2015年12月27日
サーカスのライオン
町外れの広場に、サーカスがやってきました。ライオンのじんざは、今日も火の輪をくぐりぬけます。
サーカスのライオン
川村たかし 文
西村達馬 絵
町外れの広場に、サーカスがやってきた。ライオンやとらもいれば、お化け屋しきもある。ひさしぶりのことなので、見物人がぞくぞくとやってきた。
「はい、いらっしゃい、いらっしゃい。オーラ、オーラ、お帰りはこちらです。」
寒い風をはらんだテントがハタハタと鳴って、サーカス小屋は、まるで海の上を走るほかけ船のようだった。
ライオンのじんざは、年取っていた。ときどき耳をひくひくさせながら、テントのかげのはこの中で、一日中ねむっていた。ねむっているときは、いつもアフリカのゆめを見た。ゆめの中に、お父さんやお母さんや兄さんたちがあらわれた。草原の中を、じんざは風のように走っていた。
自分の番が来ると、じんざはのそりと立ち上がる。はこはテントの中に持ちこまれ、十五まいの鉄のこうし戸が組み合わされて、ライオンのぶ台ができあがる。
ぶ台の真ん中では、円い輪がめらめらともえていた。
「さあ、始めるよ。」
ライオンつかいのおじさんが、チタン、チタッとむちを鳴らすと、じんざは火の輪を目がけてジャンプした。うまいものだ。二本でも三本でも、もえる輪の中をくぐりぬける。おじさんがよそ見しているのに、じんざは三回、四回とくりかえしていた。
夜になった。お客が帰ってしまうと、サーカス小屋はしんとした。ときおり、風がふくような音を立ててとらがほえた。
「たいくつかね。ねてばかりいるから、いつのまにか、おまえの目も白くにごってしまったよ。今日のジャンプなんて、元気がなかったぞ。」
おじさんがのぞきに来て言った。じんざが答えた。
「そうともさ。毎日、同じことばかりやっているうちに、わしはおいぼれたよ。」
「だろうなあ。ちょっとかわってやるから、散歩でもしておいでよ。」
そこで、ライオンは人間の服を着た。分からないように、マスクもかけた。くつをはき、手ぶくろもはめた。
ライオンのじんざはうきうきして外へ出た。
「外はいいなあ。星がちくちくゆれて、北風にふきとびそうだなあ。」
ひとり言を言っていると、
「おじさん、サーカスのおじさん。」
と、声がした。
男の子が一人、立っていた。
「もう、ライオンはねむったかしら。ぼく、ちょっとだけ、そばへ行きたいんだけどなあ。」
じんざはおどろいて、もぐもぐたずねた。
「ライオンがすきなのかね。」
「うん、大すき。それなのに、ぼくたち昼間サーカスを見たときは、何だかしょげていたの。だから、お見まいに来たんだよ。」
じんざは、ぐぐっとむねのあたりがあつくなった。
「ぼく、サーカスがすき。おこづかいためて、また来るんだ。」
「そうかい、そうかい、来ておくれ。ライオンもきっとよろこぶよ。でも、今夜はおそいから、もうお帰り。」
じんざは男の子の手を引いて、家まで送っていくことにした。
男の子のお父さんは、夜のつとめがあって、るす。お母さんが入院しているので、つきそいのために、お姉さんも夕方から出かけていった。
「ぼくはるす番だけど、もうなれちゃった。それより、サーカスの話をして。」
「いいとも。ピエロはこんなふうにして……。」
じんざが、ひょこひょこおどけて歩いているときだった。くらいみぞの中にゲクッと足をつっこんだ。
「あいたた。ピエロもくらい所は楽じゃない。」
じんざは、くじいた足にタオルをまきつけた。すると、男の子は、首をかしげた。
「おじさんの顔、何だか毛が生えてるみたい。」
「う、ううん。なあに、寒いので毛皮をかぶっているのじゃよ。」
じんざは、あわてて向こうを向いて、ぼうしをかぶり直した。
男の子のアパートは、道のそばの石がきの上にたっていた。じんざが見上げていると、部屋に灯がともった。高いまどから顔を出して、
「サーカスのおじさん、おやすみなさい。あしたライオン見に行っていい?」
「来てやっておくれ。きっとよろこぶだろうよ。」
じんざが下から手をふった。
次の日、ライオンのおりの前に、ゆうべの男の子がやってきた。じんざは、タオルをまいた足をそっとかくした。まだ、足首はずきんずきんといたかった。夜の散歩もしばらくはできそうもない。
男の子は、チョコレートのかけらをさし出した。
「さあ、お食べよ。ぼくと半分こだよ。」
じんざは、チョコレートはすきではなかった。けれども、目を細くして受け取った。じんざはうれしかったのだ。
それから男の子は、毎日やってきた。
じんざは、もうねむらないでまっていた。やってくるたびに、男の子はチョコレートを持ってきた。そして、お母さんのことを話して聞かせた。じんざはのり出して、うなずいて聞いていた。
いよいよ、サーカスがあしたで終わるという日、男の子は息をはずませてとんできた。
「お母さんがね、もうじき、たい院するんだよ。それにおこづかいもたまったんだ。あしたサーカスに来るよ。火の輪をくぐるのを見に来るよ。」
男の子が帰っていくと、じんざの体に力がこもった。目がぴかっと光った。
「……ようし、あした、わしはわかいときのように、火の輪を五つにしてくぐりぬけてやろう。」
その夜ふけ……。
だしぬけに、サイレンが鳴りだした。
「火事だ。」
と、どなる声がした。うとうとしていたじんざははね起きた。
風にひるがえるテントのすき間から外を見ると、男の子のアパートのあたりが、ぼうっと赤い。ライオンの体がぐうんと大きくなった。
じんざは、古くなったおりをぶちこわして、まっしぐらに外へ走り出た。足のいたいのもわすれて、むかし、アフリカの草原を走ったときのように、じんざはひとかたまりの風になってすっとんでいく。
思ったとおり、石がきの上のアパートがもえていた。まだ消ぼう車が来ていなくて、人々がわいわい言いながら荷物を運び出している。
「中に子どもがいるぞ。たすけろ。」
と、だれかがどなった。
「だめだ。中へは、もう入れやしない。」
それを聞いたライオンのじんざは、ぱっと火の中へとびこんだ。
「だれだ、あぶない。引きかえせ。」
後ろで声がしたが、じんざはひとりでつぶやいた。
「なあに。わしは火には、なれていますのじゃ。」
けれども、ごうごうとふき上げるほのおは階だんをはい上がり、けむりはどの部屋からもうずまいてふき出ていた。
じんざは足を引きずりながら、男の子の部屋までたどり着いた。
部屋の中で、男の子は気をうしなってたおれていた。じんざはすばやくだきかかえて、外へ出ようとした。けれども、表はもう、ほのおがぬうっと立ちふさがってしまった。
石がきの上のまどから首を出したじんざは、思わず身ぶるいした。高いので、さすがのライオンもとび下りることはできない。
じんざは力のかぎりほえた。
ウォーッ
その声で気がついた消ぼう車が下にやってきて、はしごをかけた。のぼってきた男の人にやっとのことで子どもをわたすと、じんざはりょう手で目をおさえた。けむりのために、もう何も見えない。
見上げる人たちが声をかぎりによんだ。
「早くとび下りるんだ。」
だが、風にのったほのおは真っ赤にアパートをつつみこんで、火の粉をふき上げていた。ライオンのすがたはどこにもなかった。
やがて、人々の前に、ひとかたまりのほのおがまい上がった。そして、ほのおはみるみるライオンの形になって、空高くかけ上がった。ぴかぴかにかがやくじんざだった。もう、さっきまでのすすけた色ではなかった。
金色に光るライオンは、空を走り、たちまちくらやみの中に消え去った。
次の日は、サーカスのおしまいの日だった。けれども、ライオンのきょくげいはさびしかった。おじさんは一人で、チタッとむちを鳴らした。
五つの火の輪はめらめらともえていた。だが、くぐりぬけるライオンのすがたはなかった。それでも、お客は一生けん命に手をたたいた。
ライオンのじんざがどうして帰ってこなかったかを、みんなが知っていたので。
小学3年生の国語の教科書(東京書籍)に載っているお話しです。
胸にグッとくるお話しですね。
ライオンのじんざは、年取っていて、眠っているときは、家族と一緒だったアフリカの夢を見ます。
「毎日、同じことばかりやっているうちに、わしはおいぼれたよ。」と語ります。
身につまされます。
私もいつしか牙を抜かれたライオンのようになってしまって…
年を取ってきたのか、子どもの頃を思い出します。
じんざは男の子に出会って牙を取り戻しました。
しかし、男の子を助けるためにじんざは命をおとしてしまいます。
私が小学生の頃、「日本沈没」のテレビドラマで、ダムが決壊したとき、死力を尽くして孫を安全な場所にいる大人に手渡して、自らは濁流にのまれた、おじいちゃんを思い出しました。
孫もおじいちゃんも助からないかと祈りながら見ていました。そして、おじいちゃんが濁流にのまれた後は涙が出てしまいました。不覚にも涙を母に見られて恥ずかしかったのを思い出します。
誰かの命をつなぐために、誰かの命が犠牲になるのを見るのは辛いものですね。
だからこそ、犠牲になった命は金色にぴかぴかに輝かなければならないと思います。
ぴかぴかに輝く命を見た者は、それに敬意を払い、心に覚えておかなければならないと思います。
心にグッとくるお話でした。
「はい、いらっしゃい、いらっしゃい。オーラ、オーラ、お帰りはこちらです。」の❝オーラ、オーラ、❞という言葉。
「ライオンつかいのおじさんが、チタン、チタッとむちを鳴らす…」の❝チタン、チタッ❞という表現。
「外はいいなあ。星がちくちくゆれて、北風にふきとびそうだなあ。」の❝星がちくちくゆれて❞という表現。
「くらいみぞの中にゲクッと足をつっこんだ。」の❝ゲクッ❞という表現。
など、私は今まで聞いたことのない表現が面白かったです。
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