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2017年10月07日

森鴎外の「佐橋甚五郎」のデータベース化とバラツキによる分析6

4.2 標準偏差による分析

 グループA、グループB、グループC、グループDそれぞれの標準偏差を計算する。その際、場面1、場面2、場面3の特性1と特性2のそれぞれの値は、質量ではなく指標であるため、特性の個数を数えて算術平均を出し、それぞれの値から算術平均を引き、その2乗の和集合の平均を求め、これを平方に開いていく。(公式2)
 求められた各グループの標準偏差の数字は、何を表しているのだろうか。数字の意味が説明できれば、分析は、一応の成果が得られたことになる。 

◆グループA
場面1(特性1:6個と特性2:4個)の標準偏差は、公式2により0.49となる。
場面2(特性1:1個と特性2:9個)の標準偏差は、公式2により0.3となる。
場面3(特性1:6個と特性2:4個)の標準偏差は、公式2により0.46となる。
【数字から分かること】
場面2を見ると、創発を表す数字が極端であるため、「佐橋甚五郎」は、個人主義による作品であると言える。

◆グループB
場面1(特性1:7個と特性2:3個)の標準偏差は、公式2により0.4となる。
場面2(特性1:10個と特性2:0個)の標準偏差は、公式2により0となる。
場面3(特性1:7個と特性2:3個)の標準偏差は、公式2により0.46となる。
【数字から分かること】
原文の最後にも記されているように、「佐橋甚五郎」は「続武家閑話(ぞくぶけかんわ)」という文献から起こした作品であり、場面1、場面2、場面3を通じて、アイロニーが少ないことがわかる。

◆グループC
場面1(特性1:2個と特性2:8個)の標準偏差は、公式2により0.4となる。
場面2(特性1:1個と特性2:9個)の標準偏差は、公式2により0.3となる。
場面3(特性1:0個と特性2:10個)の標準偏差は、公式2により0となる。
【数字から分かること】
場面1、場面2、場面3を通じて、新情報の2が多いため、ストーリーがテンポよく展開していることがわかる。

◆グループD
場面1(特性1:4個と特性2:6個)の標準偏差は、公式2により0.49となる。
場面2(特性1:2個と特性2:8個)の標準偏差は、公式2により0.4となる。
場面3(特性1:6個と特性2:4個)の標準偏差は、公式2により0.49となる。
【数字から分かること】
場面1、場面2、場面3を通じて、場面の前半は問題未解決、場面の後半は問題解決というパターンである。作品の冒頭に問題提起があることから、各場面の問題解決が関連するように配慮されており、作品の構成に近いデータが取れている。

花村嘉英(2017)「日本語教育のためのプログラム−中国語話者向けの教授法から森鴎外のデータベースまで」より

森鴎外の「佐橋甚五郎」のデータベース化とバラツキによる分析5

◆場面2

源太夫はこういう話をした。甚五郎は鷺(さぎ)を撃つとき蜂谷と賭(かけ)をした。蜂谷は身につけているものを何なりとも賭けようと言った。A2, B 1, C2, D2

甚五郎は運よく鷺を撃(う)ったので、ふだん望みをかけていた蜂谷の大小をもらおうと言った。A2, B 1, C2, D2

それもただもらうのではない。代わりに自分の大小をやろうというのである。A2, B1, C2, D2

しかし蜂谷は、この金熨斗(きんのし)付きの大小は蜂谷家で由緒(ゆいしょ)のある品だからやらぬと言った。 A2, B1, C2, D2

甚五郎はきかなんだ。「武士は誓言(せいごん)をしたからは、一命をもすてる。よしや由緒があろうとも、おぬしの身に着けている物の中で、わしが望むのは大小ばかりじゃ。ぜひくれい」と言った。A2, B1, C2, D2

「いや、そうはならぬ。命ならいかにも棄(す)ちょう。家の重宝は命にも換(か)えられぬ」と蜂谷は言った。A2, B1, C1, D2

「誓言を反古(ほご)にする犬侍(いぬざむらい)め」と甚五郎がののしると、蜂谷は怒って刀を抜(ぬ)こうとした。A2, B1, C2, D2

甚五郎は当身(あてみ)を食わせた。A2, B1, C2, D2

それきり蜂谷は息を吹(ふ)き返さなかった。A1, B1, C2, D1

平生何事か言い出すとあとへ引かぬ甚五郎は、とうとう蜂谷の大小を取って、自分の大小を代りに残して立ち退いたというのである。A2, B1, C2, D1

◆場面3

澄(す)み切った月が、暗く濁(にご)った燭(しょく)の火に打ち勝って、座敷(ざしき)はいちめんに青みがかった光りを浴びている。A1, B2, C2, D2

どこか近くで鳴く蟋蟀(こおろぎ)の声が、笛の音(ね)にまじって聞こえる。甘利は瞼(まぶた)が重くなった。たちまち笛の音がとぎれた。A2, B1, C2, D2

「申(もう)し。お寒うはござりませぬか」笛を置いた若衆の左の手が、仰向(あおむ)けになっている甘利の左の胸を軽く押(おさ)えた。A2, B1, C2, D2
ちょうど浅葱色(あさぎいろ)の袷(あわせ)に紋(もん)の染め抜(ぬ)いてある辺である。A1, B2, C2, D2

甘利は夢現(ゆめうつつ)の境(さかい)に、くつろいだ襟(えり)を直してくれるのだなと思った。A1, B1, C2, D2
それと同時に氷のように冷たい物が、たった今平手がさわったと思うところから、胸の底深く染み込(こ)んだ。A1, B1, C2, D2

何とも知れぬ温い物が逆に胸から咽(のど)へのぼった。甘利は気が遠くなった。A1, B1, C2, D1

三河勢(みかわぜい)の手に余った甘利をたやすく討ち果たして、髻(もとどり)をしるしに切り取った甚五郎は、鼠(むささび)のように身軽に、小山城を脱(ぬ)けて出て、従兄源太夫が浜松の邸(やしき)に帰った。 A2, B1, C2, D1

家康は約束(やくそく)どおり甚五郎を召(め)し出したが、目見えの時一言も甘利の事を言わなんだ。A2, B1, C2, D1

蜂谷の一族は甚五郎の帰参を快くは思わぬが、大殿(おおとの)の思召(おぼしめ)しをかれこれ言うことはできなかった。A2, B2, C2, D1

花村嘉英(2017)「日本語教育のためのプログラム−中国語話者向けの教授法から森鴎外のデータベースまで」より

森鴎外の「佐橋甚五郎」のデータベース化とバラツキによる分析4

4 場面のイメージを分析する

4.1 データの抽出

 作成したDBから2つの特性からなるカラムを抽出し、標準偏差によるバラツキを調べてみる。例えば、A:思考の流れ(1外から内の誘発と2内から外の創発)、B:ジェスチャー(1直示と2隠喩)、C:情報の認知プロセス(1旧情報と2新情報)、D:情報の認知プロセス(1問題解決と2未解決)というように文系と理系のカラムをそれぞれ2つずつ抽出する。

◆場面1 鷺を打つ

とある広い沼(ぬま)のはるか向うに、鷺(さぎ)が一羽おりていた。銀色に光る水が一筋うねっている側の黒ずんだ土の上に、鷺は綿を一つまみ投げたように見えている。A1, B2, C2, D2

ふと小姓の一人が、あれが撃(う)てるだろうかと言い出したが、衆議は所詮(しょせん)打てぬということにきまった。 A1, B1, C2, D1

甚五郎は最初黙(だま)って聞いていたが、皆(みな)が撃てぬと言い切ったあとで、独語(ひとりごと)のように「なに撃てぬにも限らぬ」とつぶやいた。 A2, B2, C1, D2

それを蜂谷(はちや)という小姓(こしょう)が聞き咎(とが)めて、「おぬし一人がそう思うなら、撃ってみるがよい」と言った。A1, B1, C1, D2

「随分(ずいぶん)撃ってみてもよいが、何か賭(か)けるか」と甚五郎が言うと、蜂谷が「今ここに持っている物をなんでも賭きょう」と言った。A2, B1, C2, D2

「よし、そんなら撃(う)ってみる」と言って、甚五郎は信康の前に出て許しを請(こ)うた。A2, B1, C2, D2

信康は興ある事と思って、足軽(あしがる)に持たせていた鉄砲(てっぽう)を取り寄せて甚五郎に渡(わた)した。A1, B1, C2, D2

「あたるもあたらぬも運じゃ。はずれたら笑うまいぞ」甚五郎はこう言っておいて、少しもためらわずに撃ち放した。A2, B1, C2, D1

上下こぞって息をつめて見ていた鷺(さぎ)は、羽を広げて飛び立ちそうに見えたが、そのまま黒ずんだ土の上に、綿一つまみほどの白い形をして残った。A1, B1, C2, D1

信康を始めとして、一同覚えず声をあげてほめた。田舟(たぶね)を借りて鷺を取りに行く足軽をあとに残して、一同は館(やかた)へ帰った。A1, B1, C2, D1

花村嘉英(2017)「日本語教育のためのプログラム−中国語話者向けの教授法から森鴎外のデータベースまで」より

森鴎外の「佐橋甚五郎」のデータベース化とバラツキによる分析3

3 簡単な統計処理

3.1 データのバラツキ

 5、5、5、5、5(グループa)と3、4、5、6、7(グループb)と1、3、5、7、9(グループc)は、算術平均がいずれも5であり、また中央値(メジアン)も同様に5である。算術平均やメジアンを代表値としている限り、この3つのグループは差がないことになる。しかし、バラツキを考えると明らかに違いがある。グループaは、全て5のため全くバラツキがない。グループbは、5が中心にあり3から7までばらついている。グループcは、1から9までの広範囲に渡ってバラツキが見られる。グループbのバラツキは、グループcのバラツキよりも小さい。 
 次に、1、1、4、7、7(グループd)と1、4、4、4、7(グループe)だと、どちらのバラツキが大きいことになるのだろうか。グループdは、中心の4から3も離れた所に4つの値がある。グループeは、中心に3つの値があって、そこから3離れたところに値が2つある。
 バラツキの大きさを定義する方法で最も有名なのが、レンジと標準偏差である。レンジはグループの最大値から最小値を引くことにより求めることができる。グループdは、7−1=6で、グループeは7−1=6となる。レンジだけでバラツキを定義すれば、グループdとグループeは同じことになるが、グループ内の最大値と最小値だけを問題にするため、他の値が疎かになっている。そこでもう一つのバラツキに関する定義、標準偏差について見てみよう。

3.2 標準偏差

 標準偏差は、グループの全ての値によってバラツキを決めていく。グループの個々の値から算術平均がどれだけ離れているのかによって、バラツキの大きさが決まる。
グループd(1、1、4、7、7)の算術平均は4である。それぞれの値から算術平均を引くと、1−4=−3、1−4=−3、4−4=0、7−4=3、7−4=3となる。この算術平均から離れている大きさを平均してやると、バラツキの目安が求められる。しかし、−3、−3、0、3、3を全部足すと0になるため、さらに工夫が必要になる。
 例えば、絶対値をとる方法とか値を2乗してマイナスの記号を取る方法が考えられる。2乗した場合、9、9、0、9、9となり、平均値を求めると、5で割って7.2となる。但し、元の単位がcmのときに2乗すれば、cm2となるため、7.2を開いて元に戻せば、√7.2cm2≒2.68cmというバラツキの大きさになる。
 
(1) 標準偏差の公式
σ=√Σ(Xi−X)2/n

 次にグループe(1、4、4、4、7)について見てみよう。算術平均は4である。それぞれの値から算術平均を引くと、1−4=−3、4−4=0、4−4=0、4−4=0、7−4=3となる。この算術平均から離れている大きさを平均してやると、バラツキの目安が求められる。しかし、−3、0、0、0、3を全部足すと0になるため、それぞれを2乗して、9、0、0、0、9として平均値を求め、5で割って3.6を求める。但し、元の単位がcmのときに2乗すれば、cm2となるため、3.6を開いて元に戻せば、√3.6cm2≒1.89cmというバラツキの大きさになる。従って、グループdの方がグループeよりもバラつきが大きいことになる。
 以下では、標準偏差(1)の公式を使用して、作成した「佐橋甚五郎」のデータに関するバラツキから見えてくる特徴を考察していく。 

花村嘉英(2017)「日本語教育のためのプログラム−中国語話者向けの教授法から森鴎外のデータベースまで」より

森鴎外の「佐橋甚五郎」のデータベース化とバラツキによる分析2

2 「佐橋甚五郎」は創発が強い

@ 佐橋甚五郎は、家康の嫡子信康に仕える小姓であった。どんな用事でも敏捷にこなし、武芸にも優れていた。また、遊芸も巧者で笛を上手に吹いた。ある時、信康の物詣の際に、通りすがりの沼に下りていた鷺を撃てるかどうかで小姓の蜂谷と口論になった。そこで何かを賭けることにした。鉄砲の銃弾は運良く鷺に命中した。甚五郎は、蜂谷に金熨斗付きの大小を求めた。しかし、蜂谷は拒んだ。翌日、蜂谷は傷もないのに死んでいた。甚五郎の行方がわからない。しかし、田舎に隠れていることが知れて、甚五郎の従兄佐橋源太夫がことの事情を家康に伝える。
A この短編には武士の意地が記されている。それを内から外への思考とすると、脳の活動としては創発が考えられる。甚五郎の欲求は蜂谷が拒絶したために満たされない。欲求の充足は阻止された。そこで怒りが生じ情動が生まれる。こうした創発は、人に攻撃的な行動を促す。
B 家康は事情を察してから源太夫に言い放つ。奉公として甚五郎に武田方の甘利四郎三郎を討たせることになった。甚五郎は、目の上の瘤であった小山の城で甘利を討ち、さらには北條氏に対陣を張って軍功を収めた。ところが甚五郎に賞美の言葉はなかった。その上、甘利に可愛がられていたとのことで、大阪へ遷った羽柴家への使いを見送られる。その後、源太夫の邸へも立ち寄らずに行方がわからなくなった。
C ここでも甚五郎は思いが満たされないため、不快感が生じて情動が現れている。二木(1999)によると、こうした適応行動が起こるには、外界から入ってきた刺激の生物学的意義(例えば、有害か否か)を評価する過程が働いているという。甚五郎にとってこの発現はどうやら有害だったようだ。24年の月日を経て朝鮮からの使いとして朝鮮人になりすまして甚五郎は家康の前に現れる。
D 情動ついては、大脳の内側にある大脳辺縁系が密接な関係にある。特にその中でも扁桃体が重要であり、扁桃体と線維連絡のある視床下部や視床下部と線維連絡のある中脳中心灰白質も、情動の表出に関与している。例えば、情動に伴う自律神経系の反応(心拍数、呼吸、血圧の変化)や行動面での反応(恐怖に対するすくみや逃避、怒りによる攻撃)の生起である。つまり、扁桃体─視床下部─中脳中心灰白質という1つの系が情動に関与する脳の部位になっている。

◇ 要約文を4段落(起承転結)で考える。@が起、Aが承、Bが転、Cが結になる。
◇ 段落毎にキーワードを6、7個探す。@であれば、佐橋甚五郎、信康に仕える小姓、鷺撃ち、蜂谷と口論、蜂谷の死、従兄佐橋源太夫にする。
◇ 段落毎に中心文を探す。@の中心文は、「ある時、信康の物詣の際に、通りすがりの沼に下りていた鷺を撃てるかどうかで小姓の蜂谷と口論になった。」にする。
◇ 中心文を使用して、その段落を要約する。できるだけ5W1Hも考える。キーワードとキーワードを助詞や動詞で繋いでいく。
◇ テーマ・レーマも考慮すること。例えば、「何かを賭ける」が旧情報で、「鷺に命中」や「大小を求める」が新情報。

花村嘉英(2017)「日本語教育のためのプログラム−中国語話者向けの教授法から森鴎外のデータベースまで」より

森鴎外の「佐橋甚五郎」のデータベース化とバラツキによる分析1

【要約】

 マクロのバランスを調節するときの二個二個のルールに従い、リレーショナル・データベースに関して、組み合わせのみならず、平易な統計処理によるバラツキの分析も試みる。バラツキによる分析から得られた数字の意味は何なのか、それがこの小論の考察の対象である。

1 先行研究との関係

 私のテキストの分析は、シナジーのメタファーを考察することである。最初に受容と共生からなるLのストーリーを作成し、次にそれを反映するリレーショナルDBについて分析していく。
 基本的に、「山椒大夫」(1914年)と同じ方法で、「佐橋甚五郎」(1913年)について見ていくことにする。すでに見たように、鴎外の執筆時の脳の活動を感情として、「鴎外と感情」というシナジーのメタファーを作成している。「山椒大夫」と「佐橋甚五郎」の違いは、前者が誘発の強い情動(外から内)で、後者が創発の強い情動(内から外)というところにある。両作品のDBを作成しながら、この点を比較、分析することがこの小論の目的である。

花村嘉英(2017)「日本語教育のためのプログラム−中国語話者向けの教授法から森鴎外のデータベースまで」より 

2017年10月06日

森鴎外の「山椒大夫」のデータベース化とその分析8

【連想分析2】

情報の認知1(感覚情報)
 
 感覚器官からの情報に注目することから、対象の捉え方が問題になる。また、記憶に基づく感情は、扁桃体と関係しているため、条件反射で無意識に素振りに出てしまう。このプロセルのカラムの特徴は、@ベースとプロファイル、Aグループ化、B条件反射である。
 
情報の認知2(記憶と学習)
 
 外部からの情報を既存の知識構造へ組み込む。この新しい知識はスキーマと呼ばれ、既存の情報と共通する特徴を持っている。未知の情報はまたカテゴリー化される。このプロセスは、経験を通した学習になる。このプロセルのカラムの特徴は、@旧情報、A新情報である。

情報の認知3(計画、問題解決、推論)
 
 受け取った情報は、計画を立てるプロセスでも役に立つ。その際、目的に応じて問題を分析し、解決策を探っていく。しかし、獲得した情報が完全でない場合は、推論が必要になる。このプロセルのカラムの特徴は、@計画から問題解決へ、A問題未解決から推論へである。

[安寿と厨子王が山椒大夫の下で働く場面] 感情と行動の認知プロセス
A そこでまた落ち葉の上にすわって、山でさえこんなに寒い、浜辺に行った姉さまは、さぞ潮風が寒かろうと、ひとり涙をこぼしていた。
情報の認知1,3 情報の認知2,1 情報の認知3,2
B 日がよほど昇ってから、柴を背負って麓へ降りる、ほかの樵が通りかかって、「お前も大夫のところの奴か、柴は日に何荷苅るのか」と問うた。
情報の認知1,3 情報の認知2,2 情報の認知3,2
C 「日に三荷苅るはずの柴を、まだ少しも苅りませぬ」と厨子王は正直に言った。
情報の認知1,3 情報の認知2,1 情報の認知3,2
D 「日に三荷の柴ならば、午までに二荷苅るがいい。柴はこうして苅るものじゃ。」樵は我が荷をおろして置いて、すぐに一荷苅ってくれた。
情報の認知1,1 情報の認知2,2 情報の認知3,1
E 厨子王は気を取り直して、ようよう午までに一荷苅り、午からまた一荷苅った。
情報の認知1,1 情報の認知2,2 情報の認知3,1

A:情報の認知1はB条件反射、情報の認知2は@旧情報、情報の認知3はA問題未解決から推論へである。
B:情報の認知1はB条件反射、情報の認知2はA新情報、情報の認知3はA問題未解決から推論へである。
C:情報の認知1はB条件反射、情報の認知2は@旧情報、情報の認知3はA問題未解決から推論へである。
D:情報の認知1は@ベースとプロファイル、情報の認知2はA新情報、情報の認知3は@計画から問題解決へである。
E:情報の認知1は@ベースとプロファイル、情報の認知2はA新情報、情報の認知3は@計画から問題解決へである。

結果

厨子王はこの場面で、条件反射的に外部から情報を取り込み、問題未解決から問題解決へ向かっている。そのため感情と行動という組が相互に作用する。

7 まとめ

鴎外の執筆時の脳の活動を調べるために、まず受容と共生からなるLのストーリーを文献により組み立てた。次に、「山椒大夫」のLのストーリーをDB化して、最後に文献で留めたところを実験で確認した。そのため、テキスト共生によるシナジーのメタファーについては、一応の研究成果が得られている。

花村嘉英(2017)「日本語教育のためのプログラム−中国語話者向けの教授法から森鴎外のデータベースまで」より

森鴎外の「山椒大夫」のデータベース化とその分析7

【連想分析1】 受容と共生のイメージ合わせ

安寿と厨子王が山椒大夫の下で働く場面
A そこでまた落ち葉の上にすわって、山でさえこんなに寒い、浜辺に行った姉さまは、さぞ潮風が寒かろうと、ひとり涙をこぼしていた。
意味1, 3 意味2,5 意味3,1 意味4,1 意味5,1 衛生学1,1  衛生学2,1
B 日がよほど昇ってから、柴を背負って麓へ降りる、ほかの樵が通りかかって、「お前も大夫のところの奴か、柴は日に何荷苅るのか」と問うた。
意味1,3 意味2,1+2 意味3,1 意味4,3 意味5,1 衛生学1,3  衛生学2,1
C 「日に三荷苅るはずの柴を、まだ少しも苅りませぬ」と厨子王は正直に言った。
意味1,3 意味2,1 意味3,1 意味4,1 意味5,1 衛生学1,1  衛生学2,1
D 「日に三荷の柴ならば、午までに二荷苅るがいい。柴はこうして苅るものじゃ。」樵は我が荷をおろして置いて、すぐに一荷苅ってくれた。
意味1,3 意味2,1+2+5 意味3,1 意味4,3 意味5,1 衛生学1,3  衛生学2,2
E 厨子王は気を取り直して、ようよう午までに一荷苅り、午からまた一荷苅った。
意味1,4 意味2,1+5 意味3,2 意味4,1 意味5,1 衛生学1,3  衛生学2,1

分析例

1 安寿と厨子王が由良の山椒大夫の館に着いて、そこで仕事をする場面。
2 この小論では、「山椒大夫」執筆時の鴎外の脳の活動を誘発と考えているため、意味3の外から内への流れに注目する。全体では、誘発:創発=誘発が五割五分。
3 尊敬の念の強弱を全体で比較すると、強が五割五分。
4 振舞いの直示と隠喩を比較すると、直示が七割。
5 ホメオスタシスを崩す要因が感情であれば、そこからいずれかの行動が現れ、ホメオスタシスが崩れない行動であれば、恒常性は保たれている。
6 意味1:@喜A怒B哀C楽、意味2:@視覚A聴覚B味覚C嗅覚D触覚、意味3:@誘発A創発、意味4:@尊敬強A弱B記事なし、意味5:@直示A隠喩
7 人工知能 衛生学1:ホメオスタシスを崩す@外的要因(物理、社会)A内的要因(心理、情緒、生理、身体)B記事なし(恒常性維持)、人工知能 衛生学2:@行動Aエキスパート(リスク回避)Bその他

テキスト共生の公式

ステップ1:情動(意味1、2、3)と尊敬の念(意味4)を合わせて感情とし、感情と振舞い(意味5)から解析の組(感情と行動)を作る。
ステップ2:衛生学の特性からも感情と行動という組を作り、解析の組と合わせる。

A:感情(B哀+D触覚+@誘発+@尊敬強)と行動(@直示)という組を、ホメオスタシスが崩れる外的要因@と涙が溢れるという行動@からなる衛生学の組と合わせる。
B:感情(B哀+@視覚+@誘発+B記事なし)と行動(@直示)という組を、ホメオスタシスの維持Bと何もしないという行動@からなる衛生学の組と合わせる。
C:感情(B哀+@視覚+@誘発+@尊敬強)と行動(@直示)という組を、ホメオスタシスが崩れる外的要因@と芝を刈らないという行動@からなる衛生学の組と合わせる。 
D:感情(B哀+[@視覚+D触覚]+@誘発+B記事なし)と行動(@直示)という組を、ホメオスタシスの維持Bとリスク回避Aからなる衛生学の組と合わせる。
E:感情(C楽+D触覚+A創発+@尊敬強)と行動(@直示)という組を、ホメオスタシスの維持Bと芝を刈るという行動@からなる衛生学の組と合わせる。

結果 リレーショナルな分析1については、テキスト共生の公式が適用される。

花村嘉英(2017)「日本語教育のためのプログラム−中国語話者向けの教授法から森鴎外のデータベースまで」より

森鴎外の「山椒大夫」のデータベース化とその分析6

5 DBの作成法と分析

 DBの作成法について説明する。エクセルのデータについては、列の前半(文法1から意味5)が構文や意味の解析データ、後半(医学情報から人工知能)が理系に寄せる生成のデータである。一応、L(受容と共生)を反映している。DBの数字は、登場人物を動かしながら考えている。
 こうしたDBを作る場合、共生のカラムの設定が難しい。受容はそれぞれの言語ごとに構文と意味の解析をし、何かの組を作ればよい。しかし、共生は作家の知的財産に基いた脳の活動が問題になるため、作家ごとにカラムが変わる。

【山椒大夫のDBのカラムの作成】
項目名 文法1
内容  名詞の格
説明 鴎外の助詞の使い方を考える。

項目名 文法2
内容 ヴォイス
説明 能動、受動、使役。

項目名 文法3
内容 テンス、アスペクト
説明 現在、過去、未来、進行形、完了形。

項目名 文法4
内容 モダリティ
説明 可能、推測、義務、必然など。

項目名 意味1
内容 喜怒哀楽
説明 情動との接点、瞬時の思い。

項目名 意味2
内容 五感
説明 視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚。

項目名 意味3
内容 思考の流れ
説明 外から内(誘発)、内から外(創発)。

項目名 意味4
内容 尊敬の念
説明 感情に見られる継続的な思い。

項目名 意味5
内容 振舞い
説明 ジェスチャー、身振り。直示と隠喩を考える。

項目名 医学情報
内容 病跡学との接点
説明 受容と共生の共有点。構文や意味の解析から得た組「情動と尊敬の念」と病跡学でリンクを張るためにメディカル情報を入れる。

項目名 記憶
内容 短期、作業記憶、長期(陳述と非陳述)
説明 作品から読み取れる記憶を拾う。長期記憶は陳述と非陳述に分類される。

項目名 情報の認知1
内容 感覚情報の捉え方
説明 感覚器官からの情報に注目するため、対象の捉え方が問題になる。例えば、ベースとプロファイルやグループ化または条件反射。

項目名 情報の認知2
内容 記憶と学習
説明 外部からの情報を既存の知識構造に組み込む。その際、未知の情報についてはカテゴリー化する。学習につながるため。

項目名 情報の認知3
内容 計画、問題解決、推論
説明 受け取った情報は、計画を立てるときにも役に立つ。目的に応じて問題を分析し、解決策を探っていく。獲得した情報が完全でない場合、推論が必要になる。

項目名 人工知能衛生学1
内容 ホメオスタシスが崩れる内外の要因
説明 ホメオスタシスが崩れる要因を外的と内的に分けて、そこから何れかの感情を引き出す。

項目名 人工知能衛生学2
内容 エキスパートシステム
説明 リスク回避を目的とした行動にも注目する。

花村嘉英(2017)「日本語教育のためのプログラム−中国語話者向けの教授法から森鴎外のデータベースまで」より

森鴎外の「山椒大夫」のデータベース化とその分析5

4 鴎外の脳の活動は感情

 動物全般の感情は、人間を含めて動物が生得的に持っている本能のことをいう情動と人間特有の感情といえる尊敬の念に分けられる。前者は動物実験を通して客観的に捉えることができ、後者は個人の主観レベルで処理することができる。時間的な見方をすれば、情動は瞬間的な思いになり、尊敬の念は継続的な思いになる。周知の通り、感情には喜怒哀楽のようにどちらにも入るものがある。(二木:1999)
 この小論ではこれらをカラムに採用し「山椒大夫」のDBの作成法を検討していく。文学の研究を少しでも客観的にするためである。
 情動の起因には諸説が考えられる。そのうちの一つに内的要因(創発)と外的要因(誘発)による体の反応があげられる。鴎外の歴史小説にも内的要因と外的要因による思考があり、創発が主の作品と誘発が主の作品に分類することができる。前者には「阿部一族」、「佐橋甚五郎」、後者には「安井夫人」、「山椒大夫」が入る。こうした思考の流れは行動とも関連する。 

4.1 『山椒大夫』

 この作品は、遠く離れた父親に会いに行く旅の途中で母親と別れるも、姉弟が力を合わせて両親と世話になった人たちに献身の気持ちを伝えるという内容である。これを外から内への思考とすると、ここでの脳の活動は誘発になる。

@ 安寿と厨子王は、人買いに買われて由良の山椒大夫の所で奴婢になり潮汲みと柴刈りを強いられる。健気な中にも父母への思いは募るばかり。ある日、初めて二人一緒に柴刈りに出かけた。姉は予め弟に二人では駄目だから、一人で筑紫の父の所へ行って、佐渡へ母を迎えに行くようにと話した。結局、厨子王は一人で都を目指すことになる。そして、安寿は入水する。 
A 僧形になった厨子王は都に上り、東山の清水寺に泊まる。開運の時がきた。関白師実に事の経緯を話したところ、筑紫に左遷した平正氏の嫡子という身元が判明し、厨子王は師実に客として迎えられる。師実が還俗した厨子王に冠を加えると、欲求を満たしてくれるものに接近する情動が厨子王に生まれる。
B 厨子王は元服後正道と名のった。父の安否を筑紫に尋ねたところ、死亡していることがわかり、正道は身がやつれるほど嘆いた。体の生理状態と心の状態は、密接な関係にある。悲しい時には、涙があふれて全身が緊張し、子供のようにしゃくりあげて泣く。正道もその類である。ここでは身内との惜別による悔しい気持から、哀れな情動が生まれている。
C その後、正道は丹後の国守になる。都へ上る際に手を貸してくれた曇猛律師は総都にし、安寿を懇ろに弔い、入水した岬に尼寺を建てた。そして、任国のために仕事をしてから、佐渡へ母を探しに行く。母と姉への献身である。これは、正道個人の尊敬の念である。
D 佐渡に着いて大きな百姓家の生垣を覗くと、刈り取った粟の穂が干してあり、雀が啄むのを女が逐っている。正道は心が引かれると同時に身が震えた。女は盲である。耳を立てると、安寿と厨子王のことが恋しいと歌っている。探していた母がそこにいる。正道は臓腑が煮えくり返るも雄たけびを堪えた。縛られた縄が解かれたように垣根の中に駆け込んで、守本尊を額に押し当て母の前にうつ伏した。雀ではないとわかると、母の両方の眼は涙で潤い、その時目が開いた。そして、二人はぴたりと抱き合った。

 ここでも自分の欲求を満たしてくれるものに接近行動を示す情動が母と正道に現れる。情動にはこのように人を行動に駆り立てる性質がある。つまり、情動を単なる心的状態ではなく、脳の機能として捉えることにより、「鴎外は感情」というシナジーのメタファーが作られる。
 情動ついては、大脳の内側にある大脳辺縁系が密接な関係にある。特にその中でも扁桃体が重要であり、扁桃体と線維連絡のある視床下部や視床下部と線維連絡のある中脳中心灰白質も、情動の表出に関与している。例えば、情動に伴う自律神経系の反応(心拍数、呼吸、血圧の変化)や行動面での反応(恐怖に対するすくみや逃避、怒りによる攻撃)の生起である。つまり、扁桃体─視床下部─中脳中心灰白質という1つの系が情動に関与する脳の部位になる。(二木:1999)

基礎編第二章の論文「読む・書く」で説明した【要約の手順】と照合してみる。
◇ 要約文を4段落(起承転結)で考える。@が起、Aが承、BとCが転、Dが結になる。
◇ 段落毎にキーワードを6、7個探す。@であれば、安寿と厨子王、由良の山椒大夫、奴婢、一緒に柴刈、一人で都を目指す、入水するにする。
◇ 段落毎に中心文を探す。@の中心文は、「姉は予め弟に二人では駄目だから、一人で筑紫の父の所へ行って、佐渡へ母を迎えに行くようにと話した」にする。
◇ 中心文を使用して、その段落を要約する。できるだけ5W1Hも考える。キーワードとキーワードを助詞や動詞で繋いでいく。 
◇ テーマ・レーマも考慮すること。例えば、「一人で筑紫の父の所へ行って」が旧情報で、「厨子王は一人で都を目指す」が新情報。

誘発 感情 @平正氏の嫡子という身元が判明。(喜び)
   行動 @師実が厨子王に冠を加える。欲求を満たしてくれるものに接近する情動が厨子王に生まれる。
   感情 A父の安否を筑紫に尋ねると、死亡が確認される。(哀れ)
   行動 A身がやつれるほど嘆いた。身内との惜別による悔しい気持から哀れな情動が生まれる。
   感情 B二人はぴたりと抱き合った。(喜び)
   行動 B欲求を満たしてくれるものに接近する情動が母と正道に生じる。

尊敬の念 感情 @正道(厨子王)が丹後の国守になる。(責任感)
     行動 @律師は総都にし安寿のために尼寺を建て母を探しに佐渡へ行く。母と姉への献身である。

花村嘉英(2017)「日本語教育のためのプログラム−中国語話者向けの教授法から森鴎外のデータベースまで」より
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花村嘉英
花村嘉英(はなむら よしひさ) 1961年生まれ、立教大学大学院文学研究科博士後期課程(ドイツ語学専攻)在学中に渡独。 1989年からドイツ・チュービンゲン大学に留学し、同大大学院新文献学部博士課程でドイツ語学・言語学(意味論)を専攻。帰国後、技術文(ドイツ語、英語)の機械翻訳に従事する。 2009年より中国の大学で日本語を教える傍ら、比較言語学(ドイツ語、英語、中国語、日本語)、文体論、シナジー論、翻訳学の研究を進める。テーマは、データベースを作成するテキスト共生に基づいたマクロの文学分析である。 著書に「計算文学入門−Thomas Mannのイロニーはファジィ推論といえるのか?」(新風舎:出版証明書付)、「从认知语言学的角度浅析鲁迅作品−魯迅をシナジーで読む」(華東理工大学出版社)、「日本語教育のためのプログラム−中国語話者向けの教授法から森鴎外のデータベースまで(日语教育计划书−面向中国人的日语教学法与森鸥外小说的数据库应用)」南京東南大学出版社、「从认知语言学的角度浅析纳丁・戈迪默-ナディン・ゴーディマと意欲」華東理工大学出版社、「計算文学入門(改訂版)−シナジーのメタファーの原点を探る」(V2ソリューション)、「小説をシナジーで読む 魯迅から莫言へーシナジーのメタファーのために」(V2ソリューション)がある。 論文には「論理文法の基礎−主要部駆動句構造文法のドイツ語への適用」、「人文科学から見た技術文の翻訳技法」、「サピアの『言語』と魯迅の『阿Q正伝』−魯迅とカオス」などがある。 学術関連表彰 栄誉証書 文献学 南京農業大学(2017年)、大連外国語大学(2017年)
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