうか)」
 「えっと……はい!」
 「ふふっ、みりんさん、その調子でどんどん漢字を使って行ってくださいね。シンクはまだ読み書きが不十分なんです」
 「が、頑張ります……」

 まだ子供だしな。しかし――――漢字か。この国……いや、この世界ではではニルマ語が公用語として使われている。ニルマ語は漢字、ひらがな、カタカナから成り立っており、俗にいうカタカナ語なんかも外来語として浸透している。なんかほんと……日本と大差がないな。違うのは識字率の低さ位か。
 さっきからふんだんに紙を使っているが、ぶっちゃけ高いらしい。もちろんペンも高い。両者の値段が高いことが、識字率を下げてる要因だろう。この盗賊団が識字率高くてよかったぜ……。
 高価な紙を使いまくってるからな……。ちゃんと働かなければ!どんな仕事をすることになるか……用心棒とかだろうか。この盗賊団が見た感じ相当裕福だとしても、会話するだけで金を消費していくと考えると心苦しいよな。今の状態ただのヒモだし。

 「以上で案内を終了します!たぶん――――そろそろボスからお呼びがかかると思いますのでランナーにいっときましょうか」
 「次のミッションの指示だろうな」
 「俺はまだ留守番かなぁ」
 「そうですね。でも、シンクはボスと魔法のお勉強だと思いますよ?」
 「ほんと!?」
 「たぶん……ですけどね」

 3人の会話を聞きながらランナーに向かう。つらいです。正直つらいです。会話に入り込む度に紙というお金がかかり、相手に見せなきゃならない。質問もしてくれるけど明らかな壁を感じています。早くまともに喋れるようになる方法見つけなきゃな……!

 「おっ、戻って来たか」
 「ばっちりです!」
 「おっほん!それじゃ今後についてだぜ。まずはシンク。俺と一緒にこの前の魔法の勉強の続きだな」
 「やった!」
 「はっはっは、シンクは魔法の勉強が好きだな」
 「楽しいです!」

 シンク君(仮)……無邪気だな。その無邪気な笑顔はお兄さんにはつらいです。勉強が好きだったのは何時頃までの話だっただろうか。魔法の勉強なら今の年でも楽しくできるかもしれんが、やってみないと分からないな。魔法に憧れはするが、ゲーム中の魔法と言うのは簡単に覚えられるものばかりだったからな。

 「次におっさん。アーカム港で近辺の情報収集と『ルーラン』について調べてくれ」
 「了解した」
 「(『ルーラン』って?)」
 「不死鳥が宿るって言われている奉剣の一つですよ!」
 「今まで何本か見てきたが全部贋作だったからな。いい加減本物様と巡り合いたいぜ」

 見つかったら盗むことになるんだろうな。しかし、シンク君(仮)は盗むことに抵抗はないのだろうか。この顔を見る限り、嫌々盗賊団にいるってわけじゃなさそうだしな。

 「最後に、みりん。ルルと一緒にルキス町のギルドに潜入してもらう。心配するな。声の方はどうにもならないが、外見はこれである程度変えることができる」
 「みりんさん!守ってくださいね!」

 ルルさんの笑顔に無意識のうちに頷きで答える。間違いない。この娘モテるっ……!そして、ほいっと渡されたのは銀色の腕輪。あのギルマスとローザさんに顔が割れてるが故のこの……外見を変えられる腕輪か。

 「この1~2か月の間に山狩り……別名龍殺しが行われると情報を掴んだ。目的は山頂、龍の巣にあると言う『アルージャの奉剣』だ。長〜いギルド生活の始まりだぜ。詳しい事はルルに聞いて臨機応変に行動してくれ」
 「了解です!」

 ……奉剣ばかり狙っているようだが何かあるのだろうか。いきなり聞いても話を逸らされそうだしな。それとなく聞いてみるか。しかし、龍殺しってドラゴンと戦うのか。ドラゴンと言ってもピンからキリまでいるからな……。ゲーム中では〜ドラゴンとしか呼び名がないやつは、そこそこのスペックがあればソロで倒せる存在だ。しかし、森の刻龍アルザルハルドスなど〜ドラゴンと呼ばれないやつらは相当スペックがあってもソロではきつい。ノーダメソロ動画もかなり上がってはいるが、何度も死んで何度も戦ってその龍に対応した自分だけの動きを覚えなければならない。まぁ、慣れない人は復活の羽使用しまくってソロしてたんだけどな。
 ……考えてるうちに他の話が終わってしまったようだ。なんとなく聞いていたが特に気になるとこはなさそうだ。

 「それじゃ解散ですね!みりんさん、7,8日後くらいで出発ですので準備しておいてくださいね!」
 「あぁ、みりんはちょっと残ってくれ、皆は部屋に戻っていいぜ」

 なんですと。明日出発かよ!そしてジョーカーさんから何か話があるようだ。……何だろう。

 「あらら、ではお先に失礼します!」
 「みりん君、どうやら模擬戦は先にお預けのようだ。楽しみにとっておこう」
 「その時は俺もお願いします!」
 「ほらほら、解散解散!」

 慌ただしくも3人は部屋を出て行き、その部屋には俺とジョーカーさんだけになった。……ちょっとだけドキドキするな。さぁ、話を聞こうか!

 「クヒヒ、みりん、俺様の仲間はどうだった?なかなか面白い奴らだろう?」
 「(ええ、あのシンクと言う子も盗賊団なんですよね?)」
 「そうだぜ。あぁ、子供だからと言いたいのか。……まずみりん、誤解を一つ解いておこうか。盗賊と言っても金銭や女、食糧を盗んでいる訳じゃないぜ?ある目的のために力ある人材、アイテムを集めている。その過程で盗むことがあるだけだ。だったらいっその事盗賊団を名乗ればいいって話になってな」

 ……まぁ金銭目的じゃないだろうとは思っていたが、ある目的……。力ある人材ならあの時のギルマスやローザさんも当てはまる気はするが、盗賊を名乗ってるから誘えないのか?

 「(目的とは?)」
 「……一言でいえば、そうだな。うーむ。未来を変えるってとこか。詳しくはおいおい話してやるよ」

  戯けた感じじゃない。本気……か。なんだかゲームのストーリーに乗っかってるような気分だ。

 「クヒヒヒッ、まぁこの話は置いておこうぜ。そうだな……『アルージャの奉剣』を手に入れたら教えてやるぜ。他に聞きたいことはあるか?」

 まぁ、入ったばかりで本当の仲間……とは認められてはいないだろうからな。それはしょうがないか。

 「(聖獣と敵対してはいけない理由とは?)」
 「ん……みりん知らなかったのか。どこかちぐはぐしてるな。まぁそこが面白いんだが。……聖獣とは世に具現した精霊の中でも知識を持つ者のことの総称だ。100年以上前は敵対を禁止する法なんてなかったんだがな。俺様クラスになれば分かるが、多くの人間が初見で聖獣かどうかの判断なんてできないぜ」

 確かに初見じゃ判断なんてできないよな。

 「聖獣は自ら人間を狙うことはない。いや、人間をくらう必要がないから敵対しないと言っていいか。魔獣は生きるために他者を食らうが、聖獣は生きるためにマナを食らう。もちろん戯れに人を殺すことはあった」

 聖獣はマナを食らい。魔獣は他者を食らうか。なんとなくイメージはつかめたな。

 「そして、聖獣の中でも共生聖獣とは、500年前、英雄の一人―――大賢者アギルドが契約を結んだ聖獣。契約により人と生きることを選んだ聖獣たちだ。例えば、先日の精霊の森、近くに町はあるが、町まで魔獣が出ることはない。それが何故か分かるか?」
 「(もしかして、聖獣が見張りをしている?)」
 「察しがいいな。故に人は精霊を恐れるし敬いもする。だが―――その契約を知ってか知らずか好き勝手にする者もいた。昔、ある冒険者たちがいた。そいつらは強かった。いくつものダンジョンを攻略し、金も装備も充実していた。しかし、冒険者たちは飢えていた。もはや冒険者たちにとって金も装備も目的じゃなくなったからだ。目的に辿り着くまでの過程こそが目的となっていた。そして、次の標的として選んだのが共生聖獣フィアリーデイズだった。戦いは至難を極めたが、最後に勝ったのは冒険者たちだった。仲間からは反対の声も出たが戦利品として、聖獣がドロップしたアイテムを持ち帰り、傷を癒す間も惜しみ、三日三晩騒いだ」
 「(その冒険者って)」
 「―――これが駄目だったんだ。ドロップしたアイテムとは聖獣の卵。そしてそれを持ち帰ってしまった。大賢者アギルドがした契約はこうだ。―――私たちはお前たちの住処を奪わない。だからお前たちも私たちから住処を奪うな。―――まぁ、お互いの陣地を維持するようお互い協力しましょうって感じだな。しかし、聖獣の卵を持ち帰ってしまったばかりに、共生聖獣フィアリーデイズの陣地が空いてしまった。卵をその場においておけば問題はなかったんだが…。それに対して他の共生聖獣の怒りを買ってしまい。―――近隣の町7つが1日で滅ぼされた……ってなことがあってな。尾ひれ羽ひれついて今じゃ法で禁止されるようになったんだぜ」
 「(間違って攻撃したり、そもそもシルバーレギンは大丈夫だったのか?)」
 「ああ、仮に倒したとしても、ドロップアイテム―――卵を持ち帰らない限り実害はないんだぜ。まぁ、戦うこと自体法で禁止されてはいるがな!」

 聖獣との敵対が法で禁止されている理由は理解した。色々理解したが、それだと何故ギルマスのおっさんやローザが引いたのかの説明には合わないような。真実と一般的に広まっているものが違うのか?

 「(一般的にはどのように広まっているんですか?)」
 「ほう。良く気付いたな。今話したのは真実だ。だが一般的に広まっているのは共生聖獣と敵対すると他の共生聖獣たちが怒って攻撃してくるぞって感じだ。まぁあのギルドのおっさんはあんまり信じてはいない様子だったが、立場上引かざるを得ないからな。クヒヒ」
 「(紐解けました。)」

 非常にジョーカーさんが眩しく感じるのは失敗を恐れていないように見えるからか。可愛いからって言うのもあるが、堂々とし過ぎている。いつも逃げ道を模索している俺とは違うからか。
 しかし、この世界に来てからの出来事全てが別世界の現実だなとしか言えない。ゲームとも色々違うし、全ての表現が真に迫っている。言葉を取り戻すことを第一に、この世界で生計を立てていくように考えていったが良いか。

 「まぁ理解してくれたようでなによりだ。……あぁ、話がそれたな、みりんを残した目的は……こっちだぜ」

 薄ら青く光る水の入った瓶が置かれる。……こいつぁいったい。

 「この間の『クリア』が少し余ったからな。その余りを使って調合した薬だ。さぁ、みりん。ぐいっと飲んでみな」

 何か光ってるが大丈夫なのか……?ジョカーさんは……飲むまで答えを教えてくれなさそうだな。ゴクンと一気に飲み干す。味は普通の水だな。

 「どうだ?…………何か喋ってみてくれ」
 「ハハッワロス(ビール飲みたい)」
 「……はぁ。これじゃだめか。今みりんが飲んだのはあらゆる呪術や魔法による障害を打ち消すと言われる『ディスペル薬』なんだが、これじゃダメとなると。それこそ伝説クラスの『エリクシル』でも飲まない限り治らないかもしれないぜ……」

 ファンタジー物なら多々登場する最高位の回復薬か。ゲームないでは見たことも聞いたこともなかったな。ならば言葉を取り戻すのはまだまだ先になりそうだな。

 「(エリクシルってどうやったら手に入るか分かりますか?)」
 「そもそもエリクシルの製法自体現代では失われているからな。王国図書館の禁書庫になら残っている可能性もあるが、まぁそこんとこは調べといてやるぜ。気長に待ってくれ。後は何か聞きたいことはあるか?」

 『ハハッワロス』に関しては気長に待つとしますか。世界の勝手がわからないからジョーカーさんに任せっきりになるだろうし。紙とペンがあれば特に問題もないしな。軽はずみに出た言葉がすべて『ハハッワロス』なため、相手を煽ってしまうのは問題だが…。
 聞きたいことか。色々有りはするんだが、聞きにくいこともあるからな。当分はこの世界で生きることだけを考えよう。初めに体の動かし方を―――そうだ。空きスペースを貸して貰えないだろうか。

 「(ありがとうございます!…そうですね。どこか体を動かす場所ってありますか?ギルドに潜入するまでの間ちょっと体を動かしておこうと思いまして)」
 「おっ、そうだな。それじゃあうちの訓練スペースを貸してやるよ。暫く誰も使わないだろうし好きに使っていいぞ」
 「(ありがとうございます。使わせていただきます!)」

 本当にお世話になってばかりだ。肩身狭いので何とか恩は返します。
 まずは自身のスペック把握に努めますか!

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第四話【その実の名は】
小説まとめ




posted by あまちゃ at 22:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説

2017年01月02日

『Another Archive Online〜ハハッワロス〜』第四話【その実の名は】

 走る走る走る―――。
 赤と黒の混じった服を着た赤髪の女性の後ろを着いて行く。
 緊急事態だということは分かっているため、MAP便りに辺りの警戒をすることも忘れない。
 ルキス町にいち早く辿り着きたかったが仕方ない。この女性――――ルカ・ルーカスは泣いていたのだから。


 ――――それは朝起きてすぐの出来事だった。
 朝目覚め、身支度をし、ルキス町目指して出発しようとした時、ほんの少しだが焦げるような臭いがした。臭いに気付き、辺りを確認していると視界の奥に一瞬光源が走った。ジョーカーさんの魔法を一度見ていたため、この光源の正体が魔法だと理解にするのに然程時間はかからなかった。
 ――誰かが戦闘している?
 この疑問を解消するため、光源目指して駆け出した。魔法という事は人が使っている可能性が高い。相手はモンスターか人か――――。

 近づいて真偽を判断する間も無く体が動いた。赤髪の女性が小柄な純白のライオン3体に襲われていたのだ。
 まず女性に一番近いライオンを『突進』を使い一気に距離を詰め、そのまま体当たりで吹き飛ばす。体当たりで慣性をある程度殺し、女性の前で剣を抜き身構えた。
 ……斬り飛ばせばよかったな……しかし――このライオンちょっと硬い……?

 「……助かった……?」

 女性の問いに答える様に俺は頷き、剣でライオンを牽制する。現状把握しながら、女性の理解が追い付くのを待った。守りながら戦うとかどう戦えばいいのかさっぱり分からない。ゲームなら多少傷つこうが気にしないのだが、現実だとそうもいかないだろう。先ほどまでの様に女性が自衛できるまで持ちなおれば、各個撃破できるはずだ。
 焦げた木、純白の毛に焦げ目のあるライオン。言わずもがなこの女性が魔法を使っていたのだろう。先ほどの体当たりの感触からして、この白いライオンはちょっと硬い。見た目はふさふさの毛に覆われているが、硬い。これが防御力が高いという事だろうか。さらに俺が体当たりで吹き飛ばしたライオンはキレている。歯をギチギチ鳴らしながら涎を垂らしている。獰猛すぎてやばい。

 「もしかして……あなたがみりんさん?」

 女性の問いにビックリして後ろを向く。もちろんそんな隙を見逃さないライオン。後ろを向いた隙にキレているライオンが跳びかかってきた。だが、体の向き、方向を変えにくい空中というのは視界に映らない範囲において特に無防備になる。もし跳びかかってきたらどう対処するかは考え終わっていたため、その通りに対処する。
 『ステップ』で引っ掻きと噛みつきをブレンドしたような攻撃をしてくるライオンを横に躱し、『スラッシュ』を横から頭に一閃する。硬いと言ってもケンタウロスの石の槍より遥かに柔い、あっさりと頭から切り飛ばした。赤い猪――――レッドモールよりは遅い。まずは1匹撃破!
 その後、女性が持ちなおり、数える間も無く残り2体のライオンを各個撃破した。……跳びかかって攻撃してくるのは種族特有の癖なんだろうか。
 ――――エフェクトが違う?
 今までモンスターの死体には黒いエフェクトが発生し、そのまま消えていた。しかし、このライオンは白いエフェクトが発生し、消えていった。……モンスターによって違うのか?

 「ありがとうございます。助かりました」

 この女性は俺の名前を知っていた。俺の名前を知ってる人なんて今のところジョーカーさん位だと思うんだが……。少し考えていると落ち着きのない女性が再度確認してきた。

 「あの、みりんさんですよね……?」

 再度頷くと―――

 「良かった……!会えた!お願いします!助けてください!ボスが……クウネルさんが!」

 俺の手を取り泣きながら訴えてくる女性。クウネルって確かジョーカーさんの名前だったな。…………悩んでる暇はないな。今なら力がある。助けに行くしかない。それに泣いてる女をほっとくのは後味が悪い。我ながら女に甘いダメ男。
 此方の意図を伝えるために女性の手を優しくほどくとビックリする女性。

 「ダメでしょうか……?お願いします!……な、何でもしますから!」

 ……この女性、俺の名前は知っててもまともに話せないことは知らないのか?しかも何でもって……っくジョーカーさんがピンチっぽいのに妄想が湧き出てしまう。思考を切り替えろ!
 そう言えば――-―お前が「ハハッワロス」しか喋れないことは可能な限り誰にも言うな。いっその事喋れない振りをしておけ。――――とかジョーカーさんが書いてたな。

 「(俺まともに話せないんです。移動しながら話をして下さい。一緒に助けましょう!)」
 「―――は、はい!」

 とりあえずどうピンチなのか話してもらわないと対処しようがないな。

 「(では進みながら状況の説明お願いします。)」


 ――――そして冒頭に戻る。
 要約するとこうだ。この赤髪の女性はルカ・ルーカス、仲間内ではルルと呼ばれているらしい。ジョーカーさんの事をボスと呼んでいることから推測するに、残念ながらお仲間と言うのは盗賊の仲間のようだ。そしてさっきの白ライオンの名称はシルバーレギンと言う聖獣らしい。聖獣と言うのは魔物と違い、人間に敵対せず、時に味方となってくれる存在のようだ。AAOの聖獣にこんな裏設定なんて……あった……だろうか?聖獣や神獣と呼ばれるやつらも結局はモンスター扱いで、ある程度進めたプレイヤーならみんなレベルやスキル上げのために倒してるような存在だ。
 ジョーカーさんも言っていた『クリア』という木の実を探しに精霊の森に入り、同じく『クリア』を狙っているシルバーレギオンと戦闘に入ってしまったそうだ。
 他にも数名精霊の森に入っており、現在シルバーレギンのボスと戦闘中。しかし、魔法があまり効かない為、決定打が打てずジリ貧。そこで探知にすぐれるルカ・ルーカス、通称ルルの出番。ジョーカーさんにルキス町目指して進んでる俺を連れてこいと命令され、急いで探しに向かい今に至るようだ。

 「みりんさん。もうすぐっ!?」
 「ハハッワロス(ぐお!?)」

 ルルさんがジョーカーさんの近くに来たことを伝えようとした瞬間、紅い光と共に爆発音が響いた。咄嗟にルルさんの前に出て熱風から庇う。

 「ありがとうございます!しかしこれは…」

咄嗟の事に足を止めてしまった。なんだこりゃ……。相当でかい爆発だ。『エクスプロージョン』と言う火・風系の爆発魔法でも使ったのかというくらいでかい爆発だ。ゲーム中では魔法の中を突っ切ることもしたが、頭の中で半場現実だと思ってる今はできるだろうか。
 人体の20%ほどやけどをすれば死ぬ可能性大だった気がするが。魔法耐性とやらがどこまで役に立つのか。ゲームの設定上で数千度の魔法くらっても熱いで済んでたもんな。

 「今のはボスの『エクスプロージョン』です!急ぎましょう!」

 今度はルルさんの後ろではなく前を走る。爆発によって戦闘している場所は特定できた。状況を知りたいと言うはやる気持ちを抑えずに全力で走る。そして視界が開けた場所には――――
 大きなクレーター、焼け焦げた森、肩で息をするジョーカーさん。そして……先ほどの爆発を受けたのであろうシルバーレギンのボスは体毛を焦がしながらも、悠然と怒りの表情で佇んでいた。そして一瞬此方を見て、ジョーカーさん目掛けて跳びかかろうとしていた。
 剣を抜きながら『突進』を使い距離を詰め、そのままシルバーレギンに対して『バニシングストローク』を放つ。突進の慣性をそのまま利用し、肉を抉るように強力な突きを繰り出す。

 「guxuaaaaa!!!?」

 呻き声と共に胴体に穴をあけながら吹き飛ぶシルバーレギン。今までになく弾力のある肉を切るような感触だったが、問題なく攻撃が通ったようだ。

 「ハァ……ハァ……助かったぜ……。みりん。恩に着るぜ!それにルルも……良く見つけ出してくれた」
 「ボス……!ご無事で何よりです。みりんさん、ありがとうございました!でも……ここまで強いなんて……」

 ジョーカーさんが無事で何よりだ。この世界で最初から生きている人から見ればすごいんだろうが、ゲーム(遊び)で培った力だからな……。褒めてもらって嬉しくないわけじゃないんだが、複雑な気分だ。

 「他の皆は……?」
 「足手まといになるんで逃がした」
 「全員無事なんでしょうか?」
 「クヒヒッ、まぁ大丈夫だろ。こいつの分身体にやられない程度には強いだろ?」
 「ですね!」
 「だが……まだ終わっちゃいないぜ。あいつは聖獣シルバーレギンのボス。胴体に穴をあける程度じゃ死なない。しかもメンドクサイ事に戦うごとに耐性が付いて行きやがる……ちっもう回復しやがったか!」

 話の流れ的にさっきルルさんを襲っていたのは分身体ってやつかな。エフェクト違ったのはそのせいか。しかし、マジか……。完全に致命傷だと思うんだが、どこのラスボスだよ。体にあいた大穴を緑のエフェクトが覆い、傷が塞がっていっている。
 塞がるってレベルじゃないな。まるで動画を逆再生しているように修復している。

 「ふぅ……みりん!あいつを引き付けてとにかく時間を稼げ!ルルはサポート!それとアレを使うからタイミング合わせろ!」
 「アレを!?了解です!」

 頷きで返事をする。時間を稼ぐ……か。たしかにシルバーレギンの再生力は脅威だが、倒れている敵に攻撃してはいけないなんてルールはない。スキルを連発したら殺せると思うんだが……ここはジョーカーさんの指示に従おう。ゲームの中の世界と違う事がありすぎる。耐性が付いていくという事は徐々に与えられるダメージが減っていくという事か。耐性という奴がどこまで付くのか分からないが、さすがに限度があるだろう。スキルを一定時間おきに使い、ダウンさせ続ける方法でもいい気はするんだが、今後この世界で生きていくことを考えると、別の戦法を試してみてもいいだろう。……相手舐めすぎだろうか。攻撃の矛先を自分だけに向かせるため、剣を収め、右手を突出し、指を曲げ、挑発を行う。

 『挑発』
 「ハハッワロス(かかってこい!)」
 「あれ?……喋れなかったんじゃ?しかもシルバーレギンに向かって『挑発』!?」
 「カァー!面白いぜ!あぁ、ルル。みりんは恥ずかしがり屋なんだ。気にすんな」
 「guuuu」

 どういう説明だよ!フォローになってねえ!
 ……!『挑発』スキルの効果だろうか、体が熱くなる。薄らと赤いオーラが体中を包んでいる。そして同様に、シルバーレギンの体も赤いオーラが包んでいる。共にステータスが上昇している状態だろう。あちらさんは完全に回復し出方を伺っているようだ。『挑発』は互いの防御力と相手の攻撃力を上げ、スキルを発動したプレイヤーに攻撃を集中させるスキルだったはずだ。魔法防御が上がるわけではないから問題ないだろう。たぶん……。また、使用中は武器を装備できない為、素手で戦わなければならない。
 体術スキルも上げてはいるが、ステ―タス上げの為にあげたようなものだ。我流剣術にスキルを組み込んで戦うことはそこそこできたが、体術にスキルを組み込んで戦うことには不慣れだ。剣術もだが、体術自体……効率的な体術ではなくゲームや漫画の真似した見た目かっこいい体術を我流にアレンジしたやつだからな……。だがまぁ……なんとかなるだろう。自分スペックを信じろ!
 深呼吸しろ。気持ちを整えろ。さぁ、ここからが正念場ってやつだ。すーーーー

 「ハハッワロス(はー)」
 「gggggggggg!」

 息吐いただけだろおおおおおおおお!
 咄嗟に腕を十字にクロスして跳びかかりからの右手引っ掻きを受け止める。

 「ひっ!」
 「……ルルが戦ってるんじゃないんだからそんなにビビるなよ。みりんなら大丈夫だ。あいつケンタウロスと力比べして勝ちやがったからな。クヒヒヒ!」
 「す、すみません!…………ケンタウロスと!?」

 そんな褒めないでくれ!照れちゃうぜ!なんて現実逃避もさせてくれないシルバーレギン。
 ……ぐ。やはり現実だが元いた現実と違うな。重いが受け止められる。凶器の様に伸びた爪が腕に食い込んでいるが、あくまで食い込んでいる状態で止まっている。切り裂かれる可能性も考慮して腰のポーチにポーションを挿していたが、使う必要はなさそうだ。体制を変え、噛みつこうとするシルバーレギンに対して蹴りを繰り出す。下から上に垂直に一撃、右足で顎を蹴り上げる。強めに蹴ったためかシルバーレギンの巨体が頭から少し浮かんだ。解放された手で顎目掛けてワン・ツーパンチを繰り出す。
 ――――あぁゲームと違うな。
 ゲームじゃここまでリアルな感触はしなかった。くそっ、なんか怖くなってきた。剣のスキルで殺した時と違う。リアルな手の感触が怖い。あぁくそ!何か分からんが怖い!やはり剣に持ち替えて戦うか?いや……しかし……あぁもう!これはゲーム。これはゲーム。これはゲーム。ゲームと思い込め!ゲームの動きを再現しろ!感触がリアルになるパッチが適用されただけだと思え!

 「gguuuaaaaaa!」

 思考が振れている間にパンチで吹き飛んだシルバーレギンが何らかのスキルを発動し、跳びかかる隙を伺い始めたようだ。体術スキルは攻撃力は低いながらも連続攻撃と防御に特化したスキルばかりだ。なんとでもなるさ!
 意識を切り替え、スキルを発動する。

 『パリィ』
 攻撃を弾くことをパリィと呼ぶ。今までの剣スキルがイメージ通りに動きをなぞることで発動するSemi-Auto-Modeと仮定すれば、このスキルはAuto-Modeと言ったところだろうか。体に無理のない程度に、コンピュータが体を勝手に動かす医療技術。実際にリハビリやスポーツの場では多いに使われている。
 素手の状態でしか使えないが、相手の攻撃を弾き、受け流し、避けるスキルだ。ゲームでは戦闘中はもちろん、あらゆるところで『パリィ』状態で放置する人が見かけられた。放置と言っても中身がいないわけじゃなく、AAOの世界からインターネットに接続し、ネットサーフィンしている人がほとんどだった。『パリィ』スキルが発動するのは威力の低い攻撃のみで、威力の高い攻撃には発動しない。故にシルバーレギン相手にどこまで発動するかはわからないが、発動したら儲けと思えばいい。

 「ハハッワロス(気合入れろおおお!)」
 「gaaaaaaaaaaaaa!」
 「それにしてもみりんさんって結構ハイテンションですね。シルバーレギン相手にずっと笑ってます。……すごいですね」
 「ぶふっ……そ、そうだな。しかもシルバーレギンは人語を理解するからな……」
 「?」

 違うんだが!
 シルバーレギンの右腕を白いエフェクトが包んでいる。……引っ掻き系のスキルっぽいな。単なるひっかきはかすり傷程度のダメージで受け止めることができたが、スキルでダメージ倍率が上がっていることを考えるとただでは済まないだろう。なら受け止める必要はない。犬猫系のモンスターは肩の関節からして下から上に振り下ろす攻撃はできない。攻撃は横か上から来ると読んでいいだろう。腕を振り下ろす前に、いや、腕を振りかぶった直後にスキルを当て、スキルを発動させない。スキルブレイクを狙う。
 体術スキルは攻撃力が低い分、出が速く、発動後の隙が少ないスキルが多い。同じく初動が速く、隙の少ない『スリップ』と共に使われていた。
 跳びかかってくるシルバーレギンの真正面から、走りと『スリップ』でぎりぎりまで間合いを詰める。スキルを発動しても真正面からぶつからないようにするため、少し足と腰を曲げ、シルバーレギンの下側から攻撃できる態勢を作る。ここからが出が速く、連続攻撃に特化した体術スキルの見せ所だ。連続でスキルをイメージする。両腕が白いエフェクトを帯びる。

 『初突』
 体を横に向け、左腕を引き、シルバーレギンの顎目掛けて右手で裏拳を当てる。裏拳を顎に当て、視界を上に向けることで俺を見失わさせる。場所は分かるだろうが、見えると見えないは大分違うだろう。
 『加突』
 引いた左腕を勢いよくシルバーレギンの右肩向けて打ち出し、掌で右肩を打ち抜く。右腕を振りかぶろうとしていたシルバーレギンは見事に体勢を崩し、重力に逆らえず下に落ちようとする。ここでスキルブレイクが成功し、予想外に跳びかかりの勢いを殺すことに成功する。
 『終突』
 体勢を落とし、両足を大地にぴったりつける。左腕を打ち出すとともに引いた右腕でがら空きになった胴体目掛けて正拳突きを行い、固く握った拳で胴体を打ち抜く。弾力のある皮膚に拳がめり込み、スキルが終了する。
 この3つのスキルの流れを『三連』と呼び、三連で確実に殺せる敵に対して使う場合に『三連殺』と呼んだ。
 胴体をへこませながら吹っ飛んでいくシルバーレギン。いや、吹っ飛びすぎだ……。

 「良ーく吹っ飛ぶな。しかし……打撃に対する耐性が付いていないと瞬時に判断するとはさすがみりんだぜ」
 「確かに体術で挑もうとする人なんていなさそうです……ハンマーとかで、いえ、何でもないです」

 なんだかいい意味で勘違いされてるな。体術スキルは攻撃倍率が低いからボスクラスにどこまで効くか分からなかったが、ステータスに差がありすぎるようだ。いや……これ、もしかして力以外にも敏捷がダメージ計算に入ってきている可能性があるな。
 それにさっきは直接殴る感触が怖かったが、もう怖くなくなっている。物事に夢中になると周りが見えなくなる長所(短所)のお蔭か?非現実過ぎるあまりあっさり意識の切り替えができたのかもしれないな。
 シルバーレギンは大きな木にぶつかり、その場で荒い息を吐く。胴体の凹んだ部分を緑のエフェクトが覆い、ゆっくりと治癒していく。が、明らかに治りが遅い。これが耐性が付いていないという事か。

 「クヒヒヒヒヒヒ!それにしてもとんでもないやつだ。ここまで圧倒されちゃあ俺様悲しくなるぜ……」
 「その割には嬉しそうですよ?でも、もう凄すぎて言葉がないです」
 「そうか?これでも結構悔しいんだぜ?しかしまぁ、こいつもこいつで頑丈だな。さすが聖獣。殺す手段が限られてるだけの事はあるぜ。ん、そろそろ良い時間だな」

 気がつくとジョーカーさんの周囲に赤く光る魔法陣のような物が展開されている。魔法の詠唱の合間合間に喋っているのに魔法が中断されていない。なんか違和感のある魔法の詠唱だ。
 ゲームではスキルの説明の欄に詠唱が記されており、詠んだからと言って効果が上がるわけでもなく、呪文を詠むか詠まないかはプレイヤー次第だった。

 「ククク……クヒヒヒヒ!……きたぜきたぜ!さぁ……さぁ……さぁさぁさぁさぁ!燃えろ燃えろ燃えろ!ジョーカー様の特大魔法のお披露目だ!」
 「―――『ファイアシールド!』、みりんさん!離れてください!」
 「『カ・タ・ス・ト・ロ・フィ!』」

 ……は?体が薄い赤い膜で覆われたと思った瞬間、爆音と熱風が体に当たると共に閃光で視界が覆われた。体が熱風に押されながらも、途中で何とか踏ん張り、耐える。……下手したら鼓膜破れる上に失明するんじゃないだろうか。予め言ってほしかった!いや、人語を理解するから言えなかったのか?
 熱風が収まり、視界が回復した後には、大きなクレーターの中心に全身が燃え続けているシルバーレギンが倒れていた。が……まだ死んでない。起き上がろうとしている。ダメージ与えても再生するとかなんかのイベントボスみたいだな。いったいどうやったら死ぬんだ?『カタストロフィ』は炎系最高呪文の一つだったはずだ。俺もスキルレベル5だけど覚えている。剣スキルより基本ダメージ倍率が高いため、俺が与えた剣のスキルダメージから考えると一撃で確殺できるレベルの魔法だと思うんだが……。ジョーカーさんの知力や『カタストロフィ』自体のレベルが低いのだろうか。それとも……。
 体に炎を纏ったシルバーレギンがゆっくりと立ちあが……らない?

 「おーおーおー頑張るな!だが……チェックメイト。満月クリアだ。俺様の魔法で辺りのマナを減らした上に魔陽樹が残ったマナを食らい実をつける。いくら聖獣と言えどマナがなきゃただの雑魚だ」

 マナと言う概念が良く分からんが、話からしてマナは体内だけじゃなく周囲にも存在しているようだな。しかし、魔法を使うと周囲のマナも減るのか。体内のマナは発火装置、周囲のマナはガスみたいなものだろうか。なんか言いえて妙な気がする。魔法について詳しく書いてある本が読みたいな……。

 「お疲れ様でした!ボス!みりんさん!これでクリアが手に入りますね!ってちょっとダメですよ!何猫じゃらしふりふりしてるんですか!」
 「今やらなきゃこんな機会二度とないぜ?」
 「gruu……」
 「それはそうですけど……。でも、これでシンクが助かりますね」
 「おう、苦労して手に入れたんだ。回復したら死ぬまでこき使ってやるぜ!」
 「あはは……」

 俺があげた猫じゃらし……。
 『クリア』は仲間の治療薬か何かとして必要としていたのか?いい子じゃないか。盗賊だが……。 

 「みりん、見ろよ。魔陽樹が実をつける。10年に一度、満月の日にのみ手に入れることができる実だ。高純度のマナの凝縮体でもある。まっ、これを主食としてきたシルバーレギンは大幅に弱体化するだろうがな。クヒヒッ」

 一本の大きな木が青色に発光し、周囲から何かを、恐らくマナを奪っているような感じがする。木を包む青い光が一点に集中し始め、その中心に凝縮される。……これが『クリア』か。青いエフェクトを纏っている。ひどく幻想的な実だ――――――。
 満月のことをクリア、故にその実の名も『クリア』か。……昼間に満月ってどうなっているんだ?太陽は出てる。でも月は確かに満月。日中に満月は見えないはずだが……。月そのものが発光しているのか?まぁ、いいか。

 「よっと!……うし、『クリア』ゲットだな!」

 これで一件落着か。二人ともひどく疲れているがどうするか。念のために護衛するか?それとも当初の予定通りここで別れてルキス町に向かうか?……お二人さんがどこ目指すのか聞いてから決めるか。
 ―-――なんだ!?
 体が引っ張られ――――この感覚は『パリィ』が発動している!?
 『パリィ』スキルにより体が自動的に小攻撃に対処する。
 体の動く向きに視界を走らせると無数の矢が飛んできていた。
 左右の手で弾く、弾く、弾く、弾く――――。矢と二人の対角線上に移動し、二人のほうに飛んできている矢も弾き、落とす。

 「みりん、良く対処した!」
 「3時の方向、数は2です!」

 なんだ!?急に疲れが……。……?スタミナが一気に50以上減ってるじゃないか!『パリィ』スキルが一気にスタミナを使ったのか?…………何が起こるか分からない。一応まだONにしておこう。

 「不意打ちとはいい根性してるぜ!お返ししなきゃな!あぁ、くそ!疲れてる上に周囲のマナほとんどねーんだった!自力は疲れるぜ……『フレイムランス』ε『5連!』」

 ジョーカーさんの周囲に腕より少し大きめのサイズの5本の炎の矢が形成され、矢の飛んできた方向に飛んでいく。5連ってなんだよ5連って!ゲームではなかったがなんかかっこいいな。
 ……今思ったが、なんで周囲の木々は燃えないんだ?先ほどの『カタストロフィ』なんて炎の森と化してもおかしくないと思うんだが、その辺は現実よりゲームよりという事だろうか。焦げ付いている場所はあっても燃えている場所はない。

 「『アイススピア』ε『5連』」
 「『エアスラッシュ!』」

 スキル名が聞こえる距離まで来ている。敵は……白い髪の女性と髭ずらのいかついおっさんか!……剣術スキルって声に出す必要なくね!
 ジョーカーさんのフレイムランスはアイスランスで相殺され、残ったのはいかついおっさんの『エアスラッシュ』、白い剣戟が此方に飛んでくる。こちらもスキルはスキルで相殺だな。
 『衝拳』
 右の掌に白いエフェクトが集まる。下から上に、ボーリングでもするかに様に腕を振り上げる。
 白いエフェクトに拳圧が乗り、高速で駆ける。駆ける。そのまま『エアスラッシュ』を貫通し、おっさんへと向かっていく。

 「ぬぅん!」

 おっさんは抜いていた剣で威力の弱まった『衝拳』を斬り飛ばした。
 そして銀髪の青いローブを纏った美人さんとおっさんと対峙する。

 「クィンエル。手を抜くなよ」
 「……手を抜いては絶対勝てません」
 「ルキス町のギルマスと……どこかで見た顔だな……」
 「俺の立場を知っているか……。話は早い。アーカム港の議員より暴行、強盗、殺人の容疑により生死を問わず連れてこいと緊急依頼がきている。投降してくれると助かるんだが」
 「んー?人を殺した覚えはないんだがな。答えはノーだ」
 「だろうな」
 「あっ!ボス……。恐らくそちらの女性はローザ・クィンエル。ボスと一緒にアーカス魔法学院を首席で卒業した人です」
 「おーおー?……あぁ、そう言えば何度か手合せもしたな……。俺様の全勝だが!」

 ギルマス?略せず言うとギルドマスター?つまり、お偉いさん。たぶんこの世界の警察みたいな人。しかも俺が行こうとしていた町のギルマス。不意打ちされるってことは……もしかして誤解を解くどころか俺も犯罪者認定されてたり?……笑えねえ。
 いや待て、思い込みはよくない。まずは事実確認だ。それにしてもジョーカーさん、暴行、強盗、殺人ってアウトじゃね!あんな指輪使ってたんだ。デブが根に持っているだけなき気もするが……。

 「どうして、そっちの道に?あなたならそのまま色を得ることだって……」
 「かぁー、そういうの興味ないんだ。魔法学院に入ったのは単に知識と力を手に入れる為でしかないんでな」
 「ルカリ……でも……」
 「「納得できない」……か?悪いが、ルカリって言うのも偽名だ。今後はジョーカー様と呼んでくれ」
 「!?……でも盗賊なんてしなくても!」
 「はぁ、俺とお前の道は違うんだ。そっちのおっさん連れて回れ右して帰ってくれないか?」

 なんだか歪んだ青春学園物語が展開されつつあるな。この銀髪の女性……ローザさんか。ちょっと涙目になってるんだが……。互いに主席という事は、ローザさん的には切磋琢磨してきた相手という感じなのだろう。が、相手のジョーカーさんにはすっかり忘れられていた状態。これはきつい。それにしても俺とルルさん、おっさん空気になりつつある。

 「っ!」
 「クィンエル!目的を忘れるな。昔の知り合いだろうが、今は……敵だ。クリアも渡すわけにはいかん。第一、シルバーレギンは共生聖獣だ。敵対は法で禁じられている。破れば抹殺指定が出てもおかしくない」
 「ハハッワロス(ホウデキンシ?)」
 「クヒヒッ!法を笑い飛ばすとは恐れ入るぜ!」
 「さすがです……!私達もですけど!」
 「……先ほどの戦い見させてもらった。お前がケンタウロスを圧倒した男だな?」

 おっさんの視線が俺を貫く……!しかし、返事ができない。ここで不用意に地面に文字を書くなんて真似もジャスチャーで喋れないアピールもできない。……空気を読むことに定評はあるからな。

 「だんまりか。まぁ、いいだろう。依頼には含まれていなかったが、シルバーレギンとの敵対者だ。どのみち放っておくことはできん」

 あぁ、やばい。どうやら犯罪者確定のようだ。知らなかったとはいえ共生聖獣とやらをぼっこぼこにしちゃったぜ……。シルバーレギンが死んでないのがまだ救いか。……死なないんだっけ?しかし、いい年した大人がそんな大事なこと知らなかったで切り抜けられるわけもないしな。記憶喪失でも厳しいか?どこかでボロが出そうだしな。
 どうしてこうなった。いや、これからどうする。

 「やめとけやめとけ。こいつはつえーぜ?お前ら程度が100人いようと勝てねーよ。と言うわけで尻尾まいて帰んな。ほら、ほら、しっしっ」

 なして挑発するし!あぁ……相手さん再び戦闘態勢に入ってしまった。
 二人とも疲れを隠している状態だ。戦わせるのは得策ではないだろう。
 それに相手は人間。モンスターは殺せたが……間違いなく正気の状態で殺すことはできない。こんな世界にいたらいずれは殺すことになりそうだな……。あぁ、なんか鬱になってくるな。
 どうする?
 ジョーカーさんと共に逃げるか?おとなしく投降するか?一人で逃げるか?それとも―――。
 時間がない、どうする?

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第五話【選択】

第三話【ケンタウロスと少女】

小説まとめ






posted by あまちゃ at 15:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説

2016年12月30日

『Another Archive Online〜ハハッワロス〜』 第三話【ケンタウロスと少女】

ん〜、眠いな。
 目を閉じたまま手探りで布団を探すが見つからない。見つからないどころか草と土のようなものに触れている感触がある。何が起こった……。
 ……!思考が追いつき、覚醒する。即座に目を開け、体を起こし、辺りを確認する。地面に寝ていた自分、木に体を預けて寝ているジョーカーさん。となると、昨日の出来事は夢ではなく現実……か。ひんやりとした固い地面に寝たせいで体中が固まっているようだ。遠い過去のおぼろげな記憶にそって準備体操をし、凝った体をほぐす。ポキポキという音を出しながら、ちょっとしたすっきり感が味わえる。結構この一時は好きな人がいるんじゃないかと思う。俺は好きだ。

 「ハハッワロス(ポキポキやな)」
 「……むぐぐ。……早起きだな」
 「(意外とぐっすり寝れました)」

 自然と地面に落ちている木の棒を拾い、挨拶をし返す。むぐぐとは朝の挨拶だろうか、とりあえずむぐぐ返しをする。

 「(むぐぐ。)」
 「むぐぐ?」
 「(むぐぐ。)」
 「?」
 「(?)」
 「どうやら意思の疎通ができてないようだぜ」
 「(俺の勘違いのようです。気にしないで下さい。)」
 「お……おう」

 ですよね。寝ぼけてむぐぐってでちゃっただけですよね。異世界だからといって気を配りすぎか?……今思えば寝る前におやすみって普通に言ってたな。となると朝の挨拶は……。

 「(おはよう!)」
 「あぁ……、おはよう。ったー。体中カチコチだぜ。だから森の中で寝るのは嫌なんだよな。早いとこふかふかのベッドに飛び込みたいぜ!」
 「(今日中につけますかね?)」
 「たぶん大丈夫だろ。この川超えてにもう30キロほど進めばルキス町につくはずだぜ」

 太陽の位置的に西のほうを指さすジョーカーさん。……当たり前すぎて気づきが遅れたが、太陽……普通にあるな……。

 朝食に再びウッドボアの肉を食べ、川を超え、ルキス町という町を目指して進んでいく。川はジョーカーさんが魔法で一部凍らせて、橋を作ってくれました。まじ魔法便利。剣とはいったいなんなんだ。そんなこんなでジョーカーさんと雑談?をしながら進んでいくと変な石を突き出してプルプル震えている女の子に遭遇しました。

 「全身黒……。あ、あなたたちがアーカム港で何か盗んだ人たちで……すか?」
 「くははっ。そいつは悪い冗談だ。いきなりそんなことを言われるとお姉さん傷ついちゃうぜ」
 「う……あう。ごめんなさい。神父さんが言ってたんです。全身黒ずくめの方が隣町のアーカム港で盗みを働いたから注意しなさいって……」

 おいおい、はた迷惑な盗人がちょうどよくいるもんなんだな。全身黒というスタイルは分からないでもないが、盗みはよくないぞ。しかし、この子も一人で森の中に入ってきているようだ。見た目とは裏腹に強いのだろうか。 

 「なるほどなるほど。全身黒づくめのやつらが襲ったのか」
 「はい。しかもものすごく変態で、近づくことすら危険であると…」
 「誰が変態だ!…………ぁ」

 へ?

 「……え?え?や……やっぱりあなたたちが盗賊さんだったんですね!」
 「いやいやいや、待て待てお嬢ちゃん。冷静になれ。上を見て深呼吸だ。綺麗な空を見て落ち着け」
 「……空曇ってます」
 「かぁー。お前からもなんか言ってやれ!みりん!」
 「ハハッワロス(深呼吸だ!)」
 「何言ってんだバカ!」
 「うう……二人して馬鹿にして!二人とも捕まえて自衛団に突き出します!」

 ぐおお。ハハッワロスになってしまう事をすぐ忘れてしまう。っていうかさっきジョーカーさん。変人に反応してなかったか。だぁあああああ。いったいどういうことだ。全身黒ってもしかして、本当にジョーカーさんが盗賊なのか?それとも勘違い?分からないが、ここまで良くしてくれたジョーカーさんを疑いたくない。

 「来て、アザルド!」
 「ちっ、やるしかないか……お!」

 女の子の手に持っていた石が紫の光を帯びる。光が魔方陣を描き、その魔方陣から巨体が現れる。馬の脚、大きな石の槍を持った人間の上半身。まさにその姿はケンタウロスそのものだ。石でできた槍を此方に向け、ものすごく威嚇している。能力的には俺より遥かに下だと思うのだが怖すぎる。俺がプレイしていたAAOにはなかったが、どうやらあれは所謂召喚石のようなもので、召喚獣を召喚できる石の様だ。

 「まさかケンタウロスを召喚するとはな。クヒヒッ、良い召喚獣持ってんじゃねーか!」
 「その通りです!アザルドは強いです。変態さんに負けません」
 「まだ言うかちびっこ!」

 なんという展開。つまりこれはどういうことだ。信じたくはないが、話の流れ的にジョーカーさんは隣町とやらのアーセム港で何かを盗んだ。そしてジョーカーさんと一緒にいる俺はその仲間だと思われている。何かを盗んだとしても変態に反応してばれるってどうなんだ。しかもケンタウロス召喚されてから顔色変わってるぞ。めっちゃ笑顔だ。

 「みりん。あっちはやる気みたいだぜ。このままだと俺たちは冤罪でとっ捕まっちまうってわけだ。お相手してあげなきゃな!」

 その言葉を信じていいのか分からないが、俺は間違いなく何も盗んじゃいない。一度捕まってしまうと冤罪コースまっしぐらにいってしまう可能性は十分にある。まずまともに話を聞いてもらえる状況にもっていかねばなるまい。つまり、こちらが優位な状況に!

 もしジョーカーさんが盗賊だったらそれはそれでショックだが、俺の守備範囲は広いうえにゲーム中では女盗賊というのはよくある設定だ。すんなり受け止めてしまいそうな自分がいる。

 「いってアザルド!」

 日本で生活していれば暴力沙汰なんてめったに起こらない。精々口げんかで終わるのが大半だ。ゲームの中では無双していた俺も現実じゃそうはいかない。森の移動の中でこの俺のアバターみたいなのに体がなじんではきたが、イノシシもどきを殺したとしても戦闘に慣れた訳じゃない。ステータスとスキルに頼った攻撃で殺しただけだ。
 女の子たちの手前、顔に出さないようにしているが、恐怖心が隠し切れない。しかし、恐怖心のほかに不思議な高揚感もある。心象が動作に影響を出す。自由に体を動かすことができるかどうか分からない。攻撃は余裕を持って対処しよう。
それはそうとしてジョーカーさん。物凄く嬉しそうな笑みを浮かべているが、何故この場面でそんないい顔してるんだ。

 「あの人達を捕まえるから動けなくして!」

 おおおおおおお!と雄たけびを上げながら突進してくるケンタウロス。巨体の突進は圧迫感がやばいな。とか考えてる暇はない。明らかに捕まえる気ないだろ!これは死ねる。いや、スペック的に死なないと思うが、一般人だと絶対死ぬ。体がでかいだけあって迫りくる圧迫感というものは恐怖心を駆り立てる。迫りくる問題はどう対応するかだ。

 相手が捕まえると宣言している以上、死に至るような過剰な攻撃はしてこないはずだ。
 それにいざとなれば木々に囲まれている場所に逃げればケンタウロスさんは動けないはずだ。

 さすがにジョーカーさんにケンタウロスと戦わせるわけにはいかないだろう。俺が相手をしなければ。そして、ケンタウロスを足止めしている間にジョーカーさんがあの女の子を封じ込めてくれれば、ケンタウロスも攻撃をやめるはずだ。俺はケンタウロスの石の槍に対応するために剣を抜き、防御と回避に専念することにした。こちらの意図を書いて説明している暇はない。剣を抜き、ジョーカーさんに目で訴える。

 「ハハッ!やる気だなぁ、みりん!いいぜ。お前の戦い見せてくれ!」

 ―――ちげーよ!

 時間は待ってくれない。雄叫びを上げてこちらに向かってくるケンタウロスは右手で石の槍を持ち、前に突き出している。

 ―――とりあえず防御に専念する!

 向かってくるケンタウロスの石の槍による突きを持っている剣で横から弾き、同時に『ステップ』を使い余裕を持って槍を持っている手とは逆の位置に移動し、巨体を使った『突進』を回避する。
 避けられたケンタウロスはそのまま体を横に向けながら石の槍を横に一閃してきた。その攻撃も視覚できた俺はしゃがみこんで石の槍を避け、さらに折り返して迫りくる石の槍を斜めに剣を構えることで上に受け流す。
 体をうまく回転させながら石の槍で攻撃してきたケンタウロスは俺に後ろを見せていた。
 相手の隙なのかと思ったのは一瞬、ケンタウロスは体を一瞬屈め、地面が抉れるほどに前足で強く地面を蹴り、後ろ足で蹴り飛ばそうとしてきた。ドッ!という音とともに強力な蹴りが向かってきたが、流れに逆らわず後ろに跳びながら何とか剣の腹で蹴りを受け止め、吹き飛ばされながら相手との距離を確保した。
 強力な蹴りだったと思うのだが蹴りを受け止めた手にたいした痛みはない。

 「うそ……!」
 「こいつはぁ予想以上だぜ。たまらないなァ!」

 この間何秒だ!とツッコミを入れる間もなく、身体が自ずと反応する。格段に上昇している動体視力のお蔭で、相手の攻撃も良く見えるためか対処できる。恐怖心よりも先に体が興奮しているのが分かる。あんなでかぶつ相手に対処できているという結果が何とも言えない興奮を産んでいるようだ。

 ケンタウロスが姿勢を正し俺と睨みあうこと数秒、再びケンタウロスが突進してきた。
 今度は先ほどよりも走ってくるスピードが遅い。
 ゲームとしてプレイしてた頃と同様に、攻撃は横から剣を割り込ませるようにして弾く。弾き、避ける。この動作を繰り返す。そして再び弾く。何度目だろうか。自分の動きとゲーム中の動きがマッチし始める。弾くたびに、避けるたびに体がなじんでくる。体が、頭が熱くなってくる。高揚が止まらない。自ずと言葉が出てくる。たしかに―――

 「ハハッワロス(たまらない!)」 

 再び石の槍を横に薙ぎ払い攻撃してくる。今度は敢えて真正面から石の槍受け止めた。一瞬火花が散り、手に衝撃が走るが、受け止めることができた。
 鍔迫り合いの様な状況が続いたが、全く力負けをしていない。押し返そうと思えばいつでも押し返し、攻撃に転じることだって可能だ。
 力では勝てないと悟ったのか、今度はケンタウロスが後ろに跳び距離をとった。敢えて俺は追撃をせず、相手の動向を見守った。

 「アザルド!……負けないで!」
 「クハハッ!」

 女の子の声援を受けたケンタウロスは体を少し屈め、左手を前少し突出し、石の槍を持った右手を後ろに引き、攻撃体制を作っていた。明らかに『突進』と突きによる攻撃だ。それとも突き系のスキルだろうか。
 ケンタウロス系が持つ攻撃スキルで思い出せるのは『オーラストローク』名前の通りオーラを纏った突きだ。ゲーム内では威力もそこそこ高く、範囲攻撃だったため使い勝手が良かった。そして、発動後は相手の後ろに回り込んでいるというスキルだった。範囲攻撃の欠点としてありがちなクールタイムはもちろん長い。そのため連発することはできないが、かなり優秀なスキルだったはずだ。俺もまだレベルはそれほど高くないが覚えている。
 ケンタウロスが突進し始めた瞬間、右手に持つ槍全体を白色の光のエフェクトが覆っていた。

 ――やはりスキルか!

 通常攻撃や『突進』スキルならなんの問題もなく対処できそうだが、完全な攻撃スキルとなると未知数だ。
 ケンタウロスが使うスキルなので『オーラストローク』の可能性が高い。しかし、実際どんな攻撃なのか分からないので防御するより避けに徹するほうがいいだろう。
 足に力を籠め、いつでも『ステップ』が使えるよう身構えた。

 ケンタウロスが向かってくる。何も真正面から迎え撃つことはないのでケンタウロスの動きに注意しながら横に移動した。
 しかし槍から出る白いエフェクトが強くなったと思った瞬間、向きを完全に此方に変えたケンタウロスが槍を突出し目の前に移動していた。

 ――予想以上に速い!

 俺は『ステップ』を使用し、攻撃を避けようとしたが、ケンタウロスは上半身だけをうねり、右手を更に突出し、光のエフェクトが発生している石の槍を突きだしてきた。

 『ステップ』は高速で移動できるスキルだが、一直線に大股で2歩分程度しか移動できず、更にスキルに1秒ほどのクールタイムがあるせいか、連続使用はできなかった。そのため、『ステップ』を使用し攻撃を避けることはできなかった。
 これ以上下手に避けても戦闘慣れしていない俺では攻撃を食らうと判断し、ケンタウロスではなく石の槍を標的とし、攻撃することを選んだ。
 『スラッシュ!』
 頭に移るのは相手の石の槍に対し、真正面から斜め下に断ち切るイメージだ。
 俺はイメージを体でなぞった。右手に持った剣を左肩に乗せるように引き、そのまま石の槍の先とぶつかるように右斜め下に振り下ろした。
 青いエフェクトがヴォータルソードを纏い、白いエフェクトを纏う石の槍にガンッ!という音とともにぶつかった。
 拮抗は一瞬……ヴォータルソードが石の槍を粉砕した。

 「うそ……」

 ケンタウロスはスキルの反動のためか俺の前を通り過ぎ、そのまま呆然としている女の子の元に駆けて行った。どうするつもりかと思った直後、ケンタウロスは女の子を抱え、森の中へ消えて行った。

 「ハハッワロス(ちょっと待った!)」
 「あ〜あ、逃げられちまったぜ。残念残念。だがいいさ。アレもなかなか良かったが、お前はもっと良い!」

 もちろん俺の言葉で止まってくれるはずもなく。ジョーカーさんに至ってはもうどうでもいい感じだ。
 ひとまず昂ぶった体を鎮めるために大きく息を吐きながら剣を収めた。
 最初は恐怖と興奮が入り混じっていたが今は不思議な昂揚感しか残っていない。SRを初めてプレイした時のような感覚だ。それに……身体が勝手に反応してくれる。そして身体に思考がついてくる。ゲームでの戦闘経験が無駄になっていない。さすがSRゲーム。ゲーム内の立ち回りで、ここまで戦えるとは思わなかった。どう考えてもゲームと現実じゃ違いが出る。が、身体機能、スキルという概念さえ加われば現実でもゲームと同様の動きができるということだろうか。
 それに、武器破壊ができた。ゲーム中では武器の耐久度はあまり重要視されていなかったが、この世界では重要かもしれない。
 しかし間違いない。もしかしてというレベルじゃないだろう。さっきの発言といい、ジョーカーさんは盗賊だ。というかもう隠す気ないだろう。あの子には誤解されたままだし前途多難だ。

 「全く。みりんのせいで昂ぶりすぎたぜ。……ふぅ。もうわかっちゃいると思うが俺はあのちびっこの言う通り盗賊だ。で、どうする?」

 単刀直入だな!確かにそんな性格をしていそうだが、どうするか。ジョーカーさんが盗賊ということは分かった。だが、嫌いになれない。可愛いからか?まだ出会って一日も経っていないが、心細い中一緒にいてくれたからか?もしかして惚れてしまった?……分からん。

 「おいおいそんなに悩むなよ。ジョーカーさん困っちゃうぜ。敵となるか味方となるか。2択だ。簡単だろ?」

 やれやれだぜみたいなポーズはやめてくれ。
 急展開についていけないんだよ!しかしどうしてこんな時期早々にカミングアウトした。ごまかし続けていれば、疑念は残るが先ほどまでの関係を続けていられただろう。少なくとも町に着くまでは……。
 ジョーカーさんを嫌いになれない。つまり、敵になりたくない。これは間違いない。かといって盗賊の仲間入りなんてするのも嫌だ。それに何を盗んだんだ。いや、そもそも何故盗んだんだ?

 「お?何だ何だ?」
 「(いくつか聞きたい。何を何故盗んだんだ?そして、どうして俺を仲間に入れようと思ったんだ?)」
 「質問に質問で返すのはマナー違反だぜ。まぁいい。いきなりだしな。盗んだのはラヴァーの指輪。理由は持ち主が気に食わなかったから。仲間に入れようと思ったのはみりんが気に入ったから。これでいいか?」

 気に入ったとか言ってくれるのは正直照れるな。可愛い子に必要とされるのはぐっとくるものがある。持ち主が気に食わなかったから指輪を盗んだか。何故指輪を……ファンタジー世界特有の特殊効果でも指輪についているのか?

 「(指輪に何か効果でもあるのか?)」
 「よく気づいたな。あぁ……、あるぜ。志向性を定め、特定の異性を魅了するって効果がな。こいつの持ち主。あのくそデブが俺様に使ってきやがったからな。イラついて盗んできたぜ」

 おいおい。それ盗まれて文句言えないんじゃないか。指輪で無理やり惚れさせて手籠めにしようってしたってわけか。そのデブ死んだほうがいいんじゃないか。それにしても魅了か。確か、一部の女性型モンスターは魅了スキルを使ってきたな。サキュバスとかサキュバスとかサキュバスとか。AAOではプレイヤーはもちろん女性型モンスターに対してエロいことができないようになっていた。触ろうとすると謎の障壁で阻まれるのだ。攻撃は通るが触れない。きっと多くの男が運営に対して何かしら理由をつけて触れるようにするべきだと要望を送ったに違いない。別にエロい事したいわけじゃないが、現実性を出すためにいたしかたなく触れるようにするべきだ……とかな!しかし、相手の攻撃でこちらを触ってくるのは問題ないようで、防御をがちがちに固めた多くの人間が、サキュバスに殴られにいっていた。今日もサキュバスにいじめてもらうスレとかいうのもあったはずだ。

 「だからあのちびっこも知らなかったろ?何を盗まれたか。どんな指輪が盗まれたか大っぴらにできるもんじゃない」
 「(そのデブは偉い人なのか?)」
 「アーセム港、港を牛耳るお偉いさんの一人さ。この指輪で今まで何人も女を使っていっただろうぜ」

 なんというデブ。死んだがいいデブ。ああくそ。自分には関係ないことだったのに無性にそのデブにイラついてきた。

 「いつもなら気づかれずに盗むんだがな。デブをぼこぼこにしてたらなかなか凄腕の警護隊が来てな。今に至るわけだぜ」

 すっきりしたぜとでも言いたげな顔をするジョーカーさん。デブをぼこぼこにしたのか。それはすっきりする展開だな。思わずグッジョブ!と手で合図を送る。そしてそれに答えるジョーカーさん。まさかグッジョブも通じるとは思わなかったが、今ここに友情は作られた。ん……?志向性を持たせて、異性を魅了する?

 「(もしかしてその指輪今俺に使ってたりします?)」
 「だめだろうか?」

 キリッとした顔でだめだろうか?なんて言ってもだめに決まってんだろ!だああああああ。もしかして俺がジョーカーさんを嫌いになれないのはこの指輪のせいなのか?

 「まぁ安心しろ。俺と一緒でみりんも魅了に対して抵抗があるみたいだからな。本当にこの指輪が効いてるなら今頃俺様の椅子になってるぜ」

 女王様プレイ!?いや、冗談は後にして、言われてみればそうなのかもしれない。しかし、ジョーカーさんに対して気持ちが揺れてるのは間違いない。だが、この気持ちが魅了のせいなのかどうなのか。俺では判断がつかない。

 「別にいらないが、せっかく盗んだんだから使ってみようと思ってな?使ってみたわけだぜ。ここまで効果がないとは、やっぱり欲しいものはこの手で手に入れろってことかね」

 使っちゃだめだろう。俺が手に入れても使わない……と思います。俺を欲しいとか言いながら流し目で俺を見るのはやめてくれ。すげードキドキします。
 俺の気持ちはどうであれジョーカーさん的には俺が欲しいということか。お…………仲間として!
 冷静に考えてまだ会って半日程度の中だしな。戦闘能力目当てくらいしかピンと来るものはないし、仲間だよな……。別に悔しくなんてないぜ。

 「(盗賊の仲間にはならないけど、敵になるつもりはありません)」
 「2択って言ったんだがなぁ。残念だぜ。本当はもう少し一緒にいたかったんだが、そろそろ時間の様だぜ」

 時間……?ジョーカーさんがそのまま口笛を吹くと足に手紙を付けた青い小鳥がジョーカーさんの肩に降りてきた。手紙を読むとジョーカーさんは俺に背を向けた。俺の答えはNoだが、Yesではない。どう受け取ったのだろうか。どっちにしろお別れか。なんだか寂しくなるな。もうどこかに行かなきゃいけないというのが分かっていたから、自分の正体をばらして仲間に引き入れようとしたってとこなのか。

 「みりん、お前のことは保留にしとく。次会うときはいい返事を期待してるぜ?そういうわけでここらでお暇させてもらう。またな、みりん」
 「ハハッワロス(期待しないでくれ)」
 「次会う時までにちゃんと喋れるようになっとけよ!」

 そう言うとそのまま肩にとまった青い小鳥をなでながら森の中へと入っていった。またなと言ってくれたことが何故かすごくうれしい。これがカリスマってやつか……!?……ん?はらりと手紙のようなものが一枚目の前に落ちてきた。
 すぐさま拾い、確認する。……手紙だな。いったいいつ書いたんだ。

 ―――みりん、お前が「ハハッワロス」しか喋れないことは可能な限り誰にも言うな。いっその事喋れない振りをしておけ。以上。 ジョーカー様より

 女の子らしい丸文字だな……。ニルマ語と言っていたがどう見ても日本語だ。それにどうせなら肝心の理由を書いて欲しかった。
 盗賊だから良い人とは言えないが、俺に害があることをわざわざ書かないだろう。
 それに間違いない。彼女たちはプレイヤーでもNPCでもない。自分と同じでスキルなんてものが使えるが人間だ。AIでもあそこまで自然と行動する人格を形成するのはたぶんまだ不可能だろう。ここ30年で月に移住まで成し遂げるほどの急激な技術革新も起きているし、裏では作られてるかもしれないが……。

 ふぅ。ジョーカーさんも行ったことだしルキス町を目指すとするか。……ん。やべえ。あの女の子どうなったよ。町に帰ったらたぶん、いや間違いなく警察的な人たちに伝えるだろう。誤解うまく解けるだろうか。……悩んでいても変わらないし進むしかないか。




 ……1時間くらいたっただろうか。迷った。見事に道に迷った。ケンタウロスと戦闘した後ちょっと道があやふやになったんだ。かといって去りゆくジョーカーさんを引き留めるのはカッコ悪いと思い、おぼろげな記憶をもとに進んでるんだが、迷った。変な意地を張るんじゃなかった。太陽の位置的に西の方だったはずなんだが、太陽が大分真上に来ていて西がどっちかわからない。
 そのまま時の経過とともに日が傾き、ようやく西の方角が分かった。分かったところで西に歩を進める。

 この辺の敵なら後手になってもなんとかなるだろうと考え、あまりMAPを注視せずに進む。何度もちら見るのは意外と疲れるんだ。そして今後の事を考える。
 あり得ない話なんだがこの世界に俺は生きている。ウッドボアと戦った後も直感でそう感じたがもう間違いない。ログインしているとかじゃなく生きている。まだ1日も経ってないが強制ログアウトも起きなければ、SR-Watchもついていない。知覚できる情報は現実と言って間違いない。さらには出会った女の子たちの反応も人間の反応だ。もう、なんて言ったらいいか。何度も何度も同じことを考えてしまうが、最後にはこの思考に辿り着く。この世界は現実だ。
 となるとこの世界で生きていく、か……現実ではどうしてたっけ。会社に行って、帰って来たらAAOにログイン。休みの日はぶっ続けでログイン。たまの祝日は親父の顔見に行って一緒に酒飲み。……ダメ人間じゃねえか。女の子が登場してないって言うのはどういう事だ。現実のこと考えるのはやめよう。つらくなるっ。むしろこの世界に来てよかったとか考えてしまったわ。

 その後も、たまにMAPをちら見ながら進んでいた。変な植物やもっふもふのたぬきみたいな動物に気を取られていたため、進行ペースはだいぶ遅かった。もっふもふのたぬきみたいな動物はMAP上で青色の友好マーカーを出していたので近づいてみたが、あっさり逃げられてしまった。
 そしてふとMAPを見ると、今度は赤い草のようなマークが映っているのに気付いた。こんなマークはゲームにはなかったけどどうしたものか。赤色はモンスターの色だが草のマークというのが気になり、MAPを頼りに草のマークの場所に近づいてみた。

 進んでみると赤い草が生えているのが見えた。
 これは……薬草(赤)か?
 このゲームには『薬草学』というパッシブスキルがあり、スキルレベルを上げることでどの草が薬草として利用できるのかが一目でわかるスキルだった。もしかして『薬草学』スキルを上げていることでレーダーに赤い草のマークが映ったのかもしれない。

 試しに赤い草に触ってみると『薬草(赤)を収納しますか? はい/いいえ』という選択儀が出てきた。ビンゴだな。すぐさま『はい』を選び『薬草(赤)』を収納した。
 『薬草(赤)』は生命力系のポーションを調合する際に必要な材料アイテムだ。

 俺は手当たり次第に『薬草(赤)』を触っては収納し、触っては収納した。
 回復魔法が使えない今、これはありがたい。町でポーションを買うにしても町によっては『ポーション(小)』しか買えない町もあったし、会話ができない状態では筆談で店主と交渉するしかない。

 ゲームでは薬草は抜いてから1日経過することで生える設定になっていた。ゲーム内では1日の設定は3時間だったが、この世界ではどうなっているだろうか。
 ポーションはいくつあっても困ることはない。そう考えた俺は剣で木に目印をつけながら、MAP頼りに辺りを捜索した。そして、順調に『薬草(赤)』を収納していった。その後も採取し続け、……日が暮れ始めたころにはアイテム欄に『薬草(赤)×27』とあった。
 ルキス町を目指していたはずがいつの間にか薬草採取に目的が入れ替わってしまった。もうちょっとだけ採取、もうちょっとだけ……のつもりだったんだが、過ぎたことはいたしかたあるまい。
 ゲーム内で簡単に手に入るものは現実だと手に入れにくかったりもするだろうし、薬草抜き職人としてだけでも最悪生活していけるかもしれんな。

 今日はこの辺りで野宿しよう。といっても今度はジョーカーさんがいないため、『オートクレイム』という辺りを警戒してくれる便利な魔法がない。そのため、何か対抗策はないかとアイテムをいろいろ取り出して考える。
 結果、『大きな黒檀テーブル』を5つ取出し、自分を囲う様に縦に並べ、その中で夜を明かすことにした。AAOでは自分の家をもつことができる。このテーブルは本来家に設置するための家具アイテムだ。本来家の中と一部の場所でしか取り出せないはずだが、この場でも取り出すことができた。
 日の落ちた森の中でできることと言ったら思考することくらいだが、頭も大分疲れていたため、真ん中で暖を取り寝ることにした。

 ――――明日こそはルキス町に!




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小説まとめ





posted by あまちゃ at 16:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説

2016年12月29日

『Another Archive Online〜ハハッワロス〜』 第二話【黒衣の少女】

 森の中を歩き続けて数分が経っただろうか、太陽が真上から西に傾き始めている。良く分からない森の中で野宿なんていう事はできるだけ避けたいところなのだが……。
 歩きながら考える。
 ポーションの効果を検証した時に剣で指を少し切ったが、血も出ていて中の肉も少し見えていた。
 つまりゲームのように生命力が減ろうと全力で戦えるなんていうのは無理な話だということだ。現実世界と同じように怪我をする。生命力だけ減るなんてことは起こらないのだ。

 モンスターと戦うことになったとして俺はそいつを殺せるのだろうか、間違いなくグロ注意な光景になってしまう。
 それ以前にいくらモンスターとはいえ生き物を殺すことができるのかということだ。頭に血が上って興奮しているときなら問題ないだろうが、ある程度平静を保っている状態で殺すことができるだろうか。こればかりは一度モンスターと相対してみないと分かりそうにない。

 剣での素振りやスキルを使ってみた感じからすると、現実世界の熊とかライオンとかなら襲いかかってきても一撃で殺すことができると思う。
 問題は俺がそのグロ注意に耐えられるかどうかということだ。俺の攻撃方法は剣、つまり近接攻撃だ。相手を切る感触が手を通して伝わってくるに違いない。

 ゲームの中では敵を倒すと数秒後、少しの黒い光のエフェクトとともに消えていき、ドロップアイテムをランダムで落としていった。
 それと同様にモンスターを殺したとしても数秒後には死体も返り血も消えてなくなればいいのだが、遺体そのまんま、返り血そのまんま、ドロップアイテムを手に入れるには遺体から剥ぎ取ってねという展開はご遠慮したい。

 こればっかりは実戦あるのみで考えていても仕方ない。俺は『マップ』をイメージし、レーダーを注意深く確認しながら進むことにした。
 さらに森の中を歩き続けて数分、レーダーに赤い点が映った。初戦闘になるかもしれない、どんな相手が出てくるか分からないが最悪逃げよう。

 自分に活を入れ、ヴォータルソードを鞘から抜き、森の中を注意深く見まわした。
 森の一点に黒い体毛が見えている。距離は大体30mといったところだろうか、つまりレーダーの感知できる範囲は半径30m程度ということだろうか。
 モンスターを殺すか殺さないかの瀬戸際なのにえらく落ち着いて思考することができる。自分が死ぬイメージがわかないからだろうか。
 これなら躊躇なくモンスターを殺すことができるかもしれない。

 襲ってくる気配はない。此方に気付いてないのだろうか。ゆっくりと近づいてみることにした。しかしなかなかでかい。頭隠して尻隠さずという状態だが2m位はありそうだ。
 徐々に距離を詰めていくと、相手がこちらに気付いたようで姿を現した。
 ゲームでは相手の名前と生命力ゲージを見ることができたのだが、見ることはできないようだ。出てきたモンスターはイノシシっぽい奴、ゲームの中ではなんとかボアという名前だった気がする。

 ボア系のモンスターは初心者や魔法使い泣かせと言われている。
 ボア系モンスターは『突進』スキルと通常攻撃でしゃくりあげのような攻撃しか使ってこないが、突進し始めたボアを殺しても、死体が数秒残るように、当たり判定も数秒残っている場合があるのだ。そのため、敏捷をあげていないプレイヤーや魔法使い特化のプレイヤーは移動速度が遅いので避けきれず、殺したのにダメージを食らって死ぬことがある。

 攻撃を受けずに済む倒し方は、相手が突進してきたら左右どちらかに避け、スキルを叩き込むことだ。
 お見合いしたかの状況が数秒続いたが、イノシシもどきが耐えきれなくなったのか予想通り突進してきた。
 『突進』し始めると小回りは効かないと思うので、ある程度近づかれたら左右どちらかに避けスキルを叩き込む。この距離とスピードならステップのスキルを使う必要はない。
 ブヒィ!という雄叫びとともに突進してきたイノシシもどきを左に余裕を持って避け、相手の後ろを追いかけるようにして『スラッシュ』を放った。
 イメージの通りに右手に持ったヴォータルソードを左肘に引き付け、遠心力を使いながら切り払う。
 同時に青いエフェクトが発動し、イノシシもどきをまるで鋏みで紙を切るかのように綺麗に横に両断した。
 吹き出る血、なんか色々臓器のようなものも見えるが、剣圧のお蔭かあまり返り血はかからなかった。

 「ハハッワロス(気持ち悪い)」

 げんなりしながらグロ注意のイノシシもどきを眺めていると、黒いエフェクトと共にイノシシもどきの死骸は消え去った。消え去ると同時に返り血も綺麗さっぱり消えていた。消え去った場所には、お肉ですよ♪といわんばかりのスイカくらいはありそうな生のお肉が転がっている。
 モンスターを殺しても死体はちゃんと消えることに安堵しながらドロップアイテムであろうお肉を触ってみた。
 触ってみると『ウッドボアのお肉を収納しますか?はい/いいえ』というディスプレイが表示された。イノシシもどきの正式名称はウッドボアという名前のようだ。『はい』を選択すると、白い光のエフェクトと共に目の前にあったお肉はなくなった。『アイテム』を見てみると、たしかに『ウッドボアのお肉』が追加されていた。

 初戦闘を無事に切り抜け、少し気持ちが楽になった。
 意外なことにモンスターを殺したことによる罪悪感なんてものは欠片もわかなかった。
 見た目はイノシシだったのだし、多少はあるかと思っていたが時間が少し経った今でも特に罪悪感はわいてこない。

 分かったことは、モンスターは死亡するとゲーム同様消えてなくなる。でも消えるまではグロ注意。
 モンスターのドロップアイテムに触るとアイテムとして収納するかどうかの選択肢がでてくる。といったところだろうか。
 そしてもう一つ理解したこと、それは―――

 ―――ここはAAOの世界の概念がある現実だ。

 直感的にそう思った。起こっている現象の中に否定する材料はない。
 だからと言って今すぐ何かが変わるわけでもないが、ここは現実で、俺は今ここに生きているということだけ心の奥にしまっておこう。 

 ウッドボアがどれだけの強さに位置するのか覚えていないが、強さの違いすぎる敵がぽんぽんでてくるなんてことはまずないのでこの森の中では戦闘になっても問題ないだろう。
 中にはボスモンスターやユニークモンスターと言った同じマップの中でも飛びぬけて強い敵というのもいるが、先ほどのウッドボアの雑魚さ位からすると出てきたとしても問題ないと思われる。

 グロ注意の光景で少し気分が悪くなったが、実際モンスターを殺しても特に罪悪感が湧かなかった事や、この身体スペックならそう簡単に死ぬなんてことはないだろうという考えから気持ちは少し楽になった。
 一通り思考を終えると、歩きから走りに変更し、森の中を駆けていくことにした。

 適当に動いても迷ってしまうので、小道を優先して歩き、ある程度進んだら剣で木に傷を作ることにした。
 『マップ』を出し、時々確認しながら進む。
 この世界でのモンスターとの遭遇は未だにウッドボアのみ、そこそこ移動した様な気はするんだが……。
 そこはゲームと違うと言うべきか、ゲームでは倒しても倒しても一定時間ごとに敵がポップしていた。
 しかし、この世界でそんな気配はない。
 モンスターはいったいどうやって生まれているのだろうか。
 普通の動物と変わらず、オスとメスがいて初めて子を産むのだろうか。
 分からないことだらけだ。

 『マップ』に赤いマーカーが映ったので剣を抜き、身構えた。
 再びウッドボアが登場するのだろうか。強いモンスターが出て殺されそうになったらどうするか。
 死んでしまったとしても課金アイテムであった『復活の羽』を使えば、ゲーム同様全回復して復活する可能性はある。
 『復活の羽』は死亡した時に使うことができるアイテムで、経験値−5%のデスペナルティーなしで5秒間の無敵時間と共に全回復して復活するアイテムだった。
 この『復活の羽』を使うことができれば、確かに死亡を回避することができるかもしれない。しかし、普通に考えると死亡したらアイテム使えないだろう。 

 俺は念のためにアイテム欄でいつでもポーションを取り出せるようにした。
 またウッドボアのようなら、わざと攻撃を受けてみてダメージの減り具合を見てみよう。

 『マップ』に映る赤いマークの方向に歩を進めると、そこには再びウッドボアが草をもぐもぐしていた。
 今度の奴は前の奴より大分小さい。検証にはうってつけだろう。
 『ステータス』を呼び出し、自分の生命力を確認する。満タンの698/698だ。相手の攻撃でどこまで減るのか。
 俺はウッドボアに聞こえるように叫んだ。

 「ハハッワロス(かかってこいよ!)」

 まぁ、分かっていたんだけどね。

 ウッドボアは俺に気付き、朝食の邪魔をされたことを怒っているのか、ブヒィ!ブヒィ!とその場で鳴いている。
 来ないのならこちらから切りかかってもいいのだが、それだとまた一刀の元に切り捨ててしまう。攻撃するにしても別のスキルを試してみよう。

 ウッドボアは警戒しているのか、なかなか襲いかかってこなかった。
 仕方なく隙を見せるためにその場に座り込んでみると、ウッドボアはブヒィ!と言いながら『突進』してきた。
 俺はすぐさま立ち上がって、剣を鞘におさめた。
 両手をクロスし、真正面から『突進』を食らってみることにした。
 痛いかもしれないというのに、大型犬ほどの大きさのあるウッドボアが迫ってきているというのに、恐怖心はあまり湧かなかった。
 そして―――ドシン!という音とともにウッドボアの『突進』を受け止めた。
 やはり色々おかしい、『突進』を受け止めたというのに俺はその場から少し後ろに押されただけだ。
 痛みはほとんどない。少し衝撃があったくらいだ。 
 突進を受け止めた状態で『ステータス』を頭に浮かべ、生命力を確認する。生命力を確認すると696/698と、わずか2しか減少していなかった。
 これなら何発くらおうと大した痛手じゃない!

 実際攻撃を食らってみて、大したことなかったことが俺を安心させた。
 そのまま暴れるウッドボアを軽々と持ち上げ、少し離れたところに放り投げた。
 345という力でこれほどの事ができるのか。
 人間の初期ステータスはALL10から始まる事を考えるとありえないことじゃない……のかな?

 放り投げたウッドボアはブッヒュイ!と鳴き、再び『突進』してきた。
 さっきは両腕をクロスして防御する形でウッドボアの『突進』をくらった。だから、今度は無防備な状態で突進をくらってみることにした。
 しかし、今度は怖い。
 受けるダメージ的には問題ないと思うのだが、無防備で攻撃を受けるという事に体が恐怖する。
 無意識に反応してしまいそうになる体を、拳を強く握りしめることで抑えた。
 そして再び―――

 ドン!という音とともに俺は数歩仰け反った。
 これもまた予想外だ。
 さすがに小柄とは言え『突進』を何の構えもせずに受ければ吹き飛ばされると思ったが。
 ウッドボアはそのまま俺の脇下を通り抜け、今度は自ら距離をとった。
 改めて『ステータス』から生命力を確認してみると、692/698とさきほどより2多いダメージをくらっていた。

 無防備で攻撃を受けてもどうという事はなかったため、その後も何度か攻撃を食らってみた。 
 クリティカルとかそういう感じはなかった。
 やはり攻撃を受ける場所や体勢によってダメージは変動するようだ。
 手をクロスして防御するようにして攻撃を受けると、ダメージは2~3。
 無防備で攻撃を受けると4~6のダメージをくらっていた。

 スタミナがなくなったのか、その場で荒い息をしているウッドボアを倒すことにした。
 大分検証も進んだことだしな。
 剣を抜き、今度は俺がウッドボアに対して『突進』する。
 しかし『突進』は移動のみに使い、攻撃は別のスキルで行うことにした。

 『バニシングストローク!』
 頭に浮かぶイメージは上半身を右にひねり、左手を突出し、剣をウッドボアに向けながら、剣を持った右手を後ろに引く。
 そして攻撃の瞬間にウッドボアに捩じりこむように剣を突き刺し、逆再生のように剣を引き戻す自分。
 最後にはウッドボアを突き刺した後、ウッドボアの後ろにたたずんでいる自分が見える。
 イメージをなぞるように体を動かす。
 俺が左手を前に突き出した時点で、ヴォータルソードが白い光のエフェクトを放っていた。
 かっこいい演出に、胸がドキドキと高鳴る。
 そして白い光のエフェクトを纏った剣が、ウッドボアの体をかき回すように突き刺さり、一瞬でウッドボアに大穴を開けた。
 そしてスキルが完全に発動し終わると、体に大穴があき一瞬で絶命したウッドボアの後ろに佇んでいた。

 ゲームの『バニシングストローク』には無敵時間があったはずだけど、無敵になっているような感じは受けれなかった。
 やはりゲームとこの世界じゃ色々と違う点があるようだ。 

 再びグロテスクなシーンを見せられたが、これに慣れなきゃいけないと思いウッドボアの死体を凝視し続けた。
 数秒するとウッドボアの死体から黒い光のエフェクトが発生し、死んだ場所には再び『ウッドボアのお肉』が残っていた。
 俺は『ウッドボアのお肉』を回収し、攻撃を受け減った生命力を回復するために『生命力ポーション(小)』を2瓶ほど頭から被った。
 ゲーム内じゃポーションを多様しながら戦う人も多くいた。この世界では取り出すまでに大分ラグがある。敵が速ければ速いほど戦闘しながら取り出すのは難しくなりそうだ。
 戦闘が終わり、一考察終えた俺は再び近辺を把握することにした。

 1時間ほど歩き回っただろうか、時計がないから太陽の位置で時間を把握するしかないが、まだ正午にはなっていないようだ。
 その間ウッドボア5匹を倒し、『ウッドボアのお肉』を3つ手に入れた。
 ゲームの中ではアイテムは一定確率でしかドロップしなかったが、それはこの世界でも変わらないようだ。

 そうこうしているうちに川の流れる音が聞こえたので、そちらに向かってみた。
 道が開けたところには2mほどの幅で、深さは50cm程度の川が流れていた。
 森の中だからというべきか、綺麗に透き通っており変わった色の魚やエビみたいなの泳いでいるのが見える。
 寄生虫といった言葉が頭をよぎったが、見る分では透き通るほど綺麗だという事と自分のハイスペックボディを当てにして水を手ですくい飲んでみた。

 ――ひんやりしてうまい!

 ポーションの様なほんの少し甘い味でなく生ぬるくもなかった。
 ミネラルウォーターを飲んでいるかのような味だった。
 俺は全ての『空瓶』を取出し、川の水をくみ、収納した。アイテム一覧を見ると『空瓶』から『水の入った瓶』に名称が変わっていた。

 最悪野宿することになったらこの川の近くですることにしよう。
 体も洗えるし、ここなら『釣り』スキルで魚を釣り上げることも可能かもしれない。
 何かの動画では魚を木の棒で突き刺し、塩を振りかけ、火で炙っておいしそうに食べていた。AAOには『料理』スキルがあるためか、日本で使われている料理器具や調味料はほとんど存在している。
 『バナナ』ばかりというのも飽きるし、何かしら料理してみるのもいいかもしれない。

 もう4,5時間もすれば日が沈むだろう。それまでに人気のある場所には行ける気がしない。
 人の集落と言うものは川沿いにできるのが人の世だ。このまま川沿いに下って行き、日が沈んだ時はそのまま川沿いで一晩明かそう。日の光以外に光源がない分、暗くなるのは早いだろう。

 そのまま川を下って行くと赤いウッドボアがいた。川の水をがぶがぶ飲んでいる。……これは明らかにウッドボアより強い。見た目が赤いだけでなく、先ほどまでのウッドボアより一回りも二回りもデカい。
 『マップ』で確認するまでもなく、遠目からその巨体が確認可能だ。人間もモンスターも同じで水源は大事。川沿いに下るという事はその分モンスターと遭遇する可能性は高いという事だ。その点もしっかり考慮すべきだった。
 それにしてもこの赤いボア、ユニークモンスターかボスモンスターのどちらかだろう。赤いボアを倒すか倒さないか。倒すを選び無事倒せた場合、その経験は間違いなく役に立つだろう。が、殺される可能性もある。先ほどまでのウッドボアを思い返す限り、その可能性は低いが……。
 木の陰に隠れ、赤いボアを見ながら迷っていると、いつの間にか赤いボアさんがこちらを凝視していた。

 ――こっちは風上か!
 人差し指を舌でなめ、指を立てて風を感じてみると微弱ながら風が吹いていることが分かる。
 漫画でありがちな木の枝を踏んで気づかれるなんてことがないよう用心していたが、気づかれてしまえばどちらも同じだ。

 剣を抜き、赤いボアと相対する。既にあちらは臨戦態勢に入っている。前蹄で土を掻き、体を震わせ、こちらを威嚇しているようだ。
 すると突然ブッヒュイイイイイイイ!と雄叫びをあげた。嫌な予感がした。『マップ』に視線を移すとその予感が的中したことが分かる。赤い点が4つ近づいてきている。
 あの赤いボアがウッドボアのボスだとすると現れるのはやはり――――予想通りに4体のウッドボアが姿を現した。
 5対1、誰だか忘れたがどこかの戦闘の達人はこう言った。

 ―――1対多数、大いに結構!近接戦では1対1が連続で起きているに過ぎない。常に相手の懐で戦闘に挑むべし。

 そんな言葉が思い浮かんだが、相手はイノシシ型で人間と違う。さらに言えばこちらはスペックは高くゲームで鍛えたプレイヤースキルはあるが、実際の戦闘は素人だ。
 思考する時間を与えてくれるわけもなく、ウッドボア4体が此処に『突進』し始めた。赤いボアは様子を見ているようだ。
 そう。確かに戦闘の素人だが――――ウッドボア相手ならスペックでゴリ押しできる!
 敢えて1匹目のウッドボアの『突進』を避けずに、腕を組んで受け止める。するとこちらに突進してきていた残り3匹のウッドボアは、急ブレーキをかけ必死に止まろうとしている。
 そんなチャンスを見逃すわけにはいかない。受け止めていたウッドボアをひっくり返し、そのまま『スラッシュ』を放ち、一刀の元両断した。
 そのまま追い打ちをかけるように、止まりかけのウッドボアに対し、スキルを放つ。

 『オーバーライブ』
 右手で持った剣を左肩にのせ、右足を前に出しながら少しかがむ。
 剣が白い光のエフェクトを纏うのが分かる。エフェクトの発生を確認し、剣を横一閃に振るう。
 剣から三日月の様に伸びた白い剣戟が、2体のウッドボアを両断し、残る1体にも大きな切り傷を与えた。

 3体のウッドボアが黒いエフェクトと共に消えていこうとした瞬間。地面が振動した。
 ボオオオオオオオ!先ほどの雄叫びの比ではない。レベルが違う。これはもはやバウンドボイスだ。
 ダメージを与えたウッドボアが赤いボアに近づき、鼻と鼻を合わせた。

 ―――いったい何をする気だ?

 動くに動くことができず、様子をうかがっていると、ウッドボアは黒いエフェクトの発生と共に消え、それと同時に赤いボアを赤いエフェクトが包み込んだ。
 これは明らかに攻撃力が上がったようなエフェクトだ……。
 仲間をやられて激高したという奴なのだろうか、剣を構え、出方をうかがっているとそのまま『突進』してきた。

 ―――速い!

 思わず『ステップ』を使い突進を躱すが、躱した次の瞬間には攻撃範囲外にいる。重心が乗らない分威力は格段に減るだろうが、躱すと同時に攻撃を当てることはできないことはない。少しずつ削っていくほうがいいだろうか。削ることで相手の能力も下がっていくだろう。そこにスキルを叩き込めば安全に倒せる。
 それとも、削らずに真正面からスキルを放つか。ここにきて後者の方に惹かれてしまう自分がいる。安全策で言えば避けながら地道に削るべきだ。
 しかし――

 『バニシングストローク』
 赤いボアの纏う赤いエフェクトと剣の纏う白いエフェクトがぶつかる。拮抗は一瞬。『突進』してきた赤いボアの鼻から捩じりこむように剣を突き刺し、逆再生のように剣を引き戻す。
 赤いエフェクトを白い光のエフェクトがかき乱す。赤いボアの体に突き刺した剣の斬撃が一直線に回転しながら進んでいく、そしてそのまま赤いボアに大穴を開けた。

 上手く赤いボアの『突進』にスキルを合わせた自分を褒めてあげたい。自分の右腕にもまだ衝撃が残っているが、相手が高速で移動している分ダメージは倍増と言ったところだろう。ボスモンスター的な存在だからといって強いと言うわけではない。それはウッドボアの攻撃力からして予想のついたことがついたことだ。一息つきながら赤いボアの死骸を見ていると死骸を黒いエフェクトが包み込み、赤いボアの尻尾がドロップアイテムとして残った。
 ゲームでは同じモンスターから0~3種類のドロップアイテムがあったが、この世界ではどうなんだろう。金貨に関してはゲームと同じ部分ではドロップ・自分で生産したアイテムを売る。現実としてここにいる以上何かしら仕事をするといったことだろうか。ドロップアイテムを回収しようと一歩踏み出した所でパチパチパチと拍手が聞こえてきた。

 ―――誰かいる!?

 急いで『マップ』を出し、確認するとプレイヤーもしくはこの世界の人を表すであろう青いアイコンが表示されていた。
 マップを確認しながら音のする方向に視線を移すと、腰に黒い鞘の片手剣、肩にかかる程度の黒髪、黒目、黒服の女性が笑みを浮かべ拍手をしながら近づいてきた。
 人の事言えた義理じゃないが、なんという黒比率。いや、そんなことより、プレイヤーかこの世界の人かどっちだ……?

 「くはは、同郷の人よ!なかなかやってくれるぜ!ウッドボアだけに留まらずレッドモールまで一撃で殺すとは!」

 日本語で話している!しかも同郷の人ということは……プレイヤー?しかし、黒髪黒目だからそう思われているだけか?
 とりあえずジェスチャーで話せないアピールをし、変な人でなければしばらく協力してもらおう。アイテムはそこそこある。報酬は十二分に出せるはずだ。



 ――――――結論から言うと『ハハッワロス』しか話せない事分かってもらえました。
 地面に文字を書いて話しているが、プレイヤーでなはなくこの世界の人間のようだ。しかし――いくらゲームの世界に似通っているからと言って日本語通じる異世界ってどんな異世界なんだろう。さらに、文字に関してものすごく驚かれたことから、識字率はそこまで高くないようだ。
 うむん。それにしてもこの女性、えらく男勝りで不思議な魅力がある。出会って間もないというのに警戒心があまり湧いてこない。あっという間に此方の懐に潜り込まれた気分だ。

 「自己紹介が遅れたね。私の名前はクウネル・ジョーカー。んーーー、気軽にジョーカーとでも呼んでくれ!」

 人差し指を顎に当てながら悩むのが似合う女の人というのは意外となかなかいないが、すごく似合っている。
 それにしても名前か……。今の今まであまり疑問に思わなかったが、みりんという名前がしっくりくる。生まれた時に名づけられた名前があるはずなんだが……全然思い出せないどころか、みりんこそが本名と思ってしまう……。えーい、あまり時間をかけると不審がられてしまう。記憶が曖昧という事を加えた上でみりんでいこう!

 「(記憶が曖昧で本名かどうか分からないんですが、みりんって言います。)」
 「笑う事しかできず記憶が曖昧って……なんか呪われてんじゃね?しかも……その、なんだ……みりんって言うのか。いや、いい名前だな!美味そうだぜ!」
 「(ありがとうございます?……それにしてもジョーカーさんはどうして森の中に?)」

 名前の事はもういいんだ!精神的ダメージが増える前に話題を変えねばならまい。
 そう!女性が森の中に一人ってどうなんだろう。日本は性犯罪率も低いが、この世界じゃ分からない。こうして女性一人が森の中で歩いているという事は治安はそこそこいいのか?モンスターは出るが……。

 「そうくるか!私は……そうだな。精霊の森にあると言われている『クリア』って言う木の実を探しに来たんだぜ。知ってるか?」

 『クリア』か……知らないアイテムだ。首を横に振った。アイテムの話となり、なんとなく先ほど咄嗟にポケットに入れた赤いボア、ジョーカーさん曰くレッドモールの尻尾取り出した。

 「それにしても人のこと言えた義理じゃぁないが、随分軽装だな!……因みにその尻尾どうするんだ?」
 「(……いります?)」
 「いいのか!?私は遠慮を知らないからな。貰える物は何でも貰うぜ!」

 渡した尻尾を猫じゃらしの様に振り振りするジョーカーさん。可愛いけど俺は猫じゃないっす。
 まぁ、喜んでもらえたようで何よりだ。これで少しばかり親近感が高まったかもしれない。

 「……なかなかかかるな」

 何かつぶやかれたような気がしてジョーカーさんを見るが、相変わらず猫じゃらししている。
 気のせいか?

 「んん!そこで物は相談なんだが、もうすぐ夜も暮れる。一緒に野宿しないか?食料もそこにウッドボアの肉があるしな。簡単な調理なら任せろ!」
 「(此方も助かります。調理のほう期待しますね。)」
 「あっさりくるな。分かってると思うが……変なことしたらぶっ殺すぜ?」
 「(了解であります!)」
 「へへっ。まぁ調味料も少ししかないからな。調理っつってもたかが知れるから期待すんなよ!」

 ジョーカーさんは笑いながら魔法を唱え、木の枝を集め、あっさりとそれに火をつけた。

 「私が作る以上どんなものでも美味くなるんだがな!」

 魔法が使えるとこんなこともできるのか!くそう!羨ましい。この分だと掃除洗濯家事親父、全てに役に立ちそうだな。コントロールが難しいのかどうか分からないが……。魔法のレベルの判断材料がジョーカーさんしかいない以上仕方ない。

 そのままジョーカーさんと共に食事をし、焚火の周りで寝ることになった。お肉はおいしかったです。
 たまたま言わなかっただけなのかは分からないが、いただきます。ごちそうさま。と言うことははなかった。しかし、調味料と言いほんとゲームの世界そっくりだ。

 「(見張りはどうします?)」
 「……ん?あぁ、今『オートクレイム』使ったから朝までは大丈夫だと思うぜ!」
 「『オートクレイム』?」
 「そう言えば記憶喪失だったな。あんだけ強いのにこんなことまで忘れるとは難儀なもんだぜ。大体半径15mに敵意が近づいた場合、精霊が教えてくれるって感じの魔法だぜ」

 長さの単位はメートルを使うのか。そして知らない魔法だ。ゲームで覚える魔法は攻撃、戦闘補助、回復の3つが主体だし、この分だと他にもたくさんありそうだな。
 そんなこんなで雑談……と言ってもお互い横になっているから文字を書かず、ジョーカーさんの話に俺がジェスチャーや相槌で答える方式だが。徐々にジョーカーさんの話からこの世界の世界観を想像し、そのうち互いに眠りにつくことになった。

 「ふぁー。さすがにもう眠い。寝るぜっ!おやすみみりん」

 俺も相槌を打ち、瞼を閉じた。不思議なくらいあっという間に魅かれてしまった。やばいぞこれは……一目惚れか?それとも吊り橋効果ってやつか?
 明日何が起こるか分からないし、今日の所はとにかく寝よう。



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posted by あまちゃ at 17:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説

『Another Archive Online〜ハハッワロス〜』 第一話【ハハッワロス】

 2033年、エデルトルート・アルムスが医療用目的としてVR技術をもとにSR技術を確立し、世界に打ち出した。その技術の凄さ、彼女が日系ドイツ人であり、美女であるという事もあり当時のメディアやネットはこのネタで白熱したようだ。
 SRとは、現実性をシミュレートできるとするという考え方で、現実と仮想現実の区別がつかないレベルでシュミレートされることだ。そして、2070年現在、世界はSR技術で成り立っており、学業や娯楽、仕事の場でも大いに使われてた。のちに仮想現実世界で現実以上の動きができるゲームが発売され、SRMMORPGと言う世界中のプレイヤーが仮想現実世界で戦闘・生産・生活を行うゲームに人気が集まっていった。

 そんな中、自分が勤めている会社でもあるライルハント社がサービスを行っているSRMMORPG、AAOを毎日やりこんでいる。
 MMORPGである以上、プレイする人の大部分は人と接しながらプレイする事を楽しみながらやっている。が、俺は例外にあたる人の一人で、戦闘はほぼソロ、装備やアイテムの売り買い、雑談くらいしか人と接することはない。

 俺が知っているMMORPGでは戦士、弓使い、僧侶、魔法使いなど始める時や、ある程度進めた地点で職業を選んで、その職業に特化したスキルやステータスを上げていくものばかりだが、AAOは違った。
 最初に選ぶ種族『人間・妖精・魔族』によって種族ステータスボーナスや種族パッシブ、スキルの得手不得手があるものの、最終的には全てのスキルを上げることができるのだ。簡単に言うと一人で戦士、弓使い、僧侶、魔法使いの役割をすることができるのだ。
 ただし、装備品を戦闘中に変更するのは難しいこともあり、ほとんどのプレイヤーが剣で戦いながら弓で攻撃するといったことはしない。弓や魔法でターゲットを取り、おびき寄せ、近接戦闘に持ち込むということもあるが、基本的に敵によって剣や弓、魔法を使い分けると言ったがいいだろう。

 俺は最初に人間の男を種族に選び、3年間、飲み会などで家に帰れない日は除きプレイし続けた。
 このゲームを始めたきっかけは自分の就職する会社のことを少しでも知っておくべきだと思ったことと大学から付き合っていた彼女に振られたことという不純な理由だが、彼女に振られて以来ずっとやり続けたものだ。今では本当にもう一つの人生と言ってもいい。

 そんな中第4期テスター募集に合格し、ライルハント社で2週間のテストを受けることになった。ライルハント社は1年に1度の大型アップデートの前に必ずテスターを募集しており、テスターになるには履歴書及びSR適性診断書の書類選考を通過したうえでライルハント社独自の検査に合格しなければならない。また、ライルハント社自体が社員にテスター検査を推奨し、テスターに採用された人間が出た部署には特別賞与が追加されるため社員のほぼ全員がテスターに募集していた。OBT時は1000人の採用だったが、2期テスター以降の採用人数は100人で、2期以降連続でテスターに採用された俺は部長から無駄に可愛がられている。

 いつもは仕事が終わり、食事とお風呂も済ませてSR世界にダイブしている。ドラム缶を2個重ねたくらいの大きさの筒状のSRプラグに入り、SR世界にダイブするのだが……。
 頭の中がぼやけている。4期テスターになって……どうしたんだっけか。記憶が曖昧だ。特に最近の記憶が思い出せない。
 そして心を落ち着かせてくれるこの穏やかな香りは―――森の香りだ。

 「ハハッワロス(どういうことなんだ)」
 「ハハッワロス(は?)」

 冷静になって考えてみよう。目を開けてみるとそこは一面緑に溢れている森の中だ。しかもAAOの自分のアバターとそっくりな服装と剣を持って、何をしゃべっても口から出る言葉は決まって『ハハッワロス』。
 さらにSR世界では誰もが右手か左手に着けているはずのSR-Watchがなくなっている。SR-Watchは、ゲームごとの機能だけではなく現実世界との情報交換やログアウト等の機能の付いた時計で、AAOのゲームに限らずSR世界に入ると強制的に装着されるものだ。それが装着されていないという事は何らかのバグなのか……?しかし、SR技術が進歩していると言っても現実と仮想現実の区別位はつくのだ。視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚、それらすべての五感が、ここは現実だと告げている。

 慌てながらも試行錯誤しているとステータスが表示された。これは確かに……自分のアバターのステータスだ。
 3年間プレイし続けたこともあり、ステータス、スキル共にネトゲ廃人には及ばないが上位プレイヤーに入るのではないかという位までキャラを育てていた。キャラクターカードには以下の能力が表示されている。

 キャラクター名 みりん レベル126
 生命力 698/698
 マナ 437/437
 スタミナ 876/978(1287)
 力 345
 器用 423
 知能 235
 敏捷 645
 体力 323
 攻撃力 445
 防御力 403

 生命力は0になれば死亡で経験値-5%のデスペナルティーがある。
 マナは魔法を使うために必要、これが0になると何故か状態異常にかかりやすくなる。
 スタミナは全てのスキルを使うときに消費される。空腹状態になると最大スタミナが減るが、食べ物を食べることで回復する。また、走りではスタミナが消費されるが、歩きと休憩中はスタミナが回復し、街中では何をしてもスタミナが減ることはなかった。
 力は剣や拳、弓の攻撃力に影響する。
 器用さは命中力、集中力に影響する。
 知能は魔法の強さに影響する。
 敏捷は移動速度に影響する。
 体力は防御力に影響する。
 攻撃力は力の数値+武器攻撃力、防御力は体力+防具防御力で表される。他にも魔法攻撃力や攻撃速度など表示されない数値が存在している。

 ステータスを見てもらえれば分かるかもしれないが、敏捷とスタミナ優先でスキルを上げている。
 敏捷の移動力上昇のお蔭で敵に素早く近づき、剣で攻撃する。敵が攻撃モーションに移ると素早く範囲外に移動して避ける。敵はヒット&アウェイで倒すのが俺のプレイスタイルという理由だ。

 どうやら『ステータス』と強く意識することで目の前に以前と同様タッチパネル式で表示されるようだ。この調子で現状把握に努めるしかない。
 ゲームでしかありえない現象が起きているが、ここがSR世界の中だとどうやっても思うことができない。俺自身の理解が及ばないため上手く言えないが、AAOによく似た世界に来てしまったような――――そんな気がする。何より、『システム』にあるはずの『ログアウト』と言うコマンドが存在していないのだ。泣こうが喚こうがしばらくはこの世界にいるしかない。不安もあるが、一度は夢にまで見たゲームの中の世界に入り込んでいるのだ。生と死と隣り合わせかもしれない―――と言っても実感がわかないが、色々やってみるしかない。
 他にも思いつく限りのコマンドを意識してみると『アイテム』、『スキル』、『マップ』、『オプション』に反応があった。『フレンド』や『ギルド』といった他のコマンドはダメのようだ。ここで焦っても仕方がないんだ。順番に検証していこう。
 今直面している現実問題としてお腹がすいてきている。ステータスを見てみるとスタミナが876/978(1287)、スタミナ最大値が1287から978に減っているのでステータス的にもお腹がすいているということだろう。

 そうと決まればまずはアイテムだ。『アイテム』を頭に思い浮かべるとまた目の前にアイテム一覧のようなものができた。ゲームの中では食べ物を食べることでスタミナ最大値を回復することができた。そのため、食べ物を食べることができれば空腹をしのげるのではないかと思い、アイテム名『バナナ』を指で触ってみる。

 するとこのアイテムを取り出しますか?『はい/いいえ』という画面がさらにできたので迷わず『はい』を選んだ。直後に目の前に光の粉のようなエフェクトが起こり、光がなくなると同時に『バナナ』が1本現れた。手に取ってみると本物のバナナと代わり映えしていなかった。
 さっそく皮をむいて食べてみると・・・バナナの味がした。バナナ1本を食べ終わり、ステータスを見てみるとスタミナが976/1078(1287)と現在・最大スタミナ共に100回復していた。やはりこのステータス表示は俺の体とリンクしているようだった。
 食べ物はなんとかなるとして次は装備品だ。
 このゲームではスキルを上げることでステータスが上昇し、レベルアップでは一切ステータスが上昇しない。なんのためにレベルがあるのかというとスキルキャップ解放(上限突破)と一部レベル制限のあるダンジョンのためだけにある。また、ソロプレイでは生命力が減っても自分で回復するしかない為、いかに回復を少なく、生命力を減らさずに敵を倒すかが必要となってくる。つまり、相手の攻撃に当たってはならない。攻撃を避けやすくするためには、俊敏を上げる必要が出てくるが、俊敏をメインで上げていくと自ずと剣スキルが充実してくる。俊敏を上げていくうちに近接戦の極限のスリルにはまってしまい、弓や魔法スキルも上げているがメインの戦闘は剣で、メインの装備品も剣特化の装備となっている。
 装備品を確認してみると

 武器 ヴォータルソード+10
 頭 黒のハチマキ+10
 体 ヴォータルスーツ
 手 ヴォータルグローブ
 足 ヴォータルブーツ
 アクセサリ たぬたぬウサギのお守り

 見た目通りまさしく俺がプレイしていた時の装備だ。
 +10というのは装備の強化回数で、1回強化するごとに武器なら攻撃力が+2、アクセサリ以外の防具なら防御力が+1増加していき、最大強化値は+10である。一重に剣と言っても短剣、片手剣、両手剣があり、攻撃力では両手剣>片手剣>短剣、攻撃速度では短剣>片手剣>両手剣となっている。しかし、このゲームの魅力であると同時におかしな点としてリーチや耐久には差が出てくるが、同じ武器種の中では攻撃力にほとんど差が生じていない。つまり、鉄の短剣とオリハルコンの短剣で比べるとどちらが強いかと聞くと百人中百人がオリハルコンの短剣が強いと言うだろうが、このゲームで攻撃力的にはあまり変わらない。極端な話、100円均一で買ったナイフと軍様式のナイフ、切れ味や頑丈さ、耐久性で言えば明らかに軍様式のナイフが勝るだろう。しかし、使用回数を限定し、生物相手に対しては殺傷目的で刺すとなるとどちらで刺しても致命傷に至ることを考えると分からない話ではない。耐久値は、武器を使用するたびに減少していき耐久値が0になった時点で武器攻撃力が半減となるシステムで、耐久値の低い安い武器で戦闘していても、戦闘が一区切りしたところで別の武器に変えればよかった。そのため、耐久度の高いレアな武器でなければとダメということはなかった。課金やゲーム内イベントの参加でインベントリを拡張する必要はあるが、拡張したインベントリは手にいれられるアイテムより遥かに空きが存在するため、掲示板を見る限り耐久力の低い武器でも使い回しすることで補う人が多くいたようだ。
 強化にはそれぞれの装備に応じたアイテムとお金が必要で、強化に失敗する可能性はない。そのため、最初は他の事は気にせず、強化しやすい武具をどんどん強化していき、その武器で世界を周り、自分の気に入った武具を選んでいくプレイスタイルが多かった。また、武器で上昇する攻撃力よりもスキルアップで上昇する攻撃力が高いため、廃人や効率厨、見た目を気にしない人以外では、最終的な装備品はリーチと見た目で選ぶ人が大多数であった。

 このネットゲームが流行った理由もここにある。見た目が初心者丸出しの装備だからと言ってそのプレイヤーが弱いとは限らない。
 +10以降の強化先として失敗判定有の強化が実装されるのではないかという噂もあったが、現在に至っても失敗判定有の強化、いわゆる過剰強化と言ったシステムは実装されなかった。
 一定の強化値までは成功や失敗を繰り返しながらも強化することができるが、ある一定の強化値を超えると、強化に成功すれば今までよりはるかに武器が強化されると同時に、強化に失敗すると武器が消滅してくるという栄光と絶望と嫉妬がにじみ出てくるシステムがないのだ。
 過剰強化に失敗することを武器が折れると表現し、武器が折れたら引退しますと言う人も多く存在していたらしい。

 といっても今いる世界でそんなことを考えても時間の無駄だ。

 ヴォータルソードを鞘から抜き素振りをしてみる。
 ヴォンという音とともに空気を切るような音がする。
 視覚することはできるが、ものすごく速い。 力はもちろんの事、ステータスの何かが動体視力に影響しているのようだ。中学生時代にアニメや漫画を真似して鉄の棒を振り回していたことがあったが、それより圧倒的に早く、切り替えしまでもができる。
 重い鉄の棒を振り下ろし、途中で止めたとすると腕にすごく負担がかかるが、全く負担がかからない。

 体がものすごく軽いので軽くジャンプしたり全力でジャンプしたりしてみると、明らかに4~5mは垂直跳びができている。有り得ない高さまで飛び上がり、落下することは怖いが、着地しても足は大して痛くならない。それだけではなく、森の小道を少し全力で走ってみると、まるでジェットコースターに乗っているかのような風を受け、すさまじいスピードで動くことができる。今までやっていたゲームの世界でさえもここまで人間をやめた行動はできなかった。
 こんな非現実があっていいのだろうか、しかしながらたまらない。興奮が体を支配し、他の感情を奥に押し込めてしまう。

 「ハハッワロス(たまらん!)」
 「ハハッワロス(これさえなければ・・・・)」

 ある程度現状把握できたとして次はスキルを確認してみることにした。スキルレベルを上げる方法は大きく分けて2つある。スキルを使い続けることとスキル修練をすることだ。この二つがどう違うのかというと例えとして初期に覚えることができる近接スキル『スラッシュ』を例に挙げよう。スキル欄の『スラッシュ』をクリックすると
 『スラッシュ』Lv1では

 『スラッシュ』Lv1 近くの敵1体に110%のダメージを与える。
 スタミナ消費 11
 合計修練値 0
 力ボーナス+1
 スラッシュ使用回数 +1
 スラッシュで敵を倒す0/10 +10

 という画面が出てくる。
 この場合スラッシュを1回使用すると修練値が1貯まり、0/10と10回の制限付きだが、スラッシュで敵を倒すと修練値が10貯まる。この修練値が100を超えるとスキルのレベルが上がるというシステムだ。
 スキル使用するだけでスキルレベル上がるのならスキルのレベル上げ簡単なんじゃないだろうか?と思う人もいるだろうがそうはいかない。
 『スラッシュ』Lv1では1回使用するごとに+1の修練値がたまるが、レベルが上がるにつれスキル使用による修練値の増加は減っていく。

 とは言ってもスキルは敵がいなくても発動させることができるため、プレイヤーが一列に並んで皆同一のスキルを使い続けるといった面白い現象も起きていた。単にスキルを上げるだけでなく雑談までできると言うすぐれものだ。そして、特定の目立ちたがりのプレイヤーは一人だけ前に出て来てスキルを使い続け、時には晒され、時には師範と呼ばれていた。ただし街中では特定の場所でしか攻撃スキルを使うことはできかったため、町のすぐ外で修練する人が多く見られた。

 OBTでは何の制限もなしにスキルを上げることができたが、廃人マンセーゲーになるのではないかという多くの苦情から、正式サービスからは1日に上げることができる修練値に制限がかかり、制限を超えての修練は修練増加値が1//1000になった。これに関しては休日位しかプレイできない社会人対策を兼ね、ログアウト時間に応じて1週間の使用期間と時間制限付きの修練値制限突破アイテムが配布され、未だに最善とは言い難いものの事なきを得ている。

 という詳細は置いておいて実際スキルを使ってみないと何とも言えない。
 どうやってスキルを発動すればいいのかだが、恐らく『アイテム』や『ステータス』と同じように頭の中で目的のスキルを強く思えばいいのではないかということだ。

 俺はヴォータルソードを鞘から抜き、息を整えた。
 『スラッシュ』
 浮かびこんだモーションは3つ、上段、中段、下段で攻撃するイメージが浮かぶ。
 上段で攻撃することを選び、そのモーションをなぞるように体を動かす。
 俺は右手で持った片手剣のヴォータルソードを肩の上に乗せるように引き、そこから目の前の空間を上から叩き切るように振り下ろした。
 スキルが発動したと感じると同時に剣に青いエフェクトが宿り、目の前の何もない空間を切り裂いた。

 やばい……これはものすごくかっこいい。
 想像できるだろうか、例えると何の変哲のない棒を頭に浮かんだモーションの通りに動かしたらスキル発動中のみ棒が交通整理に使われている光る棒に変身しました。というくらいかっこいい。
 この例えでは伝わりにくいかもしれないが、とにかくこの感動をみんなに届けたい。
 俺はその後も剣士にでもなった気分でスキルを連発し優越感に浸っていた。

 覚えている剣スキルを片っ端から使用していくとだるさが体を包み始めた。ステータスを見るとスタミナが減っていたので、先ほどスタミナを回復した『バナナ』を数本食べてみると、スタミナが回復し体のだるさも少しばかりよくなった。他にも疲労感とも言うべきか、ステータスに表示されない能力があるようだった。

 そして次は魔法だ。魔法は剣とは違う。完全にロマンだ。剣に関しては剣道やフェンシングと言うスポーツもある様に、現実世界でルールに法った形式で存在しているが、魔法は違う。完全なる未知、起こりうることのない現象の具現、これで興奮しないやつはどうかしてると言いたい。
 魔法は初級・中級・上級・最上級の4つに別れ、上級以上の魔法を使う場合は杖を装備しなくてはならず、上級以上の魔法を使用する場合は詠唱中その場から動けないという制限があった。この制限もあり俺が使っていた魔法は初級・中級魔法ばかりだった。
 敵のターゲット取りやけん制、際どく生き残った敵への止めによく使用していた初級魔法の『サンダーボルト』を使ってみることにした。

 『サンダーボルト』
 頭の中に浮かぶモーションは左手を突出し、サンダーボルトと唱える自分。
 俺はその通りに左手を突出し、サンダーボルトと唱えた。

 「ハハッワロス(サンダーボルト!)」

 俺の左手からは何の魔法も発現せず、何とも言えない空気だけが漂った。その後何度もポーズを変え、魔法を変え、武器を変え試してみたが、魔法を使う事はできなかった。

 魔法使う事はできないのか……
 恐らくだが、魔法を使うためには魔法名を唱えなければいけないのではないだろうか。剣に関するスキルは使う事が出来た。この可能性は高い。

 魔法の中にはゲームでは必ずあると言っていいほどの回復魔法をいうものがある。
 ソロプレイで突き進んできたため、初級回復魔法『ヒール』はなかなかレベルが高めだ。つまりヒールを使わざるを得ない状況にたびたび追い込まれていたということだ。その『ヒール』を使うことができないというのは結構痛い。
 自身のレベル的に回復が必要となるモンスターが出てくるMAPはゲームの全域MAP中では3割以下位だと思うが、MAP帯によってはその3割以下に当たる可能性も十分ある。それにこれは今までやっていたゲームとは違う。今いる場所さえ安全かどうかは分からない。
 これは結構まずい事ではないだろうか。

 町の外で生命力の回復方法は大きく分けて休憩する、ポーションを使う、回復魔法を使う、の3つがある。
 残った回復法は休憩とポーションだけだ。休憩で回復する生命力は3秒当たり1%だったはずだ。ゲーム内の3秒なので実際はどうかわからない。
 余裕ができたら検証する必要がある。

 残った回復法としてはポーションだ。ポーションの使用法はどうなのだろうか、食べ物のように飲み干せばいいのだろうか、それとも傷口に垂らせばいいのだろうか。
 俺は『アイテム』を頭に思い浮かべ、そこからから『生命力ポーション(小)』を1個取り出した。このポーションは市販品で使用すると生命力を30回復する。皮膚も頑丈と言うべきか弾力があると言うべきか、なかなか傷ができなかったが、刃を我慢しながら触り、少しの痛みと共に生命力を減らした。『ステータス』を見てみると1減少し、697/698となっていた。
 さっそく取り出した生命力ポーション(小)を少し飲んでみた。が、体力は697/698のままで回復していなかった。次に傷口に振りかけてみると体に赤いエフェクトが起こり698/698と生命力が回復した。赤いエフェクトの消失と共に傷口も薄らと跡は残っているが治っていた。
 失った血がどうなっているのかはわからないが、ポーション万能すぎた。

 使っていないスキルは多々あるが、ある程度予測はできるので、『マップ』と『オプション』を使ってみることにした。
 『マップ』を思い浮かべると自分を起点とした半透明の円状のレーダーのようなものが目の前に現れた。
 これはゲームで画面右上にあったモンスターレーダーのようなものだと思う。ゲーム内では味方プレイヤーは青、モンスターは赤、PKプレイヤーは黄色で表示されていた。
 ゲームと同じ性能だとすると、これはものすごく便利な能力だ。現実で目に映るものしか分からない人間にとって、どこにモンスターがいるか一目で把握できるというのはものすごくありがたい。
 続いて『オプション』を思い浮かべると『タッチパネル表示 ON』という画面が表示された。指でタッチパネルを触ると、他人にタッチパネルを見せるか見せないかを選べるということが頭に浮かんだ。
 このAAOのような世界で生きている人が俺と同じように能力やアイテムをタッチパネルに表示することができるか分からない以上、他人には見せないようにしておいた方がいいだろう。
 俺は迷わずOFFにし、タッチパネルを自分にだけ見えるようにした。

 他には何かあっただろうか……
 そう言えば自分の顔がどうなっているかを全く把握していなかった。
 しかし、アイテムに鏡なんてものがちょうど良くあるはずもないので、アイテム名的に鏡の役割を果たしてくれそうな銀鏡石を取り出した。拳大の大きさで、特定の武器や防具を強化するアイテムとして使われている。
 予想通りに反射によって鏡の役割を果たしてくれたので顔を傾けながら自分の顔を覗き見た。

 ゲーム内のアバターと同様、少しばかり荒れていた肌はシミそばかすの一切ない綺麗な肌をし、少しばかり白髪交じりの髪は漆黒で染まり、短かった髪も伸び、フェレットの尻尾の様に後ろで縛っている。身長もわずかばかり高い。
 気持ちばかり身長を+5cmほどし、後は肌や髪を多少弄ったゲームのアバターそのもののようだ。
 ゲーム内のアバターの身長、体重は弄る事の出来る範囲に制限が設けられてはいるが顔や肌、髪に関しては特に制限が設けられておらず自由にクリエイトできた。過去、SR世界で身長体重を自由に弄ることができたが、現実とのギャップが原因とみられるによる事故死が多発し、制限がついた。
 自分の体を確認しているうちにゲーム内のファッションショーで幾度となく優勝していたゴスロリピンク頭のピンクちゃんをふと思い出した。
 千人近いファンがいるとも言われていたピンクちゃんは今頃どうしているのだろうかと思いながら、これからどうするかを思考した。

 一通り確認をしてみたが、やはりこの世界は現実だ。それも俺の知るAAOによく似た世界。当分は夢物語気分が抜けないかもしれないが、そのうち自覚も出てくるだろう。人間とは慣れる生き物だ。
 まずは人と接触したいが、迂闊に言葉を話すと『ハハッワロス』と言ってしまう。予備知識なしに初めてこの言葉を聞いて笑ってるんだなと思った自分と同様に、笑ってると直感で分かってしまう人は少なからずいるだろう。
 ここが異世界として日本語が通じるかはわからないが、いきなり笑われて不愉快と感じる人もいるだろうからできるだけ気をつけねばならない。
 この世界がどこまでAAOの世界と同じかどうかは分からないが、泊まる場所、宿屋位はあるだろうからお金さえどうにかなればそこに拠点を置いこう。そして、今後長期的にどうするかを考えることにしよう。こんな森の中ではなく、ゆっくりできる場所に行けば、落ち着いてもっとまともな思考ができるだろう。
 とにかく、この森からでて人と接触しよう。コミュニケーションに関しては紙もペンも持っていないが筆談とジェスチャーでなんとかするしかないだろう。全ては日本語が通じる前提だが、通じなかった時は……結局ジャスチャーだな。学生時代パントマイムの達人とまで言われたほどの腕だ。なんとかならなくてもなんとかするしかないだろう。
 一人でも理解者ができ、協力してくれればれば非常に助かるが……。

 辺りを観察すると、草があまり生えていない小道がある。草が生えていないという事は生物の行き来があるという事だ。人が通る可能性は十分ある。無意識に組んでいた腕をほどき、ここから見える崖とは反対側に続く小道を進んでいくことにした。

 「ハハッワロス(気合い入れていくぞ!)」
 「ハハッワロス(……気合い抜けるわ)」


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