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2020年09月12日
ゾウリムシを増やさないと!
針子の餌は専用のものが有ります。
YouTubeでは普通のメダカ用の餌をすり潰して与えても良いというものも有りましたが、とりあえず針子用の餌を買いました。
また針子には胃がなく、食い溜めが出来ないとのことなので、こまめに餌を与える必要があるそうです。
そして必要以上に餌を与えると食べきれない餌が水質悪化の原因になるとのことでした。
ずいぶん難しいのだなと思いながら更に針子の餌に関する動画を見ていると、ゾウリムシに出会いました。
ゾウリムシは針子の活きた餌で、お腹が空いた時にゾウリムシを入れておけば、針子の餌となるので水質が悪化することは有りません。
栄養のバランスが取れた市販の配合餌と、自然の生き餌であるゾウリムシを併用すれば、針子を健康的に育つことが分かりました。
そこで今度は、ゾウリムシをネットで購入し増やすことにしました。
ゾウリムシの増やし方で検索すると、これまたたくさんの動画に出会いました。
そんな中で一番良いなと思った増殖方法は、「生茶」による飼育方法でした。
市販の「生茶」500㎖と空のペットボトル500㎖を2本用意します。
この3本のペットボトルに「生茶」が均等になるように入れます。
そこに種になるゾウリムシ20㎖位と汲み置きしてカルキ抜きをした水を7分目位までいれて3〜4日待ちます。
するとまあなんて言うことでしょう。
フルオブゾウリムシの出来上がりです。
補足として、ゾウリムシに酸素が行き渡るように、1日に1〜2回ペットボトル内が泡立つ程度シェイクします。
ひとつ欠点を言わせて頂くと、生茶で育てているので当然のことながらゾウリムシを針子に与えると、針子の水槽は生茶の色になります。
ただし水は生茶の色ですが、全く健康には問題ないようです。
むしろ生茶ゾウリムシデ育った幼魚の方が経験的には健康的のような気がしています。
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2020年09月08日
ひめメダカの飼育(2)採卵
ひめメダカ癒されますね。
毎日観るのが日課になりました。
ずっと眺めていてもぜんぜん飽きません。
そんなある時、1匹のメダカのお腹に卵がくっついていました。
図鑑で調べると、5匹購入したメダカの内、2匹がメスであることが分かりました。
そしてよく見ると水槽の中のアナカリス(藻)にも卵が産みつけられていることが分かりました。
そこで水槽の中で卵を育てるためのネットでできているゲージを購入して、卵を育てることにしました。
メダカの卵はアナカリス(藻)や、ホテイアオイの根に産み付けたものを採取してネットのゲージに入れました。
すると5日程経った頃に「まあなんていうことでしょう。」1mmにも満たないメダカの赤ちゃん数匹生まれていました。
ネットで調べると、この針の頭のようなメダカの赤ちゃんを「針子」と呼び、たくさんの飼育記事が載っていました。
またYou Tubeでも飼育動画がたくさん配信されているので、情報収集には事欠かないことが分かりました。
たくさんのYou Tube動画を見ているだけでもためになるし、胸がわくわくしてきます。
メダカの飼育楽しくになりそうです。
2020年08月30日
ネットで2種類のメダカを購入しました。
ひめメダカの以外に何種類かのメダカも欲しいなと思い、ネットを調べてみると「めだか本舗」の「紅白オーロラ」と「屋外常温維持メダカ」が目に留まりました。
僕はまだド素人なので、高額のメダカは死なせたら可哀そうだし懐も痛いので、コストパフォーマンスが良くそこそこ綺麗なものをと探しているうちに見つけました。
「紅白オーロラ」は紅白のとてもきれいなツートンで、Sサイズ5尾+αで1450円でした。
僕は少し前に死んでしまったコメット(金魚)がとても好きだったので、自然と目に留まったのかも知れません。
また「屋外常温維持メダカ」は3〜4種類の色々な色の綺麗なメダカがMSサイズ10尾+αで1950円でした。
屋外飼育で育てられて、屋外でも越冬可能であることも売りのようです。
注文してから4週間以上かかると記載されていましたが、受け入れるまでの準備期間を見てまあ良いかと思って購入したのですが、注文確認メールを見たら発送日が10/24なのでびっくりしました。
8/30に注文したのですが、人気のショップらしく発送まで2カ月かかるようです。
早く来ないかなと思いつつも2カ月も待てるかなと、少し不安になりました。
写真は、家で生まれた1期生です。ベランダの蓮池に大きい幼魚8匹程移しました。
2020年08月29日
ひめメダカの飼育
金魚やコリドラスが立て続けに死んでしまい、気落ちしていた時のことです。
キャットフードを買いに近所のホームセンターに行きました。
そこでは犬猫用品を売っているスペースの隣にアクアリュウムが有り、いつも水槽にいる魚を見るのが好きで立ち寄っていました。
その時もいつものように色々な水槽を眺めていると、たくさんのしかも高価なメダカが軒を連ねていました。
僕はその辺の小川でも取れるメダカにお金を出して買う習慣がないので、こんなメダカ誰が飼うのだろうと興味を持っていました。
しかし小さな体で一生懸命に泳ぐメダカを見るのが好きなので、いつかは自宅の水槽で飼いたいなと思っていました。
そしてその時が来ました。
家の水槽空いてるし…何か買おうかな…普通のメダカって売っていないのかな…
などと見ているうちに「ひめメダカ」が目に留まりました。
いつもはナマズとか大型魚の生き餌にされている可哀そうなメダカだなと思いながら通り過ぎるのですが、この日は足が止まりました。
日本の小川に昔からいるメダカではないが、普段見慣れているメダカです。
しかも値段もリーズナブルです。
気が付いたら「ひめメダカ」5匹購入していました。
そしてその日から水槽の「ひめメダカ」を見るのが僕の日課になりました。
2020年08月16日
おやじにも簡単に作れる魚のしゃぶしゃぶ鍋
材料
水 1200〜1500cc 出汁用昆布 20〜30p 魚(オニカサゴ) 1匹
大根 白菜 キノコ 白ネギ 油揚げ 豆腐 その他お好みの食材
新鮮な魚のしゃぶしゃぶ鍋はとても美味しいので、旬の食材を使って是非皆さんも作って下さい。
また魚を捌くのは最初はハードルがとても高く感じると思いますが、家族で食べる訳ですから見た目は徐々に改善することにして、先ずはチャレンジしてみて下さい。
少し大きな魚屋さんに行くと、魚は切り身ばかりでなく新鮮な魚が丸ごと1匹で売っています。
魚屋さんとしても加工の手間を省いて売ることができるので、安く購入することができます。
魚を自分で捌くことができれば、新鮮な魚が安く購入できるばかりでなく、普段食べることができない部位も美味しく食べることができます。
だから是非ともチャレンジしてみて下さい。
慣れれば料理の幅も広がり、料理すること自体が楽しくなること間違いありません。
と言うことで前書きが長くなってしまいましたが、今回は僕が釣ってきたオニカサゴでしゃぶしゃぶ鍋を作りたいと思います。
オニカサゴを市場等で購入しようとしたら、高価なものになってしまいますので、普通のカサゴやメバルで代用しても大丈夫です。
おすすめは残暑の時期から市場に出回る、イナダ(ブリの幼魚 〜40cm)などがあります。
値段もお手ごろで、イナダなら僕の住んでいる千葉市では、400〜1000円程度で購入できます。
またそれ以外の魚でもこの食べ方で美味しく頂けると思います。
僕は釣りが大好きなので、オニカサゴ以外は、マハタをよくしゃぶしゃぶ鍋の食材として使いますが、マハタも絶品です。
これらの魚は市場では手に入りにくいので、釣り人の特権と言えるでしょう。
僕は釣りに行く時に家人には「漁に出てくる。」と言って家を出ます。
好きな釣りに出かけて、市場にはあまり出回らない魚の料理を作って家族と一緒に美味しく味わうことが釣り人の仕事だと思っています。
だから「漁に出てくる。」と言って自己満足している訳です。(釣りに行く自分を正当化しているだけですね。)
すみません。また話が反れてしまいました。
魚を捌く
魚の捌き方については、ネットで検索すると、ブログやYouTubeでたくさん紹介されているので、ここでは省略します。
オニカサゴの場合は毒を持った棘(トゲ)があるので、十分注意して下さい。私は刺されたことはありませんが、刺された人の話を聞くとひどく痛いようです。
また、毒針をキッチンバサミ等で最初に切り落とすのですが、切り取った後の毒針に刺されるケースもあるようなので、その処理には十分気を付けて下さい。
魚は、三枚におろし、頭と中骨は出汁に使います。身は薄く切ってしゃぶしゃぶで食べます。
鍋を作る
適量の水を入れて、だし用の昆布を水に浸しておきます。
魚を捌く前にやっておくと、昆布の出汁が出て丁度いいと思います。
目安としては30分位だと思います。
今回は昆布を取り出して刺身を昆布締めにしましたが、そのまま鍋に入れて柔らかくなった昆布を食べるのも美味しいですよ。
大根や白菜の根元は水から入れて、煮立ったら魚の頭や中骨を入れてます。
どの魚も良い出汁が出ますが、白出汁などを入れとも美味しいです。
後は随時火の通り難いものから入れて下さい。
今回は、大根、白菜、白ネギ、ヒラタケ、油揚げ、豆腐、を鍋に入れました。
食べる
野菜に火が通たら完成です。今回は、もみじおろしとポン酢で食べました。
薄く切った身は表面は僅かに白くなる程度にしゃぶしゃぶして食べます。
甘さが引き立ってとても美味しいですよ。
また、新鮮な魚は生でも食べられるので、そのままもみじおろしポン酢で食べても美味しいですよ。
出汁用の頭や中骨も、こびり付いた肉を食べます。
特に頭はゼラチン質のぷよぷよ部分が絶品です。お酒も進みますよ。
2020年06月13日
61歳の誕生日を迎えました。
去年から誕生日のある週末の金曜日に会社を休んで、釣りに行くことにしていました。
今年も鬼退治と名を打って6/12にオニカサゴを釣りに行く予定でしたが、天候不良で出船せず、6/19に延期することになりました。
そこでその翌日(6/13)の土曜日に、東京湾なら雨が降っても波がさほど高くならないのでで、タコ釣り船を予約したのですが、前日の20時過ぎに電話が入り、終日雨のため出船が中止となった旨の連絡が入りました。
因みにマゴチ船は出船するとのことでした。
普通は雨でも出船するのになと思いながら、去年も一緒に付き合ってくれた山ちゃんに、マダコ船は雨で出船しないけど、マゴチ船なら出船するようなので変更するか尋ねたのですが、準備していないとのことだったので、残念ですが仕切り直しをして、タコ釣りは7月のお題目に入れることにしました。
「山ちゃん」は金沢八景の近くに家があるのですが、会社が船橋にあり普段は会社の近所に住んでいます。
今回は富津にタコ釣りに行く予定だったので、自宅ではなく会社の近所の仮住まいにいたため、マゴチ釣りの道具を落ち合わせていなかった訳です。
梅雨入りしたばかりなので仕方ないかと思いながらも、会社も休んで計画を立てたにもかかわらず、鬼退治もタコ釣りもできなかったので、寂しい61歳の誕生日となってしまいました。
「雨のバカヤロー!」せっかく週末に自宅に帰らず、僕の誕生日フィッシングに付き合ってくようとしていた山ちゃん、いつも本当にありがとうございます。
写真は10日程前に漬けた梅酒です。
もう既に良い色になりましたと言いたいところですが、ホワイトリカーと間違えて果実酒用のブランデーを買ってしまいました。
去年漬けた梅酒はもう既に美味しく頂いていますが、もう少し熟成させたいので、今年は2瓶漬けることにしました。
2020年01月30日
会津若松のソウルフード(ソースカツ丼)を食べました。
飯盛山を後にして野口英世記念館に向かう前に、腹ごしらえをすることにしました。
会津若松では、煮込みソースカツ丼が有名なようです。事前に調べた中では、「なかじま」と言う店が評判が良さそうなので、そこに行くことにしました。
丁度12時半を過ぎた頃だったので、ひょっとしたら満席で入れないのかなと思いましたが、すんなり入ることができました。
平日でどの店も閑古鳥が鳴いていましたが、「なかじま」は我々が入った後も、そこそこ席が埋まるくらいは客が来ていたので、この辺ではやはり客入りが良い店なのでしょう。
一番のお勧めメニューはやはり、煮込みソースカツ丼なので、奮発してヒレカツの煮込みソースカツ丼を注文しました。
メニューの写真を見ても、我々が日頃食べているカツ丼と変わりがないのですが、この辺の煮込みソースカツ丼は、その名の通り、基本はソースカツ丼なので、和風だしの味ではなく、秘伝のソースで煮込んで卵とじをして仕上げています。
見た目は普通のカツ丼ですが、だしの甘さではなく、少し酸味が効いたソース味ですが、ほんのり甘さもある僕には初めての味でした。
全国的に有名な店だけあって、カツもとても柔らかくて美味しかったです。
多分歴史も古く、1948(昭和23)年創業の「元祖煮込ソースカツ丼の店 なかじま」は、洋風のソースカツを和風に卵とじにした、ハイカラな味なんだと思います。
飯盛山に行きました。
鶴ヶ城の次はやっぱり飯盛山ですね。
鶴ヶ城城址公園の駐車場を出て僅か5分程度で、飯盛山の入り口まで着いたのですが、駐車場が見つからず少し辺りをうろついてしまいましたが、やっと市営の駐車場らしき所に入ることができました。
入り口にトイレがあり、駐車スペースには重機らしい働く車が一杯並んでいたので、最初は市営の駐車場とは分かりませんでした。
しかし、その車両を良く見てみると、除雪車でした。本来この時期はフル稼働しているはずですが、今年は出番がないらしく、寂し気に待機していたのでした。
会津若松の人たちは、この光景を見てほっとしているかどうかは分かりませんが、観光客のおやじとしては「除雪車さ〜ん。元気に働いているところをと〜ちゃんは見たかったぞ〜。」と叫びたい気分でした。
観光客のエゴかも知れませんが、冬は冬らしくないと寂しい気がします。
すみません。つまらないおやじのつぶやきとして、聞き流してください。
さて、本題の飯盛山に着きました。
観光としてはオフシーズンでしかも平日だったため、旅行客はまばらでした。
小学校の修学旅行の時の記憶として残っているイメージは、川と水門でしたが、はたしてそれらしきものが有るのでしょうか。
こんなに寂しいところで、若き戦士たちが自害を果したのですね。自害という言葉を知ったその頃(小学校)の僕は、状況を全く想像できませんでした。
そして還暦を迎えた今は、正義を信じて戦ってきた末に自分の軍が破れてしまった。全てを失いつつあるその時に、大いに悲嘆することはよく理解できます。
しかし、自分は自害を選ばないと思います。それは生きていれば何とかなると思っているからです。
皆さんも自殺する人の気持ちが分かる人は少ないと思います。
でもそれは心身ともに健康な時は、正常な判断ができるからであって、多分自殺する人の頭に中は、もはや正常な判断ができないのだと思います。
つまりそれは、病気であったり、過度の疲れや、精神的なショックが、正常な判断を妨げているのだなと感じます。
だから常に正常な判断ができるように、ストレスや疲れを貯めないように健康的に過ごしましょう。
すみません。また話がそれてしまいました。
若い白虎隊の戦士は、大いなる落胆と負の集団心理が働いて、自決の道を選ぶしかなかったのでしょう。とても不幸で残念な話です。
人気(ひとけ)のない冬の白虎隊の戦士の墓は、とても寒々としていました。
また、イメージに有った川と水門は「戸の口堰洞穴」(とのくちせきどうけつ)と呼ばれていて、かんがい用水を猪苗代湖から引くための穴でした。
猪苗代湖から豊富な水は今も流れていて、観光案内の資料には、「白虎隊が鶴ヶ城の情勢を確認するため飯盛山に向かう際、この洞穴をくぐりました。」と記載されていましたが、実際の用水路の流れを見ていると、こんなところを通ることが可能なのかと思えます。
寂しげな飯盛山でしたが、一応建築を専門としている僕を熱くさせた建物が有りました。
「さざえ堂」と呼ばれるこの建物は、修学旅行での記憶は全くありませんが、観光用の公式サイトの説明は以下の通りです。
その形がさざえの殻に似ていることから俗に『さざえ堂』と呼ばれ、階段のない螺旋(らせん)通路で上り下りができ、上りの人と下りの人がすれ違うことなく一方通行で巡れる世界にも例のない建築で、国の重要文化財に指定されています。
白虎隊の戦士のことを思いながら、何の前知識もなく建物に入りました。
すると入るなりスロープで、延々とらせん状に続いていました。なるほどそれでサザエか〜と思っているうちに、今度は登りから下りにらせん状のスロープ変わりました。「え」
そして「あっ!!」
そこでようやく今まで何気なく歩いていた僕の頭の中に『さざえ堂』の構造が浮かんできました。頭の中は、白虎隊から『さざえ堂』に切り替わった瞬間です。
このらせん状のスロープは一方通行で、入り口〜登りスロープ〜頂上〜下りスロープ〜出口となっていて、一回も交わることなく、1本のらせん状のスロープで繋がっていました。
「凄い!!」いつ作られたかは分かりませんが、こんなにユニークな建物が、遥か昔から有ることに、とても驚いたと共にとても感動しました。
不謹慎かもしれませんが、白虎隊の戦士の悲しいイメージは吹き飛んで、興奮してしまいました。
下に降りて、慌てて観光用の小冊子を見てみると、『さざえ堂』は『円通三匝堂(えんつうさんそうどう)』といい、寛政8年(1796年)に飯盛一族の先祖である飯盛山正宗寺(せいそうじ)第12世郁堂和尚(いくどうおしょう)によって建立され、西国三十三観音菩薩を安置した六角三層の観音堂です。
と記載されていました。230年以上も前に建立されていたことを知り、改めてその素晴らしさに感激しました。
そして僕もやっぱり建築家の端くれなんだなと、少し嬉しくなりました。
皆さんも飯盛山にお越しの際は、『さざえ堂』を是非、体験してみて下さい。
野口英世記念館へ続く。
鶴ヶ城に行きました。
滅多に行く機会のない郡山に仕事で行くことになりました。郡山は兄が大学時代に住んでいたので、何度か行ったことがあります。また、約50年前の話ですが、小学校の修学旅行で訪れたことがあるので、とても楽しみにしていました。
加えて大学時代の友人がたまたま郡山で仕事をしていると聞いたので、本来なら日帰り出張ですが、翌日休暇を取り、一晩泊まることにしました。
出張の当日は市内で一杯飲んで、翌日は友人の運転で福島観光をすることにしました。
今年は暖冬ですが、出張の2〜3日前に寒波が来て雪が降っていたようなので、冬のこの時期に車で、しかも太平洋側でも豪雪地帯で有名な会津方面に出かけるのは、危ないからのではないかと、友人に事前に打診したのですが、「車は4WDで雪道も慣れているから大丈夫だよ。」「それに走れないほど雪ないよ。」とのことだったので、そんなに気にせずに出かけることにしました。
友人は卒業してから土木関係の会社に勤めて、現場で長く施工管理の仕事をしているので、安心して運転を任せることができそうです。
朝8時に郡山の駅前ロータリーで待ち合わせをして、先ずは鶴ヶ城を目指しました。
郡山中央スマートICから高速道路に入り、新潟に向かう高速道路に乗りました。友人が言っていた通り、雪は遠くの山の上の方に微かに見えるだけで、道端には全く雪はありませんでした。
途中、磐梯山SAで休憩をしました。平日の9時過ぎなので、人影はほとんどありませんでした。お土産屋さんを眺めていると、この地方では有名な張り子の赤べこが置いてありました。
懐かしさを感じながらしばらく眺めていると、丁度いい大きさで千両箱を背負った赤べこが有ったので、お土産に買いました。
我が家にも千両箱をもたらしてくれると良いのですが…。
この辺りに来ると、数日前に降った雪が軒先に集められていて、雪国に着た感じがしてきました。
そして車で走ること30分ようやく鶴ヶ城に着きました。駐車場は貸切状態で、会津若松市内には全くと言っていい程、雪はありませんでした。
雪景色の鶴ヶ城を想像していたのですが、その風景は春間近かの鶴ヶ城でした。
お堀や桜に囲まれて城址公園として、今は綺麗に蘇っている鶴ヶ城ですが、昔は難攻不落の名城とうたわれていました。
戊辰戦争の時に新政府軍の猛攻を受けて籠城すること一ヵ月、旧幕府派(東軍)として最後まで抵抗したのですが遂に敗れて、白虎隊の悲劇を生みました。しかし、その時も城は崩壊しなかったそうです。
後にボロボロになったお城は、石垣だけ取り残して解体されました。そして寄附金により何度かの改修工事を行い、今に至っています。
お城の一番上まで上がって行くと、周囲を一望することができました。
今でも高い建築物がないこの場所は、とても見晴らしが良く、お城としては立地の良い場所なのだなと感じました。
また、飯盛山も近くに見えて、その当時十代の若い戦士が、自決しなければならなかったことに、深い悲しみを感じました。
その後下に降りて、春になったら桜が満開できれ公園を歩いて、茶室燐閣(りんかく)に行きました。
苔むした簡素な庭と茅葺屋根の茶室は穏やかな空気が流れる空間で、庭の隅に作られたテントを改造したスペースで抹茶を飲んで休憩しました。
その抹茶についていたお菓子がまた上品な甘さで、抹茶の苦みと良く調和していました。
そのお菓子のおかげでパワーが一気に回復して今度は飯盛山に向かいました。(続く)