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冬の紳士
定年前に会社を辞めて、仕事を探したり、面影を探したり、中途半端な老人です。 でも今が一番充実しているような気がします。日々の発見を上手に皆さんに提供できたら嬉しいなと考えています。
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2014年03月22日
待花(まつはな)
久々の晴天で、鶯の鳴き声も春の予感を告げて艶やかな味をこめて耳にはいります。
風雅和歌集(室町前期光厳上皇が着手し1349年に完成した勅撰和歌集)には、花(さくら)を詠む詩(うた)は「待花」「初花」「見花」「曙花」「夕花」「月花」「惜花」「落花」「雑」に分類されているようです。今はさしずめ「待花」だろうか。
ここから始め、順を追って花のそれぞれを周遊してみましょう。
ときに話題から脱線しつつ・・。

≪待花≫
吉野山さくらが枝に雪ちりて花おそげなる年にもあるかな   (西行)

丸谷才一さんの本だったと思うんですが、折口信夫によると、この「桜が」の「が」が、自身の愛玩している親しみのある表現なのだといいます。内扱いと外扱いに分けて、通常は梅は自分の庭に植えるものだから内扱い「梅が枝」「梅が花」などという。 しかし桜は本来山に咲くものだから「桜の枝」「桜の花」と言うべきところを、西行はずっと吉野にいて身近に桜を見ていたためその距離感の近さを「が」で出していると。

≪初花(はつはな)≫
深山木(みやまぎ)のその梢とも見えざりし桜は花にあらはれにけり  (源頼政)

「深山木の梢のように、何の木とも区別のつかなかった桜が、花が咲いて初めて世に現れたことだ」という何か頼政の、以仁王の令旨(れいじ)を奉じていち早く平家討伐の兵を挙げながら敗れ散った自身の運命を予感したかのような哀愁を後世に感じさせますね。この目線の低さが親しみを持たれる一方で、彼の脆さでもあったのでしょう。

≪見花(みるはな)≫
いくとせの春に心をつくしきぬあわれと思へみ吉野の花    (藤原俊成)

「心をつくす」は通常よく秋に使うそうですが、ここは春に持ってきた。自分はいくとせの春毎に心もくたくたになるまで思いのたけを尽くしてきた 「あわれと思へみ吉野の花」と呼びかけている。何か恋詩の様でもあり甘い気分も滲みでますね。

≪曙花(あけぼののはな)≫
枝も無く咲きかさなれる花の色に梢もおもき春のあけぼの (伏見院御歌)

「春は曙・・」ですから、夜がほのぼのと明け始めるころの桜ときたらもう何も要らなくなってしまう。そんな中で、枝も押しのけ咲き誇る花に、「梢もおもき」とどっしりとした重量感・躍動感を与えるプロの業ですね。

≪夕花(ゆうはな)≫
花のうへの暮れゆく空にひびききて声にいろある入りあひのかね (伏見院)

「入りあひのかね」は夕がたの鐘。鐘の音を、音としてだけでなく色彩としても聴く。あたかもボードレールの様なサンボリズム(象徴主義)の様な。言葉にもこのような素晴らしい使い方があるんですね。不思議なそして繊細、華麗な詩です。

花の上にしばしうつろふ夕づく日入るともなしに影消えにけり (永福門院)

いよいよ私の好きな永福門院の出番です。この場合の影は光線だそうですが、影ともだぶる多義性があり、人の命や
時間(人生)との連想も働きますね。「ま萩散る庭の秋風身に沁みて夕日の影ぞ壁に消えゆく」も同じ作者。(ちなみに花と言ったら桜。日本人を桜狂いにした西行の前迄は梅。そのまた前までは「萩」だったそうですよ。)
もう、夕方の景色を見たらこのようにしか見えなくなってしまうそういう言霊がありますね。「花の上に日影のひとときのうつろい、ふと気付くと光はもう消えていた。その光のように作者も消えて、夕闇に残る花の白さが冷たい」(竹西寛子・日本詩人選)

≪月に花≫
琴詩酒の友皆我を抛つ (きんししゅ・なげうつ)
雪月花の時に最も君を憶ふ       (白居易が友人の殷協律に贈った詩)

雪月花の花は牡丹。蕪村にも優れた作品が多く見られますね。しかし日本ではこれが桜になった。このことは中国との大きな違いをもたらす。一方では鮮やかなくっきりとした色の対比が価値を持ったのに対し、日本では三つが白っぽくボーっとした美を生み、曖昧・朦朧とした美を理想とするようになった。とは丸谷さんの説。誤解が生んだ新しい美の誕生というところでしょうか。同感です。月と花ではもうそれだけで何も言うことないような圧倒的な風景ですね。何をやいわんやですね。 あまり名句が出ないわけかもしれません。

≪惜花(おしむはな)≫
花の色はうつりにけりないたづらにわが身世にふるながめせしまに (小野小町)

言わずと知れた絶世の美女。男出入りも激しく、やきもち・やっかみの類は数え切れない。世は「よ」で男女関係。その色気が衰え古びて、世間から相手にされなくなった。ぼんやりともの想いをしていた間に・・・・。「ながむ」というのは、春の季節に絡んだ憂いをおびたもの思いのこと。もう過ぎたことなのに、返ってこない花の様な生きざまを目の前にまざまざと浮かべているんですね。私は何も年寄りがいいなどという趣味はありませんが、こうした歴史を刻みつつ、色恋を卒業した女性の何とも言われぬ清々しくも僅かに未練を残した姿に、限りなくいとおしさを抱いてしまいます。
いいんです、色恋沙汰なんか無くっても。徒然草のコンセプトは何ですか?「乱れている事」「事足りぬ美」ですね。枕草子のテーマは何ですか?「小ささ」でしょ。飛び込みましょう、あの世界に。この世の栄華なぞいかばかりのものか・・・・。
生きてみなければ判らない一人称の世界に。

少し脱線しますが、「惜しむ花」と言えば卒業入学シーズンですね。私ごとですが、今年も又生徒さんとの出逢いと別れがありました。こんな私でも熱心に聞き入ってくれる生徒さんもいれば、あいも変わらず反抗的な子もおりました。
でも入学先が決まり、講義も最後になれば、皆しゅんとして別れを「惜しむ」表情が「もののあわれ」を感じさせます。折口信夫のように教養のない私は、何も言ってあげる事はできませんが、せめて彼らの・彼女たちの目に

「桜の花ちりぢりにしもわかれ行く遠きひとりと君もなりなむ」と投げかけます。

余談ですが国文学者大野晋さんによれば、「もの」とは「道理」であると。なるようにしかならないということ。男と女はいくら愛し合ってもいつかは別れなければならない、死別生別の違いはあっても。そういう「もの=道理」に付きまとう哀愁や情感、それが「もののあわれ」だという。男女のことだけではなく、生死にまつわるもの、運命としか言えないような生きざま、もうこれっきり逢うことは無いという「別れ」にも同様の「道理」は窺えますね。鋭いですね大野先生。

≪落花(らくか)≫

木のもとに汁も鱠(なます)も桜かな     (芭蕉)

鱠・・大根人参を細かく刻み、三杯酢・味噌酢などで逢えた料理。一体何だこの句は?が初めての印象でした。頴原退蔵先生の注では元禄のころ「汁も鱠も」というイディオムは「何もかも」という意味だったそうです。これをご覧になった方は朗報ですよ。なにしろ国語辞典にも載っていない貴重な調査結果なんですから。「近頃は景気がいいので汁も鱠も贅沢をして」とか使われていたというのです。これによって「桜」が軽くなりユーモラスな花見ができた。

春風の花を散らすと見る夢はさめても胸のさわぐなりけり  (西行)

落花と言えばこれを忘れるわけにはいきませんね。清盛と同期のエリート武士・北面の武士の地位をなげうって、放浪の旅に出た西行が追い求めたもの。妻子をも捨てて尚引きつけられたものとは?

私はそれは、それまでの彼が自分を偽って生きてきたことに気付いてしまったからだと思っている。どのように。
ハイデッガーは、その「存在と時間」の中で人間を「死に関わる存在」としたあと、人間が死を「いずれ後ほど」と押しやり、「死がどの瞬間でも可能であるという確実性特有のものを蓋っている」とした。
彼はそこに「生」の本質をまざまざと視てしまった。蓋を開けちゃったんですね。そのあとの、抜き差しならぬ生の「哀切」というものから逃れるわけにはいかなかった。 「花みればそのいはれとはなけれども心のうちぞ苦しかりける」

兼好が季節の微妙な移り変わりを述べている中で「秋のあわれさよりも、五月若葉の梢涼しく豊かなるころこそ、人の世のあわれさが感じられる」と述べたのは尋常ではない。「それは生活に根ざしながら生活を越えている。時のなかにうまれながら「時の外」に読むものを誘い、およそ人間の「歌」、その魂と精神の希求とは何かという自問につれていく。」(饗庭孝男・西行)まさにその瞬間を我々に見せてくれる詩こそ、「さめても胸のさわぐなりけり」なのです。
彼はその「いはれなき哀切」を、知らぬ間に「はかなくも容赦なく散っていく桜」に観たのだ。
そしてその真実は、永遠は「夢」の中では無く「今」・「さめた今」でないと見られないというとんでもない発見だった。
そこに胸を騒がせたんですね。彼は「生を内部から開いていった」のですね。夢とうつつの境界を無くしたんですね。
又プルーストのあの言葉を思い出しました。

「仕事をしてください。そうすれば、人生に苦い悔恨をもたらしても慰めがつきます。なぜなら、真の人生は、人生そのもののなかでも、人生の後でもなく、もっとほかのところにあることになり、もしその起源を空間に負っている言葉が、空間から解放された世界に於いて意味をもつとすれば、まことの人生は、人生の外にあるのですから」(マルセル・プルースト)

やはり最後を締めるのに、現代詩の代表としてこのうたを挙げずにはいられないでしょう。

甃(いし)のうへ

あはれ花びらながれ
をみなごにはなびらながれ
をみなごしめやかに語らいあゆみ
うららかの跫音(あしおと)空にながれ
をりふしに瞳をあげて
翳りなきみ寺の春をすぎゆくなり
み寺の甍(いらか)みどりにうるほひ
廂々に
風鐸のすがたしづかなれば
ひとりなる
わが身の影をあゆまする甃のうへ

蛇足ですが、「しめやかに」は「言葉・動作が落ち着いて上品なさま」と
詠んでいると思っています。
それにしても美しいですね。さくらそのものが主題では無いところが
またいいですね。正面から見るものじゃないんです。
間を見るんです。間に真実は鎮座まします。

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