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2019年10月16日

家族の木 THE FOURTH STORY 真と梨央 <56 弁解>

弁解
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義母が「どう考えたって真さんが良くない。ちゃんと謝らないと」といった。「真、いつも梨央にあんな口の利き方か?」義父の目が怒っていた。「いや、そんなことありません。話の流れでつい、すんません。」と義父に謝った。「いや、僕に謝ってる場合か!梨央に謝れ、あれはまずいぞ。」といった。玄関から梨央と真也が外へ出る音がした。俺は慌てて追いかけた。

梨央に追いついてすぐ「梨央、ごめん、あんな言い方して悪かった。」と声をかけた。梨央は「いいの、私が軽率だから。」と返事をしたが冷たい。家の玄関を入るとすぐに、「ごめん、イライラしてたんだ。」「イライラさせてごめんなさい。私は軽率なの。これから夕食の準備なの。真也を遊んでやって。」とキッチンへ行ってしまった。

俺のイライラの原因は遊園地だった。俺が不安にさいなまれていた時に父は別宅の妹たちを連れて遊園地ではしゃいでいた。それが許せなかった。母が亡くなってからの俺の子供時代は本当に孤独だった。祖母が亡くなってからは不安が上積みされていった。

やっと父に引き取られたときには俺は小さな資産家だった。そして、妹たちの存在が母を悲しませていたとわかった。俺はまともな育ちじゃない。そのことが大きなコンプレックスだった。

その妹の駆け落ち騒動の後始末を俺がするのかと思うと腹が立った。ましてやなんで妊娠中の妻がいる家で預からなければならないのかと思うとむかっ腹が立った。梨央に当たるのは筋違いだ。しかも梨央が俺のために言った言葉を強く否定して我ながら何てバカなんだと嫌になった。

食事中も「梨央、あの時ちょっといらだつ原因があったんだよ。梨央にイラだったんじゃないんだ。俺は自分の父親にイラだったんだ。ごめん。なんかお詫びしなきゃな。今度の休みに、新しい服を新調しよう。」というと「これからおなかが大きくなるんだから、今は服は要らないの。」

「じゃあ、どうだ、香水を買おうか?」「今つわりで気持ち悪いの。香水は要らないわ。」

「指輪はどうだ。ちょっといいのを買おうか?」「子供たちが小さいうちは指輪は使わないの。けがをさせちゃったらいけないから。」

「じゃあ、え〜と、う〜ん、何がいい?」と困っていると梨央が笑い出した。

「なんで、要らないものばっかり思い付くの?」といわれて、「わかってないオッサンなんだよ。ごめんな。お義父さんとお義母さんに怒られたよ。お義父さんなんか、いつもあんな口の利き方か?って真顔で言うんだよ。」梨央は「怒られればいいのよ。」と言いながら笑った。」いつもの、とろける笑顔だった。とりあえずは梨央の怒りの火は治まったようだった。

その夜ベッドで子供の時の話をした。ナイトランプの薄明りでも梨央が泣いているのが見えた。「かわいそうだったのね。真君は。でもね、今は真也がいて、もうちょっとしたらこの子も生まれて、あなたは二児の父よ。私もいるし、軽率だけど。あなたは、もう孤独とはお別れよ。これからは、いい加減に静かにしろ〜って叫ばなきゃならないわ。」といった。

「うれしいね。家族が増えるのは。梨央のおかげだ。本気でお手伝いさん探さなきゃな。」と言いながら抱きしめた。

続く

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2019年10月15日

家族の木 THE FOURTH STORY 真と梨央 <55 八つ当たり>

八つ当たり
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「まあ、おかけになって。」と義母がみんなを席に着かせた。梨央も席に着いた。「実は、お嬢さんの行方を探すのに真君に探偵社を奨めたのは私です。探偵社の報告書も申し訳ないが読ませていただきました。それで、風羽田君の名前を見て驚いた次第です。風羽田は私の実母の姓です。最初は単なる同姓かとも思いましたが、君のお爺ちゃんが私の実母の兄だ。」と最後は風羽田裕也に向かって言った。

義母以外の人は皆、なにかおとぎ話を聞いているような顔をしていた。「 君らが今住んでいる地域に君のお爺ちゃんの家があった。君、それで土地勘があったんだね。」「はあ。」風羽田裕也はおとなしい性格らしく、不思議そうな顔をして一言答えただけだった。

「私は一歳に成る前に実母を亡くして養子に出されました。ですから、風羽田家とは縁が切れておりますが裕也君と血はつながっています。あまりにも唐突なことで私もびっくりしました。探偵社を使わなければわからないことでした。」といった。

一同は分かったようなわからないような顔をした。俺も同じだった。それから、現在の借金の額を義父に報告した。父は「とにかく、一旦恵美を連れて帰ります。」というので、「思わず、何言ってるんだ。自分の娘のことばかり考えやがって。この男をここまで連れてきたからには、この男の居場所を決めなくちゃすまんだろう!」と大きな声を上げた。

男は「自分は何とかなります。とにかく恵美さんを無事にお返ししたいです。」といった。恵美は「家には帰れない。お兄ちゃん二人で住める部屋を紹介して。費用は出せるんだから。お願い!」といった。「そんなこと言っても、このまま二人でおいとくわけにはいかんから。とにかく恵美は家に帰れ!」と言いながらうんざりした。

浜野の家族はいつもこうだ。話がまとまらない。義父が「風羽田君はうちであずかる。とにかく法的な処理をきちんと終わらせるんだ。2,3日で終わる。うちに居て書類を作るんだ。弁護士にたのもう。」といった。

恵美は「私は家に帰りたくないの。お母さんが泣きわめくじゃない!もううんざりなの。」と恵美がいうと「今郁美が必死で相手をしている。お前妹にどんなに迷惑をかけているのかわからないのか!」と父が怒った。

今まで黙っていた梨央が「じゃあ、恵美さんはしばらくうちにいらっしゃったらどうかしら?」といった。突然俺の何かが噴火した。「何、軽率なこと言ってるんだ!身重でそれ以上負担増やすな!真也と自分のことだけ考えろ!」と叱りつけてしまった。

梨央の目の周りがみるみる赤くなった。それでも、真也が「マ〜マ」と声をかけると、満面の笑みを作って「なあに。」と答えた。「お姉さん、身重?すみません。兄は私たちのことでイライラしちゃって。ホントにごめんなさい。」と恵美が謝った。

義母があきれ顔で「ちょっと梨沙に頼んで見るわ。新田さんのビルだったら空きがあるかもしれない。」と言ったので、「お義母さん、家の恥です。」と制止した。

「恵美、家に帰れ!お母さん泣きわめいて当たり前だろ。お前の責任でなダメろ!母娘だろ、度が過ぎるようなら鎮静剤処方してもらえ。とにかく家に帰れ!」と言って家に帰した。

だいたい、風羽田は何もしゃべらない。なんで恵美ばかりしゃべるんだ。この男は恵美をどう思ってるんだと気になった。しばらく離した方がいいと思った。

義父は風羽田に「あとで内容をしっかり教えてくれ。とにかく飯にしよう。この辺りは蕎麦か寿司しかないんだ。真達も一緒に食べて帰ればいい。」と言ってくれたが、梨央は「うちは簡単なものだけど、もう用意ができてるの。私は帰ります。あなた、御馳走になれば?」「いや用意ができてるんだったら俺も帰るよ。」と言ったが「簡単なものよ。」と梨央は冷たい。梨央は先に玄関へ行ってしまった。


続く

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2019年10月14日

家族の木 THE FOURTH STORY 真と梨央 <54 怒りの理由>

怒りの理由
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恵美は年下の男をかばった。「ねえ、お兄ちゃん、この人ね闇金に騙されたのよ。追われてるの。だから、身軽なように家財道具も買ってないの。」

「何三流映画みたいなこと言ってるんだ。ちゃんと法的に処理しろ!」

「だから、それが危ないの。そういうことさせないためにこの人を捕まえようとしてるのよ。ねえ、お兄ちゃんの物件で安全なところない?」と真剣だ。闇金などという下品な言葉を恵美が使うこと自体情けなかった。

「お前黙ってないでなんとか言え!どうするつもりなんだ。いくらあるんだ借金は!」と聞くと、「地銀のビジネスローンが215万と、闇金が820万です。」と答えた。「闇金で800万も借りてどうするんだよ!お前、親はどうした!親は何にもしてくれないのか!」と聞くと、親は公務員だから世話になれない。こういうことが表に出れば親の職が続かなくなると答えた。

「お前人の家の娘を無茶苦茶にして親を守るのか?公務員なら退職金があるだろう。恵美の金を使う前にそっちを使え!」気が付けば俺が闇金のようなことを言っていた。「お兄ちゃん違う。恵美がこの人を逃したの。逃げなくちゃこの人殺されちゃう。」と泣いた。「あほか。誰が金を貸した人間を殺すか。」と答えながら自分のガラの悪さに驚いた。

「お父さん、こいつら連れて帰ってくれ。このままタクシーで走ってしまえば見つからんだろう?」といったが恵美が嫌がった。「お母さん、またヒステリーを起こすじゃない!大騒ぎになるじゃない!」と叫んだ。父も「うちへ来ん方がいい。母さんが騒ぎ立てて事がややこしくなる。お前の方で段取りできんか?金の方はもちろん負担させてもらう。お前の関係でいい場所はないか?」という。

「どこまで甘えた野郎だ。」と思ったが俺の親だった。結局一旦俺の家に行ってから改めて賃貸物件を探すことにした。すぐにでも入れるところに心当たりがあった。また、梨央に負担がかかると思った。

車の中で俺は不機嫌だった。おかげでみんな黙りこくっていた。この家の人間と俺はいつもこんな関係だ。俺の不機嫌でみんな黙る。慣れているはずの雰囲気なのに、今は気が滅入る。

途中遊園地の観覧車が見えた。恵美が「あっ、湊遊園だ。久しぶりだわ。」といったので「知ってるのか?よくいくのか?」と聞くと「大人になってからは行かないわよ。幼稚園の頃?よく家族で行ったわよね。お父さん。」と恵美がいうと、父は不機嫌に「そうだな。お前呑気だな。」といった。

俺は、この場で運転をやめてみんなを降ろそうかと思うほど腹が立った。恵美が幼稚園の頃といえば、祖母が亡くなったころだ。俺はそのころ毎日が不安で不安でしょうがなかった。祖母がなくなると近所のおばさんが俺の世話をしてくれた。坊ちゃん、坊ちゃんと呼んで大切にされた。

しかし、可愛がられているわけではなかった。ただ毎日生真面目に働いているだけだ。仕事に来ているだけだった。時間が来ればさっさと帰った。祖父の帰りが遅い日は大きな寝室で一人で寝た。

そして、毎晩、祖父が亡くなったら自分は誰に引き取られるのだろうと心配していた。まだ小学5,6年生だった。そのころは、祖父の全財産を相続するのが自分だということもわからなかった。毎日が不安で不安でしょうがなかった。

そんな時、こいつらは家族で遊園地に行っていたのだ。みんなでキャーキャー騒いでいたのだ。俺は何でこいつらのために奔走しているのだろう。田原の家に恥をさらし、身重の妻に負担をかけようとしていた。俺が守るべきはこいつらじゃない。そう思うとイライラした。

家に着くと梨央は驚いていたが、それでも「大変でしたね。」とお茶を用意してくれた。リビングには田原の義父と義母がいた。父親が深くお辞儀をして「迷惑をおかけします。」とあいさつをした。
義父は「いや、ひょっとしたらご迷惑をおかけしたのはこちらかもしれません。」と深いお辞儀を返してくれた。父や恵美や風羽田はちょっと不思議そうな顔をした。

続く

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2019年10月13日

家族の木 THE FOURTH STORY 真と梨央 <52 男の素性>

男の素性

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1週間後には調査報告が届いた。今、中野区の賃貸マンションに住んでいるらしい。男は都内の生まれ育ちだった。両親とも教師で兄は国家公務員だった。エリート志向の強い家庭で育っていて都内でも有名な中高一貫校出身だった。

どこのやくざ者かと思っていたが意外に堅実な家庭で育っている。本人は大学受験に失敗してから水商売に入っていた。年は30歳、恵美より2歳下だ。10年間スナックの裏方やキャバレーのボーイなど水商売で食べている。やっと経営者になったが、その経営に失敗していた。名前は風羽田裕也といった。

俺は、自分が調査報告書を読んだ後に義父にその報告書を渡した。義父は読み始めてすぐに「う〜ん}とうなり声をあげて難しい顔になった。そりゃ確かに気分のいいものではないけれど、そんなにいやな顔をしなくてもいいと思った。しかもそのあと、しばらく席を立ってしまった。義母がその報告書に目をやると突然表情が変わって何もしゃべらなくなってしまった。

一体どうしたことかと焦っていると義父が席に戻ってきて、「その風羽田裕也は僕のいとこの息子だ。」といわれた。俺は1オクターブ高い声で「は?」と言ってしまった。梨央はぽかんとなっていた。「パパ何言ってるの?」といった。義母が「パパの叔父さんの孫よ。」といった。俺はもう一度「は?」といった。

「今二人が住んでいるところは僕の叔父の住んでいたところだ。土地勘があるんだろう。とにかく行ってみたらどうだ?詩音君も一緒に行けないか聞いてみてくれ。一人じゃ危ないだろう。」というので、「いや、父を連れていきます。詩音さんは怪我でもしたら画業に触りますから。父は自分の娘ですから。」

翌日父と二人で、調査会社が調べ上げた場所へ行ってみた。高級マンションが並ぶところだったが、その町の片隅にある小さなマンションに恵美と風羽田裕也は住んでいた。表札を上げていないので人違いだったらどうしようと思いながらインターフォンを押した。

何度押しても返事がない。父と二人でドアの前をうろうろしていると、そっとドアが開いた。恵美だった。「なんだ居たのか?」というと、声を潜めて「入って!」と言った。慌てて部屋へ入って暗澹とした。小さな冷蔵庫とテーブルしかなかった。小さなキッチンにはコップしかなかった。その隅にビニールのごみ袋があった。

風羽田裕也は部屋の奥で敬礼に近いようなお辞儀をしていた。「申し訳ありません。」とだけ言った。
父が風羽田の襟首をつかんだ。こういう時人間は気の利いたセリフは出ないようだった。「どういう了見だ。」と至極ありきたりのセリフを言った。男はまた「申し訳ありません。」といった。

「それにしてもこれじゃまともな暮らしは出来んだろう。食事はどうしてるんだ?」と聞くと「コンビニとか出前とか。」と恵美が答えた。「金はどうした。全部こいつにとられたのか?」と聞くと、また恵美が「持って歩いてるの。いつ引っ越さなければわからないから持って歩いた方が安全かなと思って。」と答えた。なんとなく、この駆け落ちは恵美主導のような印象だった。


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2019年10月12日

家族の木 THE FOURTH STORY 真と梨央 <52 身上調査>

身上調査

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みっともないと思ったが梨央に事情を説明した。梨央は「パパやママにも言っといた方がいいと思うの。パパって紳士然としてるけど意外に水商売系のことも詳しいの。」ということだったので義父や義母にも報告した。

もちろん梨沙ちゃんや詩音にも報告した。実家の恥をこんなにみんなにしゃべったのは協力してほしいからだ。こういうことに慣れた親戚や知人を紹介してほしかったからだ。

翌日郁美と会った。郁美は「お兄ちゃんごめんね。お母さん、家取っちゃったのよね。普段何にも構わなくてこんな時だけ連絡して。お姉さん、嫌な顔しなかった?」

「嫌な顔なんかしないさ。郁美、大人になったなあ。そんなセリフを言うようになったんだ。」と感心した。

「よかった。お姉さんにも謝っといてね。だってお兄ちゃんしか頼りにならないんだもん。」久しぶりに見る妹をかわいいと思った。

「あのね、お姉ちゃんなんだけど、お姉ちゃん騙されてると思うの。すごく好きになっちゃって言われるままに家出しちゃったんだと思うんだ。でも、お姉ちゃんこの半年ぐらいずっとお金渡してたと思う。何ていうの?ヒモ?そういう感じじゃないのかな?」

「それ、母さんに言ったか?」

「言ってない。だってお母さん興奮すると泣くじゃない。今泣いてる場合じゃないじゃない。お父さんには言ったの。だから、お父さん、お母さんに内緒でクラブの従業員の人に色々聞いてる。でも、わかんないのよ。お兄ちゃん、そういう場合の調べ方わかる?」

「駆け落ちの調べ方がわかるわけないだろう。うちの事業にそういう項目はないんだよ。」とはいうものの何とかしなければいけないのは分かっていた。田原の義父に相談してみた。

田原の義父は「そんなときは調査会社が一番頼りになる。しっかりしたところに頼めば出生から恋愛遍歴までわかる。行方を探す手掛かりはそういうところにあるだろうから。ただ、会社で使っているところはまずいだろう。身内のプライバシーが全部知れてしまう。ここどうだ。」と義父は超一流の調査会社名前を言った。

「僕に伝手がないが隆の方であると思う。聞いてみるか?隆は事情を人にしゃべるようなアホじゃない。信用してくれ。」

「でも、こんな大きな調査会社がこんなつまらない仕事受けますか?」「大丈夫だ。ただし高い。そこだけの問題だ。」「それならお願いします。」ということで大手調査会社に「クラブ風」の経営者の身上調査を依頼した。

続く

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2019年10月11日

家族の木 THE FOURTH STORY 真と梨央 <51 駆け落ち>

駆け落ち

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真也が幼稚園に通うようになったころ梨央は食欲不振になった。機嫌はいいが顔色が悪い。そういう様子は前に一度経験していた。真也の時には義母がサポートしてくれた。だが、今は義母は義父の世話をしなければならなかった。

義父の田原純一は、今は経営からは退いて一日家にいた。右足が動かない以外に特に問題はなかった。生活の不自由と言えば車が乗れないことぐらいだった。俺は時々経営の相談をしに家に行った。義母はよく義父の世話を焼いていた。この家はどうもみな世話女房だ。食事の時にはピッタリ寄り添って食べる。この生活に水を差すのも申し訳ない気がした。

梨央に家政婦を雇うことを提案した。「ありがとう、そうしてもらえると嬉しいんだけど、ママがどういうでしょうねえ。また自分が面倒を見るって言わないかと思って。」そうだ、これが難問だった。

今でも真也が行けば義父の世話はいったん中断になる。義父は特に世話が必要な体ではないので怒りはしないが、しょっちゅうになれば不自由も出てくるだろうと思った。

梨沙ちゃんは社長業で忙しい。今となればえり兆ビルのカフェや呉服店、ギャラリーなどの経営を一手にひきうけていた。梨沙ちゃんが遅くなる日は梨沙ちゃんの夫の新田詩音の夕飯は義母の世話になるようだった。

義母は頑張る性格だった。今義母に体を壊されると、やっぱり義父は困るだろう。最初は週2日だけ家政婦さんに来てもらうことにした。義母の気持ちを考えてなおかつ義母の体調を考えた苦肉の策だった。俺は、こんなに人の気持ちを汲む人間になったんだと我ながら感心した。

そんな時、俺の妹が駆け落ちをしたと連絡があった。梨央と同じ年の恵美だった。駆け落ちってこの時代にまだそんなことをする人間がいるのかと驚いた。親に反対されても結婚すればいいだけだ。なにも行方をくらまさなくても、いい大人なんだから勝手に暮らせばいいだけじゃないのか?と駆け落ちという言葉に納得がいかなかった。現に俺たち夫婦だって俺の親の意向とは違う形で暮らしている。

久しぶりに実家に帰った。継母は今までとは全く違う対応だった。丁寧に仏間に通されたので実母に線香をあげることができた。父は深く頭をさげた。俺は継母よりも、頼りない父に腹が立った。今は会長という立場にはあったが会社の経営には全くかかわっていなかった。俺は浜野興産のことも田原の義父に相談した。その方が間違いないと思っていた。

恵美は最近夜遊びをするようになっていた。習い事で知り合った友達とクラブというものに出入りしていたらしい。駆け落ちの相手はそのクラブの経営者の男だということだ。そのクラブは経営状態が悪くて経営者は夜逃げ同然に姿をくらましていた。恵美はその男に付いていったようだ。

「一緒に暮らすので安心してほしい。落ち着いたら連絡する。」というメモを残していた。500万程度あった預金は全額おろしていた。男に金を渡しているのは目に見えていた。情けなくて涙が出てきた。無事で居てほしい。できることなら幸福でいてほしいと思った。俺は警察に届けるように言ってから家に帰った。帰り際に末娘の郁美から外で会いたいとメモを渡された。

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2019年10月10日

家族の木 THE FOURTH STORY 真と梨央 <50 遊園地>

遊園地
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高校から大学のころ何度か遊園地に来ている。いつも女の子たちと一緒だった。俺は、いつも、どのタイミングで手をつなごうか?人のいない所ではキスしてもいいだろうか?と考えていた。

大学を卒業するころには、何とかその子の部屋に行けないか?出来たらそこで嬉しいことが起きないか?そんなことばかり考えていた。そして、社会へ出て接待というものを経験するとすぐに、夜の仕事をする女の子たちと関係ができた。

手をつなぐタイミングもキスをする場所も何も考える必要はなかった。人恋しい日は誘えば必ずセックスが付いてきた。交際などしなくてもサラッとそういう関係になった。そうなると遊園地などという健康的な明るい場所とはどんどん縁が切れていった。梨央が聞いたら卒倒してしまうかもしれない。

ところが親になって真也と一緒に遊園地というものに来てみれば想像を絶するほど楽しい場所だった。真也は興奮して、ずっと走っていた。活発な子だがこんなに走っている姿は見たことがなかった。とにかくよく笑う。ヒーローもののショーを見ては一緒に戦うポーズをした。

特に俺が感動したのが、急流下りというアトラクションだった。梨央と真也と3人で乗った。俺が真也を抱いていた。ほんの少しだがトロッコのような乗り物が急な坂を高速で降りる。その時、水しぶきがかかって真也は恐怖感と興奮で一瞬小さな肩が緊張で固まったが終わってみれば大歓声だった。

「パパ、パパ、もっかい乗る」というので真也と二人でもう一度乗った。世の中にはこんな楽しいことがあったのかと感動してしまった。梨央がカメラを構えてこちらを見ている。真也は今度は余裕で梨央の方にピースサインを出した。

俺は一度もこんな遊びをさせてもらった経験はなかった。俺の育った環境は贅沢はさせてくれたが、こんな場所に子供を連れてくるような発想はなかった。俺は思った。母はきっと父と二人で俺を連れて遊園地へ来たかったのではないかと。

で、感動冷めやらぬ俺は食事中も梨央に「一瞬真也の体がこわばったんだよ。キャーって声を出すもんだから大丈夫かなって心配したんだけど、大喜びだったから本当にびっくりしたんだ。」としゃべり続けて梨央にあきれられてしまった。

「遊園地であなたにこんなに喜んでもらえるなんて夢にも思わなかった。誘ってよかったわ。また連れてってあげるから早くご飯食べなさい、真君」といわれた。

「梨央、母親が早く亡くなるって、子供は普通の楽しみも味わえないことになるんだ。梨央、何があっても長生きしてくれ。」と頼んだ。梨央は、「父親だっておんなじよ。あなたこそ何があっても長生きしてよね。」と俺を抱きしめた。

夫婦は円満だった。梨央も俺も健康だった。それなのに、梨央はまだ妊娠しなかった。どうも俺は命中率が良くない体質らしい。

続く

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2019年10月09日

家族の木 THE FOURTH STORY 真と梨央 <49 大家の男>

大家の男

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梨央の怒りが和らいで地獄のような日々が終わったと感じたと同時に律子さんのことが気になった。もともと、お互いに酔っていたし、俺は事が終わると同時に激しい後悔に襲われていた。全く最低だった。梨央を裏切ったことも大きかったが俺が自分に幻滅したのは、律子さんの夫である前田を裏切ったという事実だった。

前田は梨央を助けてくれた恩人だ。前田が襲われたのは梨央のことが直接の原因ではないにしても全く無関係ではなかった。それを酔ったはずみで裏切っていた。心配なのは律子さんだ。梨央に対する報復のような形で俺と関係を持った。そんなことをするほど心の傷は深かったのだ。心の底から寂しかったのだ。

男女の感情を通り越して同情した。どんなに経済的な面が安定しても夫とおなかの子を無くした悲しみはそう簡単に癒えるはずはないのだ。俺が恐れたのは律子さんが早まったことをしないかということだ。誰かに頼まなければならない。自分はもう近づいてはいけない。

思い付いたのは、あの店の大家だった。住まいも近いようだった。あの商店街でそれなりに発言力も持っていそうだった。俺は大家に電話をした。

「須藤です。ご無沙汰しています。「それいゆ」さん、いい商売してはりますね。」と愛想がよかった。
「実は私、仕事の都合であまりそちらへ行けなくなりました。それで、前田さんに全部お渡しすることにしたんです。今の状態なら家賃も払って生活費も十分出ると思います。」

「ほうう、エライ気前のいいことですな。」

「ええ、なにしろ妻の恩人ですからきちんと恩返しさせてもらいたい一心です。そろそろお役御免の時かなと思っています。」

「お若いのに義理堅いことですな。」

「それで、お願いなんですが、いくらめどがついたとはいえ全く安心というものでもないと思うんです。それで、そちらでちょくちょく様子を見てあげていただけないかなと思いまして。」

「それはもちろん構いません。近所のよしみもありますし。コーヒー飲みながら世間話さしてもらいます。経営状態は見たらわかりますからな。」

「よろしくお願いします。やっぱり少し精神的に不安定な部分があります。私はそこを気にしています。」

「ほお、何かありましたか?」

「いえ、特に何かあったというわけじゃありません。犯罪被害にあわれた方はなかなか傷が癒えないと聞いておりますんで。」といいながら梨央を思い浮かべた。

大家の男は何か感づいたかもしれなかった。別に構わなかった。もう付き合いは無くなるだろう。ただ、律子さんが無事に、できることなら明るく日々を送ってくれたらそれでよかった。

続く

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2019年10月08日

家族の木 THE FOURTH STORY 真と梨央 <48 髭剃り>

髭剃り

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翌朝は朝ひげをそるときに梨央に声をかけた。真也はベビーラックにいれられて傍に来ていた。
梨央がひげを剃る間、梨央は俺の膝の上に座らせた。「だから、そういう目的じゃないの。ちゃんと肌の手入れをしないとみっともないの!第一、あなた痛くないの?」と怒られたが、それでも無理に膝の上に座らせた。

「あのね、カミソリを持った女が不安定な体制で目の前にいると怖いの。安定した体勢でやってくれる?」というと、「そりゃそうだわね。危ないわ。ちょっとごめんなさい。」と言って膝の上にまたがった。態勢はとても安定したが俺の情緒は極端に不安定になった。

カバンをもって玄関まで見送ってくれた。以前通りに戻った。真也が行くなといって泣いている。「パパ今夜早く帰るよ〜。」と言ってから梨央に「今日は肉にしてくれ。濃くしなくちゃな。」と言って家を出た。

夜、家に帰るとステーキが待っていた。梨央の期待の大きさが見て取れて笑い出しそうになった。梨央、君はツマンナイ女なんかじゃないんだよ。殺してくれと泣いた日から一週間たったら、今度は夫の精液を濃くするためにステーキを焼いてるんだぜ。こんな女他にいるか?君はされるがままじゃないんだ。頭をしびれさせるほどエキサイティングなスキルがあるんだぜ。

それにね強いママなところも好きなんだ。おとなしそうな顔して、やきもちの焼きっぷりが凄いのも好きなんだ。とにかく、俺と相性がいいんだ。内心、あの仏様にプログラムされていると思っていた。それでよかった。

ベッドで待っていると梨央が入ってきた。真也はベビーベッドですやすや寝ていた。梨央から例のオードトワレの香がした。ハワイで買ったブランドだ。学生向けかと思うような値段のどこにでもあるようなものだった。ずっと、この香しかつけなかった。

キスをしてから「ごめんな。苦しめてごめんな。許してほしい。」というと「許さない、絶対許さない。今この時もあなたが他の女の人に私と同じことをしたのかと思うと本当に嫌になるの。本当にその人を憎んでいるの。」と言って泣いてしまった。

「梨央と同じことなんかしない。」

「でも、イったんでしょ。どんな声を出したの。どんな顔をしたの。その人の名前を呼んだの?」

「梨央、何にも覚えてないんだよ。とにかく後は後悔だけしか残ってなかったんだよ。俺にとって人生で一番いやな思い出なんだ。頼むから蒸し返さないでほしいんだ。」

「何を言ってるの?私の方が人生で一番いやな思い出じゃないの!」と大きな声を出した後で「蒸し返さないでほしいの。どんなに腹が立っても、あなたが好きなの。愛しているの。離れたら死ぬわ。」といった。その夜の梨央は柔らかだった。久しぶりに心癒される時間だった。


続く

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2019年10月07日

家族の木 THE FOURTH STORY 真と梨央 <47 画家の忠告>

画家の忠告
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ある夜、俺が風呂から出て顔を歯を磨いていると梨央が洗面所に入ってきた。歯を磨き終わるとタオルで口の周りを拭いてくれた。梨央は自分が見ているときに俺が何かをしていたらちょこっと世話を焼いてくれる。母親と早く分かれている俺はそういう世話を焼かれるのが好きだった。

何やら化粧品を出してきて、顔中にべったりとその化粧品を塗りたくられた。「ほんとに荒れ放題ね。目に隈が出てる。ひげ剃る時痛かったでしょ。ちょっとだけ我慢」と言ってマッサージを始めた。梨央を足の間に挟んで洗面所の椅子にすわった。

梨央は美容師のように優しくマッサージしてくれた。俺は単純だった。それだけで、もうにやにやしてしまう。「どうした?何があった?」と聞くと、マッサージしながら「今日ね詩音さんが来たの。梨沙ちゃんやママに内緒で。」

「なんで内緒なんだ。」

「ちょっと、その、そっちの話だったの。」

「なんで、詩音が梨央にそっちの話をするんだよ。」と気色ばんでしまった。他の人と経験するという言葉が引っ掛かっていた。

「私達二人とも肌が荒れ放題で目に隈が出てるんだって。あの人職業柄なのか人をしっかり観察してるのよ。それでね、わざわざ来てアドバイスしてくれたの。」

「なんであのオッサンが梨央にアドバイスするんだよ。」

「もう、いちいち怒らないの。詩音さん、いい人なのよ。」

「あのね」と言って俺の耳に口を近づけてきた。梨央は性的な話を正面切って話せなかった。耳に口を近づけてくるのは性的な話をするときの梨央の癖だった。

「回数が多すぎると精子の濃度が薄くなってできにくいんだって。ホントに欲しかったら回数より質が大事なんだって。」

「ほんとか?」と真顔で聞いてしまった。

「詩音さんは私達が目に隈ができるほど努力してると思ってるの。」

「でも、画家のいうことなんか信用できるか?なんか変な情報を信じてるんじゃないのか?」

「あの人、そっちではものすごく苦労して色々調べたんだって。凄く詳しいんだって。」

「そうかあ。わざわざ言いに来てくれたのか。」久しぶりの夫婦らしい会話だった。

どっちにしても夫婦で目に隈を作ってると周りの人はいろんな想像をするんだなって。」といわれて、なんだか笑いが込み上げてきた。周りは俺たちが毎晩そういうことをしていると知っているんだと思うと気恥ずかしくなった。

「ねえ、明日ひげを剃るとき呼んで。剃ってあげる。こんなに傷だらけで毎朝流血事故だったのよね。」

「うん、毎朝事故ってたんだよ。」と梨央を抱きしめた。

「だからね、今夜はお利口さんにしなきゃダメなの。」と念を押された。もう、本当にほっとした。現実的に今日はもう無理だった。「オッサン、ありがとう。」俺は詩音に二重の感謝をした。

続く


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