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2021年02月09日
#NEXTのテーマ -僕等がいたー
いつだって
本当は
あの時
大きな
舞台の上で
僕は 思っていた
その時
そこには
君たちが
いたね
こころ
ひとつで
君たちが
いたね
僕等は
いつも
憶えて
いるよ
その
新しい
時の
流れの
中で
いつか
また会える
時が
くるね
その時
またここから
歩き出せば
いいから
あの頃
確かに
僕等が
いたね
誰も
知らない
僕等が
いたね
何も
見えない
明日に
向かって
走る
僕等が
いたね
1982年発表「 NEXTのテーマ -僕等がいた- 」
作詞:小田和正 作曲:小田和正
タグ:オフコース
2020年10月29日
あの想いは、快速電車に乗って
下りの電車が、ホームに入ってきた。
午後7時、かなりの混雑だった。
午後7時、かなりの混雑だった。
前の人に続き、いつものように満員電車の中へ押し込まれていく。
ここから、およそ30分、ぎゅうぎゅうだ。
通勤快速だったから、途中、停車駅は少ない。
次の停車駅までは、10は止まらない。
通勤快速だったから、途中、停車駅は少ない。
次の停車駅までは、10は止まらない。
7割くらいはサラリーマン、そしてOLか。
残りは学生やお年寄り、そして諸々。
いつもの見慣れた車内だった。
残りは学生やお年寄り、そして諸々。
いつもの見慣れた車内だった。
ようやく見つけたつり革を、人差し指と中指で引っ掛けるように持った。
電車の揺れに合わせて動く周りの人間の体重に負けないように、自分の体のバランスを保っている。
電車の揺れに合わせて動く周りの人間の体重に負けないように、自分の体のバランスを保っている。
田舎育ちの僕にとって、この満員電車は苦痛ではあったが、同時に どこか誇らしくもあった。
地元では決して体験する事のない、現象だった。
地元では決して体験する事のない、現象だった。
発車してから4、5分経っただろうか。
いつもの風景が窓の外を流れていっている。
僕は目を軽く閉じて、つり革を持つ指先に神経を注いで、電車の揺れを感じている時だった。
いつもの風景が窓の外を流れていっている。
僕は目を軽く閉じて、つり革を持つ指先に神経を注いで、電車の揺れを感じている時だった。
ふと、僕のスラックスの股間に何かが当たった気がした。
誰かの鞄だろうか。
よくある事だった。
誰かの鞄だろうか。
よくある事だった。
最初は、そんなに気にもしていなかった。
しばらくすると、やっぱり、同じような感触があった。
スラックスの股間に辺りを、そぉっと、なでていくような感触だった。
電車の揺れに合わせて、右に左に動いていた。
スラックスの股間に辺りを、そぉっと、なでていくような感触だった。
電車の揺れに合わせて、右に左に動いていた。
(・・・痴漢・・か? )
とっさに、そう思った。
とっさに、そう思った。
まぁ、珍しいことではあったが、無くは無かった。
都会に出てきた時は、最初は驚いたが、大学生の時にも何度か体験したことがあった。
男でも、痴漢にあうのだ。
都会に出てきた時は、最初は驚いたが、大学生の時にも何度か体験したことがあった。
男でも、痴漢にあうのだ。
都会は、そういう場所らしい。
でも、痴漢にあうのはすごく久しぶりだった。
最後の体験を思い出せないくらい、前だ。
最後の体験を思い出せないくらい、前だ。
僕は混み合う車内の中で、僕の股間を触る人物の特定をしようと考えた。
早くしないと、次の駅に着いてしまう。
早くしないと、次の駅に着いてしまう。
顔をあまり動かさないように、視線を下げる。
前と後ろと、右と左と、いろんな方向から僕の方へ体重をかける人たちの体で、自分の下半身さえ見えない。
僕は鞄を持つ左手を少し動かして、自分の前に隙間を作ってみた。
僕は鞄を持つ左手を少し動かして、自分の前に隙間を作ってみた。
青いチェックの服の袖から伸びる、手が見えた。
男性の手だった。
その手が、スラックスの上から僕の股間をなでていた。
男性の手だった。
その手が、スラックスの上から僕の股間をなでていた。
この人だ。
僕は、青いチェックの袖から伸びたその手を上にたどって、本人の顔を確かめようとした。
すぐ隣にいた。
若い、男だった。
すぐ隣にいた。
若い、男だった。
横顔だったが、こっちを見ずに手だけを動かしている。
( ・・・どうしよう。捕まえた方がいいのか・・・・)
大声をあげて注意するような勇気もないし、かと言ってその手を掴んで、次の駅で駅員に突き出すような性格でもない。
分かったところで、結局されているがままなのだ。
逃げるしかない。
いつもしていたように、自分から下半身を引いて、その手を自分の股間から離した。
分かったところで、結局されているがままなのだ。
逃げるしかない。
いつもしていたように、自分から下半身を引いて、その手を自分の股間から離した。
「 ---次は、○○駅、○○駅。降り口は右側です。--ドアが開きましたら、ドア付近の・・・」
車内のアナウンスが流れだした。
車内のアナウンスが流れだした。
次の停車駅はもうすぐだった。
外はすっかり夜だ。
窓ガラスには、明るい車内の景色が反射して映っている。
外はすっかり夜だ。
窓ガラスには、明るい車内の景色が反射して映っている。
電車がブレーキをかけて、スピードが落ちていくのが分かった。
もうすぐ次の駅のホームに滑り込んでいくはずだ。
次の駅で降りるはずの人たちが、ソワソワし始める。
みんな出入口の方へ体勢を向け始めた。
もうすぐ次の駅のホームに滑り込んでいくはずだ。
次の駅で降りるはずの人たちが、ソワソワし始める。
みんな出入口の方へ体勢を向け始めた。
その時だった。
さっきの手が、今度は僕の股間を、ギュッと一瞬、強く掴んだ。
触るとか、そいう感じではない。
確かに掴んだ、のだ。
5本の指で、僕の股間を掴んだ。
触るとか、そいう感じではない。
確かに掴んだ、のだ。
5本の指で、僕の股間を掴んだ。
それはほんの一瞬で、そしてすぐに離れた。
電車が止まって、ドアが開き、人が一斉に押し出される。
降りる駅ではなかったけれど、その流れに合わせて、僕も一度ホームに降りた。
降りる駅ではなかったけれど、その流れに合わせて、僕も一度ホームに降りた。
さっきの掴まれた股間の感覚が、じんじんしていた。
掴まれたからなのか、緊張からなのか。
頭がぼうっとしていた。
頭がぼうっとしていた。
ホームに降りると、冷たい風が吹き、はっと僕を目覚めさせた。
-彼は?
無意識に僕は、さっきの青いチェックの服の若者を探していた。
降りたのか、車内にいるのか。
ホームの向こうを見て。こっちを見て。車内へ目線を向ける。
車内には見当たらない。
降りたのか、車内にいるのか。
ホームの向こうを見て。こっちを見て。車内へ目線を向ける。
車内には見当たらない。
降りたんだ。この駅で。
僕はそっちにかけた。
--探すんだ。
--探すんだ。
なぜか、そう思った。
探してどうするのかも、知らないくせに。
早く、探すんだ。逃げちゃうぞ。
探してどうするのかも、知らないくせに。
早く、探すんだ。逃げちゃうぞ。
僕でない僕が、僕にそう言った。
★★★ ★★★ ★★★
★★★ ★★★ ★★★
「 高校卒業したら、どうするんだ? 俊は? 」
その男は言った。
俊 -シュン- は僕の名前だ。
僕はその頃、高校3年生の秋を迎えていた。
俊 -シュン- は僕の名前だ。
僕はその頃、高校3年生の秋を迎えていた。
僕はその男の部屋にいた。
彼は、僕の高校の美術の先生だった。
まだ若くて、教師3年目の27歳だった。
背が高く、がっちりしていて、スポーツマンと言っても誰も疑わないだろう。
まだ若くて、教師3年目の27歳だった。
背が高く、がっちりしていて、スポーツマンと言っても誰も疑わないだろう。
でも、スポーツはまるっきりできない、と言っていた。
いつも、油絵の具の匂いがして、この部屋もなんだか、そんな匂いが染みついているようだ。
彼は、筆を動かす手を止めて
「 大学に進むのか? 」
と、聞いてきた。
「 大学に進むのか? 」
と、聞いてきた。
下着1枚でイスに座っていた僕は、組んでいた足を戻して彼の方へかがみ込むように姿勢を変えて、言った。
「 僕、シングルマザーだから、大学行くようなお金ないよ。うちには。-- 就職かな、多分。」
僕は、彼のデッサンの被写体のモデルをしていた。
それが、僕のバイトだった。
それが、僕のバイトだった。
小学、中学と水泳をしていた僕の肉体を被写体に、絵の練習をさせてくれ、といつからか、彼の絵のモデルのバイトをしていた。
もちろん、僕と彼以外は、誰もこのことを知らない。
部屋には、ちょっと暑いくらいの暖房がはいっていた。
クーラーの音が、部屋に響いていた。
クーラーの音が、部屋に響いていた。
「 そうか。 」
彼はそう言って、筆をしまい始めた。「 今日は、終わり。ありがとう。」
彼はそう言って、筆をしまい始めた。「 今日は、終わり。ありがとう。」
「 もう、いいの?」
僕は思わず、聞いた。まだ30分も経っていなかったからだ。
いつもは、1時間以上はモデルをしていた。
僕は思わず、聞いた。まだ30分も経っていなかったからだ。
いつもは、1時間以上はモデルをしていた。
僕は、服を着始めた。
ふいに、彼が僕へ近づいて、後ろから僕を抱きしめて
「 俊が望むなら、俺が学費払うよ。大学、行きなよ。」
と、言った。
「 俊が望むなら、俺が学費払うよ。大学、行きなよ。」
と、言った。
彼の両手が、僕の身体をぎゅっと包み込んだ。
僕はそれが、何を意味しているのか、分からなくもない年齢だったけど、おどけたように
「 早くバイト代、くれ。」
と、言った。
「 早くバイト代、くれ。」
と、言った。
本当に何もない、絵を描く道具しかないような部屋だった。
まるで生活感の無い部屋に、僕と彼は、2人でいた。
まるで生活感の無い部屋に、僕と彼は、2人でいた。
窓際に、ハンガーに吊るされて1枚のシャツが干してあった。
青いチェックの、シャツだった。
どこにでもあるような、地味な青いチェックのシャツだった。
それが、クーラーから吹き出る温風に揺れていた。
それが、クーラーから吹き出る温風に揺れていた。
「 はい、これ。 」
彼が、ポケットから5千円札を1枚、無造作に取り出して、僕に手渡す。
彼が、ポケットから5千円札を1枚、無造作に取り出して、僕に手渡す。
「 ありがと。 」
いつものように、それを受け取った。
いつものように、それを受け取った。
その時。
彼は、僕の腕を掴んで、自分の方へ僕を引き寄せた。
僕は反動で、彼の胸の中へ飛び込んでいくように、そして包まれた。
彼の右手が静かに下がって、僕の股間をぎゅっと掴んだ。
僕は反動で、彼の胸の中へ飛び込んでいくように、そして包まれた。
彼の右手が静かに下がって、僕の股間をぎゅっと掴んだ。
「 俺さ、、、俊。。。」
彼は僕の耳元で、そう言った。
そして、しばらく僕を離さなかった。
そして、しばらく僕を離さなかった。
彼のその行動の全てを、僕は、理解できないはずでもなかった。
むしろ、全部、理解していた。
むしろ、全部、理解していた。
ただ、その時はまだ、漠然と、怖かった。
身体が少し、震えていた。
身体が少し、震えていた。
目を開けると、彼の体の向こうに、青いシャツを見た。
ハンガーに吊るされて揺れている、青いチェックのシャツだった。
ハンガーに吊るされて揺れている、青いチェックのシャツだった。
「 もう、帰るよ。」
僕はそう言った。
僕はそう言った。
「 分かった。・・・ありがとう。」
彼は、言った。
そう言って、彼はしばらく僕の股間を掴んだままじっとしていた。
そして、大きく深呼吸をしたあと、その手を離した。
彼は、言った。
そう言って、彼はしばらく僕の股間を掴んだままじっとしていた。
そして、大きく深呼吸をしたあと、その手を離した。
そして僕の身体を、両腕から離した。
僕と彼は、今は生徒と先生の関係だけど、もうすぐ、それ以上になると、僕は思っていた。
でも、それはまだ、今じゃない。
そう、思った。
でも、それはまだ、今じゃない。
そう、思った。
でも、それは違った。
3日後、彼は、交通事故であっけなく死んでしまった。
★★★ ★★★ ★★★
★★★ ★★★ ★★★
改札を抜けていく、青いシャツを視界に捉えた。
あの若い男だ。
あの若い男だ。
胸が、高鳴る。
どうしようと、言うのか。
自分でも分からない。
彼を捕まえて、どうしようと、言うのか。
自分でも分からない。
彼を捕まえて、どうしようと、言うのか。
自分でも分からない。
今はただ、彼を見失わないようにと、思うだけだ。
僕も続いて、改札を抜けた。
僕も続いて、改札を抜けた。
見慣れない街並みが、夜に包まれていた。
降りたことのない駅だった。
今夜までは、改札で通過するだけの、街だった。
今夜までは、改札で通過するだけの、街だった。
その街の夜に、その若い男は、当然のように溶け込んでいった。
若い男が、角のコンビニを曲がった。
大通りからそれる道だ。
見失いやすい。
大通りからそれる道だ。
見失いやすい。
僕は、急いだ。
同じく、その角を曲がった。
同じく、その角を曲がった。
あの若い、青いチェックのシャツを着た男が、こっちを向いて立っていた。
胸が、さらに高まった。
★★★ ★★★ ★★★
★★★ ★★★ ★★★
その美術の先生の葬式は、ひそやかに行われた。
クラスを担任していなかったので、美術の生徒が数人、代表して参列したみたいだ。
もちろん、僕は参列しなかった。
美術部でもなかったからだ。
もちろん、僕は参列しなかった。
美術部でもなかったからだ。
葬式が終わって、1週間後。
僕は、彼の住んでいたアパートの前にいた。
僕は、彼の住んでいたアパートの前にいた。
澄んだ、青い空が広がっている。
彼のモデルをしに、何度も通ったアパートだ。
今はもう、いない。
それはまるで、本当に夢のようだった。
「 俊さ。」
僕のことをそう呼ぶ、彼の声が頭の中で、響く。
生徒と先生とか、そういうことではなく、ひとりの人間として僕は、彼に惹かれていた。
きっと、そうだ。
モデルのバイトという理由を見つけて、会いに来る。
きっと、そうだ。
モデルのバイトという理由を見つけて、会いに来る。
きっと、そうだ。
そうじゃなきゃ、この涙は、何だ?
止めどなく流れる、この涙は、何だ?
この涙の理由は、何だ?
この涙の理由は、何だ?
青い空がにじんで、見慣れた街の風景がにじんで、それでも、彼の言葉はかき消されない。
そうだ、僕も彼も、お互いの存在を確かめ合うことなく、永遠に離れてしまったのだ。
★★★ ★★★ ★★★
★★★ ★★★ ★★★
その青いチェックのシャツは、あの部屋にかかって揺れていたシャツに、よく似ていた。
でも、本当は全然、違うかもしれない。
でも、本当は全然、違うかもしれない。
「 何か、用? 」
その若い男は、僕に言った。
路地を一つ入ると、そこは思いのほか、暗かった。
人も、歩いていなかった。
路地を一つ入ると、そこは思いのほか、暗かった。
人も、歩いていなかった。
僕はその男の顔を、はじめてじっくり見た。
顔立ちの整った、目の少し細い、イケメンだった。
顔立ちの整った、目の少し細い、イケメンだった。
あの先生に、少し、似ていた。
青いチェックのシャツのせい、だったかもしれない。
青いチェックのシャツのせい、だったかもしれない。
「 いやっ、その・・・」
追いかけてきたくせに、急にしどろもどろになって、目が泳いでしまう。
言葉が、続かない。
追いかけてきたくせに、急にしどろもどろになって、目が泳いでしまう。
言葉が、続かない。
僕が少しずつ、後ずさりをしながら、
「 別に、何でもないけど、、、」と言いながら、来た道を戻ろうとした。
「 別に、何でもないけど、、、」と言いながら、来た道を戻ろうとした。
すると、急に。
その若い男は、僕の腕を掴んで引っ張って、自分の方へ僕を引き寄せた。
そして、後ろから包むように僕の身体を、抱きしめた。
そして、後ろから包むように僕の身体を、抱きしめた。
――― あの時と、同じだ。
匂いが、した。
あの絵の具の、匂い。
あの、青いシャツが揺れていた部屋の、匂い。
あの、僕をモデルにデッサンをしていた、彼の匂い。
あの、僕をモデルにデッサンをしていた、彼の匂い。
あの絵の具の、匂いだ。
そして瞬間、その男の右手が、僕の股間を包むように、掴んだ。
「 ごめん、俺。」
そう言った。「 すげぇ、タイプだったから・・・許して。」
そう言った。「 すげぇ、タイプだったから・・・許して。」
見知らぬ街の夜の喧騒が、音を無くして無音になる。
この若い男の声と、あの先生の声が重なって、僕の頭にこだました。
少し、して。
「 いいよ、別に。大丈夫。 」
僕は、そう言った。
「 いいよ、別に。大丈夫。 」
僕は、そう言った。
あの日、彼に言ってあげられなかった、言葉。
だから、今の僕は、言う。
だから、今の僕は、言う。
遠くで、クラクションが鳴った。
街が音を取り戻して、明るくなった。
その男の両腕が僕を離して、僕を見て、そして
「 名前、教えて。いい? 」
と、言った。
「 名前、教えて。いい? 」
と、言った。
「 シュン。」
短く、僕は答えた。そして、「 君の名前は? 大学生? 」と続けた。
短く、僕は答えた。そして、「 君の名前は? 大学生? 」と続けた。
車が1台、僕たちの横を通り過ぎていく。
ヘッドライトの明かりで、彼が一瞬、浮かび上がる。
くったくのない、笑顔をしていた。
ヘッドライトの明かりで、彼が一瞬、浮かび上がる。
くったくのない、笑顔をしていた。
「 大学生。名前は、ダイスケ。--よろしく。」
こんな声、していたんだ。
「 どうしたの? 」
彼が、僕に聞いてきた。
彼が、僕に聞いてきた。
( ・・・どうしたの? )
どういう意味だろう。僕はそう思ったが、すぐに、その意味が分かった。
どういう意味だろう。僕はそう思ったが、すぐに、その意味が分かった。
涙が。
涙が。
涙が。
僕は知らずに、泣いていたのだ。
視界がにじんで、彼の顔がだんだん見えなくなっていた。
視界がにじんで、彼の顔がだんだん見えなくなっていた。
「 泣いているの? 」
その若い男が、心配そうに聞いた。「 俺の、せい? 」
その若い男が、心配そうに聞いた。「 俺の、せい? 」
なんで、こんな時に僕は、僕は泣いているんだろう。
涙が、出てくるんだろう。
涙が、出てくるんだろう。
彼の青いチェックのシャツがにじんで、視界がすべて、青くなる。
「 ごめん、ダイスケ。・・・何でもない。」
僕は不自然に、謝ったけど、声にならなかったかもしれない。
僕は不自然に、謝ったけど、声にならなかったかもしれない。
見慣れなかった街の夜が、僕と彼を包んでいた。
もうすぐ、冬が来る。
ダイスケ
僕がきっと愛していたに違いなかっただろう、人。
絵の具の匂いの。
あっという間に、いなくなってしまった。
あの人と、同じ名前 だった。
タグ:電車
2020年10月27日
スーツが、都会の男の寂しさを紛らわしてくれるのかもしれない
「 お疲れ様でした。 」
僕は、同じフロアの同僚たちに挨拶をして、3階フロアを後にした。
都心から少し離れた場所に、僕の会社はあった。
たった3階だったから、階段を使って階下へ向かおうとした。
たった3階だったから、階段を使って階下へ向かおうとした。
エレベーターの横にある階段の入り口まで来て
ちょうど、同じ階にある別の会社の男性社員がエレベーターに乗り込むのが見えた。
ちょうど、同じ階にある別の会社の男性社員がエレベーターに乗り込むのが見えた。
彼が乗りがけに「 乗りますか? 」と僕に声をかけた。
断る理由もなかった。
「 あ、はい、、、。 」
僕は足早に動き、エレベーターに吸い込まれた。
僕は足早に動き、エレベーターに吸い込まれた。
★★★ ★★★ ★★★
★★★ ★★★ ★★★
つい、相手の股間を見てしまう。
僕の悪い癖だった。
いつからだろう。
気づくと、いつも そこに目がいっていた。
たとえば、初めて会う人にも
「 はじめまして。 」
そう言って、挨拶をして、すぐ目がいく。
気づくと、いつも そこに目がいっていた。
たとえば、初めて会う人にも
「 はじめまして。 」
そう言って、挨拶をして、すぐ目がいく。
自分でも理由は分からなかった。
エレベーターの中は、さっきの彼が一人っきりだった。
そんなに規模は大きくないビルだったけど、働いている人数は多いはずだ。
朝の出勤時などは全部で3台あるエレベーターはフル稼働だ。
朝の出勤時などは全部で3台あるエレベーターはフル稼働だ。
だから、こんな時間に彼と僕と2人なんて珍しかった。
★★★ ★★★ ★★★
★★★ ★★★ ★★★
「 1階で いいですよね? 」
さっきの彼が、ニコッとして僕に聞いてきた。
さっきの彼が、ニコッとして僕に聞いてきた。
「 あっ、はい。 、、、大丈夫です 」
僕は なぜかすごく緊張したように 答えた。
僕は なぜかすごく緊張したように 答えた。
膨らみが すごく大きかった。
やばい。
また、目がいっている。
また、目がいっている。
僕は気づかれないように、急いで目線を上げた。
エレベーターの階表示が 変わっていくのを目で追う。
エレベーターの階表示が 変わっていくのを目で追う。
1階までの時間が、すごく長く感じた。
★★★ ★★★ ★★★
★★★ ★★★ ★★★
もうすぐ1階へと到着する時だった。
一緒に乗っていた彼の右手が、僕の股間を触った。
触ったというより、掴んだ・・・と、言うか
あまりに突然のことで、僕は固まったように動けなくなった。
「 俺のここ、じっと 見てたでしょ? 」
そう言って、右手を 僕の股間から離した。
そう言って、右手を 僕の股間から離した。
チーン
エレベーターが1階について、ドアが開いた。
「 い、いやっ、、、その・・・ 」
僕がしどろもどろになって、ごまかしの言葉を探しているうちに、彼はエレベーターを出ていった。
僕がしどろもどろになって、ごまかしの言葉を探しているうちに、彼はエレベーターを出ていった。
何事もなかったように、彼は1階のエントランスホールを出口の方へ歩いていった。
入り口の自動ドアが開くと、彼は 特に振り返ることなく、外へ消えていった。
入り口の自動ドアが開くと、彼は 特に振り返ることなく、外へ消えていった。
人のまばらなホールに 僕はひとり どうしようもなくたたずんでいた。
★★★ ★★★ ★★★
★★★ ★★★ ★★★
僕がまだ学生の頃、21才だったと思う。
暑い、夏の日。
終電を逃して、朝まで 駅前のベンチで横になっていた時だった。
目を閉じてはいたが、まだ 眠りには落ちていなくて、駅前の喧騒を耳で追っていた。
ふと、自分の股間に 何かが当たるのを感じたのだ。
眠さ半分の意識の中で、薄っすらと目を開けて見てみると、タンクトップの、ガタイのいい男がいた。
こっちの様子を伺いながら、僕の股間をそっと触っていたのだ。
こっちの様子を伺いながら、僕の股間をそっと触っていたのだ。
僕が寝ているのかどうかを確認しているのだろうか。
( なんだ、なんだ、、、)
僕は、そう思いながらも 性格上 強気に出る訳にもいかず、寝ているふりをしていた。
その男の手は、僕のズボンの上を這うように すうぅっと 滑っていく。
そして、また戻ってくる。
こするように、僕の股間をなでていた。
( 何してるんだろう・・・ )
何をしているかは、きっと分かっていたが、僕は不安を取り除くように そう思った。
その時だった。
「 コウジ、タクシー来たぞっ 」
遠くから、別の男の声が聞こえた。
コウジ という名前なのか。
僕は なぜか冷静にそう思った。
「 おう。 今、行く。」
僕の股間を触っていただろう男が、大きく返事をして手を離した。
向こうへ走っていく音がした。
僕は、今度はしっかりと目を開けて その男を見た。
もう 後ろ姿だった。
タンクトップの後ろ姿が、喧騒の街の夜に 溶けていった。
★★★ ★★★ ★★★
★★★ ★★★ ★★★
瞬間、あの時のタンクトップの男が、僕の脳裏によみがえった。
ビルの外は、もう 秋が終わろうとしていた。
そろそろ、コートを出さなくっちゃ。
僕は、ビジネスバッグをぎゅっと握り直して、駅へ向かって歩き出した。
そろそろ、コートを出さなくっちゃ。
僕は、ビジネスバッグをぎゅっと握り直して、駅へ向かって歩き出した。
辺りはすっかり暗くなっていて、行き交う車のヘッドライトが街を照らしていく。
2ブロック歩いて、駅へ続く通りに出る角を曲がる。
先に、駅前のスクランブル交差点があった。
歩行者用信号は赤だった。
2ブロック歩いて、駅へ続く通りに出る角を曲がる。
先に、駅前のスクランブル交差点があった。
歩行者用信号は赤だった。
僕は、立ち止まって、なんとなくうつむいていた。
隣に立ったサラリーマンがいた。
隣に立ったサラリーマンがいた。
また、僕の視線がそのサラリーマンの股間を捉えていた。
いけない、いけない、、、
慌てて、目線を上に戻した。
慌てて、目線を上に戻した。
その時だった。
「 さっきは すいませんでした。 」
誰かが、僕の耳元でささやくように言うのが聞こえた。
誰かが、僕の耳元でささやくように言うのが聞こえた。
僕は目線だけ、そっちの方へ動かすと、さっきエレベーターで一緒だった彼を確認した。
「 あっ、さっきはすいませんでした、、」
僕は、反射的に謝ってしまった。顔が引きつっているのが 自分でも分かった。
僕は、反射的に謝ってしまった。顔が引きつっているのが 自分でも分かった。
「 認めるんですね、やっぱり。 」
彼は、いたずらっぽく 微笑んだ。
彼は、いたずらっぽく 微笑んだ。
信号が青に変わった。
人が一斉に動き出す。
その群衆の中、僕は はぐれないように、彼の横について歩いていた。
人が一斉に動き出す。
その群衆の中、僕は はぐれないように、彼の横について歩いていた。
「 なんて言えばいいのか、、、」
僕は声にならない声を出していた。
僕は声にならない声を出していた。
多分、彼には聞こえてない。
「 大丈夫ですよ。それより、僕の方こそごめんなさい。突然、触ったりして。」
めっちゃかわいい笑顔で、そう言った。そして、
「 見たいだけ、見ていいですよ。」彼はそう、付け加えた。
めっちゃかわいい笑顔で、そう言った。そして、
「 見たいだけ、見ていいですよ。」彼はそう、付け加えた。
「・・・・・。」
僕は、何と返していいか分からずにうやむやに、苦笑いをした。
僕は、何と返していいか分からずにうやむやに、苦笑いをした。
駅に着くと、彼は反対のホームだと答えた。
みんな 帰る場所は違うんだ。
当たり前だけど。
当たり前だけど。
別れる間際だった。
彼が言った。
「 触りたいなら、いつでも いいですよ。自分も、嫌じゃないから。僕もあなたの触れて、うれしかったし。」
そう告げて、手を振って、彼は離れていった。
同時にホームに電車が入ってきて、僕は下りの電車に乗り込んだ。
うれしかった。
その言葉が、リフレイン する。
そうか。
うれしかった、のか。
電車が動き出した。
誰も待つことのない、僕のアパートがある街へ向けて。
★★★ ★★★ ★★★
★★★ ★★★ ★★★
うれしかった のかもしれない。
そう、思った。
そう、思った。
アパートに着くと、僕は、すぐにシャワーを浴びた。
シャワーを少し、強めに出す。
シャワーを少し、強めに出す。
うれしかった のかもしれない。
あの時、
あの時、タンクトップの男性に触られた時。僕は。
あの時、タンクトップの男性に触られた時。僕は。
だから、性格上なんていう理由で隠して、寝ているふりをした、のだ。
だから、彼が仲間に呼ばれて去っていった時。
去っていく後ろ姿を見た時。
だから、彼が仲間に呼ばれて去っていった時。
去っていく後ろ姿を見た時。
僕は確かに、寂しかったんだ。
夜の街に溶けていく、彼の後ろ姿を今でも追いかけていたんだ。
シャワーを最大に強くした。
僕の寂しさを、かき消してくれるようだった。
目をぎゅっと つむった。
僕の寂しさを、かき消してくれるようだった。
目をぎゅっと つむった。
「 ―― 僕もあなたの触れて うれしかったし 」
あの言葉が、シャワーをかき消して、こだました。
★★★ ★★★ ★★★
タグ:スーツ