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2021年03月31日

L・E・ボルツマン_【2021/03/31_原稿投稿】

ヤフーブログ終了の教訓から登場場所の整理をしていますが(http://wwwのドメインを信頼した作業です)、それに伴い、以下に「ボルツマン」に関しての投稿を致します。後のシュレディンガが憧れ、エーレンフェストが定理化した学問分野を開いた人です。ご覧下さい。

また、当ブログへのアクセスを増やしたくてツイッターしてて、以下の4アカ計で考えて3/31(水)朝の時点で、前日と比較すると【11051⇒11144】です。こんなペース。焦らず作業。
@コウジ@kouji_Aバンドリ好き太郎_B浩司_Ckouji kazeno

【以下原稿です】



オーストリアにあるボルツマンの墓には
S=k LogWと書かれています。
ここでいうSとはエントロピーというパラメターで
事象の乱雑さを表します。
k(またはkBと記載します)というパラメター
を定めてボルツマンが定量化した概念です。

乱雑さは統計力学で温度T、容積V、圧力P等と関連して
ボルツマンの関係式として定式化されました。





ボルツマンの研究業績の中で特に私が関心をもつのは
原子論に関しての関わりです。当時、観測に直接かからない
原子は色々な見方をされていました。そんな原子に対して
ボルツマンは「乱雑さ」または「無秩序」の度合いという
新しい物理量を使い原子の実在に近づいていったのです。





結果として
対立する考えが学会で生じていて
原子モデルを使うボルツマンと、
実証主義で理論を進める
エルンスト・マッハの間で論争が続きます。
そして、残念なことに晩年は精神障害に悩み、
自ら命を絶つという悲しい最期を遂げています。

彼はピアノが好きでした。




花を手向ける場所がありますよね。





以上、間違い・ご意見は以下アドレスまでお願いします。
時間がかかるかもしれませんが必ず返信・改定をします。

nowkouji226@gmail.com

【舞台別のご紹介】

2020/09/05_初回投稿
2021/01/02_改定投稿








【学術論文を書く時は英語必須です】

OJISAN.png



J・J・サクライ_【2021/03/31_原稿改定】

ヤフーブログ終了の教訓から登場場所の整理をしていますが(http://wwwのドメインを信頼した作業です)、それに伴い、以下にSEO対策で「JJサクライ」の原稿を投稿します。49歳という若さで亡くなっており、非常に残念です。そんなコメントを加えています。ご覧下さい。

また、当ブログへのアクセスを増やしたくてツイッターしいて、以下の4アカ計で考えて3/24(水)朝の時点で、2日前と比較すると【10249⇒10575】です。こんなペース。Aカウントでフォロー停止を受けています。焦らず作業します。
【フォロ禁の解除後は、別基準で「ロボット操作」の判断をしているる様です。】
@コウジ@kouji_Aバンドリ好き太郎_B浩司_Ckouji kazeno

【以下が投稿原稿です】


Jサクライの日本語表記は桜井純で日本生まれ。私が使っていていた教科書でカタカナ表記でしたので個人的にはカタカナ表記が好きです。ミドルネームに由来するのでしょうがもう一つ「J」をつけて記載する事が多いです。響きも良いですね。JJサクライは新制高校に在学していた16歳の時期に留学生選抜試験に合格し、アメリカに渡りました。学問好きの少年だったのでしょう。その後、ニューヨークにある高校を卒業した後に、ハーバードを主席で卒業しています。





その後、JJサクライはコーネル大の院
で研究を進め、在学中に弱い相互作用の
考えを提唱しています。彼の研究では
弱い相互作用と強い相互作用が出てくるので
少し言及します。そもそも自然界には
4つの力があると言われていて、
ここでの2つは4つの内の2つなのです。

具体的に弱い力は、働く範囲が陽子直径
より小さいのです。また、素粒子や準粒子が
ボゾンを交換して相互作用する中で
弱い力は強い力や電磁学に比べ
数桁小さな力として作用します。





弱い相互作用は標準模型での
全てのフェルミ粒子とヒッグスボソン
に作用します。特にニュートリノは
重力と弱い相互作用のみを使って
相互作用します。弱い相互作用は
束縛状態をもたらしません。これは
重力が天文学的スケールで月と地球
の間の相互作用に関与していたり、
電磁力が原子レベルで互いに力を
与えあったりする束縛状態とは
異なるのです。また、弱い相互作用
とは違い強い核力は原子核の内部で
非常に強い束縛状態を持ちます。
別言すれば、弱い相互作用は
結合エネルギーに関与しません。





JJサクライはこうしたメカニズムを深く研究しました。そして49歳で突然、他界してしまいました。少し調べてみましたが、その死因に対しては情報が残されていません。何はともあれ、惜しい人材を失ったこととなり残念です。謹んでご冥福をお祈り致します。

合掌。






以上、間違い・ご意見は
以下アドレスまでお願いします。
この頃は全て返信できていませんが
頂いたメールは全て見ています。
適時、返信・改定をします。

nowkouji226@gmail.com

【舞台別のご紹介】

2020/11/11_初稿投稿
2021/01/21_改定投稿





OJISAN.png


D・J・ボーム_【2021/03/31_原稿投稿】

ヤフーブログ終了の教訓から登場場所の整理をしていますが(http://wwwのドメインを信頼した作業です)、それに伴い、以下にSEO対策で「DJボーム」の原稿を投稿します生まれた年が1917年なので「人(1)、悔い(91)な(7)く革命起こす」のロシア革命の年であり、赤狩り理を初めとする時代背景を更に感じました。そんなコメントを加えています。ご覧下さい。

また、当ブログへのアクセスを増やしたくてツイッターしいて、以下の4アカ計で考えて3/24(水)朝の時点で、2日前と比較すると【10249⇒10575】です。こんなペース。Aカウントでフォロー停止を受けています。焦らず作業します。
【フォロ禁の解除後は、別基準で「ロボット操作」の判断をしているる様です。】
@コウジ@kouji_Aバンドリ好き太郎_B浩司_Ckouji kazeno

【以下が投稿原稿です】




ヘブライ語表記ではדייוויד ג'וֹזף בוֹהם, דוד יוֹסף בוֹהם。
偶然でしょうがボームはロシア革命の年に生まれていますね。そんな時代背景もボームの人生に影響を残しています。ハンガリー系‎‎ユダヤ人の父とリトアニア系ユダヤ人の母の間に生まれ、UCBバークレー校でオッペンハイマーの教えを受けます。学生時代に当時の知人の影響で思想的に影響を受け、異なった社会モデルを持つ急進的な主義の考えをボームは抱きます。後にはその為にFBIにマークされたりします。






第2次世界対戦の時にはボームは
師オッペンハイマーに従い
マンハッタン計画に参加します。
その計画は
陽子と重陽子の衝突研究を進め、
濃縮ウランを作り原爆を製造
する計画で実行に移されました。





戦後、ボームはプリンストン大学で
アインシュタインと共に働いていましたが、
いわゆるマッカーシズムにあい、
プリンストン大学を追われます。
社会主義者としての過去の活動を
当局に問題視されたのです。

アインシュタインはボームに彼の助手
として大学に残る事を勧めますが、
願い叶わず、ボームはブラジルの
サンパウロ大学に移りました。

研究者としてボームは幾多の成果を
残しています。
先ず量子力学の解釈の面で
ボーム解釈。EPRパラドックスの提唱。
そして電磁気学でのAB効果です。
それぞれの分野の考えに
今も残る影響を与えています。







【舞台別のご紹介】

以上、間違い・ご意見は
以下アドレスまでお願いします。
最近全て返事が出来ていませんが
全て読んでいます。
適時、改定をします。

nowkouji226@gmail.com

2020/10/31_初稿投稿
2021/03/31_改定投稿





OJISAN.png


ハンス・アルプレヒト・ベーテ_【2021/3/31_原稿改定】

ヤフーブログ終了の教訓から登場場所の整理をしていますが(http://wwwのドメインを信頼した作業です)、それに伴い、以下にSEO対策で「ベーテ」の原稿を投稿します。星の進化に対しての記載が無不親切だと思いましたので、補いました。ご覧下さい。

また、当ブログへのアクセスを増やしたくてツイッターしいて、以下の4アカ計で考えて3/24(水)朝の時点で、2日前と比較すると【10249⇒10575】です。こんなペース。Aカウントでフォロー停止を受けています。焦らず作業します。
【フォロ禁明けは別基準でロボット操作の判断をする様です。】
@コウジ@kouji_Aバンドリ好き太郎_B浩司_Ckouji kazeno

【以下が投稿原稿です】
 


ベーテはユダヤ系なのでナチス政権下で苦労します。
国を追われイギリスに逃れ、マンチェスター大学で職を得ます。第二次大戦の間はオッペンハイマーの招きでUCB(カリフォルニア大バークレー校)の特別会議に参加します。そこでは核兵器の開発が始められ、ロスアラモス研究所が出来るとベーテは理論部門の監督を務めます。戦後はトルーマン大統領が水素爆弾の開発を断行した流れでベーテは引き続き開発において重要な役割を果たします。





その他、ベーテの業績としては大きく二点があげられると思います。一つは恒星の内部で核融合反応が起きうる指摘をして、重力と釣り合う内側からの力を考えたことです。加速器で実現される様々な現象を説明していく内に超高圧下・超高温下で起こり得る原子核の崩壊状態をベーテは理論立てて説明して新たな知見としました。





また、ベーテのもう一つの業績は量子電磁気学に繋がっていくラムシフトを非相対論的に厳密に突き詰めていって極めて正確な計算をしていったのです。この面でファインマンは弟子にあたります。ベーテは大変な時代を生きた偉大な理論家でした。「原子核反応理論への貢献、特に星の内部におけるエネルギー生成に関する発見」でノーベル賞を受けています。











以上、間違い・ご意見は
次のアドレスまでお願いします。
最近は返信出来ていませんが
全てのメールを読んでいます。
適時返信のうえ改定を致しします。

nowkouji226@gmail.com

【舞台別のご紹介】

2020/11/23_初版投稿
2020/01/21_改定投稿





OJISAN.png


UCB関連の物理学者_【2021/03/31_原稿投稿】

ヤフーブログ終了の教訓から登場場所の整理をしていますが(http://wwwのドメインを信頼した作業です)、それに伴い、以下にSEO対策で「UCB関係」の原稿を投稿します。国別の整理を終わらせ所属研究機関を整理している中での作業です。この整理を進めた後に、学問分野別の整理を行い、年代別の整理を行う作業を何度も繰り返していきたいと思います。


作業すればするほどに別途紹介したい人が思い付くでしょうから、その度毎に新しい人をご紹介して、時期に応じたトピックも盛り込んでブログを進めていきたいと考えています。ブログとして改定履歴を全て沢山残していましたが、古い改定履歴は整理してトピックスを中心に残していく積りです。


また、当ブログへのアクセスを増やしたくてツイッターしてて、以下の4アカ計で考えて3/22(月)朝の時点で、2日前と比較すると【9971⇒10249】です。こんなペース。
@コウジ@kouji_Aバンドリ好き太郎_B浩司_Ckouji kazeno
焦らず作業しましょう。この作業は4アカウント合計で一万を超えている点を考えて、一区切りついたと考えて良いでしょう。


【以下が投稿原稿です】


↑Credit:https://www.gettyimages.co


特にUCBはマンハッタン計画の遂行拠点として役割を果たしました。日本人としては、細かくいえばUCBではなくUCLAですが、ロサンゼルス校にJJサクライが所属していた事が有名ですね。教科書での紹介もあったかと思います。内容は追って増補していく事になると思います。ご覧ください。

オットー・シュテルン_1888年2月17日 ~ 1969年8月17日


J・R・オッペンハイマー_1904年4月22日 ~ 1967年2月18日


ハンス・アルプレヒト・ベーテ_1906年7月2日 ~ 2005年3月6日

D・J・ボーム_1917年12月20日 ~ 1992年10月27日


J・J・サクライ_1933年1月31日 ~ 1982年11月1日



纏めサイトTOPへ】


以上、間違い・ご意見は
以下アドレスまでお願いします。
最近全て返事が出来ていませんが
全て読んでいます。
適時、改定をします。


nowkouji226@gmail.com


2021/03/22_初版投稿




posted by コウジ at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 科学史

2021年03月30日

ウィラード・ギブズ_【2021/03/30_原稿再投稿】

ヤフーブログ終了の教訓から登場場所の整理をしていますが(http://wwwのドメインを信頼した作業です)、それに伴い、以下にSEO対策で「ギブズ」の原稿を投稿します。国別の整理を終わらせ所属研究機関を整理している中でリンク切れを発見、作り直しました。この整理を進めた後に、学問分野別の整理を行い、年代別の整理を行う作業を何度
も繰り返していきたいと思います。


作業すればするほどに別途紹介したい人が思い付くでしょうから、その度毎に新しい人をご紹介して、時期に応じたトピックも盛り込んでブログを進めていきたいと考えています。ブログとして改定履歴を全て沢山残していましたが、古い改定履歴は整理してトピックスを中心に残していく積りです。


また、当ブログへのアクセスを増やしたくてツイッターしてて、以下の4アカ計で考えて3/22(月)朝の時点で、2日前と比較すると【9971⇒10249】です。こんなペース。
@コウジ@kouji_Aバンドリ好き太郎_B浩司_Ckouji kazeno
焦らず作業しましょう。この作業は4アカウント合計で一万を超えている点を考えて、一区切りついたと考えて良いでしょう。


【以下が投稿原稿です】




その名は正しくはジョサイア・ウィラード・ギブズ_Josiah Willard Gibbsです。
米国コネチカット州に生まれイェール大学で博士号をとります。
その博士号はアメリカ大学における最初の工学博士だったそうで、
米国における物理学の先駆者だったのですね。





その後、ギブスは修行時代として、パリ、ベルリン、ハイデルベルクで
一年ずつ滞在します。今の感覚では想像出来ないのですが、
彼の人生で地元を離れたのはこの三年間だけだったそうです。





ギブスの業績として大きいものは物理学への統計の導入でしょう。個々の粒子の個別の性質は別として、体系の集団が持つ性質を統計的にまとめあげていく事でその性質が熱力学的な特性につながっていくのです。その考えをまとめた論文を読んだマクスウェルは大変感動をして、その思いを伝えるために石膏模型を作ったと言われています。そして、その抽象的な模型をギブスへ送ったのですが、模型は今でもイェール大学で大切に保管されているそうです。

数理的手法を物理学に取り入れたギブスですが、その立場(スタンス)を表現している言葉をご紹介します。
A mathematician may say anything he pleases,
but a physicist must be at least partially sane.
【(私の訳)
数学者は望むがままに物事を言えますが、
物理学者は何とかして、しゃっきりと
物事を伝えなくてはいけないですよ。】
数学者と物理学者は視点を変えていかねばいけないと。

最後に、戸田先生の教科書【岩波書店から出ていた熱・統計力学の本】
でギブスの人柄を伝えるエピソードが載っていたのでご紹介します。
(小さな物語の始まりです)
ギブスは結婚をしないで父の残した家に妹夫婦と共に住んでいました。
その家は彼の研究室から近い場所、道を渡ったところにあって、
ギブスは午前の講義を終えた後に、食事の為に家に戻っていました。
お昼を食べた後にギブスは研究室に帰ってそこで過ごし、
夕方五時頃に散歩をしながら帰宅するという静かな暮らし
を送っていました。何年も。何年も。
そして、
ギブスは妹の家事を手伝い、一緒に料理もしました。
特に、不均一系の研究をしていたギブスは
サラダを混ぜる仕事がとても得意だったそうです。
うまく作業できた時には大層、ご機嫌になれたでしょう。
そんな静かで温かい生活を重ねていました。







【舞台別のご紹介】

以上、間違い・ご意見は
以下アドレスまでお願いします。
最近全て返事が出来ていませんが
全て読んでいます。
適時、改定をします。

nowkouji226@gmail.com

2020/10/31_初稿投稿
2021/01/18_改定投稿





OJISAN.png


2021年03月29日

ボローニャ大学の関連人物_【2021/03/29_投稿】

登場場所の整理(http://wwwのドメインでの作業)に伴い、以下にSEO対策で「ボローニャ関係 」の原稿を投稿します。所属研究機関で一区切り。私自身、整理してみて学んだ所が多いです。この後、個別研究機関に対しての整理、学問分野別の整理、年代別の整理を行う作業を何度も繰り返していきます。


作業すればするほどに別途紹介したい人が思い付くでしょうから、その度毎に新しい人をご紹介して、時期に応じたトピックも盛り込んでブログを進めていきたいと考えています。ガリレオやコペルニクスが登場予定です。後程、ご覧下さい。


また、当ブログへのアクセスを増やしたくてツイッターしてて、以下の4アカ計で考えて3/29(月)朝の時点で、前日と比較すると【10933⇒11009】です。こんなペース。焦らず作業。
@コウジ@kouji_Aバンドリ好き太郎_B浩司_Ckouji kazeno


【以下が投稿原稿です】


↑credit:pixabay↑



始めに

イタリア関連でボローニャ大学をご紹介します。現在は10万人を超える学生が在学していてヨーロッパ最古の大学群に属すると言われています。その起源は信じられないくらいに古いのです。中世大学と呼ばれている学群の仲間で特にボローニャ大学は「母なる大学」(Alma Mater Studiorum) と呼ばれ、近代大学の原点だと言われています。特にボローニャ大学で学んだダンテはルネサンス文化の先駆者であると言われていて物理学へとつながっていく世界観を作っていった部分があるのではないでしょうか。ご覧ください。
年代順のご紹介

ガリレオ・ガリレイ


コペルニクス


ジョヴァンニ・カッシーニ



以上、間違い・ご意見は
以下アドレスまでお願いします。
最近全て返事が出来ていませんが
全て読んでいます。
適時、改定をしていきます。


nowkouji226@gmail.com


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2021/03/28_初版投稿





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posted by コウジ at 14:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | 科学史

ルイ・ド・ブロイ_【2021/03/28_原稿投稿】


ヤフーブログ終了の教訓から登場場所の整理をしていますが(http://wwwのドメインを信頼した作業です)、それに伴い、以下にSEO対策で「ドブロイ」の原稿を投稿します。フランス関連の
物理学者を整理する中での投稿ですが、ドブロイはフランス貴族の血をひき、新しい概念を提唱しています。初めは理解されませんでしたが、博士論文の査読をアインシュタインに頼んだところ、博士論文のレベルではなくてノーベル賞級の考え方だ!と評価を受けた逸話を盛り込んでいます。ご覧下さい。

また、当ブログへのアクセスを増やしたいのでツイッターしてますが、4つのアカウントでフォロー制限受けてます。3/21(日)朝の時点で前日とのフォロワー数と比べると、、、、
@コウジ@kouji@SyvEgTqxNDfLBX_3289→3337_Aバンドリ好き太郎ev2Fz71Tr4x7b1k_2412→2453_
B浩司@BLLpQ8kta98RLO9_2101→2109_    Ckouji kazeno@KazenoKouji_2169→2191_
・4アカウント合計で_【9971⇒10090】⇒【合計で119増四垢/30増単垢。こんなペース。】特に、今週はフォロバ明けなので焦らず作業しましょう。

【以下が投稿原稿です】



フランス貴族、公爵の血を引いてます。その血筋は由緒正しいのです。そもそも、ルイ14世により授爵頂いた名門貴族・ブロイ家の血筋であって、ルイ・ド・ブロイは直系子孫です。兄の没後は子供が居なかった事情もあり、正式に侯爵家の当主を務めています。ルイ・ド・ブロイはフランスの首相を二期務めた第4代当主アルベール・ド・ブロイの孫です。それだから、生誕時にルイの父は当時公子でした。こんな逸話が沢山あるのですね。そんなルイ・ド・ブロイは独自に優れた仮説を進め、ド・ブロイ波の考えにたどり着くのです。





そのルイ・ド・ブロイの考えは初めは中々理解されませんでした。関連して超有名なエピソードがあります。ルイ・ドブロイの博士論文の審査過程で教授達がド・ブロイの考えを理解出来ずアインシュタインに意見を求めた所、ド・ブロイの考えは博士論文よりもノーベル賞に値する。と評価され、更に考えを進めていく事が出来たのです。その考えはパラダイムシフトでした。当時の物理学の世界を変えたのです。





実際に数年後にルイ・ド・ブロイはノーベル賞
を受賞します。いつの時代も中々、
新しい考えは理解出来されないものですね。




【学術論文を書く時は英語必須です】







以上、間違い・ご意見は
以下アドレスまでお願いします。
最近は全て返信出来てませんが
必要箇所は適時、改定をします。

nowkouji226@gmail.com

【舞台別のご紹介】

2020/08/19_初回投稿
2020/11/25_改定投稿





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2021年03月28日

マリ・キュリー_【2021/03/28_原稿投稿】

ヤフーブログ終了の教訓から登場場所の整理をしていますが(http://wwwのドメインを信頼した作業です)、それに伴い、以下にSEO対策で「キューリ夫人」の原稿を投稿します。フランス関連の物理学者を整理する中での投稿ですが、大きな仕事を成し遂げた人です。色々な事を乗り越えて仕事を成し遂げました。ご覧下さい。

また、当ブログへのアクセスを増やしたいのでツイッターしてますが、4つのアカウントでフォロー制限受けてます。3/20(土)朝の時点で前日とのフォロワー数と比べると、、、、
@コウジ@kouji@SyvEgTqxNDfLBX_3228→3289_Aバンドリ好き太郎ev2Fz71Tr4x7b1k_2378→2412_
B浩司@BLLpQ8kta98RLO9_2089→2101_    Ckouji kazeno@KazenoKouji_2161→2169_
・4アカウント合計で_【9856⇒9971】⇒【合計で115増四垢/29増単垢。こんなペース。】焦らず作業。

【以下が投稿原稿です】

 





その名はマリア・スクウォドフスカ=キュリー
Maria Salomea Skłodowska-Curieですが
フランス語でマリ・キューリと呼ばれる
事が多いです。彼女は物理学と化学で
2度ノーベル賞を受けています。





マリ・キューリの父は研究者でしたが
貴族階級の出自故に、帝政ロシアの
支配下の元で教壇に立つことを禁じ
られていました。

マリ・キューリは10歳をなる前に
大変苦労します。父の非合法の講義
が発覚して職・住を失い、母の結核
による他界があり、更には投機での
失敗もあり、親戚等の世話になります。





そんな時期にマリ・キューリにも恋をした時代があったようです。当時、マリ・キューリは家庭教師を生業としていましたが、カジュミェシュ・ゾラフスキという青年と恋仲に落ちます。共に避暑旅行に出かけたりして幸せな時間を過ごしましたが、最終的には破局を迎えました。この事がマリ・キューリのパリ行きに繋がった様です。

パリでもマリ・キューリは苦労します。
屋根裏部屋に住んで寒い時には
持っている全ての服を着ながら
勉学に励みます。そんな生活は
大学の学部を卒業する迄、続きました。





そんなマリ・キューリに
漸く光明がさします。
知り合いを通じてピエール・キューリ
と出会ったのです。

そのピエール・キューリは国外で
評価を受けていて1893年には英国の
ケルヴィン卿が訪ねてくる程でした。
ところがピエール・キューリは
勲章を辞退するような性格で
ひたすら研究に励んでいました。

そんな二人が惹かれ合い、認め合い、
マリの帰国後もピエールは恋文を
贈り続け、遂には簡素な結婚式をあげます。
幸せなん結婚生活だったと思います。
祝いの宴もなく、結婚指輪も無い、
つつましい形式でしたが
祝い金で買った自転車に乗り、
フランスの片田舎へと新婚旅行に旅立ちます。





料理を頑張り、長女に恵まれながらも学問を続け、ベクレルの見出した放射線に対して二人は研究していきました。そこで。光や温度といったパラメターではなくウラン含有量の含有量が放射現象には本質的であるとの結論を得ます。その後、マリとピエールの夫妻は元素の精製に心血を注ぎます。
同位体の存在に近づいていったのです。





関心のある精製にキューリー夫妻は全てを注ぎ込みます。結果として、夫ピエールは度重なる発作に苦しみ、妻マリは神経衰弱から睡眠時遊行症に陥ります。その中で第二子を流産してしましました。そうした犠牲を払い、新しい概念の提唱に至ります。すなわち、特定元素は別の元素へ変化し得る、という事実です。

そして、その過程で放射線を放出して一見エネルギー保存の法則に相反する変化を起こしますが、それを追ってラザフォードらが研究成果を次々に発表します。そして夫ピエールが放射線に医学的効果を期待出来ると発見をしていくのです。ラジウムの効果でした。

当初は、妻マリーの博士学位習得が放射線研究の目的であったのですが最終的にはマリー・ピエール・ベクレルの3人に対してノーベル賞が贈られます。苦労してきた二人にとって、まさに栄誉の極みでした。

所が、その後突然の不幸が訪れました。夫ピエールが46歳の若さにして交通事故で命を落とすのです。妻マリーは悲痛にくれます。当然でした。その後、傷が癒えるまでに多くの物が必要でしたが、最終的に妻マダムは夫ピエールの大学での職位と実験室の後任を引き継ぎます。研究者として活動を始めたのです。

この内容に関してはいずれ追記したいと思います。
いつか、書き足すに値する部分だと思えます。
ケルビン卿・カメリーオネス・アインシュタインといった
当時の綺羅星の物理学者が彼女と交流を持ちました。





そして、何より悲しかったのは放射線のもたらした弊害です。研究の過程で放射線被曝が重なりマリーは頭痛・耳鳴り・怪我がなかなか治らないといった障害に悩まされ続けます。そして終には死に至りますが、当時はまだその関連性が明確ではなかったようです。

波乱に満ちたマリー・キューリの人生は幕を閉じましたがその後人々は彼女の残した物を高く評価しています。1995年、夫妻の墓はパリのパンテオンに移されました。フランス史の偉人の一人として今でも祭られています。そして、物理の世界の偉人として世界中で語り継がれています。










【舞台別のご紹介】

以上、間違い・ご意見は
以下アドレスまでお願いします。
最近全て返事が出来ていませんが
全て読んでいます。
適時、改定をします。

nowkouji226@gmail.com

2020/10/14_初稿投稿
2021/01/15_改定投稿





OJISAN.png



2021年03月27日

J・R・オッペンハイマー__【2021/03/27_原稿改定】

ヤフーブログ終了の教訓から登場場所の整理をしていますが(http://wwwのドメインを信頼した作業です)、それに伴い、以下にSEO対策で「オッペンハイマー」の原稿を投稿します。イギリス関連の物理学者を整理する中での投稿ですが、以前にアメリカ関係で登場していてUCA関係で登場していてイギリス関係で登場しています。ボルンに師事していた時期があったのでドイツでも登場すると思います。ご覧下さい。

また、当ブログへのアクセスを増やしたくてツイッターしてて、以下の4アカ計で考えて3/27(土)朝の時点で、前日と比較すると【10740⇒10797】です。こんなペース。焦らず作業。
@コウジ@kouji_Aバンドリ好き太郎_B浩司_Ckouji kazeno

【以下が投稿原稿です】

 



オッペンハイマーは原爆の父と呼ばれている側面もありますが、UCB(カリフォルニア大学バークレー校)では学生からオッピーと呼ばれていた側面もありました。彼の人生は喜怒哀楽に満ちています。

個人的な着眼点としては彼もユダヤ系の血を引いているという点です。ヒットラーが民族としてのユダヤ人に焦点を当て迫害し、敵視していた現実は動かしがたい事実です。強制収容所に連行されるような世相の中でユダヤ人達は非常な危機感を感じていたはずです。その危機感の中で20世紀初頭の歴史は、天才たちが育ち・団結して新しい物を生み出していたのではないでしょうか。この考えは幾多の人が繰り広げてきたのではないかと思えますが、再度私も強調します。具体的にはアインシュタインマックス・ボルンD・J・ボームE・パウリ そしてオッペンハイマーです。
(今は此処迄しか思い浮かびませんが後日、追記することになるでしょう)
そうしたメンバーがもたらした今世紀初頭の物理学の進展は急でした。その進展は物理学に留まらず、工学、産業、果ては19117年ロシア革命に始まった社会体制の変化にも繋がっていったと言えるのでは無いでしょうか。今世紀初頭の閉塞感は、それを打ち破る様々な努力によって大きく様変わりしていると思えます。





さて実際、オッパンハイマーは最終的に6つの言葉を操ります。少年時代には鉱物学・数学・地質学・化学に関心を示しハーバードを三年で終えてケンブリッジに留学します。そこから理論物理学のゲッティンゲン大学に進みボルンと出会います。オッペンハイマーはボルンの指導の下で研究を進め共同でボルン・オッペンハイマー近似等の業績を上げます。

その後、アメリカに戻りカリフォルニア工科大学やUCBで教鞭をとりますが、第二次大戦勃発に伴いオッペンハイマーはロスアラモス国立研究所の初代所長に任命されます。ここで原爆を開発したのです。この仕事は、世界のパワーバランスを変え、後の世界を大きく変えました。





晩年、オッペンハイマーは成し遂げた仕事の意味を自問し、後悔の言葉さえ残しています。戦争時代の原爆開発・使用は国としてのアメリカの中で必要と判断されていましたが現代ではそれを使い各国が持つだけで攻撃対象とされたり外交で脅迫の道具として使われていたりします。そういったことにつながった発明をオッペンハイマーは「罪」として捉え水爆の開発には反対していたりもしました。オッペンハイマーには別の罪(?)もあります。オッペンハイマーは冷戦時代なので学生時代からの共産党とのつながりを指摘され、最終的には赤狩りの標的とされ続けていました。常時FBI(司法省管轄のアメリカ連邦捜査局)の監視下にあったのです。1965年、がんの為にニュージャージーの自宅で静かに生涯を終えました。

合掌





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最近は全て返信出来てませんが
必要箇所は適時、改定をします。

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ポール・ランジュヴァン_【2021/03/27_原稿投稿】


ヤフーブログ終了の教訓から登場場所の整理をしていますが(http://wwwのドメインを信頼した作業です)、それに伴い、以下にSEO対策で「ランジュバン」の原稿を投稿します。フランス関連の物理学者を整理する中での投稿ですが、フランスにおいて相対性理論を広げた人物です。本質に迫る議論をしていたのではないでしょうか。エルンストマッハが慣性質量と重力質量の違いに言及して以来、今でも未解決の部分が残る分野だと思えます。ご覧下さい。

また、当ブログへのアクセスを増やしたいのでツイッターしてますが、4つのアカウントでフォロー制限受けてます。3/20(土)朝の時点で前日とのフォロワー数と比べると、、、、
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B浩司@BLLpQ8kta98RLO9_2089→2101_    Ckouji kazeno@KazenoKouji_2161→2169_
・4アカウント合計で_【9856⇒9971】⇒【合計で115増四垢/29増単垢。こんなペース。】焦らず作業。

【以下が投稿原稿です】





ランジュバンは双子のパラドックス
で有名ですね。その矛盾の指摘は、
初めアインシュタインが指摘した
2つの慣性系での時間差から始まる
話ですが、ランジュバンが双子の例え
に置き換えて分かりやすくしました。
そんな時代の人です。無論、
ソルベー会議等に参加しています。





研究者としてはキャヴェンディッシュ研究所でジョゼフ・ジョン・トムソンのもとで学んだ後にソルボンヌ大のピエール・キュリーの下て、学位を得ました。磁性の研究をする一方で水晶振動子を開発して超音波を発生させるメカを実用化しました。





また、マリ・キューリとの恋仲も知られていたようです。ゴシップネタで恐縮ですが。そして、何年か後には二人の孫同士が結婚してます。





また、ランジュヴァンはソナーの発明でも知られています。潜水艦の関係者なら多大な恩恵を受けている訳ですね。











以上、間違い・ご意見は
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2021年03月26日

ポール・ディラック_ 【2021/03/26_原稿改定】

ヤフーブログ終了の教訓から整理をしていますが(http://wwwドメインを信頼した作業です)、それに伴い、「ディラック」の原稿を改定します。イギリス関係の人物を整理する作業です。このブログのTOP画像では真ん中に位置している若者です。誰しもが認める天才です。議論は苦手かもしれませんが数学センスはピカイチです。ご覧下さい。


また、当ブログへのアクセスを増やしたくてツイッターしてて、以下の4アカ計で考えて3/26(金)朝の時点で、前日と比較すると【10656⇒10740】です。こんなペース。焦らず作業。
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【以下が投稿原稿です】
 


イギリスのディラックは
とても謙虚で無口な人でした。
ノーベル賞が決まった際には、
有名になる事を恐れて受賞辞退を
考えていた様です。そんな人なのですが、
20世紀初頭の天才達がひしめく中で
ファインマンハイゼンベルク
シュレディンガー等と量子力学を確立します。
シュレディンガーとは
同じタイミングでノーベル賞を受賞します。

ディラックの性格形成を語る上で家庭環境は
大きな要素だったようです。まず、1924年に
ディラックの兄が自ら命を断っています。
色々考えた末だったのでしょうか。
ディラック自身も、その父と会話し辛い
場面が多々あったようです。そして無口に。
しかし、ディラックは闇に沈まずに数学
を駆使して輝かしい成果を残しています。
特にデルタ関数とブラケット記法は
素晴らしい。多大な足跡を沢山残しました。

ブラケット記法とは日本語で「括弧」
の記号を使った表記です。その定式化では
カギカッコ<>の形の 「<」 の部分
だけを「ブラベクトル」と呼び
カギカッコ<>の形の 「>」 の部分
だけを「ケットベクトル」と呼びます。
非常に分かり易い表現でブラの部分が
行列に相当してケットの部分がベクトル量に相当するイメージです。作用した結果のブラ・ケットが固有値を持つ場合に固有状態を持つと表現されます。ここでのベクトルがヒルベルトベクトル(無限次元に対応)であることが学生時代の私にとって感動的でした。一瞬にして物理量に対応する状態が記述された気がしました。他方でデルタ関数は観測が一瞬にして波束の収縮を引き起こす様子を表現していると思います。



ディラックはイギリスの伝統を受け継いだ人でもあります。
ケンブリッジではルーカス教授職を務めました。この名誉は初代・アイザックバローから始まり二代目・アイザック・ニュートンと続き、最近では宇宙論で名を成したスティーヴン・W・ホーキング博士が受け継いでいます。





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A・H・ルイ・フィゾー_【2021/03/26_原稿改定】

ヤフーブログ終了の教訓を踏まえドメイン移行をしていますが(http://wwwのドメインを信頼した作業です)、それと同時に登場場所の整理を行い「フィゾー」の原稿を投稿します。フランス関連の物理学者を整理する中での投稿ですが、光速度の測定を実現して、電磁気学発展に対しての土台を作った業績を残しています。。ご覧下さい。

また、当ブログへのアクセスを増やしたいのでツイッターしてますが、4つのアカウントでフォロー制限受けてます。3/19(金)朝の時点で2日前とのフォロワー数と比べると、、、、
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Aバンドリ好き太郎@ev2Fz71Tr4x7b1k_2361→2378_
B浩司@BLLpQ8kta98RLO9_2075→2089_
Ckouji kazeno@KazenoKouji_2156→2161_
・4アカウント合計で_【9787⇒9856】⇒【合計で69増四垢/17増単垢。こんなペース。】焦らず作業。

【以下が投稿原稿です】





その名は正確には、アルマン・イッポリート・
ルイ・フィゾー(Armand Hippolyte Louis Fizeau,
1819年9月23日 - 1896年9月18日)
地上で光速度を始めて測定した人で、
フランス人です。





フィゾーの実験として有名な物は1849年に回転歯車を使った公開実験です。明快に原理を示して光速度を数値化しました。

フィゾーの示した数値が重要なのは、後に明らかになっていきますが、光が電気と関係してるからです。後にマクスウェルが電磁気学をまとめる中で、自分の理論での計算結果とフィゾーの示した値がとても近い事実に気付きます。それはきっと、今風に言えば、電磁波の伝播速度が光速度に近い、という事実なのでしょう。

また、フィゾーはドップラー効果も予見してます。この言葉はスマホ入力で一発変換されていますが、フィゾー等が確かにしていった概念なのです。

フィゾーが実験を繰り返す困難は測り知れません。当時は未だレーザー光線も無かったでしょうし、当然デジタルのカウンター等も無いので、計測系のイメージだけでも大変だったでしょう。





私が何より興味深いのはフィゾーの
頭の中にある理論的な考察が
閃きによって実験に昇華するプロセスです。
フィゾーは理論的な原理を優れた実験で
わかり易く示したと思います。





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適時返信のうえ改定を致しします。

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2021年03月25日

アーネスト・ラザフォード_【2021/03/25_原稿改定】

ヤフーブログ終了の教訓から登場場所の整理をしていますが(http://wwwのドメインを信頼した作業です)、それに伴い、以下にSEO対策で「ラザフォード」の原稿を投稿します。ケンブリッジ関係の人物を整理する中で取り上げた人物です。散乱光の解析から始まり、多くの業績をあげました。ご覧下さい。

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【以下が投稿原稿です】



その名は正確にはアーネスト・ラザフォード_
Ernest Rutherford, 1st Baron
Rutherford of Nelson, OM, FRS,
初代のネルソン卿_ラザフォード男爵です。

ラザフォードはニュージーランドに生まれ数学でマスタの学位をとった後で奨学金を得てイギリスのケンブリッジ大学に進みます。そこでラザフォードはJJトムソンの指導のもとで気体の電気伝導の研究をします。

研究を進めるうちにラザフォードはウランから2つの放射線、
α線とβ線が出ている事を発見します。ラザフォードは後に透過性の非常に強い放射線が電磁波である事を突き止め、半減期の概念を提唱します。





ラザフォードが考えた半減期の分かり易い
例として、岩石の年代測定があります。
特定の岩石に含まれる物質から出てくる
放射線量を計測すれば、
半減期の概念を使って形成から今迄、
どのくらい時間が経っているか推定
出来るのです。





ラザフォードは更に研究を続けました。
ガラス管にα線を集め、そのスペクトル
分析からα線とはヘリウム原子核である
と突き詰めています。そして、
1911年にはガイガー・マースデンとα線の
散乱実験を行いました。有名なラザフォード
の原子模型が提唱されたのです。
原子には中心に原子核があり
その周りを電子が運動している
現代でも使えるモデルです。

またラザフォードはその人柄から
原子物理学の父と呼ばれています。
キャンデビッシュ研究所では
若い研究所員たちに「ボーイズ!」
と呼びかけていました。また彼は
夏の砂浜でもスーツのジャケット
を脱がないスタイルでした。
そして、
原子番号104の元素は今、彼を偲んで
ラザホージウムと呼ばれています。









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ジョン・A・フレミング_【2021/03/25_原稿投稿】

ヤフーブログ終了の教訓から登場場所の整理をしていますが(http://wwwのドメインを信頼した作業です)、それに伴い、以下にSEO対策で「フレミング」の原稿を投稿します。ケンブリッジ関係の人物を整理する中で取り上げました。ご覧下さい。

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【以下が投稿原稿です】




まず、フレミングはケンブリッジで
マクスウェルの師事を受けました。

フレミングは左手の法則で有名です。
簡単に言えば「左手で直行三軸を作った時に
長い指から・電(でん)・磁(じ)・力(りょく)です。
より、細かく説明すると磁場中に電気が流れていると
その導線に対して力が生じます。
電(でん)・磁(じ)・力(りょく)をそれぞれ
q(でん)・B(じ)・F(りょく)で考えて
荷電粒子の速度をvとすると、外積:×を使って
F=q(v×B) です。高校レベルの天下り的な覚え方
ですが、現象として実験事実に即していると考えると
非常に洗練された結果であるとも言えますね。






また、真空管の発明者としても有名です。
今日の電子工学の始まりだとも言われています。
工学の世界で色々な発明を重ねました。







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N・L・S・カルノー_【2021/03/25_原稿投稿】

ヤフーブログ終了の教訓から登場場所の整理をしていますが(http://wwwのドメインを信頼した作業です)、それに伴い、以下にSEO対策で「カルノー」の原稿を投稿します。フランス関連の物理学者を整理する中での投稿ですが、生前に業績を認められず若くして亡くなった逸材です。ご覧下さい。

また、当ブログへのアクセスを増やしたいのでツイッターしてますが、4つのアカウントでフォロー制限受けてます。3/17(水)朝の時点で2日前とのフォロワー数と比べると、、、、
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・合計で考えると4アカウント合計で_【9689⇒9787】
【合計で98垢/25単垢。9/15朝にまたフォロバで規制食らいましたので、こんなペースで小休止。】焦らず作業。

【以下が投稿原稿です】





その名は正確にはニコラ・レオナール・サディ・カルノー
: Nicolas Léonard Sadi Carnot。
理論的な熱機関カルノーサイクルから考え続けました。





カルノーの関心は蒸気機関にありました。
当時の産業界は蒸気機関を
理論的に説明出来ていなかったのです。

ニュートン力学で出てくる力の他にその力を加え続けた距離を考えて仕事量の概念を作ります。重い荷物を「数cm引きずる」のと「数km引きずる」のでは大きな差があり感覚的に理解出来ます。





例えば、物体を動かす力と動いたときに発生する摩擦熱の間には関係があり、それらを結びつけるのにカルノーは仕事量の概念を使いました。他、比熱、熱容量、といった概念が出来て様々な現象が繋がっていったのです。

ただ残念な事に、
非常に短い人生を送っていて
36歳の時に病死してしまいます。
カルノーが評価を受けたのは死後でした。
クライペロン・トムソン卿が評価し、
その後にマッハが評価をしています。













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2021年03月24日

ルイ・コーシー_【2021/03/24_原稿投稿】

ヤフーブログ終了の教訓から登場場所の整理をしていますが(http://wwwのドメインを信頼した作業です)、それに伴い、以下にSEO対策で「コーシー」の原稿を投稿します。フランス関係の人物を整理する中で取り上げた数学者です。フランスは抽象的な表現を美しい数学の形式にまとめ上げる事に優れているんですね。その業績は多岐にわたります。ご覧下さい。

また、当ブログへのアクセスを増やしたいのでツイッターしてますが、4つのアカウントでフォロー制限受けてます。3/17(水)朝の時点で2日前とのフォロワー数と比べると、、、、
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【合計で98垢/25単垢。9/15朝にまたフォロバで規制食らいましたので、こんなペースで小休止。】焦らず作業。

【以下がもともとの原稿です】

 



その名は正確には、オーギュスタン=ルイ・コーシー
(フランス人)Augustin Louis Cauchyです。
コーシーは数学者で、天文学、光学、流体力学に大きく貢献しています。

コーシーの生まれた時代にフランスでは
革命が起きていて
それを避ける為に家族は郊外に居を移します。
彼の生まれた時期でした。





コーシーの一家がパリ郊外に移り住んだ時に
近くにラプラスが住んでいました。
コーシーの父とラプラスが交流を進める中で
ラプラスはコーシーのセンスに気づきます。
素晴らしい出会いだったのです。





やがてコーシーの一家はパリに戻って
サロンでの交流をしたりします。
コーシーはそんな中で土木学校を卒業して
港を作る仕事をしていたようです。





思想的には両親の影響を受け保守的なところがあり、
シャルル10世の国外退去に伴い、
共に流浪の時代を送ります。
そこでコーシーはボルドー公の家庭教師
などをしていました。





研究においては置換方法にコーシーは工夫を凝らし
群論に繋がる研究成果を纏めています。
また解析学の面では、その厳密な性格から
ε・∂(イプシロン・デルタ)論法の原型となる考えを
作り出しました。結果として、
解析学では厳密な定式化を進め、
現代の数学の礎を作ったのです。
級数の置換をスマートに進めていたと思います。
連続・非連続をつないでいったと
言えないでしょうか。





私も複素平面・留数定理…と
学んでいった事を思い出します。
現代で使っている解析学では
コーシーが作り上げたものが多いです。
コーシー・リーマンの方程式・コーシー列・
コーシーの平均値の定理・
コーシーの積分定理等、枚挙にいとまがありません。
その業績は広くたたえられ、
エッフェル塔にその名を残しています。









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2020/10/31_初回投稿
2021/01/17_改定投稿

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シャルル・ド・クーロン_【2021/03/24_原稿投稿】


ヤフーブログ終了の教訓から登場場所の整理をしていますが(http://wwwのドメインを信頼した作業です)、それに伴い、以下にSEO対策で「クーロン」の原稿を投稿します。クーロンの業績で電磁気学が定量的に議論され、不可思議な力が利用されていく物となっていきます。その業績は多岐にわたります。ご覧下さい。

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・合計で考えると4アカウント合計で_【9689⇒9787】
【合計で98垢/25単垢。9/15朝にまたフォロバで規制食らいましたので、こんなペースで小休止。】焦らず作業。

【以下が投稿原稿です】

 



クーロンの名前は正確には
シャルル=オーギュスタン・ド・クーロン
(Charles-Augustin de Coulomb)
と記載されます。彼はフランス人です。調べてみると
もともとクーロンは測量の仕事などもしていました。
時代がら色々な分野に功績を残しています。

まず、力学的な側面では摩擦に関する研究があります。
「部品間で摩擦とロープの張力」を考慮して
機械全体での動きを論じています。
工学的な側面と表面物性からアプローチして
細かく見てみたいところではありますが、
当時の視点からは革新的な研究だろうと思えます。





電磁気的な側面では「ねじり天秤」での実験が有名です。
微細な力を検知出来るような仕組みで
導体表面での帯電状態を計測したのです。
生活の視点では、力学は目で見て分かりやすく、
電磁力学は目で見て分かり辛いと言えます。
それだから、今でも静電気でびっくりしたり、
手品の種として電気的性質が使われたりします。
当然、今でも高電圧の配線は子供の手の届かない所
に敷設され、運用されているのです。
結果的に電荷に働く力は距離の事情に反比例すると示し
クーロンの考えは後の電磁気学、
長い目で見れば場の理論につながっていきます。













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2020/09/29_初稿投稿
2021/01/13_改定投稿





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2021年03月23日

ジョゼフ=ルイ・ラグランジュ_【2021/03/23_原稿投稿】

ヤフーブログ終了の教訓から登場場所の整理をしていますが(http://wwwのドメインを信頼した作業です)、それに伴い、以下にSEO対策で「ラグランジュ」の原稿を投稿します。微分積分学の物理学、特に力学への応用を進め、後に繋がる形を作ったた数学者です。その業績は多岐にわたります。ご覧下さい。

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【以下が投稿原稿です】






ラグランジュはフランスに生まれ革命の時代を生きました。
同時代のラボエジェが処刑された事に際しラグランジュは何故自身が生き延びたか自問自答したのではないでしょうか。何故なら彼はマリー・アントワネットの先生を務めていたからです。





学問の世界ではラグランジュは多大な業績を残しています。物理学者というより数学者として力学体系の整理をしてラグランジュ形式と言われる理解を進めています。私も学生時代にラグランユアンと呼ぶ関係を多用しました。解析力学と呼ばれる分野で、ラグランジュ方程式につながります。後の数論につながる議論もしていますし、時代がら天体に関する研究もしています。

ラグランジュの解析的な考えが有効だったのは各種物理量を
一般化して変分と呼ばれる類の数学的な形式につながるからです。後の量子力学はニュートンの作った微積分だけではなく物理量の関係をラグランジュの使ったような関係で表現します。また、ラグランジュはエネルギー保存則から最少作用の原理を導きその考えは力学に留まらずに電磁気学・量子力学でも使われています。こういった定式化でのパラダイムシフトが後の体系に不可欠です。

ラグランジュの未定乗数法や定式化されたラグランジュアン
は誰しもが認める見事なものです。そして、ラグランジュの名は今でもエッフェル塔に刻まれています。彼の残した仕事と栄誉と共に。























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2020/10/02_初稿投稿
2021/01/07_改定投稿





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2021年03月22日

フランス関係の物理学者【2021/03/22_原稿投稿】

ヤフーブログ終了の教訓から登場場所の整理をしていますが(http://wwwのドメインを信頼した作業です)、それに伴い、以下にSEO対策で「フランス関係」の原稿を投稿します。美しい街なので写真を選ぶだけで結構時間を使ってしまいました。本日以降、改めて内容を整理していきたいと思います。

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【以下原稿】

今回、時間が出来たのでフランス関係の人々を纏めました。
フランス人として意識していませんでたが、
蒼々たるメンバーですね。年代順にご覧下さい。
【最新の原稿は随時更新していきます。】


ブレーズ・パスカル
_1623年6月19日 ~ 1662年8月19日


ロバート・ボイル
_1627年1月25日 ~ 1691年12月31日

ダニエル・ベルヌーイ_1700年2月8日 ~ 1782年3月17日


ジョゼフ=ルイ・ラグランジュ
_1736年1月25日 ~ 1813年4月10日


シャルル・ド・クーロン
_1736年6月14日 ~ 1806年8月23

ポール・ランジュヴァン (Paul Langevin、1872年1月23日 – 1946年12月19日

アンドレ=マリ・アンペール_André-Marie Ampère, 1775年1月20日 - 1836年6月10日


ルイ・コーシー
_1789年8月21日 ~ 1857年5月23日

N・L・S・カルノー_1796年6月1日 ~ 1832年8月24日


レオン・フーコー
_Foucault_1819年9月18日 ~ 1868年2月11日


マリ・キュリー
_1867年11月7日 ~ 1934年7月4日


ルイ・ド・ブロイ
_1892年8月15日~1987年3月19日


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時間がかかるかもしれませんが必ず返信・改定をします。

nowkouji226@gmail.com

2020/12/04_記





OJISAN.png



2021年03月21日

ランダウ_【2021/03/21_原稿投稿】

ヤフーブログ終了の教訓から登場場所の整理をしていますが(http://wwwのドメインを信頼した作業です)、それに伴い、以下にSEO対策で「ランダウ」の原稿を投稿します。また別途「ティコブラーェ」、「ボーア」、「エルステッド」、「ハイゼンベルグ」の原稿もリンク改定しています。デンマーク関係の物理学者を紹介する中でのご紹介になりますが、天才肌の物理学者のご紹介を以下に残します。

また、当ブログへのアクセスを増やしたいのでツイッター再開してます。4つのアカウントで運用。全アカウントフォロー制限解除。目的はブログとの連携。3/14(日)朝の時点で前日とのフォロワー数と比べると、、、、
@コウジ@kouji@SyvEgTqxNDfLBX_3067→3122_
Aバンドリ好き太郎@ev2Fz71Tr4x7b1k_2286→2302_
B浩司@BLLpQ8kta98RLO9_2011→2048_
Ckouji kazeno@KazenoKouji_2085→2094_
・合計で考えると4アカウント合計で_【9449→9566】【合計で117垢/29単垢】焦らず作業します。

【以下原稿】





ランダウは有名なユダヤ系ロシア人の科学者で
日本でも教科書を目にしたことがあるのではないでしょうか。





さて、ランダウは石油技術者の父と教育者の母から生まれます。
12歳で微分法を理解し、14歳で国立大学に入学、
物理数学科と化学学科を同時に履修します。
19歳で学士の称号を得るとレニングラード物理工学研究所で
電磁場注中での電子性質である量子電磁気学を研究していきます。
その後。コペンハーゲンにあるボーアの研究所で大きな影響
を受けました。その後、ケンブリッジでディラック・カピッツァ
と共同研究を進め所謂「ランダウ反磁性」の研究をまとめます。
その後にチューリッヒでパウリと共同研究をした後に
ランダウはレニングラードに戻りました。




ランダウの幸せだった時期を中心に記載しましたが
モスクワの研究所で要職を務めていながらスターリン批判
をしたことで刑務所に服役したり交通事故にあったりしています。
水素爆弾の製造にも不本意ながら加担しています。そして
60歳でこの世を去ります。

ただ、ランダウの業績は不変です。準粒子・フェルミ流体や
ギンツブルグ&ランダウ理論は低温凝縮系の世界を
大きく進ませました。




以上、間違い・ご意見は以下アドレスまでお願いします。
時間がかかるかもしれませんが必ず返信・改定をします。

nowkouji226@gmail.com

2020/09/24_初稿投稿
2020/12/21_改定投稿





OJISAN.png




【舞台別のご紹介】




以上、間違い・ご意見は
以下アドレスまでお願いします。
問題t年に関しては適時、
返信・改定をします。

nowkouji226@gmail.com

2020/09/24_初稿投稿
2021/03/14_改定投稿




 


【舞台別のご紹介】

エドワード・テラー_【2021/03/21_原稿改定】

ヤフーブログ終了の教訓から登場場所の整理をしていますが(http://wwwのドメインを信頼した作業です)、それに伴い、以下にSEO対策で「テラー」の原稿を投稿します。また別途「ハイゼンベルグ」の原稿も改定しています。ドイツ関係の物理学者を紹介する中でのご紹介になりますが、如何にもドイツ人らしい人々だったのでしょうね。この時代の雰囲気で国をまたいだ修業時代を過ごしています。亡命もしています。

また、当ブログへのアクセスを増やしたいのでツイッター再開してます。4つのアカウントで運用。2アカウントフォロー制限解除。目的はブログとの連携。3/13(土)朝の時点で4日前とのフォロワー数と比べると、、、、
@コウジ@kouji@SyvEgTqxNDfLBX_3002→3067_
Aバンドリ好き太郎@ev2Fz71Tr4x7b1k_2209→2286_
B浩司@BLLpQ8kta98RLO9_1951→2211_
Ckouji kazeno@KazenoKouji_2029→2085_
・合計で考えると4アカウント合計で_【9191→9649】【合計で458垢/114単垢】それだから一日あたりで考えて、単アカウントで26の増加ですね。明日には全てのフォロー機能が解除されると期待します。2つのブログへのSNSからの紹介流入を増やします。焦らずに。

【以下原稿】



エドワード・テラーは水爆の父と呼ばれ、
晩年のオッペンハイマーと対立します。

エドワード・テラーはハンガリーのブタペストで弁護士の父と4か国語を使う母から生まれました。ユダヤ系であったエドワード・テラーの父は職を追われ、ハンガリー・ドイツ・アメリカと移住を重ねました。ただ、学問の世界では良い出会いに恵まれています。ハイゼンベルグの下で博士論文を書き、ボーアとの居たコペンハーゲンで有益な時間を過ごします。





アインシュタインと共にエドワード・テラーは原爆の研究をアメリカ政府に働きかけ、実際にその計画は進んでいきます。そんな中、友人のランダウがソ連政府に逮捕された時期に反共思想を持ちます。オッペンハイマーとの確執の始まりが続きます。特に兵器としての利用に関してはエドワード・テラーとオッペンハイマーは対極の立場をとります。

実際、
エドワード・テラーは原爆・水爆と兵器の開発の中心に居ました。水爆を「My・Baby」と呼んでいたと言われています。その立場は変わらず、生涯その事を悔いることはなかったと言われています。









以上、間違い・ご意見は
以下アドレスまでお願いします。
時間がかかるかもしれませんが
必ず返信・改定をします。

nowkouji226@gmail.com

【舞台別のご紹介】


2020/09/22_初稿投稿
2020/12/19_改定投稿





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2021年03月20日

マックス・ボルン_【2012/03/20_原稿投稿】

ヤフーブログ終了の教訓から登場場所の整理をしていますが(http://wwwのドメインを信頼した作業です)、それに伴い、以下にSEO対策で「ボルン」の原稿を投稿します。ドイツ関係の物理学者を紹介する中でのご紹介になりますが、如何にもドイツ人らしい人だったのでしょうね。アインシュタインとのやり取りは、そんな彼を偲ばせます。イギリスに亡命していてプランクと同じ墓所に眠っているそうです。お孫さんのオリビア・ニュートンジョンも墓参りに来るのでしょうか。

また、当ブログへのアクセスを増やしたいのでツイッター再開してます。4つのアカウントで運用。2アカウントフォロー制限解除。目的はブログとの連携。3/13(土)朝の時点で4日前とのフォロワー数と比べると、、、、
@コウジ@kouji@SyvEgTqxNDfLBX_3002→3067_
Aバンドリ好き太郎@ev2Fz71Tr4x7b1k_2209→2286_
B浩司@BLLpQ8kta98RLO9_1951→2211_
Ckouji kazeno@KazenoKouji_2029→2085_
・合計で考えると4アカウント合計で_【9191→9649】【合計で458垢/114単垢】それだから一日あたりで考えて、単アカウントで26の増加ですね。明日には全てのフォロー機能が解除されると期待します。2つのブログへのSNSからの紹介流入を増やします。焦らずに。

【以下原稿】






ボルンはユダヤ系ドイツ人故、
第二次世界大戦時は大変苦労しています。
そんな中で前期量子論において
本質的な確率解釈を提唱しています。

本国で教授職を解雇されたりしていて、
反戦の姿勢、非核の姿勢を貫き
ラッセル=アインシュタイン宣言にも参加しています。
この点ではドイツに残り、原爆開発に参加していた

ハイゼンベルク
とは全く別の人生を歩んでいます。
ちなみに、
ハイゼンベルク
はボルンの門下生です。
オッペンハイマーもまた弟子にあたります。





彼の解釈で有名なやり取りがあります。
反論したアインシュタインがサイコロ遊び
に量子力学の解釈を例えたのです。
【Wikipedeaより引用:アインシュタインの有名な言葉
「彼(神)はサイコロを遊びをしない」は1926年
にボルンに当てた手紙の中で述べられたものである。】





確率解釈は人類の思想にとって大きなパラダイムシフトです。
ボルンの考え方は、それまでの発想を大きく変えました。






他、
孫の一人に歌手であるオリヴィア・ニュートン・ジョン
が居ました。私も初稿を書く際に分かったのですが
意外ですね。

関連URL(YouTubeへ:)
https://www.youtube.com/watch?v=E-JGTk_WM1k





以上、間違い・ご意見は以下アドレスまでお願いします。
時間がかかるかもしれませんが必ず返信・改定をします。

nowkouji226@gmail.com

【舞台別のご紹介】

2020/08/30_初回投稿
2021/01/01_改定投稿





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A・アインシュタイン_【2021/03/20_原稿投稿】

ヤフーブログ終了の教訓から登場場所の整理をしていますが(http://wwwのドメインを信頼した作業です)、それに伴い、以下にSEO対策で「アインシュタイン」の原稿を投稿します。ドイツ関連の物理学者を整理する中での投稿ですが、若かりし日はドイツで研究を始めています。戦争時にはナチスに対して苦労していたようです。ご覧下さい。

また、当ブログへのアクセスを増やしたいのでツイッター再開してます。4つのアカウントで運用。目的はブログとの連携。3/9(火)朝の時点で2日前とのフォロワー数を比べると
@コウジ@kouji@SyvEgTqxNDfLBX_2829→3002_Aバンドリ好き太郎@ev2Fz71Tr4x7b1k_2093→2209_
B浩司@BLLpQ8kta98RLO9_1922→1951_________Ckouji kazeno@KazenoKouji_1957→2029_
・合計で考えると4アカウント合計で_【8901→9191】【2日の合計で290垢/72単垢・増加】2つのブログへのSNSからの紹介流入を増やします。焦らずに。【3/10_から、全ての垢でアクセス禁止を受けています。小休止。】

【以下が投稿原稿です】



現時点で最も有名な物理学者ではないでしょうか。アインシュタインは
パラダイムシフトを起こし近年、物理学に大きな変化をもたらしました。

特に、1905年に26歳のアインシュタインは3つの歴史的な論文を発します。
「光量子仮説」「ブラウン運動の理論」「特殊相対性理論」です。
光量子化説は光の性質を突き詰め量子化しているもの、
ブラウン運動は花粉の動きから分子の乱雑な動きを解析、
特殊相対性理論は速度を増し光速度に近づく物体の考察。
こういった考察から空間・時間の概念を変え、
ミクロの物質の考察を進めています。色々な学者と討議を重ね
現実に対しての理解を深めていきます。





アインシュタインはユダヤ系であるので彼は大変苦労しています。
当時のドイツはナチスの時代ですから
ホロコーストが実際にあったのです。
また、アインシュタインはドイツの為に
原爆の製造をすることに貢献出来た筈です。

実際には崩壊していくドイツ帝国を去り
アメリカでマンハッタン計画に加わります。
個人の物理学者として
多少の無力感を感じていたのではないでしょうか。




苦労人のアインシュタインは数々の名言を残していますが、
私が好きな言葉を最後に残します。アインシュタインの意志の強さを感じます。

「think and think for months and years. Ninety-nine times, the conclusion is false.
  The hundredth time I am right.」
私は、数ヶ月も何年も考え続けます。99回まで、その結論は正しくないですが、
 100回目に正しい答えを出すことができるのです。





以上、間違い・ご意見は以下アドレスまでお願いします。
時間がかかるかもしれませんが必ず返信・改定をします。

nowkouji226@gmail.com

【舞台別のご紹介】

2020/09/06_初稿投稿
2021/01/02_改定投稿





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2021年03月19日

高木 貞治_【2021/03/19_原稿投稿】

ヤフーブログ終了の教訓から登場場所の整理をしていますが(http://wwwのドメインを信頼した作業です)、それに伴い、以下にSEO対策で「高木貞治」の原稿を投稿します。ドイツ関連の物理学者を整理する中での投稿ですが、ヒルベルトに師事した日本数学会の黎明期の数学者です。ご覧下さい。

また、当ブログへのアクセスを増やしたいのでツイッター再開してます。4つのアカウントで運用。目的はブログとの連携。3/9(火)朝の時点で2日前とのフォロワー数を比べると
@コウジ@kouji@SyvEgTqxNDfLBX_2829→3002_Aバンドリ好き太郎@ev2Fz71Tr4x7b1k_2093→2209_
B浩司@BLLpQ8kta98RLO9_1922→1951_________Ckouji kazeno@KazenoKouji_1957→2029_
・合計で考えると4アカウント合計で_【8901→9191】【2日の合計で290垢/72単垢・増加】2つのブログへのSNSからの紹介流入を増やします。焦らずに。【3/10_から、全ての垢でアクセス禁止を受けています。小休止。】

【以下が投稿原稿です】







今回、日本人数学者をご紹介します。
高木貞治と書いて名前を「ていじ」と読みます。

高木貞治は岐阜に生まれ現在の京都大学を卒業した後に
東京大学に進みます。現在の学校制度と異なるようで、
今時の言い方をしたら
京大で学位をとって東大でマスターをとった感じでしょうか。





その後、高木貞治はドイツへ留学してヒルベルトの教えを受けます。
現代の代数幾何学の原型を体系立てていったのでしょう。
そもそも、個人的に高木貞治の名を知ったのは
ムツゴロウさんの著作でした。たしか「ムツゴロウの青春期」。
その中で彼が高校時代に地元の先生に紹介された本が
高木貞治の「解析概論」でした。
バンカラな青春時代を過ごしたムツゴロウは
東大の物理学科に進み、最後はどうぶつ王国を作ります。
話戻って解析概論ですが、岩波文庫から出ていた
その本を私も買って、夢中で読んだ思い出があります。





なお、2011年の時点で日本国内における著作権の
保護期間満了に伴いネットで著作が公開され始めています。
【Wikisourceや青空文庫を見てみて下さい】






以上、間違い・ご意見は
以下アドレスまでお願いします。
この頃は全て返信できていませんが
頂いたメールは全て見ています。
適時、返信・改定をします。

nowkouji226@gmail.com

【舞台別のご紹介】

2020/11/08_初回投稿
2021/01/21_改定投稿





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W・C・ヴィーン_【2021/03/19_原稿投稿】

ヤフーブログ終了の教訓から登場場所の整理をしていますが(http://wwwのドメインを信頼した作業です)、それに伴い、以下にSEO対策で「ブィーン」の原稿を投稿します。ドイツ関連の物理学者を整理する中での投稿ですが、独逸人らしい仕事をした人だと思えます。時代背景もあると思えます。本原稿での関連リンクは新しいURLに対するリンクに変更積みです。ご覧下さい。

また、当ブログへのアクセスを増やしたいのでツイッター再開してます。4つのアカウントで運用。目的はブログとの連携。3/9(火)朝の時点で2日前とのフォロワー数を比べると
@コウジ@kouji@SyvEgTqxNDfLBX_2829→3002_Aバンドリ好き太郎@ev2Fz71Tr4x7b1k_2093→2209_
B浩司@BLLpQ8kta98RLO9_1922→1951_________Ckouji kazeno@KazenoKouji_1957→2029_
・合計で考えると4アカウント合計で_【8901→9191】【2日の合計で290垢/72単垢・増加】2つのブログへのSNSからの紹介流入を増やします。焦らずに。【3/10_から、全ての垢でアクセス禁止を受けています。小休止。】

【以下が投稿原稿です】







その名を正確に記すとヴィルヘルム・カール・
ヴェルナー・オットー・フリッツ・フランツ・ヴィーン
:Wilhelm Carl Werner Otto Fritz Franz Wien
熱力学における黒体放射の研究で有名です。





ヴィーンは東プロイセンで農夫の子
として生まれ、ベルリン大学でヘルツ
の元で学位を取ります。そこでの
学位論文は光の回析特性でした。

レントゲンの後任としてヴュルツブルク大学
で教鞭をとっています。
またヴィーンはドイツ物理学会で会長
を努めていて、前任はゾンマーフェルト
でした。





さて、ここまでヴィーンの記載を
調べていて断片的な印象を持ちました。
人柄が伝わらないのです。考えてたら
時代背景が大きいと思えてきました。
ヴィーンはドイツで生まれ
ドイツで亡くなっています。
その時代のヨーロッパは大戦を経ていて
特にドイツはユダヤ人を迫害し、
何人ものユダヤ人物理学者が
反ドイツの体制で活動していました。

ヴィーンはソルベーユ会議に出ていて
物理学会に関わっていたでしょうが、
政治絡みの考えは独自のものとなって
いたと考えます。修業を兼ねて他国へ
留学したり協同研究をしたりする
現代とは異なった環境にあったのです。





ヴィーンの法則はプランクの法則の極限
として考える事が出来ます。この法則は
反応を起こす物質の温度と放出される
電磁波の波長を関連付けますが、
対象物質の内部構造迄、踏み込んだ議論
が成された形跡はありません。現象の
不完全な定式化であって独自の理論です。





私の理解不足もありますが、
マッハとボルツマンの考え方の差異
が思い起こされます。ヴィーンもまた
伝統的な枠組みの中で葛藤していたの
でしょうか。いつかまた考えてみたい
と思えてきました。

それにつけても、
ヴィーンの法則は我々に新しい知見を
もたらしていて、物質内部での反応に対し
変化を定量的議論の枠組みに乗せて
次なる議論の礎を作っています。
確かな一歩でした。







以上、間違い・ご意見は
以下アドレスまでお願いします。
この頃は全て返信できていませんが
頂いたメールは全て見ています。
適時、返信・改定をします。

nowkouji226@gmail.com

【舞台別のご紹介】

2020/11/09_初回投稿
2021/01/21_改定投稿





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2021年03月18日

N・L・S・カルノー_【2021/03/18_原稿投稿】

ヤフーブログ終了の教訓から登場場所の整理をしていますが(http://wwwのドメインを信頼した作業です)、それに伴い、以下にSEO対策で「カルノー」の原稿を投稿します。フランス関連の物理学者を整理する中での投稿ですが、生前に業績を認められず若くして亡くなった逸材です。ご覧下さい。

また、当ブログへのアクセスを増やしたいのでツイッターしてますが、4つのアカウントでフォロー制限受けてます。3/17(水)朝の時点で2日前とのフォロワー数と比べると、、、、
@コウジ@kouji@SyvEgTqxNDfLBX_3167→3195_
Aバンドリ好き太郎@ev2Fz71Tr4x7b1k_2317→2361_
B浩司@BLLpQ8kta98RLO9_2058→2075_
Ckouji kazeno@KazenoKouji_2147→2156_
・合計で考えると4アカウント合計で_【9689⇒9787】
【合計で98垢/25単垢。9/15朝にまたフォロバで規制食らいましたので、こんなペースで小休止。】焦らず作業。

【以下が投稿原稿です】





その名は正確にはニコラ・レオナール・サディ・カルノー
: Nicolas Léonard Sadi Carnot。
理論的な熱機関カルノーサイクルから考え続けました。





カルノーの関心は蒸気機関にありました。
当時の産業界は蒸気機関を
理論的に説明出来ていなかったのです。

ニュートン力学で出てくる力の他にその力を加え続けた距離を考えて仕事量の概念を作ります。重い荷物を「数cm引きずる」のと「数km引きずる」のでは大きな差があり感覚的に理解出来ます。





例えば、物体を動かす力と動いたときに発生する摩擦熱の間には関係があり、それらを結びつけるのにカルノーは仕事量の概念を使いました。他、比熱、熱容量、といった概念が出来て様々な現象が繋がっていったのです。

ただ残念な事に、
非常に短い人生を送っていて
36歳の時に病死してしまいます。
カルノーが評価を受けたのは死後でした。
クライペロン・トムソン卿が評価し、
その後にマッハが評価をしています。













以上、間違い・ご意見は
以下アドレスまでお願いします。
最近全て返事が出来ていませんが
全て読んでいます。
適時、改定をします。

nowkouji226@gmail.com

2020/11/01_初回投稿
2021/01/17_改定投稿

【舞台別のご紹介】





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マックス・プランク_【2021/03/18_原稿投稿】

ヤフーブログ終了の教訓から登場場所の整理をしていますが(http://wwwのドメインを信頼した作業です)、それに伴い、以下にSEO対策で「プランク」の原稿を投稿します。ドイツ関連の物理学者を整理する中での投稿ですが、如何にもドイツ人っぽい人にみえてきました。前記量子論を作っていく中でマッハに立ち向かったり、息子さんがヒットラーに立ち向かったりしてた人生です。ご覧下さい。

また、当ブログへのアクセスを増やしたいのでツイッター再開してます。4つのアカウントで運用。目的はブログとの連携。3/9(火)朝の時点で2日前とのフォロワー数を比べると
@コウジ@kouji@SyvEgTqxNDfLBX_2829→3002_Aバンドリ好き太郎@ev2Fz71Tr4x7b1k_2093→2209_
B浩司@BLLpQ8kta98RLO9_1922→1951_________Ckouji kazeno@KazenoKouji_1957→2029_
・合計で考えると4アカウント合計で_【8901→9191】【2日の合計で290垢/72単垢・増加】2つのブログへのSNSからの紹介流入を増やします。焦らずに。【3/10_から、全ての垢でアクセス禁止を受けています。小休止。】

【以下が投稿原稿です】

 



その名は正確には、マックス・カール・エルンスト・
ルートヴィヒ・プランク(Max Karl Ernst Ludwig Planck)

【現在の国で言えば】ドイツ生まれのプランクは
前期量子論の主要メンバーの一人です。
学問的方法論の違いとして、エルンスト・マッハ
実証主義に対しプランクは実在論を展開しました。
微視的な物理公式を特徴づける定数:プランク定数
を提唱して微視的な知見において不連続な物理量を
導入しなければいけないと結論付け体系化しています。

プランクの一連の考え方はとても大事な概念で、
量子力学の根幹をなしています。現代の我々が
後付けで考えてみると、取り得る状態が不連続故に
行列力学で時間発展が量子力学体系の中で記述出来、
微視的状態の遷移が定量的に表せるのです。





パラダイムシフトという言い方が出来ますが、
思想体系において大きな変換が起きました。
まず、ここでのハードルをクリア出来た事は
物理学にとって大きな一歩であったと言えます。

そしてプランクは戦争の時代を生きたので
幾多の悲劇を味わいました。人道的見地から、

アインシュタイン
等へのユダヤ人迫害に対して
ヒットラーに直接意見を述べたりしています。
長男は第一次世界大戦で戦死しています。
二男はヒットラーを暗殺に加担したので
処刑されてしまいました。プランク自身も
国賊の親として批難を受けています。
更には他に二人の娘が居ましたが、
共に孫娘を産んだ後に亡くなっています。



こうして色々とあったプランクの人生ですが、
プランクの残した業績は決して消えていません。
彼の残した研究所は21世紀になっても
最先端の研究を続けているのです。



以上、間違いやご意見があれば以下アドレスまでお願いします。
時間がかかるかもしれませんが、必ずお答えします。
nowkouji226@gmail.com

【舞台別のご紹介】

2020/09/08_初回投稿
2021/01/02_改訂版投稿






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2021年03月17日

シャルル・ド・クーロン_【2021/03/17_原稿投稿】


ヤフーブログ終了の教訓から登場場所の整理をしていますが(http://wwwのドメインを信頼した作業です)、それに伴い、以下にSEO対策で「クーロン」の原稿を投稿します。クーロンの業績で電磁気学が定量的に議論され、不可思議な力が利用されていく物となっていきます。その業績は多岐にわたります。ご覧下さい。

また、当ブログへのアクセスを増やしたいのでツイッターしてますが、4つのアカウントでフォロー制限受けてます。3/17(水)朝の時点で2日前とのフォロワー数と比べると、、、、
@コウジ@kouji@SyvEgTqxNDfLBX_3167→3195_
Aバンドリ好き太郎@ev2Fz71Tr4x7b1k_2317→2361_
B浩司@BLLpQ8kta98RLO9_2058→2075_
Ckouji kazeno@KazenoKouji_2147→2156_
・合計で考えると4アカウント合計で_【9689⇒9787】
【合計で98垢/25単垢。9/15朝にまたフォロバで規制食らいましたので、こんなペースで小休止。】焦らず作業。

【以下が投稿原稿です】

 



クーロンの名前は正確には
シャルル=オーギュスタン・ド・クーロン
(Charles-Augustin de Coulomb)
と記載されます。彼はフランス人です。調べてみると
もともとクーロンは測量の仕事などもしていました。
時代がら色々な分野に功績を残しています。

まず、力学的な側面では摩擦に関する研究があります。
「部品間で摩擦とロープの張力」を考慮して
機械全体での動きを論じています。
工学的な側面と表面物性からアプローチして
細かく見てみたいところではありますが、
当時の視点からは革新的な研究だろうと思えます。





電磁気的な側面では「ねじり天秤」での実験が有名です。
微細な力を検知出来るような仕組みで
導体表面での帯電状態を計測したのです。
生活の視点では、力学は目で見て分かりやすく、
電磁力学は目で見て分かり辛いと言えます。
それだから、今でも静電気でびっくりしたり、
手品の種として電気的性質が使われたりします。
当然、今でも高電圧の配線は子供の手の届かない所
に敷設され、運用されているのです。
結果的に電荷に働く力は距離の事情に反比例すると示し
クーロンの考えは後の電磁気学、
長い目で見れば場の理論につながっていきます。













以上、間違い・ご意見は
以下アドレスまでお願いします。
最近全て返事が出来ていませんが
全て読んでいます。
適時、改定をします。

nowkouji226@gmail.com

2020/09/29_初稿投稿
2021/01/13_改定投稿





OJISAN.png




【舞台別のご紹介】

H・レンツ_【2021/3/11_原稿改定】

ヤフーブログ終了の教訓から登場場所の整理をしていますが(http://wwwのドメインを信頼した作業です)、それに伴い、以下にSEO対策で「レンツ」の原稿を投稿します。原稿を書くにあたり調べたら「こんな人だったんだ〜。」という感じでびっくりでした。ご覧下さい。

また、当ブログへのアクセスを増やしたいのでツイッター再開してます。4つのアカウントで運用。目的はブログとの連携。3/9(火)朝の時点で2日前とのフォロワー数を比べると
@コウジ@kouji@SyvEgTqxNDfLBX_2829→3002_Aバンドリ好き太郎@ev2Fz71Tr4x7b1k_2093→2209_
B浩司@BLLpQ8kta98RLO9_1922→1951_________Ckouji kazeno@KazenoKouji_1957→2029_
・合計で考えると4アカウント合計で_【8901→9191】【2日の合計で290垢/72単垢・増加】2つのブログへのSNSからの紹介流入を増やします。焦らずに。【3/10_から、@とAとBの垢でアクセス禁止を受けています。小休止。】

【以下が投稿原稿です】




レンツはドイツ系ロシア人物理学者で
ロシアで生まれてます。

レンツは若き日にオットー・フォン・コツェブー
が中心となった第3回の世界一周調査のメンバー
として海洋環境の物理的側面を調査しています。
レンツは色々な港に立ち寄り海水成分を調べたり
したのでしょうか。私ならそこで釣りをして
生物学の研究に協力もしたいと思います。



さて、レンツの業績として有名なのは
レンツの法則ですね。その内容は変動磁場
との関連で、誘導起電力が発生しますが
その方向が初めの磁場発生を妨げる
方向に発生する。というものです。
実例としてコイルに磁石を近づけると
コイルに電流が発生して、それ故に
コイルが磁石化して磁石とコイルが
反発します。感覚的に分かり辛いのは
磁石から出る磁力線が空間を
伝わる様子です。現代の理解では
真空中でも伝わる電磁波ですが
レンツがもたらした様な知見があって
初めて分かると思います。それだから
実験を繰り返し、定式化した事は
とても素晴らしいと思います。
このレンツの法則は現代ではブレーキ
に応用されたりしています。

レンツの時代はマクスウェルと近く、
この時代は電磁気学が完成していく
時代だと捉える事が出来るでしょう。
現代人が使いこなす言葉、電磁波・
原子・電子・光電圧・・・
そういった知見のない中で磁力と電力
を関連させてエレクトロニクスへと
繋がっていく理論大系を作っていった
のです。まさにパラダイムシフトの
連続でした。目に見えない法則を使い
今やリニアモーターカーが動き回るのです。





またレンツは、ジュールの法則を独立して
導いていました。







以上、間違い・ご意見は
以下アドレスまでお願いします。
最近全て返事が出来ていませんが
全て読んでいます。
適時、改定をします。

nowkouji226@gmail.com

【舞台別のご紹介】

2020/09/27_初稿投稿
2021/01/13_改定投稿






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【舞台別のご紹介】

ドイツ関連の物理学者_【2021/3/17_原稿投稿】

ヤフーブログ終了の教訓から登場場所の整理をしていますが(http://wwwのドメインを信頼した作業です)、それに伴い、以下にSEO対策で「ドイツ関係の物理学者」の原稿を投稿します。科学史の中では実証主義と実在主義の論争があり、そこでプランクが大きな役割を果たしています。また、このページからの関連リンクは順次差し替えていきます。順次、ご覧下さい。

また、当ブログへのアクセスを増やしたいのでツイッター再開してます。4つのアカウントで運用。目的はブログとの連携。3/9(火)朝の時点で2日前とのフォロワー数を比べると
@コウジ@kouji@SyvEgTqxNDfLBX_2829→3002_Aバンドリ好き太郎@ev2Fz71Tr4x7b1k_2093→2209_
B浩司@BLLpQ8kta98RLO9_1922→1951_________Ckouji kazeno@KazenoKouji_1957→2029_
・合計で考えると4アカウント合計で_【8901→9191】【2日の合計で290垢/72単垢・増加】2つのブログへのSNSからの紹介流入を増やします。焦らずに。【3/10_から、@とAとBの垢でアクセス禁止を受けています。小休止。】

【以下が投稿原稿です】


単純に考えて、ゲルマンの生真面目な血筋は物理に向いている気がするのですが、ヒットラーの台頭の中で物理学者は苦労します。白いユダヤ人と呼ばれた人も居ますし、アメリカ等の国外へ亡命をした人も多いです。大きな損失でしたね。その後の進展は科学史上の遺産【マックスプランク研究所など】に大きく依存しているのでしょう。

ハインリヒ・レンツ_1804年2月12日 ~ 1865年2月10日_ドイツ系ロシア人

マックス・プランク_Max・K・E・L・Planck_1858年4月23日 ~ 1947年10月4日

ヴィルヘルム・C・W・ヴィーン_1864年1月13日 ~ 1928年8月30日

高木 貞治_1875年4月21日 ~ 1960年2月28日_ヒルベルトに師事


アルベルト・アインシュタイン
_Albert Einstein_1879年3月14日 〜 1955年4月18日【後に亡命】

マックス・ボルン_1882年12月11日 ~1970年1月5日【後に亡命】

ハイゼンベルク 1901年12月5日 ~ 1976年2月1日

エドワード・テラー _1908年1月15日 ~ 2003年9月9日【後に亡命】

以上、間違い・ご意見は以下アドレスまでお願いします。
時間がかかるかもしれませんが必ず返信・改定をします。

nowkouji226@gmail.com

2020/11/29_初稿投稿






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L・オイラー_【3/16_原稿投稿】

ヤフーブログ終了の教訓から登場場所の整理をしていますが(http://wwwのドメインを信頼した作業です)、それに伴い、以下にSEO対策で「レオンハルト・オイラー」の原稿を投稿します。抽象化時代の礎を築いた数学者です。その業績は多岐にわたります。ご覧下さい。

また、当ブログへのアクセスを増やしたいのでツイッター再開してます。4つのアカウントで運用。目的はブログとの連携。3/9(火)朝の時点で2日前とのフォロワー数を比べると
@コウジ@kouji@SyvEgTqxNDfLBX_2829→3002_
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Ckouji kazeno@KazenoKouji_1957→2029_
・合計で考えると4アカウント合計で_【8901→9191】【2日の合計で290垢/72単垢・増加】2つのブログへのSNSからの紹介流入を増やします。焦らずに。

【以下が投稿原稿です】





L・オイラーのLはレオンハルトのLです。

スイスに生まれたオイラーは
ガウスと並ぶ数学の大家
ですが、同時に天文物理学でも業績
を残しています。物理学で使う数学
手法も残しました。オイラーが
定式化した自然対数と三角関数の関係は
何度も何度も繰り返し使いました。

さて、オイラーの人生における転機は
大学時代に師となるベルヌーイが
その才能を見出したタイミングでした。
神学の道を目指していたオイラーの
両親をベルヌーイが説得して
オイラーは数学の道を選びます。

オイラーは招かれて外国で数年
過ごしたりしながら研究を続け
ましたが、視力が低下していき
遂には失明してしまいます。

それでもオイラーは精力的に
論文執筆の活動を続けました。
頭の中で計算式を操り、
口頭で協力者に内容を伝え、
文章に起こしてもらい、
論文を次々と完成させたのです。













以上、間違い・ご意見は
以下アドレスまでお願いします。
時間がかかるかもしれませんが
必ず返信・改定をします。

nowkouji226@gmail.com

2020/09/26_初稿投稿
2020/12/22_改定投稿





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2021年03月16日

フランス関係の物理学者【2021/03/15_原稿投稿】

ヤフーブログ終了の教訓から登場場所の整理をしていますが(http://wwwのドメインを信頼した作業です)、それに伴い、以下にSEO対策で「フランス関係」の原稿を投稿します。美しい街なので写真を選ぶだけで結構時間を使ってしまいました。本日以降、改めて内容を整理していきたいと思います。

また、当ブログへのアクセスを増やしたいのでツイッターしてますが、4つのアカウントでフォロー制限受けてます。3/15(月)朝の時点で前日とのフォロワー数と比べると、、、、
@コウジ@kouji@SyvEgTqxNDfLBX_3122→3167_
Aバンドリ好き太郎@ev2Fz71Tr4x7b1k_2302→2317_
B浩司@BLLpQ8kta98RLO9_2048→2058_
Ckouji kazeno@KazenoKouji_2094→2147_
・合計で考えると4アカウント合計で_【9566→9689】【合計で123垢/31単垢】焦らず作業します。ご覧下さい。

【以下原稿】

今回、時間が出来たのでフランス関係の人々を纏めました。
フランス人として意識していませんでたが、
蒼々たるメンバーですね。年代順にご覧下さい。
【最新の原稿は随時更新していきます。】


ブレーズ・パスカル
_1623年6月19日 ~ 1662年8月19日


ロバート・ボイル
_1627年1月25日 ~ 1691年12月31日

ダニエル・ベルヌーイ_1700年2月8日 ~ 1782年3月17日


ジョゼフ=ルイ・ラグランジュ
_1736年1月25日 ~ 1813年4月10日


シャルル・ド・クーロン
_1736年6月14日 ~ 1806年8月23

ポール・ランジュヴァン (Paul Langevin、1872年1月23日 – 1946年12月19日

アンドレ=マリ・アンペール_André-Marie Ampère, 1775年1月20日 - 1836年6月10日


ルイ・コーシー
_1789年8月21日 ~ 1857年5月23日

N・L・S・カルノー_1796年6月1日 ~ 1832年8月24日


レオン・フーコー
_Foucault_1819年9月18日 ~ 1868年2月11日


マリ・キュリー
_1867年11月7日 ~ 1934年7月4日


ルイ・ド・ブロイ
_1892年8月15日~1987年3月19日


以上、間違い・ご意見は以下アドレスまでお願いします。
時間がかかるかもしれませんが必ず返信・改定をします。

nowkouji226@gmail.com

2020/12/04_記





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アウグスト・ピカール_【3/16_原稿投稿】

ヤフーブログ終了の教訓から登場場所の整理をしていますが(http://wwwのドメインを信頼した作業です)、それに伴い、以下にSEO対策で「オーギュスト・ピカール」の原稿を投稿します。ウィリアムテルの国、スイスの生んだ冒険家と言えないでしょうか。ご覧下さい。

また、当ブログへのアクセスを増やしたいのでツイッター再開してます。4つのアカウントで運用。目的はブログとの連携。3/9(火)朝の時点で2日前とのフォロワー数を比べると
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【以下が投稿原稿です】



アウグスト・ピカールは宇宙と深海に
大いなる関心を持っていた人でした。

アウグスト・ピカールはスイスのフランス系家庭に生まれ
少年時代から科学に興味を示し、チューリッヒ工科大学で物理学を学び宇宙線、オゾンといった研究をしていくのですが
その探究心は冒険に繋がっていくダナミックなものでした。









まず、アウグスト・ピカールは成層圏に挑みます。フランス国立基金から資金援助を得て自らが設計した気球に水素を詰めて上空16,000 mの成層圏に達します。これは気球による世界初の達成でした。





その後、ピカールはバチスカーフと名付けた深海潜水艇で深海に挑みます。バチスカーフは鉄の錘を抱いて沈んでいき浮き上がる時には錘を切り離すという仕組みで探検をします。浮力はガソリンでした。

そして、冒険家ピカールの血は代々受け継がれていきます。
息子であるジャック・ピカールを伴ってバチスカーフに搭乗し、マリアナ海溝のチャレンジャー海淵に達しました。更には孫のベルトラン・ピカールが世界で初めて、気球による無着陸世界一周を達成しています。








以上、間違い・ご意見は
以下アドレスまでお願いします。
この頃は全て返信できていませんが
頂いたメールは全て見ています。
適時、返信・改定をします。
nowkouji226@gmail.com

【舞台別のご紹介】

2021/01/19_初稿投稿
2021/01/26_改定投稿





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2021年03月15日

スイス関係の物理学者_【3/16_原稿投稿】

ヤフーブログ終了の教訓から登場場所の整理をしていますが(http://wwwのドメインを信頼した作業です)、それに伴い、以下にSEO対策で「スイス関係の物理学者」の原稿を投稿します。まだまだ紹介していく人が出てきそうですね。ご覧下さい。

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【以下が投稿原稿です】

スイス関係の物理学者をご紹介します。全て網羅されていると思えませんが、集めてみると、個性的な人材ですね。スイスの大自然が育んだ自然科学分野の人材です。ご覧下さい。


アウグスト・ピカール
_1884年1月28日 〜 1962年3月24日


L・オイラー
_1707年4月15日 ~ 1783年9月18日






以上、間違い・ご意見は
以下アドレスまでお願いします。
最近は全て返信できていませんが、
適時、返信・改定をします。

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2021/03/09_初回投稿

【舞台別のご紹介】





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ハイゼンベルク_【3/15_原稿投稿】

ヤフーブログ終了の教訓から登場場所の整理をしていますが(http://wwwのドメインを信頼した作業です)、それに伴い、以下にSEO対策でハイゼンベルグの原稿を投稿します。オランダ関係の物理学者を紹介する中で長期滞在をしてオランダで研究していた関連です。別途、同じ関連でアメリカのフェルミとイギリスのディラックを紹介しています。ご覧下さい。

また、当ブログへのアクセスを増やしたいのでツイッター再開してます。4つのアカウントで運用。目的はブログとの連携。3/7(日)朝の時点で5日前とのフォロワー数を前日と比べると
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【以下原稿】



ハイゼンベルクは行列形式の導入や、不確定性関係等の適用で、量子論を形作った一人です。バイエルン王国に生まれミュンヘン大学でゾンマーフェルトに学び
マックス・ボルンの下で助手を務め、コペンハーゲンのニールス・ボーアの下で修業します。そうした中で理論の形式を整えます。

そして加えて、ハイゼンベルクはシュレディンガーポール・ディラックと同じ時代に生き、アインシュタインボースとも議論していた筈です。そうした天才達がミクロの原理を一つ一つ解きほぐしたのです。不確定性関係の発表が1927年なのですが、同時期には数多くの革新的な発表が為され理論が飛躍的に発展した時代でした。





同時に大変な時代背景、第二次世界大戦があり
ハイゼンベルクはアインシュタインが作った
相対論を駆使したりユダヤ人物理学者を養護
していたので、ナチス党員の物理学者から
白いユダヤ人と呼ばれ苦労しています。
プランクからの指摘もあり
戦後の体制を見据えハイゼンベルクはドイツ
に残りましたが、戦時下ですので物理の知識を
ナチスの為に使う事になり色々考えたようです。






個人的にオブザーバブルに対する状態の時間発展を表すやり方は大好きです。洗練されてます。ハイゼンベルク等の提唱した行列形式はそこにつながっていきます。又、いくつかの思考実験で裏打ちされた不確定性関係は量子力学の現象理解の中では本質的です。





また、ハイゼンベルクはピアノの名手
だったと言われていています。
聞いてみたかったですね。







以上、間違い・ご意見は
以下アドレスまでお願いします。
最近は全て返信出来てませんが
必要箇所は適時、改定をします。

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【舞台別のご紹介】

2020/08/19_初回投稿
2020/12/31_改訂版投稿






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2021年03月14日

ランダウ_【2021/03/14_原稿投稿】

ヤフーブログ終了の教訓から登場場所の整理をしていますが(http://wwwのドメインを信頼した作業です)、それに伴い、以下にSEO対策で「ランダウ」の原稿を投稿します。また別途「ティコブラーェ」、「ボーア」、「エルステッド」、「ハイゼンベルグ」の原稿もリンク改定しています。デンマーク関係の物理学者を紹介する中でのご紹介になりますが、天才肌の物理学者のご紹介を以下に残します。

また、当ブログへのアクセスを増やしたいのでツイッター再開してます。4つのアカウントで運用。全アカウントフォロー制限解除。目的はブログとの連携。3/14(日)朝の時点で前日とのフォロワー数と比べると、、、、
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B浩司@BLLpQ8kta98RLO9_2011→2048_
Ckouji kazeno@KazenoKouji_2085→2094_
・合計で考えると4アカウント合計で_【9449→9566】【合計で117垢/29単垢】焦らず作業します。

【以下原稿】





ランダウは有名なユダヤ系ロシア人の科学者で
日本でも教科書を目にしたことがあるのではないでしょうか。





さて、ランダウは石油技術者の父と教育者の母から生まれます。
12歳で微分法を理解し、14歳で国立大学に入学、
物理数学科と化学学科を同時に履修します。
19歳で学士の称号を得るとレニングラード物理工学研究所で
電磁場注中での電子性質である量子電磁気学を研究していきます。
その後。コペンハーゲンにあるボーアの研究所で大きな影響
を受けました。その後、ケンブリッジでディラック・カピッツァ
と共同研究を進め所謂「ランダウ反磁性」の研究をまとめます。
その後にチューリッヒでパウリと共同研究をした後に
ランダウはレニングラードに戻りました。




ランダウの幸せだった時期を中心に記載しましたが
モスクワの研究所で要職を務めていながらスターリン批判
をしたことで刑務所に服役したり交通事故にあったりしています。
水素爆弾の製造にも不本意ながら加担しています。そして
60歳でこの世を去ります。

ただ、ランダウの業績は不変です。準粒子・フェルミ流体や
ギンツブルグ&ランダウ理論は低温凝縮系の世界を
大きく進ませました。




以上、間違い・ご意見は以下アドレスまでお願いします。
時間がかかるかもしれませんが必ず返信・改定をします。

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2020/09/24_初稿投稿
2020/12/21_改定投稿





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【舞台別のご紹介】




以上、間違い・ご意見は
以下アドレスまでお願いします。
問題t年に関しては適時、
返信・改定をします。

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2020/09/24_初稿投稿
2021/03/14_改定投稿




 


【舞台別のご紹介】
posted by コウジ at 08:54 | Comment(0) | TrackBack(0) | 原稿再投稿

ポール・エーレンフェスト_【3/14_原稿改定】

ヤフーブログ終了の教訓から登場場所の整理をしていますが(http://wwwのドメインを信頼した作業です)、それに伴い、エーレンフェストの原稿を改定・投稿しました。オランダやライデン大学を語る時に欠かせない理論家です。人を育て、議論の場を育んで理論の展開を進めた偉人です。ご覧下さい。


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【以下は原稿です】





エーレンフェストは統計学と量子力学を洗練された形で結びつけたと言えるでしょう。2つの指標。期待値と波動関数を結びつけました。





オーストリアに生まれウィーンで育った
エーレンフェストは研究生活において
非常に恵まれていたと思います。
まず、ボルツマンの講義を受ける環境をもち、熱力学の運動論に大変、感銘を受けます。ミクロの世界と可視下で想像できる質点の世界を繋げる事が出来たのです。更に小旅行でローレンツに出合い互いに刺激を受け、その後、アインシュタインと交友関係を結びます。アインシュタインとエーレンフェストは共にユダヤ系でしたので多くの
思想・話題を共有したことでしょう。

lorents.jpg
【ローレンツとアインシュタイン_
エーレンフェストの自宅前で
Crediit;:_ pinterest.com_】

冒頭に、エーレンフェストは2つの指標。期待値と波動関数を関連付けたと記載しましたが期待値とは簡単に言えば平均値の事です。例えば、距離で考えてみると精度を上げるほど実測値には幅が出てきます。4.155oだったり4.154oだったりします。そこで数回の測定の平均値をとって確からしいと思われる数値を決めます。期待値です。期待値という言葉を使う時には分散値とか誤差とか併記され統計的な処理がなされていると思って下さい。【より細かい話としては離散値だけでなく連続値に対して期待値・分散値を考えていきます。】

また、エーレンフェストが考えていた他方の概念である波動関数は、細かい世界を表現するにあたり観測にかからない物理量を表現する表現方法です。ミクロの物質には粒子性と波動性が混在するからです。

エーレンフェストの定式化した考えによると
波動性が顕著に表れていると思える現象でも
その運動量や速度が求まり粒子と比較して
議論する事が可能です。2つの手法が繋がるのです。





エーレンフェストは優れた教育者でした。
ライデン大学の教授を務めた彼のもとには
多彩な人材が集まり育っていきました。
彼は弟子達をヨーロッパの研究機関で修行
する事を進め、海外の違った環境で研究を
する事を奨励しました。
ヘンリク・クラマースジェラルド・カイパー
などが学生として所属、
グンナー・ノルドシュトルム、
エンリコ・フェルミ
イーゴリ・タム、オスカル・クライン、
ロバート・オッペンハイマー、
ハイゼンベルクポール・ディラック
_が外国人研究者として
長期間研究をしました。

そして晩年、エーレンフェストは
重度のうつ病に苦しんでいたようです。
アインシュタインが仕事量を減らすように
職場に働きかけたたようです。
最後はダウン症だった末っ子Wassikを
打ち殺し自らも命を絶ちます。
ご冥福をお祈りするしか出来ません。
彼が考え抜いた末の結論だったのです。

そして、エーレンフェストが始めた
ライデン大学での夜間・物理学コロキウムは、
今でも「Colloquium Ehrenfestii」と呼ばれ、
続いているそうです。







【舞台別のご紹介】

以上、間違い・ご意見は
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最近全て返事が出来ていませんが
全て読んでいます。
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nowkouji226@gmail.com

2020/10/21_初版投稿
2021/01/16_改定投稿





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A・アインシュタイン_【3/14原稿投稿】

ヤフーブログ終了の教訓から登場場所の整理をしていますが(http://wwwのドメインを信頼した作業です)、それに伴い、アインシュタインの原稿を改定・投稿しました。オランダやライデン大学を語る時に欠かせない理論家です。最終的にアメリカへ亡命しているのでアメリカ関係として取り上げていましたが、主たる理論を構築していた時期として、オランダの関係者として再度取り上げます。ご覧ください。

また、当ブログへのアクセスを増やしたいのでツイッター再開してます。4つのアカウントで運用。目的はブログとの連携。3/7(日)朝の時点で5日前とのフォロワー数を前日と比べると
@コウジ@kouji@SyvEgTqxNDfLBX_22753→2829_
Aバンドリ好き太郎@ev2Fz71Tr4x7b1k_2045→2093_
B浩司@BLLpQ8kta98RLO9_1859→1922_
Ckouji kazeno@KazenoKouji_1906→1957_
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【以下は原稿です】





現時点で最も有名な物理学者ではないでしょうか。アインシュタインは
パラダイムシフトを起こし近年、物理学に大きな変化をもたらしました。

特に、1905年に26歳のアインシュタインは3つの歴史的な論文を発します。
「光量子仮説」「ブラウン運動の理論」「特殊相対性理論」です。
光量子化説は光の性質を突き詰め量子化しているもの、
ブラウン運動は花粉の動きから分子の乱雑な動きを解析、
特殊相対性理論は速度を増し光速度に近づく物体の考察。
こういった考察から空間・時間の概念を変え、
ミクロの物質の考察を進めています。色々な学者と討議を重ね
現実に対しての理解を深めていきます。





アインシュタインはユダヤ系であるので彼は大変苦労しています。
当時のドイツはナチスの時代ですから
ホロコーストが実際にあったのです。
また、アインシュタインはドイツの為に
原爆の製造をすることに貢献出来た筈です。

実際には崩壊していくドイツ帝国を去り
アメリカでマンハッタン計画に加わります。
個人の物理学者として
多少の無力感を感じていたのではないでしょうか。




苦労人のアインシュタインは数々の名言を残していますが、
私が好きな言葉を最後に残します。アインシュタインの意志の強さを感じます。

「think and think for months and years. Ninety-nine times, the conclusion is false.
  The hundredth time I am right.」
私は、数ヶ月も何年も考え続けます。99回まで、その結論は正しくないですが、
 100回目に正しい答えを出すことができるのです。





以上、間違い・ご意見は以下アドレスまでお願いします。
時間がかかるかもしれませんが必ず返信・改定をします。

nowkouji226@gmail.com

【舞台別のご紹介】

2020/09/06_初稿投稿
2021/01/02_改定投稿





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2021年03月13日

マックス・ボルン_【2012/03/13_原稿投稿】

ヤフーブログ終了の教訓から登場場所の整理をしていますが(http://wwwのドメインを信頼した作業です)、それに伴い、以下にSEO対策で「ボルン」の原稿を投稿します。ドイツ関係の物理学者を紹介する中でのご紹介になりますが、如何にもドイツ人らしい人だったのでしょうね。アインシュタインとのやり取りは、そんな彼を偲ばせます。イギリスに亡命していてプランクと同じ墓所に眠っているそうです。お孫さんのオリビア・ニュートンジョンも墓参りに来るのでしょうか。

また、当ブログへのアクセスを増やしたいのでツイッター再開してます。4つのアカウントで運用。2アカウントフォロー制限解除。目的はブログとの連携。3/13(土)朝の時点で4日前とのフォロワー数と比べると、、、、
@コウジ@kouji@SyvEgTqxNDfLBX_3002→3067_
Aバンドリ好き太郎@ev2Fz71Tr4x7b1k_2209→2286_
B浩司@BLLpQ8kta98RLO9_1951→2211_
Ckouji kazeno@KazenoKouji_2029→2085_
・合計で考えると4アカウント合計で_【9191→9649】【合計で458垢/114単垢】それだから一日あたりで考えて、単アカウントで26の増加ですね。明日には全てのフォロー機能が解除されると期待します。2つのブログへのSNSからの紹介流入を増やします。焦らずに。

【以下原稿】






ボルンはユダヤ系ドイツ人故、
第二次世界大戦時は大変苦労しています。
そんな中で前期量子論において
本質的な確率解釈を提唱しています。

本国で教授職を解雇されたりしていて、
反戦の姿勢、非核の姿勢を貫き
ラッセル=アインシュタイン宣言にも参加しています。
この点ではドイツに残り、原爆開発に参加していた

ハイゼンベルク
とは全く別の人生を歩んでいます。
ちなみに、
ハイゼンベルク
はボルンの門下生です。
オッペンハイマーもまた弟子にあたります。





彼の解釈で有名なやり取りがあります。
反論したアインシュタインがサイコロ遊び
に量子力学の解釈を例えたのです。
【Wikipedeaより引用:アインシュタインの有名な言葉
「彼(神)はサイコロを遊びをしない」は1926年
にボルンに当てた手紙の中で述べられたものである。】





確率解釈は人類の思想にとって大きなパラダイムシフトです。
ボルンの考え方は、それまでの発想を大きく変えました。






他、
孫の一人に歌手であるオリヴィア・ニュートン・ジョン
が居ました。私も初稿を書く際に分かったのですが
意外ですね。

関連URL(YouTubeへ:)
https://www.youtube.com/watch?v=E-JGTk_WM1k





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時間がかかるかもしれませんが必ず返信・改定をします。

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2021/01/01_改定投稿





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カメリー・オネス_【3/13_原稿改定】

ヤフーブログ終了の教訓から登場場所の整理をしていますが(http://wwwのドメインを信頼した作業です)、それに伴い、カメリー・オネスの原稿を改定・投稿しました。ライデン大学を語る時に欠かせない実験家です。徹底的に実験をしていった偉人です。ご覧ください。

また、当ブログへのアクセスを増やしたいのでツイッター再開してます。4つのアカウントで運用。目的はブログとの連携。3/6(土)朝の時点で5日前とのフォロワー数を前日と比べると
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【以下は原稿です】






その名はより正確にはヘイケ・カマリン・オンネス
(Heike Kamerlingh Onnes)今日、 日本では
カーメルリング・オンネス、カマリン・オンネスや、
カマリン・オネスなど数パターンでカタカナ表記さ
れていますが、本稿ではカメリー・オネスとします。

ライデン大学実験物理学教授」この称号が
カメリー・オネスの人生をよく表しています。
彼は生涯オランダのライデン大学で教鞭をとり、
実験によってかってない世界を切り開きました。





カメリー・オネスはドイツのハイデルベルク大学
に留学してキルヒホッフ等の師事を受けたと
言われていますが、特に帰国後にライデン大学
「ファン・デル・ワールスと出会い、彼との議論を
通じ、低温における物理現象に興味を抱くように
なった」【Wikipedia】
と言われていて、ライデン大学での繋がりが
低温物理学に興味を抱く大きなきっかけ
だったようです。



特に温度を下げていく過程で電子の振る舞いが
どうなるか。それに対しての回答として
カメリー・オネスは超電導現象を示しました。
実験的に再現性のある現象として示す事で
さらなる理論の土台を築いたのです。





格子間を運動する電子が電気的性質、磁気的特性
を温度変化に応じてどう変えていくかに対して
異なる考えがあった時にカメリー・オネスは
事実を実験によって明確に示したのです。
絶対零度では抵抗はゼロになりました。
一つの予想を実験結果で証明したのです。





以上、間違い・ご意見は以下アドレスまでお願いします。
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A・アインシュタイン_【2021/03/13_原稿投稿】

ヤフーブログ終了の教訓から登場場所の整理をしていますが(http://wwwのドメインを信頼した作業です)、それに伴い、以下にSEO対策で「アインシュタイン」の原稿を投稿します。ドイツ関連の物理学者を整理する中での投稿ですが、若かりし日はドイツで研究を始めています。戦争時にはナチスに対して苦労していたようです。ご覧下さい。

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【以下が投稿原稿です】



現時点で最も有名な物理学者ではないでしょうか。アインシュタインは
パラダイムシフトを起こし近年、物理学に大きな変化をもたらしました。

特に、1905年に26歳のアインシュタインは3つの歴史的な論文を発します。
「光量子仮説」「ブラウン運動の理論」「特殊相対性理論」です。
光量子化説は光の性質を突き詰め量子化しているもの、
ブラウン運動は花粉の動きから分子の乱雑な動きを解析、
特殊相対性理論は速度を増し光速度に近づく物体の考察。
こういった考察から空間・時間の概念を変え、
ミクロの物質の考察を進めています。色々な学者と討議を重ね
現実に対しての理解を深めていきます。





アインシュタインはユダヤ系であるので彼は大変苦労しています。
当時のドイツはナチスの時代ですから
ホロコーストが実際にあったのです。
また、アインシュタインはドイツの為に
原爆の製造をすることに貢献出来た筈です。

実際には崩壊していくドイツ帝国を去り
アメリカでマンハッタン計画に加わります。
個人の物理学者として
多少の無力感を感じていたのではないでしょうか。




苦労人のアインシュタインは数々の名言を残していますが、
私が好きな言葉を最後に残します。アインシュタインの意志の強さを感じます。

「think and think for months and years. Ninety-nine times, the conclusion is false.
  The hundredth time I am right.」
私は、数ヶ月も何年も考え続けます。99回まで、その結論は正しくないですが、
 100回目に正しい答えを出すことができるのです。





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2020/09/06_初稿投稿
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H・A・ローレンツ_【3/13_原稿投稿】


ヤフーブログ終了の教訓から登場場所の整理をしていますが(http://wwwのドメインを信頼した作業です)、それに伴い、オランダ関係の原稿のつながりでローレンツの原稿を投稿します。
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【以下原稿です】







その名は正確にはHendrik Antoon Lorentz。
です。オランダに物理学で有名なライデン大学
がありますが、ローレンツはそこの出身者です。
この大学では他に、
エンリコ・フェルミ
西周、
ヘイケ・カメリー・オネス_
アルベルト・アインシュタイン
クリスティアーン・ホイヘンス
フィリップ・シーボルト、
ポール・エーレンフェスト
が学んだり教えたりしていました。
他、オランダで個人的に関心があるのは
デルフト工科大学です。そこは現在、
低温物理学で有名な拠点ですので別途、
機会があれば取りあげたいと思います。





さて話戻ってローレンツですが、
電気・磁気・光の関係を解きほぐしました。
特にアインシュタイン
特殊相対性理論を論じる際に起点の一つに使った、
光速度不変の概念はローレンツが導いた
変換に関する考察があって成立しています。

lorents.jpg
【画像:アインシュタインとローレンツ
      :出典はWikipedeaから】

無論、アインシュタインは、
その業績を高く評価していて、
ローレンツを「人生で出会った最重要な人物」
であったと語っています。





ローレンツの業績は、電磁気学、電子論、
相対性理論と多岐にわたりますが、
特に印象深いのは変換に関する物でしょう。
ローレンツは座標系の変換の中で局所時間
と移動体の長さの収縮を議論していきます。
マイケルソン・モーレの実験を理論から
説明するには光速度普遍の枠組みで
事実を組み立てなければなりません。
これが可能な理論的土台として
ローレンツ変換は秀逸だと感じます。

最後に、そのご臨終の時を語りたいと思います。
ローレンツの葬儀当日は追悼の意を込め、
オランダ中の電話が3分間電話が止められました。
英国王立協会会長だったアーネスト・ラザフォード_
お別れの言葉を述べる中で多くの人が
ローレンツを惜しみました。
















【舞台別のご紹介】

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全て読んでいます。
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2020/10/24_初版投稿
2021/01/16_改定投稿





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2021年03月12日

高木 貞治_【2021/03/12_原稿投稿】

ヤフーブログ終了の教訓から登場場所の整理をしていますが(http://wwwのドメインを信頼した作業です)、それに伴い、以下にSEO対策で「高木貞治」の原稿を投稿します。ドイツ関連の物理学者を整理する中での投稿ですが、ヒルベルトに師事した日本数学会の黎明期の数学者です。ご覧下さい。

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【以下が投稿原稿です】







今回、日本人数学者をご紹介します。
高木貞治と書いて名前を「ていじ」と読みます。

高木貞治は岐阜に生まれ現在の京都大学を卒業した後に
東京大学に進みます。現在の学校制度と異なるようで、
今時の言い方をしたら
京大で学位をとって東大でマスターをとった感じでしょうか。





その後、高木貞治はドイツへ留学してヒルベルトの教えを受けます。
現代の代数幾何学の原型を体系立てていったのでしょう。
そもそも、個人的に高木貞治の名を知ったのは
ムツゴロウさんの著作でした。たしか「ムツゴロウの青春期」。
その中で彼が高校時代に地元の先生に紹介された本が
高木貞治の「解析概論」でした。
バンカラな青春時代を過ごしたムツゴロウは
東大の物理学科に進み、最後はどうぶつ王国を作ります。
話戻って解析概論ですが、岩波文庫から出ていた
その本を私も買って、夢中で読んだ思い出があります。





なお、2011年の時点で日本国内における著作権の
保護期間満了に伴いネットで著作が公開され始めています。
【Wikisourceや青空文庫を見てみて下さい】






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この頃は全て返信できていませんが
頂いたメールは全て見ています。
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2020/11/08_初回投稿
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W・C・ヴィーン_【2021/03/12_原稿投稿】

ヤフーブログ終了の教訓から登場場所の整理をしていますが(http://wwwのドメインを信頼した作業です)、それに伴い、以下にSEO対策で「ブィーン」の原稿を投稿します。ドイツ関連の物理学者を整理する中での投稿ですが、独逸人らしい仕事をした人だと思えます。時代背景もあると思えます。本原稿での関連リンクは新しいURLに対するリンクに変更積みです。ご覧下さい。

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【以下が投稿原稿です】







その名を正確に記すとヴィルヘルム・カール・
ヴェルナー・オットー・フリッツ・フランツ・ヴィーン
:Wilhelm Carl Werner Otto Fritz Franz Wien
熱力学における黒体放射の研究で有名です。





ヴィーンは東プロイセンで農夫の子
として生まれ、ベルリン大学でヘルツ
の元で学位を取ります。そこでの
学位論文は光の回析特性でした。

レントゲンの後任としてヴュルツブルク大学
で教鞭をとっています。
またヴィーンはドイツ物理学会で会長
を努めていて、前任はゾンマーフェルト
でした。





さて、ここまでヴィーンの記載を
調べていて断片的な印象を持ちました。
人柄が伝わらないのです。考えてたら
時代背景が大きいと思えてきました。
ヴィーンはドイツで生まれ
ドイツで亡くなっています。
その時代のヨーロッパは大戦を経ていて
特にドイツはユダヤ人を迫害し、
何人ものユダヤ人物理学者が
反ドイツの体制で活動していました。

ヴィーンはソルベーユ会議に出ていて
物理学会に関わっていたでしょうが、
政治絡みの考えは独自のものとなって
いたと考えます。修業を兼ねて他国へ
留学したり協同研究をしたりする
現代とは異なった環境にあったのです。





ヴィーンの法則はプランクの法則の極限
として考える事が出来ます。この法則は
反応を起こす物質の温度と放出される
電磁波の波長を関連付けますが、
対象物質の内部構造迄、踏み込んだ議論
が成された形跡はありません。現象の
不完全な定式化であって独自の理論です。





私の理解不足もありますが、
マッハとボルツマンの考え方の差異
が思い起こされます。ヴィーンもまた
伝統的な枠組みの中で葛藤していたの
でしょうか。いつかまた考えてみたい
と思えてきました。

それにつけても、
ヴィーンの法則は我々に新しい知見を
もたらしていて、物質内部での反応に対し
変化を定量的議論の枠組みに乗せて
次なる議論の礎を作っています。
確かな一歩でした。







以上、間違い・ご意見は
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この頃は全て返信できていませんが
頂いたメールは全て見ています。
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クリスティアーン・ホイヘンス_【3/12_原稿投稿】

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【以下原稿です】







ホイヘンスはライデン大学では数学と法律を修めました。
物理学はその知見を活かすフィールドだったとも言えます。

特に、光学での業績が顕著です。
所謂、ホイヘンスの原理は後の物理学者達が
波動を考えていく上でとても有益だった筈です。
波の性質が突き詰められていき、
縦波とか横波とか周波数とか周期とか
最終的には破面に立つさざ波も、光も
同じ定数で表現出来る現象となるのです。

一般の人々にも説明出来る言葉を
出来るだけ沢山、科学者が作り出すことが大事です。
その点、ホイヘンスは初めの難しさを超えたのです。






また、
土星の衛星タイタンの発見したり、
振り子の原理を理解して時計を制作したり、
火薬を使ったエンジンの、制作したり、
オリオン大星雲を発見してスケッチしたり、
その新規性には驚かされます。

またホイヘンスは、いわゆるエーテルの存在を想定して
後の物理学に議論の土壌を残しました。
この点も重要だと思います。



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2020/10/18_初版投稿
2021/01/15_改定投稿





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オランダ関係の物理学者_【3/12_原稿投稿】

↑Credit:Pixabay↑



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【以下原稿です】

初稿投稿時では殆どライデン大学の
関係者ばかりですね。現在では
デルフト工科大学で超電導関係の
成果が伝わっています。
追って補足出来たらいいですね。
ご存命中の人も紹介したい部分です。

内容の重複になる部分もありますが
改めて紹介させて下さい。以下、列記します。

クリスティアーン・ホイヘンス _1629年4月14日 ~ 1695年7月8日


ハンス・エルステッド
_1777年8月14日 ~ 1851年3月9日


H・A・ローレンツ
_1853年7月18日 ~ 1928年2月4日


ヘイケ・カマリン・オンネス_ 1853年9月21日-1926年2月21日



アルベルト・アインシュタイン_1879年3月14日 - 1955年4月18日
【研究で長期滞在】


ポール・エーレンフェスト_1880年1月18日 ~ 1933年9月25日



エンリコ・フェルミ_1901年9月29日 ~ 1954年11月28日



ポール・ディラック
_ 1902年8月8日 ~ 1984年10月20日【研究で長期滞在】


ハイゼンベルク 1901年12月5日 ~ 1976年2月1日【研究で長期滞在】

他、フィリップ・シーボルト、西周





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2020/12/13_記





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2021年03月11日

マックス・プランク_【2021/03/11_原稿投稿】

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【以下が投稿原稿です】

 



その名は正確には、マックス・カール・エルンスト・
ルートヴィヒ・プランク(Max Karl Ernst Ludwig Planck)

【現在の国で言えば】ドイツ生まれのプランクは
前期量子論の主要メンバーの一人です。
学問的方法論の違いとして、エルンスト・マッハ
実証主義に対しプランクは実在論を展開しました。
微視的な物理公式を特徴づける定数:プランク定数
を提唱して微視的な知見において不連続な物理量を
導入しなければいけないと結論付け体系化しています。

プランクの一連の考え方はとても大事な概念で、
量子力学の根幹をなしています。現代の我々が
後付けで考えてみると、取り得る状態が不連続故に
行列力学で時間発展が量子力学体系の中で記述出来、
微視的状態の遷移が定量的に表せるのです。





パラダイムシフトという言い方が出来ますが、
思想体系において大きな変換が起きました。
まず、ここでのハードルをクリア出来た事は
物理学にとって大きな一歩であったと言えます。

そしてプランクは戦争の時代を生きたので
幾多の悲劇を味わいました。人道的見地から、

アインシュタイン
等へのユダヤ人迫害に対して
ヒットラーに直接意見を述べたりしています。
長男は第一次世界大戦で戦死しています。
二男はヒットラーを暗殺に加担したので
処刑されてしまいました。プランク自身も
国賊の親として批難を受けています。
更には他に二人の娘が居ましたが、
共に孫娘を産んだ後に亡くなっています。



こうして色々とあったプランクの人生ですが、
プランクの残した業績は決して消えていません。
彼の残した研究所は21世紀になっても
最先端の研究を続けているのです。



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シュレディンガー_【3/11_原稿投稿】

本日、以下の原稿を投稿します。シュレディンガーは猫を毒殺する例え話で有名ですね。ボルツマンとの関わりも指摘させて頂きました。その生没年は_1887年8月12日 ~ 1961年1月4日。どうぞご覧下さい。

【以下は原稿です】


 



シュレディンガーはオーストリア=ハンガリー帝国に生まれました。彼はその父に影響を受けたと言われまずが、その父はバイエルン王国の生まれで、広い教養をもった人だったようです。これが後のシュレディンガーの性格に影響するかと思われます。

シュレディンガーは猫の例えで有名です。
具体的には量子力学的な現象に連動して
猫を毒殺する仮想実験を議論しました。
議論の帰結としてミクロな現象が
確率的な実在として表現出来る事、
そして空間的に広がる確率波を考えます。

確率波の時間発展は
シュレディンガー方程式と呼ばれ
量子力学の基礎方程式となるのです。
私は大学院時代にそれを使い
超伝導現象を紐解きました。
新しい現象理解に繋がっていったのです。

そうした量子力学の表現形式として
ハイゼンベルク形式とシュレディンガー形式
があり2つは完全に等価です。
数学の側面から大まかに表現すると、
ハイゼンベルク形式はヒルベルト空間上の
行列とベクトルを使い、
シュレディンガー形式では同空間での
演算子と波動関数を使います。
共に直感に響く側面を持ち相補して全体を
補い合うのですが、私には粒子の二面性
を感じる時はシュレディンガー形式が
適していると思われました。
その記述をシュレディンガーは纏めたのです。





最後に、もう一度シュレディンガーの人となりに話を戻したいと思います。シュレディンガーはウィーン大学でボルツマンの後任であるハゼノールの教えを受けていて、ボルツマンと関わりが出来たのです。彼はボルツマンの示した道筋を受け継いでいた人でした。彼はボルツマンに対して熱い想いを持っていました。曰く、「ボルツマンの考えた道こそ科学に於ける私の初恋と言っても良い亅_【万有百科大事典 16 物理・数学の章より引用しました。】
ボルツマンが完全に確立出来なかった原子論をシュレディンガーは彼らしい描像で表現したのです。

また、シュレディンガーはオーストリアの
紙幣にその肖像を残しています。












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2021年03月10日

H・レンツ_【2021/3/11_原稿改定】

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【以下が投稿原稿です】




レンツはドイツ系ロシア人物理学者で
ロシアで生まれてます。

レンツは若き日にオットー・フォン・コツェブー
が中心となった第3回の世界一周調査のメンバー
として海洋環境の物理的側面を調査しています。
レンツは色々な港に立ち寄り海水成分を調べたり
したのでしょうか。私ならそこで釣りをして
生物学の研究に協力もしたいと思います。



さて、レンツの業績として有名なのは
レンツの法則ですね。その内容は変動磁場
との関連で、誘導起電力が発生しますが
その方向が初めの磁場発生を妨げる
方向に発生する。というものです。
実例としてコイルに磁石を近づけると
コイルに電流が発生して、それ故に
コイルが磁石化して磁石とコイルが
反発します。感覚的に分かり辛いのは
磁石から出る磁力線が空間を
伝わる様子です。現代の理解では
真空中でも伝わる電磁波ですが
レンツがもたらした様な知見があって
初めて分かると思います。それだから
実験を繰り返し、定式化した事は
とても素晴らしいと思います。
このレンツの法則は現代ではブレーキ
に応用されたりしています。

レンツの時代はマクスウェルと近く、
この時代は電磁気学が完成していく
時代だと捉える事が出来るでしょう。
現代人が使いこなす言葉、電磁波・
原子・電子・光電圧・・・
そういった知見のない中で磁力と電力
を関連させてエレクトロニクスへと
繋がっていく理論大系を作っていった
のです。まさにパラダイムシフトの
連続でした。目に見えない法則を使い
今やリニアモーターカーが動き回るのです。





またレンツは、ジュールの法則を独立して
導いていました。







以上、間違い・ご意見は
以下アドレスまでお願いします。
最近全て返事が出来ていませんが
全て読んでいます。
適時、改定をします。

nowkouji226@gmail.com

【舞台別のご紹介】

2020/09/27_初稿投稿
2021/01/13_改定投稿






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【舞台別のご紹介】

ドイツ関連の物理学者_【2021/3/10_原稿投稿】

ヤフーブログ終了の教訓から登場場所の整理をしていますが(http://wwwのドメインを信頼した作業です)、それに伴い、以下にSEO対策で「ドイツ関係の物理学者」の原稿を投稿します。科学史の中では実証主義と実在主義の論争があり、そこでプランクが大きな役割を果たしています。また、このページからの関連リンクは順次差し替えていきます。順次、ご覧下さい。

また、当ブログへのアクセスを増やしたいのでツイッター再開してます。4つのアカウントで運用。目的はブログとの連携。3/9(火)朝の時点で2日前とのフォロワー数を比べると
@コウジ@kouji@SyvEgTqxNDfLBX_2829→3002_Aバンドリ好き太郎@ev2Fz71Tr4x7b1k_2093→2209_
B浩司@BLLpQ8kta98RLO9_1922→1951_________Ckouji kazeno@KazenoKouji_1957→2029_
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【以下が投稿原稿です】


単純に考えて、ゲルマンの生真面目な血筋は物理に向いている気がするのですが、ヒットラーの台頭の中で物理学者は苦労します。白いユダヤ人と呼ばれた人も居ますし、アメリカ等の国外へ亡命をした人も多いです。大きな損失でしたね。その後の進展は科学史上の遺産【マックスプランク研究所など】に大きく依存しているのでしょう。

ハインリヒ・レンツ_1804年2月12日 ~ 1865年2月10日_ドイツ系ロシア人

マックス・プランク_Max・K・E・L・Planck_1858年4月23日 ~ 1947年10月4日

ヴィルヘルム・C・W・ヴィーン_1864年1月13日 ~ 1928年8月30日

高木 貞治_1875年4月21日 ~ 1960年2月28日_ヒルベルトに師事


アルベルト・アインシュタイン
_Albert Einstein_1879年3月14日 〜 1955年4月18日【後に亡命】

マックス・ボルン_1882年12月11日 ~1970年1月5日【後に亡命】

ハイゼンベルク 1901年12月5日 ~ 1976年2月1日

エドワード・テラー _1908年1月15日 ~ 2003年9月9日【後に亡命】

以上、間違い・ご意見は以下アドレスまでお願いします。
時間がかかるかもしれませんが必ず返信・改定をします。

nowkouji226@gmail.com

2020/11/29_初稿投稿






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ニコラ・テスラ_【3/10_原稿投稿】

ヤフーブログ終了の教訓から登場場所の整理をしていますが(http://wwwのドメインを信頼した作業です)、それに伴い、テスラの原稿を投稿します。現代の電化社会を作り上げた一人です。ご覧ください。

そしてツイッターの活動ですが4アカウントの内、3アカウントでフォロー停止を受けてます。一日当たりのフォロー制限400を超えたようです。とりあえずツイッターの活動は一休みです。また明日以降に2つのブログへのSNSからの紹介流入を増やします。焦らずに。焦らずに。

【以下は原稿】



テスラはオーストリア帝国に生まれ
アメリカに渡ります。かのエジソン
のもとで働いていましたが独立して
高電圧の変換をして発表をしたり
回転界磁型の電動システムを実用化
して供電社会の礎を築いたりしました。

エジソン陣営との対立は送電方式の
考え方の対立が大きかったようです。
エジソンが直流による電力事業
を考えていたのに対して
テスラは交流による電力事業
に利点があると考えていました。





幸運な事にテスラはプレゼンテーション
が上手でした。学会での発表に
ジョージ・ウェスティングハウスが
感銘を受け資金供給を受け始めます。

最終的にはナイアガラの滝を使った
発電システムの実現に繋がり、
テスラは成功を収めました。





数々の事業を成功へ導いたテスラですが、
色々な別れがあり晩年は寂しい老後
を送っていた様です。テスラは独身でした。
そしてテスラは今、
磁場の単位と会社の名前に
自身の名を残しています。
数トンの重さがあったと言われる
彼の発明品や設計図はFBIが写しをとったあとに
母語へと返されています。








【舞台別のご紹介】

以上、間違い・ご意見は
以下アドレスまでお願いします。
最近全て返事が出来ていませんが
全て読んでいます。
適時、改定をします。

nowkouji226@gmail.com

2020/10/16_初版投稿
2021/01/15_改定投稿





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2021年03月09日

L・オイラー_【3/9_原稿投稿】

ヤフーブログ終了の教訓から登場場所の整理をしていますが(http://wwwのドメインを信頼した作業です)、それに伴い、以下にSEO対策で「レオンハルト・オイラー」の原稿を投稿します。抽象化時代の礎を築いた数学者です。その業績は多岐にわたります。ご覧下さい。

また、当ブログへのアクセスを増やしたいのでツイッター再開してます。4つのアカウントで運用。目的はブログとの連携。3/9(火)朝の時点で2日前とのフォロワー数を比べると
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【以下が投稿原稿です】





L・オイラーのLはレオンハルトのLです。

スイスに生まれたオイラーは
ガウスと並ぶ数学の大家
ですが、同時に天文物理学でも業績
を残しています。物理学で使う数学
手法も残しました。オイラーが
定式化した自然対数と三角関数の関係は
何度も何度も繰り返し使いました。

さて、オイラーの人生における転機は
大学時代に師となるベルヌーイが
その才能を見出したタイミングでした。
神学の道を目指していたオイラーの
両親をベルヌーイが説得して
オイラーは数学の道を選びます。

オイラーは招かれて外国で数年
過ごしたりしながら研究を続け
ましたが、視力が低下していき
遂には失明してしまいます。

それでもオイラーは精力的に
論文執筆の活動を続けました。
頭の中で計算式を操り、
口頭で協力者に内容を伝え、
文章に起こしてもらい、
論文を次々と完成させたのです。













以上、間違い・ご意見は
以下アドレスまでお願いします。
時間がかかるかもしれませんが
必ず返信・改定をします。

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2020/09/26_初稿投稿
2020/12/22_改定投稿





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アウグスト・ピカール_【3/9_原稿投稿】

ヤフーブログ終了の教訓から登場場所の整理をしていますが(http://wwwのドメインを信頼した作業です)、それに伴い、以下にSEO対策で「オーギュスト・ピカール」の原稿を投稿します。ウィリアムテルの国、スイスの生んだ冒険家と言えないでしょうか。ご覧下さい。

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【以下が投稿原稿です】



アウグスト・ピカールは宇宙と深海に
大いなる関心を持っていた人でした。

アウグスト・ピカールはスイスのフランス系家庭に生まれ
少年時代から科学に興味を示し、チューリッヒ工科大学で物理学を学び宇宙線、オゾンといった研究をしていくのですが
その探究心は冒険に繋がっていくダナミックなものでした。









まず、アウグスト・ピカールは成層圏に挑みます。フランス国立基金から資金援助を得て自らが設計した気球に水素を詰めて上空16,000 mの成層圏に達します。これは気球による世界初の達成でした。





その後、ピカールはバチスカーフと名付けた深海潜水艇で深海に挑みます。バチスカーフは鉄の錘を抱いて沈んでいき浮き上がる時には錘を切り離すという仕組みで探検をします。浮力はガソリンでした。

そして、冒険家ピカールの血は代々受け継がれていきます。
息子であるジャック・ピカールを伴ってバチスカーフに搭乗し、マリアナ海溝のチャレンジャー海淵に達しました。更には孫のベルトラン・ピカールが世界で初めて、気球による無着陸世界一周を達成しています。








以上、間違い・ご意見は
以下アドレスまでお願いします。
この頃は全て返信できていませんが
頂いたメールは全て見ています。
適時、返信・改定をします。
nowkouji226@gmail.com

【舞台別のご紹介】

2021/01/19_初稿投稿
2021/01/26_改定投稿





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スイス関係の物理学者_【3/9_原稿投稿】

ヤフーブログ終了の教訓から登場場所の整理をしていますが(http://wwwのドメインを信頼した作業です)、それに伴い、以下にSEO対策で「スイス関係の物理学者」の原稿を投稿します。まだまだ紹介していく人が出てきそうですね。ご覧下さい。

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【以下が投稿原稿です】

スイス関係の物理学者をご紹介します。全て網羅されていると思えませんが、集めてみると、個性的な人材ですね。スイスの大自然が育んだ自然科学分野の人材です。ご覧下さい。


アウグスト・ピカール
_1884年1月28日 〜 1962年3月24日


L・オイラー
_1707年4月15日 ~ 1783年9月18日






以上、間違い・ご意見は
以下アドレスまでお願いします。
最近は全て返信できていませんが、
適時、返信・改定をします。

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2021/03/09_初回投稿

【舞台別のご紹介】





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エンリコ・フェルミ_【3/9_原稿投稿】

ヤフーブログ終了の教訓から登場場所の整理をしていますが(http://wwwのドメインを信頼した作業です)、それに伴い、フェルミの原稿を改定・投稿しました。原子を解き明かした立役者の一人です。

そしてツイッターの活動ですが4アカウントの内、3アカウントでフォロー停止を受けてます。一日当たりのフォロー制限400を超えたようです。とりあえずツイッターの活動は一休みです。また3日後に2つのブログへのSNSからの紹介流入を増やします。焦らずに。焦らずに。

【以下は原稿です】








フェルミはイタリアのローマに生まれアメリカで死没しています。
その業績は社会的側面が大きいものもある一方で
純理論を突き詰めた後世の誰しもが使う原理・概念もあります。
まさにパラダイムシフトを起こした立役者です。



そもそも、フェルミは学生時代から抜きん出た優秀さを備えています。一歩一歩、フェルミは議論を展開してノーベル賞を受け、その授賞式の際にイタリアからアメリカに亡命しました。その後。フェルミは有名なマンハッタン計画に参画し、原子力発電所の創設に携わり、フェルミは社会を大きく変えていきます。アメリカを中心とする資本主義圏が自由を謳歌した点でフェルミの業績は計り知れないです。反面でスリーマイル島の事故や福島での原発事故を思い起こすと、気楽に賞賛ばかりはしていられません。




このブログの中で私が何回か主張しているように識者が
知恵を集結して問いかけなければいけません。かっての
ラッセルーアインシュタイン宣言のように。一方で
我々、大衆も皆さんが分かる範囲の言葉を使い意見を交わさねば。
民衆の英知を集結させるべきです。政治家に頼れない昨今です。





さてフェルミに戻します。フェルミは純理論の中で
スピン角運動量に関して議論を進めました。
別のご紹介でボゾン・アインシュタイン
の系を紹介しましたが、フェルミと
ディラック
は別の粒子群に着目します。
後世の理解ではスピン角運動量が
半整数(1/2とか3/2とかいった数)
の粒子はフェルミ粒子(フェルミオン)
と呼ばれボゾンとは別の振る舞いを示します。
具体的なフェルミオンとしてはク
ォークや電子、ミュー粒子、
ニュートリノ、陽子、中性子もフェルミ粒子の仲間です。
こうした概念は伝導率の物性を
議論するときには欠かせません。




こうして沢山の業績を世に残し、
フェルミは天に召されました。
彼は病床で点滴が落ちるのを眺めて、
その流速を出していたと言われています。
フェルミこそ、生粋の物理学者でした。
謹んでご冥福をお祈り致します。





以上、間違いやご意見があれば以下アドレスまでお願いします。
時間がかかるかもしれませんが、必ずお答えします。
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【舞台別のご紹介】

2020/09/13_初回投稿
2021/01/03_改訂版投稿






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2021年03月08日

アントニオ・ヴォルタ_【3/8_原稿投稿】

ヤフーブログ終了の教訓から登場場所の整理をしていますが(http://wwwのドメインを信頼した作業です)、それに伴い、ボルタの原稿を改定・投稿しました。ナポレオンからの爵位を受けていた人物です。

そしてツイッターの活動ですが4アカウントの内、3アカウントでフォロー停止を受けてます。一日当たりのフォロー制限400を超えたようです。とりあえずツイッターの活動は一休みです。また3日後に2つのブログへのSNSからの紹介流入を増やします。焦らずに。焦らずに。

【以下は原稿です】





ボルタの名は正確にはアレッサンドロ・ジュゼッペ・アントニオ・アナスタージオ・ヴォルタ伯爵:Il Conte Alessandro Giuseppe Antonio Anastasio Volta_という長い名前ですが日本では単純に「ボルタ」と表現しています。以後この表記を使います。ボルタはイタリアに生まれ物理学の研究者となります。





特筆すべきは実験的に静電容量を観測し、
電荷と電位を明確に分けて議論する土壌を作りました。
初学者には混同されがちですが電位と電圧は明確に
異なる概念です。アースして低電位側を地球の地面
と同じ電位状態にした時に
両者は一両者は一致しますが通常は異なります。
変動して当然の物理量です。
電荷の蓄積で電位を定量的に表現し、
電位の差を使って電圧(電位差)
を明確にしました。その功績は電位差の
単位であるボルトとして残っています。

ボルタはまた、電池の発明でも成果を残しました。
世界初の電気貯蔵装置の開発です。
無論、初期の電池には
危険性・貯蔵量・電圧の持続特性
といった点で現代の物と見劣り
するでしょうが電気を貯めて持ち運び
する発想は素晴らしいものです。
現代でも発展を続ける大事な技術です。





最後に、
ボルタはナポレオンが大好きでした。
逆にナポレオンもボルタに敬意を示します。
そんな2人ですから、ナポレオンの在位中に
ボルタは伯爵の称号を与えられています。











以上、間違い・ご意見は
以下アドレスまでお願いします。
最近全て返事が出来ていませんが
全て読んでいます。
適時、改定をします。

nowkouji226@gmail.com

2020/10/01_初稿投稿
2021/01/13_改定投稿





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【舞台別のご紹介】

2021年03月07日

ハイゼンベルク_【3/8_原稿投稿】

以下にSEO対策でハイゼンベルグの原稿を投稿します。オランダ関係の物理学者を紹介する中で長期滞在をしてオランダで研究していた関連です。別途、同じ関連でアメリカのフェルミとイギリスのディラックを紹介しています。ご覧下さい。

【以下原稿】




ハイゼンベルクは行列形式の導入や、不確定性関係等の適用で、量子論を形作った一人です。バイエルン王国に生まれミュンヘン大学でゾンマーフェルトに学び
マックス・ボルンの下で助手を務め、コペンハーゲンのニールス・ボーアの下で修業します。そうした中で理論の形式を整えます。

そして加えて、ハイゼンベルクはシュレディンガーポール・ディラックと同じ時代に生き、アインシュタインボースとも議論していた筈です。そうした天才達がミクロの原理を一つ一つ解きほぐしたのです。不確定性関係の発表が1927年なのですが、同時期には数多くの革新的な発表が為され理論が飛躍的に発展した時代でした。





同時に大変な時代背景、第二次世界大戦があり
ハイゼンベルクはアインシュタインが作った
相対論を駆使したりユダヤ人物理学者を養護
していたので、ナチス党員の物理学者から
白いユダヤ人と呼ばれ苦労しています。
プランクからの指摘もあり
戦後の体制を見据えハイゼンベルクはドイツ
に残りましたが、戦時下ですので物理の知識を
ナチスの為に使う事になり色々考えたようです。






個人的にオブザーバブルに対する状態の時間発展を表すやり方は大好きです。洗練されてます。ハイゼンベルク等の提唱した行列形式はそこにつながっていきます。又、いくつかの思考実験で裏打ちされた不確定性関係は量子力学の現象理解の中では本質的です。





また、ハイゼンベルクはピアノの名手
だったと言われていています。
聞いてみたかったですね。







以上、間違い・ご意見は
以下アドレスまでお願いします。
最近は全て返信出来てませんが
必要箇所は適時、改定をします。

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【舞台別のご紹介】

2020/08/19_初回投稿
2020/12/31_改訂版投稿






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ポール・エーレンフェスト_【3/7_原稿改定】

ヤフーブログ終了の教訓から登場場所の整理をしていますが(http://wwwのドメインを信頼した作業です)、それに伴い、エーレンフェストの原稿を改定・投稿しました。オランダやライデン大学を語る時に欠かせない理論家です。人を育て、議論の場を育んで理論の展開を進めた偉人です。ご覧下さい。


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【以下は原稿です】





エーレンフェストは統計学と量子力学を洗練された形で結びつけたと言えるでしょう。2つの指標。期待値と波動関数を結びつけました。





オーストリアに生まれウィーンで育った
エーレンフェストは研究生活において
非常に恵まれていたと思います。
まず、ボルツマンの講義を受ける環境をもち、熱力学の運動論に大変、感銘を受けます。ミクロの世界と可視下で想像できる質点の世界を繋げる事が出来たのです。更に小旅行でローレンツに出合い互いに刺激を受け、その後、アインシュタインと交友関係を結びます。アインシュタインとエーレンフェストは共にユダヤ系でしたので多くの
思想・話題を共有したことでしょう。

lorents.jpg
【ローレンツとアインシュタイン_
エーレンフェストの自宅前で
Crediit;:_ pinterest.com_】

冒頭に、エーレンフェストは2つの指標。期待値と波動関数を関連付けたと記載しましたが期待値とは簡単に言えば平均値の事です。例えば、距離で考えてみると精度を上げるほど実測値には幅が出てきます。4.155oだったり4.154oだったりします。そこで数回の測定の平均値をとって確からしいと思われる数値を決めます。期待値です。期待値という言葉を使う時には分散値とか誤差とか併記され統計的な処理がなされていると思って下さい。【より細かい話としては離散値だけでなく連続値に対して期待値・分散値を考えていきます。】

また、エーレンフェストが考えていた他方の概念である波動関数は、細かい世界を表現するにあたり観測にかからない物理量を表現する表現方法です。ミクロの物質には粒子性と波動性が混在するからです。

エーレンフェストの定式化した考えによると
波動性が顕著に表れていると思える現象でも
その運動量や速度が求まり粒子と比較して
議論する事が可能です。2つの手法が繋がるのです。





エーレンフェストは優れた教育者でした。
ライデン大学の教授を務めた彼のもとには
多彩な人材が集まり育っていきました。
彼は弟子達をヨーロッパの研究機関で修行
する事を進め、海外の違った環境で研究を
する事を奨励しました。
ヘンリク・クラマースジェラルド・カイパー
などが学生として所属、
グンナー・ノルドシュトルム、
エンリコ・フェルミ
イーゴリ・タム、オスカル・クライン、
ロバート・オッペンハイマー、
ハイゼンベルクポール・ディラック
_が外国人研究者として
長期間研究をしました。

そして晩年、エーレンフェストは
重度のうつ病に苦しんでいたようです。
アインシュタインが仕事量を減らすように
職場に働きかけたたようです。
最後はダウン症だった末っ子Wassikを
打ち殺し自らも命を絶ちます。
ご冥福をお祈りするしか出来ません。
彼が考え抜いた末の結論だったのです。

そして、エーレンフェストが始めた
ライデン大学での夜間・物理学コロキウムは、
今でも「Colloquium Ehrenfestii」と呼ばれ、
続いているそうです。







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A・アインシュタイン_【原稿投稿】

ヤフーブログ終了の教訓から登場場所の整理をしていますが(http://wwwのドメインを信頼した作業です)、それに伴い、アインシュタインの原稿を改定・投稿しました。オランダやライデン大学を語る時に欠かせない理論家です。最終的にアメリカへ亡命しているのでアメリカ関係として取り上げていましたが、主たる理論を構築していた時期として、オランダの関係者として再度取り上げます。ご覧ください。

また、当ブログへのアクセスを増やしたいのでツイッター再開してます。4つのアカウントで運用。目的はブログとの連携。3/7(日)朝の時点で5日前とのフォロワー数を前日と比べると
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【以下は原稿です】





現時点で最も有名な物理学者ではないでしょうか。アインシュタインは
パラダイムシフトを起こし近年、物理学に大きな変化をもたらしました。

特に、1905年に26歳のアインシュタインは3つの歴史的な論文を発します。
「光量子仮説」「ブラウン運動の理論」「特殊相対性理論」です。
光量子化説は光の性質を突き詰め量子化しているもの、
ブラウン運動は花粉の動きから分子の乱雑な動きを解析、
特殊相対性理論は速度を増し光速度に近づく物体の考察。
こういった考察から空間・時間の概念を変え、
ミクロの物質の考察を進めています。色々な学者と討議を重ね
現実に対しての理解を深めていきます。





アインシュタインはユダヤ系であるので彼は大変苦労しています。
当時のドイツはナチスの時代ですから
ホロコーストが実際にあったのです。
また、アインシュタインはドイツの為に
原爆の製造をすることに貢献出来た筈です。

実際には崩壊していくドイツ帝国を去り
アメリカでマンハッタン計画に加わります。
個人の物理学者として
多少の無力感を感じていたのではないでしょうか。




苦労人のアインシュタインは数々の名言を残していますが、
私が好きな言葉を最後に残します。アインシュタインの意志の強さを感じます。

「think and think for months and years. Ninety-nine times, the conclusion is false.
  The hundredth time I am right.」
私は、数ヶ月も何年も考え続けます。99回まで、その結論は正しくないですが、
 100回目に正しい答えを出すことができるのです。





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2020/09/06_初稿投稿
2021/01/02_改定投稿





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イタリア関係の物理学者_【原稿改定】

以下原稿を改定します。イタリアの関係人物でガリレオと、ボイルの原稿をリンクさせました。ご覧下さい。
ヤフーブログ終了の教訓から登場場所の整理をしていますが(http://wwwのドメインを信頼した作業です)、それに伴い、明日からイタリア関係の物理学者達を御紹介します。ガリレオからフェルミまで多彩な人物を作り出してきたイタリアならではの学問に対する考えか見受けられ、個人的には面白い人々だと感じています。どうでしょうか。ご覧ください。

【以下原稿です】

古代より地中海気質を受け継ぎ、
独自のラテン系文化を作り上げてきたイタリアですが、
物理学関係、数学関係でも多彩な人材を育んでいます。
何よりも歴史ある国ですね。生誕順にご紹介します。


ジョルダーノ・ブルーノ
_1548年 ~ 1600年2月17日


ガリレオ・ガリレイ
_1564年2月15日 ~ 1642年1月8日


ロバート・ボイル
_1627年1月25日 ~ 1691年12月31日


アントニオ・ヴォルタ
_1745年2月18日 ~ 1827年3月5日


エンリコ・フェルミ
_1901年9月29日 ~ 1954年11月28日


以上、間違い・ご意見は以下アドレスまでお願いします。
時間がかかるかもしれませんが必ず返信・改定をします。

nowkouji226@gmail.com

2020/12/04_記





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ジョルダーノ・ブルーノ_【原稿投稿】

ヤフーブログ終了の教訓から登場場所の整理をしていますが(http://wwwのドメインを信頼した作業です)、それに伴い、ジョルダノ・ブルーノの原稿を改定・投稿しました。星の世界を考えていた修道士です。近年、名誉を回復したという側面の、ご紹介を含めています。やり過ぎは改めないと、ですよね。

また、当ブログへのアクセスを増やしたいのでツイッター始めています。4つのアカウントで運用。目的はブログとの連携。2/28(日)朝の時点でのフォロワー数を前日と比べると@コウジ@kouji@SyvEgTqxNDfLBX_2313→2439_Aバンドリ好き太郎@ev2Fz71Tr4x7b1k_1824→1853_B浩司@BLLpQ8kta98RLO9_1636→1737_Ckouji kazeno@KazenoKouji_1428→1482_・合計で考えると4アカウント合計で_【2313+1824+1636+1428=7201】⇒【2439+1853+1737+1482=7511【日の合計で310垢/78単体垢】こんなペースで一安心。2つのブログへのSNSからの紹介流入を増やします。焦らずに。

【以下は原稿です】





ジョルダーノ・ブルーノはイタリア
生まれの哲学者です。以前に紹介した
ガリレオと生きた時代が重なります。
自然観の観点から科学史の中で論じます。





現代の我々の視点からは
当時の不合理さは受け入れ難いです。
最終的にはブルーノは
火炙りに処されてしまいます。
宇宙は有限ではなく無限で、
地球や太陽も星の1つ、
というブルーノの考えは
当時の社会的な価値観に
合いませんでした。





そして何より、ブルーノは
ドミニコ会の修道士でした。
「神の作りたもう世界は限り無い」
という信念をもっていて、
権威に立ち向かいつつも
彼なりに良心的な判断をして
考え方を構築していったのです。

数学的モデルで検証して欲しかった。
実験結果と照らして判断して欲しかった。
科学が得意な人々と議論して欲しかった。
私は勝手に、そう思います。





最後に、ブルーノの名誉回復の話です。
20世紀になってヨハネ・パウロ2世
の時代に過去の見直しが成され、
処刑は不当であると、違憲判決を
勝ち取っています。新しい発想を作り
出したブルーノが再評価されたのです。
今、ブルーノは思想の自由に殉じた
殉職者として評価されています。











【舞台別のご紹介】

以上、間違い・ご意見は
以下アドレスまでお願いします。
最近全て返事が出来ていませんが
全て読んでいます。
適時、改定をします。

nowkouji226@gmail.com

2020/10/23_初回投稿
2021/01/16_改定投稿





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2021年03月06日

カメリー・オネス_【原稿改定】

ヤフーブログ終了の教訓から登場場所の整理をしていますが(http://wwwのドメインを信頼した作業です)、それに伴い、カメリー・オネスの原稿を改定・投稿しました。ライデン大学を語る時に欠かせない実験家です。徹底的に実験をしていった偉人です。ご覧ください。

また、当ブログへのアクセスを増やしたいのでツイッター再開してます。4つのアカウントで運用。目的はブログとの連携。3/6(土)朝の時点で5日前とのフォロワー数を前日と比べると
@コウジ@kouji@SyvEgTqxNDfLBX_2664→2753_
Aバンドリ好き太郎@ev2Fz71Tr4x7b1k_1951→2045_
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Ckouji kazeno@KazenoKouji_1845→1906_
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【以下は原稿です】






その名はより正確にはヘイケ・カマリン・オンネス
(Heike Kamerlingh Onnes)今日、 日本では
カーメルリング・オンネス、カマリン・オンネスや、
カマリン・オネスなど数パターンでカタカナ表記さ
れていますが、本稿ではカメリー・オネスとします。

ライデン大学実験物理学教授」この称号が
カメリー・オネスの人生をよく表しています。
彼は生涯オランダのライデン大学で教鞭をとり、
実験によってかってない世界を切り開きました。





カメリー・オネスはドイツのハイデルベルク大学
に留学してキルヒホッフ等の師事を受けたと
言われていますが、特に帰国後にライデン大学
「ファン・デル・ワールスと出会い、彼との議論を
通じ、低温における物理現象に興味を抱くように
なった」【Wikipedia】
と言われていて、ライデン大学での繋がりが
低温物理学に興味を抱く大きなきっかけ
だったようです。



特に温度を下げていく過程で電子の振る舞いが
どうなるか。それに対しての回答として
カメリー・オネスは超電導現象を示しました。
実験的に再現性のある現象として示す事で
さらなる理論の土台を築いたのです。





格子間を運動する電子が電気的性質、磁気的特性
を温度変化に応じてどう変えていくかに対して
異なる考えがあった時にカメリー・オネスは
事実を実験によって明確に示したのです。
絶対零度では抵抗はゼロになりました。
一つの予想を実験結果で証明したのです。





以上、間違い・ご意見は以下アドレスまでお願いします。
時間がかかるかもしれませんが必ず返信・改定をします。

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【舞台別のご紹介】

2020/09/05_初回投稿
2021/01/02_改定投稿





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イタリア関係の物理学者_【原稿投稿】

ヤフーブログ終了の教訓から登場場所の整理をしていますが(http://wwwのドメインを信頼した作業です)、それに伴い、明日からイタリア関係の物理学者達を御紹介します。ガリレオからフェルミまで多彩な人物を作り出してきたイタリアならではの学問に対する考えか見受けられ、個人的には面白い人々だと感じています。どうでしょうか。ご覧ください。

また、当ブログへのアクセスを増やしたいのでツイッター始めています。4つのアカウントで運用。目的はブログとの連携。2/27(土)朝の時点でのフォロワー数を前日と比べると@コウジ@kouji@SyvEgTqxNDfLBX_2164→2313_Aバンドリ好き太郎@ev2Fz71Tr4x7b1k_1722→1824_B浩司@BLLpQ8kta98RLO9_1521→1636_Ckouji kazeno@KazenoKouji_1374→1428_・合計で考えると4アカウント合計【2164+1722+1521+1374=6781】⇒_【2313+1824+1636+1428=8205】【日の合計で1424垢/356単体垢】週末のフォロバは凄いですね。こんなペースで一安心。2つのブログへのSNSからの流入を増やします。焦らずに。

【以下原稿です】

古代より地中海気質を受け継ぎ、
独自のラテン系文化を作り上げてきたイタリアですが、
物理学関係、数学関係でも多彩な人材を育んでいます。
何よりも歴史ある国ですね。生誕順にご紹介します。


ジョルダーノ・ブルーノ
_1548年 ~ 1600年2月17日


ガリレオ・ガリレイ
_1564年2月15日 ~ 1642年1月8日


ロバート・ボイル
_1627年1月25日 ~ 1691年12月31日


アントニオ・ヴォルタ
_1745年2月18日 ~ 1827年3月5日


エンリコ・フェルミ
_1901年9月29日 ~ 1954年11月28日


以上、間違い・ご意見は以下アドレスまでお願いします。
時間がかかるかもしれませんが必ず返信・改定をします。

nowkouji226@gmail.com

2020/12/04_記





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B・H・メイ_【原稿投稿】

ヤフーブログ終了の教訓から登場場所の整理をしていますが(http://wwwのドメインを信頼した作業です)、それに伴い、クイーンのギタリストの原稿を改定・投稿しました。演奏活動とは別に星の世界にも関心を持っていたんですね。

また、当ブログへのアクセスを増やしたいのでツイッター始めています。4つのアカウントで運用。目的はブログとの連携。2/27(土)朝の時点でのフォロワー数を前日と比べると@コウジ@kouji@SyvEgTqxNDfLBX_2164→2313_Aバンドリ好き太郎@ev2Fz71Tr4x7b1k_1722→1824_B浩司@BLLpQ8kta98RLO9_1521→1636_Ckouji kazeno@KazenoKouji_1374→1428_・合計で考えると4アカウント合計【2164+1722+1521+1374=6781】⇒_【2313+1824+1636+1428=8205】【日の合計で1424垢/356単体垢】週末のフォロバは凄いですね。こんなペースで一安心。2つのブログへのSNSからの紹介流入を増やします。焦らずに。

【以下は原稿です】






有名なロックバンド・クィーンのブライアンですが、その名を英語で書き下すと Brian Harold May、CBEです。勲章を頂いているのでCBEがつきます。CBEって分かり辛いので補足しますと騎士団時代の表現での司令官で、階級としてはナイトに次ぐ立場です。部下に将校と団員がいる位置づけです。所謂、女王陛下を守る騎士団の仲間達ですね。For God and the Empire がモットーです。





ブライアンは学生時代に天文学を専攻していました。研究を再開して論文を書き博士号をとったので物理学者として取り上げています。





ヘルムホルツの時代から音響解析がより定量的なものとなり、振動数・音の振幅・増減比が記録可能な情報として共有されています。ブライアンは彼なりに物理学を駆使してギターの中での「音を出す仕組み」を解析していって作りこんでオリジナリティーを突き詰めていく作業をしています。無論、学者が同様の試みを今まで何度もしてきたと思いますがブライアンの取り組みは著名なロックバンドの主要メンバーとしての活動でした。楽器メーカーとのコラボレーションも可能ですし、一線級の技術者や職人との会話もブライアンの財産となっていった筈です無名時代からギターを自作した日々が最上級の経験の中で更に進化していったのです。他の誰にもできないい「音」を確立していったと感じています。

ロック活動で暫く活動を休止していたブライアンは天体に関する研究としてカナリア諸島の天文台で研究を進め、母校インペリアル・カレッジでの審査を通過して博士号を得ました。また別の機会に語りたいと思います。











以上、間違い・ご意見は
次のアドレスまでお願いします。
最近は返信出来ていませんが
全てのメールを読んでいます。
適時返信のうえ改定を致しします。

nowkouji226@gmail.com

2021/01/17_初版投稿
2021/01/24_改定投稿





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【舞台別のご紹介】

S・W・ホーキング_【原稿改定】

ヤフーブログ終了の教訓から登場場所の整理をしていますが(http://wwwのドメインを信頼した作業です)、それに伴い、ホーキングの原稿を改定・投稿しました。数週間前に天文学者の纏めをした時に改定していますが、リンク切れバーナ等があり改定します。ケンブリッジ大学でルーカス職を務めた偉人です。ご覧ください。

また、当ブログへのアクセスを増やしたいのでツイッター始めています。4つのアカウントで運用。目的はブログとの連携。2/27(土)朝の時点でのフォロワー数を前日と比べると@コウジ@kouji@SyvEgTqxNDfLBX_2164→2313_Aバンドリ好き太郎@ev2Fz71Tr4x7b1k_1722→1824_B浩司@BLLpQ8kta98RLO9_1521→1636_Ckouji kazeno@KazenoKouji_1374→1428_・合計で考えると4アカウント合計【2164+1722+1521+1374=6781】⇒_【2313+1824+1636+1428=8205】【日の合計で1424垢/356単体垢】週末のフォロバは凄いですね。こんなペースで一安心。2つのブログへのSNSからの紹介流入を増やします。焦らずに。

【以下は原稿です】






ホーキング博士は相対論を含めて宇宙の理論を考えました。
特にブラックホール、量子的効果、その生成から消滅に至るまでを突き詰めていった博士です。

博士の両親は共にオックスフォードに学んだ血筋でホーキング博士はオックスフォードで物理学を学びます。大学時代はボート部に所属して大学院進学時は成績も芳しくなかったようです。しかし、ホーキング博士ケンブリッジに進みます。





何より博士は若くして筋萎縮性側索硬化症(ALS)
を患い、大きな困難に立ち向かいます。
当時は命を落とす病であるといわれ、
意思伝達・行動範囲拡大の為に
独自の技術を使いこなしていきます。

ブラックホールに関する研究を進め進化を考え
中心部に存在するであろう特異点を考え
「特異点と時空の幾何学」の論文をまとめ上げます。
またホーキング博士は、タイムマシーンの実現の為には無限のエネルギーが必要であるとの考えを持ち、タイムマシーンの実現可能性を否定しています。



そして、
偉人の人生も終わりを迎える時が来ました。
ホーキングはケンブリッジ大学近くの自宅で
最期を迎えました。そして今、ホーキンスは
ニュートンの墓の近くに埋葬されています。



















以上、間違い・ご意見は
以下アドレスまでお願いします。
最近全て返事が出来ていませんが
全て読んでいます。
適時、改定をします。

nowkouji226@gmail.com

2020/10/09_初稿投稿
2021/01/15_改定投稿





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【舞台別のご紹介】

2021年03月05日

H・A・ローレンツ_【原稿投稿】


ヤフーブログ終了の教訓から登場場所の整理をしていますが(http://wwwのドメインを信頼した作業です)、それに伴い、オランダ関係の原稿のつながりでローレンツの原稿を投稿します。
また、当ブログへのアクセスを増やしたいのでツイッター再開します。4つのアカウントで運用。目的はブログとの連携。3/5(金)朝の時点で5日前とのフォロワー数を前日と比べると
@コウジ@kouji@SyvEgTqxNDfLBX_2439→2664_
Aバンドリ好き太郎@ev2Fz71Tr4x7b1k_1853→1951_
B浩司@BLLpQ8kta98RLO9_1737→1825_
Ckouji kazeno@KazenoKouji_1482→1845_
・合計で考えると4アカウント合計で_【2439+1853+1737+1482=7511】⇒【2664+1951+1825+1845=8285】【5日の合計で706垢/177単体垢】2つのブログへのSNSからの紹介流入を増やします。焦らずに。

【以下原稿です】







その名は正確にはHendrik Antoon Lorentz。
です。オランダに物理学で有名なライデン大学
がありますが、ローレンツはそこの出身者です。
この大学では他に、
エンリコ・フェルミ
西周、
ヘイケ・カメリー・オネス_
アルベルト・アインシュタイン
クリスティアーン・ホイヘンス
フィリップ・シーボルト、
ポール・エーレンフェスト
が学んだり教えたりしていました。
他、オランダで個人的に関心があるのは
デルフト工科大学です。そこは現在、
低温物理学で有名な拠点ですので別途、
機会があれば取りあげたいと思います。





さて話戻ってローレンツですが、
電気・磁気・光の関係を解きほぐしました。
特にアインシュタイン
特殊相対性理論を論じる際に起点の一つに使った、
光速度不変の概念はローレンツが導いた
変換に関する考察があって成立しています。

lorents.jpg
【画像:アインシュタインとローレンツ
      :出典はWikipedeaから】

無論、アインシュタインは、
その業績を高く評価していて、
ローレンツを「人生で出会った最重要な人物」
であったと語っています。





ローレンツの業績は、電磁気学、電子論、
相対性理論と多岐にわたりますが、
特に印象深いのは変換に関する物でしょう。
ローレンツは座標系の変換の中で局所時間
と移動体の長さの収縮を議論していきます。
マイケルソン・モーレの実験を理論から
説明するには光速度普遍の枠組みで
事実を組み立てなければなりません。
これが可能な理論的土台として
ローレンツ変換は秀逸だと感じます。

最後に、そのご臨終の時を語りたいと思います。
ローレンツの葬儀当日は追悼の意を込め、
オランダ中の電話が3分間電話が止められました。
英国王立協会会長だったアーネスト・ラザフォード_
お別れの言葉を述べる中で多くの人が
ローレンツを惜しみました。
















【舞台別のご紹介】

以上、間違い・ご意見は
以下アドレスまでお願いします。
最近全て返事が出来ていませんが
全て読んでいます。
適時、改定をします。

nowkouji226@gmail.com

2020/10/24_初版投稿
2021/01/16_改定投稿





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クリスティアーン・ホイヘンス_【原稿投稿】

ヤフーブログ終了の教訓から登場場所の整理をしていますが(http://wwwのドメインを信頼した作業です)、それに伴い、オランダ関係の原稿のつながりでクリスチャン・ホイヘンスの原稿を投稿します。
また、当ブログへのアクセスを増やしたいのでツイッター再開します。4つのアカウントで運用。目的はブログとの連携。3/5(金)朝の時点で5日まえとのフォロワー数を前日と比べると@コウジ@kouji@SyvEgTqxNDfLBX_2439→2664_Aバンドリ好き太郎@ev2Fz71Tr4x7b1k_1853→1951_B浩司@BLLpQ8kta98RLO9_1737→1825_Ckouji kazeno@KazenoKouji_1482→1845_・合計で考えると4アカウント合計で_【2439+1853+1737+1482=7511】⇒【2664+1951+1825+1845=8285】【5日の合計で706垢/177単体垢】2つのブログへのSNSからの紹介流入を増やします。焦らずに。

【以下原稿です】







ホイヘンスはライデン大学では数学と法律を修めました。
物理学はその知見を活かすフィールドだったとも言えます。

特に、光学での業績が顕著です。
所謂、ホイヘンスの原理は後の物理学者達が
波動を考えていく上でとても有益だった筈です。
波の性質が突き詰められていき、
縦波とか横波とか周波数とか周期とか
最終的には破面に立つさざ波も、光も
同じ定数で表現出来る現象となるのです。

一般の人々にも説明出来る言葉を
出来るだけ沢山、科学者が作り出すことが大事です。
その点、ホイヘンスは初めの難しさを超えたのです。






また、
土星の衛星タイタンの発見したり、
振り子の原理を理解して時計を制作したり、
火薬を使ったエンジンの、制作したり、
オリオン大星雲を発見してスケッチしたり、
その新規性には驚かされます。

またホイヘンスは、いわゆるエーテルの存在を想定して
後の物理学に議論の土壌を残しました。
この点も重要だと思います。



【舞台別のご紹介】

以上、間違い・ご意見は
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2020/10/18_初版投稿
2021/01/15_改定投稿





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オランダ関係の物理学者_【3/5_原稿投稿】

↑Credit:Pixabay↑



ヤフーブログ終了の教訓から登場場所の整理をしていますが(http://wwwのドメインを信頼した作業です)、それに伴い、オランダ関係の原稿を改定・投稿しました。URLとしてはネーデルランドを使いました。

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【以下原稿です】

初稿投稿時では殆どライデン大学の
関係者ばかりですね。現在では
デルフト工科大学で超電導関係の
成果が伝わっています。
追って補足出来たらいいですね。
ご存命中の人も紹介したい部分です。

内容の重複になる部分もありますが
改めて紹介させて下さい。以下、列記します。

クリスティアーン・ホイヘンス _1629年4月14日 ~ 1695年7月8日


ハンス・エルステッド
_1777年8月14日 ~ 1851年3月9日


H・A・ローレンツ
_1853年7月18日 ~ 1928年2月4日


ヘイケ・カマリン・オンネス_ 1853年9月21日-1926年2月21日



アルベルト・アインシュタイン_1879年3月14日 - 1955年4月18日
【研究で長期滞在】


ポール・エーレンフェスト_1880年1月18日 ~ 1933年9月25日



エンリコ・フェルミ_1901年9月29日 ~ 1954年11月28日



ポール・ディラック
_ 1902年8月8日 ~ 1984年10月20日【研究で長期滞在】


ハイゼンベルク 1901年12月5日 ~ 1976年2月1日【研究で長期滞在】

他、フィリップ・シーボルト、西周





以上、間違い・ご意見は以下アドレスまでお願いします。
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nowkouji226@gmail.com

2020/12/13_記





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B・D・ジョゼフソン_【原稿改定】

以下原稿を投稿します。ご覧ください。

【以下原稿】



今回、存命中の方を初めて紹介します。
ジョセフソン博士は今もイギリスで
活躍している研究者でジョセフソン接合
等の発案で広く知られています。私が
大学院時代に興味を持った凝縮系の大家です。

ジョセフソン接合等の考えは様々な知見に
繋がっています。





このジョセフソン接合とは
超伝導体の間に常伝導体を挟み、
電子の波動的性質を顕在化させる仕組みです。
そもそも、量子力学的には電子は
波動的性質と粒子的な性質を併せ持ちます。
例えば、
そこにおける波長から設計したのが
SQUIDと呼ばれるデバイスで
高感度の磁気センサーや
量子コンピュータのデバイス候補
として応用されます。





また、彼は科学の枠組みを超えて探求を続けています。

ジョセフソン曰く、【東洋の神秘主義が科学的理解と関連するかもしれないという可能性にも興味を持っている。彼は王立協会創立のモットー nullius in verba(一切の権威を認めない)を信条としており、「科学者が全体としてある考え方を否定したとしても、その考え方が不合理だという証拠にはならない。むしろ、そのような主張の基盤を慎重に調査し、どれほどの精査に耐えるかを判断すべきだ」と述べている興味を持っている・出典・Wikipedia】個人的にはその方向性を支持します。不可解な現実を不可解な現象をオカルトネタで終わらせる積りはないです。







以上、間違い・ご意見は
以下アドレスまでお願いします。
最近は全て返信出来てませんが
必要箇所は適時、改定をします。

nowkouji226@gmail.com

【舞台別のご紹介】

2020/08/21_初回投稿
2020/12/31_改訂投稿





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P・W・アンダーソン_【原稿投稿】

ヤフーブログ終了の教訓から登場場所の整理をしていますが(http://wwwのドメインを信頼した作業です)、それに伴い、アンダーソンの原稿を改定・投稿しました。超電導現象を説明する理論、磁性の変化を定量的に示す理論などを提唱してノーベル賞を受けている偉人です。ご覧ください。

また、当ブログへのアクセスを増やしたいのでツイッター始めています。4つのアカウントで運用。目的はブログとの連携。2/26(金)朝の時点でのフォロワー数を2日前と比べると@コウジ@kouji@SyvEgTqxNDfLBX_2080→2164_Aバンドリ好き太郎@ev2Fz71Tr4x7b1k_1659→1722_B浩司@BLLpQ8kta98RLO9_1393→1521_Ckouji kazeno@KazenoKouji_1289→1374_・合計で考えると4アカウント合計【2080+1659+1393+1289=6421】⇒【2164+1722+1521+1374=6781】_【2日の合計で360垢/90単体垢】こんなペースで一安心。2つのブログへのSNSからの紹介流入を増やします。焦らずに。

【以下は原稿です】



物性研究で有名なアンダーソン博士をご紹介します。
所属研究機関としてはハーバード大で学びベル研・
ケンブリッジ大・プリンストン大学で勤務しました。
米国や英国の綺羅星が並んでいますね。
素晴らしい研究人生です。





アンダーソンの研究で思い出すのは
アンダーソン局在です。
無秩序系における電子の基本的な性格で、
物性論の基礎になっています。
その理論では電子が局在した状態は
非局在の状態と明らかに異なり
エネルギー的に区別されます。
更に、長さ・時間のスケールを
変換する理論をスケーリング理論として展開して
理論を発展させたのです。
こういった業績を評価され、アンダーソンは
ノーベル物理学賞を受賞しています。





そしてアンダーソンは 東京大学から名誉博士号
を贈られています。その記念として
物性研で記念植樹されていたようですが、
赤坂・防衛省の近くでしょうか。柏でしょうか。
何時か見に行きたいと思います。

最後に、アンダーソンの
残した言葉を一つご紹介します。

”More is different”

アンダーソンは多様性の中から
秩序を拾い出していました。











【舞台別のご紹介】

以上、間違い・ご意見は
以下アドレスまでお願いします。
最近全て返事が出来ていませんが
全て読んでいます。
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nowkouji226@gmail.com

2020/11/03_初稿投稿
2021/01/19_改定投稿






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2021年03月04日

H・A・ベーテ_【3/4_原稿投稿】

以下、ハンスベーテの原稿を投稿します。SEO対策です。核兵器を開発した学者ではあり、核反応を考えた学者です。ご覧ください。

【以下は原稿】






ベーテはユダヤ系なのでナチス政権下で苦労します。
国を追われイギリスに逃れ、マンチェスター大学で職を得ます。第二次大戦の間はオッペンハイマーの招きでUCB(カリフォルニア大バークレー校)の特別会議に参加します。そこでは核兵器の開発が始められ、ロスアラモス研究所が出来るとベーテは理論部門の監督を務めます。戦後はトルーマン大統領が水素爆弾の開発を断行した流れでベーテは引き続き開発において重要な役割を果たします。





その他、ベーテの業績としては大きく二点があげられると思います。一つは恒星の内部で核融合反応が起きうる指摘をして、重力と釣り合う内側からの力を考えたことです。加速器で実現される様々な現象を説明していく内に超高圧下・超高温下で起こり得る原子核の崩壊状態をベーテは理論立てて説明して新たな知見としました。





また、ベーテのもう一つの業績は量子電磁気学に繋がっていくラムシフトを非相対論的に厳密に突き詰めていって極めて正確な計算をしていったのです。この面でファインマンは弟子にあたります。ベーテは大変な時代を生きた偉大な理論家でした。「原子核反応理論への貢献、特に星の内部におけるエネルギー生成に関する発見」でノーベル賞を受けています。











以上、間違い・ご意見は
次のアドレスまでお願いします。
最近は返信出来ていませんが
全てのメールを読んでいます。
適時返信のうえ改定を致しします。

nowkouji226@gmail.com

【舞台別のご紹介】


2020/11/23_初版投稿
2020/01/21_改定投稿





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ポール・ディラック_ 【原稿改定】

本日、以下記事を改定します。私のHPでトップ画の真ん中に居る無口な男です。ご覧下さい。

【以下は過去の記事です】






イギリスのディラックは
とても謙虚で無口な人でした。
ノーベル賞が決まった際には、
有名になる事を恐れて受賞辞退を
考えていた様です。そんな人なのですが、
20世紀初頭の天才達がひしめく中で
ファインマンハイゼンベルク
シュレディンガー等と量子力学を確立します。
シュレディンガーとは
同じタイミングでノーベル賞を受賞します。

ディラックの性格形成を語る上で家庭環境は
大きな要素だったようです。まず、1924年に
ディラックの兄が自ら命を断っています。
色々考えた末だったのでしょうか。
ディラック自身も、その父と会話し辛い
場面が多々あったようです。そして無口に。
しかし、ディラックは闇に沈まずに数学
を駆使して輝かしい成果を残しています。
特にデルタ関数とブラケット記法は
素晴らしい。多大な足跡を沢山残しました。

ブラケット記法とは日本語で「括弧」
の記号を使った表記です。その定式化では
カギカッコ<>の形の 「<」 の部分
だけを「ブラベクトル」と呼び
カギカッコ<>の形の 「>」 の部分
だけを「ケットベクトル」と呼びます。
非常に分かり易い表現でブラの部分が
行列に相当してケットの部分がベクトル量に相当するイメージです。作用した結果のブラ・ケットが固有値を持つ場合に固有状態を持つと表現されます。ここでのベクトルがヒルベルトベクトル(無限次元に対応)であることが学生時代の私にとって感動的でした。一瞬にして物理量に対応する状態が記述された気がしました。他方でデルタ関数は観測が一瞬にして波束の収縮を引き起こす様子を表現していると思います。



ディラックはイギリスの伝統を受け継いだ人でもあります。
ケンブリッジではルーカス教授職を務めました。この名誉は初代・アイザックバローから始まり二代目・アイザック・ニュートンと続き、最近では宇宙論で名を成したスティーヴン・W・ホーキング博士が受け継いでいます。





以上、間違い・ご意見は
以下アドレスまでお願いします。
時間がかかるかもしれませんが
必ず返信・改定をします。

nowkouji226@gmail.com

2020/08/17_初稿投稿
2020/12/31_改定投稿





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アーサー・コンプトン_【原稿投稿】

ヤフーブログ終了の教訓から登場場所の整理をしていますが(http://wwwのドメインを信頼した作業です)、それに伴い、コンプトンの原稿を改定・投稿しました。コンプトン波長などの概念を作り、マンハッタン計画にかかわった方です。色々考えたことでしょう。ご覧ください。

また、当ブログへのアクセスを増やしたいのでツイッター始めています。4つのアカウントで運用。目的はブログとの連携。2/24(水)朝の時点でのフォロワー数を前日と比べると@コウジ@kouji@SyvEgTqxNDfLBX_2002→2080_Aバンドリ好き太郎@ev2Fz71Tr4x7b1k_1605→1659_B浩司@BLLpQ8kta98RLO9_1318→1393_Ckouji kazeno@KazenoKouji_1214→1289_・合計で考えると4アカウント合計【2002+1605+1318+1214=6139】⇒【2080+1659+1393+1289=6421】_【1日の合計で182垢/45単体垢】、2つのブログへのSNSからの紹介流入を増やします。焦らずに。

【以下は原稿です】





コンプトンは波動の粒子性を示した実績と
マンハッタン計画で指導的役割を
果たしたことで知られています。





コンプトンは1919年に英国の
キャンデビッシュ研究所に留学し、そこで
ガンマ線の散乱・吸収を研究します。
そこで「波動のコンプトン効果」を発見するのです。
この考えは今では量子力学の基幹をなしていますが、
大まかには以下の理解をしていれば良いと思います。
つまり、「微視的に物事を考え始めた時に
粒子性と波動性が同時に具現化する」
ということです。

具体的に量子力学では不確定関係という枠組みで
物事を考えますので2つの値が同時に
確定しなかったりします。
例えば位置と運動量を同時に確定しません。
また、時間とエネルギーを同時に確定しません。
但し、時間×エネルギーや位置×運動量といった値を
物理量として確定出来るのです。
これは作用と呼ばれる物理量です。

以上は量子力学を理解した人々には納得出来ても
一般の人々には中々説明がし辛い部分です。
誤解無く伝わっているかいつも不安になります。
そんな意識改革をコンプトンが進めていたのですね。
ガンマ線に粒子性が見受けられたのです。





また、コンプトンはマンハッタン計画を進めた
主要メンバーでもあります。そもそも原子爆弾は
原子炉の製造から計画しなければいけません。
そこでウランをプルトニウムに変換して、
プルトニウムとウランの混合物から
プルトニウムを分離するプロセスが必要です。
コンプトンはこのプロセスをSEとして設計して
プロジェクトが進んでいく現場で働きました。

また、原子爆弾を兵器として使用するには
敵国で使用時出来るだけ早くに最大限の攻撃力を
発揮しないといけませんが、
損場兵器を設計する方法についても
コンプトンは設計をしていきました。
なお同計画はオッペンハイマーの設計もあり、
フェルミやローレンスとの議論も経ています。
全米の知能を集め計画を進めていたのです。

そしてコンプトンの業績はノーベル賞を初めとする
蒼々たる栄誉で称えられています。
それと同時に、マンハッタン計画の主導者として
計画自体の是非を論じる際に何度も
その名があがります。
もともとは、
コンプトンはもともと星の好きな少年でした。
そんな所からガンマ線の究明に話が進みましたが、
彼の名はガンマ線検出の為の
NASAの衛星に残されています。












【舞台別のご紹介】

以上、間違い・ご意見は
以下アドレスまでお願いします。
この頃は全て返信できていませんが
頂いたメールは全て見ています。
適時、返信・改定をします。

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【舞台別のご紹介】
2020/11/07_初稿投稿
2020/12/29_改定投稿





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2021年03月03日

ニコラ・テスラ_【原稿投稿】

ヤフーブログ終了の教訓から登場場所の整理をしていますが(http://wwwのドメインを信頼した作業です)、それに伴い、テスラの原稿を投稿します。現代の電化社会を作り上げた一人です。ご覧ください。

そしてツイッターの活動ですが4アカウントの内、3アカウントでフォロー停止を受けてます。一日当たりのフォロー制限400を超えたようです。とりあえずツイッターの活動は一休みです。また明日以降に2つのブログへのSNSからの紹介流入を増やします。焦らずに。焦らずに。

【以下は原稿】



テスラはオーストリア帝国に生まれ
アメリカに渡ります。かのエジソン
のもとで働いていましたが独立して
高電圧の変換をして発表をしたり
回転界磁型の電動システムを実用化
して供電社会の礎を築いたりしました。

エジソン陣営との対立は送電方式の
考え方の対立が大きかったようです。
エジソンが直流による電力事業
を考えていたのに対して
テスラは交流による電力事業
に利点があると考えていました。





幸運な事にテスラはプレゼンテーション
が上手でした。学会での発表に
ジョージ・ウェスティングハウスが
感銘を受け資金供給を受け始めます。

最終的にはナイアガラの滝を使った
発電システムの実現に繋がり、
テスラは成功を収めました。





数々の事業を成功へ導いたテスラですが、
色々な別れがあり晩年は寂しい老後
を送っていた様です。テスラは独身でした。
そしてテスラは今、
磁場の単位と会社の名前に
自身の名を残しています。
数トンの重さがあったと言われる
彼の発明品や設計図はFBIが写しをとったあとに
母語へと返されています。








【舞台別のご紹介】

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最近全て返事が出来ていませんが
全て読んでいます。
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2020/10/16_初版投稿
2021/01/15_改定投稿





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J・チャドウィック_【原稿改定】

ヤフーブログ終了の教訓から登場場所の整理をしていますが(http://wwwのドメインを信頼した作業です)、それに伴い、チャドウィックの原稿を改定・投稿しました。中性子を発見し、マンハッタン計画にかかわった方です。色々考えたことでしょう。ご覧ください。

また、当ブログへのアクセスを増やしたいのでツイッター始めています。4つのアカウントで運用。目的はブログとの連携。2/24(水)朝の時点でのフォロワー数を前日と比べると@コウジ@kouji@SyvEgTqxNDfLBX_2002→2080_Aバンドリ好き太郎@ev2Fz71Tr4x7b1k_1605→1659_B浩司@BLLpQ8kta98RLO9_1318→1393_Ckouji kazeno@KazenoKouji_1214→1289_・合計で考えると4アカウント合計【2002+1605+1318+1214=6139】⇒【2080+1659+1393+1289=6421】_【1日の合計で182垢/45単体垢】、2つのブログへのSNSからの紹介流入を増やします。焦らずに。

【以下は原稿です】





チャドウィックは研究環境で恵まれていました。
マンチェスター大学の時代から
ラザフォードの指導を受け、
海外修業時代にはガイガーの下で
放射線計測の知見を積み上げました。
開発されたばかりのガイガーカウンター
を使い放射線特性での実績をあげます。

第一次大戦終了後はケンブリッジ大学の
キャベンディッシュ研究所で
再びラザフォードの下で研究を続けます。
ドクター修了後も10年以上、
ラザフォードの助手を努めていました。





キャンデビッシュ研究所での
討論や助言は多分に有益だった
であろうと思われます。
チャドウィック以外にも有能な
研究者達が集まっていました。
その中で議論を交わした筈です。
そんな中でチャドウィックは
中性子を発見していきます。その発見で
原子構造をまた一つ明らかにしたのです。

更にチャドウィックは中性子の質量
を明らかにして、それがガン治療
に有益であろうと考えます。





ただ、チャドウィックの時代は
世界大戦の時代と重なります。
マンハッタン計画ではイギリスチームの
リーダーとして計画を進めていました。
トリニティー実験も目の当たりにしたようです。

自身が心血を注いで作り上げた概念が
政治的に利用されていく有り様を
チャドウィックは、どう感じて
いたのでしょうか。不満だった筈です。

その他、パウリ・ハイゼンベルク等との
議論の発展、サイクルトロンの導入、
ノーベル賞の賞金の使い道について
追って、きちんと整理して再投稿したいです。
本稿はそろそろ〆ます。





チャドウィックはキーズ・カレッジ
の学寮長として晩年を過ごしています。
そして、リヴァプール大学には彼の
名を冠した研究所が残っています。





以上、間違い・ご意見は
以下アドレスまでお願いします。
最近全て返事が出来ていませんが
全て読んでいます。
適時、改定をします。

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2020/10/29_初回投稿
2021/01/17_改定投稿

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ニールス・ボーア_【原稿改定】

ヤフーブログ終了の教訓から登場場所の整理をしていますが(http://wwwのドメインを信頼した作業です)、それに伴い、ニールス・ボーアの原稿を改定・投稿しました。コペンハーゲン学派を率いて原子半径を初めとする新しい概念を作り上げていった先人です。ご覧下さい。

また、当ブログへのアクセスを増やしたいのでツイッター始めています。4つのアカウントで運用。目的はブログとの連携。2/24(水)朝の時点でのフォロワー数を前日と比べると@コウジ@kouji@SyvEgTqxNDfLBX_2002→2080_Aバンドリ好き太郎@ev2Fz71Tr4x7b1k_1605→1659_B浩司@BLLpQ8kta98RLO9_1318→1393_Ckouji kazeno@KazenoKouji_1214→1289_・合計で考えると4アカウント合計【2002+1605+1318+1214=6139】⇒【2080+1659+1393+1289=6421】_【1日の合計で182垢/45単体垢】、2つのブログへのSNSからの紹介流入を増やします。焦らずに。

【以下は原稿です】



デンマークに生まれたボーアは前期量子論
において先駆的な理論を提供し続けました。

ボーアは当時、不完全であった原子像を
洗練させて独自の原子模型を提唱します。
先ず1911年にイギリスへ留学し、J・J・トムソン
ラザフォード
_の元で原子核に対する
考察を進めていきます。
そもそも光学顕微鏡で見えない大きさレベル
での世界に対して、考察を止めることなく
量子力学を確立していきます。






ボーアはイギリスから帰国後に幾多の
仲間をコペンハーゲンに集め、いわゆる
コペンハーゲン学派を形成します。
そこでまとまった解釈はコペンハーゲン解釈
と呼ばれるようになり、それまでの物理学
でのパラダイムを変えていきます。
一言でまとめると、コペンハーゲン解釈
は微視的世界での観測に対する考え方です。
とても奥深い話ですから、次の改稿時には
もう少し踏み込む積りです。

その中でボーアは本質的な「ボーアの量子化条件」
を用いて様々な現象を説明してみせます。
長さスケールで10の‐23乗のスケールでの議論では
エネルギーなどの観測値がとびとびの値を示す
のですが、その事象を現実世界での本質的な性質
であると提唱したのです。
原子半径、磁気的性質も現代では、
その形式で考えるが方がわかりやすい訳です。






そして晩年、ボーアはデンマーク最高の勲章である
エレファント勲章を受けています。





以上、間違い・ご意見は以下アドレスまでお願いします。
時間がかかるかもしれませんが必ず返信・改定をします。

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2020/08/31_初版投稿
2021/01/01_改定投稿





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アーネスト・ラザフォード_【原稿改定】

ヤフーブログ終了の教訓から登場場所の整理をしていますが(http://wwwのドメインを信頼した作業です)、それに伴い、ネルソン卿・ラザフォードの原稿を改定・投稿しました。半減期の概念を提唱した先人です。今回もURLに爵位を使いました。砂浜でもスーツを脱がないイギリス紳士です。。ご覧下さい。

当ブログへのアクセスを増やしたいのでツイッター始めています。4つのアカウントを作りフォロワーを増やしている状況です。目的は当ブログの宣伝。2/23(火)朝の時点でのフォロワー数を10日前と比べると@コウジ@kouji@SyvEgTqxNDfLBX_938→2002_Aバンドリ好き太郎@ev2Fz71Tr4x7b1k_709→1605_B浩司@BLLpQ8kta98RLO9_545→1318_Ckouji kazeno@KazenoKouji_545→1214_・合計で考えると4アカウント合計で938+709+545+444=2636】⇒【2002+1605+1318+1214=5139】_【10日の合計で2500垢弱/単体垢】、増えていますね。順調な気がするので@のアカウントで、この「物理のブログ」の宣伝を始めていてAのアカウントで「呟きブログ」の宣伝を始めています。SNSからのユーザーも増えていますが、追って再報告します。

【以下は原稿です】





その名は正確にはアーネスト・ラザフォード_
Ernest Rutherford, 1st Baron
Rutherford of Nelson, OM, FRS,
初代のネルソン卿_ラザフォード男爵です。

ラザフォードはニュージーランドに生まれ数学でマスタの学位をとった後で奨学金を得てイギリスのケンブリッジ大学に進みます。そこでラザフォードはJJトムソンの指導のもとで気体の電気伝導の研究をします。

研究を進めるうちにラザフォードはウランから2つの放射線、
α線とβ線が出ている事を発見します。ラザフォードは後に透過性の非常に強い放射線が電磁波である事を突き止め、半減期の概念を提唱します。





ラザフォードが考えた半減期の分かり易い
例として、岩石の年代測定があります。
特定の岩石に含まれる物質から出てくる
放射線量を計測すれば、
半減期の概念を使って形成から今迄、
どのくらい時間が経っているか推定
出来るのです。





ラザフォードは更に研究を続けました。
ガラス管にα線を集め、そのスペクトル
分析からα線とはヘリウム原子核である
と突き詰めています。そして、
1911年にはガイガー・マースデンとα線の
散乱実験を行いました。有名なラザフォード
の原子模型が提唱されたのです。
原子には中心に原子核があり
その周りを電子が運動している
現代でも使えるモデルです。

またラザフォードはその人柄から
原子物理学の父と呼ばれています。
キャンデビッシュ研究所では
若い研究所員たちに「ボーイズ!」
と呼びかけていました。また彼は
夏の砂浜でもスーツのジャケット
を脱がないスタイルでした。
そして、
原子番号104の元素は今、彼を偲んで
ラザホージウムと呼ばれています。









以上、間違い・ご意見は
以下アドレスまでお願いします。
最近全て返事が出来ていませんが
全て読んでいます。
適時、改定をします。

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2020/10/26_初回投稿
2021/01/17_改定投稿

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2021年03月02日

J・J・トムソン_【原稿投稿】

ヤフーブログ終了の教訓から登場場所の整理をしていますが(http://wwwのドメインを信頼した作業です)、それに伴い、JJトムソンの原稿を改定・投稿しました。同位体を発見した業績もありますが、多くの後進を育て上げました。ご覧下さい。

当ブログへのアクセスを増やしたいのでツイッター始めています。4つのアカウントを作りフォロワーを増やしている状況です。目的は当ブログの宣伝。2/23(火)朝の時点でのフォロワー数を10日前と比べると@コウジ@kouji@SyvEgTqxNDfLBX_938→2002_Aバンドリ好き太郎@ev2Fz71Tr4x7b1k_709→1605_B浩司@BLLpQ8kta98RLO9_545→1318_Ckouji kazeno@KazenoKouji_545→1214_・合計で考えると4アカウント合計で938+709+545+444=2636】⇒【2002+1605+1318+1214=5139】_【10日の合計で2500垢弱/単体垢】、増えていますね。順調な気がするので@のアカウントで、この「物理のブログ」の宣伝を始めていてAのアカウントで「呟きブログ」の宣伝を始めています。SNSからのユーザーも増えていますが、追って再報告します。

【以下は原稿です】



その名は正確には
ジョゼフ・ジョン・トムソン
【Sir Joseph John Thomson】。

イギリスのJ・J・トムソンは
同位体の発見者です。
指導者としてはラザフォード、
オッペンハイマーボルンの師であり
物理学の発展に大きく貢献しました。





また、電子の実在を形にしていった
一人でもあります。電子を発見したか
については異論があるかも知れませんが
いくつかの洗練された実験で、
トムソンは電子の単位量を決めて
特定原子の同位体を示しました。



そして今、いくつもの偉業を遂げ
J・J・トムソンの亡骸は
ニュートンの墓のすぐ近くに眠っています。
英国の生んだ偉人として。



以上、間違いやご意見があれば以下アドレスまでお願いします。
時間がかかるかもしれませんが、必ずお答えします。
nowkouji226@gmail.com

【舞台別のご紹介】


2020/09/14_初回投稿
2021/01/05_改定投稿






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サイト運営者の皆さん。見てみて下さい。

田中館愛橘_【原稿改定】

ヤフーブログ終了の教訓から登場場所の整理をしていますが(http://wwwのドメインを信頼した作業です)、それに伴い、田中舘愛橘の原稿を改定・投稿しました。更新を育て国の為に道をつけた「種まき翁」です。ご覧下さい。

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【以下は原稿です】





田中館愛橘、
その名は愛橘と書いてあいきつ、
と読ませます。生まれた年は
旧暦の時代で安政3年9月18日です。
【新暦で1856年10月16日です】
没年は新暦での昭和27年です。
先祖に南部藩の赤穂浪士と呼ばれた
方が居たそうですから、そうした
イメージから語り出したいと思います。
時代の変革期に若き日を過ごしました。



さて、田中館愛橘の父方は兵法師範の
家系であり、愛橘は藩校である作人館に
学びます。作人館での同窓生には原敬
がいて後輩には新渡戸稲造がいました。
存じませんでしたが立派な学校ですね。
東京に出て慶應義塾に通いますが
学費が高額なので東京開成高校に
進みます。

今で言えば東大教養学部のイメージ
でしょうか。そこで愛橘は山川健次郎
から物理学を学びます。政治にも
関心を持っていたようですが、山川から
諭され、我が国の理学での遅れを挽回
せんと愛橘は物理学を志しました。



1879年に東大で外国人教師である
メンデンホールとユーイングが
エジソンの発明したフォノグラフ
を日本に紹介しましたが、田中館愛橘は
早速試作を行いました。その音響や振動
の解析を行っています。1880年には
メンデンホールによる重力観測に参加し、
東京と富士山で観測作業を行いました。
当時の世界1の高精度方位計であると
称えられた電磁方位計を愛橘は制作しました。



ダイソン・私も使ってます♪

田中館愛橘は明治16年12月に福岡に帰っていた
父・稲蔵が割腹自殺したとの知らせを受けて
帰郷します。そしてその年に東京大学助教授
となりました。詳細は追って調べます。この時期
気になる動きです故。





その後、田中館愛橘はイギリスでケルビン卿に師事し
、大きな影響を受け、生涯を通じてケルビンを敬愛し
ました。その後1890年にヘルムホルツのいたベルリン
大学へ転学、電気学などを学びます。この時代の電気
に対する理解は、後ほど項を改めてマクスウェルらと
関連して語ります。愛橘は東京帝大理科大学教授となり
後にに理学博士の学位を受けます。更にデンマークの
コペンハーゲンで開かれた万国測地学協会 第14回総会
で地磁気脈動や磁気嵐の発表をします。

また時代柄もあって、田中館愛橘は陸軍や海軍
に対して貢献します。地磁気測量では指導の
中心的な役割を果たしています。旅順での戦闘
の際には敵情視察用の繋留気球の制作を依頼
されています。それが愛橘と航空研究のきっかけ
となりました。田中館愛橘は中野の陸軍電信隊内
での気球班で気球研究を始め、制作および運用法
を指導しています。試行錯誤の末に気球を完成させ、
旅順戦で戦闘に使用されています。




そして田中館愛橘が60歳になり、教授在職25周年
のパーティで愛橘は辞職する旨を伝えました。
後の東大での定年退職制度に繫がっていきます。
また、田中館愛橘は数多くの人材を育てました。
教え子としては長岡半太郎、中村清二、本多光太郎、
木村栄、田丸卓郎、寺田寅彦などが居ます。それ故、
愛橘は「種まき翁」、「花咲かの翁」と呼ばれた
そうです。95歳7か月の天寿を全うしました。





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J・W・ストラット_【原稿投稿】

ヤフーブログ終了の教訓から登場場所の整理をしていますが(http://wwwのドメインを信頼した作業です)、それに伴い、レイリー卿の原稿を改定・投稿しました。電磁波の考えを進展させたレイリー男爵です。

当ブログへのアクセスを増やしたいのでツイッター始めています。4つのアカウントを作りフォロワーを増やしている状況です。目的は当ブログの宣伝。2/23(火)朝の時点でのフォロワー数を10日前と比べると@コウジ@kouji@SyvEgTqxNDfLBX_938→2002_Aバンドリ好き太郎@ev2Fz71Tr4x7b1k_709→1605_B浩司@BLLpQ8kta98RLO9_545→1318_Ckouji kazeno@KazenoKouji_545→1214_・合計で考えると4アカウント合計で938+709+545+444=2636】⇒【2002+1605+1318+1214=5139】_【10日の合計で2500垢弱/単体垢】、増えていますね。順調な気がするので@のアカウントで、この「物理のブログ」の宣伝を始めていてAのアカウントで「呟きブログ」の宣伝を始めています。SNSからのユーザーも増えていますが、追って再報告します。

【以下は原稿です】



その名を改めて書下すと、レイリー男爵_3代目
ジョン・ウィリアム・ストラット_
John William Strutt, 3rd Baron Rayleigh

分かり易い業績を紹介すると、
晴れた日の空の青さを説明しました。
子供が、「空はなぜ青いの?」って
聞いた時のお話しですよね。専門的に言えば
散乱光の研究からレイリー卿は入射波と
反射側の散乱波を考え、それらの
波長と空気中の分子の性質を考えたのです。
結果、昼間の空は青く、夕方は赤い。
レイリー散乱と呼ばれる考え方です。
別途、取り上げるつもりのもう一人の博士
であるクィーンのブライアンの研究も
関連していると思われますので、
是非、後日補足したいと思います。

またその他のレイリー卿の業績は、
地震の表面波の解析(レイリー波)、
ラムゼーと研究したアルゴン発見、
古典的な熱放射理論である
レイリー・ジーンズの法則等があります。

そんなレイリー卿は量子論や相対論に
厳しい立場をとっていて、
エーテルを考え続けていた様です。
当時の考えでは否定する事は出来ない
物だったとも言えるでしょう。







以上、間違い・ご意見は
以下アドレスまでお願いします。
最近全て返事が出来ていませんが
全て読んでいます。
適時、改定をします。

nowkouji226@gmail.com

2020/10/28_初回投稿
2021/01/17_改定投稿

【舞台別のご紹介】





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2021年03月01日

アントニオ・ヴォルタ_【原稿投稿】

ヤフーブログ終了の教訓から登場場所の整理をしていますが(http://wwwのドメインを信頼した作業です)、それに伴い、ボルタの原稿を改定・投稿しました。ナポレオンからの爵位を受けていた人物です。

そしてツイッターの活動ですが4アカウントの内、3アカウントでフォロー停止を受けてます。一日当たりのフォロー制限400を超えたようです。とりあえずツイッターの活動は一休みです。また3日後に2つのブログへのSNSからの紹介流入を増やします。焦らずに。焦らずに。

【以下は原稿です】





ボルタの名は正確にはアレッサンドロ・ジュゼッペ・アントニオ・アナスタージオ・ヴォルタ伯爵:Il Conte Alessandro Giuseppe Antonio Anastasio Volta_という長い名前ですが日本では単純に「ボルタ」と表現しています。以後この表記を使います。ボルタはイタリアに生まれ物理学の研究者となります。





特筆すべきは実験的に静電容量を観測し、
電荷と電位を明確に分けて議論する土壌を作りました。
初学者には混同されがちですが電位と電圧は明確に
異なる概念です。アースして低電位側を地球の地面
と同じ電位状態にした時に
両者は一両者は一致しますが通常は異なります。
変動して当然の物理量です。
電荷の蓄積で電位を定量的に表現し、
電位の差を使って電圧(電位差)
を明確にしました。その功績は電位差の
単位であるボルトとして残っています。

ボルタはまた、電池の発明でも成果を残しました。
世界初の電気貯蔵装置の開発です。
無論、初期の電池には
危険性・貯蔵量・電圧の持続特性
といった点で現代の物と見劣り
するでしょうが電気を貯めて持ち運び
する発想は素晴らしいものです。
現代でも発展を続ける大事な技術です。





最後に、
ボルタはナポレオンが大好きでした。
逆にナポレオンもボルタに敬意を示します。
そんな2人ですから、ナポレオンの在位中に
ボルタは伯爵の称号を与えられています。











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2020/10/01_初稿投稿
2021/01/13_改定投稿





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【舞台別のご紹介】

ウィリアム・トムソン_【原稿投稿】

本日、以下記事を改定します。ベクトルの考え方を作り、数々の後輩を育てた先人です。本稿のURLは”Baron Kelvin”を使っています。名前としてはトムソンなんですが、ケルビン男爵としての別名も持っていたからです。ご覧下さい。

【以下、改定原稿とします】



その名を正確に記すと、
初代ケルヴィン男爵ウィリアム・トムソン
William Thomson,
1st Baron Kelvin OM, GCVO, PC, PRS, PRSE

トムソンは熱力学や電磁力学で
沢山の研究成果を残してます。
彼は僅か10歳でグラスゴー大学へ入学
しました。トムソンの父がグラスゴー大
で教鞭をとっていた時事はある様ですが、
それを別にしても早熟ぶりに驚かされます。
その後、トムソンはケンブリッジで勉学
を進め、22歳でグラスゴー大学の教授になり、
イギリスの大学で初めての物理学研究室
を立ち上げました。

1845年の論文では、ファラデーの理論を
数学的に整え回路近辺の空間を考えてます。
この発表は後のマクスウェルに示唆を
与えたと言われています。後の電磁場
の考え方に原型を与えたのでしょう。
また、トムソンは数学でのベクトル
を使い始めた人であると言われています。
物理学者としては別にJ・J ・トムソンが居ます。



そして、トムソン卿は沢山の物理学者と議論しました。
例えば、無名だったピエール・キューリを見出し、
交流し真価を認めました。また、別項でご紹介して
いますが、日本初期の物理学者である田中舘愛橘を育て、
彼がトムソンを敬愛していた事でも広く知られています。















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2020/10/13_初稿投稿
2021/01/15_改定投稿





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