札幌に残る不思議な空間(ホラー、ラッキースポット): ホラー好きのフライマン
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2015年07月13日

 札幌のパワースポットB「豊滝龍神様」





 札幌市南区の「豊滝市民の森」入口に隣接する盤龍山信行院は、豊滝龍神様とも呼ばれている。境内には「龍神の水」として、地域の人々に親しまれている湧き水があり、平成24年2月に、簾舞地区町内会連合会によって、平成23年度の簾舞地区遺産に選定された。
 この一画は、豊滝・市民の森となっていて、拝殿や複数の龍神様を祀っている龍神堂、龍神の水のほか、拝殿から山道を100メートルほど登った奥には、本殿や馬頭観音を祀った石碑もある。
@.JPG
 豊滝地区を開墾した人々が古くから大切に守り続けてきた、龍神が祀られた盤龍山信行院では、毎年4月と9月に祭りが催され、自然の恵みに感謝し今でも「龍神の水」を大切に維持、管理されている。
  豊滝龍神の由緒は、昔修行をしていた行者が龍神様のお告げによってこの神社を作り、湧き水を発見したとのこと。豊滝・龍神の水の地勢が、羊蹄山と藻岩山・円山を結ぶライン上という龍脈上の龍神との縁起や、レイライン、風水との関係を唱える人もいる。

  盤龍山信行院周辺には、入植時代の碑が多く残されている。中には、管理する人のいなくなった碑や祠がポツりと残されている場所もあり、苔むした立ち姿が往時を偲ばせる。そのひとつの「恩皇碑」は、豊滝の市道豊滝東線の盤の沢林道への分岐点にある。
  「恩皇碑」は、明治31年に帝室御料林であった盤の沢が開拓、大正14年の農耕地と山林の払い下げを記念して建立されたもの。碑の台座には、入植者35人の名が刻まれている。かたわらには、石造りの「熊野皇大神」の小祠がある。
B.JPG
 前回の盤渓山妙福寺もそうだが、パワースポットといわれる場所には、水脈が伴っているところが多いようだ。歴史的に見ると、盤渓山妙福寺よりも盤龍山信行院のほうが古いが、由緒は「龍神様のお告げによって建立」とよく似ている。
「龍神の水」は、アトピーや喘息にも効果があると言われている。水質は軟水で、水質検査もしっかりと行われており、日常使用する飲料水として汲みに来る人が絶えない。設けられた3つの蛇口からは、絶えることのない霊水がとうとうと流れ出ている。
 尚、本殿に向かう市民の森の散策路内で、熊の糞が見つかったとのこと。本殿から先を行く場合は、熊鈴などの防備が必要だ。

写真@:豊滝龍神様とも言われる盤龍山信行院の本殿、同A:拝殿の奥に元々の湧き出し口だった「龍神の水」の祠が設けられていた







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2015年04月23日

「星置の滝」に真言宗祈祷道場

 昨年8月18日付ブログに掲載した『「星置の滝」で不思議な光』の続編。
 今年の雪解けを待って、4月15日に再び星置の滝を訪ねた。雪代により、いつもの神々しさ、清々さとは異なる「野生的で豪快な滝の落ち込みをみることができる」との思いから。
 滝へと続く下り坂の石畳の通路は、雪は残っていないが、折からの雨で濡れて滑りやすそう。また、通路の入口には「真言宗単位祈祷道場 札幌手稲山 如意輪寺入口」の看板。
 
 昨年8月にブログに掲載した内容は、『谷底に下り着いた先の木造の橋の向こうに、金子教会の建物があった。建物の入口が破られ、玄関から奥は土足で歩いた後が数多く残る廃墟状態となっていた。教会の由緒が記されたものは見当たらなかったが、建物の入口の横に要石と延命地蔵尊、そして大香炉なのか養成シートで覆われた器物が並んでいた』
星置2.JPG

星置1.JPG











  『星置の滝は、上下二段に分かれた美しい形相が有名で、全国の名瀑のひとつに数えられている。この景観の評価とは別に興味を抱いたのが、星置の滝を修験道と同じく「瀧場」という修行の場所とした「星置の瀧 金子教会」の存在。
 建物や、入口横に並んだ延命地蔵尊等の写真を撮って後で確認すると、3基並んで写した写真の中に、明るく輝く不思議な光の帯が差し込んでいたカットがあった。それは大香炉と思われる物の上だけに写っており、ほかのカットでは見られない。
 3基の中で要石や延命地蔵尊は信者からの寄進で、大香炉は教会の持ち物と思われる。なぜ、このような光が写り込んだのかは深く考えないが、信仰心と星置の滝の霊力のなせる業なのかも知れない』――と記した。

 今回、通路をたどって橋の袂までいくと「真言宗単位祈祷道場 札幌手稲山 如意輪寺」の真新しい看板。所々足場の抜け落ちた木造の橋も、修理して穴が塞がれていた。 建物入口の破られた扉は、ベニア板などで囲い修復されていたが、ここを玄関として使った形跡がない。多分、後ろの勝手口から出入りしているのだろう。
 玄関の横には、例の「星置の瀧 金子教会」の看板がそっと置かれていた。入口横の要石と延命地蔵尊、シートに隠れた大香炉は、昨年来た時と変わらない姿で並んでいた。
星置3.JPG

8月18日写真3.JPG












 目的の星置の滝は、予想通り豪快な落ち込み姿を見ることができたが、気になるのは「真言宗単位祈祷道場 如意輪寺」のこと。金子教会との関係がどうなっているのか、またこの場所でどのような祈祷が行われていたのか等々。

 ネットで検索すると、次々に如意輪寺を紹介するHPが現れた。そこでの自己紹介では「当山は、札幌で2番目に有名な『星置の滝』の麓にあります。
 一時期、心霊スポットとして、安易なる輩が踏み荒らした形跡もありますが、心霊スポットだなんて、失敬なこと極まりない。むしろ『神気』があふれんばかりに宿っている場所です。
 当寺は、とりわけお祓いや厄払い、邪気払い(『除霊』という言葉はなじまない、というか嫌い)に定評があります。
 この『神気』を浴び、ついでに当寺へお立ち寄りになり、玄関前の大延命地蔵菩薩様や、堂内のご本尊をご参詣くだされば、気持ちに『清浄観』が得られることでしょう。
 何か、そういうことでお困りの方は、事前予約にて密教秘法を修します。
人生に行き詰まった方や、原因不明の体調不良の方など、まずはここの空気を吸ってみてください。
立派な滝に、あるいは当寺の護摩火の中に、きっと何かを見いだすことができるはずです。管長・住職 柏木聡慧」――と記されていた。
 
 ただ、如意輪寺本体のHPは文字化けして読むことができなかった。また、「なび北海道」や「納骨堂info」HPの「手稲山 如意輪寺」の紹介ページに載せられていた「延命地蔵尊」は、私が撮影して昨年8月18日付ブログに掲載した、明るく輝く不思議な光の帯が差し込んでいた写真と全く同じ。所在を明記してもらえれば、使用しても一向にかまわないが、この写真は住職から見ても神気のこもった画像だったのだろうか、気にかかる。

追記
 掲載した写真は、動画(MP4)をスナップショットソフトで画像化(JPEG)したもの。動画の切り取りは簡単に行えるが、今回に限って画像化ができなかった。そのため、動画をMP4からAVIに一度変換した上で、スナップショットソフトで切り取り(GIF)、ペイントでJPEG化と、通常の手順の3倍以上の時間がかかった。これは今まで経験したことがなかったこと。やはり、神聖な場所を撮影するには、前もってお参りをしなければならない、と思うようになった。

写真上左:雪代で轟音をたてて流れ出す星置の滝、同右:橋の袂に立てられた「真言宗単位祈祷道場 札幌手稲山 如意輪寺」の看板、同下左:今回撮影した延命地蔵尊と要石と大香炉、同右:昨年8月18日付ブログに掲載した不思議な光の帯。如意輪寺のHPにこの写真が使われていた









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2014年12月08日

妙福寺はパワースポット

 札幌・西区福井から小林峠を経由して南区に抜ける道道西野真駒内清田線は、円山の裏道となっていることや、1車線で森の中を通ることからだろう「夜中に通るには気持ちが悪い」という話をよく聞く。しかしこの西野真駒内清田線の全線開通は、昭和41年(1966年)で、まだ60年ほど前と古くはない。もともと、円山から幌見峠を経由して福井に抜ける道路だったのが、小林峠の開通によって西区と南区がつながった。

 小林峠にかかる手前から、キャンプ場に向かう脇道を盤渓山に30分ほど歩いて登っていくと日蓮宗の妙福寺に辿りつく。同寺は昭和元年の創立で、檀家寺でなく信者の参拝寺だった。参拝者は当時、市内より徒歩で幌見峠を越え、さらに盤渓山を登り参拝した。片道でも半日をこす道程。
現在は、参道も自動車道として整備され、周辺は四季を通じてレジャー・散策等のスポットとして親しまれている。
妙福寺1

妙福寺2












  妙福寺には、「法竜水」と「妙竜水」の二つの泉に関した伝説が残されている。札幌の歴史と伝説をまとめた「さっぽろむかしあったとさ」(共同文化社、坪谷京子著)では、「妙福寺に棲む年老いた日精という尼が病気にかかり、この回復を祈った弟子の常隆という尼が、白石の願本寺から幌見峠を通って妙福寺に赴き1週間の断食を行った」
 「その最後の日に、夢枕に白髪の老人が現れ、山奥に万物に効く白い水と赤い水の湧き出す場所を伝えた。二人がその言葉に従い、お題目をとなえて鍬を打ち込むと白い水が湧き出た。法竜水と名づけたこの水を飲むと胃の具合が良くなり、目の悪い人はこの水で洗うと良くなった。また、湯殿を作るためにもう一箇所を掘ったところ、今度は赤褐色の水が出た。妙竜水と名づけたこの水は、皮膚病や神経痛に効くと評判になり、湯につかる人が絶えなかった」という。
妙福寺3



 現在、「妙竜水」の湯殿は崖崩れですでに無く、「法龍水」は水の湧く場所に鍵のかかった社が設けられて、この霊水に触れることはできない。
 こうしたことからも、妙福寺はパワースポットと言える場所で、決して心霊スポットでない。寺に続く長い参道を経て盤渓山に登ることができ、桜や紅葉時期のハイキングにはうってつけの場所だろう。一度、法龍水を飲んでみたいがその機会はあるだろうか。

 写真上左:妙福寺の境内、同左:寺の前にも湧水が湧き出ている、写真下:社に囲まれた法龍水の涌水











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2014年11月10日

廃社化した五天山神社

  「イワシの頭も信心から」と、どのようなものにも神様が宿るという日本人の自然崇拝、信仰をアミニズムという。岩の形が人間の顔に似ているといっては、岩をご神体として祠を作り祀りあげ、幹の形が神々しいからといって祠を作り祀りあげて信仰した。
 こうした信仰の歴史の浅い流行神(はやりがみ)は江戸時代に急増、多くの無名の神様が祀られた。元はただの岩でも、長い間に人の祈りを受けているうちに、本当の神様になるという。このような信仰心が日本に八百八万の神様を作った。

 信者がいなくなり、参拝されることの無くなくなった神社や祠は、祀り棄ての祠といい、祀られていた神様が悪霊や妖怪に変わることもあるらしい。だから、由来の分からない、誰も手をかけなくなって廃墟化した神社や祠は、むやみに参拝することをやめたほうがいい、と聞いたことがある。
 北海道にも、こうした祀り棄てられた祠、神社が多く残されている。開拓農民が、本州の名のある神社の分社として祀ったものがほとんどだが、夢破れて離農したあとには、誰も参拝しない祠だけが残されている。
 札幌・西区に、五天山という標高303 メートルのハイキングに適した山がある。この山に祀られている五天山神社もそのひとつ。神社の創祀は、大国主命のお告げがあったという話から、昭和11年に建立された。敷地内にはお地蔵様や馬頭観音が建立されており、鳥居が無ければ寺と見間違うばかり。
五天山1
写真2








 



  五天山の頂には、神社の奥の院の祠が建立されているが、ご神体は別の祠に移されたのか見当たらない。お地蔵様には花が手向けられ、今でも御参りにくる人がいるようだが、神社の拝殿は木で打ち付けられて、手をかけられた形跡はない。なぜ廃社となったのかは想像でしか分からないが、神社はこのまま廃墟化が進んでいくのだろう。
 この五天山の麓にある北海道札幌西陵高校で、体育の授業中に心臓発作で亡くなった女生徒の御祓いを、五天山神社で行ったことが問題になったこともあったようだ。
 五天山の周辺には、心霊スポットとして知られる平和の滝や平和墓地があり、琴似から山の方向に上り詰めるという土地柄のせいか、流れる空気自体が異なっているように感じるのは自分だけか。

写真上左:五天山を麓から見る。左に見えるのは札幌西陵高校、同上右:五天山神社の全景。右に馬頭観音が建立されている。同下:お地蔵様が並ぶ神社の敷地。最近お参りしたあとが残っていた
写真3










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2014年10月01日

手稲山の事故多発現場

 北海道を代表するノンフィクション作家の合田一道氏をご存知の方は多いと思う。北海道各地の歴史や文化、風俗などを様々な角度から検証した作品とともに、歴史の裏に潜む怪異事件をノンフィクション作品として数多くの刊行本を世に送り出している。

 作品のひとつ『定山坊行方不明の謎』は、第1回北海道ノンフィクション賞(月刊クオリティ主催)大賞を受賞。また、怪談やホラーの分野では「北海道こわいこわい物語」( 幻洋社 1988)、「北海道幽霊の住所録 HBCへ寄せられた情報から 霊体験ドキュメント集」( 幻洋社 1991)、「北海道おどろおどろ物語」(幻洋社 1995)、「北の幽霊、南の怨霊」( 友成純一共著 同朋舎 2001)などを上梓している。

 その合田氏の“怖い”本を大量購入した。ほとんどがリアル書店に置いていないために、ネットで購入した。中には初版が1988年と、25年以上も前に発刊したものもあるが、現在先端を行くホラー作家の「実話本」と比べて、取材に裏付けられた緻密な舞台背景と、驚かすのではなく、淡々と事実を纏め上げた落ち着いた筆の運びに引き込まれた。

 合田氏のノンフィクション”怪談”の中には、札幌を舞台とした話が数多く発表されている。そして、未だ現役の怪談の舞台として存在している話も少なくない。例えば東雁木の幽霊屋敷や八条中学校の怪異、9条橋にたたずむ幽霊ほか。その中で最近、「北海道こわいこわい物語」に載せられている「交通事故死誘う怪奇ゾーン」の現場を訪ねる機会があった。
10月1日1
10月1日2










 

 これは、手稲山の山頂に向かう道路で起きる怪異を取り上げたもの。第1版が1989年となっていることから、25年以上も前の話となる。その話は「手稲山の中腹にある、ゴルフ場に行く手前の最後のカーブでは交通事故が相次ぐ。その原因のひとつと思われるのが、カーブに立つ水銀灯の存在。水銀灯は、車が通ると故障もしていないのに、一瞬消えて真暗闇となる。そして、車が通過して数分たつと再び明かりを放つ。
 知人もこの現象を体験したが、それとともに水銀灯が消えた瞬間、前を走っていた車がカーブの先の崖下に消えた。しかし、いくら調べても事故の様子が見当たらなかったという。どうやら、ここは怪奇ゾーンで目に見えない何物かがカーブの付近で徘徊しているのではないか」という内容。

 山頂に向かう現在の道路は、新しく修復されたのだろう。しかし、ゴルフ場付近は旧道からそのまま引き継がれた道路だと思われる。国道5号線から手稲山のゴルフ場に登っていくと、街路灯は山道に入る高速道路下の住宅地までしか設置されていない。それから先は、ゴルフ場の看板と道路を照らす照明が中腹のカーブの先に設けられているだけ。水銀灯とは、この照明のことを言っているのだろうか。
 確かに他に街路灯がなくて真暗闇の中、カーブが多発するために夜の走行は危険だと思う。昼間の走行では違和感はなかったが、「真夜中にこの場所を通って、道路を照らす照明が一瞬で消えたりすると、運転感覚が麻痺する可能性もあるのでは」と思った。
一度、真夜中に走りたいと思うが、何物かが現れそうなので他の人に任せたい。

写真上左:手稲山の麓にある札幌テイネゴルフクラブ。同上右:照明灯のあるカーブに続く道路(下り車線)。ここが問題の事故多発現場なのかは確認できなかった。同下:カーブの先にある照明灯

10月1日3












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2014年09月20日

空沼岳の廃墟

  8月20日のブログ「真駒内川で型物やまめ」の中で、記事の最後に「今回の釣果に不満はないが、なぜか高揚感はなかった。釣り下っている最中に、始終何かに見られているように感じたことや、流れの中に花束や墓に備えるお供物があったことも一因かもしれない」と書いた。 
 これに対して、ある人から「真駒内川の最上流部に近い空沼岳の登山道の脇に、開拓農民が住んでいた建物があったが、20年以上も前に廃墟となった。その後、廃墟は空沼の幽霊屋敷と呼ばれるようになった。その影響があるのでは」と言われた。

 この廃墟は、以前にテレビでも心霊スポットとして取り上げられたことがあるらしく、一家が惨殺された現場だという。この話を聞いてから、それが真実なのかあちこちで調べたが、裏づけは取れなかった。多分、廃墟となった後の朽ち落ちた印象で囁かれた風評だろう。
 廃墟は10年ほど前、空沼岳に登った際に目撃したことがある。その時は釣りのポイント探しも兼ねていた。ちょうど、廃墟の前を走る林道を横切って崖を下ると、真駒内川上流の大きな砂防ダムに行き着く。ダムの流れ出しの下にはやまめが溜まっていたという記憶がある。
写真1
写真2
写真3
写真4






















  その当時は「離農により朽ちた建物が廃墟になった」としか思わなかった。それが、まさか幽霊の噂の立つ廃墟だとは。
 今でも「単なる廃墟だ」という考えは変わらない。ただ、ブログにも書いたように「始終何かに見られているように感じた」ことは事実だ。それが人なのか、あるいは熊などの動物か、それとも全く別のものなのかは、今でも判らない。

 先日、札幌郊外の河川の大雨の影響を見るために、真駒内川上流の写真を撮った。そのついでに、気にかかっていた廃墟を見に行った。しかし、10年ぶりに訪れたその場所は、敷地が草木に覆われて、ブロックで築かれたサイロの破片やコンクリートの基礎を残すだけで、建物は跡形も無かった。
 ただ、その場所でも「何かに見られている」という気配が感じた。それはこの廃墟跡ではなく、この森全体から受ける印象ではないかと思うようになった。

写真左上:20年以上も前に廃墟となった建物跡。同右上:サイロを築いたブロックやコンクリートの基礎を残すだけで敷地は草木に覆われている。同左下:廃墟の前を走る空沼岳に向かう林道。大雨の後遺症で岩や土砂が道を塞ぎ、車の横行ができなくなった。同右下:真駒内川の上流部。まだ強い濁りが残っており、これが解消されない限り下流での釣りは好転しない
















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2014年08月18日

「星置の滝」で不思議な光

  渓流釣りを行う縁なのか、滝についての興味も大きい。別に、滝に由来する伝説や心霊現象ということではなく、滝の発するマイナスイオンの心地よさや景観を求めてのこと。ただ、訪れる滝は車でも行けるようなところがほとんど。そのため、観光地化しているところが多い。たまに、渓流を遡行して発見する名もなき滝もあるが、これは釣人の余禄のようなもの。

 札幌近郊で関心を寄せているのが「金山の滝」と、小樽の勝納川上流にある「穴滝」。いずれも、山道を1時間ほど歩かなければたどり着けないという、物見遊山では行けない場所にある。「金山の滝」は、一時、新聞やテレビなどにも取り上げられた。手稲山の麓を分け入った奥にあるが、その手前には産業遺跡化している金山鉱山跡や「乙女の滝」がある。

 「乙女の滝」に行くには、駐車した場所から山に向かう林の中を、30分ほど歩かなければならない。川に沿った小道が途中で林道に替わるが、すでに熊の生息圏に入っており、1人で行くには怖い。「金山の滝」は、さらにそこから山道を30分ほど辿ったその奥にあるという。滝に着くまでは、気を抜くことができないだろう。

 2ヶ月ほど前、「乙女の滝」に行ったついでに、その手前にある「星置の滝」に寄ろうとしたが、滝の入口を見失った。そこで今回あらためて出向いた。「星置の滝」は、写真で見る限り上下の2段に分かれた流れが美しく、全国の名瀑のひとつに数えられている。この景観の評価とは別に興味を抱いたのが、星置の滝を修験道と同じく「瀧場」という修行の場所とした「星置の瀧 金子教会」の存在。

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 星置の滝に向かう狭い通路を辿り、谷底に下り着いた先に朽ちた木造の橋が架かっている。その先に金子教会の建物があった。入口の扉は破られて、玄関から奥は土足で歩いた後が数多く残っていて、建物内部は廃墟状態となっていた。話によると、建物を守る金子教会の管理者が亡くなり、建物の管理維持ができなくなったらしい。 
 教会の由緒が記されたものは見当たらなかったが、建物の入口の横に要石と延命地蔵尊、そして大香炉なのか養成シートで覆われた器物が並んでいた。

 星置の滝は、平和の滝のような禍々しさはない。逆に、修験道の修行の場として選ばれただけに清々しさと神々しさが感じ取れる。ここにどのようにして建材を運び教会を建てたのか、どのような信者が訪れたのか、また何を信仰の対象としたのか、という興味が募った。

 建物や、入口横に並んだ延命地蔵尊等の写真を撮って後で確認すると、3基並んで写した写真の中に、明るく輝く不思議な光の帯が差し込んでいたカットがあった。それは大香炉と思われる物の上だけに写っており、ほかのカットでは見られない。
  3基の中で要石や延命地蔵尊は信者からの寄進で、大香炉は教会の持ち物と思われる。なぜ、このような光が写り込んだのかは深く考えないが、信仰心と星置の滝の霊力のなせる業なのかも知れない。



18日3
18日4












写真左上:景観の美しい星置の滝、同右上:金子教会の建物に続く木造の橋、同左下:3基並んだ内の大香炉らしき物の上に明るい光が差し込む、同右下:大香炉に差し込んだ光の拡大写真











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