2016年09月27日
問題作「絵画の刑罰」
蛙里いずみが通っている高校の美術室の壁には、沢山の名画の縮小コピーが飾られていた。フランスの画家アングルが描いた「泉」も、その一つだ。これは、美しい少女の全裸の正面図が描かれたものである。
ある日、この名画のコピーにいたずら書きがされる事件がおきた。なんと、腰部のデルタ地帯がマジックでグチャグチャと塗りつぶされていたのである。さながら、一夜にして、清楚な絵の少女にアンダーヘアが生えてしまったかのごとくだ。
学校中が大騒ぎになった。教師たちは懸命に犯人探しを行なったが、なかなか首謀者は見つからなかった。
実は、いたずらの犯人は、普段は優等生として通っている蛙里いずみだったのである。彼女は、以前から、この「泉」と言う絵が気に入らなかった。自分の名前もいずみだったので、この裸の「泉」と引っ掛けられて、ゲスな男子生徒らによくからかわれていたからである。
だから、こうして「泉」の絵を卑しめてやると、内心してやったりの気持ちになっていた。性毛も省略される高貴な「泉」の少女にアンダーヘアを添えてやると言う遊び心は、意外にも生徒の間では受けが良かったようで、その点でもいずみは気をよくしていた。
いずみが犯人である事がばれないまま、さらに数日が過ぎた。
昼間、いずみが、学校の階段を昇っていたら、どこからか女の声が聞こえてきた。
『ねえ、あなた、なぜあんな事をしたの?』
きょとんとして、いずみは立ち止まった。周囲を見回してみたが、声の主らしき人物は見当たらない。無視して、いずみが再び歩き出そうとすると、また声が話しかけてきた。
『あんな事をして、面白かった?辱められて、可哀相だとは思わなかったの?』
「あなた、誰よ?」と、いずみはつい聞き返してみた。
声の相手が、どうやら、いずみの行なったいたずらの事を話しているらしいと言うのは、なぜか、いずみには理解できていた。
『誰でもいいでしょう。でも、あなたはイケナイ事をしたのよ』
「人を傷つけた訳じゃないわ。ちょっとふざけただけじゃない。笑って済ませる範囲だわ」
『いいえ。あなたは本当に悪い事をしたのよ。これから、その罰を受けてもらうわね』
次の瞬間、いずみは激しいめまいに襲われたのだった。その場で彼女は意識を失ってしまったのである。
気が付くと、彼女は不思議な空間にたたずんでいた。そう、不思議な空間としか呼べない場所なのだ。周囲一面の景色が、絵の具を塗りたくったパレットのような色合いで、曖昧模糊としていた。
そんな場所の中央で、いずみは絵の中の人物となっていた。それも、あの嫌っていた「泉」の裸の少女にである。いずみは意識がはっきりしていたが、そんな絵になっていた訳だから、全く身動きができないのであった。
そして、絵の彼女の周りを沢山の人物が取り囲んでいた。やはり、それらの人物もヘンな連中ばかりなのだ。ストレートに言ってしまうと、名画でよく見た人物像がそっくり絵の外に飛び出していて、独立した存在となって、いずみの周囲に集まっていたのである。
「まあ、なんて酷い事をするのかしら」と、ダ・ヴィンチのモナリザが微笑んだ顔を歪ませて、つぶやいた。
「おぞましい!ひどすぎる!」と、ムンクが描いた人物が叫んだ。
「かわいそう。本当にかわいそう」と、ピカソの泣く女が多面体の涙をボロボロとこぼした。
「大事なところをきちんと隠していなかったから、こんな目に合うんですわ」ボッティチェッリの誕生したてのヴィーナスはそうせせら笑った。彼女も裸であったが、確かに股間部だけは左手と髪で隠していた。
彼らの会話を聞いているうち、いずみは自分がただ「泉」の絵になった訳じゃない事を悟ったのだった。今の自分は、自分がいたずら書きした、股間が汚れた状態の「泉」なのだ。
そこへ、新たの人物も参加してきた。
「皆さん、お静かに。これより、この不届きものに刑を執行いたします」
それは、「泉」の裸婦であった。少なくても、顔だけ見ると「泉」の少女だ。しかし、ヌードではない。彼女は、今は、いずみの学校の制服を着ていたのである。端正な顔立ちの彼女が、現代風の学校の制服なぞを着ると、ますますクールでかっこいい美少女に見えた。
「この亜空間でしたら、たとえマジックの汚れであろうと、布で拭けば、完全に消しとる事も可能です。絵を修復するまでの間、この芸術を穢した重罪人には、被害者の立場になって付き合ってもらいます。さあ、皆さんも、手伝って下さい。この絵の四方を動かないように押さえるのです」
「泉」の少女が言った。
彼女の指示に従って、周囲にいた悪夢のような人物たちはいっせいに絵のいずみのすぐそばに寄ってきたのだった。
(つづきは「ルシーの明日とその他の物語」で)
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ある日、この名画のコピーにいたずら書きがされる事件がおきた。なんと、腰部のデルタ地帯がマジックでグチャグチャと塗りつぶされていたのである。さながら、一夜にして、清楚な絵の少女にアンダーヘアが生えてしまったかのごとくだ。
学校中が大騒ぎになった。教師たちは懸命に犯人探しを行なったが、なかなか首謀者は見つからなかった。
実は、いたずらの犯人は、普段は優等生として通っている蛙里いずみだったのである。彼女は、以前から、この「泉」と言う絵が気に入らなかった。自分の名前もいずみだったので、この裸の「泉」と引っ掛けられて、ゲスな男子生徒らによくからかわれていたからである。
だから、こうして「泉」の絵を卑しめてやると、内心してやったりの気持ちになっていた。性毛も省略される高貴な「泉」の少女にアンダーヘアを添えてやると言う遊び心は、意外にも生徒の間では受けが良かったようで、その点でもいずみは気をよくしていた。
いずみが犯人である事がばれないまま、さらに数日が過ぎた。
昼間、いずみが、学校の階段を昇っていたら、どこからか女の声が聞こえてきた。
『ねえ、あなた、なぜあんな事をしたの?』
きょとんとして、いずみは立ち止まった。周囲を見回してみたが、声の主らしき人物は見当たらない。無視して、いずみが再び歩き出そうとすると、また声が話しかけてきた。
『あんな事をして、面白かった?辱められて、可哀相だとは思わなかったの?』
「あなた、誰よ?」と、いずみはつい聞き返してみた。
声の相手が、どうやら、いずみの行なったいたずらの事を話しているらしいと言うのは、なぜか、いずみには理解できていた。
『誰でもいいでしょう。でも、あなたはイケナイ事をしたのよ』
「人を傷つけた訳じゃないわ。ちょっとふざけただけじゃない。笑って済ませる範囲だわ」
『いいえ。あなたは本当に悪い事をしたのよ。これから、その罰を受けてもらうわね』
次の瞬間、いずみは激しいめまいに襲われたのだった。その場で彼女は意識を失ってしまったのである。
気が付くと、彼女は不思議な空間にたたずんでいた。そう、不思議な空間としか呼べない場所なのだ。周囲一面の景色が、絵の具を塗りたくったパレットのような色合いで、曖昧模糊としていた。
そんな場所の中央で、いずみは絵の中の人物となっていた。それも、あの嫌っていた「泉」の裸の少女にである。いずみは意識がはっきりしていたが、そんな絵になっていた訳だから、全く身動きができないのであった。
そして、絵の彼女の周りを沢山の人物が取り囲んでいた。やはり、それらの人物もヘンな連中ばかりなのだ。ストレートに言ってしまうと、名画でよく見た人物像がそっくり絵の外に飛び出していて、独立した存在となって、いずみの周囲に集まっていたのである。
「まあ、なんて酷い事をするのかしら」と、ダ・ヴィンチのモナリザが微笑んだ顔を歪ませて、つぶやいた。
「おぞましい!ひどすぎる!」と、ムンクが描いた人物が叫んだ。
「かわいそう。本当にかわいそう」と、ピカソの泣く女が多面体の涙をボロボロとこぼした。
「大事なところをきちんと隠していなかったから、こんな目に合うんですわ」ボッティチェッリの誕生したてのヴィーナスはそうせせら笑った。彼女も裸であったが、確かに股間部だけは左手と髪で隠していた。
彼らの会話を聞いているうち、いずみは自分がただ「泉」の絵になった訳じゃない事を悟ったのだった。今の自分は、自分がいたずら書きした、股間が汚れた状態の「泉」なのだ。
そこへ、新たの人物も参加してきた。
「皆さん、お静かに。これより、この不届きものに刑を執行いたします」
それは、「泉」の裸婦であった。少なくても、顔だけ見ると「泉」の少女だ。しかし、ヌードではない。彼女は、今は、いずみの学校の制服を着ていたのである。端正な顔立ちの彼女が、現代風の学校の制服なぞを着ると、ますますクールでかっこいい美少女に見えた。
「この亜空間でしたら、たとえマジックの汚れであろうと、布で拭けば、完全に消しとる事も可能です。絵を修復するまでの間、この芸術を穢した重罪人には、被害者の立場になって付き合ってもらいます。さあ、皆さんも、手伝って下さい。この絵の四方を動かないように押さえるのです」
「泉」の少女が言った。
彼女の指示に従って、周囲にいた悪夢のような人物たちはいっせいに絵のいずみのすぐそばに寄ってきたのだった。
(つづきは「ルシーの明日とその他の物語」で)
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