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2017年04月01日

羽根田卓也 part.107

takuyaslovak.jpg


週刊現代 2016年11月5日号

結構なボリュームのハネタクのインタビュー。
気になる部分を書き起こし。


私の地図
あの場所へ帰りたい
第300回 カヌー選手、五輪メダリスト 羽根田卓也


Spot 01

富山県の井田川

カヌーを始めたのは9歳の頃です。
父と兄と一緒に土日を含む週4日、地元の巴川と矢作川の練習場に通いました。
実は当初はカヌーが嫌いで・・・・・・。
何回もカヌーごと流され、溺れたことがトラウマで激流が怖かったんです。
でも「やめる」と父に言う勇気もありませんでした。

そんな僕の気持ちを変えたのが富山県の井田川でのトレーニングです。
ここは日本有数の激流で、カヌーの日本選手権が行われる川。
実は中学の時に、ここで溺れて、やめる決心をしたんです。
そんな僕に、兄は「びびってんじゃねぇ」と一喝。
ライオンの子育てじゃないですが、何度も激流につき落とされ、
恐怖と戦う訓練をしました。そうやって慣れるしかないんです。
でも、この荒治療で恐怖心が克服できた。

今まで怖かった激流がスリルとなり、カヌーが楽しくてたまらず、
流れをどんどん求めるようになっていきました。


Spot 02
私立杜若高等学校

カヌーのスタイルは最初、カヤックから始めましたが、僕は手足が長いので、
それが有利とされるカナディアンに中学で転向し、激流の中でゲートを通り抜ける
技とスピードを競う、スラロームという競技にのめりこんでいきました。

中3で初めてジュニア日本一になり、ポーランドでのジュニア世界選手権に出場。
自分の中で目覚めるものがありました。
明確な目標として「いつか世界一になりたい」と。

その覚悟を経て、カヌー部のある愛知県の杜若高校に進学しました。
男子校だったので、それまでは「誰が行くか」と思っていたんですけどね(笑)。

その頃の目標は高校3年でジュニア世界一になることで、
それは当時の日本人には考えられないことでした。
競技者だった父も「欧米人に敵うわけがない」と。
でも僕は絶対にできると思っていました。

その中で臨んだ高3のジュニアプレ世界選手権では、予選1位になったあと、
本番ではミスが出て6位に。
結果だけ見れば日本初の快挙でしたが、
僕は悔しい気持ちのほうが大きかったです。

日本には人工コースが1つもなく、実践的な練習ができないんです。
そんな状況下でも、世界6位になれたことは、世界で戦える手ごたえを
得たと同時に、このまま日本にいても欧米人に勝てるわけがないとも思いました。

勝つために海外に行く。
そう決意し、遠征先のチェコから父に留学をお願いする手紙を書きました。
そうして、カヌー強豪国のスロバキアに渡ることになったんです。


Spot 03
スロバキア・リプトフスキー・ミクラーシュ

渡航前にスロバキアのカヌー連盟にメールし、
ある著名なコーチを紹介してもらいました。
彼の拠点は、リプトフスキー・ミクラーシュという片田舎の地。

この町では日本人は相当珍しいようで、練習場でも町でも常にジロジロ
見られて、当初は言葉もわからず孤独感が強かった。

コーチの言葉もわからず、他の練習生を見ることでどうにか内容を理解していました。

スロバキアに来て感じたのは、感情をあらわにする人、
特にすぐ怒る人が多いこと。
その負けん気の強さが秘訣なのだと感じ、僕も意識的に真似するようになりました。

練習場には、オリンピックのメダルを5つも獲得した憧れのマルティカン選手をはじめ、
強い選手がたくさんいました。
そんな環境で練習を重ね、渡航翌年のW杯では、18歳で日本人初の決勝進出。
その後、北京五輪の出場権も獲得しました。


Spot 04
コメニウス大学

21歳、初の五輪である北京は、予選出場者16名中14位。
決勝に進めずあっという間に終わってしまいました。
出場できたことだけで喜んでいたのか、
本番はどこか浮ついた気がします。

五輪後、スロバキアのコメニウス大学体育学部に進学。
現在の僕のコーチであるミラン・クバンの出身大学でもあります。

彼から「卓也の語学力なら大丈夫だし、北京五輪出場で試験は免除」と
教えられたから入ったのですが、実はスロバキアではトップレベルの大学だったらしく・・・・。
授業も試験も難しくて、現地の学生でさえ脱落者が多かった。
ここでの勉強が人生で最も苦労しましたね。

僕の大学進学のタイミングでミランが現役引退し、
コーチを引き受けてくれたのもラッキーでした。
当初、彼は日本のカヌー連盟の公認コーチとして全体を指導していましたが、
その後、僕の専任コーチに。
そこからは二人三脚で歩んでいきました。


Spot 05
ロンドン

25歳で2回目の五輪となったロンドンは7位入賞でした。
予選3位から決勝でミスしての7位は悔いが残りましたね。

だからこそ、次は絶対にメダルを狙いたい。
そのためにはスポンサーが必要だと感じました。
それまで、ずっと生活がカツカツで、金銭面から遠征に参加できないこともあったからです。

1度日本に戻り、スポンサーになってほしい旨の手紙と自作DVDを10社以上に送付。
唯一取り合ってくれたのが現在の所属先であるミキハウスでした。

スポンサーになっていただけた時は、本当にありがたかったです。
これで遠征に行けると安堵し、より頑張ろうという気にもなりました。

ミランコーチが組む複雑なゲートセットの練習で着実に力をつけた僕は
「難関なコースでも何でも来い」と強気な気分になっていって。
リオ五輪のテスト大会で銀、直前のW杯で3位にを獲るなど、
大会に出る度に結果を残すことができ、これまでの努力が結実し始めた。
そんな良い感触でリオを迎えられました。



Spot 06
リオデジャネイロ

リオの前に何度も合宿し、本番のコースは十分なほどに経験していました。
非常に複雑な流れなので、パワーで押す欧米勢より技術で勝負する
自分向きだと、リラックスして現地に入ることができたんです。

予選はすごくいい漕ぎができました。
しかし、決勝では少しミスがあり、1位の人とタイム差が出てしまった。
「今回もだめか」と、あきらめかけましたが、難しいコースだったせいか、
後続の選手が次々と崩れていって。

心臓の鼓動が徐々に高まるのがわかりました。
あと1人となった時は緊張のあまり、吐き気さえしましたよ。
でも最後の選手が終わり、電光掲示板を見ると、
僕の名前が3番目にあった。

その瞬間、自然に涙がこみあげてきたんです。
海外の選手も、日本人の僕が単身スロバキアに渡り、
練習した苦労を知っていたので、すぐに祝福してくれて。
あの時の感動は忘れられません。

アジア人初のメダル獲得に、ミランコーチも
「今回、お前のメダルほど価値のあるものはない」と言ってくれました。

また、ずっと苦労をかけてきた父に恩返しできて本当によかったです。

僕自身、年齢を重ねるごとに、自分はこのまま世界に認められずに競技人生を
終えるかもしれないとの不安があったので、心底ほっとしています。
そういう意味では、東京五輪は少し気楽に、
新たなチャレンジ精神で臨めそうな気がします。

今後も激流の中で、終わりなき挑戦を続けていきたいです。



時系列ごとに語られているので、とてもわかりやすく、
内容も充実しています。
まさか週刊現代でこのようなインタビューを読めるとは思っていませんでした。(ごめんなさい)


男子校だったので「誰が行くか」と思っていた(笑)。

この頃から色気づいていたんですね。
peloは男子校大歓迎です。
でも若かりし頃のpeloが男子校に通っていたら、
モテすぎて大変だったと思います。(馬鹿言ってる)
当時は廊下を歩いていても、見知らぬ男子達にかわいいって言われてましたから。

おかげで当時は水泳部で生徒会長という絵に書いたような
イケメンとお付き合いできました。

今は焼け野が原です。(まだまだ現役ですけどね)


ロンドン五輪後、スポンサー向けに作成した自作DVD。
どんな内容なんでしょうか?
今となってはプレミアものですよね。


ミランコーチのお前のメダルほど価値があるものはないというのに同意。
ハネタクがメダルが決まって、泣きながらコーチのもとに
行った時に、ミランコーチは、サングラスを外してハネタクと握手をしていました。
こういうところからもミランコーチの人柄の良さが窺えます。


私の地図 あの場所へ帰りたい
とても良いインタビュー記事で、大満足です。


シドニー合宿でハネタク、カレーを作っていました。
いつもチャーハンばかりだったので、なかなかレアです。


takuyacurry.jpg


peloも今夜はカレー。
ハネタク、カレーについて↓のようにのたまっています。


takuyacurry2.jpg


peloのカレーは、じっくりコトコト、適量、美味しく、です。
玉ねぎをレンジでチンしてからじっくり炒め、
弱火でじっくり煮込んで、業務用食材店で購入した
ハイグレードのカレールウを加えます。

今日はフィギュアの男子FSがあるので、
正座をしながらテレビ観戦します。
こういう時はカレーに限ります。

今からドキドキが止まりません。
しょーま&羽生選手のW表彰台を祈ります。



<おまけ>




オリンピックの競技中のシーンはカットしないといけないので、
繋がりがおかしいのはご勘弁を。
菅原アナが裸足でカヌーに乗ったり、
正座をしながら下半身をクイッとするのがなんかいやらしいです。
テレ朝の男子アナは粒ぞろいで素敵です。
(peloの加藤泰平アナ、復帰できるでしょうか?)



ハネタクのインスタストーリーより。
大きいのぶっこんできました!

takuyaathletesafari.jpg


アスリートサファリvol.17

safari.jpg


羽根田卓也選手とショッピング



ハネタク、バーニーズ・ニューヨークでお買い物。
peloの好きなブランドで結構な数を持っているので、すごく嬉しいです。

話題が少ない時期に、大きいのありがとうございます。
posted by pelo1000 at 18:12 | TrackBack(0) | イケメン

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