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誕生石の起こり 後編

誕生石の起こり」 前編は、
聖書のヘブライ語聖書中に出てくる
「出エジプト記」の記述からでしたが

後編は クリスチャン・ギリシャ語聖書の
「啓示」の書の記述からです。





「啓示」の書 21章11節には、聖なる都市、新しいエルサレムについて語られています。

その都は、輝きが極めて貴い、碧玉が水晶のように澄み切って
輝いているかのようだったと、記述されています。
想像しただけでも美しすぎるキラキラ

そこには大きくて高大な城壁があり、12の門がありました。
その門のところに、12人のみ使いがいて、
それらの門には、イスラエルの12部族の名
書き込まれていました。

東西南北それぞれに、三つの門があり、
また、都市の城壁には、12の土台があり
それらの土台には、キリストの12使徒の名
書かれていました。


第一の土台は碧玉、第二はサファイア、第三は玉髄、第四はエメラルド、第五は赤しまめのう、第六は赤めのう、第七は貴かんらん石、第八は緑柱石、第九は黄玉、第十は緑玉髄、第十一はヒヤシンス、第十二は紫水晶であった。



え〜びっくり
土台が宝石でできてるのはてな
ヒアシンスとは、古代イスラエルでは青い石、黄水晶、ざくろ石の総称でした。


また、十二の門は十二の真珠であり、門の各々が真珠でできていた。


門が一つの大きな真珠でできてるって、どんなのびっくりはてな

時がたつにつれて、十二の部族や、十二使徒と結び付けられた宝石が
その美しさと永遠性に、神をシンボライズさせるものとして
人々の宝石信仰を、加速させていきました。

でも、当時は宝石といえば、神の石とされていたので
持てるのは、聖職者や王侯貴族だけで
護符やお守り、また権力の象徴として
所有されていました。

一般の人が宝石を持つのは、原則として禁じられていたのですね汗

フランスで、王によって出された宝石の禁止令が解かれたのは
フランス革命の時でした冠

ポーランドに移住したユダヤ人が、昔の王侯貴族の娘たちが
婚約指輪を取り交わしたように、一般女性も婚約指輪を贈り合う
習慣を取り入れました。

また、女性の生まれた月を象徴する、マンスストーン宝石を
贈ることを、人々に広めました。

そのようにして、次第に、全世界に誕生石の風習が広まっていったのですが
やはり国によって、それぞれ誕生石は異なるようです。

それにしても、聖書に出てくる宝石の種類や豪華さは
半端じゃないですね汗
当時から、ひとびとは宝石の美しさにキラキラ魅了されていたことが
よくわかる聖書の一部分でした…


宝石の歴史について少しだけ知ると
今まで何気なく身につけてきたジュエリー
より一層大切にしたいという思いが
湧いてくるかもしれませんね…ドキドキ小






今日も最後まで読んでくださってありがとうキラキラキラキラ
皆さまの輝きキラキラがますます増しますようにドキドキ小
With loveハート矢

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