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2017年08月16日
カロリー計算
先月の29日(土)に退院して以来、毎日自分なりにカロリー計算をしています。
夕飯は、お盆の2日間を除いて毎日エネルギーと塩分調整された宅配弁当を利用してきました。そのおかげで手計算が必要なのは、朝食と昼食だけです。あ、最近は夕食のご飯の量を(規定とされている)150gから変更して、ヨーグルトやフルーツに余った分を振り替えたりしているので、その分も手計算です。
7月29日から本日8月16日まで19日間を振り返ってみると、手計算による1日の平均摂取カロリーは、1,434kcalでした。一般的に患者の見積もりは60%〜80%くらい少なく見積もる傾向があるそうなので、厳密ではないかもしれませんが、それでも毎食それぞれの食品を1g単位まで測って正確を期しました。
教育入院は7月17日からだったので、今日でちょうど1ヶ月。ほぼ1,500kcalの食事療法を実行したことになります。
私が入院していた病院では、糖質制限は一切行わないという指導方針です。その理由は糖質制限は長続きしないからだそうです。糖質制限の本を読むとその理論はとても説得力があるし、糖尿病克服体験ブログを拝見すると、本当に多くの方々が糖質制限をしていらっしゃるし、昨今の食品業界の流れも糖質オフや低糖質商品がぞくぞくと開発販売されています。そんな中でカロリー計算なんて、なんだか時代に取り残されたような流行遅れなダイエット方式のような印象が拭い切れません。
けれども今回は敢えて、この旧態然と見えるカロリー計算方式を行うことにしました。そうした理由は、いくつかあります。
まず、昨年糖質制限ダイエットからの自分なりの教訓です。昨年のダイエットでは朝食だけトーストで、昼食と夕食はカロリーは気にせずに糖質制限を行い、14.2kg減量しました。低糖質のシュークリームやプリンなどもたくさんいただきました。それでも確実に減量することができますた。しかしながら、私にとっては糖質制限はお金がかかって不経済でしたし、半年ほど続けている内に、古今東西どの民族も主食は穀類であるので、人間には穀類がある程度必要なのではないかと感じるようになりました。最後は「蟻の穴から堤も崩れる」のことわざ通り、お菓子の量と質が段々と変化し、元の木阿弥になりました。
次に、母のダイエットが頭の片隅にありました。母の体質を受け継いでいる私には、母のダイエットは間違いなく参考になるはずです。母も私くらいの年齢で糖尿病を発症し、1,200kcalの食事療法で、体重をほぼ半減させたという実績がありました。痩せてからしばらくは体重を維持していましたが、大学病院からクリニックに転院した6年か7年後くらに、再び間食が増えかなり戻りました。それでも最盛期の体重に戻ることはありませんでした。目分量では、100kgが60kgになって、また80kgなったような感じです。仮に母のように80kgまで戻すにせよ、糖尿病脱出の一筋の道は示されているように感じました。
最後に、糖尿病学会の公式見解です。ホームページを始め、糖尿病学会の公式見解をいくら読んでも、糖質制限を推奨する言葉はありません。米農家に配慮しているのではないか、栄養士や製薬会社の仕事を奪ってしまうからではないかなど、自分なりに色々邪推してみましたが、日本中の、あるいは世界中の内分泌系の専門医が毎年検討に検討を重ねた結果としての公式見解には、やはりそれなりに意味があるのではないかと考えます。
病院の栄養指導の通りに、食品成分表と秤に電卓をと格闘しながら1ヶ月やってみると、 指導されたように朝昼夕の3食に500kcalずつ摂取するというのは、なかなか難しいことがわかりました。私の場合、 朝食の平均カロリーは411kcalで、お昼を少し多目に取っても1日平均のカロリーは不足しがちです。あんまり早く体重を落とすとリバウンドが恐ろしいのですが、母は1,200kcalでやっていたことと、1,434kcalはなかなか悪くない数値なので、しばらくはこの調子で続けていきたいと思っています。
夕飯は、お盆の2日間を除いて毎日エネルギーと塩分調整された宅配弁当を利用してきました。そのおかげで手計算が必要なのは、朝食と昼食だけです。あ、最近は夕食のご飯の量を(規定とされている)150gから変更して、ヨーグルトやフルーツに余った分を振り替えたりしているので、その分も手計算です。
7月29日から本日8月16日まで19日間を振り返ってみると、手計算による1日の平均摂取カロリーは、1,434kcalでした。一般的に患者の見積もりは60%〜80%くらい少なく見積もる傾向があるそうなので、厳密ではないかもしれませんが、それでも毎食それぞれの食品を1g単位まで測って正確を期しました。
教育入院は7月17日からだったので、今日でちょうど1ヶ月。ほぼ1,500kcalの食事療法を実行したことになります。
私が入院していた病院では、糖質制限は一切行わないという指導方針です。その理由は糖質制限は長続きしないからだそうです。糖質制限の本を読むとその理論はとても説得力があるし、糖尿病克服体験ブログを拝見すると、本当に多くの方々が糖質制限をしていらっしゃるし、昨今の食品業界の流れも糖質オフや低糖質商品がぞくぞくと開発販売されています。そんな中でカロリー計算なんて、なんだか時代に取り残されたような流行遅れなダイエット方式のような印象が拭い切れません。
けれども今回は敢えて、この旧態然と見えるカロリー計算方式を行うことにしました。そうした理由は、いくつかあります。
まず、昨年糖質制限ダイエットからの自分なりの教訓です。昨年のダイエットでは朝食だけトーストで、昼食と夕食はカロリーは気にせずに糖質制限を行い、14.2kg減量しました。低糖質のシュークリームやプリンなどもたくさんいただきました。それでも確実に減量することができますた。しかしながら、私にとっては糖質制限はお金がかかって不経済でしたし、半年ほど続けている内に、古今東西どの民族も主食は穀類であるので、人間には穀類がある程度必要なのではないかと感じるようになりました。最後は「蟻の穴から堤も崩れる」のことわざ通り、お菓子の量と質が段々と変化し、元の木阿弥になりました。
次に、母のダイエットが頭の片隅にありました。母の体質を受け継いでいる私には、母のダイエットは間違いなく参考になるはずです。母も私くらいの年齢で糖尿病を発症し、1,200kcalの食事療法で、体重をほぼ半減させたという実績がありました。痩せてからしばらくは体重を維持していましたが、大学病院からクリニックに転院した6年か7年後くらに、再び間食が増えかなり戻りました。それでも最盛期の体重に戻ることはありませんでした。目分量では、100kgが60kgになって、また80kgなったような感じです。仮に母のように80kgまで戻すにせよ、糖尿病脱出の一筋の道は示されているように感じました。
最後に、糖尿病学会の公式見解です。ホームページを始め、糖尿病学会の公式見解をいくら読んでも、糖質制限を推奨する言葉はありません。米農家に配慮しているのではないか、栄養士や製薬会社の仕事を奪ってしまうからではないかなど、自分なりに色々邪推してみましたが、日本中の、あるいは世界中の内分泌系の専門医が毎年検討に検討を重ねた結果としての公式見解には、やはりそれなりに意味があるのではないかと考えます。
病院の栄養指導の通りに、食品成分表と秤に電卓をと格闘しながら1ヶ月やってみると、 指導されたように朝昼夕の3食に500kcalずつ摂取するというのは、なかなか難しいことがわかりました。私の場合、 朝食の平均カロリーは411kcalで、お昼を少し多目に取っても1日平均のカロリーは不足しがちです。あんまり早く体重を落とすとリバウンドが恐ろしいのですが、母は1,200kcalでやっていたことと、1,434kcalはなかなか悪くない数値なので、しばらくはこの調子で続けていきたいと思っています。
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2017年08月15日
本日の血糖値
今日は、血糖値をきちんと測ってみることにしました。
朝空腹時血糖値、105
昼食前の血糖値、110
昼食後60分の値、185
昼食後90分の値、186
昼食後120分値 、148
夕食前の血糖値、 92
夕食後60分の値、183
今日のお昼の総糖質量は46.3gで、カロリーは合計511kcalでした。
本日の結果でわかることは、次の点です。
1. 空腹時血糖値の結果は悪くない。
2. しかし、いわゆる血糖値スパイクが激しい。
3. 私の場合、総糖質量46.3gで血糖値が76(186-110)上がった。
4. つまり糖質1g当たり血糖値上昇は1.64。
尚、夕食後の血糖値の上昇は91(183-92)でした。お昼の計算通り糖質1g当たり血糖値上昇1.64だとすると、夕食の総糖質量は約55gということになります。おかずの正確な糖質量はわかっていませんが、夕食のご飯125gの糖質量は約46g、デザートのヨーグルトは100gで糖質量は4.6gだったので、カジキまぐろ中心のおかず全体で約5gだったことになります。自分では納得の計算結果となりました。
1,500kcalの食事療法を始めてほぼ1ヶ月での結果です。
もう指が注射針の穴で ボコボコ…。
しばらくは血糖値測定お休みします。
朝空腹時血糖値、105
昼食前の血糖値、110
昼食後60分の値、185
昼食後90分の値、186
昼食後120分値 、148
夕食前の血糖値、 92
夕食後60分の値、183
今日のお昼の総糖質量は46.3gで、カロリーは合計511kcalでした。
本日の結果でわかることは、次の点です。
1. 空腹時血糖値の結果は悪くない。
2. しかし、いわゆる血糖値スパイクが激しい。
3. 私の場合、総糖質量46.3gで血糖値が76(186-110)上がった。
4. つまり糖質1g当たり血糖値上昇は1.64。
尚、夕食後の血糖値の上昇は91(183-92)でした。お昼の計算通り糖質1g当たり血糖値上昇1.64だとすると、夕食の総糖質量は約55gということになります。おかずの正確な糖質量はわかっていませんが、夕食のご飯125gの糖質量は約46g、デザートのヨーグルトは100gで糖質量は4.6gだったので、カジキまぐろ中心のおかず全体で約5gだったことになります。自分では納得の計算結果となりました。
1,500kcalの食事療法を始めてほぼ1ヶ月での結果です。
もう指が注射針の穴で ボコボコ…。
しばらくは血糖値測定お休みします。
タグ:血糖値
2017年08月14日
昼食後血糖値
退院してから、早朝の空腹時血糖値は時々測ってはいるものの、食後血糖値はほとんど測ってきませんでした。その理由は、注射針と試験紙の費用が発生することもありますが、何より血液採取のための注射針が痛みがつらいからです。
それでも、たまにはちゃんと測ってみようかと、昼食後の血糖値を測ってみたら、
早朝の血糖値、119
昼食後60分は、210
昼食後90分は、207
同じく120分で 187
という結果でした。
今となれば、昼食前の血糖値を測っておくべきだったと思いますが、210という値や、2時間後であっても187という高値に自分なりのショックを受けました。食事の内容は、サラダとコンビニのお弁当で合計480kcal。ご飯は正確に測ってきっちり120gで200kcalで糖質量は44g。おかずの糖質の量も合わせても60gにはならないと思われます。
昨年の記録をみると、
食前の値は、ほぼ100、
食後60分で、110〜150
食後90分で、120〜140
というのが平均的なものでした。
この時はゆるゆるながらも糖質制限をしていたということと、そもそもHba1cの値が今年の7.6ではなく、6.5だったという病状の違いもあります。今年は昨年に比べて、確実にすべての数値が悪いのです。
昨年は、105.6kgから91.4kgまでおよそ8か月で14.2kg減量し、そこからまた8か月くらいで14.6kg戻しました。体重だけみると、14kg痩せて、また元に戻っただけですが、その間にHba1cも空腹時血糖値も食後血糖値もすべての数値が悪くなっていたのでした。
それでも、たまにはちゃんと測ってみようかと、昼食後の血糖値を測ってみたら、
早朝の血糖値、119
昼食後60分は、210
昼食後90分は、207
同じく120分で 187
という結果でした。
今となれば、昼食前の血糖値を測っておくべきだったと思いますが、210という値や、2時間後であっても187という高値に自分なりのショックを受けました。食事の内容は、サラダとコンビニのお弁当で合計480kcal。ご飯は正確に測ってきっちり120gで200kcalで糖質量は44g。おかずの糖質の量も合わせても60gにはならないと思われます。
昨年の記録をみると、
食前の値は、ほぼ100、
食後60分で、110〜150
食後90分で、120〜140
というのが平均的なものでした。
この時はゆるゆるながらも糖質制限をしていたということと、そもそもHba1cの値が今年の7.6ではなく、6.5だったという病状の違いもあります。今年は昨年に比べて、確実にすべての数値が悪いのです。
昨年は、105.6kgから91.4kgまでおよそ8か月で14.2kg減量し、そこからまた8か月くらいで14.6kg戻しました。体重だけみると、14kg痩せて、また元に戻っただけですが、その間にHba1cも空腹時血糖値も食後血糖値もすべての数値が悪くなっていたのでした。
2017年08月13日
お盆
お盆休みは実家で過ごしました。今朝はハムチーズトーストと、サラダ、ヨーグルトとコーヒー。お昼は、コンビニの野菜タンメンとサラダ。夕食は海老おろし蕎麦をいただきました。
皆んなと一緒でも、大体理想に近い食事を取ることができました。デザートを食べない、間食をしないでも今回はつらさを味わうことなく過ごせました。
実家の冷蔵庫の大掃除もして、新陳代謝、排泄の大切さをも考えさせられました。
皆んなと一緒でも、大体理想に近い食事を取ることができました。デザートを食べない、間食をしないでも今回はつらさを味わうことなく過ごせました。
実家の冷蔵庫の大掃除もして、新陳代謝、排泄の大切さをも考えさせられました。
2017年08月12日
大勢での会食
お盆ということで、大勢での会食となりました。いつもは外食といっても1人や、夫と2人のことが多いのですが、今日のように大勢での会食だと、全員に説明して回るのも野暮だし、そうかと言って、何も説明なしでいつもとは違う量というのも変だしというわけで、少し困りました。その上、今日は知人のお店での会食だったので、食後にアイスクリームサンデーをサービスしてくださったのには、大いに困りました。
今日のところはフルーツをメインにいただき、アイスクリームの大半は残してしまったのですが、これからもこのような機会は何度も来るでしょう。そういう時には、先様に失礼のないようにきちんといただき、また翌日から1,500kcalに戻すという(私にとっては相当な)至難の技を体得しなくてはなりません。
今日のところはフルーツをメインにいただき、アイスクリームの大半は残してしまったのですが、これからもこのような機会は何度も来るでしょう。そういう時には、先様に失礼のないようにきちんといただき、また翌日から1,500kcalに戻すという(私にとっては相当な)至難の技を体得しなくてはなりません。
タグ:会食
2017年08月11日
生あくび
昨日「低血糖症状」について書いたばかりですが、今朝、早速「低血糖症状」を起こしてしまいました。昨日の晩、わざわざ「低血糖症状」について書いたくらいですから、昨日の晩からすでに体調がすぐれなかったのでしょう。
先日も、朝食時間が遅くなったとき、空腹のため少し体調が悪くなったことがありました。今朝は、家を出る時から何となく視界が狭いような気がしていました。夫が話しかけてきても、あまり耳に入ってこないので、生返事をしがちでした。「機嫌が悪いわけではないのだけど、集中力散漫でごめんね」と断ったものの、夫の話し声の音声から意味を取り出して、それを理解し、返答するという作業がうまくできず、ただ道を歩いていました。
誰かに脳味噌を片手でつかまれているような感覚がありました。ぎゅっと握られているというのではなく、豆腐を上からつかむように、そっとつかまれているという感覚です。いつもなら「大変、何か食べなくちゃ」と思うところですが、最近では空腹でも倒れないのだということがわかってきたので我慢することができました。
それでも、電車に乗った頃から生あくびが立て続けに出て、視界が狭ばり、できるものなら横になりたいという思いが湧き上がってきました。生あくびの回数はどんどん増えて、あくびをしていない時間より、あくびをしている時間の方が多くなり、涙も溢れてきました。少ぉしですが、手が震え始めてきました。あくびをしながら、口臭が一段とひどくなっているように感じました。舌の奥が荒れている感じです。
やっとの思いでお店に入って朝食を取ったら、症状はいつの間にかなくなっていきました。
先日も反省したばかりですが、とにかく朝食をもっと早く摂る必要があります。前日の夕食が夕方7時頃だったので、やはり遅くても8時には朝食を摂りたいところです。今朝、上記のような症状に見舞われたのは午前9時くらいのことでした。家を出る前に測った空腹時血糖値は120でした。水分補給は問題ありません。
若い頃のダイエットでは、このような症状起こすことは稀でしたが、この十年くらいは「低血糖症状」を起こすことがしばしばあって、ダイエットが継続できない大きな理由のひとつにもなっています。こんな時、こういう症状を相談したり、アドバイスを受けることのできる医師がいてくれたならと、心底思います。
この症状を回避するのは簡単です。たくさん食べれば良いのです。そうすれば目が回ることもなくなるし、胃酸過多口臭に悩むこともなくなるのです。これまで、ついついそうやって目の前の問題を解決しがちでした。でも、その行動の積み重ねが今日の事態を招いたのです。どうしたら良いのかわかりませんが、とりあえず今は1,500kcalを続けていくしかありません。
午後、帰宅して昼食をとって直ぐ横になって、ぐっすり眠ってしまいました。昼食を食べたばかりというのに、お腹が空いて力がでないのです。運動どころではありません。朝食も昼食もきちんと電卓片手に計算し、食品成分表に従って栄養バランスも考えて500kcalずつ摂取しています。本当にこのやり方で良いのか、こんな生活で良いのか大いに疑問ですが、他に名案もないので、とりあえずこのやり方を続けてみます。
先日も、朝食時間が遅くなったとき、空腹のため少し体調が悪くなったことがありました。今朝は、家を出る時から何となく視界が狭いような気がしていました。夫が話しかけてきても、あまり耳に入ってこないので、生返事をしがちでした。「機嫌が悪いわけではないのだけど、集中力散漫でごめんね」と断ったものの、夫の話し声の音声から意味を取り出して、それを理解し、返答するという作業がうまくできず、ただ道を歩いていました。
誰かに脳味噌を片手でつかまれているような感覚がありました。ぎゅっと握られているというのではなく、豆腐を上からつかむように、そっとつかまれているという感覚です。いつもなら「大変、何か食べなくちゃ」と思うところですが、最近では空腹でも倒れないのだということがわかってきたので我慢することができました。
それでも、電車に乗った頃から生あくびが立て続けに出て、視界が狭ばり、できるものなら横になりたいという思いが湧き上がってきました。生あくびの回数はどんどん増えて、あくびをしていない時間より、あくびをしている時間の方が多くなり、涙も溢れてきました。少ぉしですが、手が震え始めてきました。あくびをしながら、口臭が一段とひどくなっているように感じました。舌の奥が荒れている感じです。
やっとの思いでお店に入って朝食を取ったら、症状はいつの間にかなくなっていきました。
先日も反省したばかりですが、とにかく朝食をもっと早く摂る必要があります。前日の夕食が夕方7時頃だったので、やはり遅くても8時には朝食を摂りたいところです。今朝、上記のような症状に見舞われたのは午前9時くらいのことでした。家を出る前に測った空腹時血糖値は120でした。水分補給は問題ありません。
若い頃のダイエットでは、このような症状起こすことは稀でしたが、この十年くらいは「低血糖症状」を起こすことがしばしばあって、ダイエットが継続できない大きな理由のひとつにもなっています。こんな時、こういう症状を相談したり、アドバイスを受けることのできる医師がいてくれたならと、心底思います。
この症状を回避するのは簡単です。たくさん食べれば良いのです。そうすれば目が回ることもなくなるし、胃酸過多口臭に悩むこともなくなるのです。これまで、ついついそうやって目の前の問題を解決しがちでした。でも、その行動の積み重ねが今日の事態を招いたのです。どうしたら良いのかわかりませんが、とりあえず今は1,500kcalを続けていくしかありません。
午後、帰宅して昼食をとって直ぐ横になって、ぐっすり眠ってしまいました。昼食を食べたばかりというのに、お腹が空いて力がでないのです。運動どころではありません。朝食も昼食もきちんと電卓片手に計算し、食品成分表に従って栄養バランスも考えて500kcalずつ摂取しています。本当にこのやり方で良いのか、こんな生活で良いのか大いに疑問ですが、他に名案もないので、とりあえずこのやり方を続けてみます。
2017年08月10日
肉野菜そば
今日のランチは、社員食堂で肉野菜蕎麦を完食しました。炒めたもやしと少し甘辛く煮た豚肉ののった温かいお蕎麦です。カロリー計算されていない普通の食事を残さず食べたのは久しぶりでした。最近は塩分制限もしているので、おつゆは全部飲み干したいほどおいしく感じられました。
お蕎麦をひと口かふた口残そうかとも思いましたが、こういう時は全部食べた方が満足度が上がりそうだと思い、全部いただきました。久々の大満足ランチでした。
そうは言っても心配だったので、食後90分の血糖値を測ってみました。すると予想通り値は204でした。私の血糖測定器は200を超えると赤く表示されるのですが、久しぶりに赤い文字を見ました。念のために食後120分でも測ってみましたが、今度は黒字で176でした。
今朝の空腹時血糖値は121、一昨日は118だったのでいい調子だと浮かれていましたが、肉野菜蕎麦一杯で200超えになってしまうのですから油断禁物です。
最近、体調で気になるのは、少し口臭がキツイのではないかということです。これまでもダイエットすると胃酸の出過ぎなのか、口臭がキツイなるように感じてきましたが、今回も胃酸過多のように思います。体は「いつも通りの分量の」胃酸やらインシュリンを出しているので、減量を始めると、胃酸過多の口臭問題や、インシュリン過多の低血糖症状に似た症状に悩まされるように感じています。
教育入院の際に、医師に低血糖症状に似た症状に悩まされてきたという話をしました。ダイエットを始めると、いわゆる「お腹が空き過ぎて目が回る」という状態になって、視界が狭まり、生あくびが出て、目の前が黄色くなり、耳が少し遠くなるという症状です。電車の扉が開いて、自分の降りるべき駅だと認識しているのに、体が動かなくて目の前で開いた扉がまた閉まり乗り過ごしたこともありました。
本物の低血糖ではないのに、「低血糖症状」を起こしいているのではないかと自分では思ってきました。普段あまりに高血糖(例えば300前後で、下がっても200程度)の状態が続くと、血糖値が140や150になっただけで、低血糖症状を起こしてしまうのではないかというのが私自身の仮説です。(インシュリンの分泌量は、基準値以上に分泌されていることがこの前の検査でわかりました)
それを医師に話したら、「ありえません。それは脱水症状です」と一刀両断に否定されてしまいました。普段ペットボトルのお茶を持ち歩いているので、脱水症状でないことは明らかなのですが、医師は「ありえない」の一点張りでした。私自身は、これまでの経験則から、そういう時は甘い物を口に入れてしばらくじっとしていると、回復してくるのがわかっていますので、対処療法でこれまでやってきました。
肉野菜蕎麦と血糖値200超え、胃酸過多、軽い低血糖症状など、これまでの長い間の生活習慣を変えていくには、まだ本当に最初の一歩を踏み出したばかりなのだと思います。
お蕎麦をひと口かふた口残そうかとも思いましたが、こういう時は全部食べた方が満足度が上がりそうだと思い、全部いただきました。久々の大満足ランチでした。
そうは言っても心配だったので、食後90分の血糖値を測ってみました。すると予想通り値は204でした。私の血糖測定器は200を超えると赤く表示されるのですが、久しぶりに赤い文字を見ました。念のために食後120分でも測ってみましたが、今度は黒字で176でした。
今朝の空腹時血糖値は121、一昨日は118だったのでいい調子だと浮かれていましたが、肉野菜蕎麦一杯で200超えになってしまうのですから油断禁物です。
最近、体調で気になるのは、少し口臭がキツイのではないかということです。これまでもダイエットすると胃酸の出過ぎなのか、口臭がキツイなるように感じてきましたが、今回も胃酸過多のように思います。体は「いつも通りの分量の」胃酸やらインシュリンを出しているので、減量を始めると、胃酸過多の口臭問題や、インシュリン過多の低血糖症状に似た症状に悩まされるように感じています。
教育入院の際に、医師に低血糖症状に似た症状に悩まされてきたという話をしました。ダイエットを始めると、いわゆる「お腹が空き過ぎて目が回る」という状態になって、視界が狭まり、生あくびが出て、目の前が黄色くなり、耳が少し遠くなるという症状です。電車の扉が開いて、自分の降りるべき駅だと認識しているのに、体が動かなくて目の前で開いた扉がまた閉まり乗り過ごしたこともありました。
本物の低血糖ではないのに、「低血糖症状」を起こしいているのではないかと自分では思ってきました。普段あまりに高血糖(例えば300前後で、下がっても200程度)の状態が続くと、血糖値が140や150になっただけで、低血糖症状を起こしてしまうのではないかというのが私自身の仮説です。(インシュリンの分泌量は、基準値以上に分泌されていることがこの前の検査でわかりました)
それを医師に話したら、「ありえません。それは脱水症状です」と一刀両断に否定されてしまいました。普段ペットボトルのお茶を持ち歩いているので、脱水症状でないことは明らかなのですが、医師は「ありえない」の一点張りでした。私自身は、これまでの経験則から、そういう時は甘い物を口に入れてしばらくじっとしていると、回復してくるのがわかっていますので、対処療法でこれまでやってきました。
肉野菜蕎麦と血糖値200超え、胃酸過多、軽い低血糖症状など、これまでの長い間の生活習慣を変えていくには、まだ本当に最初の一歩を踏み出したばかりなのだと思います。
2017年08月09日
運動療法停滞中
糖尿病治療の基本は、なんといっても食事療法と運動療法の二本立てなのですが、私は少しも運動していません。空腹で運動どころではないというのが大きな理由です。1,500kcalで1日を過ごすのがやっとです。
去年の教育入院の際は、毎日午後は近くのジムに行き、筋トレやプールでアクアビックスをしていました。医師の了解を得てのことです。カロリーコントロールされた食事を、さらに栄養士の協力を得て、白米を豆腐やチーズに替えて糖質オフにして、2週間で3.7kg減量しました。
しかし、退院した翌々日にひどいギックリ腰になって、4日間はほぼ寝たきりで病院に行くこともできないほどでした。急激な運動がギックリ腰を引き起こしたのは間違いないでしょう。
けれども今回運動していないのは、ギックリ腰を防ぐためではなく、そもそも体力がなくて運動ができないのです。始めに書いたように空腹が一番大きな理由です。そして全身の筋力の衰えを感じています。これまでこのようなことはありませんでした。膝や腰が痛むだけでなく、全身の筋力が低下しているのを実感しています。
それに、少し良くなってきたとはいえ、倦怠感が未だに強く運動しようという気持ちになれません。しかも丁度猛暑で、散歩に出かけてるのさえ億劫でなりません。せめて美術館に行きたいと思うのですが、それすらも決心がつきません。
糖尿病治療は、これから長期戦になるので、とりあえずは体重が100kgを切るまではこのまま食事療法のみでやっていこうと思います。週2回のヨガも今週はお盆でお休みですが、運動療法に関してはのんびりやっていこうと思っています。
去年の教育入院の際は、毎日午後は近くのジムに行き、筋トレやプールでアクアビックスをしていました。医師の了解を得てのことです。カロリーコントロールされた食事を、さらに栄養士の協力を得て、白米を豆腐やチーズに替えて糖質オフにして、2週間で3.7kg減量しました。
しかし、退院した翌々日にひどいギックリ腰になって、4日間はほぼ寝たきりで病院に行くこともできないほどでした。急激な運動がギックリ腰を引き起こしたのは間違いないでしょう。
けれども今回運動していないのは、ギックリ腰を防ぐためではなく、そもそも体力がなくて運動ができないのです。始めに書いたように空腹が一番大きな理由です。そして全身の筋力の衰えを感じています。これまでこのようなことはありませんでした。膝や腰が痛むだけでなく、全身の筋力が低下しているのを実感しています。
それに、少し良くなってきたとはいえ、倦怠感が未だに強く運動しようという気持ちになれません。しかも丁度猛暑で、散歩に出かけてるのさえ億劫でなりません。せめて美術館に行きたいと思うのですが、それすらも決心がつきません。
糖尿病治療は、これから長期戦になるので、とりあえずは体重が100kgを切るまではこのまま食事療法のみでやっていこうと思います。週2回のヨガも今週はお盆でお休みですが、運動療法に関してはのんびりやっていこうと思っています。
タグ:運動療法
2017年08月08日
空腹感の変化
1日当たり1,500kcalに取り組み始めて3週間が経過し、空腹感が変化してきました。今日などは、朝昼晩と三食を食べ、普通に1日を送りました。
6時半に起床。7時半過ぎに家を出て、8時半にハムサンドの朝食。午前中は仕事をして、昼過ぎに帰宅してスパゲティを茹でてレトルトパックのミートソースをかけて食べました。午後は鍼に行き、帰宅してカロリー計算された宅配弁当にご飯を100g食べ、デザートにスイカも食べました。普通の人の普通の生活です。食事制限で粗食に耐え、目が回りそうなんてことにはなりませんでした。
朝食は、喫茶店のモーニングセットを注文しました。大振りのハムレタスのトーストサンドだったので、パンだけを半分残しました。ゆで卵も、コーンサラダもすべていただきました。アイスコーヒーにはガムシロップとミルクも少しですが入れました。食べ始める前に持参した糖質オフの野菜ジュースを飲んでおくことも忘れませんでした。
昼食は、教育入院で教えてもらった「賢く利用するレトルト食品」を早速応用してみました。カレーやパスタソースは、きちんとカロリー計算されており、大体200kcal〜250kcalなので、主食3単位(80kcal x 3 =240kcal)と合わせるとおよそ1食分(500kcal)だということです。今日はスパゲティを乾麺60g(240kcal)にパスタソースを少し残してかけ、あまったカロリー分をヨーグルトに回しました。
夕飯は、宅配弁当です。いちいち計算しなくてもいいし、味も悪くないし、買い物も準備も後片付けもいらないので大助かりです。今日はご飯をいつもの150g(240kcal)から100g(160kcal)に減らし、80kcal分でスイカをいただきました。
これまでは、意識を保っていられないほど眠かったり、いたたまれないほどの焦燥感に襲われたり、強烈な空腹感に悩まされていたものでしたが、今日は「腹八分とはこういうものか」なんて感じで過ごせました。いえいえ、正確に言えば「腹六分」というところです。
6時半に起床。7時半過ぎに家を出て、8時半にハムサンドの朝食。午前中は仕事をして、昼過ぎに帰宅してスパゲティを茹でてレトルトパックのミートソースをかけて食べました。午後は鍼に行き、帰宅してカロリー計算された宅配弁当にご飯を100g食べ、デザートにスイカも食べました。普通の人の普通の生活です。食事制限で粗食に耐え、目が回りそうなんてことにはなりませんでした。
朝食は、喫茶店のモーニングセットを注文しました。大振りのハムレタスのトーストサンドだったので、パンだけを半分残しました。ゆで卵も、コーンサラダもすべていただきました。アイスコーヒーにはガムシロップとミルクも少しですが入れました。食べ始める前に持参した糖質オフの野菜ジュースを飲んでおくことも忘れませんでした。
昼食は、教育入院で教えてもらった「賢く利用するレトルト食品」を早速応用してみました。カレーやパスタソースは、きちんとカロリー計算されており、大体200kcal〜250kcalなので、主食3単位(80kcal x 3 =240kcal)と合わせるとおよそ1食分(500kcal)だということです。今日はスパゲティを乾麺60g(240kcal)にパスタソースを少し残してかけ、あまったカロリー分をヨーグルトに回しました。
夕飯は、宅配弁当です。いちいち計算しなくてもいいし、味も悪くないし、買い物も準備も後片付けもいらないので大助かりです。今日はご飯をいつもの150g(240kcal)から100g(160kcal)に減らし、80kcal分でスイカをいただきました。
これまでは、意識を保っていられないほど眠かったり、いたたまれないほどの焦燥感に襲われたり、強烈な空腹感に悩まされていたものでしたが、今日は「腹八分とはこういうものか」なんて感じで過ごせました。いえいえ、正確に言えば「腹六分」というところです。
タグ:空腹感
2017年08月07日
母のダイエット
私の体質は母とよく似ています。その母のダイエットについて思い出せるだけ思い出してみようと思います。
母は現在84歳。父が亡くなったあと、ひとりで暮らしています。
母の20歳くらいの頃の写真を見ると、大柄な女性という印象があります。ところがその数年後の母のウエディングドレスの写真はとても痩せていて、ウエストなど両手で掴んだら、両手の指先がついてしまいそうに細いのでした。
私が子どもの頃、母は大柄ではあったけれど太ってはいませんでした。若い頃から母はお洒落な人でした。
そんな母がダイエットに成功した記憶があります。私が十代の終わりの頃だったので母は四十代半ばだったと思います。子どもに手がかからなくなってから始めた仕事が楽しくて仕方のない頃で、従来のお洒落魂にも火がついて、ある時ピンクのパーティドレスを着ることになって、頑張って食事の量を減らし、おそらく20kgほど減量したと思います。その時の母は色黒のミイラのようでした。
それから6年か7年後、母は動けないほど巨漢になりました。一緒に旅行したときも、少し歩くだけでふぅふぅ肩で息をして、あまりにも歩くのがつらいからと、観光スポットに着いてもひとり車の中で待っていました。
さすがの母もこれではいけないと、人づてに聞いた健康法を試したりして、少しずつ体重を落としていったと思います。あの頃はわずか5cmの段を降りるだけで膝が痛むと嘆いていました。
しかしその後、私が三十代の初めですから母は五十代の後半、つまり今の私とほぼ同年代の頃、母は糖尿病になりました。糖尿病と言われる前に、母と2人で旅行したことがありました。その時のことは今でも鮮明に憶えています。
母は四六時中モノを口に運んでいました。はたで見ていてもつらくなるほど、ひたすら食べていました。食事が終わってからもお菓子の袋を抱えて食べ続け、ホテルのトイレで吐いていました。わが母ながらあまりに見苦しく、私は嫌気がさし、トイレに助けにいかなかったことも覚えています。
それから間も無く、母は糖尿病と診断されました。母は頭をハンマーで殴られたようにショックを受け、その日から食品交換表と首っぴきの、秤が手放せない生活になりました。あんな無茶苦茶な食生活をしていて病気にならない方がおかしいのであって、私はといえばそれでショックを受けている母を不思議に感じていました。
しかし、母はあまりのショックのせいか、とにかく忠実に医師の指導を守り、みるみるうちに体重を落とし、半分くらいになりました。ぼんやりとした記憶ですが、1日当たり1,200kcalの食事療法だったと思います。よくサツマイモを蒸してオヤツにしていたこと、食べたことのなかった納豆を毎日食べるようになったことなどを覚えています。
「思ったよりずっと食べられるわ」「お腹も減らないわ」「もうお菓子は一生分食べたから、あとの人生はファッションを楽しむことに専念するわ」などという母のセリフもよく覚えています。
初めの数年は大学病院に通って、毎月医師の目の前で体重計にのるという診察もあり、厳格な食事療法は続いていましたが、HbA1cが通常の範囲になり、服薬の必要もなくなったので、近所の医院に転院させられました。
近所の医院は、体重測定もなく、時々血液検査をする程度で、そろそろと、母の間食は復活することになります。相変わらず秤で食事の量を1gの単位まで厳密に計り、納豆は40gでなくてはならず、たまたま40gの納豆が売り切れの時には、45gの納豆は買わずに40gの納豆を求めて別のスーパーまで出かけていきました。でも、厳密に計算された食事のあと、袋菓子を抱えるようになってしまったのです。
母は、再び太り始めました。もうあの巨漢のようにはなりませんでしたが、おそらく、100kgから60kgになって、80kgになったのではないかと思います。
母は現在84歳。父が亡くなったあと、ひとりで暮らしています。
母の20歳くらいの頃の写真を見ると、大柄な女性という印象があります。ところがその数年後の母のウエディングドレスの写真はとても痩せていて、ウエストなど両手で掴んだら、両手の指先がついてしまいそうに細いのでした。
私が子どもの頃、母は大柄ではあったけれど太ってはいませんでした。若い頃から母はお洒落な人でした。
そんな母がダイエットに成功した記憶があります。私が十代の終わりの頃だったので母は四十代半ばだったと思います。子どもに手がかからなくなってから始めた仕事が楽しくて仕方のない頃で、従来のお洒落魂にも火がついて、ある時ピンクのパーティドレスを着ることになって、頑張って食事の量を減らし、おそらく20kgほど減量したと思います。その時の母は色黒のミイラのようでした。
それから6年か7年後、母は動けないほど巨漢になりました。一緒に旅行したときも、少し歩くだけでふぅふぅ肩で息をして、あまりにも歩くのがつらいからと、観光スポットに着いてもひとり車の中で待っていました。
さすがの母もこれではいけないと、人づてに聞いた健康法を試したりして、少しずつ体重を落としていったと思います。あの頃はわずか5cmの段を降りるだけで膝が痛むと嘆いていました。
しかしその後、私が三十代の初めですから母は五十代の後半、つまり今の私とほぼ同年代の頃、母は糖尿病になりました。糖尿病と言われる前に、母と2人で旅行したことがありました。その時のことは今でも鮮明に憶えています。
母は四六時中モノを口に運んでいました。はたで見ていてもつらくなるほど、ひたすら食べていました。食事が終わってからもお菓子の袋を抱えて食べ続け、ホテルのトイレで吐いていました。わが母ながらあまりに見苦しく、私は嫌気がさし、トイレに助けにいかなかったことも覚えています。
それから間も無く、母は糖尿病と診断されました。母は頭をハンマーで殴られたようにショックを受け、その日から食品交換表と首っぴきの、秤が手放せない生活になりました。あんな無茶苦茶な食生活をしていて病気にならない方がおかしいのであって、私はといえばそれでショックを受けている母を不思議に感じていました。
しかし、母はあまりのショックのせいか、とにかく忠実に医師の指導を守り、みるみるうちに体重を落とし、半分くらいになりました。ぼんやりとした記憶ですが、1日当たり1,200kcalの食事療法だったと思います。よくサツマイモを蒸してオヤツにしていたこと、食べたことのなかった納豆を毎日食べるようになったことなどを覚えています。
「思ったよりずっと食べられるわ」「お腹も減らないわ」「もうお菓子は一生分食べたから、あとの人生はファッションを楽しむことに専念するわ」などという母のセリフもよく覚えています。
初めの数年は大学病院に通って、毎月医師の目の前で体重計にのるという診察もあり、厳格な食事療法は続いていましたが、HbA1cが通常の範囲になり、服薬の必要もなくなったので、近所の医院に転院させられました。
近所の医院は、体重測定もなく、時々血液検査をする程度で、そろそろと、母の間食は復活することになります。相変わらず秤で食事の量を1gの単位まで厳密に計り、納豆は40gでなくてはならず、たまたま40gの納豆が売り切れの時には、45gの納豆は買わずに40gの納豆を求めて別のスーパーまで出かけていきました。でも、厳密に計算された食事のあと、袋菓子を抱えるようになってしまったのです。
母は、再び太り始めました。もうあの巨漢のようにはなりませんでしたが、おそらく、100kgから60kgになって、80kgになったのではないかと思います。
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