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2024年01月18日

パーティー券公開額拡大って意味ある!?

 例のパーティー券の売り上げを派閥に上納してノルマ超過分をキャッシュバックされて収支報告書に不記載だった事件、JM主党の政治刷新本部が起ち上げられ、派閥解体とか、パーティー券の購入者公開基準額を「20万円超」から引き下げる等々の議論がされていると報道されている。

 自分にはサッパリ判らん。国会議員個人は歳費と称して国から秘書給与を含めると6000万円近く貰ってJRや私鉄も乗り放題。政党には政党助成金という団体維持費?が億円単位で配られ、その上にパーティーと称して金集めをして派閥に迂回して自分の懐に入れたというのが今回の問題点と言われている。そもそも何で国会議員は政治をせんと金集めばかりしとる!?本来は政治家に金が集まる事。政治家が金集めする事が問題。→政治が金で歪められる事が問題。

 政治刷新本部ってサラサラやる気ないのかな?派閥解体と言った所でサピエンスがやってるんだからまた新しく派閥が出来るに決まってる。公開額を「20万円超」から引き下げた所で秘書の事務手続きが増えるだけで再発の防止とは無関係に見える。

 自分の考えとしては、国会議員には〇〇payというものを持たせて全てそれで支払う。支払い時に分類分けが出来る様にする。その支払い明細と活動報告書をセットで公開する。現金は使わせない。使い切れない分は国庫に返納。こうする事で金の流れは明確になり、その費用にたいする政治的成果も国民は評価できる様になる。ってのはどうだろうか。


2024年01月17日

阪神・淡路大震災から29年

 今日は阪神・淡路大震災から29年目の日。当時は都会の中で高速道路が倒れ、あちこちで火災が発生している映像がテレビで流れてるのを見て衝撃を受けた記憶がある。今回の能登地震もビルが倒れ、あちこちで火災が発生している映像が流れていた。真冬の地震だったからか焚いてたストーブが倒れたり、潰されたりして引火したのかなあ?と想像してしまう。地震というのは”潰される”以外にも”焼かれる”というのがあるのでやはり怖い。

 昔、1923年の関東大震災_M7.9の70年周期説というのがあって、的中したとか的中しなかったの話があった。自分の記憶にあるこの30年の地震は凡そ以下の様で、東京直撃というのはないかも知れないが、関東大震災から70年以降でもアチコチで大きな地震で被害が出ている。
   1995年:阪神・淡路大震災_M7.3(中央構造線近辺)
   2004年:新潟県中越地震_M6.8(フォッサマグナ近辺)
   2011年:東日本大震災_M9.0(中央構造線近辺の延長線?)
   2016年:熊本地震_M7.3(中央構造線近辺)
   2024年:能登地震_M7.6(フォッサマグナ近辺)

 自分は自身の素人だが、これを見ると5年〜10年に一度大きな地震で被害が出てて、やはり中央構造線近辺かフォッサマグナ近辺で発生している様な気がするのだけど。しかし、国土が狭いので地下のプレートがどう繋がっているのか判らないとこもあるのだろう。何れにしても覚悟だけはしておかんと。


2024年01月16日

以前に震災ボランティアに行った事がある

 自分も以前に震災ボランティアに行った事がある。

 東日本大震災の後の震災ボランティアで石巻に行った。震災があった半年後だったので混乱が落ち着き復興が始まった頃。当時所属していた職場の組合が主催してボランティアを募集していた。組合がバスをチャーターして夜に出発して現地での作業後にその日の夜に戻ってくるという弾丸ツアー。現地ではチーム神戸というボランティア団体がその日毎のボランティアの現場と内容の振り分けをしていて、それに従ってボランティア現場に向かい作業をするという仕組みだった。必要なものは事前に自分で用意し、現地でゴミは捨てない事を言われていた。

 自分たちが担当したのは津波で浸水した建物の清掃(泥の掻き出しと水洗い、廃棄物の運び出し)。匂いと埃が酷いので防塵マスクが必須。前もって準備して行ってた。作業時間の4時間位に対し移動時間は往復で24時間だった。このツアーは複数本計画されていて自分は1回だけの参加だったが、複数回参加している猛者の人もいた。

 現地の人は親切で飲み物を用意してくれたりして恐縮してしまった。津波で何が起こってたかを説明して回ってくれた。近くのショッピングセンターは屋上の駐車場を残して1階2階の売り場を津波が貫通していた。小学校は3階まで貫通して窓が残って無い。津波で多くのが流され溺れた人の●体がアチコチに引っ掛かってたそうで、その対応が大変だった事。落ち着いて片付けが進むと新たな●体が発見されたりする事。等を伺った。「帰ったらここで見た事を多くの人に伝えて欲しい。」と言われた。

 やる事が多い中のボランティアでの自分1人の労働での貢献は僅かだと思った半面、見たり聞いたりする事での自分への影響は大きいと実感した。津波の被害は想像以上に大きい事を体感し、石巻を少し離れると一転して普通の日常が営まれてる街があり、この被害の違いは何?と考え地図を見ながら色々考えた事とか。


2024年01月15日

過去の地震の経験

 地震と言えば、自分も過去に地震に遭って「人生終わりか」思った事が2回程あった。

 1回目は10代の頃で上京して池袋のT武デパートの14階を散策してた時に地震で揺れてレストランのガラスに天井から吊るされている照明がアチコチでバチバチ当たって怖かった。あの時はこのビルが瓦解すると共に自分もこの14階から地上に転落すると覚悟した記憶がある。

 2回目は東日本大震災の時で現役だった自分は地階の倉庫で作業中だった。部品棚が大きく揺れ、照明が落ちて非常灯が点灯した。このまま地階で生き埋めになる事を覚悟した。倉庫の管理責任者の「全員退避!!」という声に従って管理事務室前に急ぎ、管理責任者の後について地上に脱出した記憶がある。

 人生には必ず終わりが来るものなので、いつ終わっても良いように覚悟は常にしておかないといけない筈である。が、自分はその都度に覚悟したにもかかわらず色々と先送りしている。


2024年01月14日

震災の二次避難が進まない要因!?

 テレビでは、能登地震で非難されてる人の災害関連死の防止や感染症の予防の為に二次避難を進めたい。があまり進んでいない?という報道を見た。被災地の避難所は暖は充分取れないし、いつ地震が来るか判らない。また、水道やガスのインフラも復旧してない状況だそうである。

 受け入れ側の準備の話もあると思うが、避難している立場からすると安全でインフラが整った所を拠点にして今後の生活を考えた方が良いには違いないと思う。しかし先を考えれば地元に戻って生活する人が大半だろうし、そうすると地元から一旦離れるといつ戻れるか判らない。あるいは、自分一人逃げたと思われると地元に戻った時にイジメられる?(近所づきあいしてる人と一緒じゃなきゃ嫌)と考えればナカナカ離れられない。移動してしまうと根無し草になってしまうのではないかと心配。

 自分が二次避難の促進を勝手に推察するには以下3つでどうかと思う。1)地元と二次避難場所との移動インフラの提供。2)地元の復興見通しスケジュールの提示。3)地元で近所づきあいしてる人との連絡インフラの提供。がないと二次避難場所へ後先の考えなく移動して良いものか迷ってしまうと思う。前述の1)でいつでも地元を見に来ることができる。2)で将来の見通しがつくので計画をたて易い。3)ご近所さんが違う場所に二次避難場所に避難したとしたとしても連絡を取り合う事で行動を合わせることができる。まあ現地で見たり聞いたりしてるわけではないのでホントはどうなってるのかは判らないけど。。


2024年01月13日

米英軍のフーシ派攻撃で思う事

 イエメンのテロ集団であるフーシ派が紅海を通行するタンカーを攻撃している事に対してアメリカとイギリスが反撃した。という報道を聞いて、160年前の下関戦争を連想してしまった。下関海峡を通過するフランス、アメリカ、オランダの船に対し砲撃して攘夷を決行した長州藩がイギリスを加えた四カ国によって攻撃されて敗れた馬関戦争とも言われた戦争。同じ事をフーシ派もやってんだんあ。そりゃあ先に軍事力を行使すると軍事が強い方からしっぺ返し受けるよね。

 しかし現在は、ハマスとイスラエルの様に、先にテロを起こして民間人を盾にしているハマスではなく「民間人がひどい目に遭ってます。」と反撃しているイスラエルの方が悪いという様な報道が拡散されるので、米英軍のフーシ派攻撃も長引くと今回の本来の意図とは違った結果にならないとも言えない。

 現在は軍事力を行使する場合、1)ピンポイントで短期に終わらせられるか?2)世論を誘導するためにどの様な映像を撮ってどの様に報道するか?まで決めておかないと、当初の成果は得られない。

 話が変わるが、下関戦争当時は帝国主義時代で、戦いに敗れた長州藩は彦島の租借と賠償金を要求されたそうだが、「長州藩は貧乏だから賠償金は払えない。」とか「あれは幕府の指示に従って砲撃しただけで責任は幕府にある」とか日本の島々はそもそもイザナギとイザナミが創った神様の島々だから租借させる事は容認出来ない。と要求を突っぱねたというあの高杉晋作の講和交渉術を思い起こしてしまう。長州藩はその講和交渉のストーリ迄考えて攘夷実行したとすれば凄い計画力と実行力。この長州藩も、薩英戦争でイギリスと戦った薩摩藩も当時の幕府と比べれば筋が通ってるし行動力もある。そりゃあ倒幕に向かうのも判る気がする。


2024年01月12日

振込手数料110円

 昨日、郵便局にて振込で送金の手続きをした。郵便局は銀行に比べて待ち時間が短いイメージがある。窓口の人から「現金ですか?現金だと手数料がかかりますが、通帳かキャッシュカードをお持ちでしたら手数料は掛かりませんが。。」と言われ動揺してしまった。

 そうなんだ。シマッタ。いつもなら5円の違いでも車であっちこっちのスーパーに梯子するのに、今日は通帳を持ってなかった。家まで通帳を取りに帰る選択肢もあったが、あいにくこの日は歩いて来ていて左足の股関節が疼いている感じ。そんな元気ないなあ。結局、現金で送金を依頼し手数料110円払った。

 次回からは郵便局での振込みは通帳必帯という事を肝に銘じておく。


2024年01月11日

筆の穂先がチビて来た

 先月の頭におろしたばかりの毛がポリエステル製の筆だが、穂先の外周がチビてきているのに気がついた。

 まだこの筆では写経を13枚しか書いてない。穂先の内側までチビてしまったら交換時か。15枚くらいまで行けるかなあ!?


posted by konbux2 at 11:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 写経

2024年01月10日

衣装箱を再確認

 最近寒い日が続くが、暖房費削減のために暖房機器の使用を控えてるウチでは出来るだけ既に買っている冬着を屋内で着て有効活用しようと自分の衣装箱を再確認した。着てない服が半分くらいを占めていて特に嵩張る冬物のジャンパーとかコートとか。

 昔もらったモルツのコートを取出して着てみた。デカイ。ゴムの様な材質で出来ているので素肌に触れると冷たい、狭い部屋では擦ると部屋のアチコチに引っかかる。でも確かに遮熱効果は抜群。この服は屋内で着るには不向き。という事で極寒の時の外出用に取っておこう。

 昔来ていたスタジアムジャンパーを取出して着てみた。やっぱりデカイ。生地が毛糸とパイル風の生地で出来ているので素肌に触れても冷たくはないが外で着ると汚れが付き易そう。という事で寒い室内での暖衣として使おう。なんかこの齢でスタジアムジャンパーは恥ずかしい気もするが、まあ屋内だし。

 衣装箱の再確認したつもりが、自分の体が縮んでいるのも再確認した気がする。


2024年01月09日

台湾の総統選挙について思う事

 台湾の総統選挙が今週の1月13日にあり、与党民進党と野党の国民党と民衆党が争う構図だという。民進党は対米重視で国民党は対中融和だという。何で国民党が対中融和?歴史では国民党は共産党との内戦で敗れて台湾に逃げ込んで来たのだから対中強硬派の筈なのに。

 事情は良く知らないが、国民党は台湾の与党の座から滑り落ちて以降、良くも考えもしないで独自色を出すために対中融和と言ってるのかな?傍から見てると”対中融和”というのは歴史的に見て独立自尊の放棄に近い気がする。中共は「台湾は中国の一部」と言ってる訳だしチベットやウイグル、香港の経緯を見れば対中融和を始めると中共は何だかんだと屁理屈を言って警察や軍隊を駐留させるのが目に浮かぶ。台湾も中共の奴隷となる結果が待ってる気がする。南シナ海や東シナ海の状況や処理水放出に対する対応を見ても対話ができる相手ではないのでは?人間関係でもある様に対話も出来ない話が通じない価値観が違う相手と融和というのは無理で近づいてはいけない。

 イソップ童話に”北風と太陽”というがあって、”強硬姿勢に対して融和姿勢で臨めばうまくいく。”という風に言う人がいるが、自分は全く違うと思う。この教訓は2つあって1)相手をよく見て、どの様にすればコチラの希望通りに相手を動かす事が出来るかよく考えなさい。2)中途半端はいけない。中途半端は逆の結果を招く。の2つ。昔、朝鮮半島で”太陽政策”とかいってK国が北隣の国に膨大な譲歩をして無駄に終わった。つい数年前もK国は同様な事を繰返してた。1)が出来てないのだと思う。1)が出来てれば自ずとどうすべきかが判る筈である。