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2021年12月01日
クラシックカー フィガロ 納車後 お祓い して頂きました!
これからの人生を、愛するフィガロと安全に過ごしていけるようにお祓いをしていただきました!
いつも、お世話になっている神社にて、
お祓いを受けることができ、光栄でした。
色々なご縁を通して巡り会った、
ずっとお世話になっている、
信頼してお祓いを受けさせていただいている導きの神様です。
こちらの神社へは、今まで、定期的に挨拶に行ったり、お祓いをしていただいたりしてきました。
けど、今回は、
愛車となった相方のフィガロと共に、訪問し、車のお祓いの場所に駐車し、お祓いの申し込み。
自分の住所や氏名、生年月日だけでなく、フィガロのナンバーなどを書くうちに、
フィガロが私の元に来てくれた、そんな喜びを噛みしめつつ・・・
なんだか、、、
とても緊張しました。
そして、
いつも自宅で詠ませていただいているお祓いのことばや祝詞と同じお言葉が入っていると
愛情を持って、一緒に口ずさみつつ、
また、今まで聴いたことのない、丁寧なお祓いの文言に感謝しておりました。
車のハンドル操作の過ちのないように、
四隅に当たらないように、
同乗者への祈願、
全ての可能性を網羅していただき、感謝しております。
また、口上の後は、
お清めの砂と神主様のお祓いにて、車外・車内と全てをお清めいただきました。
実は、長時間の運転にて疲労があったためか、頭痛が頭の奥の方にあったのですが、
お清めをしていただいた際、気がついたら無くなっておりました。
本当に、ありがたく、感謝しています。
今まで、
自分のことや、友人、家族のことでお祓いをお願いさせていただいたことは、あったけれど、
新たに自分の人生のパートナーとして迎えたフィガロと共に受けるお祓いは、
凛とした空気の中で、気が引き締まった気がします。
この、フィガロと一生共に過ごしていきたい。
いや、一緒に過ごしていきたい・・・と・・・そんな願うような気持ちではなく、
これから、一緒に生きていくんだ!!!
といった、結婚の誓いにも近いような、不思議な感覚でした。
また、納車の場所から、今回お祓いをお願いさせていただいた
東京から約1000キロ。
5年ぶりに目覚めたフィガロが、
2日間かけての移動を、滞りなく成し遂げてくれ、
事故なく、安全に到着することができたことにも、感謝の気持ちが溢れてきました。
紅葉した木々の麓がフィガロの駐車スペースとして、たまたま空いたこと。
紅葉した木々も、フィガロの到着を喜んでくれているように感じました。
到着して、
気持ち良い、風が吹き、
木々の間から、光がスッと射してくれたこと。
思えば、今回迎え入れるフィガロとの出逢いも、色々な偶然が重なり、
出逢った時にも、草が風に揺れて喜んでくれた感じがしました。
待ってたよ、と言わんばかりに喜んでくれている感じがしました。
出逢うべくして、出逢い、
共に生きるべくして、一緒に居る。
そして、一緒にお祓いを受けさせていただきている。
そんな、全ての奇跡と巡り合わせとタイミングとご縁に感謝しています。
以前、車(日産のモコ)に乗った時にも、もちろん、お祓いに行かせていただきました。
その時は、氏神様にお伺いしました。
事故などもいろいろとありましたが、
とても護っていただいていた、と思います。
しかし、そのころは、
今ほど、神社やお祓いに対しての知識や経験がなく、
今ほど、車に対する知識や愛情、情熱もなかったような気がします。
もちろん、その時は、それなりにあり、大切にしていました。
新車のモコに対して、気に入った車種で、選び抜いて購入に至ったので、もちろん愛着がありましたし、
どこか「いつか買い換える、手放す」という考えがどこかにあった気がします。
壊れて廃車になるまで乗る気でいましたし、実際、それに近い状態になるまで乗りました。
あの頃は、車は(言い方が悪いですが)使いすて・・・ではないけれど、
どこか、時期が来て、壊れたら手放す消耗品?のような感覚がありました。
そして、その頃は、
まさか、自分が中古車に手を出すなんで思っていませんでした。
あの頃は、アンティークやクラシックという価値観もなく、
「古いもの=汚い、劣化、良くない」
といった、浅はかなものの見方や考え方しかできない人間でした。
けど、今は違います。
アンティークの良さ、
大切に愛情を注いで、モノに愛情を注ぐこと、愛情をかけると喜んでくれること、
誰かが愛し、手放したものの中で価値あるものを見いだし出し、
その歴史背景や生き様を含めた全てを大切に次の世代に継承していくこと。
私は、日本で産まれたフィガロのことは、日本の宝物だと思っています。
決して、今の私は、金銭的にクラシックカーを所有するだけの余裕資金がある訳ではないし、
所有する人格として十分出ないかもしれない。
けれど、
フィガロを大切に想い、
今回の様な巡り合わせのご縁をいただき、
今日に至ることができたことは、
嬉しく、愉しく、幸せな気持ちになりました。
このフィガロと一緒に生きていく。
私のフィガロは、壊れることはないし、離れることもないと信じているし、
何かあったとしても、一緒になんとか乗り越えていけるから、
明るく愉しく一緒に過ごして行こうね!!!
紅葉の紅葉の下で、
これから、よろしくね!!!
という気持ちでいっぱいになりました。
いつも、お世話になっている神社にて、
お祓いを受けることができ、光栄でした。
色々なご縁を通して巡り会った、
ずっとお世話になっている、
信頼してお祓いを受けさせていただいている導きの神様です。
こちらの神社へは、今まで、定期的に挨拶に行ったり、お祓いをしていただいたりしてきました。
けど、今回は、
愛車となった相方のフィガロと共に、訪問し、車のお祓いの場所に駐車し、お祓いの申し込み。
自分の住所や氏名、生年月日だけでなく、フィガロのナンバーなどを書くうちに、
フィガロが私の元に来てくれた、そんな喜びを噛みしめつつ・・・
なんだか、、、
とても緊張しました。
そして、
いつも自宅で詠ませていただいているお祓いのことばや祝詞と同じお言葉が入っていると
愛情を持って、一緒に口ずさみつつ、
また、今まで聴いたことのない、丁寧なお祓いの文言に感謝しておりました。
車のハンドル操作の過ちのないように、
四隅に当たらないように、
同乗者への祈願、
全ての可能性を網羅していただき、感謝しております。
また、口上の後は、
お清めの砂と神主様のお祓いにて、車外・車内と全てをお清めいただきました。
実は、長時間の運転にて疲労があったためか、頭痛が頭の奥の方にあったのですが、
お清めをしていただいた際、気がついたら無くなっておりました。
本当に、ありがたく、感謝しています。
今まで、
自分のことや、友人、家族のことでお祓いをお願いさせていただいたことは、あったけれど、
新たに自分の人生のパートナーとして迎えたフィガロと共に受けるお祓いは、
凛とした空気の中で、気が引き締まった気がします。
この、フィガロと一生共に過ごしていきたい。
いや、一緒に過ごしていきたい・・・と・・・そんな願うような気持ちではなく、
これから、一緒に生きていくんだ!!!
といった、結婚の誓いにも近いような、不思議な感覚でした。
また、納車の場所から、今回お祓いをお願いさせていただいた
東京から約1000キロ。
5年ぶりに目覚めたフィガロが、
2日間かけての移動を、滞りなく成し遂げてくれ、
事故なく、安全に到着することができたことにも、感謝の気持ちが溢れてきました。
紅葉した木々の麓がフィガロの駐車スペースとして、たまたま空いたこと。
紅葉した木々も、フィガロの到着を喜んでくれているように感じました。
到着して、
気持ち良い、風が吹き、
木々の間から、光がスッと射してくれたこと。
思えば、今回迎え入れるフィガロとの出逢いも、色々な偶然が重なり、
出逢った時にも、草が風に揺れて喜んでくれた感じがしました。
待ってたよ、と言わんばかりに喜んでくれている感じがしました。
出逢うべくして、出逢い、
共に生きるべくして、一緒に居る。
そして、一緒にお祓いを受けさせていただきている。
そんな、全ての奇跡と巡り合わせとタイミングとご縁に感謝しています。
以前、車(日産のモコ)に乗った時にも、もちろん、お祓いに行かせていただきました。
その時は、氏神様にお伺いしました。
事故などもいろいろとありましたが、
とても護っていただいていた、と思います。
しかし、そのころは、
今ほど、神社やお祓いに対しての知識や経験がなく、
今ほど、車に対する知識や愛情、情熱もなかったような気がします。
もちろん、その時は、それなりにあり、大切にしていました。
新車のモコに対して、気に入った車種で、選び抜いて購入に至ったので、もちろん愛着がありましたし、
どこか「いつか買い換える、手放す」という考えがどこかにあった気がします。
壊れて廃車になるまで乗る気でいましたし、実際、それに近い状態になるまで乗りました。
あの頃は、車は(言い方が悪いですが)使いすて・・・ではないけれど、
どこか、時期が来て、壊れたら手放す消耗品?のような感覚がありました。
そして、その頃は、
まさか、自分が中古車に手を出すなんで思っていませんでした。
あの頃は、アンティークやクラシックという価値観もなく、
「古いもの=汚い、劣化、良くない」
といった、浅はかなものの見方や考え方しかできない人間でした。
けど、今は違います。
アンティークの良さ、
大切に愛情を注いで、モノに愛情を注ぐこと、愛情をかけると喜んでくれること、
誰かが愛し、手放したものの中で価値あるものを見いだし出し、
その歴史背景や生き様を含めた全てを大切に次の世代に継承していくこと。
私は、日本で産まれたフィガロのことは、日本の宝物だと思っています。
決して、今の私は、金銭的にクラシックカーを所有するだけの余裕資金がある訳ではないし、
所有する人格として十分出ないかもしれない。
けれど、
フィガロを大切に想い、
今回の様な巡り合わせのご縁をいただき、
今日に至ることができたことは、
嬉しく、愉しく、幸せな気持ちになりました。
このフィガロと一緒に生きていく。
私のフィガロは、壊れることはないし、離れることもないと信じているし、
何かあったとしても、一緒になんとか乗り越えていけるから、
明るく愉しく一緒に過ごして行こうね!!!
紅葉の紅葉の下で、
これから、よろしくね!!!
という気持ちでいっぱいになりました。