2019年12月08日
疑わしきは罰せられる
昔、社長の他に社員が数名いるだけの小さな会社で、経理のアルバイトをしていたことがあった。なにしろ会社の規模が小さいので、経理といってもそんなに難しい仕事はなかった。それでもちょっとばかしやっかいだったのは、お金の動きが集中する月末月初の諸々の処理と、それから、毎週ごとにまとめて処理することになっていた社長の公私混ぜ混ぜ(笑)の経費精算だった。社長は業種柄出張の多い人だったので、全国津々浦々、はたまた海の向こうのものまで、毎回、バラエティに富む内容の領収書が山のようにどっさりまわってきた。正直、「えーこんなの経費で落とせんのか?」と思うことは一度や二度ではなかったが、幸い、月一で訪問してくる顧問の税理士さんが親切な人だったので、わからないことや不安な点は逐一税理士さんに聞きながら、なんとか日々の業務を乗り切っていた。
そんなある日、会社に税務署が入った。といっても踏み込まれたわけではない。大小問わずどんな会社にも一度はやってくるという、通例の税務調査が入ることになったのだ。「うちに来たって何にもないのにね!」と、どういうわけかおめでたいぐらい自信満々の社長を尻目に、私はツッコミどころ満載のあのレシートの山を思い出して内心ヒヤヒヤしていた。しかしいざ調査に入ってみると、最終的に調査官がつっついたのはそこではなかった。業務契約書への200円の印紙の貼り付けもれ(疑惑)だったのである。200円!私は正直200円で済んだのかと不謹慎にもほっとしてしまったのだが、社長はそうはいかなかった。契約書を作成していたのは社長だったが、「いやそんなはずはない」とごねりだしてしまったのだ。けど、分が悪いことに「印紙を確かに貼った」という証拠が残っていなかった。なぜかその契約書だけドラフトが控えとして残されており、本来控えにしておくはずの印紙を貼った状態の原本の写しがどうしても見当たらなかったのである。相手先に送る前にうっかりコピーを取り忘れたのだろう。しかし社長はあきらめなかった。「いや貼ったはず」と譲らない。が、相手もさすがは百戦錬磨の税務調査官。「でしたら相手先に連絡して確認していただくしかないです」と冷たくのたまった。「さすがにそこまではしないだろう」と観念させるつもりでその人は言ったのかもしれない。けど社長は観念しなかった。相手先に確認すると言う。しかもそのお鉢が私にまわってきた。ヒエー!!! 調査前の自信満々な態度がまるでウソのようにテンパりまくっていた社長は、問題の契約書の控えを手に、いったん自分の机に戻って仕事をしていた私のところにやってきて、「今からここ(相手先)に電話して、原本に印紙が貼ってあるかどうか確認してくれる?」と言った。しかし見れば相手先は泣く子も黙る大企業。しかも契約の日付からだいぶ月日が経っている。直近のものならともかく、こんな2,3年も前に交わした契約書の200円の印紙が貼ってあるかどうかの話を、いったいこの大企業様のどの部署の誰に連絡してどう話を切り出せばいいのだろう?理由を尋ねられたらどう答えよう?私は自分きりの考えではうまく話せる自信がなかったため、純粋にアドバイスを乞うつもりで思ったことをそのまま社長に質問した。すると社長は質問には答えず「ううう」とうなって、再び調査官のいる部屋へぴゅーっと戻っていってしまった。
結局、調査の立会で来ていた税理士さんも何か言ってくれたのか、「金額も金額だしそこまでは」という話になり、ついに社長が折れて追徴課税を受け入れることになった。印紙の貼り忘れは、通常2倍だか3倍のペナルティーになるらしいが、このときは「自己申告」という扱いになって、たしかプラス10%程度のペナルティーに軽減されたと思う。結局印紙は本当に貼ってあったのかどうかは今となってはわからない。けど、たった一枚、書類のコピーを取り忘れたことが思わぬ事態を招いてしまった。
「桜を見る会」をめぐる追及が白熱している。今の日本を動かす偉い人たちは、公文書だろうがなんだろうが、見られちゃ困る書類や資料は全部破棄してしまえば、何もかもすべてなかったことになるらしい。たった数百円の証拠をめぐって、ぺらぺらの紙切れ一枚あるなしに振り回された私のような庶民とはえらい違い。まったくうらやましい限りだ。
そんなある日、会社に税務署が入った。といっても踏み込まれたわけではない。大小問わずどんな会社にも一度はやってくるという、通例の税務調査が入ることになったのだ。「うちに来たって何にもないのにね!」と、どういうわけかおめでたいぐらい自信満々の社長を尻目に、私はツッコミどころ満載のあのレシートの山を思い出して内心ヒヤヒヤしていた。しかしいざ調査に入ってみると、最終的に調査官がつっついたのはそこではなかった。業務契約書への200円の印紙の貼り付けもれ(疑惑)だったのである。200円!私は正直200円で済んだのかと不謹慎にもほっとしてしまったのだが、社長はそうはいかなかった。契約書を作成していたのは社長だったが、「いやそんなはずはない」とごねりだしてしまったのだ。けど、分が悪いことに「印紙を確かに貼った」という証拠が残っていなかった。なぜかその契約書だけドラフトが控えとして残されており、本来控えにしておくはずの印紙を貼った状態の原本の写しがどうしても見当たらなかったのである。相手先に送る前にうっかりコピーを取り忘れたのだろう。しかし社長はあきらめなかった。「いや貼ったはず」と譲らない。が、相手もさすがは百戦錬磨の税務調査官。「でしたら相手先に連絡して確認していただくしかないです」と冷たくのたまった。「さすがにそこまではしないだろう」と観念させるつもりでその人は言ったのかもしれない。けど社長は観念しなかった。相手先に確認すると言う。しかもそのお鉢が私にまわってきた。ヒエー!!! 調査前の自信満々な態度がまるでウソのようにテンパりまくっていた社長は、問題の契約書の控えを手に、いったん自分の机に戻って仕事をしていた私のところにやってきて、「今からここ(相手先)に電話して、原本に印紙が貼ってあるかどうか確認してくれる?」と言った。しかし見れば相手先は泣く子も黙る大企業。しかも契約の日付からだいぶ月日が経っている。直近のものならともかく、こんな2,3年も前に交わした契約書の200円の印紙が貼ってあるかどうかの話を、いったいこの大企業様のどの部署の誰に連絡してどう話を切り出せばいいのだろう?理由を尋ねられたらどう答えよう?私は自分きりの考えではうまく話せる自信がなかったため、純粋にアドバイスを乞うつもりで思ったことをそのまま社長に質問した。すると社長は質問には答えず「ううう」とうなって、再び調査官のいる部屋へぴゅーっと戻っていってしまった。
結局、調査の立会で来ていた税理士さんも何か言ってくれたのか、「金額も金額だしそこまでは」という話になり、ついに社長が折れて追徴課税を受け入れることになった。印紙の貼り忘れは、通常2倍だか3倍のペナルティーになるらしいが、このときは「自己申告」という扱いになって、たしかプラス10%程度のペナルティーに軽減されたと思う。結局印紙は本当に貼ってあったのかどうかは今となってはわからない。けど、たった一枚、書類のコピーを取り忘れたことが思わぬ事態を招いてしまった。
「桜を見る会」をめぐる追及が白熱している。今の日本を動かす偉い人たちは、公文書だろうがなんだろうが、見られちゃ困る書類や資料は全部破棄してしまえば、何もかもすべてなかったことになるらしい。たった数百円の証拠をめぐって、ぺらぺらの紙切れ一枚あるなしに振り回された私のような庶民とはえらい違い。まったくうらやましい限りだ。
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