◎「放射性物質は“1粒”たりとも体に入れたくない……?」
Q 先生は電話相談のご担当だそうですが、寄せられる相談で多いのは?
笠井:呼吸や食事で、放射性物質を体内に取り込んでしまう内部被ばくを気にしている方が多いですね。「1粒たりとも体に入れたくない」と考えている人が結構います。でも、元々、われわれの体には自然放射性物質が入っています。ある程度の量を体内に入れなければ、影響を心配する必要がないレベルだと考えてください。
若い女性や男性の中には、自分であれこれ調べすぎて放射線の影響を過剰に心配している人もいます。12年前、茨城県東海村のウラン加工工場(JCO)で起きた臨界事故で、被ばくした作業員が「青い光が見えた」と言ったこともあって、「青い光が見えるんですけど……」という電話もよくあります。「手がピリピリする」といったささいな体の症状を、放射線障害と結び付けて考える傾向がありますね。
Q そもそも放射線って何なのですか?
笠井:α線、β線、γ線、それになじみの深いX線などの種類があります。すべての物質は原子からできており、原子の構成としては、プラスの電荷を持つ陽子と電荷を持たない中性子が原子核を作り、その周りをマイナスの電荷を持つ電子が回っています。ところが、原子核の中には不安定なものがあり、その原子核が壊れるときに放射線を出すのです。
福島第一原発の作業員が被ばくしたβ線は、電子が飛び出したものです。これに対し、α線は陽子2個、中性子2個の塊。γ線は、X線と同じ性質で、“粒”ではなく、原子核の余分なエネルギー(“波”のようなもの)が放出されたものです。
Q よくマスコミに登場する放射性のヨウ素とセシウムとは?
笠井:放射線を出す能力、すなわち放射能を持つこうした物質を「放射性物質」と言います。
高校の化学の授業で、元素の周期表を習った覚えはありませんか。そこには、ヨウ素は原子番号53、セシウムは55とあります。原子番号は陽子の数で、ヨウ素は中性子を74個持つヨウ素127、セシウムは中性子を78個持つセシウム133がそれぞれ安定した物質です。
一方、原子炉の中で核分裂を起こせば、ヨウ素131やセシウム137などができます。安定したヨウ素、セシウムよりも、中性子が4個多いのはおわかりですね。こうした不安定な物資が安定した物質に変わる際、β線やγ線を出すのです。
Q 放射性のヨウ素やセシウムは、放射線を出し続けるのですか?
笠井: いいえ。どちらも、原子が1回崩壊すればそれぞれキセノン131、バリウム137という安定した物質になります。繰り返し崩壊して、放射線を出し続けるわけではありません。
◎紙でブロックできる放射線も
Q 「半減期」って放射線が半分になる期間のことなのですか?
笠井:半減期というのは、放射性物質の半分の量が安定した物質に変わるまでの期間のことです。ヨウ素131は8日ですが、セシウム137は30年と、時間がたってもなかなかなくなりません。
もっとも、半減期の短いヨウ素の方が安全な物質とは一概には言えません。半減期が短いほど、放射線を放出しやすい、ということでもあるのです。同じ原子の数の放射性ヨウ素と放射性セシウムがあったら、ヨウ素の放射能の方が強いといえます。
もう一つ、人体に放射性物質を取り込んでしまった場合の半減期はまた別です。放射性セシウムでも、尿や便によって100日前後で半分は体外に排泄されてしまいます。
Q 放射線は、どんな物質でも通過してしまうのですか?
笠井:いいえ。重いα線は紙すら通ることはできませんし、空気中でもほとんど飛びません。β線も薄い金属を突き抜けることはできませんし、やはり空気中では数メートル程度までしか飛びません。水中ではさらにその1/1000程度です。つまり、α線やβ線は放射性物質が体内に入った場合にのみ問題となるので、マスクをつけたり衣服をしっかり来て肌を出さないようにすれば、十分防御できます。
問題は、γ線やX線です。病院でレントゲンを撮った経験のある人は、撮影室が厚い壁で覆われているのを見たことがあるでしょう。鉛やコンクリートで厳重に囲わないとX線が漏れてしまうからです。
◎「放射線」といっても、種類によって影響が違う
Q 放射線を測るのに、「ベクレル」や「シーベルト」という単位を耳にしますが、その違いは?
笠井:ベクレルは放射能の強さのことで、1ベクレルは1秒間に1個の原子核が崩壊していることを意味します。また、マスコミにはあまり登場しませんが、科学者の間で使われている単位として「グレイ」があります。体や物質1kg当たりが受けた放射線のエネルギー量のことです。
これに対し、「シーベルト」は放射線の種類や臓器による影響の出やすさなどを織り込んだ、人体への影響度を示す単位です。例えば、組織の等価線量ではβ線を1グレイ浴びると1シーベルトですが、α線を1グレイ浴びると20シーベルトとなります。
Q どのくらいの放射線を浴びると危険なのですか。
笠井:私たちの身の周りには、α線やβ線、γ線などが飛び交っています。世界中の平均値で、人間は空気中の放射性物質を吸い込んだり、岩石が放出する放射線を浴びたりして、自然放射線として年に2.4ミリシーベルトの放射線を浴びています。日本人だと1.5ミリシーベルト程度です。
ICRP(国際放射線防護委員会)は、自然放射線を除いた、規制対象となる人工放射線からの被ばくについて、一般人は年間1ミリシーベルトを超える被ばくをしてはならないと決めています。100ミリシーベルト以下であれば、がんによる死亡の増加は見られないとしていますから、かなり余裕を持った基準と言えます。
ただし、わずかな放射線を浴び続けた場合の発がんへの影響については、まだよくわかっていないのが現状です。
◎放射性物質を除去できる浄水器とは
Q 野菜の汚染が気になります。
笠井:放射線で怖いのは、呼吸や飲食で放射性物質を体に取り込むことで起きる内部被ばくです。ヨウ素は甲状腺に、セシウムは全身の臓器に取り込まれ、体外に排出されるまで放射線を出し続けます。
大気中に広がった放射性物質は、雨が降ると地上に落ちてきますから、それが川に入って水道水に混入したり、ホウレンソウなどの野菜の表面についてしまうわけです。
ただし、市場に出回っている野菜については、暫定規制値を超えていないか調べられているので、まず大丈夫です。不安だったら、安心のために食べる前にしっかり水洗いしたり、外側の葉を数枚むくといった配慮をするといいでしょう。
Q 水道水の放射性物質は、浄水器を使えば取り除けるのですか?
笠井:都民に水道水を供給している浄水場から放射性ヨウ素が検出され、騒ぎになりました。残念ながら、多くの家庭で使われている、活性炭で水をろ過する浄水器では効果はありません。しかし、工業用に使われている「逆浸透膜」で水をろ過する浄水器は、放射性のヨウ素やセシウムを取り除くのに有効です。
Q アルコールやビタミンCが放射線対策にいいと言われていますが、本当なのでしょうか。
笠井:放射線は体の細胞の中にある水分に当たることで活性酸素を生み出します。これが臓器や細胞を傷つけるのです。一方、実験では、ビタミンCやアルコールには活性酸素等を除去する作用があることが知られています。ただ、人の場合に食べたり飲んだりしたビタミンCやアルコールが、放射線に効果があるかどうかは明らかになっていません。
◎「中絶したほうがいいのでしょうか…」
Q 放射線を浴びるとガンになるって本当ですか?
笠井:放射線は細胞の設計図であるDNAを傷つけます。その結果、細胞が死んでしまうこともあれば、突然変異を起こすこともあります。後者ががんの原因になります。チェルノブイリの原発事故の際も、放射性ヨウ素を体内に取り込んだことが原因で、子供の甲状腺がんが多発したというデータが出ました。しかし、ほとんどの場合は修復されますので、過度に心配するには及びません。
Q 旧ソ連のチェルノブイリの原発事故のとき、ヨーロッパで人工妊娠中絶が増えたと聞きました。
笠井:今回の原発事故でも、1件だけですが、妊娠中の方から「中絶した方がいいのか」という相談がありました。胎児の細胞は活発に分裂を繰り返しているため、母体には影響がないような量の放射線を浴びた場合でも影響が出かねません。
特に、体の様々な器官ができる妊娠4週〜12週ぐらいの間に大量の放射線を浴びると、子供に奇形が発生する可能性はあります。ただ、原爆被ばくの場合で100ミリシーベルト以下では観察されていないことから、現在の放射線のレベルであれば気にする必要はないでしょう。
Q 放射線の量は、今どのくらいなのですか。
笠井:放医研では、敷地内の3カ所で大気中の放射線をモニターしています。1時間当たり、0.04〜0.1マイクロシーベルトが正常値でしたが、3月15日と21日に、0.3マイクロシーベルト程度にまで跳ね上がりました。しかし、5月になってからは、0.1マイクロシーベルトを少し超える程度に落ち着いています。
多くの放射性物質は地面に落ちたのでしょう。半減期が8日のヨウ素はもうなくなったと見ていいですが、セシウム137は半減期が30年ですから、地表面でγ線を出し続けています。
Q 膨大な情報があふれていますが、肝心なことは意外と知らなかったりしますね。
笠井:放射線は「正しく怖がってほしい」と思います。慣れてしまうと危険ですが、怖がりすぎると精神衛生上よくありません。あふれる情報の中から信頼できる情報を見抜く力を持っていただきたいと思います。