母の子に対する愛情に際限はないものですが、母鯨の愛情はそのことをよく示しています。
「漁師の攻撃から仔鯨を身を挺してかばい、ついにはみずからも犠牲になるのが知られていた。ただし、こうした自己犠牲をいとわないのは母鯨のみで、父鯨は適当に見切りをつけて逃げていくという」(中村生雄『日本人の宗教と動物観』吉川弘文館 84頁)
この母鯨の姿は、蘭学者大槻青準の『鯨史稿』(文化5年:1808年)において、以下のように記されているようです。
「親鯨二三里行テモ又立帰リ、子ヲ鰭ノ下ニ入レテ隠シ、己ガ身ニ銛ヲ受ケ終ニ死スルニ至ル」(同上)
一旦は、自分が逃げおおせても、再び仔鯨のもとに引き返し、自らの鰭(ひれ)の下に仔鯨を隠して、我が身に銛(もり)を受けながらも仔鯨を守ろうとする母鯨の姿には圧倒されるものがあります。
結局は、母子ともに捕獲されてしまうわけですが、どのような状態であろうとも子供を守ろうとする姿勢は、鯨だけでなく人間にも必要とされます。
我が身を賭した愛情が本当の愛情といえます。