2019年04月16日

知的正直さ

新年度の数学の授業が始まっているが、私は授業中に、いろいろな話をする。
特にこの時期は、勉強の仕方やコツ、取り組む姿勢などを矢継ぎ早に伝えている。

その中で、最近重要視しているのが、『知的正直さ』だ。
英語では、"intellectual honesty”、いわゆる「知的廉直」のことである。

要は、「自分を誤魔化さずに学ぼう」、ということである。

私は、数学は、「分かるか分からないかのどちらかしかない」、と教えている。
だから、「少し分かる」とか、「何となく分かる」、「分かったような気がする」などというのは、すべて、本当は『分からない』ということなのだ。

少しでも分からなければ、分からないとするのは、多少乱暴ではあるが、一方で、勇気がいる。
分からないことを自覚する勇気だ。

数学に限らず、およそ学問に関しては、「分からない部分をつぶしていく」、という方法が、学びのスタイルだ。だから、自分が分かった部分と、分からなかった部分を明らかにして、分からない部分を減らし、なくしていくという作業が求められる。

数学では、初めて読む証明ならば、おそらく一行一行を追いかけて、自分自身で理解できるか、納得できるかを検証していく。もし、「あやしい」部分があえば、そこが自分自身で「分からない」部分であり、正直に分からないと認め、その部分を潰していかなければ、その証明を理解したとは言えないわけだ。

学習活動をする上で、「どこの部分が分からないか」、をピックアップすることはとても大切である。
ある意味、そうしたあぶり出しができれば、解決への道は、確実に近づいていると言える。

数学では、分かったつもり」が一番危険で、そのままにしておくと、たいていは途中で土台ごと崩れ去ってしまうのだ。

『知的正直さ』をもって、数学を学習すれば、漫然と学習するより何十倍の効果を得るだろう。

だから、「分からない」という恐怖に耐え、克服していくという戦いを繰り返さなければならないのだ。

また、「分かる」、「納得できる」、「理解できる」、「自分で解ける」、「人に説明できる」、というプロセスも大切だ。

いずれにせよ、『知的正直さ』を持って、取り組まなければ、世の数学嫌いと同じ道をたどることになるわけだ。

さらには、「私の話を聞けば分かる」、とも言っている。
傲慢に聞こえるかも知れないが、「真剣に授業を聞く」、という姿勢があれば、ほとんどは理解できるような授業を、私は実践しているからだ。

そんな風に、熱く語りながら、新年度の授業が進んでいく。

私の話した言葉のフレーズが、いろいろなノートや生活記録表にメモされる喜びを感じながら、
「さて、明日はどんな話をしようかな…。」
と、考えている昨今。















posted by 丹澤三郎 at 19:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | 数学
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