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2017年10月04日
なつかしいドラマ「回転ドアの女」
思いがけなく子どもの頃に見た懐かしいドラマを再び見ることができた。
1984年放送の「回転ドアの女」。単発のサスペンスドラマだ。
主演の一人は田中美佐子で、当時小学生だった私はこの作品で初めて彼女のことを知った。
私はてっきり、このドラマを「火サス」あたりで見たように思っていたのだが、これは勘違いで、このドラマは「ザ・サスペンス」というTBS系の土曜夜に一時期存在した2時間ドラマ枠で放送されていたものだった。言われてみればそんな番組があったような気もするが、あまり覚えていない。
それにしても、なぜ私が子供時分にたまたま見た、おそらく小品と言っていいだろうこのドラマのことを鮮烈に覚えているかというとそれは、このドラマの中での田中美佐子と共演者の河原崎長一郎とのあるシーンが、当時ちょっとしたトラウマになったからだった。私はその後もしばらくこのときの田中美佐子の痛々しい役どころが頭を離れず、後年、彼女が売れっ子の女優さんになってからも「あのときのかわいそうな人だ」と、何かにつけてこのドラマのことを思い出してしまい、河原崎長一郎氏については「危ないオジさん」と、画面越しに長らくその警戒をゆるめなかった。(本来は実直な役どころの多い役者さんだったのに、幼かったとはいえ失礼致しました)
昔はこの手のドラマから、親からは教わりにくいさまざまな危機管理も学べていたような気がする。
さて、改めて見てみると肝心のストーリーの方はほとんど忘れ去ってしまっていたが、物語は初老の刑事(中村敦夫)が殺人犯の若い女(田中美佐子)を新幹線で東京へ護送しているシーンから始まってゆく。一見仲の良い親子にも見える二人だが、それもそのはず、実はこの二人は、女が幼い頃に離れ離れになった本当の親子だった。刑事の方は捜査の過程でそのことを知るが、女は刑事が自分の実の父親であることなど全く知る由もない。お話は、なぜこの父と娘が生き別れることになったのか、そして、父と別れた後、娘がどんな人生を送ることになり、そして殺人に手を染めるに至ったのか、回想するかたちで展開していく。護送シーンにはまだ開通してまもないだろう頃の東北新幹線が使われていた。そういえばこのころの東北新幹線の終着駅は大宮で、ドラマの中でも二人の到着を待つ刑事たちが大宮駅に駆けつける場面があった。私も当時東北に住んでいたので、たしか大宮で新幹線を下りると、東京へ向かうリレー号とかいう電車に乗せられたなあとぼんやり思い出したり、それから例のシーンでは、さすがにもう今ではどぎまぎすることもなかったけれど、不覚にも家族と一緒にこのドラマを見てしまって、恥ずかしさのあまり石像と化した当時の自分を思い出したりとか、いろいろしみじみと懐かしかった。
エンディングロールを見ていてちょっと驚いたのは、このドラマ、脚本が川内康範だった。川内康範氏といえば、森進一との「おふくろさん」の歌詞をめぐる騒動と、みごとなお耳のおケケがいまだ記憶に新しい。あの騒動の時はずいぶんご立腹なさっていてコワそうなじいさまだと思ったけれど、一方で、スヌーピーに似ているとの理由で、奥様に「スヌー」と呼ばれていると、柔和な表情で語っていた姿も印象的だった。
作詞にとどまらず、多方面で活躍してきた方だというのは当時の報道などでも見知っていたが、2時間ドラマの脚本なんかも書いていたんだな。
ところで、このドラマの「回転ドアの女」というタイトルだが、何でこんなタイトルなんだろうと不思議に思ったのだが、どうやら常に先行きの見えない人の一生というものを回転ドアになぞらえているらしかった。
さすが、スヌー。深いぜ。
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