2020年05月15日
坂口安吾の「肝臓先生」から見えてくるバラツキについて6
場面3
娘の肩に手をかけてこう優しく慰めると、先生は棺の前に端坐して冥目合掌し、「島に病人が待っています。行ってやらなければなりません。あなただけは、それを喜んで下さるでしょう。肝臓医者は負けじ」深く深く一礼を残すと、あとはイダテン走りであった。病院へ駈けつけると薬をつめたカバンをとり、私をしたがえて一散に海へ。A1、B1、C2、D2
三人は小舟に乗った。私は櫂をにぎった。海上で、かなた陸上の空襲のサイレンをきく。それは淋しく、怖ろしいものである。見渡す海に、一艘の舟とてもない。浜に立つ人影もない。風よ。浪よ。舟をはこべ。島よ。近づけ。先生は舟中で娘の掌をきつく握って、手の色をみた。それは先生が肝臓疾患の有無をしらべる時の最初の方法なのである。A2、B1、C2、D2
「やっぱり、あなたもあるようだ。どれ」もはや、先生は肝臓の鬼だ。慈愛の目が、きびしい究理の目に変っている。先生は肝臓に手をあて、強く押して診察した。
「流行性肝臓炎だ。しかし安心するがよいよ。おうちへつくと、じきに治る薬をあげますよ」 ちょうど先生がこう言った時だった。爆音がきこえた。にわかに、ちかづいた。こっちへ来る!A1、B1、C2、D1
アッと思った瞬間に、私は施す術すべもなく、ただ、すくんで、待つばかりであった。「伏せ! 伏せ!」
先生は叫んだ。伏すことのできない私を、怒りをこめて、にらんだ。その先生は伏さなかった。飛行機は私たちの舟をめがけて急降下する。先生はそれをジッとにらんでいる。耳を聾する爆音。すべてが、メチャ/\にひっくりかえった。A1、B1、C2、D2
気がついたとき、私は海上を漂っていた。かたわらに、小舟が真二ツにわれている。娘が歯をくいしばって、浮いている。しかし、先生の姿はなかった。
そして先生の姿は永久に消え、再び見ることができなかった。遺品の一つといえども、浜に打ちあげられてこなかったのだ。壮烈なる最期である。しかし、あまりにも、なさけない。どうして私が死に、先生が助かることが出来なかったのだろう。A1、B1、C2、D2
花村嘉英(2020)「坂口安吾の『肝臓先生』から見えてくるバラツキについて」より
娘の肩に手をかけてこう優しく慰めると、先生は棺の前に端坐して冥目合掌し、「島に病人が待っています。行ってやらなければなりません。あなただけは、それを喜んで下さるでしょう。肝臓医者は負けじ」深く深く一礼を残すと、あとはイダテン走りであった。病院へ駈けつけると薬をつめたカバンをとり、私をしたがえて一散に海へ。A1、B1、C2、D2
三人は小舟に乗った。私は櫂をにぎった。海上で、かなた陸上の空襲のサイレンをきく。それは淋しく、怖ろしいものである。見渡す海に、一艘の舟とてもない。浜に立つ人影もない。風よ。浪よ。舟をはこべ。島よ。近づけ。先生は舟中で娘の掌をきつく握って、手の色をみた。それは先生が肝臓疾患の有無をしらべる時の最初の方法なのである。A2、B1、C2、D2
「やっぱり、あなたもあるようだ。どれ」もはや、先生は肝臓の鬼だ。慈愛の目が、きびしい究理の目に変っている。先生は肝臓に手をあて、強く押して診察した。
「流行性肝臓炎だ。しかし安心するがよいよ。おうちへつくと、じきに治る薬をあげますよ」 ちょうど先生がこう言った時だった。爆音がきこえた。にわかに、ちかづいた。こっちへ来る!A1、B1、C2、D1
アッと思った瞬間に、私は施す術すべもなく、ただ、すくんで、待つばかりであった。「伏せ! 伏せ!」
先生は叫んだ。伏すことのできない私を、怒りをこめて、にらんだ。その先生は伏さなかった。飛行機は私たちの舟をめがけて急降下する。先生はそれをジッとにらんでいる。耳を聾する爆音。すべてが、メチャ/\にひっくりかえった。A1、B1、C2、D2
気がついたとき、私は海上を漂っていた。かたわらに、小舟が真二ツにわれている。娘が歯をくいしばって、浮いている。しかし、先生の姿はなかった。
そして先生の姿は永久に消え、再び見ることができなかった。遺品の一つといえども、浜に打ちあげられてこなかったのだ。壮烈なる最期である。しかし、あまりにも、なさけない。どうして私が死に、先生が助かることが出来なかったのだろう。A1、B1、C2、D2
花村嘉英(2020)「坂口安吾の『肝臓先生』から見えてくるバラツキについて」より
【このカテゴリーの最新記事】
-
no image
-
no image
-
no image
-
no image
-
no image
この記事へのコメント
コメントを書く
この記事へのトラックバックURL
https://fanblogs.jp/tb/9851083
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
この記事へのトラックバック