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2019年03月04日
クロア篇−5章4
クロアはトンボの案内にしたがい、人通りがすくない小道まで来た。地上には水色の頭が見える。クロアはダムトと合流するまえに、騒がしい鳥を解放した。鳥は捕獲者に立ち向かってくるかと思ったが、来た道を引き返した。白髪の男性のもとへ帰ったのだろう。
「よーし、これで降りられるわ」
慎重に高度を下げる。よくよく見るとダムトは女性に絡まれていた。この女性が住民をたぶらかす魔人。顔を見てやろうとクロアが近付くや、女性の背中から翼が生えた。
「やぁだ、撒き餌に引っかかったってわけ?」
女は飛びすさる。そこへ金属製の鞭が襲う。ダムトが振るう鎖鞭だ。
「乱暴しちゃいやよ」
突如、光球が走った。光球は鞭に命中し、ダムトの攻撃を弾いた。有翼の女が「じゃあねー」と捨て台詞を吐く。と同時に翼から鱗粉のような粉が立ちこめた。
(なに、この粉……)
クロアはめまいを起こした。粉の効果は催眠か麻痺か、とかく良からぬものにちがいないと考えた。頭を左右に振り、正気を保とうと努める。クロアが目を開けたとき、正面に奇怪な化け物がいた。人の形をしていない、獣にも似つかない、うぞうぞとうごく肉塊だ。肉塊には大きな獣の爪や目が不規則に並ぶ。とても気持ちわるくて見ていられない。だがクロアは退治を試みる。そいつは魔人が残した魔物だと見做して。
「魔物め、覚悟なさい!」
クロアは杖を取った。魔物とは距離があるため、先端の石を飛ばす。杖による遠距離攻撃は命中し、魔物は地面に突っ伏した。だが魔物はすぐに起き上がる。わめいたと思うと、体からしなる触手が伸びて、クロアの手を打った。クロアは持っていた杖を落とす。
「魔物のくせにやるわね! ベニトラ、爪でひっかくのよ!」
その肉体が武器である飛獣にクロアは攻撃命令をくだした。だがベニトラはうごかない。
「ベニトラ、どうしたの?」
クロアは飛獣の不可解な態度にまごつく。そのうちに奇怪な魔物は飛翔する。魔物が触手をのばしたさきに、純白の翼が見えた。美しい天使のような者が襲われているらしい。助けなくては、とクロアは焦るものの、飛獣はうんともすんともうごかない。
「敵を倒さなくちゃ! ねえ、うごいて!」
クロアは自身の体の下を見た。すでに術の効果が切れて、ベニトラを視認できる状態になっていた──はずなのに、そこにいたのは朱色の獣でなかった。所々の肉が削げ落ち、皮膚がただれた、醜悪な魔物だ。クロアは予期せぬ事態に直面し、悲鳴をあげた。またがっていた魔物から滑り落ちる。落下の痛みこそ感じなかったが、混乱はおさまらない。
「どうして、いつ入れ替わったの?」
クロアは両手を地につけ、尻を引きずりながら後退する。魔物はまぶたから抜け出た目をクロアに向けた。魔物がなにごとかしゃべったようだが、クロアにはなんと言ったのかわからない。横から別の声が聞こえた。その方向を見れば白骨の騎士がいた。化け物ばかりが出現する状況に、クロアはますます混乱した。骨の手がクロアの顔に近付く。もはや魔物を退治しようという気は起きず、うごく骨の行く末を見続けた。
クロアの視界がぼやけた。眼前を覆う骨が太さを増し、人間らしい肉が備わる。いや、人間の手だ。はっきりとそう見えたとき、手が視界から外れた。次に見えたものは、さきほどクロアが注目した白髪の戦士だった。彼は人のよさそうな笑みを見せる。
「ご気分はいかがか?」
「え? ……白い骨の、屍人じゃない?」
「はは、そんな幻覚を見ていましたか」
「幻覚?」
クロアは腐敗した魔物を見てみる。そこには朱色の魔獣が伏せていた。ベニトラだ。そのそばにはソルフがしゃがんでおり、彼はクロアが落とした杖を回収していた。
「腐った魔物……は、まぼろし……?」
「てっきり、あなたがあの赤い魔獣に襲われているのかと思いましたぞ」
外敵だと誤認されかけた獣がクロアに近づく。大きな舌で、放心状態のクロアの顔をなめた。クロアは自分をおびやかす者がなにもいなかったのだとわかると、うれしくなる。
「……よかったぁ」
クロアはベニトラの首に抱きつく。温かい毛皮が心地よく、安心感で満たされた。
「して、いかな経緯で幻術に惑わされていたのです?」
中年に問われ、クロアは己の行動を思い返した。ここで戦闘が始まった原因は──
「あ、そうだわ! 夢魔の女が変な術を使ったのよ!」
クロアは上空をあおいだ。魔人をさがすが、空にはなにもいない。クロアが見た天使と肉塊の魔物も、幻術が引き起こした偽りの姿である。彼らはどこへ行ったのだろう。
「変わったものを連行する御仁がいますな」
男性の視線は地上にあった。そこに水色の髪の男がいた。その後ろに、飛翔してついてくる女もいる。女は腕を後ろ手に組み、胴体を縄でぐるぐる巻きにされている。
「ダムト! 捕縛に成功したのね」
クロアの歓喜の声とは反対に、ダムトはさげすむような目をする。
「ええ、クロア様のきつい一撃をもらいながらやり遂げましたよ」
幻で見えた魔物はダムトだった。クロアは「わざとじゃないの」と笑ってごまかした。
「よーし、これで降りられるわ」
慎重に高度を下げる。よくよく見るとダムトは女性に絡まれていた。この女性が住民をたぶらかす魔人。顔を見てやろうとクロアが近付くや、女性の背中から翼が生えた。
「やぁだ、撒き餌に引っかかったってわけ?」
女は飛びすさる。そこへ金属製の鞭が襲う。ダムトが振るう鎖鞭だ。
「乱暴しちゃいやよ」
突如、光球が走った。光球は鞭に命中し、ダムトの攻撃を弾いた。有翼の女が「じゃあねー」と捨て台詞を吐く。と同時に翼から鱗粉のような粉が立ちこめた。
(なに、この粉……)
クロアはめまいを起こした。粉の効果は催眠か麻痺か、とかく良からぬものにちがいないと考えた。頭を左右に振り、正気を保とうと努める。クロアが目を開けたとき、正面に奇怪な化け物がいた。人の形をしていない、獣にも似つかない、うぞうぞとうごく肉塊だ。肉塊には大きな獣の爪や目が不規則に並ぶ。とても気持ちわるくて見ていられない。だがクロアは退治を試みる。そいつは魔人が残した魔物だと見做して。
「魔物め、覚悟なさい!」
クロアは杖を取った。魔物とは距離があるため、先端の石を飛ばす。杖による遠距離攻撃は命中し、魔物は地面に突っ伏した。だが魔物はすぐに起き上がる。わめいたと思うと、体からしなる触手が伸びて、クロアの手を打った。クロアは持っていた杖を落とす。
「魔物のくせにやるわね! ベニトラ、爪でひっかくのよ!」
その肉体が武器である飛獣にクロアは攻撃命令をくだした。だがベニトラはうごかない。
「ベニトラ、どうしたの?」
クロアは飛獣の不可解な態度にまごつく。そのうちに奇怪な魔物は飛翔する。魔物が触手をのばしたさきに、純白の翼が見えた。美しい天使のような者が襲われているらしい。助けなくては、とクロアは焦るものの、飛獣はうんともすんともうごかない。
「敵を倒さなくちゃ! ねえ、うごいて!」
クロアは自身の体の下を見た。すでに術の効果が切れて、ベニトラを視認できる状態になっていた──はずなのに、そこにいたのは朱色の獣でなかった。所々の肉が削げ落ち、皮膚がただれた、醜悪な魔物だ。クロアは予期せぬ事態に直面し、悲鳴をあげた。またがっていた魔物から滑り落ちる。落下の痛みこそ感じなかったが、混乱はおさまらない。
「どうして、いつ入れ替わったの?」
クロアは両手を地につけ、尻を引きずりながら後退する。魔物はまぶたから抜け出た目をクロアに向けた。魔物がなにごとかしゃべったようだが、クロアにはなんと言ったのかわからない。横から別の声が聞こえた。その方向を見れば白骨の騎士がいた。化け物ばかりが出現する状況に、クロアはますます混乱した。骨の手がクロアの顔に近付く。もはや魔物を退治しようという気は起きず、うごく骨の行く末を見続けた。
クロアの視界がぼやけた。眼前を覆う骨が太さを増し、人間らしい肉が備わる。いや、人間の手だ。はっきりとそう見えたとき、手が視界から外れた。次に見えたものは、さきほどクロアが注目した白髪の戦士だった。彼は人のよさそうな笑みを見せる。
「ご気分はいかがか?」
「え? ……白い骨の、屍人じゃない?」
「はは、そんな幻覚を見ていましたか」
「幻覚?」
クロアは腐敗した魔物を見てみる。そこには朱色の魔獣が伏せていた。ベニトラだ。そのそばにはソルフがしゃがんでおり、彼はクロアが落とした杖を回収していた。
「腐った魔物……は、まぼろし……?」
「てっきり、あなたがあの赤い魔獣に襲われているのかと思いましたぞ」
外敵だと誤認されかけた獣がクロアに近づく。大きな舌で、放心状態のクロアの顔をなめた。クロアは自分をおびやかす者がなにもいなかったのだとわかると、うれしくなる。
「……よかったぁ」
クロアはベニトラの首に抱きつく。温かい毛皮が心地よく、安心感で満たされた。
「して、いかな経緯で幻術に惑わされていたのです?」
中年に問われ、クロアは己の行動を思い返した。ここで戦闘が始まった原因は──
「あ、そうだわ! 夢魔の女が変な術を使ったのよ!」
クロアは上空をあおいだ。魔人をさがすが、空にはなにもいない。クロアが見た天使と肉塊の魔物も、幻術が引き起こした偽りの姿である。彼らはどこへ行ったのだろう。
「変わったものを連行する御仁がいますな」
男性の視線は地上にあった。そこに水色の髪の男がいた。その後ろに、飛翔してついてくる女もいる。女は腕を後ろ手に組み、胴体を縄でぐるぐる巻きにされている。
「ダムト! 捕縛に成功したのね」
クロアの歓喜の声とは反対に、ダムトはさげすむような目をする。
「ええ、クロア様のきつい一撃をもらいながらやり遂げましたよ」
幻で見えた魔物はダムトだった。クロアは「わざとじゃないの」と笑ってごまかした。
タグ:クロア
2019年03月03日
クロア篇−5章3
クロアはベニトラに騎乗したまま町の上空をぶらついた。足の下には夜景が広がる。普段は見られない景色だ。希少価値のあるものを観覧するうちに、高揚感に満ちあふれた。
「町の上を飛ぶの、結構いいわね。いつもはできないことよ」
「……はい」
無口なソルフが返答した。クロアと二人きりになったいま、受け答えをせねばならぬという自覚がソルフにできあがったらしい。本当はベニトラも会話に加われるのだが、こちらの獣もおしゃべりをこのまない気質のようで、会話は弾まない。彼らがそういう性格だとクロアは承知しているため、とくになんとも思わなかった。
クロアは地上にいるダムトの水色の頭を捜す。しかし通行人の髪色がはっきりしない。
「んー、もうちょっと高度を下げたいわね。人の区別ができないわ」
クロアの視界に映るものが拡大する。ベニトラが徐々に降下したのだ。高度は高い建物の屋根に跳び移れるほどになる。クロアは大通りを見下ろした。そこで興味深い人を見つける。鎧を着用し、外套を背にまとう人物。肩には長い棒が置かれていた。棒の先端は幅の太い革袋で隠されている。その形状ゆえに、革袋の下に刃があるのだとクロアは察する。
「槍を担いだ人がいるわ。ベニトラ、追ってちょうだい」
「刃の類は見えぬ」
「革袋でおおっているのよ、直槍のようだから長い棍棒に見えるでしょうけど」
「鎧を着た戦士か」
「そう、外套も羽織っているわ」
注目の対象が一致したベニトラは更に下降する。家屋の二階程度の高さを保持しつつ、槍を持つ戦士を追いかける。戦士の体格は男性だ。頭髪が白いので、老齢かもしれない。
(老戦士でもお強い人はいらっしゃるもの。候補になるわ)
その根拠は聖王国の右隣りに位置する帝王国の先王だ。クロアは幼い頃から武断の王に多大な関心を寄せている。ちかごろの噂によれば、かの王はボーゼンより年長でありながら、いまだ武芸の腕が衰えず、凶悪な魔獣を屈服させたとある。クロアは傭兵にそこまでの強さを求めないが、目の前の人物が強者だという期待は持てた。
(でもいまは話しかけられないわね。術の解除方法を知らないし)
せめて戦士の宿泊先を確認できないものか、とクロアはやきもきしながら追跡する。すると戦士の肩からなにかが上昇した。白い鳥のようだ。だが足が四本ある。虎などの哺乳類を鳥の外観に変えたような形態だ。その特徴はこの国でよく招獣に利用される大鳥の魔獣に通じる。つまり、戦士は小さく変化できる招獣を連れているようだ。
白い飛獣がぎゃうぎゃう鳴いた。獣の鳴き声は、不可視のクロアに向けて発せられる。クロアは一度この場を離れようと思った。だが戦士が立ち止まったのを見て、思いとどまる。後ろを振り向いたその顔は、四十代の男性。クロアが想定した年齢より十は若い。
「どうした、ベイレ」
白髪の戦士は吠える獣の視線をたどる。クロアは彼と目が合い、気まずくなる。
「トンボ? 夜は眠るというが……」
彼はクロアの肩に止まる昆虫に着目した。招術士はクロアに気付かぬものの、白の飛獣はこちらに攻撃せんばかりにわめく。クロアが戦士を尾行するのを、怒っているようだ。
ふと昆虫が飛び上がった。すーっと家屋の屋根を越える。
(ダムトが呼んでいるのね!)
クロアを乗せるベニトラがトンボを追跡する。逐一命じなくともベニトラは次すべき行動をよくわかってくれる。そのことにクロアは感心した。
なぜか後ろで羽ばたく音がする。クロアが振り向くと先ほどの白い飛獣がきている。
「あなたのご主人にわるさする気はありませんわよ!」
抗議むなしく、クロアはくちばしのつつき攻撃を受ける。クロアは飛獣を手酷く追い返すわけにもいかず、一度拘束することにした。四つ足の鳥の首根っこを捕まえる。手中の鳥は暴れるが、かまっていられない。先行する昆虫はすでにダムトを追い、降下していた。
「町の上を飛ぶの、結構いいわね。いつもはできないことよ」
「……はい」
無口なソルフが返答した。クロアと二人きりになったいま、受け答えをせねばならぬという自覚がソルフにできあがったらしい。本当はベニトラも会話に加われるのだが、こちらの獣もおしゃべりをこのまない気質のようで、会話は弾まない。彼らがそういう性格だとクロアは承知しているため、とくになんとも思わなかった。
クロアは地上にいるダムトの水色の頭を捜す。しかし通行人の髪色がはっきりしない。
「んー、もうちょっと高度を下げたいわね。人の区別ができないわ」
クロアの視界に映るものが拡大する。ベニトラが徐々に降下したのだ。高度は高い建物の屋根に跳び移れるほどになる。クロアは大通りを見下ろした。そこで興味深い人を見つける。鎧を着用し、外套を背にまとう人物。肩には長い棒が置かれていた。棒の先端は幅の太い革袋で隠されている。その形状ゆえに、革袋の下に刃があるのだとクロアは察する。
「槍を担いだ人がいるわ。ベニトラ、追ってちょうだい」
「刃の類は見えぬ」
「革袋でおおっているのよ、直槍のようだから長い棍棒に見えるでしょうけど」
「鎧を着た戦士か」
「そう、外套も羽織っているわ」
注目の対象が一致したベニトラは更に下降する。家屋の二階程度の高さを保持しつつ、槍を持つ戦士を追いかける。戦士の体格は男性だ。頭髪が白いので、老齢かもしれない。
(老戦士でもお強い人はいらっしゃるもの。候補になるわ)
その根拠は聖王国の右隣りに位置する帝王国の先王だ。クロアは幼い頃から武断の王に多大な関心を寄せている。ちかごろの噂によれば、かの王はボーゼンより年長でありながら、いまだ武芸の腕が衰えず、凶悪な魔獣を屈服させたとある。クロアは傭兵にそこまでの強さを求めないが、目の前の人物が強者だという期待は持てた。
(でもいまは話しかけられないわね。術の解除方法を知らないし)
せめて戦士の宿泊先を確認できないものか、とクロアはやきもきしながら追跡する。すると戦士の肩からなにかが上昇した。白い鳥のようだ。だが足が四本ある。虎などの哺乳類を鳥の外観に変えたような形態だ。その特徴はこの国でよく招獣に利用される大鳥の魔獣に通じる。つまり、戦士は小さく変化できる招獣を連れているようだ。
白い飛獣がぎゃうぎゃう鳴いた。獣の鳴き声は、不可視のクロアに向けて発せられる。クロアは一度この場を離れようと思った。だが戦士が立ち止まったのを見て、思いとどまる。後ろを振り向いたその顔は、四十代の男性。クロアが想定した年齢より十は若い。
「どうした、ベイレ」
白髪の戦士は吠える獣の視線をたどる。クロアは彼と目が合い、気まずくなる。
「トンボ? 夜は眠るというが……」
彼はクロアの肩に止まる昆虫に着目した。招術士はクロアに気付かぬものの、白の飛獣はこちらに攻撃せんばかりにわめく。クロアが戦士を尾行するのを、怒っているようだ。
ふと昆虫が飛び上がった。すーっと家屋の屋根を越える。
(ダムトが呼んでいるのね!)
クロアを乗せるベニトラがトンボを追跡する。逐一命じなくともベニトラは次すべき行動をよくわかってくれる。そのことにクロアは感心した。
なぜか後ろで羽ばたく音がする。クロアが振り向くと先ほどの白い飛獣がきている。
「あなたのご主人にわるさする気はありませんわよ!」
抗議むなしく、クロアはくちばしのつつき攻撃を受ける。クロアは飛獣を手酷く追い返すわけにもいかず、一度拘束することにした。四つ足の鳥の首根っこを捕まえる。手中の鳥は暴れるが、かまっていられない。先行する昆虫はすでにダムトを追い、降下していた。
タグ:クロア