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2019年08月13日

何気ない日常

 ミインミンミンミ〜

 庭の緑は深く、忙しなく蝉が鳴いている。空は新鮮な青で、目に痛い。
 木造建築の古ぼけた家。その縁側の少し手前、影になる部分に年老いた男は座っていた。その横には薄く切られた西瓜がお盆に乗せられ、置いてある。
「あなた……」
 後ろから声がかかる。振り向くとそこには、着物を着た妻の加代子が正座していた。
「あなた、西瓜は召し上がらないの? 食べたいと仰っていらしたから、買ってまいりましたのに」
 加代子が少し、拗ねたように、しかし優しい声で聞く。
「庭を眺めていただけだよ。ほら、サギソウが咲いている」
 真太郎が池の側の、白い変わった花弁をつけている花を指差す。その花の様が白鷺に似ていることから、そう呼ばれているラン科の多年草植物だ。
「まあ、本当。今年も咲きましたねえ。きっとあなたの手入れが良いからでしょうね」
 にっこりと、加代子が微笑む。その顔は年老いていても、上品で美しいものだった。
「場所が良かっただけだよ」
 真太郎はぼそりとつぶやき、しばらくしてから、言葉を続けた。
「……それでも、咲いてくれるというのは心地のいいものだね」
 付け足された言葉に、また加代子が微笑む。
「ええ、とても奇麗ね……」
 二人はしばらく、しげしげと庭を眺めた。
 こぢんまりとした庭の中には、整然と木や草や花が茂っている。石に囲まれた小さな池もある。 
 庭いじりの好きな真太郎にとっては、ここは小さなお城みたいなものだ。そこに茂ってくれているだけで嬉しい場所。大切な風景だった。
 横にある、西瓜が気になり始めた真太郎である。瑞々しいうちに頂くのが、通なのだ。しかし、この空気を壊してしまうのは、もったいない気がした。でも、そわそわと微かに身じろぎしてしまう真太郎である。
 後ろから、くすくすと忍び笑いが聞こえてくる。
「なにを遠慮なさっているのです? お召し上がりなさいな?」
 加代子が察して声をかけてきたようだが、真太郎は西瓜を手にしようとは思わなかった。二人の空気をそのままにする方法。それを口にするのは、真太郎にとってままならぬ力を必要とした。
「お前も一緒に食べないか?」
 やっと、それだけ口にすることが出来る。
「二人で食べた方が美味しいだろうし」
 慌ててそう付け足す。とても照れくさくて、加代子の顔が見られなかった。
「そうですね、頂きましょうか?」
 加代子が同意して、西瓜を手にする。
 真太郎は嬉しさに思わず、笑顔になりながら、西瓜を取った。
 二人で食べた西瓜はとても甘くて、頬が落ちてしまうんじゃないかと思うほど、美味しく感じられた。

 ミンミンミンミ〜
 蝉の鳴き声が響く。

 ピィーホロホロホロ
 
 鳥が鳴きながら、遠い空の上で弧を描く。二人の穏やかな時間が流れていく。そして、それはあっさりと、唐突に破られた。

「おじいちゃん!」
 麦わら帽子を被った子供が茂みから飛び出してきて、真っ直ぐ駆け寄ってくる。それは孫の英二だ。今、家族揃って遊びに来ている次男夫婦の十歳になる長男だった。西瓜も息子の清次が手土産に持ってきたものだった。父親の好きなものぐらい、お見通しの息子なのだ。
「おじいちゃん、なにしているの?」
 英二がちょこんと、縁側に腰を下ろす。
 遠くを見ていた真太郎の目に、光が宿る。緩やかだった時間が急速に流れだし、世界が転じる。
 もう、加代子の幻は見えない。三年前に亡くなった最愛の妻の姿は、掻き消えてしまった。英二の存在が真太郎の心を、夢うつつの世界から現実へと引き戻す。
「庭を見ていたんだよ」
 一拍置いてから、夢から醒めたように目を瞬かせてから、真太郎が答える。
「僕、ここ、大好きだよ。お花が奇麗だし、隠れ家だってあるもん!」
 英二は無邪気ににこにこと笑っている。
「そうか、そうか。じゃあ、ここで庭でも見ながら、おじいちゃんと一緒に西瓜を食べようか?」
 真太郎の顔も思わず、ほころぶ。
「うん!」
 英二が元気良く、頷いた。泥んこに汚れた顔は輝いて見える。
 真太郎は首にかけてあったタオルで、英二の顔を拭いてやった。
「あら、英二。帰っていたの?」
 部屋の置くから英二の母、碧が顔を出す。
「碧さんもどうですか?」
 真太郎が西瓜を指差す。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
 碧は英二の隣に、腰を下ろす。
 三人は縁側に並んで、シャクシャクと西瓜を食べる。
「そういえば、英二。お父さんは?」
 西瓜に顔を突っ込んで、無心に食べる英二に、碧が声をかける。
「途中でばてちゃって、休憩してから帰るって言っていたよ」
 べとべとに西瓜の汁をつけた顔を上げ、英二が答えた。
 親子二人で、近くの河原に遊びに行っていたのだ。
「まあ、よっぽど英二がはしゃいだのね」
 碧が呆れたように漏らす。
「英二は太陽のような子だもんな」
 真太郎がポンポンと英二の頭に軽く触れる。
 へへへーっと英二が照れたように、笑みを浮かべた。
 こうやって食べる西瓜は、昔と同じ味がする。あの時、加代子と一緒に食べた、この世で一番美味しいと感じられたものと。今はもう加代子は側にはいないけれど、夏休みになると必ずこんな遠方まで遊びに来てくれる息子夫婦がいる。
 長男夫婦は同居しないかと誘ってくれるが、加代子との思い出がいっぱい詰まったこの家を出ることは、真太郎には出来なかった。だが、人が来るこの季節を待ちわびている自分がいることを真太郎は知っていた。
 池の方へと目をやる。今年も相変わらず、白い変わった花が咲いている。可憐で儚げに見えるが、激しい刺すような日差しの中で、凛と咲き誇っていた。





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posted by ラキ at 14:56 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日常
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