2013年10月14日
子供を叱れない中国の親
今回のシンガポール・マレーシア旅行では、日頃からお付き合いのある、
中国人一家と共に行動しました。
お父さんは日系企業のエンジニアで、長男が、うちの息子の幼稚園のクラスメートです。
高級マンションに、おじいさんおばあさんと一緒に住んでいて、
子供たちも普段からよく一緒に遊んでいる間柄です。
今回の旅では、その家庭の様子を間近でみることができましたが、
どうもこの家庭でも、子供のしつけがなかなかに難しいようです。
シンガポールに到着したその翌日、ホテルのプールで子供たちを遊ばせていたときのことです。
そこの家の長男(貝くんとします)と、うちの娘・息子がプールで泳ぎの競争をしていました。
よーいドンで一斉に泳ぎだしました。
娘はスイスイ先を泳いでいきますが、うちの息子と貝くんはバシャバシャもがいて、いい勝負。
そのうちに、貝くんがうちの息子の頭を押さえつけました。
これは危ない、と思っていると、案の定すぐに競争は中止、息子が水を飲んで泣きだしました。
子供の遊びとはいえ、これは危険な行為です。
近くに貝くんの両親がいなかったので、僕が出ていって注意しました。
「こら、それはやってはいけない。そんなことをしたら雲(うちの長男の名前です)は死んでしまう。」
これが我が子だったら、すぐにプールから上がらせてビンタするところです。
他のご家庭の子なので、そこまではしませんし、声を荒げることもしませんでした。
それでも厳しい目で注意しました。それくらいは必要です。
‥でも貝くんは、これだけで、もう駄目でした。
今度は貝くんの方が大泣きしはじめました。
ちょうど帰ってきたお父さんの胸に顔をうずめて、しゃくりあげながら、
「雲なんて友達じゃない!もう二度と遊ばない!」
‥貝くんを叱ったのは僕で、うちの息子は貝くんから頭を押さえつけられはしたものの、
何も貝くんの機嫌を損ねることもしていないので、我が息子からすれば飛んだとばっちりです。
しかし僕から注意をされた貝くんはよほどショックだったようで、
あべこべにうちの息子にあたっているのです。
それから30分近くも貝くんは泣き通しで、「友達じゃない!」を連呼していました。
しまいにはうちの息子が「貝がもう遊んでくれないだって。」と泣きだす始末。
貝くんのお父さんには、僕の家内から事情を話しました。
そこでお父さんはどうするのかな、とみいていましたが、
泣きじゃくる我が子を、「よしよし、もう泣くな。」となだめるばかりでした。
こんなとき、本来あるべきは、お父さんが貝くんに対し、
「お前が雲の頭を押さえつけたのだろ。 それは危ないことだ。叱られて当然じゃないか。
もうやってはいけないよ。」
と、教えたいところです。
なじみの薄い大人から注意を受けて動転してしまうのはわかります。
それならお父さんが、我が子が過ちに気付くように、噛み砕いて教えてあげなければなりません。
そこを「よしよし。」としてしまう。
これでは貝くんは、自分がやったことへの反省なんてしませんよね。
似たようなことが、旅行中の別の場面でもありましたし、旅行以前にもありました。
僕の目からみれば、貝くん自身はいたって普通の子供です。
特別劣っているようなところはみられませんし、逆に、興奮して友達の頭を押さえつけるような、
幼い子供なら誰でもやるような過ちも人並みにします。それが普通でしょう。
問題は、それがいけないことである、ということを親が教えるかどうかなのです。
今回の旅行全体を通じて貝くんの家庭をみていると、
どうも、その点が少し甘いような気がしてなりませんでした。
だから僕がちょっと注意しただけで、ものすごいショックを受けて動転してしまったのです。
叱られることに全く慣れていない。
誰も叱ってあげないからです。
家内が貝くんのお母さんと子供のしつけについて話をしていたとき、お母さんが、
「子供たちは、家の外では、いろいろ悔しい思いをしたりすることもある。
だからせめて家庭の中では暖かく接してあげたい。」
というようなことを話していたそうです。
子供に暖かく接してあげたい、というのには僕も同感ですが、
やはり親なのですから、子供が間違ったことをすれば糺してあげることも大事です。
そうでないと、子供は善悪の判断をできないまま、社会に出ていかなくてはならない。
これでは子供がかわいそうですね。
‥ただ、これは貝くんの家庭に限ったことではありません。
僕らの周囲では、こんな中国人の家庭が結構多いように感じています。
中国では幼児のことを「バオバオ(宝宝)」と呼びます。
大人たちはそれこそ宝物のように、腫れものに触るようにして子供に接しています。
叱られもせず、ほしいものを何でも買ってもらえる子供たちが、
わがままに育ったとしても不思議ではありませんね。
貝くん一家も、そんな今どきの家庭の一つであるといえるでしょう。
シンガポール・マレーシア旅行の中で、現代中国のある一面に接した思いがしました。
中国人一家と共に行動しました。
お父さんは日系企業のエンジニアで、長男が、うちの息子の幼稚園のクラスメートです。
高級マンションに、おじいさんおばあさんと一緒に住んでいて、
子供たちも普段からよく一緒に遊んでいる間柄です。
今回の旅では、その家庭の様子を間近でみることができましたが、
どうもこの家庭でも、子供のしつけがなかなかに難しいようです。
シンガポールに到着したその翌日、ホテルのプールで子供たちを遊ばせていたときのことです。
そこの家の長男(貝くんとします)と、うちの娘・息子がプールで泳ぎの競争をしていました。
よーいドンで一斉に泳ぎだしました。
娘はスイスイ先を泳いでいきますが、うちの息子と貝くんはバシャバシャもがいて、いい勝負。
そのうちに、貝くんがうちの息子の頭を押さえつけました。
これは危ない、と思っていると、案の定すぐに競争は中止、息子が水を飲んで泣きだしました。
子供の遊びとはいえ、これは危険な行為です。
近くに貝くんの両親がいなかったので、僕が出ていって注意しました。
「こら、それはやってはいけない。そんなことをしたら雲(うちの長男の名前です)は死んでしまう。」
これが我が子だったら、すぐにプールから上がらせてビンタするところです。
他のご家庭の子なので、そこまではしませんし、声を荒げることもしませんでした。
それでも厳しい目で注意しました。それくらいは必要です。
‥でも貝くんは、これだけで、もう駄目でした。
今度は貝くんの方が大泣きしはじめました。
ちょうど帰ってきたお父さんの胸に顔をうずめて、しゃくりあげながら、
「雲なんて友達じゃない!もう二度と遊ばない!」
‥貝くんを叱ったのは僕で、うちの息子は貝くんから頭を押さえつけられはしたものの、
何も貝くんの機嫌を損ねることもしていないので、我が息子からすれば飛んだとばっちりです。
しかし僕から注意をされた貝くんはよほどショックだったようで、
あべこべにうちの息子にあたっているのです。
それから30分近くも貝くんは泣き通しで、「友達じゃない!」を連呼していました。
しまいにはうちの息子が「貝がもう遊んでくれないだって。」と泣きだす始末。
貝くんのお父さんには、僕の家内から事情を話しました。
そこでお父さんはどうするのかな、とみいていましたが、
泣きじゃくる我が子を、「よしよし、もう泣くな。」となだめるばかりでした。
こんなとき、本来あるべきは、お父さんが貝くんに対し、
「お前が雲の頭を押さえつけたのだろ。 それは危ないことだ。叱られて当然じゃないか。
もうやってはいけないよ。」
と、教えたいところです。
なじみの薄い大人から注意を受けて動転してしまうのはわかります。
それならお父さんが、我が子が過ちに気付くように、噛み砕いて教えてあげなければなりません。
そこを「よしよし。」としてしまう。
これでは貝くんは、自分がやったことへの反省なんてしませんよね。
似たようなことが、旅行中の別の場面でもありましたし、旅行以前にもありました。
僕の目からみれば、貝くん自身はいたって普通の子供です。
特別劣っているようなところはみられませんし、逆に、興奮して友達の頭を押さえつけるような、
幼い子供なら誰でもやるような過ちも人並みにします。それが普通でしょう。
問題は、それがいけないことである、ということを親が教えるかどうかなのです。
今回の旅行全体を通じて貝くんの家庭をみていると、
どうも、その点が少し甘いような気がしてなりませんでした。
だから僕がちょっと注意しただけで、ものすごいショックを受けて動転してしまったのです。
叱られることに全く慣れていない。
誰も叱ってあげないからです。
家内が貝くんのお母さんと子供のしつけについて話をしていたとき、お母さんが、
「子供たちは、家の外では、いろいろ悔しい思いをしたりすることもある。
だからせめて家庭の中では暖かく接してあげたい。」
というようなことを話していたそうです。
子供に暖かく接してあげたい、というのには僕も同感ですが、
やはり親なのですから、子供が間違ったことをすれば糺してあげることも大事です。
そうでないと、子供は善悪の判断をできないまま、社会に出ていかなくてはならない。
これでは子供がかわいそうですね。
‥ただ、これは貝くんの家庭に限ったことではありません。
僕らの周囲では、こんな中国人の家庭が結構多いように感じています。
中国では幼児のことを「バオバオ(宝宝)」と呼びます。
大人たちはそれこそ宝物のように、腫れものに触るようにして子供に接しています。
叱られもせず、ほしいものを何でも買ってもらえる子供たちが、
わがままに育ったとしても不思議ではありませんね。
貝くん一家も、そんな今どきの家庭の一つであるといえるでしょう。
シンガポール・マレーシア旅行の中で、現代中国のある一面に接した思いがしました。
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