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2021年09月17日

教員の意識

いよいよ私の学校でも、黙食給食を始めたのだが、生徒たちは、「少しなら話をしてよい」と思っているようである。

そのように話している中1の女子の姿を見て、他の学年の先生から注意を受けた。

「話をしているので、注意をしてください。監督の先生は誰ですか…。」

「ここからは私の責任ではありません」、と自らが動かない、教員にありがちな悪癖である。

教員をしていると、いつしか、「私のクラス」、「私の学年」、「私の生徒」、「私の部活」などという思いが芽生え、それ以外は、自分のテリトリーでないという錯覚に陥り、責任逃れをする。

「せめて自分の担当する部分くらいは…」、という思いは大切なのだろうが、セクショナリズムに陥ると、大局が見えず、「学校全体を全員の教員で見ている」という意識がうすくなってしまう。

これが、学年間の対立になったり、中高の対立になったりする。

黙食にせよ、何にせよ、「生徒たちが、「意味を理解し、その理由と、そうならないときの結果を認識し、一人ひとりが守ろう」という意識がない限り、完璧に行うことはできないのだ。

強権で従わせることも可能だろう。
泣き落としもできる。

だが、一番大事なことは、「一人ひとりの教員が、全生徒に対して責任を負う」ということだ。

「あの生徒は知らないから指導しない」では済まされない。

老若男女関係なく、それぞれのアプローチは違えども、同じ目的に向かっていなくてはいけないのだと思う。

一人であって一人ではない。
全体であって、それは一人ひとりの集合体。

皆で学校をよくしていくことに力を注ごうではないか。




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