吉村昭『羆嵐』は、大正時代に北海道で起こった獣害事件を基にした小説です。
「東北地方からの移植者であるかれらには、羆が恐ろしい肉食獣であるという意識は薄く、熊はどことなく愛らしく、動作の飄々とした動物のようにも感じていた。しかし、渡道して以来、かれらは、多くの先住者たちから羆が内地の熊とは異なった野生動物であることを知らされていた。内地の熊が最大のものでも三十貫(一一〇キロ余)程度であるのに、羆は百貫を超えるものすらある。また内地の熊が木の実などの植物を常食としているのとは異なって、羆は肉食獣でもある。力はきわめて強大で、牛馬の頸骨を一撃でたたき折り、内臓、骨まで食べつくす。むろん、人間も、羆にとっては恰好の餌にすぎないという」(二)
熊と羆とは全く違うものという認識が必要ですね。
野生動物の前では人間は無力であることを思い知らされます。
危険な場所には住まない、行かないことですね。
羆が人間を襲った結果を見ると、そこには何の容赦もありません。
あまりにも悲惨です。
人間世界での道徳、道理など一切無視されています。
野生動物と向かい合うときは、人間の思考範囲の中だけで考えるのではなく、野生動物の容赦のないところにまで思いを馳せながら、排除すべきは排除するという冷徹な考え、感覚が必要でしょう。