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2019年11月01日
家族の木 THE FOURTH STORY 真と梨央 <72 休憩>
休憩
食事は近所の蕎麦屋からの出前を取った。皆食欲がなかった。義父が皆を前にして、ぽつんと「延命は止めてやってくれないか?」と言った。皆「えっ」と驚いた顔をした。「でも、多少不自由なところが出てきても私達が頑張るから、大丈夫だから」と梨央は老いた父を励ました。
「梨央、ありがとう。でも、ママはあの通りの美貌だろ?子供の時からキレイだキレイだといわれてきたんだ。あのままキレイに逝かせてやりたいんだ。僕の身の回りを清潔に、おしゃれな服を買い揃えてきたのも全部ママだ。ママがパパをきれいにしてきたのは、そういう暮らしが好きだからなんだ。パパにはママをきれいに暮らせるようにしてやる力はないんだよ。
それにね僕の脚が不自由になった時みんなが助けてくれて、余り不便を感じずに暮らしてきた。それでも、時々とても辛くなった。忙しい日々から突然何もすることがなくなるんだ。皆が僕の顔を立てていろんな相談事を持ってきてくれるんだが、現実は僕の助言なんてなくても立派にやっていける。そういうことを考えると辛くなることがあったんだ。ママはパパの面倒を見られなくなった自分に絶望するんじゃないかと思うんだ。」
「お義父さん、それは違いますよ。どうしても不安な時にお義父さんに話して意見を聞くと自信が持てた。助言が聞きたいから相談してました。」おれは結構大きな声で言ってしまった。
「ありがとう、真。君が梨央の夫でよかったよ。でも、僕も絵梨ももういい年だ。ここらで休憩してもいいと思うんだよ。」みんな義父に返す言葉を知らなかった。
俺は義父は死にたがっていると感じた。いいんじゃないかと思った。要するに長年一緒に暮らした妻ときれいに終わりたいんだ。そういう気持ちをわかる年になっていた。
3日後、義母は集中治療室から出て個室のベッドで眠っていた。皆意外に早かったと喜んだ。意識を取り戻したがしゃべれる状態ではなかった。ただ涙を浮かべてこちらを見るだけだった。義父が手を取ると握り返した。ああ、愛し合っているんだと思った。
義父が指で涙をぬぐうと少し微笑んだような気がした。それが義母の意識のある最後の姿だった。その夜静かに息を引き取った。延命するもしないもなかった。
無事に葬儀や法要を済ませたころから義父に認知症の症状が出始めた。よく、「絵梨、絵梨靴下はどこかな?」とか、「お茶にしてほしいな」と言っている。梨央や梨沙ちゃんが行くと、「おや今日も来てるのか?真を放っておいていいのか?」とか「詩音も呼んでおいで」といって、また絵梨、絵梨と呼ぶ。
梨央は、「パパは受け入れてないのよ。ママがいないことを。だから寂しくないのよ。いると思ってるんだもの。」と言って涙ぐんだ。俺はできたら早く義父を義母のそばに行けるようにしてやりたかった。義母は義父より4歳上の姉さん女房だ。「早くいらっしゃい」と呼んでいるのかもしれなかった。
義父の家は義父の脚が悪くなってから1階に寝室を増築していた。しかし、その日は2階の寝室に眠っていた。
梨央が夕食を作っている30分ぐらいの間だった。上機嫌で「いつも悪いね。僕は幸せ者だよ。詩音君も真も理解があっていい男だ。梨央がこんなに僕の面倒を見てくれるのもあの男たちのおかげだね。」と言ってちょっと横になるといって寝室に行った。
一階の寝室にいると思ったら二階の寝室で眠っていたらしい。一人で二階に上がるのは大変だっただろうに。それでも、義母と過ごしたその部屋を選んで義父は生涯を閉じた。穏やかな死に方だった。義母と同じ、脳卒中だった。計算したのではないかと思うぐらい静かで自然な最期だった。
続く
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食事は近所の蕎麦屋からの出前を取った。皆食欲がなかった。義父が皆を前にして、ぽつんと「延命は止めてやってくれないか?」と言った。皆「えっ」と驚いた顔をした。「でも、多少不自由なところが出てきても私達が頑張るから、大丈夫だから」と梨央は老いた父を励ました。
「梨央、ありがとう。でも、ママはあの通りの美貌だろ?子供の時からキレイだキレイだといわれてきたんだ。あのままキレイに逝かせてやりたいんだ。僕の身の回りを清潔に、おしゃれな服を買い揃えてきたのも全部ママだ。ママがパパをきれいにしてきたのは、そういう暮らしが好きだからなんだ。パパにはママをきれいに暮らせるようにしてやる力はないんだよ。
それにね僕の脚が不自由になった時みんなが助けてくれて、余り不便を感じずに暮らしてきた。それでも、時々とても辛くなった。忙しい日々から突然何もすることがなくなるんだ。皆が僕の顔を立てていろんな相談事を持ってきてくれるんだが、現実は僕の助言なんてなくても立派にやっていける。そういうことを考えると辛くなることがあったんだ。ママはパパの面倒を見られなくなった自分に絶望するんじゃないかと思うんだ。」
「お義父さん、それは違いますよ。どうしても不安な時にお義父さんに話して意見を聞くと自信が持てた。助言が聞きたいから相談してました。」おれは結構大きな声で言ってしまった。
「ありがとう、真。君が梨央の夫でよかったよ。でも、僕も絵梨ももういい年だ。ここらで休憩してもいいと思うんだよ。」みんな義父に返す言葉を知らなかった。
俺は義父は死にたがっていると感じた。いいんじゃないかと思った。要するに長年一緒に暮らした妻ときれいに終わりたいんだ。そういう気持ちをわかる年になっていた。
3日後、義母は集中治療室から出て個室のベッドで眠っていた。皆意外に早かったと喜んだ。意識を取り戻したがしゃべれる状態ではなかった。ただ涙を浮かべてこちらを見るだけだった。義父が手を取ると握り返した。ああ、愛し合っているんだと思った。
義父が指で涙をぬぐうと少し微笑んだような気がした。それが義母の意識のある最後の姿だった。その夜静かに息を引き取った。延命するもしないもなかった。
無事に葬儀や法要を済ませたころから義父に認知症の症状が出始めた。よく、「絵梨、絵梨靴下はどこかな?」とか、「お茶にしてほしいな」と言っている。梨央や梨沙ちゃんが行くと、「おや今日も来てるのか?真を放っておいていいのか?」とか「詩音も呼んでおいで」といって、また絵梨、絵梨と呼ぶ。
梨央は、「パパは受け入れてないのよ。ママがいないことを。だから寂しくないのよ。いると思ってるんだもの。」と言って涙ぐんだ。俺はできたら早く義父を義母のそばに行けるようにしてやりたかった。義母は義父より4歳上の姉さん女房だ。「早くいらっしゃい」と呼んでいるのかもしれなかった。
義父の家は義父の脚が悪くなってから1階に寝室を増築していた。しかし、その日は2階の寝室に眠っていた。
梨央が夕食を作っている30分ぐらいの間だった。上機嫌で「いつも悪いね。僕は幸せ者だよ。詩音君も真も理解があっていい男だ。梨央がこんなに僕の面倒を見てくれるのもあの男たちのおかげだね。」と言ってちょっと横になるといって寝室に行った。
一階の寝室にいると思ったら二階の寝室で眠っていたらしい。一人で二階に上がるのは大変だっただろうに。それでも、義母と過ごしたその部屋を選んで義父は生涯を閉じた。穏やかな死に方だった。義母と同じ、脳卒中だった。計算したのではないかと思うぐらい静かで自然な最期だった。
続く
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