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グレンゴールド
東京・町田市でピアノ修理・販売会社「流通ピアノセンター」の社長です。
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2009年09月07日 Posted by グレンゴールド at 13:52 | ピアノ | この記事のURL
グロトリアン(ヴィンテージピアノ)のご紹介
◎GROTRIAN STEINWEG(グロトリアン・スタインウェヒ)220cm
Steinweg Nacht.Grotrian.Braunschweig ('10) 


◎GROTRIAN STEINWEG(グロトリアン・スタインウェヒ)200cm
Steinweg Nacht.Grotrian.Braunschweig ('12) 販売済み


 グロトリアンスタインウェイと血縁にあたるピアノの名器で、スタインウェイがアメリカで最高のピアノと断定できるならば、グロトリアンはドイツにおける最も優秀なピアノの一つです。

 グロトリアンの発祥はスタインウェイのピアノ誕生と密接なつながりを持ちます。
スタインウェイ・アンド・サンズの生みの親である初代のヘンリー・ス タインウェイは、ハインリッヒ・シュタインウェヒ と呼ばれていました。
スタインウェイのマスターピアノのメーカーとしての地位と評判は確立し1840年代には息子のテオドール、チャールスおよびヘンリーを迎え入れました。
 1849年5月にニューヨークに移民し、これが動機となってスタインウェイー家はシーセンの工場を捨てて、1851年に新天地であるアメリカに自由を求めて移住したのです。






このスタインウェイー家の歴史が、グロトリアンのピアノの発祥の由来につながっていきます。
スタインウェイー家がハンブルグの港を出発したとき、長男のテオドールだけはドイツに残りました。その理由は彼に恋人がいたからだといわれています。
 披は単身でシーセンのスタインウェイの工場を守り、その後、このピアノ工場をウールフェンビュッテルに移し、さらにこれをブランスウィックに移転させました。
しかし、1865年にニューヨークのスタインウェイの大規模な工場が完成した時に、彼はドイツとアメリカとの往復に忙しくなり、ブランスウィックの工場を、彼の弟子である ゲロトリアン、ヘルフェリッヒおよびシュルツの三人に売却したのです。
 当時、このピアノエ場は“ゴマナトール・シュタインウェヒ・ナッハホルゲル〃と呼ばれていましたが、これがやがて グロトリアン・シュタインウェヒというピアノのメーカーになるのです。
テオドールの三人の直弟子のうちの筆頭であったフリードリッヒ・グロトリアンは、1803年に生まれていますが、若い頃、モスクワの優れたピアノメーカーで腕を磨きました。
 1872年に、ブランスウィックのシュタインウェヒとニューヨークのスタインウェイは完全に分離し、1866年にその7年前にこの世を去った初代のフリードリッヒ・グロトリアンの後を引き継いで、ウイリアム・グロトリアンが工場の専有者となり、1895年には、彼の息子のウイリーとクールトがパートナーとなりました。
  グロトリアン・シュタインウェヒの楽器はドイツの最優秀なピアノとして、今日までその名声を保ち続けています。






この楽器は音色が卓越していることはいうにおよばず、グロトリアンー家の伝統的な優秀な本工技術によって作り出されたその姿の優美さにおいても広く世に知られています。
 ドイツの有名な女流ピアニストであった クララ・シューマンは、1870年以降、彼女の永くて輝かしい演奏活動の最後まで、このグロトリアン・シュタインウェヒの楽器を使い続けたといわれています。
多くのドイツのピアニストがこの楽器を選んでいます。
 グロトリアン・シュタインウェヒのピアノの、華麗でしかも純粋で、例えようもない情感のある音色の秘密は、次に述べるような数々の構造上の特徴にあります。
 ☆ホモジェナンスサウンドボード 
  ホモジェナンスサウンドボードとは日本語に訳すと”均等な品質を持つ響板〃ということで、特殊なサウンドボードを特つために音質が大変優れています。弦楽器ではサウンドボードが最も大切で、音質を左右することはいうまでもありません。
 サウンドボードは多くの木片を組み合わせて作りあげますが、グロトリアン・シュタインウェヒのピアノに使われる響板の木片のそれぞれは、全く同じ性質を特っていて、いずれも同一の音響特性を特っているのです。
☆バイオリンテクニック
   グロトリアン・シュタインウェヒのピアノ工場の特つパテントの一つとしてバイオリンテクニックという、まるでピアノとは関係なさそうな名称のものがあります。
これは、バイオリンの形態と機能をピアノに適用したためにつけられた呼び名らしく、フレームとサウンドボードの形態をバイオリンの胴形に真に似たもので、この方法により、全音域にわたる完全な倍音を含んだサウンドボードの振動が得られます。
 ☆打弦点 
 ピアノの音色と音量はストライキングポイント(打弦点、ハンマーが弦のどの部分を叩くかということ)によって変りますが、このピアノではそれぞれの弦に対して打弦点が何分の一であるかということが正確に調整してあり、全音域のすべての音が最も美しくなるようにアジャストしてあるというクロマティカリー・レギュレーテッドスケールと呼ばれています。
  その他の特徴としては、サウンドボードの外側だけにネジ止めされたバランスの優れたメタルフレーム、構造の安定度を高くし、音程の狂いを防止する特殊な形状を特つブレーシングなどがあります。
 グロトリアン・シュタインウェヒのピアノでは、ピアニッシモのささやくような音を出すことも可能なように、あらゆる機構の細部にわたって特別な注意が払われており、例えば奏者のタッチの確実性を計るために、黒鍵の上部の形態を変えているなどの意外な改良がなされています。
 しかし、このグロトリアン社に対し、スタインウエイの後継者はスタインウエイの販売に影響するゆえに、“スタインウェイ”の名を使用しないことと、数々のパテントはスタインウエイ社のものであるという商標権、特許権侵害の裁判を1910年頃に起こし、この裁判は100年間も続き、結局グロトリアン・シュタインウェヒが敗訴し、1980年にその名を。”グロトリアン〃と改め、製造しています。しかしながら明らかにグロトリアン・シュタインウェヒとは全く違うものです。





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2009年09月18日 Posted by グレンゴールド at 13:17 | ピアノ | この記事のURL
スタインウエイ・ジャパン社と松尾楽器商会・ファツィオリの関係は?
○まず、スタインウェイ社について
・・スタインウェイの経営は長年順調とはいかず1972年のCBSによる買収、その後の数々の投資家への売却を経て、1995年に管楽器で有名なセルマー・インダストリーズの傘下に入り、スタインウェイ・ミュージカル・インスツルメンツとなります。


2003年、スタインウェイ・ミュージカル・インスツルメンツはC.G.コーンを含むユナイテッド・ミュージカル・インスツルメンツを買収、再編してコーン・セルマーという大会社が発足した。そのピアノ部門がスタインウエイ社です。

日本で新品のスタインウェイを購入するには・・。
スタインウェイジャパン(株)正規特約店か平行輸入かのどちらかです。
(日本ではハンブルグモデルが主体ですが、独禁法の問題が指摘されたため現在では正式代理店においても納期が長くなるけどニューヨーク・スタインウェイを注文することは可能となっています。)

スタインウェイジャパン(株)はスタインウェイ本社が小売りではなく、スタインウェイ特約店(全国に約30社)への卸売販売を目的としています。

特約店からの紹介で東京都大田区東海にあるスタインウェイ・セレクション・センターへ試弾希望者を予約制で行けるようにしています。
スタインウェイジャパンが設立前は松尾楽器商会がスタインウェイ社の日本総代理店でありました。

松尾楽器商会は1990 年代に公正取引委員会が摘発した並行輸入の妨害に関する独占禁止法違反。すなわち並行輸入業者が落札したピアノについて、並行輸入を妨害したとされます。

その時期には殆ど値引きも無く、定価販売をしていたようですが、スタインウェイジャパンが設立し、並行輸入も進み、ライバルが増え競争が激化してきたので、値引きをしなかった松尾楽器商会が会員制で値引きスクラッチ・カードに
よる現金値引きが700,000円〜1,050,000円以上、さらには「スタインウエイジャパン社希望小売価格」を堂々と会員誌の掲げています。

この不況の時代、高額なピアノの販売不振はどの楽器メーカーも苦心しています。いかにスタインウェイでも最大の値引きで販売せざる
を得ない状況なのです。

スタインウェイ社はA・ワイル 氏にスタインウェイ&サンズ社の初のアジアにおける社員として1994年に極東代表に任命し、日本を拠点に極東・東南アジア市場を担当。1997年のスタインウェイ・ジャパン株式会社の設立に携わり、同社の執行役員マーケティングディレクターとしての常勤に就きました

しかし2年ほど前に突然ワイル氏の上に別のボスがスタインウェイ本社から
派遣され社長に就任しました。


何があったかは想像つかないことではありますが、それからすぐにワイル氏はスタインウェイ社を退社し、すぐに2008年8月に独立し、イタリアのファツィオリピアノの日本総代理店としてピアノフォルティ株式会社を設立しました。

今後、ファツィオリピアノを全国展開し、スタインウエイに対抗していくのでしょう。社会派ドラマみたいな展開ですね。
はたして、ファツィオリとスタインウェイの勝負のゆくえは・・。




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