登場場所の整理をしていますが、以下にSEO対策で「寺田寅彦」の原稿を投稿します使う画像で考えてしまいましたが、このご紹介で銀杏並木を使いました。日本の物理学会の黎明期に研究をしていた人です。文人としても有名人ですね。ご覧になってみて下さい。また、ブログ宣伝でツイッター使います。4/29(木)朝の時点でフォロワーは合計【11785】でした。作業としてフォロワー増は暢気に続けます。それよりも紹介の内容を吟味します。ロボットを含めてアカウント数を考えた時に私のブログ(別言すれば私自身)に垢が無関心ならツイッターには意義を感じません。
【以下が投稿原稿です】
寺田寅彦について
寺田寅彦は物理学者にして俳人です。
文筆家としては牛頓の名を名乗っていたり。
牛頓と書いてニュートンと読ませてました。
熊本の高校で英語教師として赴任していた
夏目漱石と出会います。後に文学に関わる
のはこの出会い大きかったといわれています。
贅沢な人生ですね。夏目漱石の作品
「吾輩は猫である」の中では寒月君として
登場する人物のモデルとなっていて
作品を通じて御人柄に触れた人も多いのでは
ないでしょうか。
因みに、
2021年春の時点で日経新聞で進んでいる連載小説では、その様子が描かれているようです。何時も斜め読みしていますが、淡々と話を進めるお人柄が伝わってきます。当時の時代背景や文人達の交流が感じられて面白いです。
寺田寅彦と研究について
研究の点でも時代の枠にとらわれない視点を持ち実績を残しています。その中でも評価が高い
研究業績はラウエの業績に刺激を受けた研究で
「X線の結晶透過」についての業績です。先進的な結晶解析に関して考察ををしてます。そして、
1913年に「X線と結晶」をNatureに発表してます。
寺田寅彦の研究人生をふりかえると、
田中舘愛橘に教えを受け、
長岡モデルを提唱した長岡半太郎に
教えを受けて、学生結婚をして、
その奥様に早く先立たれ、
東京帝国大理科大学で教鞭をとった後に
ベルリン大学で地球物理学を研究し、
理化学研究所、 東京帝大地震研究所
で研究を続けました。
57歳で亡くなられています。
〆最後に〆
以上、間違い・ご意見は
以下アドレスまでお願いします。
問題点に対しては適時、
返信・改定をします。
nowkouji226@gmail.com
2020/09/09_初稿投稿
2021/05/10_改訂投稿
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