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2017年01月07日
『Another Archive Online〜ハハッワロス〜』第六話【下準備と名前変更】
―――食堂
「はいはーい!どんどん運んでくださいね!今日はアグロのパンとルルさん特製シェチューと山野菜のサラダです!」
「はーい!」
ルルさんの呼びかけに答えてシンク君(仮)が食事を並べていく。自分より小さい子が準備しているのにぼさっと座っているのが心苦しく、手伝おうとするも、シンク君(仮)にこれは俺の仕事なんでダメです!と注意されてしまった。軽くしょんぼりしつつも食事を配られていく様を眺めているだけである。
「うーむ。おう、おはよう諸君」
「ボス!おはようございます!」
「おはようございます。ボス!ってあー、また寝巻のまま来て、みりんさんもいるんですよ!」
「えー、いいじゃねーか、減るものもないし。着替えるのめんどくさいし…」
「またそんなこと言って!シンクがボスみたいになったらどうするんですか!」
「………なんか心にグサッと来たぜ…」
考えながらやってきたのか腕を組みながらやってきたのはジョーカーさんだった。寝間着姿のままでしっかり頭の帽子まで被っているのが可愛らしい。こんな風景を現実世界で見ることは間違いなくなかっただろう。こういうのなんか良いな…。
「(おはようございます。なんか考え中ですかね)」
紙にささっと挨拶を書いてジョーカーさんに見せると、ジョーカーさんはそのまま俺の席の横に座った。
「いやー、みりんの状態のこと色々考えてたんだが、うーむ。言っていいものか悪いものか。悩みどころだぜ…」
「(それを本人の前で言うなら言ってくださいよ…)」
「それがなー、半信半疑のところもあるし考えもまとまってないからな。まとまったら伝えるぜ!」
「(非常に聞きたいところですが、分かりました。)」
そのまま4人が席に着き食事をとる。
6人掛けの大テーブルが3つ、テーブルも椅子も一つ一つつやがあり、コーティングされていることが分かる。ナイフにフォークも形が均一で現実世界で生きていた時と食事のとり方に違和感がない。これだけのものが作れて何故紙が高価なのか、電子ネットワーク文化がないのか。残念である。
ギルドへの潜入は準備に7日ほどかかるとのことから、その間に自身の戦闘力の加減を調べるために、訓練用スペースを借り、思いつく限りのことを試してみた。
それにしてもこのアジト広すぎる…。以前一度野球を見に行った福岡ドームくらいの広さはあるのではないだろうか。訓練スペース自体がサッカーグラウンド位の広さがある。
地面は土。入り口から入って右手を見れば弓か何かの的のようなものが見える。この広さの中、一人で訓練は寂しい気もするが、いろいろ試すには一人のほうがやり易いからありがたくはある。
―――訓練場
―――1日目―――
体力の続く限り、黒の木刀を振り続ける。
一に素振り、二に素振り、三四も素振りで五も素振り。
仮想敵はおらず、ただただ上段から下段に、下段から上段に振り続ける。
全力で振り続けてなお、スタミナがなくなるまでに3時間ほどの時間を費やした。最大スタミナが多いため、それに比例して回復するスタミナ量も多く、減っていくそばからスタミナが回復するため、スキルを使いまくらない限りはスタミナ切れになることはなさそうである。
昼食をとり、再び体力が回復すると今度は緩急をつけたり、飛び跳ねたり、自身の移動速度を試してみた。
走るのが楽しくなってきたので途中から『縮地』のものまねなどもやってみた。慣れてくると1歩で5mほど進むことができた。『スリップ』を使わずとも前に進むだけなら『縮地(仮)』が一番早く動けそうである。
最後に全力疾走で体力が尽きるまで訓練場を走ってみることにした。途中から砂埃が舞い始めたがそのまま続行。やっている途中に目を開けていられなくなったので、隅っこに避難していると様子を見に来たルルさんが扉を開けてすぐなんですかこれはー!と言いながら咳込み始めた。
「ハハッワロス(なんかごめん)」
―――2日目―――
仮想敵をイメージし、スキルを交えて戦ってみる。
イメージがうまくできず、スキルのぶっ放しになってしまった。やはり実戦経験不足だろう。ゲームの中ではいくらでもイメージが出来ていたのだが、実際の自分の動きと全くもってかみ合わない。しかし、実際戦闘で使いやすいスキルを言うものがある程度理解できた。
予想通り、出の早く隙の小さいスキルがやはり一番使いやすい。
攻撃にスキルを組み合わせ動いていると、さすがに昨日より早くで疲れてしまった。
途中様子を見に来たジョーカーさんが食べ物の差し入れを持ってきてくれて感動した。良く分からないパンを俺に渡すとすぐにどこかへ行ってしまった。女の子の差し入れは実際されるとものすごく嬉しい。ハイテンションで剣戟を飛ばすスキルを使っていると、加減を間違え壁に大穴を空けてしまった。音を聞きつけてやってきたルルさんに怒られた。
「ハハッワロス(ごめんなさい)」
更に怒られた。
―――3日目―――
戦闘系以外のスキルを色々試してみた。
結果として魔法系は使えるスキルなし。錬金術スキルは使えたため、『ゴーレム錬成』し、戦闘相手にすることにした。どうやってゴーレムを錬成しているのか分からないが、なんかイメージしながら地面にマナを送るとできた。
ゴーレムを操るならゴーレムに意識を向け続けないと動かせなかったため、ただの的にしかならなかった。しかし、剣戟と飛ばすスキルの的になってくれたため、錬成しまくって的にした。
全力の『エアスラッシュ』でも3体重なっていれば防ぎきれるため、いざと言うときの壁にはなりそうである。ゲームでは同時に錬成できるゴーレムは1体だけだったが、この世界ではマナのある限り錬成できそうである。これなら壁を壊すこともないと、昨日怒られて辞めてしまった剣戟飛ばしを再開した。
「ハハッワロス(剣戟を飛ばすの楽しすぎ)」
ゴーレムを錬成しまくり、地形がでこぼこになってしまったため、ルルに怒られた。
―――4日目―――
地形を戻すために試行錯誤。つぎ込むマナの量を多めにするとそれにつれて錬成できるゴーレムの大きさも大きくなるようである。結果、3〜4m位の天井ぎりぎりの巨大ゴーレムを錬成することができた。今度は意識して操ってみた。
穴が開いているところには土を被せ、デコボコのところは通称『ゴーレムローリングアタック』でごろごろして綺麗にした。残ったゴーレムを錬成解除すると土の山が出来た。これではまた怒られると思い、さらに試行錯誤。30cmほどのミニゴーレムを大量に錬成し、移動させて錬成を解除した。この位の大きさのミニゴーレムだと操りやすく、移動だけなら同時に10体くらい行けた。これは訓練すると見せかけの兵士軍団が作れそうである。
均等に小さな土のもっこりが大量にでき、畑を耕したみたいになった。
「ハハッワロス(畑耕しに使えるな)」
やってきたルルさんになんで畑にしているのかと怒られた。その後、足場がふわふわしてるのも逆に訓練になるかもですねとの判断から畑は放置で良いことになった。
―――5日目―――
弓系スキルを使ってみることにした。
『アイテムボックス』を使えるのは俺だけのようなので自前の弓と矢を出すわけにはいかず、ジョーカーさんに借りてやってみた。
スキルレベル自体はかなり高いほうではあるのだが、弓を扱うというのが実際非常に難しく、何度やっても狙ったところにとんでくれなかった。命中率が死んでおり、使い物にならない。弓の狙いに関してはエイムアシスト機能も働かない模様である。
止まっているゴーレムにさえなかなか当てられず、高威力スキルを使った際、見事にゴーレムの横を通り抜けて壁に大穴を開けた。音を聞きつけてやってきたルルさんに怒られた。本格的に使うなら反復練習が必要である。
「ハハッワロス(アーチャーにはなれなかったよ)」
―――6日目―――
ジョーカーさんがどこにいるか分からなかったため、ルルさんに頼んで魔法を自分めがけて撃ってもらった。ルルさんはサポート魔法メインで攻撃魔法は中級クラスまでを納めていたため、初級と中級の魔法をルルのマナが尽きるまで撃ってもらった。まず初級から始まり、初級魔法の『ファイアボルト』は熱いですんだ。『アイスボルト』は冷たいピンポン玉あてられた感じ。『サンダーボルト』は静電気でビリッとした感じだった。やはり魔法耐性のようなものがあるようだ。でないと『ファイアボルト』―――炎の塊を当てられて熱いで済むわけない。
次に中級魔法に移る。ルルさんの様子がおかしかったが続行。中級も同様に受けてみようとも思ったが、痛いのはやっぱりやめておこうとの判断で、全て剣の一振りで無効化してしまった。ルルさんがどうせ私は一生サポート役なのですと涙目でいじけてしまった。
「ハハッワロス(ものすごくごめん)」
泣いて訓練場から飛び出し、ジョーカーさんがブチ切れて登場。ひたすら謝った。結局事情をすべて説明し、何とかおさまった。シンク君の咎めるような目線が痛かったが、事情を説明したところ。頭をなでてくれた。シンクちゃんは女の子でした。何故女の子と分かったかは察してほしい。
落ち着いたルルさんとお話をしていると、まだちょっと目の奥に涙も見えるのに笑いながら
「毎回ルルさんルルさん書くのもなんかこそばゆいですし、ルルでいいですよ!」
なんだこの女神は―――料理もできて可愛い。ユーモアもある。もう結婚してください。なんて馬鹿な事考えながらルルと呼ぶことになった。口に出して呼べないのが悲しい。
―――6日目夜―――
俺はジョーカーさんに魔法に関する本を1冊借りて、寝る前に読んでいた。そして何故軽装の人が多いのかを理解した。そもそもジョーカーさんやルル、ギルマスのおっさんにローザは『魔力障壁』と言うものを張れるのだ。
本で読む限りでは薄い膜状のもので、達人になると目には見えないらしい。ただ、『魔力障壁』は使う人間次第で鋼よりも固い壁になるようで、戦闘中は『魔力障壁』を展開し、素早く移動するのが主流という事が分かった。
シルバーレギンとの戦闘中は俺も『魔力障壁』を張っていたと思われているんだろうか。でないとこんな軽装であんなバカでかいライオンのひっかきを受け止めるなんて考えないよな。俺の素の防御力と物理耐性という謎のものが高かっため防げたなんて言えない。
布団の中で『魔力障壁』の張り方を練習するも使えず。練習が必要のようである。
―――7日目―――
昨夜『魔力障壁』が張れないことが分かったが、張らなくてもそこまで大きなダメージを受ける気がしない。しかし、不意を突かれたり急所攻撃の場合もあることから対策を考えることにした。
対策としていざと言うときの防御をどうするか悩んでいたところ、『気功』スキルがかなりよさそうなことが分かった。ゲーム中では、気功使用中はのけぞり効果減少、スタミナ1秒間に1使用、被クリティカル攻撃率減少といったスキルだった。
しかし、実際に使ってみると中々応用法があり、ゴーレムに近づいた状態で『気功』スキルを内から外に放出するイメージで使ってみるとゴーレムを吹っ飛ばすことができた。緊急時の危機一髪などなど色々な用途に使えそうである。エフェクトが何故か黒かったため、闇落ちした剣士みたいで中二病心をくすぐられた。威力が上がるわけではないが、『エアスラッシュ』に黒いエフェクトを纏わせることもできた。
「ハハッワロス(闇の炎に抱かれて消えな)」
途中からシンクちゃんがこっちを見ており、ものすごくかっこよかったです。と目をキラキラさせながら近づいてきた。思わず頭に手を載せてみると気持ちよさそうな顔をするため、なでなでしてみた。抱きしめたい衝動にかられたが、さすがに自重した。
7日間で色々あったが、自分の居場所的なものを確保でき、精神的にもかなり助かったというのが本音だ。葛藤もあったが、やはり盗賊団に入ってよかった。特に仲良くなったのはルルだろう。なんか毎日怒られてばかりで肩身が狭いが、楽しいと本気で思っている自分がいる。今が楽しくて元の世界に帰らなくてもいいかなとも思い始めた。住めば都ということだろうか。
訓練の合間に色々調べてみたが、俺は世界屈指の実力者であることを理解した。問題は戦闘経験だけである。多少の手加減はできるようになったが、いざと言うとき10全の力を発揮し、過剰攻撃をしてしまいそうである。後、気を付けるのは人質や毒などの搦め手位なものだろうか。いや、虫系のモンスターとかも無理だな。
突然割って拭いた圧倒的な力。他者と一線を画した力を持つことによる優越感。このように考えている時点で慢心しているのかもしれないが、慢心せずに、上から目線にならずに生きていきたいものである。
まだ早い時間ではあるが、明日に備えてそろそろ寝ようとしていると部屋をノックする音が聞こえた。
「みりんさん、ちょっといいですか?」
「ハハッワロス(どうぞ)」
「うーん…入っていいのかどうなのか分かりにくいですね。入ります!」
現在俺がハハッワロスとしか喋れないことを知っているのはジョーカーさん、ルル、シンクちゃんの3人である。ルルは俺の「ハハッワロス」が蔑笑ではなく、別の意味の言葉を喋ったものだとしてあとの言葉を続けてくれた。本当にありがたいものである。
普通なら「ハハッワロス」しか喋れませんなんて信じないだろうが、少なくともこの3人は信じてくれている。ファングさんは出会ったその日のうちに『ルーラン』の調査に行ってしまったようで全く話していない。
「おじゃましまーす!」
「邪魔するぜ」
「ひゃっ」
ルルの後ろからジョーカーさんがぬるっと現れたため、ルルが吃驚している。顔を赤くしてジョーカーさんに怒る姿は何とも可愛らしい。そしてジョーカーさんも寝巻も相変わらず恰好可愛らしい。つまり両手に花である。
「(お二人とも、今日はどうしたのですか?)」
「いやー、俺はただルルがいたんでからかいに来ただけだぜ」
「もう!…んん、私は明後日からのギルドでの打ち合わせに来ました」
「龍殺し自体には俺も参加すると思うがそれまではよろしく頼むぜ!」
冗談を交えながら今後の対応を決めていく。
「まず当日ですが、精霊の森の比較的町から近い場所に『ゲート』を開いて転移します。町に着いたらみりんさんに冒険者としての手続きをし、私とパーティーを組み、早い段階でランクが上がるように仕事を選びながら行動していきます。後は山狩りが開始されるまで普通に働くだけですね!」
「メインとしてはみりんのギルドランク上げとお金稼ぎだな。ルルは冒険者としてはルイス・ルーカスで登録してある。さすがにみりんをみりんとして登録するわけにはいかないからな。何か名前を考えなきゃいけないが、何か名前あるか?」
「ふっふっふ、私考えておきました!黒くて強いのでブラック・ディザスターとかどうでしょうか?」
「…え?本気で言ってんのか?」
「な、なんですかその憐れむような目線は!」
あれにしようこれにしようとルルとジョーカーさんで話しているが、決まりそうにないな。うーむ。この世界でも一般的な名前が分からん。ゲームの登場人物的な名前ばっかりだから何かのゲームのキャラ名にしておけば違和感もないだろうか。AAOが出る10年ほど前にAAOと同じ世界観を共有していたゲーム―――ゼロの迷宮の隠しボスの名前で行ってみますか。
「(ケイオス・クロウとかどうでしょうか(`・ω・´)ドヤッ)」
「「!!!!!」」
「こ…この顔は…!」
「な、なんだかすごく使ってみたいです!」
「(注目してほしいのは名前なんですが(ノД`)・゜・。)」
「あ、あぁ、悪いみりん」
「ごめんなさい。あまりにも斬新過ぎて…」
ただ文で会話するのは感情が伝わりにくいかなと思い、顔文字で心境を表現してみたが、どうやら顔文字という文化?がないため、いつも何気なしに使っている顔文字が魅力的に感じるようである。女の子とチャットするときも、2,3文に1回は顔文字を入れていたからな。俺の顔文字レパートリーは軽く1000を超える。
くっくっく、なんか女の子二人が興味津々で身を乗り出してくるのは非常に楽しい!ただのエロオヤジな感じもするが、俺はそんな男である。
「(これは顔文字と言いまして…(*‘ω‘ *))」
その後顔文字トークで盛り上がり、名前そっちのけになったので俺の提案したケイオス・クロウで決定した。
「あとこの腕輪使ってみて下さね。みりんさん用に大きさを調節してみました」
「(ありがとうございます。どうやって使ったらよいので(´・ω・`)?)」
「実際付けて、マナを流し込みながら相手に見せたい自分を想像することだな。後顔文字使うと話し進まなくなるから禁止な」
「(なんかすいません。ではやってみます!)」
さっきまでノリノリだった顔文字も禁止されてしまった。今度シンクちゃんと話すときに使ってみよう。話も進まないと時間も時間なのでさっくり変身してみますか!
いくぞ―――装着!
「………」
「………」
「(何も起こらないですね)」
「うーむ。みりん、ちょっと貸してみてくれ………っと、俺だと普通に変身できているということはみりん自体に何か問題ありということか。魔法耐性がありすぎるのか?」
「どうしましょうか………」
「こうなっちゃ仕方ない。フルプレートの鎧でもつけるか」
「そうですね!みりんさんなら多少重量のある鎧でも関係なしに動けそうですし、武器庫に行きましょう」
―――武器庫
フルプレートの鎧を装備することになり、武器庫に移動することになった。壁には剣と斧と槍がずらりとかけられており、パッと見て30近くのフルプレートの鎧が見える。このアジトはやはりおかしい。俺含めてメンバーは10人とか言っていたが、資金源は一体どうなっているのか。盗賊団だけに盗みだろうか。
「この鎧なんてどうでしょうか?」
「いーや、甘いなルル、鎧なんてものは相手を威圧してなんぼだぜ。つまりだ。この全身トゲトゲしているこの鎧が一番いい!」
「(さすがにトゲトゲしすぎな気がします)」
「そうか?普通だと思うんだが」
鎧と言っても色々あったので、できるだけ黒い鎧を選び、マントも折角なので黒色のマントを選んだ。ジョーカーさんにそれを選ぶのか?みたいな目線で見られたが、ルルも大賛成だったのでとりあえず装備してみることにした。
頭から首周りを完全に覆う狼をイメージした兜。肩の可動域を残しつつしっかりと腰まで覆う胴鎧。腕部と脚部においては、膝と肘の部分だけわざと外し、動きやすさを重視した装備としてみた。視界が狭いのが難点である。
「なかなかかっこいいですね!ボス!」
「うーむ。折角だからこっちのもう少しトゲトゲした感じの方が強そうじゃないか?」
「あんまりトゲトゲして不用意に転んだら大変じゃないですか?」
「(この鎧で良いと思います!)」
俺はそう即答した。
転ばないけどジョーカーさんの趣味の鎧はいやだ。そう―――ジョーカーさんが選んだ鎧は頭に大きな一本角、膝と肘にもトゲ、肩にも胸にもトゲトゲ、とにかく全身がトゲトゲしい装備だった。最後までトゲトゲしい鎧を進めてくるジョーカーさんだったが最後には俺とルルで選んだ鎧に決まった。
かくしてフルプレートの鎧を纏ったみりん改め―――ケイオス・クロウがここに誕生した。料金は出世払いにしてもらった。
「よし!これで準備は整ったな!」
「(ありがとうございます。ルル、よろしくお願いします!)」
「かぁー!俺様を仲間はずれにするなんて…泣いちゃうぜ…」
「ハハッワロス(いやーそんなつもりは)」
「みりんさん、じゃなかったケイオスさん、それはひどいと思いますよ」
「(すいません。違うんです!)」
「くっくっく。分かってるよ。まぁ、しばらく会えなくなるが、ルルを頼むぜ」
「(分かりました)」
「ふふっ、ケイオスさん、よろしくお願いしますね!」
お二人とも俺の「ハハッワロス」にある程度慣れてくれたようだ。ありがたい限りである。
鎧も本当は暑苦しいので装備したくはないが、下手にギルマスのおっさんやローザさんにばれると厄介ごとに成りかねないから仕方がない。
日は巡り、ついにギルドへと潜入する日が訪れた。
実は冒険者としてギルドで働くのが楽しみでしょうがなかったんだぜ。
うっきうっきしながら布団にもぐっているとジョーカーさんがやってきて、頼みごとをされた。そんなことがおこるのかと疑問に思いつつも引き受け、再び布団にもぐって眠ることにした。
ジョーカーさんとシンクちゃんにしばらく会えないのは寂しいが、みりん改め、ケイオス・クロウ頑張りますよ!
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第五話【選択】
小説まとめ

「はいはーい!どんどん運んでくださいね!今日はアグロのパンとルルさん特製シェチューと山野菜のサラダです!」
「はーい!」
ルルさんの呼びかけに答えてシンク君(仮)が食事を並べていく。自分より小さい子が準備しているのにぼさっと座っているのが心苦しく、手伝おうとするも、シンク君(仮)にこれは俺の仕事なんでダメです!と注意されてしまった。軽くしょんぼりしつつも食事を配られていく様を眺めているだけである。
「うーむ。おう、おはよう諸君」
「ボス!おはようございます!」
「おはようございます。ボス!ってあー、また寝巻のまま来て、みりんさんもいるんですよ!」
「えー、いいじゃねーか、減るものもないし。着替えるのめんどくさいし…」
「またそんなこと言って!シンクがボスみたいになったらどうするんですか!」
「………なんか心にグサッと来たぜ…」
考えながらやってきたのか腕を組みながらやってきたのはジョーカーさんだった。寝間着姿のままでしっかり頭の帽子まで被っているのが可愛らしい。こんな風景を現実世界で見ることは間違いなくなかっただろう。こういうのなんか良いな…。
「(おはようございます。なんか考え中ですかね)」
紙にささっと挨拶を書いてジョーカーさんに見せると、ジョーカーさんはそのまま俺の席の横に座った。
「いやー、みりんの状態のこと色々考えてたんだが、うーむ。言っていいものか悪いものか。悩みどころだぜ…」
「(それを本人の前で言うなら言ってくださいよ…)」
「それがなー、半信半疑のところもあるし考えもまとまってないからな。まとまったら伝えるぜ!」
「(非常に聞きたいところですが、分かりました。)」
そのまま4人が席に着き食事をとる。
6人掛けの大テーブルが3つ、テーブルも椅子も一つ一つつやがあり、コーティングされていることが分かる。ナイフにフォークも形が均一で現実世界で生きていた時と食事のとり方に違和感がない。これだけのものが作れて何故紙が高価なのか、電子ネットワーク文化がないのか。残念である。
ギルドへの潜入は準備に7日ほどかかるとのことから、その間に自身の戦闘力の加減を調べるために、訓練用スペースを借り、思いつく限りのことを試してみた。
それにしてもこのアジト広すぎる…。以前一度野球を見に行った福岡ドームくらいの広さはあるのではないだろうか。訓練スペース自体がサッカーグラウンド位の広さがある。
地面は土。入り口から入って右手を見れば弓か何かの的のようなものが見える。この広さの中、一人で訓練は寂しい気もするが、いろいろ試すには一人のほうがやり易いからありがたくはある。
―――訓練場
―――1日目―――
体力の続く限り、黒の木刀を振り続ける。
一に素振り、二に素振り、三四も素振りで五も素振り。
仮想敵はおらず、ただただ上段から下段に、下段から上段に振り続ける。
全力で振り続けてなお、スタミナがなくなるまでに3時間ほどの時間を費やした。最大スタミナが多いため、それに比例して回復するスタミナ量も多く、減っていくそばからスタミナが回復するため、スキルを使いまくらない限りはスタミナ切れになることはなさそうである。
昼食をとり、再び体力が回復すると今度は緩急をつけたり、飛び跳ねたり、自身の移動速度を試してみた。
走るのが楽しくなってきたので途中から『縮地』のものまねなどもやってみた。慣れてくると1歩で5mほど進むことができた。『スリップ』を使わずとも前に進むだけなら『縮地(仮)』が一番早く動けそうである。
最後に全力疾走で体力が尽きるまで訓練場を走ってみることにした。途中から砂埃が舞い始めたがそのまま続行。やっている途中に目を開けていられなくなったので、隅っこに避難していると様子を見に来たルルさんが扉を開けてすぐなんですかこれはー!と言いながら咳込み始めた。
「ハハッワロス(なんかごめん)」
―――2日目―――
仮想敵をイメージし、スキルを交えて戦ってみる。
イメージがうまくできず、スキルのぶっ放しになってしまった。やはり実戦経験不足だろう。ゲームの中ではいくらでもイメージが出来ていたのだが、実際の自分の動きと全くもってかみ合わない。しかし、実際戦闘で使いやすいスキルを言うものがある程度理解できた。
予想通り、出の早く隙の小さいスキルがやはり一番使いやすい。
攻撃にスキルを組み合わせ動いていると、さすがに昨日より早くで疲れてしまった。
途中様子を見に来たジョーカーさんが食べ物の差し入れを持ってきてくれて感動した。良く分からないパンを俺に渡すとすぐにどこかへ行ってしまった。女の子の差し入れは実際されるとものすごく嬉しい。ハイテンションで剣戟を飛ばすスキルを使っていると、加減を間違え壁に大穴を空けてしまった。音を聞きつけてやってきたルルさんに怒られた。
「ハハッワロス(ごめんなさい)」
更に怒られた。
―――3日目―――
戦闘系以外のスキルを色々試してみた。
結果として魔法系は使えるスキルなし。錬金術スキルは使えたため、『ゴーレム錬成』し、戦闘相手にすることにした。どうやってゴーレムを錬成しているのか分からないが、なんかイメージしながら地面にマナを送るとできた。
ゴーレムを操るならゴーレムに意識を向け続けないと動かせなかったため、ただの的にしかならなかった。しかし、剣戟と飛ばすスキルの的になってくれたため、錬成しまくって的にした。
全力の『エアスラッシュ』でも3体重なっていれば防ぎきれるため、いざと言うときの壁にはなりそうである。ゲームでは同時に錬成できるゴーレムは1体だけだったが、この世界ではマナのある限り錬成できそうである。これなら壁を壊すこともないと、昨日怒られて辞めてしまった剣戟飛ばしを再開した。
「ハハッワロス(剣戟を飛ばすの楽しすぎ)」
ゴーレムを錬成しまくり、地形がでこぼこになってしまったため、ルルに怒られた。
―――4日目―――
地形を戻すために試行錯誤。つぎ込むマナの量を多めにするとそれにつれて錬成できるゴーレムの大きさも大きくなるようである。結果、3〜4m位の天井ぎりぎりの巨大ゴーレムを錬成することができた。今度は意識して操ってみた。
穴が開いているところには土を被せ、デコボコのところは通称『ゴーレムローリングアタック』でごろごろして綺麗にした。残ったゴーレムを錬成解除すると土の山が出来た。これではまた怒られると思い、さらに試行錯誤。30cmほどのミニゴーレムを大量に錬成し、移動させて錬成を解除した。この位の大きさのミニゴーレムだと操りやすく、移動だけなら同時に10体くらい行けた。これは訓練すると見せかけの兵士軍団が作れそうである。
均等に小さな土のもっこりが大量にでき、畑を耕したみたいになった。
「ハハッワロス(畑耕しに使えるな)」
やってきたルルさんになんで畑にしているのかと怒られた。その後、足場がふわふわしてるのも逆に訓練になるかもですねとの判断から畑は放置で良いことになった。
―――5日目―――
弓系スキルを使ってみることにした。
『アイテムボックス』を使えるのは俺だけのようなので自前の弓と矢を出すわけにはいかず、ジョーカーさんに借りてやってみた。
スキルレベル自体はかなり高いほうではあるのだが、弓を扱うというのが実際非常に難しく、何度やっても狙ったところにとんでくれなかった。命中率が死んでおり、使い物にならない。弓の狙いに関してはエイムアシスト機能も働かない模様である。
止まっているゴーレムにさえなかなか当てられず、高威力スキルを使った際、見事にゴーレムの横を通り抜けて壁に大穴を開けた。音を聞きつけてやってきたルルさんに怒られた。本格的に使うなら反復練習が必要である。
「ハハッワロス(アーチャーにはなれなかったよ)」
―――6日目―――
ジョーカーさんがどこにいるか分からなかったため、ルルさんに頼んで魔法を自分めがけて撃ってもらった。ルルさんはサポート魔法メインで攻撃魔法は中級クラスまでを納めていたため、初級と中級の魔法をルルのマナが尽きるまで撃ってもらった。まず初級から始まり、初級魔法の『ファイアボルト』は熱いですんだ。『アイスボルト』は冷たいピンポン玉あてられた感じ。『サンダーボルト』は静電気でビリッとした感じだった。やはり魔法耐性のようなものがあるようだ。でないと『ファイアボルト』―――炎の塊を当てられて熱いで済むわけない。
次に中級魔法に移る。ルルさんの様子がおかしかったが続行。中級も同様に受けてみようとも思ったが、痛いのはやっぱりやめておこうとの判断で、全て剣の一振りで無効化してしまった。ルルさんがどうせ私は一生サポート役なのですと涙目でいじけてしまった。
「ハハッワロス(ものすごくごめん)」
泣いて訓練場から飛び出し、ジョーカーさんがブチ切れて登場。ひたすら謝った。結局事情をすべて説明し、何とかおさまった。シンク君の咎めるような目線が痛かったが、事情を説明したところ。頭をなでてくれた。シンクちゃんは女の子でした。何故女の子と分かったかは察してほしい。
落ち着いたルルさんとお話をしていると、まだちょっと目の奥に涙も見えるのに笑いながら
「毎回ルルさんルルさん書くのもなんかこそばゆいですし、ルルでいいですよ!」
なんだこの女神は―――料理もできて可愛い。ユーモアもある。もう結婚してください。なんて馬鹿な事考えながらルルと呼ぶことになった。口に出して呼べないのが悲しい。
―――6日目夜―――
俺はジョーカーさんに魔法に関する本を1冊借りて、寝る前に読んでいた。そして何故軽装の人が多いのかを理解した。そもそもジョーカーさんやルル、ギルマスのおっさんにローザは『魔力障壁』と言うものを張れるのだ。
本で読む限りでは薄い膜状のもので、達人になると目には見えないらしい。ただ、『魔力障壁』は使う人間次第で鋼よりも固い壁になるようで、戦闘中は『魔力障壁』を展開し、素早く移動するのが主流という事が分かった。
シルバーレギンとの戦闘中は俺も『魔力障壁』を張っていたと思われているんだろうか。でないとこんな軽装であんなバカでかいライオンのひっかきを受け止めるなんて考えないよな。俺の素の防御力と物理耐性という謎のものが高かっため防げたなんて言えない。
布団の中で『魔力障壁』の張り方を練習するも使えず。練習が必要のようである。
―――7日目―――
昨夜『魔力障壁』が張れないことが分かったが、張らなくてもそこまで大きなダメージを受ける気がしない。しかし、不意を突かれたり急所攻撃の場合もあることから対策を考えることにした。
対策としていざと言うときの防御をどうするか悩んでいたところ、『気功』スキルがかなりよさそうなことが分かった。ゲーム中では、気功使用中はのけぞり効果減少、スタミナ1秒間に1使用、被クリティカル攻撃率減少といったスキルだった。
しかし、実際に使ってみると中々応用法があり、ゴーレムに近づいた状態で『気功』スキルを内から外に放出するイメージで使ってみるとゴーレムを吹っ飛ばすことができた。緊急時の危機一髪などなど色々な用途に使えそうである。エフェクトが何故か黒かったため、闇落ちした剣士みたいで中二病心をくすぐられた。威力が上がるわけではないが、『エアスラッシュ』に黒いエフェクトを纏わせることもできた。
「ハハッワロス(闇の炎に抱かれて消えな)」
途中からシンクちゃんがこっちを見ており、ものすごくかっこよかったです。と目をキラキラさせながら近づいてきた。思わず頭に手を載せてみると気持ちよさそうな顔をするため、なでなでしてみた。抱きしめたい衝動にかられたが、さすがに自重した。
7日間で色々あったが、自分の居場所的なものを確保でき、精神的にもかなり助かったというのが本音だ。葛藤もあったが、やはり盗賊団に入ってよかった。特に仲良くなったのはルルだろう。なんか毎日怒られてばかりで肩身が狭いが、楽しいと本気で思っている自分がいる。今が楽しくて元の世界に帰らなくてもいいかなとも思い始めた。住めば都ということだろうか。
訓練の合間に色々調べてみたが、俺は世界屈指の実力者であることを理解した。問題は戦闘経験だけである。多少の手加減はできるようになったが、いざと言うとき10全の力を発揮し、過剰攻撃をしてしまいそうである。後、気を付けるのは人質や毒などの搦め手位なものだろうか。いや、虫系のモンスターとかも無理だな。
突然割って拭いた圧倒的な力。他者と一線を画した力を持つことによる優越感。このように考えている時点で慢心しているのかもしれないが、慢心せずに、上から目線にならずに生きていきたいものである。
まだ早い時間ではあるが、明日に備えてそろそろ寝ようとしていると部屋をノックする音が聞こえた。
「みりんさん、ちょっといいですか?」
「ハハッワロス(どうぞ)」
「うーん…入っていいのかどうなのか分かりにくいですね。入ります!」
現在俺がハハッワロスとしか喋れないことを知っているのはジョーカーさん、ルル、シンクちゃんの3人である。ルルは俺の「ハハッワロス」が蔑笑ではなく、別の意味の言葉を喋ったものだとしてあとの言葉を続けてくれた。本当にありがたいものである。
普通なら「ハハッワロス」しか喋れませんなんて信じないだろうが、少なくともこの3人は信じてくれている。ファングさんは出会ったその日のうちに『ルーラン』の調査に行ってしまったようで全く話していない。
「おじゃましまーす!」
「邪魔するぜ」
「ひゃっ」
ルルの後ろからジョーカーさんがぬるっと現れたため、ルルが吃驚している。顔を赤くしてジョーカーさんに怒る姿は何とも可愛らしい。そしてジョーカーさんも寝巻も相変わらず恰好可愛らしい。つまり両手に花である。
「(お二人とも、今日はどうしたのですか?)」
「いやー、俺はただルルがいたんでからかいに来ただけだぜ」
「もう!…んん、私は明後日からのギルドでの打ち合わせに来ました」
「龍殺し自体には俺も参加すると思うがそれまではよろしく頼むぜ!」
冗談を交えながら今後の対応を決めていく。
「まず当日ですが、精霊の森の比較的町から近い場所に『ゲート』を開いて転移します。町に着いたらみりんさんに冒険者としての手続きをし、私とパーティーを組み、早い段階でランクが上がるように仕事を選びながら行動していきます。後は山狩りが開始されるまで普通に働くだけですね!」
「メインとしてはみりんのギルドランク上げとお金稼ぎだな。ルルは冒険者としてはルイス・ルーカスで登録してある。さすがにみりんをみりんとして登録するわけにはいかないからな。何か名前を考えなきゃいけないが、何か名前あるか?」
「ふっふっふ、私考えておきました!黒くて強いのでブラック・ディザスターとかどうでしょうか?」
「…え?本気で言ってんのか?」
「な、なんですかその憐れむような目線は!」
あれにしようこれにしようとルルとジョーカーさんで話しているが、決まりそうにないな。うーむ。この世界でも一般的な名前が分からん。ゲームの登場人物的な名前ばっかりだから何かのゲームのキャラ名にしておけば違和感もないだろうか。AAOが出る10年ほど前にAAOと同じ世界観を共有していたゲーム―――ゼロの迷宮の隠しボスの名前で行ってみますか。
「(ケイオス・クロウとかどうでしょうか(`・ω・´)ドヤッ)」
「「!!!!!」」
「こ…この顔は…!」
「な、なんだかすごく使ってみたいです!」
「(注目してほしいのは名前なんですが(ノД`)・゜・。)」
「あ、あぁ、悪いみりん」
「ごめんなさい。あまりにも斬新過ぎて…」
ただ文で会話するのは感情が伝わりにくいかなと思い、顔文字で心境を表現してみたが、どうやら顔文字という文化?がないため、いつも何気なしに使っている顔文字が魅力的に感じるようである。女の子とチャットするときも、2,3文に1回は顔文字を入れていたからな。俺の顔文字レパートリーは軽く1000を超える。
くっくっく、なんか女の子二人が興味津々で身を乗り出してくるのは非常に楽しい!ただのエロオヤジな感じもするが、俺はそんな男である。
「(これは顔文字と言いまして…(*‘ω‘ *))」
その後顔文字トークで盛り上がり、名前そっちのけになったので俺の提案したケイオス・クロウで決定した。
「あとこの腕輪使ってみて下さね。みりんさん用に大きさを調節してみました」
「(ありがとうございます。どうやって使ったらよいので(´・ω・`)?)」
「実際付けて、マナを流し込みながら相手に見せたい自分を想像することだな。後顔文字使うと話し進まなくなるから禁止な」
「(なんかすいません。ではやってみます!)」
さっきまでノリノリだった顔文字も禁止されてしまった。今度シンクちゃんと話すときに使ってみよう。話も進まないと時間も時間なのでさっくり変身してみますか!
いくぞ―――装着!
「………」
「………」
「(何も起こらないですね)」
「うーむ。みりん、ちょっと貸してみてくれ………っと、俺だと普通に変身できているということはみりん自体に何か問題ありということか。魔法耐性がありすぎるのか?」
「どうしましょうか………」
「こうなっちゃ仕方ない。フルプレートの鎧でもつけるか」
「そうですね!みりんさんなら多少重量のある鎧でも関係なしに動けそうですし、武器庫に行きましょう」
―――武器庫
フルプレートの鎧を装備することになり、武器庫に移動することになった。壁には剣と斧と槍がずらりとかけられており、パッと見て30近くのフルプレートの鎧が見える。このアジトはやはりおかしい。俺含めてメンバーは10人とか言っていたが、資金源は一体どうなっているのか。盗賊団だけに盗みだろうか。
「この鎧なんてどうでしょうか?」
「いーや、甘いなルル、鎧なんてものは相手を威圧してなんぼだぜ。つまりだ。この全身トゲトゲしているこの鎧が一番いい!」
「(さすがにトゲトゲしすぎな気がします)」
「そうか?普通だと思うんだが」
鎧と言っても色々あったので、できるだけ黒い鎧を選び、マントも折角なので黒色のマントを選んだ。ジョーカーさんにそれを選ぶのか?みたいな目線で見られたが、ルルも大賛成だったのでとりあえず装備してみることにした。
頭から首周りを完全に覆う狼をイメージした兜。肩の可動域を残しつつしっかりと腰まで覆う胴鎧。腕部と脚部においては、膝と肘の部分だけわざと外し、動きやすさを重視した装備としてみた。視界が狭いのが難点である。
「なかなかかっこいいですね!ボス!」
「うーむ。折角だからこっちのもう少しトゲトゲした感じの方が強そうじゃないか?」
「あんまりトゲトゲして不用意に転んだら大変じゃないですか?」
「(この鎧で良いと思います!)」
俺はそう即答した。
転ばないけどジョーカーさんの趣味の鎧はいやだ。そう―――ジョーカーさんが選んだ鎧は頭に大きな一本角、膝と肘にもトゲ、肩にも胸にもトゲトゲ、とにかく全身がトゲトゲしい装備だった。最後までトゲトゲしい鎧を進めてくるジョーカーさんだったが最後には俺とルルで選んだ鎧に決まった。
かくしてフルプレートの鎧を纏ったみりん改め―――ケイオス・クロウがここに誕生した。料金は出世払いにしてもらった。
「よし!これで準備は整ったな!」
「(ありがとうございます。ルル、よろしくお願いします!)」
「かぁー!俺様を仲間はずれにするなんて…泣いちゃうぜ…」
「ハハッワロス(いやーそんなつもりは)」
「みりんさん、じゃなかったケイオスさん、それはひどいと思いますよ」
「(すいません。違うんです!)」
「くっくっく。分かってるよ。まぁ、しばらく会えなくなるが、ルルを頼むぜ」
「(分かりました)」
「ふふっ、ケイオスさん、よろしくお願いしますね!」
お二人とも俺の「ハハッワロス」にある程度慣れてくれたようだ。ありがたい限りである。
鎧も本当は暑苦しいので装備したくはないが、下手にギルマスのおっさんやローザさんにばれると厄介ごとに成りかねないから仕方がない。
日は巡り、ついにギルドへと潜入する日が訪れた。
実は冒険者としてギルドで働くのが楽しみでしょうがなかったんだぜ。
うっきうっきしながら布団にもぐっているとジョーカーさんがやってきて、頼みごとをされた。そんなことがおこるのかと疑問に思いつつも引き受け、再び布団にもぐって眠ることにした。
ジョーカーさんとシンクちゃんにしばらく会えないのは寂しいが、みりん改め、ケイオス・クロウ頑張りますよ!
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第五話【選択】
小説まとめ

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2017年01月03日
『Another Archive Online〜ハハッワロス〜』第五話【選択】
俺は…………ジョーカーさん側につく事を選んだ。
盗みなんてするつもりはないが、ここで捕まりたくはない。はっきり言ってしまえば弁明できる自信がない。ゆっくり考える時間が欲しいのだ。単純にジョーカーさんに愛着が出てきているというのもあるが。
だからこそ、捕まりたくはない。仮にお尋ね者として登録されようとも、この身体スペックがあれば、顔を隠すなり、服装を変えるなりしてどうとでもなるだろう。ゲームやアニメの中のお尋ね者たちのように年がら年中同じ髪型、同じ服装でいる必要なんてないしな。
一人で逃げると言う選択もあるが、それはできない。善でも悪でもいい。いざと言うときの後ろ盾が欲しい。利己的な考えとは分かっているが、その対象にジョーカーさんを選んだ。それに、ジョーカーさんに出会わなければ……いや、この思考は無意味だ。結局は俺の選択の結果が今の状況だ。
一つ目標は決まった。ここからジョーカーさん達と共に逃げる!それに二人とも可愛いしな。上手くいけばおいしいお礼があるかもしれん。
俺がどう選択をするか、声で表明することはできない。故に、剣を抜き、ジョーカーさんたちの前に立ち、刃先を相手に向ける。『パリィ』は武器を装備することで強制的に解除されただろうが、もう不意打ちはないだろうし大丈夫だろう。しかし――――お二人さんは俺が剣を抜いたことに反応し、『ファイアボルト』と『エアスラッシュ』を放ってくる。避ける方向に注意しながら『スリップ』とステップでスキルを避ける。
剣を抜いたからっていきなり攻撃してくるか!?……不意打ちもしてきたし、そういう世界なんだろうか。それだけ警戒されてるって事だろうか。しかし、また膠着状態に戻ってしまった。いや、違うな、ジョーカーさんが戦闘態勢を解いている。……相手は警戒しているようだ。
「みりん……いいのか?」
「?」
ルルさん……そのクエスチョンは俺の事同業者か何かだと思っていそうだな。
俺はジョーカーさんの問いに頷きで答える。
「クヒックヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!―――さいっこうだぜ」
「ル……ジョーカー?」
「……お前さんのボスは薬でもやっているのか?」
「いえ、高位の魔導書の読み過ぎで、頭のねじが吹っ飛んでるだけです」
「ルル……何気にひどいこと言ってないか?」
腹を抱えて笑いだすジョーカーさん。高位の魔導書を読むと頭のねじが吹っ飛ぶのか……。というかそこまで俺がジョーカーさん側につくのが嬉しいのか?さっき知らない人が見れば明らかに仲間だぜ!的な発言してたよね?
遊びは終わりだと言わんばかりに、おっさんの手に持つ剣に力が込められる。つられてローザさんの周囲に小型の青い魔方陣が展開される。集中しろ。相手の動きを見逃すな―――――。
「おっと……戦闘を続ける前に俺様の話を聞いておかないか?」
「マスター」
「…………はぁ、言ってみろ」
「ギルマス、あんたは言ったな『シルバーレギンとの敵対は法で禁止されている』と」
「ああ」
「そしてこうも言った『……先ほどの戦い見させてもらった。』と……あんたほどの地位にある人間が敵対を放置していたと言う訳なんだが、それはもう共犯と言っていいんじゃないか?」
「それはただ!」
「ローザ、まだ話は終わっちゃいないぜ。さらに不意打ちによる戦闘を仕掛け、今なおこの場で戦おうとしている。これはそこで倒れているシルバーレギンも巻き込む可能性がでてくるよなぁ」
相手の立場を利用して戦闘を回避する算段か。全く思いつかなかったぜ。……さっきの俺の行動もしかして意味なかった?むしろ立場を悪化させただけな様な……。いや、俺が立場をはっきりさせたからこそ言えたのか?
「お前たちを捕まえれば話は変わらん。犯罪者とギルドマスター……どちらの証言を信じるか、答えは決まっている。まぁ、生き残っていればだがな」
「クヒヒヒヒヒ!しかし……シルバーレギンが人語を理解しているとしたら?」
「なんだと……?」
「そこのシルバーレギンは既に人語を理解している。そしてこの会話を聞いている。……さて、お前の返答をどう解釈するかな?聖獣がなぜ敵対を禁止されているか……分かっているだろ?」
「……」
「それに俺たちは見ての通り、戦闘後の疲れで弱っている」
一体何を言うつもりなんだ?この場合疲れは隠しておくものじゃないのか?
「いざ戦闘となれば手加減する余裕がなくなるわけだが……。私の実力は知ってるよな?なぁ、ローザ」
「!!?」
「私と―――殺し合いがしたいか?」
「ぁ……ぅ」
……なにこの人怖い。事実と度胸、はったり?を加えて立場を逆転させている。俺と私を使い分けることでローザさん相手に学生時代を思い出させているのか?相手の敵意の様なものがなくなっていくような感じがする。
「はぁ……この女狐が」
「クヒヒヒヒ!なんとでも言え」
おっさんが剣を収め、クレーターの中心にいるシルバーレギンへと向かっていく。
「シルバーレギン。我が身に受けた依頼を優先してしまった。申し訳ない。お詫びと言ってはんだが、高純度のマナの結晶体を用意する。許してもらえるだろうか?」
「guooon!」
「ちょっと待て……単純すぎないか」
どうやらシルバーレギンは餌付けされてしまったようだ。ジョーカーさんもルルさんも呆れている。なんとしまりのない展開だ。
しかし、言葉だけで戦闘を回避してしまうとは、なんかゾクって来たわ。これがカリスマってやつなのか?いや、いきなり戦う気満々だった俺の思考がやばいのか?
「ジョーカー、ルル……それに……みりん……本名か?」
「ハハッワロス(笑えることに)」
「嫌味な奴だ―――だが、中々の体術だった。いくぞ、クィンエル」
あんなへんてこな体術で褒められるとは。
動きはぎこちないが、スペックのお蔭で動きが早いし、スキル発動中は自分の意思で動いている訳じゃないからか。……!いつの間にか『ハハッワロス』で会話している。相手によって受け取り方は変わるだろうが、何とか会話の間に挟み込め……厳しいな。
「―――ジョーカー、一緒に……」
「ローザ、犯罪者として捕まれと言いたいのか?あぁ、こいつを渡しておくぜ。お前たちに依頼を出した議員が使っていたものだ。こいつを持ちかえればどうとでもなるだろ」
ジョーカーさんは懐から例の相手を惚れさせる指輪を取出し、親指でローザさんに対して弾いた。
ローザさんってジョーカーさんにすごく執着してるな……ヤンデレ予備軍だろうか。
「これは……?」
「俺様が盗んだラーヴァの指輪だ。効果は分かるだろ?」
「―――催眠系のアイテムは使用禁止されているはずだが」
あの時の指輪か。もう俺に使った効果は消えてるのか?昨日の夜ほどジョーカーさんに対して気持ちが傾いている訳ではない。消えてるよな。
「ガンガン使ってたみたいだぜ?事実確認として今まで議員を囲んでいた女がどうなっているか見てみたらどうだ?」
「ふむ……。有効に使わせてもらうとしよう。クィンエル。いくぞ」
「ジョーカー!今度は違う形で!」
「あーはいはい。機会があればな」
お二人さんは回れ右をして帰ってゆく。無事戦闘を切り抜けたようだ。俺の行動ほんと無意味だったんだな。あぁすごい凹む。ルルさんやジョーカーさんに脳筋とか思われてるかもしれないな。
「うっし、メンドクサイのは去った。帰るとしようぜ!」
「言い回しはさすがですが、やっぱりボスは敵に回したくないです」
「ルル、それは褒めてるのか?」
「もちろんですよ!」
「まぁいいか。さすがに疲れたぜ。ルル、最後の仕事だ。ゲートを開け」
「了解です」
ゲートを開く?ゲーム中では各町に設置してあるゲートをくぐることで、行ったことのある町に自由に行き来ができた。開くとは、良くある転移魔法的なものだろうか。
「『ベースゲート オープン』」
空中に青い魔方陣が浮き出る。その魔方陣の中心はさながら門のような形をしており、門の入口部分だけ半透明な膜で覆われている。なんか分からんが……かっこいい……。
「みりん。最後に聞くぞ。ここから先は俺様たちのアジトだ。一緒に来るなら仲間になるしかない。ならないならここでお別れだ。さっきの行動からして仲間になる―――でいいんだな?」
お尋ね者確定だろうし、仲間にはなるしかないと思う。ただ、盗みはなぁ……。うん。いや……まてよ。ジョーカーさんは単独の盗賊ではない。話を聞く限り組織を作っている。組織という事は何も盗みだけをやっている訳ではあるまい。これだな……!
「(仲間になる。が、盗みをするつもりはない。他の事をまかせてくれ)」
資材調達とかな!『アイテム』機能や身体スペックを有効活用すればほとんどのことがごり押しで可能な気がせんでもない。実際は単に自分が盗みをしたくないだけだ。日本人として生きてきた感性が盗みを否定する。大きな心境の変化でもない限り変わらないだろう。
「盗賊団に入るのに盗みはしない…….か。まぁいい、団員のすべてがすべて盗みをやっているわけじゃないしな。俺様は戦闘要員としてお前を買っているんだ。裏切らないのであればそれでいい。―――その言葉に二言はないな?」
ジョーカーさんの目つきがやばい。冗談交じりの目ではない。ここは頷きではなくちゃんと文字で書こう。……喋れたらいいんだがな。なんて書くか……「俺を信じろ?」なんか安っぽいな。そのまま「ない」って書くのもな。
「(口じゃ証明できないからな。行動で示す)」
「なるほど―――行動か。……いいぜ。みりん。俺たちはお前を歓迎する!」
「こんな強い人が仲間になってくれるとは!心強いです!………それにしてもボス、前々から勧誘してたんですね」
「あーったりまえだろ。こんな面白い男なかなかいないぜ。―――出会ったの昨日だがな」
「えええええええ!それでいいんですかボス!身辺情報とか。あっ、いえ、別にみりんさんが怪しい人だなんて思ってるわけじゃないんですよ!」
明らかに怪しいと思ってるよね。分かりますぜ。ルルさんの言うとおり、出会った早々に盗賊団に勧誘するとかおかしいよな。俺が裏切る可能性だって向こうからしてみれば十二分にあるだろうに。なぜ俺を受け入れようとしたのか……ジョーカーさんの顔からは読み取ることができない。
「ほらほら、帰るぞ!時間は有限。今は急ぐ時だぜ」
「そうですね……。早くシンクを助けてあげないと―――みりんさん!これからよろしくお願いします!」
二人と握手を交わし、ゲートとやらをくぐる。なんかこの感覚……どこかで……まるでSR世界にダイブした時のような感覚だ。一瞬視界が歪み、辿り着いた場所は大きな洞窟のような場所の中だった。
「ルル、俺は治療薬の作成に取り掛かる。みりんを部屋に案内しておいてくれ。ひとまずは客人として持て成してくれ。みりん、今から作業に入るため、俺様が持成す暇はないが、ゆっくり疲れを癒してくれ」
これから作業か……。休む間もなく。シンクという子のためとは言え、盗賊団って感じがしないよな。だからこそ入るときに抵抗が少なかったのかもしれないな。
「みりんさん!行きますよ!……大丈夫ですよ。ボスは体力ゲールですから」
「その胸引きちぎるぞ」
キャッキャワイワイと騒ぐジョーカーさんとルルさん。はたから見るとコスプレした女子高生みたいな感じだな。今思えば俺がこの中で一番年上なんだろうな、たぶん。……ゲールって何だ。
―――2日目
部屋に連れられて2日が経った。もちろんその間何もせず寝ていたわけではない。きっちりばっちり調べさせてもらいました。
部屋に来る道中、及び部屋の中、中世チックな飾り具合だ。
おいてあった3冊の本はすべて日本語……見なれない単語もあるが大体読める。残念ながら魔法に関する本はないが、やはり驚くべきは日本語で書かれているという点だろう。文法もほとんど日本語と言っていい、問題なくすらすら読める。ゲームと似通っているとはいえ異世界で日本語が使われているってどうなんだよ。いや、日本語が使われてなかったら積んでいるが……。
そしてお風呂!いや、お風呂が実際にあるのかどうか多少不安もあったが、普通にあった。それもシャワー付きで。まさにゲームの中と同じだった。しかし残念なことに、食事の主食は米ではなくパンやスープ、肉がメインだった。懐かしきかなつやつやの白米。数日食べていないだけでここまで食べたくなるとは……!箸はないがスプーンとフォークが準備されたため、食事に苦戦することはなかった。
……もしかして俺達がゲームとしてプレイしていたのは別世界の現実だった?別世界に分身体アバターを創造し、それにログインして現実をゲームとして遊ぶ。………んなわけないか。なんだよ分身体って。
考えれば考えるほど分からなくなるな。歴史が載っている本も読んでみたい。後で聞いてみるか。
しかし……暇だ。考える時間が欲しかったが、判断材料が少なすぎる。思考ループに陥るだけで進展しない。進展がない以上ベッドの上でゴロゴロするしかない。次ルルさんが来たとき聞いてみるか。
「(魔法や歴史が載ってる本が読みたいのだけど、あるでしょうか?)」
「……はい?」
「(実は記憶が曖昧でして……本を読んでるうちに思い出すかもしれないと!)」
「な……なるほど!って頭でも打ったんですか!?」
「(打ったのかもしれません……)」
「……わっかりました!お任せください。ボスももう少し時間がかかるようですし……んーどうせなら書庫に行っちゃいましょうか?1万冊を超える本がありますし、ここにずっと居るのも退屈でしょう?」
「(ぜひお願いします!)」
そして今に至る。ルルさんは俺を案内してまたどこかにいってしまった。此方としては好都合。ゆっくり読ませてもらうとしよう。お……『精霊の森』ってタイトルがあるな。何々……精霊の森は出会いと別れの場所です。相手探しは慎重に。……何の相手だ。
タイトルを斜め読みしてめぼしい本だけ読んでいったが、魔法関係の本置いてないな。歴史と地理情報が分かるだけ十分か。最近の歴史は……魔族の襲来とか書いてあるな。ルルさんからもらった紙にめぼしい歴史だけメモっておくか。
500年ほど前に魔族との戦争があったが、9人の英雄の活躍により人間・ドワーフ・エルフ側の勝利で終わった……か。そしてニルマ語が公用語となったのが450年前か。それ以前の言語は国々によって違うな。
そして今がAL(Ark Low)1901年。英雄なんてやつらがほんとに実在する世界なんだな。しかも9人で戦争終わらせたみたいに書いてあるが……さすがに誇張表現だよな。他には…………。
……。いつの間にか眠ってしまったようだ。頭の中に全部が全部入ったわけではないが、この世界についてなんとなく理解したといったところか。後はこの世界で行動するうちに本の内容を理解していくだろう。
その後ルルさんが戻ってきて、雑談(筆談)をしながら食事をとり、眠りについた。
―――3日目
ついにジョーカーさんの薬づくり?が終わったようだ。ルルさんに呼ばれ、ランナーに向かっている。ランナーと言うのは日本語で言う会議室の様なもののようだ。
「来たか、みりん」
「この人が……!」
「ほぉ……」
ジョーカーさん以外に二人いるな。茶髪で長髪の渋いおっさんと緑色の髪の少年?だ。もしかしてこの子供がシンクと言う子なのだろうか。
「ささっ、みりんさん此方にお座りください」
促されるようにジョーカーさんの真正面のイスに座る。ルルさんはそのままジョーカーさんの隣に行き、立っている。まるでメイドさんのようだ。
「うっし、それじゃ……自己紹介といくか。まずファングのおっさん」
「……まだ33なんだがな」
「十分おっさんです」
「……あぁ、俺はファング・ランダルトと言う、気軽にファングと呼んでくれ。君の事は聞いている。これからよろしく頼む」
自分より年下の子におっさん、おっさん言われると傷つくよな……。近年は盆や正月に親戚の子供に会う度に言われてたからな。
ルルさんからもらった紙にもう書くスペースがないので会釈であいさつをする。あまり良い意識はされないだろうが仕方ない。そして次に……。
「あ……あの!俺……俺!シンクって言います!ボスとルルから聞きました。助けてくれてありがとうございました!」
やはりこの子がシンクと言う子のようだ。……男だろうか、女だろうか。俺って言ってることからして男……いや、ジョーカーさんと言う例外が目の前にいるしな。声が高く、顔も美少年でも美少女でも通用する。髪の長さも中途半端で余計わからん。助かってよかったな。しかしながら……目がキラキラしている。ものすごく尊敬しているような目が俺に向けられている。……シンク君(仮)になんて説明したのだろうか。
「改めまして、私はルカ・ルーカスです。ルルって呼んで下さいね!」
再び会釈。今思えば何かのゲームで聞いたような声だ。何だっただろうか。立ち位置的にはジョーカーさんの補佐なのだろうか。
「最後に俺様だな。クウネル・ジョーカーだ。ボスでもジョーカーでも好きに呼んでくれていいぜ。他の奴らの自己紹介もしたいところだが、居ないやつ紹介しても顔と名前が一致しないしな。居る時に紹介するぜ。内部構成員は9、いや、みりんを入れて10人だな」
ジョーカーさんと出会った結果が今に至るんだよな。出会っていなかったら今頃どうなっていたのだろうか。今頃ルキス町でギルドに入っていたかもしれないな。
「そして、こいつがみりんだ。天性の才能と言うべきか、動きがおかしい時もあるが、圧倒的な近接戦闘能力を誇る期待の星だぜ。ただし、障害持ちのため、ほとんど喋れない。会話をするとなると本人は筆談が主体になるが、よろしくしてやってくれ」
各自よろしくとあいさつ。まぁ、『ハハッワロス』と喋ってしまう時があるから、単純に喋れない設定じゃいけないんだがな……。
「顔合わせはこれで終わりだな。それじゃいったん解散とする。ルル、悪いがみりんに部屋の案内してやってくれ」
「……んー、一通り……案内すればよろしいでしょうか?」
「あぁ、一通り頼むぜ」
斯くしてファングのおっさんとシンク君(仮)、ルルさんの3人でアジトの中を回ることになった。
しかし――――広いな。
寝泊りする小部屋に案内された時から思っていたが、広い。これで俺を含め10人しかいないのか。……どんな規模の組織なんだ。
3人にあっちこっち案内されながら問いに答えていく。親睦を含めるのが目的って感じかな。
「みりん君は近接戦闘のスペシャリストとのことだが――――どこかで師事していたのか?」
「(あっちこっちから見よう見まねで技を取り入れているので、我流と言っていいでしょうか)」
嘘は言ってないぜ!多くの漫画やアニメに登場する見た目かっこいい戦闘術を取り入れている。
「我流でボスにあそこまで言わせるか……後で手合せしてみないか?互いの実力を知っておいた方が今後組みやすい」
「(こちらこそお願いします)」
可能性としては考えていたけど、まさか本当に手合せを頼まれるとは……。断るのも変なので了承する。腰に剣を刺してるってことは剣で勝負だろうか。さすがに真剣では戦わないよな……?
「あのっ!みりんさん、俺ともお手合せお願いします!」
「し〜ん〜く〜、まだ病み上がりなんだからダメです!あなたに何かあったら……ううっ」
「うっ……分かりました。でもいつかお願いします!」
「(体調が万全な時にやろうか)」
「えっと……はい!」
「ふふっ、みりんさん、その調子でどんどん漢字を使って行ってくださいね。シンクはまだ読み書きが不十分なんです」
「が、頑張ります……」
まだ子供だしな。しかし――――漢字か。この国……いや、この世界ではではニルマ語が公用語として使われている。ニルマ語は漢字、ひらがな、カタカナから成り立っており、俗にいうカタカナ語なんかも外来語として浸透している。なんかほんと……日本と大差がないな。違うのは識字率の低さ位か。
さっきからふんだんに紙を使っているが、ぶっちゃけ高いらしい。もちろんペンも高い。両者の値段が高いことが、識字率を下げてる要因だろう。この盗賊団が識字率高くてよかったぜ……。
高価な紙を使いまくってるからな……。ちゃんと働かなければ!どんな仕事をすることになるか……用心棒とかだろうか。この盗賊団が見た感じ相当裕福だとしても、会話するだけで金を消費していくと考えると心苦しいよな。今の状態ただのヒモだし。
「以上で案内を終了します!たぶん――――そろそろボスからお呼びがかかると思いますのでランナーにいっときましょうか」
「次のミッションの指示だろうな」
「俺はまだ留守番かなぁ」
「そうですね。でも、シンクはボスと魔法のお勉強だと思いますよ?」
「ほんと!?」
「たぶん……ですけどね」
3人の会話を聞きながらランナーに向かう。つらいです。正直つらいです。会話に入り込む度に紙というお金がかかり、相手に見せなきゃならない。質問もしてくれるけど明らかな壁を感じています。早くまともに喋れるようになる方法見つけなきゃな……!
「おっ、戻って来たか」
「ばっちりです!」
「おっほん!それじゃ今後についてだぜ。まずはシンク。俺と一緒にこの前の魔法の勉強の続きだな」
「やった!」
「はっはっは、シンクは魔法の勉強が好きだな」
「楽しいです!」
シンク君(仮)……無邪気だな。その無邪気な笑顔はお兄さんにはつらいです。勉強が好きだったのは何時頃までの話だっただろうか。魔法の勉強なら今の年でも楽しくできるかもしれんが、やってみないと分からないな。魔法に憧れはするが、ゲーム中の魔法と言うのは簡単に覚えられるものばかりだったからな。
「次におっさん。アーカム港で近辺の情報収集と『ルーラン』について調べてくれ」
「了解した」
「(『ルーラン』って?)」
「不死鳥が宿るって言われている奉剣の一つですよ!」
「今まで何本か見てきたが全部贋作だったからな。いい加減本物様と巡り合いたいぜ」
見つかったら盗むことになるんだろうな。しかし、シンク君(仮)は盗むことに抵抗はないのだろうか。この顔を見る限り、嫌々盗賊団にいるってわけじゃなさそうだしな。
「最後に、みりん。ルルと一緒にルキス町のギルドに潜入してもらう。心配するな。声の方はどうにもならないが、外見はこれである程度変えることができる」
「みりんさん!守ってくださいね!」
ルルさんの笑顔に無意識のうちに頷きで答える。間違いない。この娘モテるっ……!そして、ほいっと渡されたのは銀色の腕輪。あのギルマスとローザさんに顔が割れてるが故のこの……外見を変えられる腕輪か。
「この1~2か月の間に山狩り……別名龍殺しが行われると情報を掴んだ。目的は山頂、龍の巣にあると言う『アルージャの奉剣』だ。長〜いギルド生活の始まりだぜ。詳しい事はルルに聞いて臨機応変に行動してくれ」
「了解です!」
……奉剣ばかり狙っているようだが何かあるのだろうか。いきなり聞いても話を逸らされそうだしな。それとなく聞いてみるか。しかし、龍殺しってドラゴンと戦うのか。ドラゴンと言ってもピンからキリまでいるからな……。ゲーム中では〜ドラゴンとしか呼び名がないやつは、そこそこのスペックがあればソロで倒せる存在だ。しかし、森の刻龍アルザルハルドスなど〜ドラゴンと呼ばれないやつらは相当スペックがあってもソロではきつい。ノーダメソロ動画もかなり上がってはいるが、何度も死んで何度も戦ってその龍に対応した自分だけの動きを覚えなければならない。まぁ、慣れない人は復活の羽使用しまくってソロしてたんだけどな。
……考えてるうちに他の話が終わってしまったようだ。なんとなく聞いていたが特に気になるとこはなさそうだ。
「それじゃ解散ですね!みりんさん、7,8日後くらいで出発ですので準備しておいてくださいね!」
「あぁ、みりんはちょっと残ってくれ、皆は部屋に戻っていいぜ」
なんですと。明日出発かよ!そしてジョーカーさんから何か話があるようだ。……何だろう。
「あらら、ではお先に失礼します!」
「みりん君、どうやら模擬戦は先にお預けのようだ。楽しみにとっておこう」
「その時は俺もお願いします!」
「ほらほら、解散解散!」
慌ただしくも3人は部屋を出て行き、その部屋には俺とジョーカーさんだけになった。……ちょっとだけドキドキするな。さぁ、話を聞こうか!
「クヒヒ、みりん、俺様の仲間はどうだった?なかなか面白い奴らだろう?」
「(ええ、あのシンクと言う子も盗賊団なんですよね?)」
「そうだぜ。あぁ、子供だからと言いたいのか。……まずみりん、誤解を一つ解いておこうか。盗賊と言っても金銭や女、食糧を盗んでいる訳じゃないぜ?ある目的のために力ある人材、アイテムを集めている。その過程で盗むことがあるだけだ。だったらいっその事盗賊団を名乗ればいいって話になってな」
……まぁ金銭目的じゃないだろうとは思っていたが、ある目的……。力ある人材ならあの時のギルマスやローザさんも当てはまる気はするが、盗賊を名乗ってるから誘えないのか?
「(目的とは?)」
「……一言でいえば、そうだな。うーむ。未来を変えるってとこか。詳しくはおいおい話してやるよ」
戯けた感じじゃない。本気……か。なんだかゲームのストーリーに乗っかってるような気分だ。
「クヒヒヒッ、まぁこの話は置いておこうぜ。そうだな……『アルージャの奉剣』を手に入れたら教えてやるぜ。他に聞きたいことはあるか?」
まぁ、入ったばかりで本当の仲間……とは認められてはいないだろうからな。それはしょうがないか。
「(聖獣と敵対してはいけない理由とは?)」
「ん……みりん知らなかったのか。どこかちぐはぐしてるな。まぁそこが面白いんだが。……聖獣とは世に具現した精霊の中でも知識を持つ者のことの総称だ。100年以上前は敵対を禁止する法なんてなかったんだがな。俺様クラスになれば分かるが、多くの人間が初見で聖獣かどうかの判断なんてできないぜ」
確かに初見じゃ判断なんてできないよな。
「聖獣は自ら人間を狙うことはない。いや、人間をくらう必要がないから敵対しないと言っていいか。魔獣は生きるために他者を食らうが、聖獣は生きるためにマナを食らう。もちろん戯れに人を殺すことはあった」
聖獣はマナを食らい。魔獣は他者を食らうか。なんとなくイメージはつかめたな。
「そして、聖獣の中でも共生聖獣とは、500年前、英雄の一人―――大賢者アギルドが契約を結んだ聖獣。契約により人と生きることを選んだ聖獣たちだ。例えば、先日の精霊の森、近くに町はあるが、町まで魔獣が出ることはない。それが何故か分かるか?」
「(もしかして、聖獣が見張りをしている?)」
「察しがいいな。故に人は精霊を恐れるし敬いもする。だが―――その契約を知ってか知らずか好き勝手にする者もいた。昔、ある冒険者たちがいた。そいつらは強かった。いくつものダンジョンを攻略し、金も装備も充実していた。しかし、冒険者たちは飢えていた。もはや冒険者たちにとって金も装備も目的じゃなくなったからだ。目的に辿り着くまでの過程こそが目的となっていた。そして、次の標的として選んだのが共生聖獣フィアリーデイズだった。戦いは至難を極めたが、最後に勝ったのは冒険者たちだった。仲間からは反対の声も出たが戦利品として、聖獣がドロップしたアイテムを持ち帰り、傷を癒す間も惜しみ、三日三晩騒いだ」
「(その冒険者って)」
「―――これが駄目だったんだ。ドロップしたアイテムとは聖獣の卵。そしてそれを持ち帰ってしまった。大賢者アギルドがした契約はこうだ。―――私たちはお前たちの住処を奪わない。だからお前たちも私たちから住処を奪うな。―――まぁ、お互いの陣地を維持するようお互い協力しましょうって感じだな。しかし、聖獣の卵を持ち帰ってしまったばかりに、共生聖獣フィアリーデイズの陣地が空いてしまった。卵をその場においておけば問題はなかったんだが…。それに対して他の共生聖獣の怒りを買ってしまい。―――近隣の町7つが1日で滅ぼされた……ってなことがあってな。尾ひれ羽ひれついて今じゃ法で禁止されるようになったんだぜ」
「(間違って攻撃したり、そもそもシルバーレギンは大丈夫だったのか?)」
「ああ、仮に倒したとしても、ドロップアイテム―――卵を持ち帰らない限り実害はないんだぜ。まぁ、戦うこと自体法で禁止されてはいるがな!」
聖獣との敵対が法で禁止されている理由は理解した。色々理解したが、それだと何故ギルマスのおっさんやローザが引いたのかの説明には合わないような。真実と一般的に広まっているものが違うのか?
「(一般的にはどのように広まっているんですか?)」
「ほう。良く気付いたな。今話したのは真実だ。だが一般的に広まっているのは共生聖獣と敵対すると他の共生聖獣たちが怒って攻撃してくるぞって感じだ。まぁあのギルドのおっさんはあんまり信じてはいない様子だったが、立場上引かざるを得ないからな。クヒヒ」
「(紐解けました。)」
非常にジョーカーさんが眩しく感じるのは失敗を恐れていないように見えるからか。可愛いからって言うのもあるが、堂々とし過ぎている。いつも逃げ道を模索している俺とは違うからか。
しかし、この世界に来てからの出来事全てが別世界の現実だなとしか言えない。ゲームとも色々違うし、全ての表現が真に迫っている。言葉を取り戻すことを第一に、この世界で生計を立てていくように考えていったが良いか。
「まぁ理解してくれたようでなによりだ。……あぁ、話がそれたな、みりんを残した目的は……こっちだぜ」
薄ら青く光る水の入った瓶が置かれる。……こいつぁいったい。
「この間の『クリア』が少し余ったからな。その余りを使って調合した薬だ。さぁ、みりん。ぐいっと飲んでみな」
何か光ってるが大丈夫なのか……?ジョカーさんは……飲むまで答えを教えてくれなさそうだな。ゴクンと一気に飲み干す。味は普通の水だな。
「どうだ?…………何か喋ってみてくれ」
「ハハッワロス(ビール飲みたい)」
「……はぁ。これじゃだめか。今みりんが飲んだのはあらゆる呪術や魔法による障害を打ち消すと言われる『ディスペル薬』なんだが、これじゃダメとなると。それこそ伝説クラスの『エリクシル』でも飲まない限り治らないかもしれないぜ……」
ファンタジー物なら多々登場する最高位の回復薬か。ゲームないでは見たことも聞いたこともなかったな。ならば言葉を取り戻すのはまだまだ先になりそうだな。
「(エリクシルってどうやったら手に入るか分かりますか?)」
「そもそもエリクシルの製法自体現代では失われているからな。王国図書館の禁書庫になら残っている可能性もあるが、まぁそこんとこは調べといてやるぜ。気長に待ってくれ。後は何か聞きたいことはあるか?」
『ハハッワロス』に関しては気長に待つとしますか。世界の勝手がわからないからジョーカーさんに任せっきりになるだろうし。紙とペンがあれば特に問題もないしな。軽はずみに出た言葉がすべて『ハハッワロス』なため、相手を煽ってしまうのは問題だが…。
聞きたいことか。色々有りはするんだが、聞きにくいこともあるからな。当分はこの世界で生きることだけを考えよう。初めに体の動かし方を―――そうだ。空きスペースを貸して貰えないだろうか。
「(ありがとうございます!…そうですね。どこか体を動かす場所ってありますか?ギルドに潜入するまでの間ちょっと体を動かしておこうと思いまして)」
「おっ、そうだな。それじゃあうちの訓練スペースを貸してやるよ。暫く誰も使わないだろうし好きに使っていいぞ」
「(ありがとうございます。使わせていただきます!)」
本当にお世話になってばかりだ。肩身狭いので何とか恩は返します。
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第四話【その実の名は】
小説まとめ


盗みなんてするつもりはないが、ここで捕まりたくはない。はっきり言ってしまえば弁明できる自信がない。ゆっくり考える時間が欲しいのだ。単純にジョーカーさんに愛着が出てきているというのもあるが。
だからこそ、捕まりたくはない。仮にお尋ね者として登録されようとも、この身体スペックがあれば、顔を隠すなり、服装を変えるなりしてどうとでもなるだろう。ゲームやアニメの中のお尋ね者たちのように年がら年中同じ髪型、同じ服装でいる必要なんてないしな。
一人で逃げると言う選択もあるが、それはできない。善でも悪でもいい。いざと言うときの後ろ盾が欲しい。利己的な考えとは分かっているが、その対象にジョーカーさんを選んだ。それに、ジョーカーさんに出会わなければ……いや、この思考は無意味だ。結局は俺の選択の結果が今の状況だ。
一つ目標は決まった。ここからジョーカーさん達と共に逃げる!それに二人とも可愛いしな。上手くいけばおいしいお礼があるかもしれん。
俺がどう選択をするか、声で表明することはできない。故に、剣を抜き、ジョーカーさんたちの前に立ち、刃先を相手に向ける。『パリィ』は武器を装備することで強制的に解除されただろうが、もう不意打ちはないだろうし大丈夫だろう。しかし――――お二人さんは俺が剣を抜いたことに反応し、『ファイアボルト』と『エアスラッシュ』を放ってくる。避ける方向に注意しながら『スリップ』とステップでスキルを避ける。
剣を抜いたからっていきなり攻撃してくるか!?……不意打ちもしてきたし、そういう世界なんだろうか。それだけ警戒されてるって事だろうか。しかし、また膠着状態に戻ってしまった。いや、違うな、ジョーカーさんが戦闘態勢を解いている。……相手は警戒しているようだ。
「みりん……いいのか?」
「?」
ルルさん……そのクエスチョンは俺の事同業者か何かだと思っていそうだな。
俺はジョーカーさんの問いに頷きで答える。
「クヒックヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!―――さいっこうだぜ」
「ル……ジョーカー?」
「……お前さんのボスは薬でもやっているのか?」
「いえ、高位の魔導書の読み過ぎで、頭のねじが吹っ飛んでるだけです」
「ルル……何気にひどいこと言ってないか?」
腹を抱えて笑いだすジョーカーさん。高位の魔導書を読むと頭のねじが吹っ飛ぶのか……。というかそこまで俺がジョーカーさん側につくのが嬉しいのか?さっき知らない人が見れば明らかに仲間だぜ!的な発言してたよね?
遊びは終わりだと言わんばかりに、おっさんの手に持つ剣に力が込められる。つられてローザさんの周囲に小型の青い魔方陣が展開される。集中しろ。相手の動きを見逃すな―――――。
「おっと……戦闘を続ける前に俺様の話を聞いておかないか?」
「マスター」
「…………はぁ、言ってみろ」
「ギルマス、あんたは言ったな『シルバーレギンとの敵対は法で禁止されている』と」
「ああ」
「そしてこうも言った『……先ほどの戦い見させてもらった。』と……あんたほどの地位にある人間が敵対を放置していたと言う訳なんだが、それはもう共犯と言っていいんじゃないか?」
「それはただ!」
「ローザ、まだ話は終わっちゃいないぜ。さらに不意打ちによる戦闘を仕掛け、今なおこの場で戦おうとしている。これはそこで倒れているシルバーレギンも巻き込む可能性がでてくるよなぁ」
相手の立場を利用して戦闘を回避する算段か。全く思いつかなかったぜ。……さっきの俺の行動もしかして意味なかった?むしろ立場を悪化させただけな様な……。いや、俺が立場をはっきりさせたからこそ言えたのか?
「お前たちを捕まえれば話は変わらん。犯罪者とギルドマスター……どちらの証言を信じるか、答えは決まっている。まぁ、生き残っていればだがな」
「クヒヒヒヒヒ!しかし……シルバーレギンが人語を理解しているとしたら?」
「なんだと……?」
「そこのシルバーレギンは既に人語を理解している。そしてこの会話を聞いている。……さて、お前の返答をどう解釈するかな?聖獣がなぜ敵対を禁止されているか……分かっているだろ?」
「……」
「それに俺たちは見ての通り、戦闘後の疲れで弱っている」
一体何を言うつもりなんだ?この場合疲れは隠しておくものじゃないのか?
「いざ戦闘となれば手加減する余裕がなくなるわけだが……。私の実力は知ってるよな?なぁ、ローザ」
「!!?」
「私と―――殺し合いがしたいか?」
「ぁ……ぅ」
……なにこの人怖い。事実と度胸、はったり?を加えて立場を逆転させている。俺と私を使い分けることでローザさん相手に学生時代を思い出させているのか?相手の敵意の様なものがなくなっていくような感じがする。
「はぁ……この女狐が」
「クヒヒヒヒ!なんとでも言え」
おっさんが剣を収め、クレーターの中心にいるシルバーレギンへと向かっていく。
「シルバーレギン。我が身に受けた依頼を優先してしまった。申し訳ない。お詫びと言ってはんだが、高純度のマナの結晶体を用意する。許してもらえるだろうか?」
「guooon!」
「ちょっと待て……単純すぎないか」
どうやらシルバーレギンは餌付けされてしまったようだ。ジョーカーさんもルルさんも呆れている。なんとしまりのない展開だ。
しかし、言葉だけで戦闘を回避してしまうとは、なんかゾクって来たわ。これがカリスマってやつなのか?いや、いきなり戦う気満々だった俺の思考がやばいのか?
「ジョーカー、ルル……それに……みりん……本名か?」
「ハハッワロス(笑えることに)」
「嫌味な奴だ―――だが、中々の体術だった。いくぞ、クィンエル」
あんなへんてこな体術で褒められるとは。
動きはぎこちないが、スペックのお蔭で動きが早いし、スキル発動中は自分の意思で動いている訳じゃないからか。……!いつの間にか『ハハッワロス』で会話している。相手によって受け取り方は変わるだろうが、何とか会話の間に挟み込め……厳しいな。
「―――ジョーカー、一緒に……」
「ローザ、犯罪者として捕まれと言いたいのか?あぁ、こいつを渡しておくぜ。お前たちに依頼を出した議員が使っていたものだ。こいつを持ちかえればどうとでもなるだろ」
ジョーカーさんは懐から例の相手を惚れさせる指輪を取出し、親指でローザさんに対して弾いた。
ローザさんってジョーカーさんにすごく執着してるな……ヤンデレ予備軍だろうか。
「これは……?」
「俺様が盗んだラーヴァの指輪だ。効果は分かるだろ?」
「―――催眠系のアイテムは使用禁止されているはずだが」
あの時の指輪か。もう俺に使った効果は消えてるのか?昨日の夜ほどジョーカーさんに対して気持ちが傾いている訳ではない。消えてるよな。
「ガンガン使ってたみたいだぜ?事実確認として今まで議員を囲んでいた女がどうなっているか見てみたらどうだ?」
「ふむ……。有効に使わせてもらうとしよう。クィンエル。いくぞ」
「ジョーカー!今度は違う形で!」
「あーはいはい。機会があればな」
お二人さんは回れ右をして帰ってゆく。無事戦闘を切り抜けたようだ。俺の行動ほんと無意味だったんだな。あぁすごい凹む。ルルさんやジョーカーさんに脳筋とか思われてるかもしれないな。
「うっし、メンドクサイのは去った。帰るとしようぜ!」
「言い回しはさすがですが、やっぱりボスは敵に回したくないです」
「ルル、それは褒めてるのか?」
「もちろんですよ!」
「まぁいいか。さすがに疲れたぜ。ルル、最後の仕事だ。ゲートを開け」
「了解です」
ゲートを開く?ゲーム中では各町に設置してあるゲートをくぐることで、行ったことのある町に自由に行き来ができた。開くとは、良くある転移魔法的なものだろうか。
「『ベースゲート オープン』」
空中に青い魔方陣が浮き出る。その魔方陣の中心はさながら門のような形をしており、門の入口部分だけ半透明な膜で覆われている。なんか分からんが……かっこいい……。
「みりん。最後に聞くぞ。ここから先は俺様たちのアジトだ。一緒に来るなら仲間になるしかない。ならないならここでお別れだ。さっきの行動からして仲間になる―――でいいんだな?」
お尋ね者確定だろうし、仲間にはなるしかないと思う。ただ、盗みはなぁ……。うん。いや……まてよ。ジョーカーさんは単独の盗賊ではない。話を聞く限り組織を作っている。組織という事は何も盗みだけをやっている訳ではあるまい。これだな……!
「(仲間になる。が、盗みをするつもりはない。他の事をまかせてくれ)」
資材調達とかな!『アイテム』機能や身体スペックを有効活用すればほとんどのことがごり押しで可能な気がせんでもない。実際は単に自分が盗みをしたくないだけだ。日本人として生きてきた感性が盗みを否定する。大きな心境の変化でもない限り変わらないだろう。
「盗賊団に入るのに盗みはしない…….か。まぁいい、団員のすべてがすべて盗みをやっているわけじゃないしな。俺様は戦闘要員としてお前を買っているんだ。裏切らないのであればそれでいい。―――その言葉に二言はないな?」
ジョーカーさんの目つきがやばい。冗談交じりの目ではない。ここは頷きではなくちゃんと文字で書こう。……喋れたらいいんだがな。なんて書くか……「俺を信じろ?」なんか安っぽいな。そのまま「ない」って書くのもな。
「(口じゃ証明できないからな。行動で示す)」
「なるほど―――行動か。……いいぜ。みりん。俺たちはお前を歓迎する!」
「こんな強い人が仲間になってくれるとは!心強いです!………それにしてもボス、前々から勧誘してたんですね」
「あーったりまえだろ。こんな面白い男なかなかいないぜ。―――出会ったの昨日だがな」
「えええええええ!それでいいんですかボス!身辺情報とか。あっ、いえ、別にみりんさんが怪しい人だなんて思ってるわけじゃないんですよ!」
明らかに怪しいと思ってるよね。分かりますぜ。ルルさんの言うとおり、出会った早々に盗賊団に勧誘するとかおかしいよな。俺が裏切る可能性だって向こうからしてみれば十二分にあるだろうに。なぜ俺を受け入れようとしたのか……ジョーカーさんの顔からは読み取ることができない。
「ほらほら、帰るぞ!時間は有限。今は急ぐ時だぜ」
「そうですね……。早くシンクを助けてあげないと―――みりんさん!これからよろしくお願いします!」
二人と握手を交わし、ゲートとやらをくぐる。なんかこの感覚……どこかで……まるでSR世界にダイブした時のような感覚だ。一瞬視界が歪み、辿り着いた場所は大きな洞窟のような場所の中だった。
「ルル、俺は治療薬の作成に取り掛かる。みりんを部屋に案内しておいてくれ。ひとまずは客人として持て成してくれ。みりん、今から作業に入るため、俺様が持成す暇はないが、ゆっくり疲れを癒してくれ」
これから作業か……。休む間もなく。シンクという子のためとは言え、盗賊団って感じがしないよな。だからこそ入るときに抵抗が少なかったのかもしれないな。
「みりんさん!行きますよ!……大丈夫ですよ。ボスは体力ゲールですから」
「その胸引きちぎるぞ」
キャッキャワイワイと騒ぐジョーカーさんとルルさん。はたから見るとコスプレした女子高生みたいな感じだな。今思えば俺がこの中で一番年上なんだろうな、たぶん。……ゲールって何だ。
―――2日目
部屋に連れられて2日が経った。もちろんその間何もせず寝ていたわけではない。きっちりばっちり調べさせてもらいました。
部屋に来る道中、及び部屋の中、中世チックな飾り具合だ。
おいてあった3冊の本はすべて日本語……見なれない単語もあるが大体読める。残念ながら魔法に関する本はないが、やはり驚くべきは日本語で書かれているという点だろう。文法もほとんど日本語と言っていい、問題なくすらすら読める。ゲームと似通っているとはいえ異世界で日本語が使われているってどうなんだよ。いや、日本語が使われてなかったら積んでいるが……。
そしてお風呂!いや、お風呂が実際にあるのかどうか多少不安もあったが、普通にあった。それもシャワー付きで。まさにゲームの中と同じだった。しかし残念なことに、食事の主食は米ではなくパンやスープ、肉がメインだった。懐かしきかなつやつやの白米。数日食べていないだけでここまで食べたくなるとは……!箸はないがスプーンとフォークが準備されたため、食事に苦戦することはなかった。
……もしかして俺達がゲームとしてプレイしていたのは別世界の現実だった?別世界に分身体アバターを創造し、それにログインして現実をゲームとして遊ぶ。………んなわけないか。なんだよ分身体って。
考えれば考えるほど分からなくなるな。歴史が載っている本も読んでみたい。後で聞いてみるか。
しかし……暇だ。考える時間が欲しかったが、判断材料が少なすぎる。思考ループに陥るだけで進展しない。進展がない以上ベッドの上でゴロゴロするしかない。次ルルさんが来たとき聞いてみるか。
「(魔法や歴史が載ってる本が読みたいのだけど、あるでしょうか?)」
「……はい?」
「(実は記憶が曖昧でして……本を読んでるうちに思い出すかもしれないと!)」
「な……なるほど!って頭でも打ったんですか!?」
「(打ったのかもしれません……)」
「……わっかりました!お任せください。ボスももう少し時間がかかるようですし……んーどうせなら書庫に行っちゃいましょうか?1万冊を超える本がありますし、ここにずっと居るのも退屈でしょう?」
「(ぜひお願いします!)」
そして今に至る。ルルさんは俺を案内してまたどこかにいってしまった。此方としては好都合。ゆっくり読ませてもらうとしよう。お……『精霊の森』ってタイトルがあるな。何々……精霊の森は出会いと別れの場所です。相手探しは慎重に。……何の相手だ。
タイトルを斜め読みしてめぼしい本だけ読んでいったが、魔法関係の本置いてないな。歴史と地理情報が分かるだけ十分か。最近の歴史は……魔族の襲来とか書いてあるな。ルルさんからもらった紙にめぼしい歴史だけメモっておくか。
500年ほど前に魔族との戦争があったが、9人の英雄の活躍により人間・ドワーフ・エルフ側の勝利で終わった……か。そしてニルマ語が公用語となったのが450年前か。それ以前の言語は国々によって違うな。
そして今がAL(Ark Low)1901年。英雄なんてやつらがほんとに実在する世界なんだな。しかも9人で戦争終わらせたみたいに書いてあるが……さすがに誇張表現だよな。他には…………。
……。いつの間にか眠ってしまったようだ。頭の中に全部が全部入ったわけではないが、この世界についてなんとなく理解したといったところか。後はこの世界で行動するうちに本の内容を理解していくだろう。
その後ルルさんが戻ってきて、雑談(筆談)をしながら食事をとり、眠りについた。
―――3日目
ついにジョーカーさんの薬づくり?が終わったようだ。ルルさんに呼ばれ、ランナーに向かっている。ランナーと言うのは日本語で言う会議室の様なもののようだ。
「来たか、みりん」
「この人が……!」
「ほぉ……」
ジョーカーさん以外に二人いるな。茶髪で長髪の渋いおっさんと緑色の髪の少年?だ。もしかしてこの子供がシンクと言う子なのだろうか。
「ささっ、みりんさん此方にお座りください」
促されるようにジョーカーさんの真正面のイスに座る。ルルさんはそのままジョーカーさんの隣に行き、立っている。まるでメイドさんのようだ。
「うっし、それじゃ……自己紹介といくか。まずファングのおっさん」
「……まだ33なんだがな」
「十分おっさんです」
「……あぁ、俺はファング・ランダルトと言う、気軽にファングと呼んでくれ。君の事は聞いている。これからよろしく頼む」
自分より年下の子におっさん、おっさん言われると傷つくよな……。近年は盆や正月に親戚の子供に会う度に言われてたからな。
ルルさんからもらった紙にもう書くスペースがないので会釈であいさつをする。あまり良い意識はされないだろうが仕方ない。そして次に……。
「あ……あの!俺……俺!シンクって言います!ボスとルルから聞きました。助けてくれてありがとうございました!」
やはりこの子がシンクと言う子のようだ。……男だろうか、女だろうか。俺って言ってることからして男……いや、ジョーカーさんと言う例外が目の前にいるしな。声が高く、顔も美少年でも美少女でも通用する。髪の長さも中途半端で余計わからん。助かってよかったな。しかしながら……目がキラキラしている。ものすごく尊敬しているような目が俺に向けられている。……シンク君(仮)になんて説明したのだろうか。
「改めまして、私はルカ・ルーカスです。ルルって呼んで下さいね!」
再び会釈。今思えば何かのゲームで聞いたような声だ。何だっただろうか。立ち位置的にはジョーカーさんの補佐なのだろうか。
「最後に俺様だな。クウネル・ジョーカーだ。ボスでもジョーカーでも好きに呼んでくれていいぜ。他の奴らの自己紹介もしたいところだが、居ないやつ紹介しても顔と名前が一致しないしな。居る時に紹介するぜ。内部構成員は9、いや、みりんを入れて10人だな」
ジョーカーさんと出会った結果が今に至るんだよな。出会っていなかったら今頃どうなっていたのだろうか。今頃ルキス町でギルドに入っていたかもしれないな。
「そして、こいつがみりんだ。天性の才能と言うべきか、動きがおかしい時もあるが、圧倒的な近接戦闘能力を誇る期待の星だぜ。ただし、障害持ちのため、ほとんど喋れない。会話をするとなると本人は筆談が主体になるが、よろしくしてやってくれ」
各自よろしくとあいさつ。まぁ、『ハハッワロス』と喋ってしまう時があるから、単純に喋れない設定じゃいけないんだがな……。
「顔合わせはこれで終わりだな。それじゃいったん解散とする。ルル、悪いがみりんに部屋の案内してやってくれ」
「……んー、一通り……案内すればよろしいでしょうか?」
「あぁ、一通り頼むぜ」
斯くしてファングのおっさんとシンク君(仮)、ルルさんの3人でアジトの中を回ることになった。
しかし――――広いな。
寝泊りする小部屋に案内された時から思っていたが、広い。これで俺を含め10人しかいないのか。……どんな規模の組織なんだ。
3人にあっちこっち案内されながら問いに答えていく。親睦を含めるのが目的って感じかな。
「みりん君は近接戦闘のスペシャリストとのことだが――――どこかで師事していたのか?」
「(あっちこっちから見よう見まねで技を取り入れているので、我流と言っていいでしょうか)」
嘘は言ってないぜ!多くの漫画やアニメに登場する見た目かっこいい戦闘術を取り入れている。
「我流でボスにあそこまで言わせるか……後で手合せしてみないか?互いの実力を知っておいた方が今後組みやすい」
「(こちらこそお願いします)」
可能性としては考えていたけど、まさか本当に手合せを頼まれるとは……。断るのも変なので了承する。腰に剣を刺してるってことは剣で勝負だろうか。さすがに真剣では戦わないよな……?
「あのっ!みりんさん、俺ともお手合せお願いします!」
「し〜ん〜く〜、まだ病み上がりなんだからダメです!あなたに何かあったら……ううっ」
「うっ……分かりました。でもいつかお願いします!」
「(体調が万全な時にやろうか)」
「えっと……はい!」
「ふふっ、みりんさん、その調子でどんどん漢字を使って行ってくださいね。シンクはまだ読み書きが不十分なんです」
「が、頑張ります……」
まだ子供だしな。しかし――――漢字か。この国……いや、この世界ではではニルマ語が公用語として使われている。ニルマ語は漢字、ひらがな、カタカナから成り立っており、俗にいうカタカナ語なんかも外来語として浸透している。なんかほんと……日本と大差がないな。違うのは識字率の低さ位か。
さっきからふんだんに紙を使っているが、ぶっちゃけ高いらしい。もちろんペンも高い。両者の値段が高いことが、識字率を下げてる要因だろう。この盗賊団が識字率高くてよかったぜ……。
高価な紙を使いまくってるからな……。ちゃんと働かなければ!どんな仕事をすることになるか……用心棒とかだろうか。この盗賊団が見た感じ相当裕福だとしても、会話するだけで金を消費していくと考えると心苦しいよな。今の状態ただのヒモだし。
「以上で案内を終了します!たぶん――――そろそろボスからお呼びがかかると思いますのでランナーにいっときましょうか」
「次のミッションの指示だろうな」
「俺はまだ留守番かなぁ」
「そうですね。でも、シンクはボスと魔法のお勉強だと思いますよ?」
「ほんと!?」
「たぶん……ですけどね」
3人の会話を聞きながらランナーに向かう。つらいです。正直つらいです。会話に入り込む度に紙というお金がかかり、相手に見せなきゃならない。質問もしてくれるけど明らかな壁を感じています。早くまともに喋れるようになる方法見つけなきゃな……!
「おっ、戻って来たか」
「ばっちりです!」
「おっほん!それじゃ今後についてだぜ。まずはシンク。俺と一緒にこの前の魔法の勉強の続きだな」
「やった!」
「はっはっは、シンクは魔法の勉強が好きだな」
「楽しいです!」
シンク君(仮)……無邪気だな。その無邪気な笑顔はお兄さんにはつらいです。勉強が好きだったのは何時頃までの話だっただろうか。魔法の勉強なら今の年でも楽しくできるかもしれんが、やってみないと分からないな。魔法に憧れはするが、ゲーム中の魔法と言うのは簡単に覚えられるものばかりだったからな。
「次におっさん。アーカム港で近辺の情報収集と『ルーラン』について調べてくれ」
「了解した」
「(『ルーラン』って?)」
「不死鳥が宿るって言われている奉剣の一つですよ!」
「今まで何本か見てきたが全部贋作だったからな。いい加減本物様と巡り合いたいぜ」
見つかったら盗むことになるんだろうな。しかし、シンク君(仮)は盗むことに抵抗はないのだろうか。この顔を見る限り、嫌々盗賊団にいるってわけじゃなさそうだしな。
「最後に、みりん。ルルと一緒にルキス町のギルドに潜入してもらう。心配するな。声の方はどうにもならないが、外見はこれである程度変えることができる」
「みりんさん!守ってくださいね!」
ルルさんの笑顔に無意識のうちに頷きで答える。間違いない。この娘モテるっ……!そして、ほいっと渡されたのは銀色の腕輪。あのギルマスとローザさんに顔が割れてるが故のこの……外見を変えられる腕輪か。
「この1~2か月の間に山狩り……別名龍殺しが行われると情報を掴んだ。目的は山頂、龍の巣にあると言う『アルージャの奉剣』だ。長〜いギルド生活の始まりだぜ。詳しい事はルルに聞いて臨機応変に行動してくれ」
「了解です!」
……奉剣ばかり狙っているようだが何かあるのだろうか。いきなり聞いても話を逸らされそうだしな。それとなく聞いてみるか。しかし、龍殺しってドラゴンと戦うのか。ドラゴンと言ってもピンからキリまでいるからな……。ゲーム中では〜ドラゴンとしか呼び名がないやつは、そこそこのスペックがあればソロで倒せる存在だ。しかし、森の刻龍アルザルハルドスなど〜ドラゴンと呼ばれないやつらは相当スペックがあってもソロではきつい。ノーダメソロ動画もかなり上がってはいるが、何度も死んで何度も戦ってその龍に対応した自分だけの動きを覚えなければならない。まぁ、慣れない人は復活の羽使用しまくってソロしてたんだけどな。
……考えてるうちに他の話が終わってしまったようだ。なんとなく聞いていたが特に気になるとこはなさそうだ。
「それじゃ解散ですね!みりんさん、7,8日後くらいで出発ですので準備しておいてくださいね!」
「あぁ、みりんはちょっと残ってくれ、皆は部屋に戻っていいぜ」
なんですと。明日出発かよ!そしてジョーカーさんから何か話があるようだ。……何だろう。
「あらら、ではお先に失礼します!」
「みりん君、どうやら模擬戦は先にお預けのようだ。楽しみにとっておこう」
「その時は俺もお願いします!」
「ほらほら、解散解散!」
慌ただしくも3人は部屋を出て行き、その部屋には俺とジョーカーさんだけになった。……ちょっとだけドキドキするな。さぁ、話を聞こうか!
「クヒヒ、みりん、俺様の仲間はどうだった?なかなか面白い奴らだろう?」
「(ええ、あのシンクと言う子も盗賊団なんですよね?)」
「そうだぜ。あぁ、子供だからと言いたいのか。……まずみりん、誤解を一つ解いておこうか。盗賊と言っても金銭や女、食糧を盗んでいる訳じゃないぜ?ある目的のために力ある人材、アイテムを集めている。その過程で盗むことがあるだけだ。だったらいっその事盗賊団を名乗ればいいって話になってな」
……まぁ金銭目的じゃないだろうとは思っていたが、ある目的……。力ある人材ならあの時のギルマスやローザさんも当てはまる気はするが、盗賊を名乗ってるから誘えないのか?
「(目的とは?)」
「……一言でいえば、そうだな。うーむ。未来を変えるってとこか。詳しくはおいおい話してやるよ」
戯けた感じじゃない。本気……か。なんだかゲームのストーリーに乗っかってるような気分だ。
「クヒヒヒッ、まぁこの話は置いておこうぜ。そうだな……『アルージャの奉剣』を手に入れたら教えてやるぜ。他に聞きたいことはあるか?」
まぁ、入ったばかりで本当の仲間……とは認められてはいないだろうからな。それはしょうがないか。
「(聖獣と敵対してはいけない理由とは?)」
「ん……みりん知らなかったのか。どこかちぐはぐしてるな。まぁそこが面白いんだが。……聖獣とは世に具現した精霊の中でも知識を持つ者のことの総称だ。100年以上前は敵対を禁止する法なんてなかったんだがな。俺様クラスになれば分かるが、多くの人間が初見で聖獣かどうかの判断なんてできないぜ」
確かに初見じゃ判断なんてできないよな。
「聖獣は自ら人間を狙うことはない。いや、人間をくらう必要がないから敵対しないと言っていいか。魔獣は生きるために他者を食らうが、聖獣は生きるためにマナを食らう。もちろん戯れに人を殺すことはあった」
聖獣はマナを食らい。魔獣は他者を食らうか。なんとなくイメージはつかめたな。
「そして、聖獣の中でも共生聖獣とは、500年前、英雄の一人―――大賢者アギルドが契約を結んだ聖獣。契約により人と生きることを選んだ聖獣たちだ。例えば、先日の精霊の森、近くに町はあるが、町まで魔獣が出ることはない。それが何故か分かるか?」
「(もしかして、聖獣が見張りをしている?)」
「察しがいいな。故に人は精霊を恐れるし敬いもする。だが―――その契約を知ってか知らずか好き勝手にする者もいた。昔、ある冒険者たちがいた。そいつらは強かった。いくつものダンジョンを攻略し、金も装備も充実していた。しかし、冒険者たちは飢えていた。もはや冒険者たちにとって金も装備も目的じゃなくなったからだ。目的に辿り着くまでの過程こそが目的となっていた。そして、次の標的として選んだのが共生聖獣フィアリーデイズだった。戦いは至難を極めたが、最後に勝ったのは冒険者たちだった。仲間からは反対の声も出たが戦利品として、聖獣がドロップしたアイテムを持ち帰り、傷を癒す間も惜しみ、三日三晩騒いだ」
「(その冒険者って)」
「―――これが駄目だったんだ。ドロップしたアイテムとは聖獣の卵。そしてそれを持ち帰ってしまった。大賢者アギルドがした契約はこうだ。―――私たちはお前たちの住処を奪わない。だからお前たちも私たちから住処を奪うな。―――まぁ、お互いの陣地を維持するようお互い協力しましょうって感じだな。しかし、聖獣の卵を持ち帰ってしまったばかりに、共生聖獣フィアリーデイズの陣地が空いてしまった。卵をその場においておけば問題はなかったんだが…。それに対して他の共生聖獣の怒りを買ってしまい。―――近隣の町7つが1日で滅ぼされた……ってなことがあってな。尾ひれ羽ひれついて今じゃ法で禁止されるようになったんだぜ」
「(間違って攻撃したり、そもそもシルバーレギンは大丈夫だったのか?)」
「ああ、仮に倒したとしても、ドロップアイテム―――卵を持ち帰らない限り実害はないんだぜ。まぁ、戦うこと自体法で禁止されてはいるがな!」
聖獣との敵対が法で禁止されている理由は理解した。色々理解したが、それだと何故ギルマスのおっさんやローザが引いたのかの説明には合わないような。真実と一般的に広まっているものが違うのか?
「(一般的にはどのように広まっているんですか?)」
「ほう。良く気付いたな。今話したのは真実だ。だが一般的に広まっているのは共生聖獣と敵対すると他の共生聖獣たちが怒って攻撃してくるぞって感じだ。まぁあのギルドのおっさんはあんまり信じてはいない様子だったが、立場上引かざるを得ないからな。クヒヒ」
「(紐解けました。)」
非常にジョーカーさんが眩しく感じるのは失敗を恐れていないように見えるからか。可愛いからって言うのもあるが、堂々とし過ぎている。いつも逃げ道を模索している俺とは違うからか。
しかし、この世界に来てからの出来事全てが別世界の現実だなとしか言えない。ゲームとも色々違うし、全ての表現が真に迫っている。言葉を取り戻すことを第一に、この世界で生計を立てていくように考えていったが良いか。
「まぁ理解してくれたようでなによりだ。……あぁ、話がそれたな、みりんを残した目的は……こっちだぜ」
薄ら青く光る水の入った瓶が置かれる。……こいつぁいったい。
「この間の『クリア』が少し余ったからな。その余りを使って調合した薬だ。さぁ、みりん。ぐいっと飲んでみな」
何か光ってるが大丈夫なのか……?ジョカーさんは……飲むまで答えを教えてくれなさそうだな。ゴクンと一気に飲み干す。味は普通の水だな。
「どうだ?…………何か喋ってみてくれ」
「ハハッワロス(ビール飲みたい)」
「……はぁ。これじゃだめか。今みりんが飲んだのはあらゆる呪術や魔法による障害を打ち消すと言われる『ディスペル薬』なんだが、これじゃダメとなると。それこそ伝説クラスの『エリクシル』でも飲まない限り治らないかもしれないぜ……」
ファンタジー物なら多々登場する最高位の回復薬か。ゲームないでは見たことも聞いたこともなかったな。ならば言葉を取り戻すのはまだまだ先になりそうだな。
「(エリクシルってどうやったら手に入るか分かりますか?)」
「そもそもエリクシルの製法自体現代では失われているからな。王国図書館の禁書庫になら残っている可能性もあるが、まぁそこんとこは調べといてやるぜ。気長に待ってくれ。後は何か聞きたいことはあるか?」
『ハハッワロス』に関しては気長に待つとしますか。世界の勝手がわからないからジョーカーさんに任せっきりになるだろうし。紙とペンがあれば特に問題もないしな。軽はずみに出た言葉がすべて『ハハッワロス』なため、相手を煽ってしまうのは問題だが…。
聞きたいことか。色々有りはするんだが、聞きにくいこともあるからな。当分はこの世界で生きることだけを考えよう。初めに体の動かし方を―――そうだ。空きスペースを貸して貰えないだろうか。
「(ありがとうございます!…そうですね。どこか体を動かす場所ってありますか?ギルドに潜入するまでの間ちょっと体を動かしておこうと思いまして)」
「おっ、そうだな。それじゃあうちの訓練スペースを貸してやるよ。暫く誰も使わないだろうし好きに使っていいぞ」
「(ありがとうございます。使わせていただきます!)」
本当にお世話になってばかりだ。肩身狭いので何とか恩は返します。
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第四話【その実の名は】
小説まとめ

2017年01月02日
『Another Archive Online〜ハハッワロス〜』第四話【その実の名は】
走る走る走る―――。
赤と黒の混じった服を着た赤髪の女性の後ろを着いて行く。
緊急事態だということは分かっているため、MAP便りに辺りの警戒をすることも忘れない。
ルキス町にいち早く辿り着きたかったが仕方ない。この女性――――ルカ・ルーカスは泣いていたのだから。
――――それは朝起きてすぐの出来事だった。
朝目覚め、身支度をし、ルキス町目指して出発しようとした時、ほんの少しだが焦げるような臭いがした。臭いに気付き、辺りを確認していると視界の奥に一瞬光源が走った。ジョーカーさんの魔法を一度見ていたため、この光源の正体が魔法だと理解にするのに然程時間はかからなかった。
――誰かが戦闘している?
この疑問を解消するため、光源目指して駆け出した。魔法という事は人が使っている可能性が高い。相手はモンスターか人か――――。
近づいて真偽を判断する間も無く体が動いた。赤髪の女性が小柄な純白のライオン3体に襲われていたのだ。
まず女性に一番近いライオンを『突進』を使い一気に距離を詰め、そのまま体当たりで吹き飛ばす。体当たりで慣性をある程度殺し、女性の前で剣を抜き身構えた。
……斬り飛ばせばよかったな……しかし――このライオンちょっと硬い……?
「……助かった……?」
女性の問いに答える様に俺は頷き、剣でライオンを牽制する。現状把握しながら、女性の理解が追い付くのを待った。守りながら戦うとかどう戦えばいいのかさっぱり分からない。ゲームなら多少傷つこうが気にしないのだが、現実だとそうもいかないだろう。先ほどまでの様に女性が自衛できるまで持ちなおれば、各個撃破できるはずだ。
焦げた木、純白の毛に焦げ目のあるライオン。言わずもがなこの女性が魔法を使っていたのだろう。先ほどの体当たりの感触からして、この白いライオンはちょっと硬い。見た目はふさふさの毛に覆われているが、硬い。これが防御力が高いという事だろうか。さらに俺が体当たりで吹き飛ばしたライオンはキレている。歯をギチギチ鳴らしながら涎を垂らしている。獰猛すぎてやばい。
「もしかして……あなたがみりんさん?」
女性の問いにビックリして後ろを向く。もちろんそんな隙を見逃さないライオン。後ろを向いた隙にキレているライオンが跳びかかってきた。だが、体の向き、方向を変えにくい空中というのは視界に映らない範囲において特に無防備になる。もし跳びかかってきたらどう対処するかは考え終わっていたため、その通りに対処する。
『ステップ』で引っ掻きと噛みつきをブレンドしたような攻撃をしてくるライオンを横に躱し、『スラッシュ』を横から頭に一閃する。硬いと言ってもケンタウロスの石の槍より遥かに柔い、あっさりと頭から切り飛ばした。赤い猪――――レッドモールよりは遅い。まずは1匹撃破!
その後、女性が持ちなおり、数える間も無く残り2体のライオンを各個撃破した。……跳びかかって攻撃してくるのは種族特有の癖なんだろうか。
――――エフェクトが違う?
今までモンスターの死体には黒いエフェクトが発生し、そのまま消えていた。しかし、このライオンは白いエフェクトが発生し、消えていった。……モンスターによって違うのか?
「ありがとうございます。助かりました」
この女性は俺の名前を知っていた。俺の名前を知ってる人なんて今のところジョーカーさん位だと思うんだが……。少し考えていると落ち着きのない女性が再度確認してきた。
「あの、みりんさんですよね……?」
再度頷くと―――
「良かった……!会えた!お願いします!助けてください!ボスが……クウネルさんが!」
俺の手を取り泣きながら訴えてくる女性。クウネルって確かジョーカーさんの名前だったな。…………悩んでる暇はないな。今なら力がある。助けに行くしかない。それに泣いてる女をほっとくのは後味が悪い。我ながら女に甘いダメ男。
此方の意図を伝えるために女性の手を優しくほどくとビックリする女性。
「ダメでしょうか……?お願いします!……な、何でもしますから!」
……この女性、俺の名前は知っててもまともに話せないことは知らないのか?しかも何でもって……っくジョーカーさんがピンチっぽいのに妄想が湧き出てしまう。思考を切り替えろ!
そう言えば――-―お前が「ハハッワロス」しか喋れないことは可能な限り誰にも言うな。いっその事喋れない振りをしておけ。――――とかジョーカーさんが書いてたな。
「(俺まともに話せないんです。移動しながら話をして下さい。一緒に助けましょう!)」
「―――は、はい!」
とりあえずどうピンチなのか話してもらわないと対処しようがないな。
「(では進みながら状況の説明お願いします。)」
――――そして冒頭に戻る。
要約するとこうだ。この赤髪の女性はルカ・ルーカス、仲間内ではルルと呼ばれているらしい。ジョーカーさんの事をボスと呼んでいることから推測するに、残念ながらお仲間と言うのは盗賊の仲間のようだ。そしてさっきの白ライオンの名称はシルバーレギンと言う聖獣らしい。聖獣と言うのは魔物と違い、人間に敵対せず、時に味方となってくれる存在のようだ。AAOの聖獣にこんな裏設定なんて……あった……だろうか?聖獣や神獣と呼ばれるやつらも結局はモンスター扱いで、ある程度進めたプレイヤーならみんなレベルやスキル上げのために倒してるような存在だ。
ジョーカーさんも言っていた『クリア』という木の実を探しに精霊の森に入り、同じく『クリア』を狙っているシルバーレギオンと戦闘に入ってしまったそうだ。
他にも数名精霊の森に入っており、現在シルバーレギンのボスと戦闘中。しかし、魔法があまり効かない為、決定打が打てずジリ貧。そこで探知にすぐれるルカ・ルーカス、通称ルルの出番。ジョーカーさんにルキス町目指して進んでる俺を連れてこいと命令され、急いで探しに向かい今に至るようだ。
「みりんさん。もうすぐっ!?」
「ハハッワロス(ぐお!?)」
ルルさんがジョーカーさんの近くに来たことを伝えようとした瞬間、紅い光と共に爆発音が響いた。咄嗟にルルさんの前に出て熱風から庇う。
「ありがとうございます!しかしこれは…」
咄嗟の事に足を止めてしまった。なんだこりゃ……。相当でかい爆発だ。『エクスプロージョン』と言う火・風系の爆発魔法でも使ったのかというくらいでかい爆発だ。ゲーム中では魔法の中を突っ切ることもしたが、頭の中で半場現実だと思ってる今はできるだろうか。
人体の20%ほどやけどをすれば死ぬ可能性大だった気がするが。魔法耐性とやらがどこまで役に立つのか。ゲームの設定上で数千度の魔法くらっても熱いで済んでたもんな。
「今のはボスの『エクスプロージョン』です!急ぎましょう!」
今度はルルさんの後ろではなく前を走る。爆発によって戦闘している場所は特定できた。状況を知りたいと言うはやる気持ちを抑えずに全力で走る。そして視界が開けた場所には――――
大きなクレーター、焼け焦げた森、肩で息をするジョーカーさん。そして……先ほどの爆発を受けたのであろうシルバーレギンのボスは体毛を焦がしながらも、悠然と怒りの表情で佇んでいた。そして一瞬此方を見て、ジョーカーさん目掛けて跳びかかろうとしていた。
剣を抜きながら『突進』を使い距離を詰め、そのままシルバーレギンに対して『バニシングストローク』を放つ。突進の慣性をそのまま利用し、肉を抉るように強力な突きを繰り出す。
「guxuaaaaa!!!?」
呻き声と共に胴体に穴をあけながら吹き飛ぶシルバーレギン。今までになく弾力のある肉を切るような感触だったが、問題なく攻撃が通ったようだ。
「ハァ……ハァ……助かったぜ……。みりん。恩に着るぜ!それにルルも……良く見つけ出してくれた」
「ボス……!ご無事で何よりです。みりんさん、ありがとうございました!でも……ここまで強いなんて……」
ジョーカーさんが無事で何よりだ。この世界で最初から生きている人から見ればすごいんだろうが、ゲーム(遊び)で培った力だからな……。褒めてもらって嬉しくないわけじゃないんだが、複雑な気分だ。
「他の皆は……?」
「足手まといになるんで逃がした」
「全員無事なんでしょうか?」
「クヒヒッ、まぁ大丈夫だろ。こいつの分身体にやられない程度には強いだろ?」
「ですね!」
「だが……まだ終わっちゃいないぜ。あいつは聖獣シルバーレギンのボス。胴体に穴をあける程度じゃ死なない。しかもメンドクサイ事に戦うごとに耐性が付いて行きやがる……ちっもう回復しやがったか!」
話の流れ的にさっきルルさんを襲っていたのは分身体ってやつかな。エフェクト違ったのはそのせいか。しかし、マジか……。完全に致命傷だと思うんだが、どこのラスボスだよ。体にあいた大穴を緑のエフェクトが覆い、傷が塞がっていっている。
塞がるってレベルじゃないな。まるで動画を逆再生しているように修復している。
「ふぅ……みりん!あいつを引き付けてとにかく時間を稼げ!ルルはサポート!それとアレを使うからタイミング合わせろ!」
「アレを!?了解です!」
頷きで返事をする。時間を稼ぐ……か。たしかにシルバーレギンの再生力は脅威だが、倒れている敵に攻撃してはいけないなんてルールはない。スキルを連発したら殺せると思うんだが……ここはジョーカーさんの指示に従おう。ゲームの中の世界と違う事がありすぎる。耐性が付いていくという事は徐々に与えられるダメージが減っていくという事か。耐性という奴がどこまで付くのか分からないが、さすがに限度があるだろう。スキルを一定時間おきに使い、ダウンさせ続ける方法でもいい気はするんだが、今後この世界で生きていくことを考えると、別の戦法を試してみてもいいだろう。……相手舐めすぎだろうか。攻撃の矛先を自分だけに向かせるため、剣を収め、右手を突出し、指を曲げ、挑発を行う。
『挑発』
「ハハッワロス(かかってこい!)」
「あれ?……喋れなかったんじゃ?しかもシルバーレギンに向かって『挑発』!?」
「カァー!面白いぜ!あぁ、ルル。みりんは恥ずかしがり屋なんだ。気にすんな」
「guuuu」
どういう説明だよ!フォローになってねえ!
……!『挑発』スキルの効果だろうか、体が熱くなる。薄らと赤いオーラが体中を包んでいる。そして同様に、シルバーレギンの体も赤いオーラが包んでいる。共にステータスが上昇している状態だろう。あちらさんは完全に回復し出方を伺っているようだ。『挑発』は互いの防御力と相手の攻撃力を上げ、スキルを発動したプレイヤーに攻撃を集中させるスキルだったはずだ。魔法防御が上がるわけではないから問題ないだろう。たぶん……。また、使用中は武器を装備できない為、素手で戦わなければならない。
体術スキルも上げてはいるが、ステ―タス上げの為にあげたようなものだ。我流剣術にスキルを組み込んで戦うことはそこそこできたが、体術にスキルを組み込んで戦うことには不慣れだ。剣術もだが、体術自体……効率的な体術ではなくゲームや漫画の真似した見た目かっこいい体術を我流にアレンジしたやつだからな……。だがまぁ……なんとかなるだろう。自分スペックを信じろ!
深呼吸しろ。気持ちを整えろ。さぁ、ここからが正念場ってやつだ。すーーーー
「ハハッワロス(はー)」
「gggggggggg!」
息吐いただけだろおおおおおおおお!
咄嗟に腕を十字にクロスして跳びかかりからの右手引っ掻きを受け止める。
「ひっ!」
「……ルルが戦ってるんじゃないんだからそんなにビビるなよ。みりんなら大丈夫だ。あいつケンタウロスと力比べして勝ちやがったからな。クヒヒヒ!」
「す、すみません!…………ケンタウロスと!?」
そんな褒めないでくれ!照れちゃうぜ!なんて現実逃避もさせてくれないシルバーレギン。
……ぐ。やはり現実だが元いた現実と違うな。重いが受け止められる。凶器の様に伸びた爪が腕に食い込んでいるが、あくまで食い込んでいる状態で止まっている。切り裂かれる可能性も考慮して腰のポーチにポーションを挿していたが、使う必要はなさそうだ。体制を変え、噛みつこうとするシルバーレギンに対して蹴りを繰り出す。下から上に垂直に一撃、右足で顎を蹴り上げる。強めに蹴ったためかシルバーレギンの巨体が頭から少し浮かんだ。解放された手で顎目掛けてワン・ツーパンチを繰り出す。
――――あぁゲームと違うな。
ゲームじゃここまでリアルな感触はしなかった。くそっ、なんか怖くなってきた。剣のスキルで殺した時と違う。リアルな手の感触が怖い。あぁくそ!何か分からんが怖い!やはり剣に持ち替えて戦うか?いや……しかし……あぁもう!これはゲーム。これはゲーム。これはゲーム。ゲームと思い込め!ゲームの動きを再現しろ!感触がリアルになるパッチが適用されただけだと思え!
「gguuuaaaaaa!」
思考が振れている間にパンチで吹き飛んだシルバーレギンが何らかのスキルを発動し、跳びかかる隙を伺い始めたようだ。体術スキルは攻撃力は低いながらも連続攻撃と防御に特化したスキルばかりだ。なんとでもなるさ!
意識を切り替え、スキルを発動する。
『パリィ』
攻撃を弾くことをパリィと呼ぶ。今までの剣スキルがイメージ通りに動きをなぞることで発動するSemi-Auto-Modeと仮定すれば、このスキルはAuto-Modeと言ったところだろうか。体に無理のない程度に、コンピュータが体を勝手に動かす医療技術。実際にリハビリやスポーツの場では多いに使われている。
素手の状態でしか使えないが、相手の攻撃を弾き、受け流し、避けるスキルだ。ゲームでは戦闘中はもちろん、あらゆるところで『パリィ』状態で放置する人が見かけられた。放置と言っても中身がいないわけじゃなく、AAOの世界からインターネットに接続し、ネットサーフィンしている人がほとんどだった。『パリィ』スキルが発動するのは威力の低い攻撃のみで、威力の高い攻撃には発動しない。故にシルバーレギン相手にどこまで発動するかはわからないが、発動したら儲けと思えばいい。
「ハハッワロス(気合入れろおおお!)」
「gaaaaaaaaaaaaa!」
「それにしてもみりんさんって結構ハイテンションですね。シルバーレギン相手にずっと笑ってます。……すごいですね」
「ぶふっ……そ、そうだな。しかもシルバーレギンは人語を理解するからな……」
「?」
違うんだが!
シルバーレギンの右腕を白いエフェクトが包んでいる。……引っ掻き系のスキルっぽいな。単なるひっかきはかすり傷程度のダメージで受け止めることができたが、スキルでダメージ倍率が上がっていることを考えるとただでは済まないだろう。なら受け止める必要はない。犬猫系のモンスターは肩の関節からして下から上に振り下ろす攻撃はできない。攻撃は横か上から来ると読んでいいだろう。腕を振り下ろす前に、いや、腕を振りかぶった直後にスキルを当て、スキルを発動させない。スキルブレイクを狙う。
体術スキルは攻撃力が低い分、出が速く、発動後の隙が少ないスキルが多い。同じく初動が速く、隙の少ない『スリップ』と共に使われていた。
跳びかかってくるシルバーレギンの真正面から、走りと『スリップ』でぎりぎりまで間合いを詰める。スキルを発動しても真正面からぶつからないようにするため、少し足と腰を曲げ、シルバーレギンの下側から攻撃できる態勢を作る。ここからが出が速く、連続攻撃に特化した体術スキルの見せ所だ。連続でスキルをイメージする。両腕が白いエフェクトを帯びる。
『初突』
体を横に向け、左腕を引き、シルバーレギンの顎目掛けて右手で裏拳を当てる。裏拳を顎に当て、視界を上に向けることで俺を見失わさせる。場所は分かるだろうが、見えると見えないは大分違うだろう。
『加突』
引いた左腕を勢いよくシルバーレギンの右肩向けて打ち出し、掌で右肩を打ち抜く。右腕を振りかぶろうとしていたシルバーレギンは見事に体勢を崩し、重力に逆らえず下に落ちようとする。ここでスキルブレイクが成功し、予想外に跳びかかりの勢いを殺すことに成功する。
『終突』
体勢を落とし、両足を大地にぴったりつける。左腕を打ち出すとともに引いた右腕でがら空きになった胴体目掛けて正拳突きを行い、固く握った拳で胴体を打ち抜く。弾力のある皮膚に拳がめり込み、スキルが終了する。
この3つのスキルの流れを『三連』と呼び、三連で確実に殺せる敵に対して使う場合に『三連殺』と呼んだ。
胴体をへこませながら吹っ飛んでいくシルバーレギン。いや、吹っ飛びすぎだ……。
「良ーく吹っ飛ぶな。しかし……打撃に対する耐性が付いていないと瞬時に判断するとはさすがみりんだぜ」
「確かに体術で挑もうとする人なんていなさそうです……ハンマーとかで、いえ、何でもないです」
なんだかいい意味で勘違いされてるな。体術スキルは攻撃倍率が低いからボスクラスにどこまで効くか分からなかったが、ステータスに差がありすぎるようだ。いや……これ、もしかして力以外にも敏捷がダメージ計算に入ってきている可能性があるな。
それにさっきは直接殴る感触が怖かったが、もう怖くなくなっている。物事に夢中になると周りが見えなくなる長所(短所)のお蔭か?非現実過ぎるあまりあっさり意識の切り替えができたのかもしれないな。
シルバーレギンは大きな木にぶつかり、その場で荒い息を吐く。胴体の凹んだ部分を緑のエフェクトが覆い、ゆっくりと治癒していく。が、明らかに治りが遅い。これが耐性が付いていないという事か。
「クヒヒヒヒヒヒ!それにしてもとんでもないやつだ。ここまで圧倒されちゃあ俺様悲しくなるぜ……」
「その割には嬉しそうですよ?でも、もう凄すぎて言葉がないです」
「そうか?これでも結構悔しいんだぜ?しかしまぁ、こいつもこいつで頑丈だな。さすが聖獣。殺す手段が限られてるだけの事はあるぜ。ん、そろそろ良い時間だな」
気がつくとジョーカーさんの周囲に赤く光る魔法陣のような物が展開されている。魔法の詠唱の合間合間に喋っているのに魔法が中断されていない。なんか違和感のある魔法の詠唱だ。
ゲームではスキルの説明の欄に詠唱が記されており、詠んだからと言って効果が上がるわけでもなく、呪文を詠むか詠まないかはプレイヤー次第だった。
「ククク……クヒヒヒヒ!……きたぜきたぜ!さぁ……さぁ……さぁさぁさぁさぁ!燃えろ燃えろ燃えろ!ジョーカー様の特大魔法のお披露目だ!」
「―――『ファイアシールド!』、みりんさん!離れてください!」
「『カ・タ・ス・ト・ロ・フィ!』」
……は?体が薄い赤い膜で覆われたと思った瞬間、爆音と熱風が体に当たると共に閃光で視界が覆われた。体が熱風に押されながらも、途中で何とか踏ん張り、耐える。……下手したら鼓膜破れる上に失明するんじゃないだろうか。予め言ってほしかった!いや、人語を理解するから言えなかったのか?
熱風が収まり、視界が回復した後には、大きなクレーターの中心に全身が燃え続けているシルバーレギンが倒れていた。が……まだ死んでない。起き上がろうとしている。ダメージ与えても再生するとかなんかのイベントボスみたいだな。いったいどうやったら死ぬんだ?『カタストロフィ』は炎系最高呪文の一つだったはずだ。俺もスキルレベル5だけど覚えている。剣スキルより基本ダメージ倍率が高いため、俺が与えた剣のスキルダメージから考えると一撃で確殺できるレベルの魔法だと思うんだが……。ジョーカーさんの知力や『カタストロフィ』自体のレベルが低いのだろうか。それとも……。
体に炎を纏ったシルバーレギンがゆっくりと立ちあが……らない?
「おーおーおー頑張るな!だが……チェックメイト。満月クリアだ。俺様の魔法で辺りのマナを減らした上に魔陽樹が残ったマナを食らい実をつける。いくら聖獣と言えどマナがなきゃただの雑魚だ」
マナと言う概念が良く分からんが、話からしてマナは体内だけじゃなく周囲にも存在しているようだな。しかし、魔法を使うと周囲のマナも減るのか。体内のマナは発火装置、周囲のマナはガスみたいなものだろうか。なんか言いえて妙な気がする。魔法について詳しく書いてある本が読みたいな……。
「お疲れ様でした!ボス!みりんさん!これでクリアが手に入りますね!ってちょっとダメですよ!何猫じゃらしふりふりしてるんですか!」
「今やらなきゃこんな機会二度とないぜ?」
「gruu……」
「それはそうですけど……。でも、これでシンクが助かりますね」
「おう、苦労して手に入れたんだ。回復したら死ぬまでこき使ってやるぜ!」
「あはは……」
俺があげた猫じゃらし……。
『クリア』は仲間の治療薬か何かとして必要としていたのか?いい子じゃないか。盗賊だが……。
「みりん、見ろよ。魔陽樹が実をつける。10年に一度、満月の日にのみ手に入れることができる実だ。高純度のマナの凝縮体でもある。まっ、これを主食としてきたシルバーレギンは大幅に弱体化するだろうがな。クヒヒッ」
一本の大きな木が青色に発光し、周囲から何かを、恐らくマナを奪っているような感じがする。木を包む青い光が一点に集中し始め、その中心に凝縮される。……これが『クリア』か。青いエフェクトを纏っている。ひどく幻想的な実だ――――――。
満月のことをクリア、故にその実の名も『クリア』か。……昼間に満月ってどうなっているんだ?太陽は出てる。でも月は確かに満月。日中に満月は見えないはずだが……。月そのものが発光しているのか?まぁ、いいか。
「よっと!……うし、『クリア』ゲットだな!」
これで一件落着か。二人ともひどく疲れているがどうするか。念のために護衛するか?それとも当初の予定通りここで別れてルキス町に向かうか?……お二人さんがどこ目指すのか聞いてから決めるか。
―-――なんだ!?
体が引っ張られ――――この感覚は『パリィ』が発動している!?
『パリィ』スキルにより体が自動的に小攻撃に対処する。
体の動く向きに視界を走らせると無数の矢が飛んできていた。
左右の手で弾く、弾く、弾く、弾く――――。矢と二人の対角線上に移動し、二人のほうに飛んできている矢も弾き、落とす。
「みりん、良く対処した!」
「3時の方向、数は2です!」
なんだ!?急に疲れが……。……?スタミナが一気に50以上減ってるじゃないか!『パリィ』スキルが一気にスタミナを使ったのか?…………何が起こるか分からない。一応まだONにしておこう。
「不意打ちとはいい根性してるぜ!お返ししなきゃな!あぁ、くそ!疲れてる上に周囲のマナほとんどねーんだった!自力は疲れるぜ……『フレイムランス』ε『5連!』」
ジョーカーさんの周囲に腕より少し大きめのサイズの5本の炎の矢が形成され、矢の飛んできた方向に飛んでいく。5連ってなんだよ5連って!ゲームではなかったがなんかかっこいいな。
……今思ったが、なんで周囲の木々は燃えないんだ?先ほどの『カタストロフィ』なんて炎の森と化してもおかしくないと思うんだが、その辺は現実よりゲームよりという事だろうか。焦げ付いている場所はあっても燃えている場所はない。
「『アイススピア』ε『5連』」
「『エアスラッシュ!』」
スキル名が聞こえる距離まで来ている。敵は……白い髪の女性と髭ずらのいかついおっさんか!……剣術スキルって声に出す必要なくね!
ジョーカーさんのフレイムランスはアイスランスで相殺され、残ったのはいかついおっさんの『エアスラッシュ』、白い剣戟が此方に飛んでくる。こちらもスキルはスキルで相殺だな。
『衝拳』
右の掌に白いエフェクトが集まる。下から上に、ボーリングでもするかに様に腕を振り上げる。
白いエフェクトに拳圧が乗り、高速で駆ける。駆ける。そのまま『エアスラッシュ』を貫通し、おっさんへと向かっていく。
「ぬぅん!」
おっさんは抜いていた剣で威力の弱まった『衝拳』を斬り飛ばした。
そして銀髪の青いローブを纏った美人さんとおっさんと対峙する。
「クィンエル。手を抜くなよ」
「……手を抜いては絶対勝てません」
「ルキス町のギルマスと……どこかで見た顔だな……」
「俺の立場を知っているか……。話は早い。アーカム港の議員より暴行、強盗、殺人の容疑により生死を問わず連れてこいと緊急依頼がきている。投降してくれると助かるんだが」
「んー?人を殺した覚えはないんだがな。答えはノーだ」
「だろうな」
「あっ!ボス……。恐らくそちらの女性はローザ・クィンエル。ボスと一緒にアーカス魔法学院を首席で卒業した人です」
「おーおー?……あぁ、そう言えば何度か手合せもしたな……。俺様の全勝だが!」
ギルマス?略せず言うとギルドマスター?つまり、お偉いさん。たぶんこの世界の警察みたいな人。しかも俺が行こうとしていた町のギルマス。不意打ちされるってことは……もしかして誤解を解くどころか俺も犯罪者認定されてたり?……笑えねえ。
いや待て、思い込みはよくない。まずは事実確認だ。それにしてもジョーカーさん、暴行、強盗、殺人ってアウトじゃね!あんな指輪使ってたんだ。デブが根に持っているだけなき気もするが……。
「どうして、そっちの道に?あなたならそのまま色を得ることだって……」
「かぁー、そういうの興味ないんだ。魔法学院に入ったのは単に知識と力を手に入れる為でしかないんでな」
「ルカリ……でも……」
「「納得できない」……か?悪いが、ルカリって言うのも偽名だ。今後はジョーカー様と呼んでくれ」
「!?……でも盗賊なんてしなくても!」
「はぁ、俺とお前の道は違うんだ。そっちのおっさん連れて回れ右して帰ってくれないか?」
なんだか歪んだ青春学園物語が展開されつつあるな。この銀髪の女性……ローザさんか。ちょっと涙目になってるんだが……。互いに主席という事は、ローザさん的には切磋琢磨してきた相手という感じなのだろう。が、相手のジョーカーさんにはすっかり忘れられていた状態。これはきつい。それにしても俺とルルさん、おっさん空気になりつつある。
「っ!」
「クィンエル!目的を忘れるな。昔の知り合いだろうが、今は……敵だ。クリアも渡すわけにはいかん。第一、シルバーレギンは共生聖獣だ。敵対は法で禁じられている。破れば抹殺指定が出てもおかしくない」
「ハハッワロス(ホウデキンシ?)」
「クヒヒッ!法を笑い飛ばすとは恐れ入るぜ!」
「さすがです……!私達もですけど!」
「……先ほどの戦い見させてもらった。お前がケンタウロスを圧倒した男だな?」
おっさんの視線が俺を貫く……!しかし、返事ができない。ここで不用意に地面に文字を書くなんて真似もジャスチャーで喋れないアピールもできない。……空気を読むことに定評はあるからな。
「だんまりか。まぁ、いいだろう。依頼には含まれていなかったが、シルバーレギンとの敵対者だ。どのみち放っておくことはできん」
あぁ、やばい。どうやら犯罪者確定のようだ。知らなかったとはいえ共生聖獣とやらをぼっこぼこにしちゃったぜ……。シルバーレギンが死んでないのがまだ救いか。……死なないんだっけ?しかし、いい年した大人がそんな大事なこと知らなかったで切り抜けられるわけもないしな。記憶喪失でも厳しいか?どこかでボロが出そうだしな。
どうしてこうなった。いや、これからどうする。
「やめとけやめとけ。こいつはつえーぜ?お前ら程度が100人いようと勝てねーよ。と言うわけで尻尾まいて帰んな。ほら、ほら、しっしっ」
なして挑発するし!あぁ……相手さん再び戦闘態勢に入ってしまった。
二人とも疲れを隠している状態だ。戦わせるのは得策ではないだろう。
それに相手は人間。モンスターは殺せたが……間違いなく正気の状態で殺すことはできない。こんな世界にいたらいずれは殺すことになりそうだな……。あぁ、なんか鬱になってくるな。
どうする?
ジョーカーさんと共に逃げるか?おとなしく投降するか?一人で逃げるか?それとも―――。
時間がない、どうする?
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第五話【選択】
第三話【ケンタウロスと少女】
小説まとめ


赤と黒の混じった服を着た赤髪の女性の後ろを着いて行く。
緊急事態だということは分かっているため、MAP便りに辺りの警戒をすることも忘れない。
ルキス町にいち早く辿り着きたかったが仕方ない。この女性――――ルカ・ルーカスは泣いていたのだから。
――――それは朝起きてすぐの出来事だった。
朝目覚め、身支度をし、ルキス町目指して出発しようとした時、ほんの少しだが焦げるような臭いがした。臭いに気付き、辺りを確認していると視界の奥に一瞬光源が走った。ジョーカーさんの魔法を一度見ていたため、この光源の正体が魔法だと理解にするのに然程時間はかからなかった。
――誰かが戦闘している?
この疑問を解消するため、光源目指して駆け出した。魔法という事は人が使っている可能性が高い。相手はモンスターか人か――――。
近づいて真偽を判断する間も無く体が動いた。赤髪の女性が小柄な純白のライオン3体に襲われていたのだ。
まず女性に一番近いライオンを『突進』を使い一気に距離を詰め、そのまま体当たりで吹き飛ばす。体当たりで慣性をある程度殺し、女性の前で剣を抜き身構えた。
……斬り飛ばせばよかったな……しかし――このライオンちょっと硬い……?
「……助かった……?」
女性の問いに答える様に俺は頷き、剣でライオンを牽制する。現状把握しながら、女性の理解が追い付くのを待った。守りながら戦うとかどう戦えばいいのかさっぱり分からない。ゲームなら多少傷つこうが気にしないのだが、現実だとそうもいかないだろう。先ほどまでの様に女性が自衛できるまで持ちなおれば、各個撃破できるはずだ。
焦げた木、純白の毛に焦げ目のあるライオン。言わずもがなこの女性が魔法を使っていたのだろう。先ほどの体当たりの感触からして、この白いライオンはちょっと硬い。見た目はふさふさの毛に覆われているが、硬い。これが防御力が高いという事だろうか。さらに俺が体当たりで吹き飛ばしたライオンはキレている。歯をギチギチ鳴らしながら涎を垂らしている。獰猛すぎてやばい。
「もしかして……あなたがみりんさん?」
女性の問いにビックリして後ろを向く。もちろんそんな隙を見逃さないライオン。後ろを向いた隙にキレているライオンが跳びかかってきた。だが、体の向き、方向を変えにくい空中というのは視界に映らない範囲において特に無防備になる。もし跳びかかってきたらどう対処するかは考え終わっていたため、その通りに対処する。
『ステップ』で引っ掻きと噛みつきをブレンドしたような攻撃をしてくるライオンを横に躱し、『スラッシュ』を横から頭に一閃する。硬いと言ってもケンタウロスの石の槍より遥かに柔い、あっさりと頭から切り飛ばした。赤い猪――――レッドモールよりは遅い。まずは1匹撃破!
その後、女性が持ちなおり、数える間も無く残り2体のライオンを各個撃破した。……跳びかかって攻撃してくるのは種族特有の癖なんだろうか。
――――エフェクトが違う?
今までモンスターの死体には黒いエフェクトが発生し、そのまま消えていた。しかし、このライオンは白いエフェクトが発生し、消えていった。……モンスターによって違うのか?
「ありがとうございます。助かりました」
この女性は俺の名前を知っていた。俺の名前を知ってる人なんて今のところジョーカーさん位だと思うんだが……。少し考えていると落ち着きのない女性が再度確認してきた。
「あの、みりんさんですよね……?」
再度頷くと―――
「良かった……!会えた!お願いします!助けてください!ボスが……クウネルさんが!」
俺の手を取り泣きながら訴えてくる女性。クウネルって確かジョーカーさんの名前だったな。…………悩んでる暇はないな。今なら力がある。助けに行くしかない。それに泣いてる女をほっとくのは後味が悪い。我ながら女に甘いダメ男。
此方の意図を伝えるために女性の手を優しくほどくとビックリする女性。
「ダメでしょうか……?お願いします!……な、何でもしますから!」
……この女性、俺の名前は知っててもまともに話せないことは知らないのか?しかも何でもって……っくジョーカーさんがピンチっぽいのに妄想が湧き出てしまう。思考を切り替えろ!
そう言えば――-―お前が「ハハッワロス」しか喋れないことは可能な限り誰にも言うな。いっその事喋れない振りをしておけ。――――とかジョーカーさんが書いてたな。
「(俺まともに話せないんです。移動しながら話をして下さい。一緒に助けましょう!)」
「―――は、はい!」
とりあえずどうピンチなのか話してもらわないと対処しようがないな。
「(では進みながら状況の説明お願いします。)」
――――そして冒頭に戻る。
要約するとこうだ。この赤髪の女性はルカ・ルーカス、仲間内ではルルと呼ばれているらしい。ジョーカーさんの事をボスと呼んでいることから推測するに、残念ながらお仲間と言うのは盗賊の仲間のようだ。そしてさっきの白ライオンの名称はシルバーレギンと言う聖獣らしい。聖獣と言うのは魔物と違い、人間に敵対せず、時に味方となってくれる存在のようだ。AAOの聖獣にこんな裏設定なんて……あった……だろうか?聖獣や神獣と呼ばれるやつらも結局はモンスター扱いで、ある程度進めたプレイヤーならみんなレベルやスキル上げのために倒してるような存在だ。
ジョーカーさんも言っていた『クリア』という木の実を探しに精霊の森に入り、同じく『クリア』を狙っているシルバーレギオンと戦闘に入ってしまったそうだ。
他にも数名精霊の森に入っており、現在シルバーレギンのボスと戦闘中。しかし、魔法があまり効かない為、決定打が打てずジリ貧。そこで探知にすぐれるルカ・ルーカス、通称ルルの出番。ジョーカーさんにルキス町目指して進んでる俺を連れてこいと命令され、急いで探しに向かい今に至るようだ。
「みりんさん。もうすぐっ!?」
「ハハッワロス(ぐお!?)」
ルルさんがジョーカーさんの近くに来たことを伝えようとした瞬間、紅い光と共に爆発音が響いた。咄嗟にルルさんの前に出て熱風から庇う。
「ありがとうございます!しかしこれは…」
咄嗟の事に足を止めてしまった。なんだこりゃ……。相当でかい爆発だ。『エクスプロージョン』と言う火・風系の爆発魔法でも使ったのかというくらいでかい爆発だ。ゲーム中では魔法の中を突っ切ることもしたが、頭の中で半場現実だと思ってる今はできるだろうか。
人体の20%ほどやけどをすれば死ぬ可能性大だった気がするが。魔法耐性とやらがどこまで役に立つのか。ゲームの設定上で数千度の魔法くらっても熱いで済んでたもんな。
「今のはボスの『エクスプロージョン』です!急ぎましょう!」
今度はルルさんの後ろではなく前を走る。爆発によって戦闘している場所は特定できた。状況を知りたいと言うはやる気持ちを抑えずに全力で走る。そして視界が開けた場所には――――
大きなクレーター、焼け焦げた森、肩で息をするジョーカーさん。そして……先ほどの爆発を受けたのであろうシルバーレギンのボスは体毛を焦がしながらも、悠然と怒りの表情で佇んでいた。そして一瞬此方を見て、ジョーカーさん目掛けて跳びかかろうとしていた。
剣を抜きながら『突進』を使い距離を詰め、そのままシルバーレギンに対して『バニシングストローク』を放つ。突進の慣性をそのまま利用し、肉を抉るように強力な突きを繰り出す。
「guxuaaaaa!!!?」
呻き声と共に胴体に穴をあけながら吹き飛ぶシルバーレギン。今までになく弾力のある肉を切るような感触だったが、問題なく攻撃が通ったようだ。
「ハァ……ハァ……助かったぜ……。みりん。恩に着るぜ!それにルルも……良く見つけ出してくれた」
「ボス……!ご無事で何よりです。みりんさん、ありがとうございました!でも……ここまで強いなんて……」
ジョーカーさんが無事で何よりだ。この世界で最初から生きている人から見ればすごいんだろうが、ゲーム(遊び)で培った力だからな……。褒めてもらって嬉しくないわけじゃないんだが、複雑な気分だ。
「他の皆は……?」
「足手まといになるんで逃がした」
「全員無事なんでしょうか?」
「クヒヒッ、まぁ大丈夫だろ。こいつの分身体にやられない程度には強いだろ?」
「ですね!」
「だが……まだ終わっちゃいないぜ。あいつは聖獣シルバーレギンのボス。胴体に穴をあける程度じゃ死なない。しかもメンドクサイ事に戦うごとに耐性が付いて行きやがる……ちっもう回復しやがったか!」
話の流れ的にさっきルルさんを襲っていたのは分身体ってやつかな。エフェクト違ったのはそのせいか。しかし、マジか……。完全に致命傷だと思うんだが、どこのラスボスだよ。体にあいた大穴を緑のエフェクトが覆い、傷が塞がっていっている。
塞がるってレベルじゃないな。まるで動画を逆再生しているように修復している。
「ふぅ……みりん!あいつを引き付けてとにかく時間を稼げ!ルルはサポート!それとアレを使うからタイミング合わせろ!」
「アレを!?了解です!」
頷きで返事をする。時間を稼ぐ……か。たしかにシルバーレギンの再生力は脅威だが、倒れている敵に攻撃してはいけないなんてルールはない。スキルを連発したら殺せると思うんだが……ここはジョーカーさんの指示に従おう。ゲームの中の世界と違う事がありすぎる。耐性が付いていくという事は徐々に与えられるダメージが減っていくという事か。耐性という奴がどこまで付くのか分からないが、さすがに限度があるだろう。スキルを一定時間おきに使い、ダウンさせ続ける方法でもいい気はするんだが、今後この世界で生きていくことを考えると、別の戦法を試してみてもいいだろう。……相手舐めすぎだろうか。攻撃の矛先を自分だけに向かせるため、剣を収め、右手を突出し、指を曲げ、挑発を行う。
『挑発』
「ハハッワロス(かかってこい!)」
「あれ?……喋れなかったんじゃ?しかもシルバーレギンに向かって『挑発』!?」
「カァー!面白いぜ!あぁ、ルル。みりんは恥ずかしがり屋なんだ。気にすんな」
「guuuu」
どういう説明だよ!フォローになってねえ!
……!『挑発』スキルの効果だろうか、体が熱くなる。薄らと赤いオーラが体中を包んでいる。そして同様に、シルバーレギンの体も赤いオーラが包んでいる。共にステータスが上昇している状態だろう。あちらさんは完全に回復し出方を伺っているようだ。『挑発』は互いの防御力と相手の攻撃力を上げ、スキルを発動したプレイヤーに攻撃を集中させるスキルだったはずだ。魔法防御が上がるわけではないから問題ないだろう。たぶん……。また、使用中は武器を装備できない為、素手で戦わなければならない。
体術スキルも上げてはいるが、ステ―タス上げの為にあげたようなものだ。我流剣術にスキルを組み込んで戦うことはそこそこできたが、体術にスキルを組み込んで戦うことには不慣れだ。剣術もだが、体術自体……効率的な体術ではなくゲームや漫画の真似した見た目かっこいい体術を我流にアレンジしたやつだからな……。だがまぁ……なんとかなるだろう。自分スペックを信じろ!
深呼吸しろ。気持ちを整えろ。さぁ、ここからが正念場ってやつだ。すーーーー
「ハハッワロス(はー)」
「gggggggggg!」
息吐いただけだろおおおおおおおお!
咄嗟に腕を十字にクロスして跳びかかりからの右手引っ掻きを受け止める。
「ひっ!」
「……ルルが戦ってるんじゃないんだからそんなにビビるなよ。みりんなら大丈夫だ。あいつケンタウロスと力比べして勝ちやがったからな。クヒヒヒ!」
「す、すみません!…………ケンタウロスと!?」
そんな褒めないでくれ!照れちゃうぜ!なんて現実逃避もさせてくれないシルバーレギン。
……ぐ。やはり現実だが元いた現実と違うな。重いが受け止められる。凶器の様に伸びた爪が腕に食い込んでいるが、あくまで食い込んでいる状態で止まっている。切り裂かれる可能性も考慮して腰のポーチにポーションを挿していたが、使う必要はなさそうだ。体制を変え、噛みつこうとするシルバーレギンに対して蹴りを繰り出す。下から上に垂直に一撃、右足で顎を蹴り上げる。強めに蹴ったためかシルバーレギンの巨体が頭から少し浮かんだ。解放された手で顎目掛けてワン・ツーパンチを繰り出す。
――――あぁゲームと違うな。
ゲームじゃここまでリアルな感触はしなかった。くそっ、なんか怖くなってきた。剣のスキルで殺した時と違う。リアルな手の感触が怖い。あぁくそ!何か分からんが怖い!やはり剣に持ち替えて戦うか?いや……しかし……あぁもう!これはゲーム。これはゲーム。これはゲーム。ゲームと思い込め!ゲームの動きを再現しろ!感触がリアルになるパッチが適用されただけだと思え!
「gguuuaaaaaa!」
思考が振れている間にパンチで吹き飛んだシルバーレギンが何らかのスキルを発動し、跳びかかる隙を伺い始めたようだ。体術スキルは攻撃力は低いながらも連続攻撃と防御に特化したスキルばかりだ。なんとでもなるさ!
意識を切り替え、スキルを発動する。
『パリィ』
攻撃を弾くことをパリィと呼ぶ。今までの剣スキルがイメージ通りに動きをなぞることで発動するSemi-Auto-Modeと仮定すれば、このスキルはAuto-Modeと言ったところだろうか。体に無理のない程度に、コンピュータが体を勝手に動かす医療技術。実際にリハビリやスポーツの場では多いに使われている。
素手の状態でしか使えないが、相手の攻撃を弾き、受け流し、避けるスキルだ。ゲームでは戦闘中はもちろん、あらゆるところで『パリィ』状態で放置する人が見かけられた。放置と言っても中身がいないわけじゃなく、AAOの世界からインターネットに接続し、ネットサーフィンしている人がほとんどだった。『パリィ』スキルが発動するのは威力の低い攻撃のみで、威力の高い攻撃には発動しない。故にシルバーレギン相手にどこまで発動するかはわからないが、発動したら儲けと思えばいい。
「ハハッワロス(気合入れろおおお!)」
「gaaaaaaaaaaaaa!」
「それにしてもみりんさんって結構ハイテンションですね。シルバーレギン相手にずっと笑ってます。……すごいですね」
「ぶふっ……そ、そうだな。しかもシルバーレギンは人語を理解するからな……」
「?」
違うんだが!
シルバーレギンの右腕を白いエフェクトが包んでいる。……引っ掻き系のスキルっぽいな。単なるひっかきはかすり傷程度のダメージで受け止めることができたが、スキルでダメージ倍率が上がっていることを考えるとただでは済まないだろう。なら受け止める必要はない。犬猫系のモンスターは肩の関節からして下から上に振り下ろす攻撃はできない。攻撃は横か上から来ると読んでいいだろう。腕を振り下ろす前に、いや、腕を振りかぶった直後にスキルを当て、スキルを発動させない。スキルブレイクを狙う。
体術スキルは攻撃力が低い分、出が速く、発動後の隙が少ないスキルが多い。同じく初動が速く、隙の少ない『スリップ』と共に使われていた。
跳びかかってくるシルバーレギンの真正面から、走りと『スリップ』でぎりぎりまで間合いを詰める。スキルを発動しても真正面からぶつからないようにするため、少し足と腰を曲げ、シルバーレギンの下側から攻撃できる態勢を作る。ここからが出が速く、連続攻撃に特化した体術スキルの見せ所だ。連続でスキルをイメージする。両腕が白いエフェクトを帯びる。
『初突』
体を横に向け、左腕を引き、シルバーレギンの顎目掛けて右手で裏拳を当てる。裏拳を顎に当て、視界を上に向けることで俺を見失わさせる。場所は分かるだろうが、見えると見えないは大分違うだろう。
『加突』
引いた左腕を勢いよくシルバーレギンの右肩向けて打ち出し、掌で右肩を打ち抜く。右腕を振りかぶろうとしていたシルバーレギンは見事に体勢を崩し、重力に逆らえず下に落ちようとする。ここでスキルブレイクが成功し、予想外に跳びかかりの勢いを殺すことに成功する。
『終突』
体勢を落とし、両足を大地にぴったりつける。左腕を打ち出すとともに引いた右腕でがら空きになった胴体目掛けて正拳突きを行い、固く握った拳で胴体を打ち抜く。弾力のある皮膚に拳がめり込み、スキルが終了する。
この3つのスキルの流れを『三連』と呼び、三連で確実に殺せる敵に対して使う場合に『三連殺』と呼んだ。
胴体をへこませながら吹っ飛んでいくシルバーレギン。いや、吹っ飛びすぎだ……。
「良ーく吹っ飛ぶな。しかし……打撃に対する耐性が付いていないと瞬時に判断するとはさすがみりんだぜ」
「確かに体術で挑もうとする人なんていなさそうです……ハンマーとかで、いえ、何でもないです」
なんだかいい意味で勘違いされてるな。体術スキルは攻撃倍率が低いからボスクラスにどこまで効くか分からなかったが、ステータスに差がありすぎるようだ。いや……これ、もしかして力以外にも敏捷がダメージ計算に入ってきている可能性があるな。
それにさっきは直接殴る感触が怖かったが、もう怖くなくなっている。物事に夢中になると周りが見えなくなる長所(短所)のお蔭か?非現実過ぎるあまりあっさり意識の切り替えができたのかもしれないな。
シルバーレギンは大きな木にぶつかり、その場で荒い息を吐く。胴体の凹んだ部分を緑のエフェクトが覆い、ゆっくりと治癒していく。が、明らかに治りが遅い。これが耐性が付いていないという事か。
「クヒヒヒヒヒヒ!それにしてもとんでもないやつだ。ここまで圧倒されちゃあ俺様悲しくなるぜ……」
「その割には嬉しそうですよ?でも、もう凄すぎて言葉がないです」
「そうか?これでも結構悔しいんだぜ?しかしまぁ、こいつもこいつで頑丈だな。さすが聖獣。殺す手段が限られてるだけの事はあるぜ。ん、そろそろ良い時間だな」
気がつくとジョーカーさんの周囲に赤く光る魔法陣のような物が展開されている。魔法の詠唱の合間合間に喋っているのに魔法が中断されていない。なんか違和感のある魔法の詠唱だ。
ゲームではスキルの説明の欄に詠唱が記されており、詠んだからと言って効果が上がるわけでもなく、呪文を詠むか詠まないかはプレイヤー次第だった。
「ククク……クヒヒヒヒ!……きたぜきたぜ!さぁ……さぁ……さぁさぁさぁさぁ!燃えろ燃えろ燃えろ!ジョーカー様の特大魔法のお披露目だ!」
「―――『ファイアシールド!』、みりんさん!離れてください!」
「『カ・タ・ス・ト・ロ・フィ!』」
……は?体が薄い赤い膜で覆われたと思った瞬間、爆音と熱風が体に当たると共に閃光で視界が覆われた。体が熱風に押されながらも、途中で何とか踏ん張り、耐える。……下手したら鼓膜破れる上に失明するんじゃないだろうか。予め言ってほしかった!いや、人語を理解するから言えなかったのか?
熱風が収まり、視界が回復した後には、大きなクレーターの中心に全身が燃え続けているシルバーレギンが倒れていた。が……まだ死んでない。起き上がろうとしている。ダメージ与えても再生するとかなんかのイベントボスみたいだな。いったいどうやったら死ぬんだ?『カタストロフィ』は炎系最高呪文の一つだったはずだ。俺もスキルレベル5だけど覚えている。剣スキルより基本ダメージ倍率が高いため、俺が与えた剣のスキルダメージから考えると一撃で確殺できるレベルの魔法だと思うんだが……。ジョーカーさんの知力や『カタストロフィ』自体のレベルが低いのだろうか。それとも……。
体に炎を纏ったシルバーレギンがゆっくりと立ちあが……らない?
「おーおーおー頑張るな!だが……チェックメイト。満月クリアだ。俺様の魔法で辺りのマナを減らした上に魔陽樹が残ったマナを食らい実をつける。いくら聖獣と言えどマナがなきゃただの雑魚だ」
マナと言う概念が良く分からんが、話からしてマナは体内だけじゃなく周囲にも存在しているようだな。しかし、魔法を使うと周囲のマナも減るのか。体内のマナは発火装置、周囲のマナはガスみたいなものだろうか。なんか言いえて妙な気がする。魔法について詳しく書いてある本が読みたいな……。
「お疲れ様でした!ボス!みりんさん!これでクリアが手に入りますね!ってちょっとダメですよ!何猫じゃらしふりふりしてるんですか!」
「今やらなきゃこんな機会二度とないぜ?」
「gruu……」
「それはそうですけど……。でも、これでシンクが助かりますね」
「おう、苦労して手に入れたんだ。回復したら死ぬまでこき使ってやるぜ!」
「あはは……」
俺があげた猫じゃらし……。
『クリア』は仲間の治療薬か何かとして必要としていたのか?いい子じゃないか。盗賊だが……。
「みりん、見ろよ。魔陽樹が実をつける。10年に一度、満月の日にのみ手に入れることができる実だ。高純度のマナの凝縮体でもある。まっ、これを主食としてきたシルバーレギンは大幅に弱体化するだろうがな。クヒヒッ」
一本の大きな木が青色に発光し、周囲から何かを、恐らくマナを奪っているような感じがする。木を包む青い光が一点に集中し始め、その中心に凝縮される。……これが『クリア』か。青いエフェクトを纏っている。ひどく幻想的な実だ――――――。
満月のことをクリア、故にその実の名も『クリア』か。……昼間に満月ってどうなっているんだ?太陽は出てる。でも月は確かに満月。日中に満月は見えないはずだが……。月そのものが発光しているのか?まぁ、いいか。
「よっと!……うし、『クリア』ゲットだな!」
これで一件落着か。二人ともひどく疲れているがどうするか。念のために護衛するか?それとも当初の予定通りここで別れてルキス町に向かうか?……お二人さんがどこ目指すのか聞いてから決めるか。
―-――なんだ!?
体が引っ張られ――――この感覚は『パリィ』が発動している!?
『パリィ』スキルにより体が自動的に小攻撃に対処する。
体の動く向きに視界を走らせると無数の矢が飛んできていた。
左右の手で弾く、弾く、弾く、弾く――――。矢と二人の対角線上に移動し、二人のほうに飛んできている矢も弾き、落とす。
「みりん、良く対処した!」
「3時の方向、数は2です!」
なんだ!?急に疲れが……。……?スタミナが一気に50以上減ってるじゃないか!『パリィ』スキルが一気にスタミナを使ったのか?…………何が起こるか分からない。一応まだONにしておこう。
「不意打ちとはいい根性してるぜ!お返ししなきゃな!あぁ、くそ!疲れてる上に周囲のマナほとんどねーんだった!自力は疲れるぜ……『フレイムランス』ε『5連!』」
ジョーカーさんの周囲に腕より少し大きめのサイズの5本の炎の矢が形成され、矢の飛んできた方向に飛んでいく。5連ってなんだよ5連って!ゲームではなかったがなんかかっこいいな。
……今思ったが、なんで周囲の木々は燃えないんだ?先ほどの『カタストロフィ』なんて炎の森と化してもおかしくないと思うんだが、その辺は現実よりゲームよりという事だろうか。焦げ付いている場所はあっても燃えている場所はない。
「『アイススピア』ε『5連』」
「『エアスラッシュ!』」
スキル名が聞こえる距離まで来ている。敵は……白い髪の女性と髭ずらのいかついおっさんか!……剣術スキルって声に出す必要なくね!
ジョーカーさんのフレイムランスはアイスランスで相殺され、残ったのはいかついおっさんの『エアスラッシュ』、白い剣戟が此方に飛んでくる。こちらもスキルはスキルで相殺だな。
『衝拳』
右の掌に白いエフェクトが集まる。下から上に、ボーリングでもするかに様に腕を振り上げる。
白いエフェクトに拳圧が乗り、高速で駆ける。駆ける。そのまま『エアスラッシュ』を貫通し、おっさんへと向かっていく。
「ぬぅん!」
おっさんは抜いていた剣で威力の弱まった『衝拳』を斬り飛ばした。
そして銀髪の青いローブを纏った美人さんとおっさんと対峙する。
「クィンエル。手を抜くなよ」
「……手を抜いては絶対勝てません」
「ルキス町のギルマスと……どこかで見た顔だな……」
「俺の立場を知っているか……。話は早い。アーカム港の議員より暴行、強盗、殺人の容疑により生死を問わず連れてこいと緊急依頼がきている。投降してくれると助かるんだが」
「んー?人を殺した覚えはないんだがな。答えはノーだ」
「だろうな」
「あっ!ボス……。恐らくそちらの女性はローザ・クィンエル。ボスと一緒にアーカス魔法学院を首席で卒業した人です」
「おーおー?……あぁ、そう言えば何度か手合せもしたな……。俺様の全勝だが!」
ギルマス?略せず言うとギルドマスター?つまり、お偉いさん。たぶんこの世界の警察みたいな人。しかも俺が行こうとしていた町のギルマス。不意打ちされるってことは……もしかして誤解を解くどころか俺も犯罪者認定されてたり?……笑えねえ。
いや待て、思い込みはよくない。まずは事実確認だ。それにしてもジョーカーさん、暴行、強盗、殺人ってアウトじゃね!あんな指輪使ってたんだ。デブが根に持っているだけなき気もするが……。
「どうして、そっちの道に?あなたならそのまま色を得ることだって……」
「かぁー、そういうの興味ないんだ。魔法学院に入ったのは単に知識と力を手に入れる為でしかないんでな」
「ルカリ……でも……」
「「納得できない」……か?悪いが、ルカリって言うのも偽名だ。今後はジョーカー様と呼んでくれ」
「!?……でも盗賊なんてしなくても!」
「はぁ、俺とお前の道は違うんだ。そっちのおっさん連れて回れ右して帰ってくれないか?」
なんだか歪んだ青春学園物語が展開されつつあるな。この銀髪の女性……ローザさんか。ちょっと涙目になってるんだが……。互いに主席という事は、ローザさん的には切磋琢磨してきた相手という感じなのだろう。が、相手のジョーカーさんにはすっかり忘れられていた状態。これはきつい。それにしても俺とルルさん、おっさん空気になりつつある。
「っ!」
「クィンエル!目的を忘れるな。昔の知り合いだろうが、今は……敵だ。クリアも渡すわけにはいかん。第一、シルバーレギンは共生聖獣だ。敵対は法で禁じられている。破れば抹殺指定が出てもおかしくない」
「ハハッワロス(ホウデキンシ?)」
「クヒヒッ!法を笑い飛ばすとは恐れ入るぜ!」
「さすがです……!私達もですけど!」
「……先ほどの戦い見させてもらった。お前がケンタウロスを圧倒した男だな?」
おっさんの視線が俺を貫く……!しかし、返事ができない。ここで不用意に地面に文字を書くなんて真似もジャスチャーで喋れないアピールもできない。……空気を読むことに定評はあるからな。
「だんまりか。まぁ、いいだろう。依頼には含まれていなかったが、シルバーレギンとの敵対者だ。どのみち放っておくことはできん」
あぁ、やばい。どうやら犯罪者確定のようだ。知らなかったとはいえ共生聖獣とやらをぼっこぼこにしちゃったぜ……。シルバーレギンが死んでないのがまだ救いか。……死なないんだっけ?しかし、いい年した大人がそんな大事なこと知らなかったで切り抜けられるわけもないしな。記憶喪失でも厳しいか?どこかでボロが出そうだしな。
どうしてこうなった。いや、これからどうする。
「やめとけやめとけ。こいつはつえーぜ?お前ら程度が100人いようと勝てねーよ。と言うわけで尻尾まいて帰んな。ほら、ほら、しっしっ」
なして挑発するし!あぁ……相手さん再び戦闘態勢に入ってしまった。
二人とも疲れを隠している状態だ。戦わせるのは得策ではないだろう。
それに相手は人間。モンスターは殺せたが……間違いなく正気の状態で殺すことはできない。こんな世界にいたらいずれは殺すことになりそうだな……。あぁ、なんか鬱になってくるな。
どうする?
ジョーカーさんと共に逃げるか?おとなしく投降するか?一人で逃げるか?それとも―――。
時間がない、どうする?
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