2020年01月31日
見たことのない木
何年か前、東北のある山へ登山に出かけたときのことだった。
天候も良く、気温もちょうど良い。絶好の登山日和だった。
そのせいで浮かれていたこともあったのだろう、
ちゃんと登山ルートを進んでいたつもりが、いつの間にか獣道へ入ってしまっていた。
方角もわからず、これはまずいと思い、
焦りに焦って半泣きになりながら、ろくに前も見ないでがむしゃらに進んでいると、
いきなり視界の開けた場所に出た。
とりあえず獣道を出られたと思い、安心して辺りを見渡すと、その奇妙な光景に息を呑んだ。
そこは、えらく殺風景な場所だった。
半径20メートル程ののほぼ真円に近い広場で、
他の場所が様々な草木で生い茂っているのに対し、そこだけが足首までの枯れ草しか生えていない。
他には、登山者の置忘れのような、空の登山バッグが数点と、
そして、中心には、根元から枝分かれて、様々な方向へ突き出している木があるのみだった。
その大きさの木では見たことのない形だった。
近づいて見てみると、新しい枝にゆくにつれ多くなってゆく表面の鋭い棘と、反対に滑らかな表皮から、
それは、たらの木であることがわかった。
加えて、この季節に葉が全て落ちていた。
たしかに、たらの木であった。
だが、信じられないとことに、それは根元の直径が60センチ近く、いや、それ以上あった。
たらの木とはこれほどまでに成長するのかと、これまでにないくらい遭難の恐怖を忘れるくらいに興奮した。
さらに近くで見てみようと体を屈めて近づくと、
(様々な方向へ枝が突き出ているため、屈まなければ幹へ近づけない)
それは数本のたらの木が密集しているものであることがわかった。
それでも、一本一本が恐ろしく太い。ゆうに直径15センチはあるように見える。
それに、太さに気をとられて気づかなかったが、高さも相当なものだ。確実に7メートルはある。
それが様々な方向へ伸び、一目ではたらの木とわからないような形状にしている。しばらくの間、感動してそこに立ち尽くしていたが、
辺りが暗くなり始めて、ふと、自分が道に迷っていたことを思い出した。
しかし、一度興奮した頭が簡単に冷めるはずもなく、
あろうことか、荷物をそこへ置きっぱなしにして下山を開始した。
頭の中は、それを人に話してやることでいっぱいだったのだ。
どこをどう進んだのかもわからなかったが、難なく山を降りることが出来た。
一安心して、荷物を全て置きっぱなしにしていたことに気づいたが、
そのころには辺りはすっかり真っ暗になっており、引き返すのはあまりに危険であった。
それにしても、現在地がわからない。
場所を告げる標識すら立っていないど田舎である。宿に戻ることも出来ない。
幸いなことに、近くに一軒だけ民家があった。
迷惑を承知で、恥を忍んで戸を叩くと、人の良さそうな老夫婦が顔を出し、
こちらの格好を見ると、事情説明を訊くまでもなく快く家へ招き入れてくれた。
今日はもう遅いからと、食事、風呂、寝床までを用意してくれた。
彼らの手際の良さと疲労とで、流されるままだったのだ。
結局、一晩お世話になることとなった。
翌朝、彼らに泊めてくれた理由を訊ねると、
驚くことに、毎年このような登山者が数人現れるそうだ。
それで共通するものを見て、事情を訊くまでもなく招き入れたのだという。
なるほど、広場にあった登山バッグはそういった類のものだったのかと、一人納得した。
その後、あのたらの木を探しに行ったのだが、いくら探しても見つかることはなかった。
あれは、そうやって登山者から食料を奪い、成長していったものなのかもしれない。
<感想>
荷物の数だけ死体がある話かと思ったら違った…。
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posted by kowaidouga at 09:05| 超怖い話(山・森・田舎編)