2018年12月17日
葬育のすすめ 〜誰も書かなかった葬儀のお話〜
歌う葬儀屋のイタゾーです。
だんだんと寒くなってきました。冬本番です。
風邪など引かないよう、お気をつけください。
ただ『真冬』と言うのは一番冷える頃≠ニ言うことで
東京では一月下旬なのだそうです。まだ一ヶ月先なんですな。。
気を引き締めましょう!
葬育の定義
『葬育』
とは私が勝手につけた名前ですが、つまり
「葬儀を通じて人が亡くなることの悲しみや辛さ、転じて人生の終わりと儚さを学ぶ」
ことを指します。
〇〇育≠チて、よくありますね。食育≠竍浴育≠ネどと同じように、それを通して教育していくのです。
学ぶのは子供だけではありません。大人だって学びます。
何せ葬儀とは、人生にそう何回もあるものではありません。数十年に一度巡ってくる貴重な機会です。
親はその機会を逃している
その機会を生かさなくてはいけないのに、世の親たち(特に若いお母さん)は、葬儀に際して小さい子供に
「あっち行ってなさい」
とか言って、端に寄せてしまいます。
故人の亡骸こそ見せて感じさせなきゃいけないのに。
トラウマになろうがきつい思いをしようがいいのです。だっていずれ自分もそうなるのです。100%、絶対です。
「死ぬとこうなるんだ」
「周りはこんな雰囲気になるんだ」
とか勝手に感じます。もっと言えば
「人って死ぬんだ」
と知るかもしれない。これは大事なことです。
親も死ぬし、友達も死ぬし、いずれは自分だってそうです。ゲームや映画の中の話じゃない。紛れもない現実です。
人は死ぬことを忘れています。これだけ戦争のない平和な時代が続いているので仕方ないと思います。
戦争はないのは幸せなことですが、でも死を忘れてしまいました。
むやみやたらに死≠強調することもないですが、ずっと覆い隠してしまうのもおかしいです。
そのために数十年に一度しかこない、数少ない機会を使ってもらいたいと言うのが、私の考えです。
家族葬のファミーユ
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葬育のすすめ
まず故人がいたら対面させます。おじいちゃんやおばあちゃんなら、知っていますから対面しやすいでしょう。
知っている人ですから、いやとは言わないでしょう。
そして顔に触れさせます。故人の顔は冷たくなっています。それを感じさせる。
親が悲しむ姿を存分に見せます。辛い/寂しいと言う感情を存分に伝えます。それで十分です。
真似事で良いので、お線香をあげたり焼香をさせます。手紙なども書かせて棺に入れさせるのも良いです。
子供は親の真似をします。それでいいのです。
こういうものが世の中にあることを教えればよくて、細かい作法は大きくなれば勝手に覚えていきます。
前にやった葬儀で、高校生のお子さんがいらっしゃるご家庭でしたが、その高校生の子は線香の存在を知りませんでした。
後飾りでお持ちすると
「それはなんですか?」
と聞いてき他のです。仏壇がないと言えばそれまでですが、線香も知らないのか、と不思議に思いました。
きっと親が線香を手向ける姿を見せてこなかったのです。
墓参りもしていないのでしょう。ではその親も、子供にお墓参りされない親になります。だって自分で見せていないのだから。
自分がしてもいないのに、人にはされたいと言うのはあまりに虫の良い話です。
線香を知らないまま大きくなって結婚して、相手の親の家に行き、仏壇を前にしても何もできない人間になります。
恥をかくのは親じゃない、本人なのです。
数十年に一度の機会・・葬育
葬儀は数十年に一度しか巡ってきません。またそう何度もあっても困ります。
その貴重な貴重な機会を、どうして使わないのか?
命の尊さと儚さを考える絶好の機会なのです。
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タグ:葬儀 葬育
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