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2016年11月11日

生きているうちに編



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自然災害や交通事故で亡くなるような場合は全く予想がつきません。その後のご家族に接する機会も多々ありますが、本当にかける言葉がありません。ただ、人間いつかは死ぬ訳です。そのことだけは子供の時分から言い聞かせておく必要があります。

昔は何世代もが同じ家に住んで、おじいちゃんが亡くなりおばあちゃんが亡くなり、何年か後に父母が亡くなり・・・と葬儀を見て来たはずでした。それで自然と
「人は死ぬんだ」
と潜在的に学んで来たのだと思います。
核家族化が進んだ結果、葬儀(=人が死ぬ様)を子供や孫はいきなり見る訳です。親もそんなこと言い聞かせてないものだから、子供たちに対して

「アンタたちは来なくていい」

とかになって、葬儀(=人の死)に触れなくなるのです。やがて彼らが大人になって親や友人が死んで初めて“人の死”に触れて、そこで言いようのないショックを受けます。

「そういえば昔、おじいちゃんが死んだな。葬儀に出たな」

がないまま大人になるのです。
先に生まれた者は先に死にます。これが自然の理で当たり前のこと。これが逆に子や孫が先に亡くなることがあるから悲しいのです。親が先に死んだら有難いくらいに思わなきゃいけない。「ああ、親を看取れて良かったな」くらいに思わないと。生きる意味を見いだす機会になる葬儀は最高の『社会勉強』なのです。



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先日、お母さんが亡くなってとても気が動転した方に接する機会がありました。

お母さんは80歳を優に越えていて、私からしたら「大往生」だと思うのですが、その方からしたらとても信じられないと言う感じで、ずっと泣いたり落ち込んだりされていました。ずっと取り乱している状態。あれでは亡くなったお母さんもさぞ心配だと思います。

もしあの気持ちがあるのなら、お母さんが生きているうちに注ぐべきです。「ありがとう」でも「ごめんさない」でもいい。言っておくのです。言いもせず、行動もしなければ後悔が残ります。

きっとあの方は「死」を学んで来なかったのだと思います。私よりずっと年上の方でしたが、悪いけどそう御見受けしました。

人はいつか、必ず死にます。そこでどう生きるかが問われるのです。



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