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2019年01月26日

空の海



 くゆりくゆりと、空を漂う。波などない、静かな水面。暗い、黒い、一面の無に支配された空間を、たった一人の少年が横たわっていた。

 瞳を閉じたまま、昼寝でもしているかのように規則正しい息を吐く。

 ただ、実際に寝ているわけではなく、彼の瞳は遥か彼方、まばらに散った光を捉えていた。

 音もない。ただ瞬く光点が、独特のリズムで心に響いている。何をすることもなく、ただ宙に浮かびつづける。

 と、光。

 彼方に瞬く星星とは明らかに違った、鋭い反射光が彼の目を射る。断続的に、また、ちかり。

 少し思案する。が、結局暇にあかせて、彼はそこまで泳いでみることにした。

 宙には何もないから、手を掻いても前に進むというものではない。それなのに、いつのまにかそうしてしまうのは、単にイメージの問題。ここでは、思ったところに行けるのだ。それは、思わなくては行けないということ。思いはイメージ、イメージは具体性が必要なもの。

 何となく自分の行動が情けなくなったが、そう思うことで納得した。

 近づく。と、また光が。

 首をひねる。ガラスの破片でも浮いているのだろうか。

 だが近づくと、それが間違いであることに気付かされた。同時に、あまりの非常識さに呆れてしまう。

 水だ。

 こんな光星すらない宙空の真っ只中に、ただ水の塊だけが浮いていた。

 と、中に何かある。

 水そのものは透明であるため見えないことはないのだが、どうにも存在感が希薄で捕らえがたい。どうやら何かの塊。何だか柔らかそうな、暖かそうな。

 思わず手を伸ばす。

 少年の手が微かに水に触れる。

 途端、水の固まりそのものがはじけるように震えた。同時に、中の何かが少年を見る。

「だれ?」

 幼い少女。ぽろぽろぽろぽろと涙を流す少女は、水の中から外を見つめた。

「邪魔をしてしまったかな?」

 決まりの悪そうな笑顔だった。少年は、今度は水に触れようとはせず、少女に語りかける。

「どうして泣いているの?」

「皆、いなくなってしまったから」

「だれも?」

 頷く。

「何故?」

「とても、悪いことをしてしまったの。とても、いけないことを」

「皆、ここから去ってしまったの?」

 今度は、少女は首を横に振った。

「だれもいないから、ここにきたの。でも、皆がいなくなろうと、どうであろうと、だれもいないことには違いがない」

「ならば、どうして泣くの?」

 答えられない。

 だが、少年にとっては、答えなど要らなかった。

 手を伸ばす。先ほどよりも慎重に。彼女に気持ちを重ねて。

「君は、皆のところに帰らなくては」

 手が止められた。水の中で抵抗がかかり、それ以上進めなくなる。

「何故泣いていたのか。淋しかったから。だれもいないここは、とても怖かったから。そして何より、帰ろうと思うたび、皆に拒絶される自分を想像してしまうのが恐ろしかったから。違う?」

 ぽろぽろ、ぽろぽろと、言葉もない。

「もう帰ろう。君は、帰らなくては」

 手を進める。

「自分の涙で、溺れてしまったんだね。でも、わからない? 君はまだ、しなくてはならないことがある」

 少女に、触れる。ぬれた肌、細いその頬を優しく撫でる。

「君には、帰る場所がある。そして、謝ろう。わかるだろう?」

 少年は自分の身も涙に沈め、少女に語りかけた。泣き笑いのような、淋しい顔で。

「悪いことをしたら、ごめんなさいだよ」

「許してもらえなかったら?」

「許してもらえるまで謝る」

「あっちへ行けって、はねつけられたら」

「その裾をつまもう」

「おまえなんか嫌いだって、言われてしまったら?」

「私は好きだよと、笑って言おう?」

「怖いよ」

 ただ一言。少女は再びうずくまる。

 少年は小さく息をつき、少女の隣にしゃがみこんで訊ねた。

「皆のことが好き?」

 頷く。

「許してもらいたい?」

 強く、頷く。

「では、どうすればいい?」

 わかっている。わかりすぎるほどに、わかってはいるのだ。

 そのことは、少年もわかってはいる。

 震える少女。怯え。

 勇気を。

 

 勇気を。

 

「大丈夫」

 ぽんっと、背中を叩かれた。

 顔を上げれば、優しく微笑む少年がいる。

 ぽん。ぽん。

 暖かなリズム。

「大丈夫」

 言葉が後押しする。そして空に、水が弾けた。飛沫は色とりどりの光となって、名もない宙へと舞い散っていく。

 そっと涙を拭う。

「皆同じ。悪いことをしてしまって、でも、謝るのは怖くて。許してもらえないのではないかと、怖くて」

「頑張って、みようかな」

 少年は微笑を少女に向けた。

「うん。きっと、大丈夫だよ」

 頷く。そして、ふわり。少女の浮かべる微笑。

 後には光だけを残して、少女は去っていった。

 遥か彼方。彼女の思いが届く場所へ。

「謝れるうちに、謝っておかないとね」

 呟き。それは、いつかの自分に向けた言葉。

 今はもう、ない。

 大切なのは少しの勇気。そして、言葉を。

「ごめんなさい、と」

 言葉はどこまでも、響いて、消えた。





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