2020年03月31日
志村けん
コメディアンの志村けんさんが亡くなりました。
志村けんといえばきっと、どの世代からも支持されていたと思います。
でも私は途中から、そう興味もなくなってしまいました。
それは、
「あいーん」と「バカ殿様」、「変なおじさん」あたりから品がないと感じ始めたからです。
「ドリフの大爆笑」までは見ていましたが、それ以降、見ることはなくなりました。
でも、
どの世代からも支持されていたとはいえ、私はまさにド真ん中の世代だと思っています。
私が初めて志村けんを見たのは「8時だヨ!全員集合」です。
ドリフターズは当時、いかりや長介、加藤茶さん、仲本工事さん、荒井注、高木ブーさん5人のグループでした。「8時だヨ!全員集合」は土曜夜8時から前半約25分、大掛かりなセットを使ったコントから始まりました。そこへゲストのように出てきた酔っ払い役が志村けんでした。
見習い?
と思っていましたが、しばらくするとレギュラーになり、そして登場したのが「東村山音頭」。
「東村山音頭」は4丁目から始まり、3丁目は少しマイナーな音階。1丁目はロック調ではじけ、暴走するから、いかりや長介がツッコみ、終了する流れでした。
「東村山音頭」を調べると、1963年(昭和38年)東村山町農業協同組合が発売したとあります。
歌は三橋美智也・下谷二三子さん・春日八郎・大津美子さん。すげぇ。
4丁目は原曲に近く、3丁目はいかりや長介の作詞・作曲、1丁目は志村けんが作詞・作曲のようです。
私はこの「東村山音頭」が大好きで、ラジカセをテレビに向けて録音しました。
志村けんのデビューは私が小学校に入学した年です。
以降、「8時だヨ!全員集合」は小学校を卒業するまで、週末には必ず見ていた番組でした。
途中から見なくなったドリフターズ、また、志村けんでしたが、俳優として好きでした。
1999年、映画「鉄道員(ぽっぽや)」で炭鉱作業員を演じています。
妻と娘に逃げられ、筑豊炭鉱から息子とふたり北海道に来て、炭鉱閉山が決まる。
直後に落盤事故で死亡。
閉山を知らされたとき、飲み屋でケンカになり、女将に助けられその後、ぐでんぐでんに酔っぱらって、高倉健と小林稔侍さんに介抱されながら家に帰ります。途中、雪の坂道で転びますがロケ地、南富良野町ではその坂を「志村坂」と呼んでいるそうです。
帰った家では
「酒と洗面器!」
を繰り返し叫びます。
酒は飲むため、洗面器は飲み過ぎた酒を吐いたときのためです。
これはかつてデビューネタの酔っ払いを彷彿とさせようとした演出なのかと思います。
その後、志村けん演じる炭鉱作業員は荼毘に付され、仏壇もなく簡素なテーブルの上に骨箱が乗せられ、その上に息子が描いた似顔絵が壁に貼ってあります。
そこへひとりぼっちになった小さな息子が、無心でヨーヨーをする影が映し出されます。
志村けんといえば、まずコメディアンとしての姿を思う人が多いでしょう。
私も悲報を知って、まず「8時だよ!全員集合」を思い出しました。
が次に、映画「鉄道員(ぽっぽや)」を思い出しました。
ご冥福を
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