2021年04月26日

在宅勤務再び

緊急事態宣言により在宅勤務再び。
今週は27日に新入社員への研修をするので出張だ。28日に打ち合わせをして、そのまま実家に帰る予定。
金曜日は居酒屋Qへ。Qも11日までは休業するという。実家からは4日に帰京する予定だが、返ってきても楽しみがなくなった。ママからは家においでよと言ってもらったのが嬉しい。
ジムも26日から休館となった。せっかく筋肉が付き始めたのだが、家でのトレーニングを考えるしかない。

鍼では再び足の裏に多く打ってもらった。内側にはこれまで多く打ってもらったのでずいぶん痺れは緩和した。あとは外側が強い痺れが残っている。
足裏の鍼は痛いのでめったに打たないとセンセイは言う。痺れているから全く痛みはない。それどころかくすぐったいのだ。
打ってもらって足を動かして運動鍼。刺激さらに強く入る。
足裏がスッキリした。足裏の感覚が良くなった。直接鍼を打って良くなったと感じる箇所は少ない。

沖縄から帰ってきたAさん。飲み会は結局Aさん、Mちゃんの3人だった。Aさんの帰京は今年初めてだ。焼き鳥屋でウイスキー1本が消えていった。
そのあとはバーへ。ワイン2本が消えていった。団体客が入ってきたので早々に引き上げた。
飲食店が営業できる最後の日なのだ。

在宅勤務だ。便利なのはちょっとした合間にできていない家事ができることか。
羽毛布団を仕舞うのに干すとか、そういったこと。
通勤がないと歩かない。昼は久しぶりに公園までウォーキングをしてみよう。この前の在宅勤務期間と違って暖かくなった。軽装だ、少し走る練習もしてみるか。
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2021年04月23日

1歩1歩想う

22時半頃にベッドに入る。案外すぐ寝付く。
次は2時頃に目が覚める。別にトイレに行きたくなるわけではない。そのまま眠れない時は4時過ぎまで。眠れたとしても4時過ぎにもう一度目が覚める。
最近はこの繰り返しだ。

昨日書いたが、目覚めたときに身体の不具合を一番感じる。目覚めたら起き上がって支度をしないといけないから身体の不具合を感じているヒマはない。
ところが深夜や早朝に目覚めると、すぐに起き上がるわけではないから身体の不具合を十分に味合わないといけない。考えだしたら眠れなくなるという悪循環だ。
寝る前に十分なアルコールを摂取しているのだが、目覚めてしまう。また漢方薬を飲み始めないといけないか。自律神経のバランスが崩れているのだろう。

また温水洗浄便座の調子が悪い。
前に調子が悪かったのはいつだろうと自分のブログ内を検索したら去年の6月だった。えっー、もっと前だと思っていたが、まだ1年経ってない。これにも驚いたが。
話を戻すと、また座っても電源が入らないのだ。前回は不思議なことに自然治癒した。
着座センサーで電源が入る。座ってお尻を前後にスリスリして荷重のかける位置を変えてみる。
そうすれば電源が入る。

それがスリスリだけでは入らない時もある。腰を浮かして座りなおすこと数回、それで水を排出して電源が入ったことが解る。
買い替えるべきかどうか。こんなものは消耗品なのだ。ただ、ここにあと2年も住まないだろう。もったいないという気持ちもあるし、毎日快適な便所ライフというコトバも浮かび上がる。
まあ、しばらく様子見か。また自然に治るかもしれない。科学で解明できないことは世の中にたくさんあるのだ。

今日、家から会社の駅、タバコロード経由で会社。これで1400歩の歩行。
1歩1歩、歩きながら歩行をチェックする。次は左足の踵の着地を5度くらい内側にしてみようとか、今の蹴りは悪かったなとか。1400歩全てとは言わないが、ほぼ1歩1歩の歩数に対して何か考えている。
駅からは後ろに人が続いている。誰が思うだろうか、前を歩いている人がこんなことを思いながら歩いているとは。
信号を渡ったショールームだったビルの1階が、先月から事務所として使っているようだ。ガラス全面は外から見えないよう内側に黒いパーテーションで覆われた。それが鏡の役割を果たす。
うん、普通の人が歩いているようだ。自分の姿が見られるのは嬉しい。

今日は金曜日。緊急事態宣言で飲食店は休業要請になる可能性が高い。
来週は出張を絡めてそのまま実家だ。今日は居酒屋Qへ。明日は沖縄のAさん会だ。TGIF!
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2021年04月22日

朝を想う

朝、目覚めると生まれ変わったような気がしたものだ。 全ての細胞が生まれ変わり、活力が漲る。そんな感覚を持っていた。 いつからだろう、そんな感覚を感じずに朝を迎えるようになったのは。二日酔いの朝やまだ眠いのにアラームで飛び起きるなど。 それが加齢によるものか、歳相応な日常生活を送るからなのか。 少なくとも「良く寝た」と思って目覚めることは、歳を経てからもある。ただ、全身の細胞が生まれ変わったという感覚はない。 これは思春期だけだったのだろうか。毎日背が伸びていたころだ。中学入学の時に150数センチだった身長は卒業するときには175センチだった。そのあと高校では2センチ伸びた。 今は健康診断で測定するが、177センチを維持するよう精いっぱい身体を伸ばす。177センチを切った数字が出ると、とうとう身長が縮み始めたかという精神的なショックを受けるのは明白だから。 今、朝の目覚めは前日をリセットできない。その逆である。 一日を過ごすと、身体が動くことによって不自由な部分も稼働している。寝る前、何か身体的な不自由を感じて辛いことはない。 もちろん不具合はいっぱいあるのだが、痛みや痺れも一日の終わりには身体に馴染んでいる。一日の終わりが良いというのは努力の賜物かもしれない。 目覚めると現実を目の当たりにする。 まずは右脚の痺れ。自分の脚ではないような感覚。感覚を感じない感覚。 両手の痺れも前より軽く感じるが、目覚めた時に違和感がある。スマホを掴んで時間を見る。この時に注意だ。スマホを持って顔に近づけた時に、スマホを顔の上に何度か落としたことがある。 しっかり握っているつもりでも、握力が弱いのだ。 日中、活動を始めたらそれはない。脳が覚えていて注意しながら握力を調整する。朝はそれがない。 脳だけはある程度リセットされるのだろうか。 退院後は、朝が着たら全て治っていないかなという期待を何日かもったものだ。 肩の疼痛も朝は感じる。何度も書いているが、日中あまり感じないのは疼痛を忘れるようにしているからで、それは可能なのだ。 やはり朝はウブな身体なのだろう。持っている全ての症状を感じる。 こんな状態だから、何か特別なことをした翌日は症状がどう変わったのかを正確に知ることが出来る。 土曜のジム・鍼の翌日、日曜日は脚の感覚がいい。痺れている感覚でも、温かい血が通っている感覚がある。 本当は日曜日の朝はもっと感覚がいいはずなのだろう。なんせ土曜はほぼ毎週深酒をしている。 先週・今週と火曜日にジムに行った。翌朝はやはり違う。疼痛や痺れが少ないように感じる。 まあ、不具合を持っていようが持っていまいが、鍼や運動の翌日は身体の調子が良くなるのだろう。 歩きは快調だ。今週は両脚が引き締まっているような感覚がある。左足先が地面に擦れることが無くなってきた。イメージだが、足のくるぶしのネジが締まったような感覚だ。 先週、左脚の鍼でピリッときたのだが、それは関係あるのだろうか。 暖かい時にたくさん歩いて、ちゃんとした歩きのクセをつけないといけない。 ようやく木曜日だ。今日は暑くなるという。
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2021年04月21日

筋肉の付かない箇所

昨日は昼から帰って自由にした。
自己判断の裁量労働。金曜・月曜と遅くまで仕事に費やしたのだ、問題ないだろう。帰ってジムに行って居酒屋Q。
何故だろう、数日空けて筋トレをすると荷重が軽く感じる。連続した日だと重く感じる。それほど感じはしないのだが、筋肉の疲労なのだろう。
左の腕橈骨筋群に力が加わり、筋肉が作られていく感覚がある。昨年まで全く筋肉が付かなかった部分だ。

風呂後に鏡に映した自分の身体を見る。一見は受傷前と変わらない、筋肉が付いた身体だ。
よく見ると、やはり左腕や左肩は筋肉の盛り上がりが小さい。腕を色んな方向に動かす。やはり左肩や上腕の一部に凹んだように筋肉が付いていないスジがある。
筋肉は筋線維。イメージでは筋線維が膨らまないということは、その中の神経が働いていないのだろう。
左脚の大腿四頭筋の内側広筋だろうか、この部分も筋肉が膨らんでない。

何がきっかけで筋繊維の中の神経が動き出すのだろう。
左腕でいえば、肩が動きやすくなってからだったろうか。今の筋トレマシンは左右別々に荷重がある。左側は5キロ少なくしていたのを右と同じにしてからだ。今年だ。
5キロ少ない荷重でも、動かし続けていたことが良かったのだろう。ただ、ずっと5キロ少ないままだったら左腕の筋肉は付いたのだろうか。

退院後、左脚の筋肉は目に見えて細かった。
脚の筋トレは受傷前にはしたことがなかった。レッグプレス・レッグエクステンション・レッグカールを始めた。レッグカールで左脚が後ろに曲げられなかったことを覚えている。
これによって脚の大きな筋肉は付いてきた。だが左脚の筋肉の付きは遅かった。
前にも書いたが、1本のピクンピクンとした鍼から左脚の筋肉が付くようになった。これは体感した自分しか解らないかもしれない。自分でも驚いた出来事なのだ。
筋トレも刺激だ。それだけで反応しなければ鍼の神経刺激は有効なのだろうか。答えは解らない。
筋トレでは大きな筋肉から動いて筋肉が付くのだろう。細い筋肉はそこを狙った筋トレをしなければいけないのかもしれない。ただ、もしかしたら鍼の刺激が有効かもしれない。来週、付いていない筋肉箇所を打ってもらうのもひとつか。

そんなことを思いながら、居酒屋Qへ。
火曜日は火曜日しか来ない人が来ている。その人と話しながら時間を過ごす。O夫婦も来た。
今日は金曜日じゃないんだと思いながらも、ふつうにけっこうな量を呑んだか。まあ、風呂も入っているし、帰って寝るだけだ。20時に店を出て家に着いたが、することなく本当にすぐに寝た。

また夜中に目が覚めた。0時過ぎ。次は2時過ぎ。ここからが寝られない。4時半を確認してから眠りにつく、5時50分起床まで。
今日は週中。緊急事態宣言の発令は来週だろうか。
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2021年04月20日

脳の調子か

昨日は20時半帰宅。ほか弁とビールで終わらす。
夜中に起きないよう23時前まで焼酎を呑んで眠りにつくが、2時過ぎに目が開いてしまった。時間を見るのにスマホの電源を入れるのが悪いのだろう、目が冴える。
仕方ない、スマホをしばらく見ていたら眠くなるだろうと思ったが眠くならない。結局は4時半まで眠れなかった。5時50分のアラームがうらめしかった。

眠れない中、身体の状態を思った。手の痺れがすごく緩やかだ。
これは今年の始め位からこんな状態だった。でも、先週の木曜当たりからはもう少し強い痺れだった。
右脚は依然痺れが強い。ただ、鍼後だからだろうか動かすと色んな箇所に刺激が感じられてマシに感じる。
疼痛は気になっていない時が多かったのだが、これも先週の木曜当たりからチクチク感じる。これを書いている今もチクチクしている。

手の痺れ、腕・肩の疼痛、右脚の痺れ・・・気になるのはこれだけだ。これらの症状は比較的穏やかにはなっているのだろうか。穏やかになったと感じてはいるが、これは慣れたからなのだろうか。
キズを負ったとする。浅いキズならそれほど痛くない。でも深いキズだと痛い。
これと同じ判断で、神経の症状も語っていいのだろうか。
痺れや痛みの症状の強弱を感じるが、果たしてそれは本当に痺れや痛みが強くなっているのだろうか。その強弱を感じるというのは脳が判断しているのだが、実は痺れや痛みは同じ強さなのだが、日によって脳が違う判断をしているということはないのだろうか。

脳の調子・・・つまりは脳の痛みなどを感じる判断というのはいつも同じなのか。
仕事や他の事でも、時々判断を見誤ることがある。なんで、あんな判断をしたのかと後で思う。
それは脳自体の調子が悪いからではないのか。寝不足、二日酔い、まあ他にもあるだろう、いわゆる頭が回転していないといわれる状態。
神経の障害は脳の障害ではないが、伝達は神経だ。
この考え方の可能性ってないのだろうか。もしかしてあるのでは?という確信を持てることがある。

肩の疼痛だ。退院後、気になって仕方なかった。痺れは痛いものではないから仕方ないと我慢できた。疼痛はチクチク痛い。当初は神経ブロック注射とかまで調べたほどだ。
ただ気になるのは起きた時だけで、仕事など他のことに集中している時は痛くないことに気づいた。
結局、痛くないと思うようにした。それをクセづけた。幼稚な考えかもしれない。
そうしたら、気になる時が少なくなったのが事実だ。

脳の機能についてはまだ解明されていないことが多い。
歩くとか掴むとかの機能は日常生活をおくれるまで回復した。少しの不自由だけだ。いわゆるQOLは向上しているのだ。
これ以上望むこと、それは元通りだ。
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2021年04月19日

徒然なるままに

マンボウで飲食店は20時閉店。
飲みに行くときは17時から行くのでそれほど気にならなかった。17時から呑んだら20時には出来上がる。
金曜日、客先で18時スタートのプレゼが遅れた。遅く始まり、終わったら19時半近く。居酒屋Qには19時半くらいに行くから少し遅くまでやってくれと先週にお願いしていた。
マスターからは何度か電話がかかっていた。結局、着くのは20時半くらいになりそうなので無理だねと折り返した。

居酒屋で呑むという有難さをあまり深く考えていなかった。ただ、今日は寄って帰ろうかなという気分だけだ。特別なものでもない、習慣的な行動だ。ただ、今は近くにお気に入りがないから週末だけだ。
どこでもいい、疲れた頭と身体を癒すために居酒屋に寄りたかった。これが出来ないのだ。
このストレスは何ともしようがない。
せっかくの週末だが仕方ない。家の駅で弁当を買って家でビールを開ける。

家でビールを空けて思った。ただ酒が呑みたいだけでないのだ。何というか、居酒屋の空間で食べたいモノを頼んで熱い・冷たい内に食べる、食べながら酒を流し込む。家でいくら豪勢なアテを揃えて呑んでも違うのだ。
酒のアテは食べ物だけでない。人だ。カウンターに座ってマスターやママと話す。他のお客さんと会話する。そういったことが楽しい。こういう居酒屋ライフを何年しているだろうか。
だから、そういうことが出来る居酒屋を選ぶ。
近所の焼きトン屋や沖縄料理屋で一人食べても、それは身体が欲する食と酒を満たしているだけだ。

家で弁当を食ってビール1缶で眠くなってきた。平日、家で呑む量はビール1缶と焼酎は5杯くらい呑むのだが、疲れていたのか。
おかげで翌日は早く目覚めた。いつもの土曜日。ジムに行って鍼に行って。
いつものジムでの筋トレだったが、今回は重く感じる。同じ荷重で感じ方が違う時があるのは何故なのだろう。ストレッチマットで身体をチェック。右の腰から上、痺れていて感覚は鈍いのだがかなり硬くなっている。
ストレッチポールで身体の各部をゴリゴリするようになったのは1か月ほど前からか。
最初は痛かった箇所も少し慣れたのか痛みが少なくなってきた。ほぐれたとは思わないが。

鍼では足裏の鍼の効果を伝える。
足裏と甲の痺れが1段階軽くなったのだ。とはいえ、痺れは強いのだが。何かを踏んだとして、その踏んだものを識別はできないのだ。踏んだモノが固いもの・柔らかいものという区分ができるかどうかで痺れの強さが判断できる。
今回は前回よりも多く足裏に鍼を打ってもらった。Aセンセイも足裏にこれほど鍼を打つのは初めてな打ってもらった足を動かす。色んな刺激が足裏に入る。これが気持ちいい。
痺れているから足裏に打てるのだ。これが痺れていなかったらかなり痛いらしい。

鍼から帰ると16時15分。2時間近く鍼を打ってもらっていた。
16時半に待ち合わせている。居酒屋Qのママの息子・Tとその同僚、近所のEとシシ鍋を食べに行くのだ。両国の有名なジビエ屋。店の表には猪が3匹吊ってある。イノシシは何度か食べたことがある。
今回はシシ煮込み、シシ鍋、シカ刺し、シカ竜田揚げ、クマ汁、デザートというコース。
クマ汁は出てきた瞬間に獣臭がすごかったらしい。自分は感じなかったのだが、翌日に寝室が獣臭かったからそうなのだろう。

店を出ていつものバーへ。20時閉店は関係ない。
バーを出てからも、やっている店に行った。マンボウ下でも時短要請に応じていない店はあるのだ。
時短要請を断れば命令になり、それに従わないと過料になるのだろうか。
22時半くらいまで呑んだのだろうか、翌日目が覚めると頭が痛かった。3件目で甲類焼酎を呑んだからだと思うが、そもそも量の問題かもしれない。

日曜日は遅くまでベッドにいた。やはり鍼の効果なのだろうか、けだるさがある。二日酔いなのかははっきりしないが。ジムに行くのをどうしようかと。
結局ジムには行かなかった。月8回というプランだ。違う刺激を入れずに土曜の鍼の効果を感じていたい。火曜日に早く帰って行くことにする。その後に居酒屋Qに行くことも考えて。
Mちゃんからラインが来ていた。沖縄のAさんが帰ってくるので24日に集まろうと。Aさんとはたまにラインをするが久しぶりだ。

日曜日、ダラダラ呑んでいたら眠くなった。マッサージ機で1時間ほど寝てしまっていた。
1時間もマッサージ機で寝るということはあまりない。しかも十分な睡眠が取れている日曜に。身体は老化しているのだろうか。疲れやすさとかそういう感覚は残念ながら感じない。全身に痛みや痺れがあるのだ、それ以外の微妙な症状なんて感じ取ることが出来ない。

早々にベッドに入った。
夜中に何度か目が覚めたが、すぐに眠れた。寝ていても右脚の痺れは気になる。右足先は鍼によって違った感覚だ。
今日、歩いていて感じる。鍼後は何か感覚が違う。これが良い方に向かっているのかどうかは解らない。
良くなる時はなかなか気づかないのだ。色んな稼働が良くなった時も、気づいた時に良くなっていて、何が原因だったか掴めない。
さあ、週初め。今日は18時から神奈川でプレゼ。もう勘弁してほしい、18時からの仕事は。帰ったら20時は超えるだろう、またほか弁とビールだ。
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2021年04月16日

最近の日常

現在の出勤はフレックスで7時半に出社し16時半に退社。
外に出ることもあまりなくなった。内勤で企画を創ったり、たまに営業に付いて得意先でプレゼンをするくらい。
会社公認で所属している社団法人では役員という立場なので理事会が月1回、定例会が2か月に1回ある。また、協会内で事業部を作っているので、その事業部の仕事も多少なりともある。
要は、それほど忙しくない。まあ、暇ではないが。

これまで仕事をしていて時計を何度も見るといったことはないが、内勤をしてやっていることが一区切りつくと時間が気になる。
仕事のスピードは速い方だと思う。時間があるからと言って、時間に合わせた仕事の進め方はしない。そういうクセをつけると本当にやるべき時にできなくなる。スポーツと同じだ。
2時間と決めている仕事を1時間ちょっとで終わらす。次に同じような仕事は1時間で終わらす。それを繰り返していかないと仕事人として失格とさえ思う。
早く終われせて余った時間を他のことを考える時間にすればいい。寝てもいい。とにかく想定した時間以内で終わらせるクセを作ることだ。

会社の中にいる時間は好きではない。色んなヒントは現場にある。
三現主義…現地・現物・現実というコトバがある。現地に行って現物を見て現実を知る。これは非常に重要だ。これがあてはまる業種や職種は多いのではないだろうか。

16時半に退社すると17時には家に着く。
これまでは平日でも居酒屋に寄ることはあったが、今、週末以外は家で過ごす。コロナ禍だからではない、行くところがないだけだ。
元居酒屋Sはそのままの居抜きで営業している。カウンターの中も外も人が違うが、風景は同じ。
そこで過ごした思い出を変えたくないから行かない。何度か元居酒屋Sのマスターと行ったが歓迎はされない。

元居酒屋Yは近くの居酒屋が移転してきた。元々常連さんだけでまわっていたいた店らしい。そこに新たに行こうとは思わない。出来上がったコミュニティに入り込むのも面倒くさいと思うようになってきた。
カウンターに座って適当にマスターやママと会話をして、気の利いた肴があり、横に来た知らない客と話して呑む。そんなスタイルをずっとやってきた。

それ以外に最寄り駅にある居酒屋は沖縄料理屋くらいか。何度か行っている。
家を少し超えると焼きトン屋が2軒。安さが売りの店だ。他にも居酒屋はあるが、どちらかというとグループで入る感じの店ばかりか。
店構えも入る気がする・しないに影響する。入る気がしない店は、行っても期待外れが多い。
誰ともしゃべらず食いながら呑むだけなら家に帰ってテレビを見ながらの方がいいように思ってきた。

その中で居酒屋Qを見つけたことは良かった。
家の1つ前の駅寄りだ。手前の駅から降りて5分。店から家までは10分強。家から5分圏内であれば毎日行っているだろう。呑んだらすぐ帰れる範囲で飲んでいた時代が長かったから家の近く以外では平日は呑む気がしない。週末を過ごす居酒屋だ。
呑みに出るのが金・土だけになったから好きなだけ呑んで酔っぱらってしまうのかもしれない。

今朝、例のごとく深夜に目覚めたが、痺れが強い。
特定の箇所でなく、久しぶりに全体的に痺れが強いのだ。低気圧が来た時の感覚。寝ぼけ眼でスマホで気圧配置を見るが、高気圧が張り出している。全身がむくんで痺れている感じだ。
朝起きてリリカを飲んでしばらくしたらマシに感じた。ずっとリリカを飲んでいるが効果を感じたのは初めてかもしれない。

今日は若い営業担当者に付いて行ってプレゼンだ。それが18時からだ。18時以降に仕事などしたくないが仕方ない。
その営業担当者はこの春に仙台から転勤してきた。どこに住んでいるのか聞くと同じ駅だった。
今日は金曜。居酒屋Qにその若手を連れて行ってやろうか。
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2021年04月15日

鍼を思う

足先の痺れはずいぶんと緩和した。
気になっていた部分の3分の1くらいは大きく改善した。これは鍼を打ってもらって効いた箇所なのだろうか。次は改善できていない箇所を狙って打ってもらえば大きく変わるかもしれない。
鍼は痛みや痺れやコリを感じる箇所に直接打って聞く場合とそうでない場合がある。

コリとかであれば全体の血流を良くすること、狙っている箇所に血の巡りが良くなるように、いわゆるツボに打つのだろう。
受傷して鍼に行こうと思った理由は簡単だ。筋肉の中の方を刺激したかっただけだ。イメージは筋肉の中の深いところに神経が通っているイメージを持っていた。動かない広い範囲に打ち込んで欲しかった。間違った考えだったのだろう。

鍼が効果を出すメカニズムは筋肉を傷つけることによる修復作業による白血球の増加や、刺激によるホルモンの増加などが言われている。
そんなことは知りもしなかった。ただ患部に刺激を与えれば何か反応するだろうということだけ。
いくら手で揉んでも中まで届かない。

Aセンセイに出会うまでの鍼はどれくらいの深さまで打っていたのだろう。
調べてみると一般的に2センチから3センチという例が一番多いようだ。もちろん部位にもよるだろうが。考えたら2センチ入れば自分が思っていた“筋肉の中の神経”を刺激できるのだろう。
実際、A治療院に行く前の治療院ではそんなに深く打ってはいなかったが、帰り道は普通に歩けていた。杖を持っていた状態の頃だ。行く時と帰る時の違いで鍼の効果を実感できた。

今、Aセンセイに鍼治療の最後に立って右脚の後ろに打ってもらう。それはピリッと足先まで痺れる鍼を打ってもらうのだ。いつの頃からか、それが治療最後の仕上げとなった。
他は横になって鍼を打ってもらっているが、この時ばかりは自分の目で見られる。
長い鍼が右脚の後ろに入っていく。6・7センチは入っていくだろうか。「ここがくると思うんですけどね…」と言いながら打ってくれる。身体の中にスムーズに入っていく鍼を見ていると、芸術とさえ思える。

ピリッの箇所が当たる時もあれば外れるときもある。
センセイの目はかなり的確な判断力があるのに、外れることもあるのだと思っていた。ただ、長い鍼を初めて使った時に、いつもピリっと来なかった箇所が反応した。つまり深さが足りなかっただけということもあったのだろう。
ただ、そのピリッが何か効果あるかと言えば、それは不明だ。精神的に効いた気がするだけかも。

マイオセラピーが神経障害には有効だといわれている。マイオセラピーというコトバ自体は特定の器具を使った治療法であり商標化されているが、その考えは筋肉の深層部を緩めて血流を良くして神経の修復をするということ。
マイオセラピーというコトバは使えないが、まさに鍼はそうなのではないか。

今回の足裏の鍼で、状態に変化があったことで思った。
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2021年04月14日

Jの話A

@の話は1985年〜1987年の夏までの話だ。
毎日仕事して、飲んで過ぎて行った。変化があったのは1987年の夏の終わりころ。寮を出る決意をし、公団(今のURか)に申し込んでいたら当選した。さあ引っ越しだと荷物をまとめていた。
その引っ越しの準備をした次の月曜日に転勤の内示があった。
札幌支店だ。

引っ越し準備の荷物は札幌送りとなった。新居は一度も住まずに床磨きをしただけだった。購入していた家電製品をお届け前にキャンセルしたのも覚えている。
会社の先輩がやってくれた送別会は盛大だった。事業部を問わず入社3年目の若造に100人近い人が来てくれた。会社内では色んな人たちと関わりを持っていた。その殆どが一緒に酒を飲んだという関係だっただろう。時代はバブルと言われる時代に入っていたが、全く実感も金もなかった。
1987年の9月の終わりだったろうか、東京の会議に出てから、札幌支店で上司になる人と一緒に札幌に行った。その上司は熊のような風貌、まさに熊のいる地にさらわれていくような気持だった。
その人が言った「○○、北海道って熊がシャケ加えて歩いていると思ってるだろ、全然違うからな」
熊に言われても実感がなかった。

Jとは事業部も違うし疎遠になった。札幌に転勤してしばらくしてJが会社を辞めた。その辞める時に電話で話したと思う。Jは家に戻って家業を継ぐということだ。家は縫製工場を営んでいる。
転勤した翌年1988年の最初の頃だったろうか。いや、転勤した年だったろうか。覚えていないが、咳が止まらず息が苦しい。住んでいた建物内にある医者に行ったが良くならない。息が出来ずに眠れもしない。タクシーに乗って一番近い病院に駆け込んだ。
救急車を使っていないのだが、すぐに診察してくれた記憶がある。それほどひどく見えたのだろうか。

結果は喘息だ。急性気管支炎。大阪にいるときから息苦しくて寝られないことはあった。
札幌の寮はマンションで部屋は暖かい。誰も掃除をしないダニがいる絨毯に寝転んでいたことが原因かもしれない。
そのまま入院となった。この時のことはずいぶん前に書いたか。1週間の入院となった。
色っぽい看護師さん、刑務所に服役している囚人、同じ部屋の人、喫茶室の金がかけられる麻雀ゲームなど面白いことがたくさんあった。

札幌での仕事は馴染めないでいた。
大阪では上司も厳しかった。先輩たちとは会社の文句を言いながら飲む毎日だったが、決して後ろ向きでなく、どうすれば良くなるかということでの文句だった。
そういう意味では何か同じ志を持った仲間という絆があった。新入社員からそれを植え付けられた。
札幌支店ではそれを感じなかった。東京・大阪(両本社)の顔色だけを窺い、スキさえあればサボるという雰囲気だった。もちろん皆が皆ではないが。意味のない慣習だけが残っていた。

退院してからだったか、上司が変わった。前の上司はいい性格なのだが、出世欲が強かった。当時の店次長の批判を支店長に告げ口して自分がその地位に収まった。その告げ口の場が、僕の退院祝いという口実で支店長を誘った寿司屋だった。
プリンスホテルの寿司屋。美味しくて次から次へと注文した。会社の金だ。札幌支店は複数で車に乗って出張して普通の交通費を請求して分けるなどをしていた。これも大阪時代では考えられないことだった。
次の上司は東京で役に立たずに追い出された、パンチパーマをあてた人だった。ファッション業界では見かけないタイプだ。酒好きのいい人だが、仕事は理解不能だった。

担当しているブランドの札幌の代表として月に1回、東京での事業部経営会議に出席していた。売り上げの見通し・在庫管理・利益などの資料も作成していた。
事業部で2つのブランドがあった。上司がもう一つにブランドで出席。
そのパンチパーマは、合計の計算をよく間違えていた、事業部長に、お前は足し算もできないのかとよく怒られていた。足し算のミスならまだいい、マネジメントというコトバ自体が彼の中にはなかった。
そんな人と合う訳ない。Jがよく言っていたコトバ「〇〇な、アホと付きおうたらアホがうつるんやぞ」
今でもそのコトバ、その時の声が耳に残っている。

いい加減、サラリーマンが嫌になっていた。
「お前はサラリーマンか」よく大阪時代に先輩たちの口から叱る時に時に出たコトバだ。
そうなのだ、我々はサラリーマンなのだ。でも、単に給料だけを貰って、向上心のカケラもない奴らをサラリーマンである我々がサラリーマンを否定したことを言っていた。
当時のアパレル業界は、普通の企業と違った色だった。一癖も二癖もあるような人が多かった。単に服が好きなオシャレだけの人ではない自分を持った精神力の強い人が多かった。
でも、それは東京とか大阪に勤務している人たちだけで、支店というのはどこか牧歌的な雰囲気だったのかもしれない。それは、その後に色んな所に住んで感じることはあった。
決して地方がダメと言っている訳でない、同じ会社でも支店によってカラーが違うのだ。

そんな時に電話があった。
Jだ。実家の縫製工場に入って、新しいことを始めているらしい。
同郷だ。「お前、もう帰ってきて一緒にやろか」と誘ってくれていた。ただ、積極的な誘いではない。
そりゃそうだろう、大手企業を辞めさせて来いとは言えないのだ。それは長い付き合いでよく判った。
札幌という土地は好きだが、仕事では我慢の限界だったかもしれない。
もう辞めようと思った。1988年の夏。札幌に来てまだ1年を迎えていなかった。

長くつまらない話だろう。ただ、自分のブログだ。ご勘弁を。
この時代に得たことが良くも悪くも自分を創っている。長い話だ、一旦ここまでで。
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2021年04月13日

足裏への鍼

日曜日に3か月期間の英会話が終了。1か月後にまた3か月の期間で月8回のレッスンになる。
週に2回だから平日1回、日曜に1回。いつも同じ講師のAさん。
日曜の夕方のレッスンではいつも同じやり取りになる。
「Happy Sunday.How did you spend this weekend?」
これに対する回答がほぼいつも同じ。

「土曜にジム行って、鍼に行って、居酒屋行って・・日曜は二日酔いで遅くまで寝て、テレビ見て、ジム行って、洗濯機回して、干して・・」
たまに日曜日にゴルフに行くが、その日はレッスンを入れない。だからレッスンを受ける日曜はいつも同じ。
先週もそう。

金曜は居酒屋Q。やはり20時閉店の名残か、20時には十分な酔いが回っている。せっかくの週末なのだが、帰って21時半には寝てしまっている。これは土曜も同じだ。
酒が弱くなったのもあるかとは思うが、何しろQで出される焼酎は濃いのだ。ボトルがないから1杯売り。自分で作るなら自分の丁度よい割る加減がある。
しかしママが作る焼酎は8割くらいが焼酎だ。酒飲みは濃い分に文句は言わない。

土曜の鍼では初めての箇所に打ってもらった。
右足先の痺れが強い。足首から下だ。触るだけでピリピリしている。足裏は無感覚。
鍼は打つ順番も重要だ。前に足先から打ってもらって足裏の感覚が良くなったことがある。足先の痺れをセンセイに言うと、足先から打とうということになる。
自分の痛さや痺れなどの不具合は施術者には解らない。いかに具体的に症状を話せるかだ。

僕は見ただけなら、どこも不具合のない人に見える。それどころか、筋肉も付いてきたから同じような年代のオッサンよりも健康で逞しく見えるかもしれない。
でも痺れているのだ。手も足も。歩くこともやっととはいわないが、1歩1歩いろいろと考えながら歩いている。
ずっと鍼治療をしてもらっていても、痺れは見えないから都度言わないといけない。

足先の痺れは確実に強くなっているのだ。原因は解らない。退院当初よりも強いのは間違いない。
痺れの感覚で言うと、正座で最初にジンジンと痺れる感覚が@、次に無感覚になるが、それがA、それ以上の無感覚とジンジンの痺れが加わった感覚がB、それ以上の状態だった。触って押せばキャン!っていう感覚の箇所がいっぱいある。いつか書いたが、頚髄損傷者は足裏にボコボコ感を感じることが多い。そのボコボコ感すら感じない。

Aセンセイに母趾外転筋が痛いと言う。それだけでなく、足指の付け根、外側も。
そしたら、足裏に鍼を打ってくれた。それが気持ちいいのだ。打ってもらいながらセンセイにそれを言う。そうしたらけっこうな本数を足裏に打ってくれた。
普通、足裏は痛いから数本しか打たないらしい。足裏にこんなに打ったのは初めてと言う。
なぜなら足裏への鍼は痛いらしい。普通の人は嫌がるという。
痺れているから痛さよりも気持ちいいのだ。足の皮は厚いから中の筋肉まで刺激がなかなか伝わらないのかもしれない。

鍼後、これだけ確実に・すぐに効果を感じられることも珍しい。
足裏の痺れが1段階緩和したのだ。施術が終わって立った時に感じた。それと立ち上がった時に打った右足と左足が見た目違う。体重をかけると右足裏はクッションのようにフワフワしている。足裏にアーチが出来たという表現が正しいか。

今も足裏の感覚はいい。ボコボコ感を感じている。
今週も足裏の鍼をリクエストするつもりだ。繰り返していたら感覚が良くなるのではという気がする。
同じように、これは最初からだが、手の平にも打ってもらっている。
手の平は相変わらず痺れているのだが、最近は手の平の鍼が痛くてイヤだ。手の平の痺れが少しはマシになっているからなのだろうか。

さあまだ週初め2日目。週末は程遠い。
posted by shigenon at 08:37| Comment(0) | TrackBack(0) | リハビリ
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2014年クリスマスイブのプレゼントは最悪でした。 「頸髄損傷」というケガなのか病気なのか・・その症状との戦いの記録と現在の日々をアップします。 (2018年4月追加) 不全の頸髄損傷は「健常な人」に見えます。“ふつうに見える”様に努力をしています。が、反面、「もう良くなったんだ」と思われがち。 骨折とは違い、中枢神経の損傷は完全回復はしないという現実。 「健常に見える」「もっと良くなるよう努力する」「もう治っているんでしょ」の狭間で何とか毎日を過ごしています。
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