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2022年06月16日

若手の先生の研究授業

最近は若手の先生方の授業力のアップが著しい。

やはり「情熱」をもって教育活動にあたると、進歩も早いのだろう。一方で、つねに「どうやったら、最高の授業ができるか」、「どうしたら、最高のクラス、学年になるか」、を常に考え続けている中にこそ、新たな発想は生まれてくるし、その思いの継続が、生徒にも伝わり、歯車がかみ合って、良い方向に進んでゆくのだと思う。

先日、K先生の学活の授業を見た。
情熱的にクラス運営をされている二十代の教員である。卒業生でもある。

私は、同じ学年団であることもあって、写真撮影を頼まれた。グループワークも多いし、保護者参観というわけでもないので、私は、わがもの顔で教室内をうろちょろする。生徒たちも、私が写真を撮ることは入学以来知っているので、ほとんど気にしていない様子だ。

授業は『秀逸』であった。このような授業なら、誰に見せても大丈夫だろう。

私の学校では、折に触れて公開授業が行われている。
各教科は、年一回、学期毎に3教科ずつ行われるほか、初任教諭の授業、そして、授業評価の高かった先生の授業など、けっこうな回数がある。

教頭に、「若手の授業は大分進化しましたね」、と言ったら、「最近、どうしようもない授業はなくなったね。少しレベルアップしているね」、と返された。

私は、あとは「臨機応変さ」というか、『自分の準備した授業路線から外れる発言があった場合の、対処方法と、その意見を聞き、必要があれば瞬時に路線変更する姿勢』を磨く必要があるのだろう。

とかく、計画した授業をなんとかこなそうと、必死になるのが若手教員の姿である。もちろん、計画通りに進めることは大切なのだが、それを強調するあまり、大切な生徒の声をないがしろにして、「とにかく私の準備した結論に引っ張る」という強引さが出てしまいがちだ。

別に指導案通りにできなくたっていいのだ。授業は生き物だから、途中で変わってしまってもいい。大切なのは、生徒たちが「何を学ぶか」ということだ。

「ほら、指導案通りに授業ができましたよ」、という公開授業は、教育実習生の最初の授業くらいでいいだろう。

若手が育ては、私はそろそろお役御免だ。
世代交代、それもまたよし…。




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