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2017年01月22日

読書: Susan Cain『Quiet』── 生まれながらの気質 vs. 経験によってはぐくまれた気質

今読んでいるスーザン・ケインの本『Quiet』の内容が面白かった.

人間の個性とは何によって決まるのかという問題.
生まれながらの気質 (Nature) と教育や家族環境などの経験から得られる気質 (Nurture) のどちらにより個性は決定されるのか.

この大きな問題に取り組んだのが発達心理学者のジェローム・ケイガン (Jerome Kagan) で, 彼の研究は徹底している.
彼が研究を始めた頃, 学界では優生学 (ナチスによって政治的に利用された) への反発から, 人間は生まれながらの気質ではなく教育などの後天的な経験と自由意志によって個性を望むように変えていくことが可能であるという説が起こっていた.
ケイガンもこれを研究していた.

しかし, ケイガンはこのテーマはそれほど単純なものではないと考え, 1989 年以降長期に渡る重要な実験を開始する (2000 年代に入っても継続中らしい).
毎年, 500 人の生後 4 か月の幼児を選び, 彼らが青年期に至るまでの成長過程を定期的に観察し, 外交的な性格になるグループと内向的な性格になるグループの傾向を調べ続けるという実験を行ったのだ.
蓄積されていくデータは膨大な量になり, それを統計的に分析した結果得られた一つの結論:
  • 幼児期に周囲からの刺激 (音や動き等) に対して過敏に反応する子供 (全体の約 20 パーセント) は内向的な性格に育つ傾向があり, 逆に周囲からの刺激に対して無頓着な子供 (全体の約 40 パーセント) は外交的な性格に育つ傾向がある. 残りの 40 パーセントは「中間的」な性格になる傾向がある.


この幼児期の傾向は脳の扁桃体 (amygdala) と呼ばれる器官によって決まる.
扁桃体は初期の哺乳類からすでに脳に備わっている, 極めて原始的な器官である.
この実験結果からは人間の個性 (内向性・外向性) の一端は扁桃体という器官を介して, 遺伝子によって支配されているという説が導かれる.

では, 生まれて以降の家庭環境や教育, 本人の自由意志によって個性が変わる余地はあるのだろうか?

これはケイガンが研究の次の段階として目指していたらしい.

機能的 MRI (fMRI: functional MRI) という, 外部からの刺激に対して脳のどの部分が活性化するかを調べることができる機器の開発を契機として 90 年代後半からその分野の研究が進展する.

ケイガンの仲間であるカール・シュワルツ (Carl Schwartz) は fMRI を使用して青年期以降の男女を対象としてその脳の働きを調べた.
そしてシュワルツの実験の結果わかったこと:
  • 青年期以降も人間は扁桃体の影響下にある. しかし, その一方で大脳前頭葉が扁桃体の働きを抑制することができるようになる. 生来の内向的な性格の者もパーティーで社交的に振る舞ったり会話の輪にうまく溶け込むことができるようになるし, 外交的な性格の者も必要な場面では落ち着いた態度で静かに振る舞うことができるようになる. これは大脳前頭葉の働きであって, 個人の意志に基いた訓練や努力によっていくらでも伸ばすことができる. これが自由意志による個性への関与である.


さらにシュワルツは次の仮説を提唱した.

自由意志によって個性は変えていくことができる. しかし, それには限界があり, それは扁桃体によって個々人が生まれながらにして決定されているものである. つまり遺伝子的な限界と言える.

つまり, どんなに意志を強く持って努力したとしても, それには生まれながらにして決まった限界がある.
その限界を超えて個性を変えることは不可能である, というものである.

ゴム紐を考えてみるといい.
ゴム紐は引っ張ればどんどん伸ばすことができる.
しかし, あまりにも無理に伸ばすとゴム自体が伸び切ってしまい, 元に戻らなくなってしまう.

個性とはこのゴム紐のようなものだと言うのである.
与えられたゴム紐が扁桃体 (生来の気質), ゴム紐を伸ばす行為が大脳前頭葉による制御 (自由意志による個性への関与) である.

本書には著者によると思われる次のような喩えも書かれていた.

「ビル・ゲイツが如何に社会と関わるスキルを身に付けたとしても決してビル・クリントンにはなれない. 同様にビル・クリントンがどれほど多くの時間をコンピューターの前に座って過ごそうとも決してビル・ゲイツにはなれない」

この「ゴム紐仮説」のようなことは, 自分の体験として確かにあるのではないかという気がする.
あくまで個人としての感じ方ではあるが.

どんなに努力しても変えられない気質はある.
仮に自分をこの仮説に当て嵌めるとすれば, 無理をし過ぎてゴム紐が伸び切ってしまったケースに当たるのではないか.
自身の感覚としては, 伸び切ったというよりも, ポキっと折れたというほうが近いが.
2014 年の暮れあたりにそれは起こった.
そこに至るまでの, 無理に無理を重ねてゴム紐を伸ばし続けた数十年間についてはいつか書きたいが, 今は思い出すのが苦しいので無理だ.

そういう体験があるので, このような説があると知って自分はかなり救われた.
ほっとしたし, 心の底から安心したのである..

それにしても, こういう膨大な手間と時間を掛けた科学的な実験を数十年に渡って継続していくというのは...
凄い研究だと思う.
posted by 底彦 at 19:57 | Comment(0) | TrackBack(0) |
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