2022年02月13日

よろしく

「あっ、丹澤先生!」
公用車の鍵を事務室に取りに行った時、校長から呼び止められた。

「来年度は中2ですから…。あと野球部もよろしく。」

これが私への来年度の配属の内示である。
簡単だ。

でも、さっぱりしていていい。
おそらく以前と大幅に変更になる場合は、長く面談をしているのだろうが、私の場合はこれでおわり。

ありがたい。

細々ながら、私を使ってくれるのは本当にありがたい。

公立中学なら60歳で定年。
私に当てはめるとあと三年くらい。
この歳で担任をしている先生はいないだろうし、野球部の顧問だって厳しい。

もう何年も前に、私と同年代の先生に、「丹澤先生はまだ担任をやってるの? 野球部も引退しないの?」と言われたことがある。

その時は、引退などとんでもないし、考えたこともないと、黙って笑って聞いていたが、今は、そのとき声を掛けてきた先生の気持ちが少し分かる。

私自身、歳を取り、体力的にも精神的にも、教員を続けることに自信がなくなりつつあるのだ。

そんな中でも、「よろしく」は、「来年度も頼みます」ということであり、「首がつながった」ということなのだろう。

思うに、簡単でさっぱりと聞こえた「よろしく」は、とてつもなく重く、深い意味を持っている言葉だったことが分かる。

「よろしく。」

これを励みに、もう一踏ん張りせねばなるまい…。




2022年02月12日

大学合格者

職員室前に昨年春の大学合格者が掲示されている。

彼等の名前を見ていると、今や、非常に懐かしさを感じる。

「みんな元気にやっているかな…。」
と、しばし立ち止まる…。

懐かしいな…。

私はめっきり歳を取ったようだ。
彼等との楽しい学校生活が、少しずつ蘇ってくる。

「どうか高校を卒業するときは、静かに消えるようにいなくなってくれ。淋しくて泣いちゃうから…。」

そう言って卒業させた学年。

私は、努めて距離をとり、情が移らないように、わざと疎遠にして、卒業式を迎える。
そうしなければ、悲しくてやっていられない。

大学合格者の中には、浪人生もいる。
今が正念場なのだろう。

私はじっと「吉報」を待つしか、すべはないのだ。

私の学校では、系列大学に進学が決まっても、さらに他の大学を受かって卒業することを求めている。
最後の恩返しとして、合格実績を作れ、ということだ。

来月の高3卒業式が終わると、これらはこの春の合格者に張り替えられる。

来年の今ごろ、私はまた、彼等の雄姿を見て、物思いにふけるのだろうか…。

こんなふうに学校の時間は流れていく。

2022年02月11日

建国記念の日

紀元節である。
皇紀2682年だそうである。

今年は、休日を振り替えて授業日になった。
世の中では三連休と報じていたが、うちは土曜日も授業なので、祝日のない普段通りの週末である。

もちろん紀元節に思いを馳せるせいとなど誰もいまい。
それでも、中3の教室には、皇紀2682年と書かれていた。
学年主任が書いたのだろう。

日本の歴史は、世界の諸国よりも遥かに古い。
もしかしたら、本当はもっと古いのかも知れないが、いずれにせよ、連綿と日本文化が続いているのはすごいことだ。

古来より日本人の心に流れる思想は、いくつかある。

その一つに『武士道精神』がある。
西洋的には「騎士道精神」だが、日本では、静養のそれよりはるかに古い歴史がある。

かつて新渡戸稲造が欧米に紹介したことで、世界でも知られるようになった。
当の日本では、あまりに自然すぎて、ほとんどの人は意識すらしていない。

日本人の奥底に、染みついている高貴な考え方であり、スタイルであり、行動様式なのだろう。

この『武士道精神』は、戦後急速に廃れていく。
それは、ある意味、紀元節が「勤労感謝の日」と改められたことにも関連している。

このことは、日本人の誇りを捨て去ることでもあり、また日本という国の国力を低下させるものでもある。

つまりGHQ政策は、きちんと機能したということだ。

だが、今一度それを取り戻す時が来ている。

内憂外患の昨今、どうしても精神的支柱が必要だ。

その一つが、『武士道精神』であろう。

勤労感謝の日に思う…




2022年02月10日

練習動画

このところ毎日の練習に塁間のボール回しがある。
「10周、そして逆向きを5周、ミスなくできればクリアする」という目標を決めて、やっている。

だが、まだまだまともに捕送球できない彼等は、この練習だけで小一時間やっていることもある。

昨今は、キャプテンが決めたメニューを私は黙ってみているが、あと少しでクリアという時にミスが起こり、また一周目からやり直し。そんな事が何度も起こる。

基礎的な部分で問題があると私は気づいているが、なかなか改善されたいので、動画にして彼等に見せることにした。

ほんの短いボールを採って、次の塁に送球するだけのシーンだが、これを編集してつなげ、また、スローモーションにもしてみた。

最近の動画編集は、ずいぶん簡単にできる。
私が使っているデスクトップPCは、メインマシンが32G、サブマシンでも24Gのメモリを積んでいるので、処理が重くなってしまうということはない。

それでも、初めて使った編集ソフトには手間取り、少しT君に手伝ってもらった。

今日は職員会議で部活動はなかったが、編集した動画を入れたUSBメモリを貸し、生徒たちに見てもらった。

いくら説明しても分からないことでも、自分の動画を見れば、一目瞭然である。

この先の練習でどれだけ改善していくかが面白い。

大分以前は、バッティングやピッチングをビデオで撮り、それをコマ取り出しして、分解写真を作って、部員たちに確認させたこともある。

かつてのソフトはかなり面倒だったので、ほどなく止めてしまったが、今ならば、もっと簡単に作れるのだろう。

時に視覚に訴えることは、大きな効果をもたらすようだ。

時々撮影して、彼等に考えて練習する癖をつけさせたいと思う。




2022年02月09日

私のパソコンたち その2

私が職場(学校の職員室)で使っているノートパソコンは2台とも私物である。
以前は、学校から支給されている備品としてパソコンは、仕事関係上少しスペックを上げてもらっていたのだが、Windows10にOSを入れ替えるに際し、自分だけ変えてもらうのは面倒なので、自らのPCにした。

基本、職場からPC持ち出しは禁止である。

このメインマシンがこのところ、不調なのだ。
原因は熱暴走である。

恐らく、CPUファン、内部ファンが機能障害を起こし、冷却が上手く働かないのだろう。
一度、内部を覗いてみたが、いずれも最も深くにあり、「これ以上の分解は、原状復帰が難しい」と考えあきらめた。

だが、暖房で部屋の温度が高くなると、机上のノートPCもさらに暖まってしまう。
CPU温度をモニターするソフトをいれて監視しているが、90℃あたりになるともう無理である。そこで、温度が上がりすぎたら、自動でスリープ状態になるような設定をしてみた。

24時間ずっとつけっぱなしにしておいても大丈夫な時もあるが、たいていは落ちる。

こうなると、メインマシンでありながら、大した処理もできずにいる。
少し重たい処理をすると、温度が上がり、落ちてしまうのだ。

これには参った。
もともとノートPCの下には冷却ファンも設置しているが、それでも駄目。
今は、机に直接置かず、底面に空気が流れるようにしている。
だが、それでも大丈夫というものではない。

当然、しわ寄せはサブノートPCにゆき、スペックも画面も低いPCでの仕事となってしまっているのが現状だ。

さらに冷却機能を高め、やはりだましだまし使うしかないかな、というのが今の考え。
新たにノートパソコンを入手する金銭的余裕はないのだ。

まさに、2台体制で良かったと思う。

これだけの台数のパソコンを持ちながらも、まともに動くマシンがないなぁ…。

2022年02月08日

私のパソコンたち その1

ある意味、私はパソコンオタクなのかも知れない。
思えば、自室にデスクトップが3台。

一台はメインマシン。ドスパラのPC。当初はハードディスクをSATAで何台もつなげていたが、ハード的に不具合があるとすぐにブルー画面になってしまうWindows10の仕様に負け、今は外付け以外はすべて外してしまった。
おまけに昨今は、グラフィックボードの調子が悪く、DVDを再生したり、TVソフトを動かしたりして負荷がかかると、画面がブラックアウトしてしまうので、おそらくボードの熱暴走か、寿命だろう。WEB再生くらいは大丈夫だが、映像系の重たい作業はできなくなってしまった。以前のメインマシンから移したグラフィックボードは4画面ディスプレイなので、今は、ちょっと手がつけられない。32Gのメモリを積んでいる。

二台目は以前のメインマシン。DELLのワークステーションPCである。五年前に一度マザーボード毎入れ替えたことがあったが、ほどなくそろそろ現役引退し、サブマシンになった。メモリは24Gあるので、メインマシンが不調なときは、まだまだ臨時のマシンとして使うことができる。サブマシンなので滅多に使わないが、今でも2画面で使える。確か3画面は出力できたと思う。

ちなみにメモリが多いのは、それぞれのPCで何台もの仮装化PCを積んでいるからである。プログラミング開発や、その実験機としていろいろなOSを入れていた時代もある。もう何年も使っていないが、今でも動くのだろう。

三台目はミニPCである。ドスパラ製。こちらは、もっぱらwifi管理用になっている。このPCのUSBからLAN端子を新たに出し、その先に無線wifiを設置。部屋のタブレットやスマフォはそのwifiの恩恵にあずかっているのだ。

いずれのマシンもたいてい24時間稼働なので恐らくその負荷は大きいだろう。
メインマシンはひとたびクラッシュすると、しばらくは起動しない。
wifi管理機も昨今やや不調ではある。

ちなみに、隠れ家にもデスクトップ3台、ノートPC2台がある。
このうちデスクトップは部屋のPCとも互いにやりとりができるようにしている。

部屋からは職場のPCとやりとりできるので、結構便利である。

職場(職員室)では、2台のノートパソコンを使っている。
以前から使っているメインのノートPCが、不具合を起こし、仕事がとまってしまうので、二台体制になった。

実はこのメインノートPCが、今困ったことになっている。

その詳細については、次回に…。




2022年02月07日

注意されるのも愛

人は、他の人の言葉や環境により、すぐに感情が揺れ動く。
だから、多くの学校現場では、多くの生徒や教職員たちが、「心のぶれ」をコントロールすることを知らないまま生活しているのだ。

よかれと指摘した先生の言葉が、生徒の気に触り、心を動揺させ、怒りの感情を引き出させてしまうことは、よくあることだ。

もちろん、これは学校にとどまらず、会社組織でも家庭でも大いに起こりうることで、そこに不幸が生まれ、悩みが発生し、時に感情が爆発し、誤った言動を引き起こす。

学校では、「あいつに何を言っても意味がない…」などと、生徒を「不良」というレッテルで張り、近づかず、触らぬように関わっている先生もいらっしゃることだろう。

人間対人間の関係なので、教師だって時にはへそを曲げたくなる。

「叱る」、「叱られる」という関係は、指導者側が「改善してよくなる」と信じることから始まり、受け入れる側も、指導者の「愛」を感じ、「素直な心で聞く」ことができてこそ成立するものだ。

その意味では、「人間関係がすべて」とも言える。

部活動内では、同級生同士で指摘し合ったり、先輩が後輩を教えたりする。
その時に、「やろうとしているんだよ」などと反発心が湧くこともある。
言われていることはその通りなのに、自分の不甲斐なさに、憤懣やり方ない状態になり、機嫌が悪くなったり、はたまた怒り出してしまうこともある。

そんな時に教えたいのが、「注意するのも愛」であるということだ。

相手が良くなって欲しいと思って指摘するのだから、まさに「愛」そのものでもある。
その「愛」を素直に受け入れられるか、それとも、自分に対する「敵対心」や「いじめ」と認識するかは、受けた側の心の状態による。

部活中にそんな話をしたら、キャプテンが、「注意される側も愛だ」と言った。

本来はその通りだろう。

「愛」は連鎖する。
連鎖してこそ、「愛」は流れ続ける。

途中で「愛」の連鎖を途絶えさせてはいけないのだ。

2022年02月06日

楽しい犬の散歩

一人で犬の散歩をしているよりも、子ども犬の散歩をしている方が、断然楽しい。

犬の世話には相性があって、「誰でもよい」という訳ではないが、「犬が安心できる人間」だと、安心して散歩ができるようだ。

私もいろいろ人に、犬の散歩を体験させているが、上手くいく者もいれば、途中、まったく動かなくなってしまう人もいる。

たいてい、私が近くにいれば大丈夫のようだが、リード越しに、犬たちはいろいろと感じるところがあるのだろう。

このところ、子ども散歩しているが、これが非常によい。

犬はもちろん、犬も安心しきっている。

半ば義務のようになっていた犬の散歩が、「とてもで楽しい」と思えたのは何年ぶりだろう。

「犬の散歩に連れて行ってください」と言った彼は、犬好きなのだろう。

私は、「犬とは、リードで会話するんだよ」、などと、かつて犬舎で習ったことを伝えている。

犬との生活が長くなり、私も少しずつ知識が増えている。
将来は、「動物取り扱い責任者」の資格をとって、多くの人たちに、「犬との幸せな生活」を体験してもらいたいと思う。

そのためには、私も体を大切にし、いつまでも元気で活躍できなくてはならないだろう。

夕方からまたぎっくり腰の腰痛が再発した。

最近、少し健康に不安が出てきた。

体力が坂道を転がるように落ちているように感じる。

生涯現役を目指して、体のケアもしなくてはならないだろう
その意味では、犬の散歩もいい。




2022年02月05日

オリンピック

北京オリンピックが始まった。

昨今、テレビを見なくなった私は、新聞の一面の開会式の写真で知った。
「いよいよオリンピックが始まったか…」、と思うと共に、「オリンピック終了後が中国が動き出す時期だろうな」、と若干の緊張感が走る。

外交ボイコットを早々に表明した国には、コロナウイルスが徹底的に蒔かれ、感染者が激増。中国はわかりやすい国である。

日本は、のらりくらりとしながら、腰抜けの人権問題決議を行い、それでも中国に噛みつかれると、恐れをなして小さくなっている。

アスリートたちには気の毒だが、私はやはり諸国は北京オリンピックには参加すべきではなかったと思う。

中国は北京オリンピックという祭典で、何かを隠そうとしていることは明白だ。
だがその裏で、どのような策略を行おうとしているかも警戒しなくてはならないだろう。

人口の二人に一台とも言われる監視カメラは、選手村の至る所に設置され、各部屋の様子も盗撮、盗聴できるように仕組まれているに違いない。

どこぞの国が、選手団は北京オリンピックに自らのスマホを持ち込むことを禁止する通達を出した。
現地でインストールさせられるアプリは、恐らくは個人情報はもちろん、持ち主の行動がすべて把握できるような仕組みが組み込まれているのだろう。

あまりニュースにはならなかった日本でも、一部そのような警告が出ていたが、選手たちはどうしたのだろう。

選手村と競技会場しか往復のできない彼等は、オリンピック後にはたくさんに弱みを握られ、中国にいいように利用されるのだろうと思う。

開会式の台湾選手団の入場時に、「チャイニーズタイペイ」と言い、選手団を移さず習近平の映像に切り替える国営放送しかり。最終聖火ランナーにウイグル人を使ってみせるしたたかさ。

こうしたことは枚挙に暇がない。

日本の報道は、オリンピック一色になってしまった。

困ったものである。





2022年02月04日

石原慎太郎

石原慎太郎が逝った。

生涯現役を貫いて大往生した感がある。

私は国会議員、都知事時代の彼をよく注目していた。
都知事の定例会見も、毎回欠かさず見ていた。

正論きっちりと述べる様は、爽快ですらあった。

芥川賞作品は読んだことはないが、映画『俺は、君のためにこそ死ににいく』は見た。

時代に影響を与えた人物であることは間違いあるまい。
一方で、ご子息たちも各界でご活躍である。

今の日本に、保守系の言論人は貴重な存在だ。
中国にどっぷりの国会議員、マスコミの存在は、時にそうした言論を封じにかかる。

しかしその背後に中国の影が見え隠れする。
かの国では、ニュースで石原慎太郎氏の死去を極悪非道人死去の如くニュースで伝えた。
韓国も同じである。

人の死をこんな風にあげつらうものではない。

逆の見方をすれば、それほどまでに脅威であったのだろう。
今でも、「尖閣は東京都が買います」という発言は忘れられない…。

上皇陛下より一年年上で、戦時中も生き抜いた人生の達人としての風貌が、その言論の説得力をさらに増していたように思う。

晩年表舞台にその様子が伝えられることはなかったが、最期まで執筆活動をしていたという。

まだまだ言いたいことはたくさんあったに違いない。

日本にとって大切な人を失った…。
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